小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~   作:橘美夜

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カワイイ

 今日の一時間目も相変わらず眠いなー。冬場だと教室がこもっている感じがするせいか、より午前中の授業が眠く感じる。特に声が子守唄みたいな先生の授業の時はたまったもんじゃない。何とか眠気を吹き飛ばすように話に集中したり、たまにほっぺをつねってみたりするけれど、一度瞼(まぶた)が落ちてきてしまったら目に二つ水銀を吊り下げているようになる。

 そんな冴えない顔を冷たい水で覚ますために教室を出た。

 そういえば今朝の美也、また森島先輩のことで怒ってるみたいだったけど、何なんだ? 本人は怒ってないって言ってるけれど、明らかにそんな風に見えるし、そのまま放っておいたらまた先輩に失礼な態度を取るかもしれない。森島先輩に何かされたのか? まあ、先輩は意地悪なことをするような人ではないだろうけど。っていうか、美也も先輩と初めて会った時、いかにも初対面っていう感じだったからそれはないか。じゃあ、だったら先輩の何が気に入らなかったんだ? まさか、制服の上からでも分かる先輩のナイスバディに嫉妬したのか? 美也は高校生に上がっても相変わらずお子様体形だからなぁ。嫉妬して機嫌が悪くなるのもわかる。

 先輩の方はあんなに美也のことがお気に入りなのに。気に入った理由も「猫ちゃんみたい」だからっていう、本当に動物好きな先輩らしい。美也が猫っぽい……? うーむ、考えたこともなかったけど、先輩の目からは妹はそう見えているのか。確かに、小柄で、気分屋で、扱いにくいから、そういう意味で猫っぽいのかもしれない、っていうか今更だけど自分のことを「みゃー」だなんて呼んでるからまるっきり猫じゃないか! 

 先輩はそんな妹と仲良くなりたいらしい。あ、そういえばそれだけじゃなくて「妹にしたい」とか言ってなかったか? あの美也を、妹にして、「一緒にお風呂に入る」って?

 勘弁してくださいよ先輩。あのお子様体形の美也とグラマラス美女な先輩が一緒にお風呂に入るなんてことがあったらお兄ちゃん、たまったもんじゃないですよ、色んな意味で。妹で妄想始まっちゃいますよ。きっと毎日、和気あいあいとお風呂に入りに行くんだろうなぁ。

「あ、はるちゃん!」

「ん? どうしたのみゃー」

 お互いあだ名で呼び合ったりなんかして、ソファで優雅に雑誌を読んでいる森島先輩にこう話し掛けるだろうな。

「ねぇねぇ、今日は一緒にお風呂に入ろっ」

「え? 今日もなの? もう、昨日も一緒に入ったじゃない」

「だって約束してたバストアップ体操まだ教わってないもん」

 そうだとも! 美也はあの通り、小学六年生みたいな胸なんだ! 先輩からどうやったらあんなにたっぷりとした胸になるか教えてもらおうとするに違いない!

「ふふっ、しょうがないわね」

「それじゃあ……行こっか?」

 よし! それじゃあこのままお風呂に行ってお互いにおっぱいを揉み合うなどするがよい!

「うん……くらえーーーっ!」

「……は?」

 突然、僕の神聖な妄想を邪魔して何かが僕の視界から光を奪った。僕は当惑の言葉を咄嗟(とっさ)に口にした。 

「なんだ? み、見えないぞ? 何事だ」

「停電ですよー」

 この耳に刺さるような高い声は美也か。まったく。

「て、停電じゃないだろ美也! 離せ!」

 僕の目に覆いかぶさっていた美也のお子ちゃまみたいな小さい両手を無理やり引きはがした。

「にしししし。仕返し大成功~」

「仕返しってなんだよ」

「美也のこと目隠ししたじゃん」

「あれは美也が……。ってそんなことより、せっかく良いところだったのに……」

「ふぇ? どうかした?」

「美也の頑張りのおかげで、森島先輩のいる桃源郷に……」

「桃源郷? 何が?」

「あ、いや、なんでもない……」

 美也には露骨に嫌そうな顔されたが、僕にとっては大事な時間だったんだよ。学校一のマドンナと呼び声高いあの絶世の美女が衣服の一つひとつを脱いで行って、何かの拍子で僕の家の親しみ慣れたお風呂に入るとことは、一体どれだけ僕の体中の血液を沸かせるものか――。

「あ、橘君に美也ちゃん」

 む? この声は森島先輩? 「噂をすれば影がさす」とはこのことだ。色んな意味でなんてタイミングがいいんだろう!

