ノラガミ 縛られた神様達   作:ファルメール

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第04話 神様達の事情

 

 事故の日から、壱岐あかりと壱岐ひより。双子の姉妹の生活は一変した。

 

 姉、あかりの方は自分の魂に縫い付けられて封じられた小さな神様、カグツチというパートナーが出来て。

 

 妹、ひよりの方は場所・時間を問わずにとてつもない睡魔に襲われて、体から魂が抜け出る現象が度々起こるようになり。

 

 そして姉妹に共通した変化が、今まで見えていなかった”もの”が見えるようになった事であった。

 

 どこにでもいる、異形の者。

 

 人の死角に棲まう命無き者。夜卜や直人は”妖”と呼んでいた。

 

 大小様々な姿をしていて、本当にどこにでも居ると言うのに、此岸の住人である普通の人間には見えていない。例外は幼い子供や動物、そしてあかりやひよりと同じ、彼岸と関わりを持ってしまった境界に立つ者。

 

 あかりは自らの中で眠っていたカグツチが目覚めた事で、彼を通して彼岸との関わりが生まれて。

 

 ひよりは彼女自身が体から魂が抜ける体質となった事で、生きながらの妖、死霊とは対を為す生霊となって彼岸に片足を突っ込んだ。

 

 さて、そんな二人の生活が具体的にどう変わったかと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 学校で、体育の時間の出来事。

 

「女子800メートル、位置について……」

 

 顧問の教師が吹いたホイッスルの高い音を合図にひよりはトラックを駆け出して、そしていきなりばったりと倒れて頭から地面に突っ込んだ。

 

「ひより!?」

 

「壱岐、どうした!?」

 

 慌ててクラスメイトや教師が駆け寄ってきて倒れたひよりを起こすと、彼女はすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

「全く……」

 

 やれやれと言いたげな教師に驚いた様子は無い。既にバスに撥ねられた一件以来、ひよりが時折何の前触れも無く眠ってしまうナルコレプシーの様な体質となってしまったのは周知の事実である。クラスメイト達も「ああまたか」といった反応だ。

 

「誰か壱岐を保健室に……」

 

「あ、じゃあ私が連れて行きます」

 

 立候補したのはあかりだ。ひよりと双子の彼女はこれまでも意識を失った妹を保健室に連れて行く事が多かったし、その事からひよりが眠ってしまった時の搬送係を彼女が務めるのは、今や誰からともなく共通の認識となっていた。慣れた様子でひょいっと妹の体をおんぶするあかり。

 

「ごめんなさい、姉さん……迷惑掛けて……」

 

「良いのよ、気にしない気にしない」

 

 自分が背負っているひよりとは違うもう一人のひより、お尻に尻尾を生やしたひよりの魂が申し訳なさそうに頭を下げてくるが、そんな妹にあかりはからから笑って応じる。困った時はお互い様、それが姉妹であるのならば尚の事である。それに、あかりからすれば何も自分だけが一方的にひよりの世話をしているという訳でもない。

 

「また……ひよりさんが、体を落とされたのですか?」

 

 妹の体を背負ったあかりとひよりが声のした方に目を向けると、そこには絵本を抱えたカグツチが立っていた。彼はあかりの魂に縛られる形で封印されている為、彼女からあまり遠くへと離れる事は出来ない。故に必然的に共同生活を営む事になるのだが……生後すぐにイザナギによって殺され封じられたカグツチは殆ど何も知れない赤ん坊のような状態であった為、色々と手が掛かった。

 

 善い事、悪い事。進んでやるべき事、やってはいけない事。読み書き。教える事は数限りなくあった。

 

 あかりは今まで自分とひよりを育ててくれた両親の苦労が、その何分の一かでも分かった気がした。

 

 幸いだったのは赤子と違ってカグツチとは意思の疎通が可能であった点だろう。それに何も知らない、無垢なる彼はその分あかりとひよりに教えられた事をしっかりと守る。だが、とは言えやはり苦労は多い。その負担を、ひよりが幾分肩代わりしてくれていた。

 

 あかり達が学校にいる間は、カグツチはもっぱら図書室で読書して過ごすのが日課となっている。彼岸の住人である彼は普通人には姿が見えないので、問題になる心配は無い。それに世界を識らなかった彼にとって、様々な知識を与えてくれる本はジャンルを問わず興味は尽きないらしかった。今日は桃太郎を読んでいたらしい。

 

「そうよ、カグちゃん。少し手伝ってもらえるかしら?」

 

「分かりました」

 

 子供神は頷くと、ひよりを背負って両手が塞がっているあかりに代わって保健室までのドアを開けようと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 と、これが壱岐姉妹と小さな神様とのここ最近の生活だった。

 

 あかりとしてはカグツチは弟の様な存在で、この先どうなっていくのかは兎も角として彼の事は嫌いではないし、ひよりとしても生霊モードでは体が軽く、今まで行けなかった所へ行けて見えなかった景色が見える様になったので楽しくはあったが……

 

 やはり二人とも、この状態がいつまでも続くのは御免被りたいというのが本音である。

 

 カグツチの封印を解き放ち、彼を自由の身にする事。体から魂が抜けやすくなる体質をどうにか治す事。

 

 この二つが二人の願いであり、それを頼んで引き受けたのは自分を神だと名乗るジャージの人(?)。なのだが……

 

<あー、なんだ壱岐ひよりさんですか? 何のご用件で?>

 

「何のって、もう二週間も経つんですけど」

 

 電話越しの声に、ひよりは不満を隠さない声で返す。

 

 そうなのだ。自分達は前金の5円を確かに支払って、夜卜は確かにその願いを聞き届けたのだが……それからかれこれ二週間の間、彼は何のアクションも起こしてはいない。しかもどうなっているのかと尋ねてみても、「そのうちやるから」の一点張りで先延ばし先延ばしに。いい加減に焦れて文句の一つも言いたくなるひよりの気持ちも分かろうというものである。まさか「聞き届けはしたが叶えるとは言っていない」などというオチではあるまいな?

 

<だから、諸事情があるんだってば。確かに契約は交わしたさ。お前の体質を治して、カグツチとお姉ちゃんを切り離せば良いんだろ? でも今は無理!! 来月まで待てよ!!>

 

 いつまで経っても原稿が上がらない、遅筆な漫画家の様な台詞を受けて、いよいよひよりの顔にも不信感が強く顔を出していく。

 

「……夜卜さんって、本当に神様?」

 

 ふと、口に出した疑問。その回答はすぐに返ってきた。

 

「失礼な。俺は本物だ!! 人間にこんな神業が出来るか?」

 

 少しばかり不機嫌な顔の夜卜が、空間を超越していきなり二人と一柱の眼前に現れたのである。このテレポーテーションのような動き。確かに人間には不可能だ。

 

「神秘的とか奇跡とか思えよな」

 

 ぶつくさ愚痴っている夜卜に、ひよりは「寧ろ胡散臭いんですが」などと本人(?)が聞けば怒り出すような事を考えつつ、尋ねる。

 

「妖とどこが違うんですか? だって夜卜さん人から認識されにくいじゃないですか。そういう所、妖そっくり」

 

「俺は彼岸から来てるからな。人の胎からじゃねぇ、願いから生まれた武神だ」

 

 神である事を疑われた次は妖扱いされて、夜卜の表情も不機嫌になってきた。こうしてどうにも二人の間にわだかまった空気が重くなっていくのを感じて、何とか話題を切り替えようとあかりはきょろきょろと視線を動かし、そして自分と繋がっているもう一柱の神でその動きが止まる。

 

「あ、そうだ。さっきの夜卜さんがいきなり現れたのは確かに凄かったけど、ああいう事はカグちゃんには出来ないの?」

 

「え……? あ……いえ……その……」

 

 問われたカグツチは困ったようにもぞもぞと体を動かして、言葉を濁す。

 

 この反応を受けて、少し不用意な質問であったかとあかりは自省した。思えばこの二週間の間、カグツチと自分達は常に一緒にいたがその在り様はあくまでも人としてのもの。神としての彼の側面には触れていない。それに神としてのカグツチが如何なる超常の力を秘めていようとも、神の刻を殆ど生きていない彼はその使い方を知らないだろう。

 

「あ、カグちゃん……ごめ……」

 

「出来ねぇよ?」

 

 しかし唐突に、答えが返ってくる。だがこれはカグツチのまだ声変わりもしていない鈴のような声ではない。タバコの吸い過ぎで枯れた、中年男の声だ。しかもこの声には、この場の全員が聞き覚えがある。

 

 夜卜やあかり達の視線が集まったそこには、病院で自分の事を夜卜やカグツチと同じ神だと名乗った整体師、直人が立っていた。そのすぐ傍らには看護師の服を着た妙齢の美女が寄り添っている。

 

「直人……さん……どうしてここに?」

 