「楽しそうね~。私もいいかな?」

「も、もちろんですよ! なあ美也」

 先輩を会話に加えない理由などもちろんないが、美也がこの前みたいに不機嫌になったら困ると思いちらと顔を見たがやはりこの前みたいにそっぽ向いて何故か気まずそうな顔だった。だから何でそんな顔になるんだよ。

「別に……」

 「別に……」じゃないだろ! あの森島先輩がわざわざ話し掛けて来てくれたんだぞ!

「すっごく楽しそうだったけど、何の話をしていたの?」

「あ、それはちょっと……」

「え~、そこは素直に教えてよ橘君。意地悪なんだから。ねえ美也ちゃん」

 森島先輩はここぞと言わんばかりに女子特有の連帯感を求めて美也に同意を求めた。

 しかし、美也は無音でもって先輩の言葉を返した。

 おいおい。あんまり先輩を困らせるなよ。と、思う間に、

「次、家庭科の実習だからもう行くね」

 と言って美也は向きを変えて反対側の廊下へ足早に歩いて行った。

「お、おい……」

 僕はいきなりのことで、あっけにとられてその後姿を目で追うことしかできなかった。まったくあいつは。

「あ~……行っちゃったか……。う~ん、本当に猫ちゃんみたいね、可愛いのにつれない感じ」

 先輩も美也の去って行った方向を見つめて残念そうな目元をしていたが、それでもすぐに嬉しそうな顔つきになった。

「うーん、子供っぽいだけだと思いますよ」

「あら? 校内の評価は違うみたいよ?」

「え?」

 すると先輩は、美也と初めて会った後に先輩のお友達から美也の知名度が高いということを聞いた、ということを教えてくれた。驚くべきことに、三年にも「橘美也」の名前が知られているらしい。うう、自分の苗字もセットだからなんだか複雑だ。

 え、っということはまさか……と思った瞬間に先輩からその答えを教えてもらった。

「もてるみたいよ。一部だけどね」

「ええ!?」

「うん、一部の男子らしいけど、すっごく人気があるって言ってたわよ」

 先輩の言っている通り、どうやら美也の普段からの「猫のような素っ気なさと可愛らしさ」が功を奏して男子にもてているらしい。美也の恋愛絡みの話はこれまで一切聞いたことがなかったからなんだか変な感じ。自分の妹も普通に男に好かれたり男を好きになったりして恋愛するんだなと妙に腑に落ちるものがあった。しかしそれと同時に、家で美也の一挙手一投足を無意識のうちに見たり学校でたまにちらと顔を見かけるときなどの映像によって僕の中に作られている「美也像」からは、恋愛の世界の、何か甘い匂いのようなものは全く除外されていた分、先輩の言葉に動揺しなかったと言えば嘘になる。

 すると先輩は僕を射抜くようにして見ながらこう言ってくれた。

「ふふふっ、そういう橘君も抜群に可愛いと思うわよ」

 か、可愛い!? これは、お世辞なのか? 本心なのか? 分からないけど、素直に嬉しい。そう思うか思わないかの時点ですでに僕の顔は素直に反応を示していてじんわりと熱くなっていた。

「そうやって素直に顔が赤くなるところも」

 先輩はずっと僕の表情や顔の色合いを確かめて遊ぶようにして眺めていた、と思う。というのは、さっきの台詞(せりふ)のせいでまともに先輩の顔を見られなくなって、他の部分よりも一段と強調されているように(僕には)見える先輩の胸辺りに視線を落としていたから、本当にそういう風な見方をしていた分からないけれど、喋り方の調子を聞いていたら容易にそういう想像がついた。

 こうやってまた先輩に弄(もてあそ)ばれている。これまで男子を上から下まで誘惑してきた百戦錬磨で経験豊富な女子の言葉の選び方はさすがに危険だな……色んな意味で。そりゃみんな好きになるわけだ。でも、先輩は嘘を言っているという感じではなくて、たぶん、本当に率直に思ったことを言ったんだろうなというのを先輩の言葉の色や抑揚から感じられる。それだけに、余計に照れる。

 僕のそんなただならぬ心情とは打って変わって、先輩はあっさりと「邪魔しちゃってごめんね」と言って、颯爽(さっそう)と去って行った。

 可愛いか……。これは好感触? 

 そうだよな? 誰かそうだと言ってくれ。

 

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