「どうしてって、散歩だよ。俺の整体院は一部の常連さんしか客が居ないからよ……貧乏暇無しならぬ貧乏暇だらけって訳……だからちょっと暇潰しに散歩を……ってな」

 

「その時間を、宣伝活動とかに使ったらどうなの? ……全く!! この点に関しては夜卜さんを見習いなさい!!」

 

 呆れと怒りが入り交じった表情でそう言うのは、妙齢の美女の方だ。手に抱えていたファイルを丸めてハリセンの様に直人の頭に炸裂させる。スパァンと、気持ちの良い音が鳴った。そうして叩かれた頭を押さえつつ、涙目の直人は続ける。

 

「夜卜は肉体も含めてまともな神様だから色々と超人的な真似も出来るが、カグツチはあかりちゃんの魂に繋がれて、力にもかなりの制限が掛かっているからね。無論、本来のヒノカグツチなら同じような事も出来るだろうが、少なくとも今は無理だ」

 

「じゃあ、直人さんは?」

 

 続いてのひよりの質問に対して、これも直人はひらひらと手を振る。

 

「俺も無理。俺は魂は確かに神様だが、肉体は生身の人間で、カグツチと同じように人の体に封じられて生きては死んで死んでは生きてを繰り返してる。当然、同じように能力も本来のものより制限されていて……夜卜や他の八百万の神々のように人の願いからではなく、人間の母親の胎から生まれて転生を繰り返す……それが俺やカグツチのような縛られた神様と、普通の神の一番の違いだな」

 

「へえ……」

 

 感心した表情で頷く双子の姉妹。

 

「ところでさっきから話は聞こえていたが、ひよりちゃんだっけ? あンまり夜卜を責めてやりなさんな。気持ちは分かるけどよ」

 

 人懐っこい笑みと共に直人がそう言ってくるが、ひよりはまだ納得していないようだ。憮然とした表情のままである。

 

「だって、この人……? 全然働いてくれないんですよ!?」

 

「そりゃあ仕方ねぇんだよ。今の夜卜には神器が無いからよ。どうにかしたくても、神器無しじゃあどうにもならねぇのさ」

 

「神器……」

 

 鸚鵡返しするあかり。そう言えば病院でカグツチの封印をどうにかするという契約を交わした時、依頼実行の為には相応の準備期間が必要でその間に神器を探して……と、直人が言っていた。

 

「その、シンキとは何ですか? 今、持ってないって事は……失くしたの?」

 

「違ーよ、辞められ……クビにした!!」

 

 ひよりからの質問に、夜卜は急に不機嫌になったようだ。何か嫌な事でも思い出したのだろうか。そんなジャージの神様を見て、直人はくっくと喉を鳴らした。

 

 辞められた、クビにしたという言葉。これは単なる道具ではなく、意思のある存在を相手にした時に使う言葉だ。つまり……

 

「神器は……人?」

 

「ああ、神器ってのは神の許で武器となる、死霊だ」

 

「より正確には、普通の死霊を神が見初めて名を与え、自分の神器に召し上げるのさ」

 

 双子の妹の第二の質問にはまず夜卜が答えて、直人が補足を入れた。そうして半神半人の整体師は、ちらりと傍らの看護師を振り返る。美女は頷くとすっと前髪を掻き上げて、艶やかな黒髪に隠されて今まで見えなかったそこには「巫」の一文字が刺青のように刻まれていた。

 

「この人は……」

 

「ああ、こいつは俺の神器で……」

 

「巫枯(みこ)と申します。壱岐ひよりさん、壱岐あかりさん、そしてヒノカグツチ様……以後、お見知り置きを……」

 

 礼儀正しく一礼する巫枯に、ひよりとあかりはこちらもぺこりと頭を下げ、カグツチもそんな二人を見習ってか戸惑いがちに仕草を真似た。

 

「例外もあるが、基本的に神器無しの神は無力……とは言わねぇまでもやれる事はかなり限られる。だからあかりちゃんとひよりちゃんの願いを叶えようにも、まずは神器を見付けるのが先決って訳。それで今までは良い神器を探してた……だろ? 夜卜?」

 

「あ、あぁ……中々良い死霊が見付からなくて……」

 

 直人のフォローを受けてそう答える夜卜だが、どうにも歯切れが悪く視線も泳ぎがちだ。整体師はそれを見てにやにや笑いつつタバコを咥えて火を付けた。まさかコイツ、この二週間ずっと別の依頼にかまけていたのでは……?

 

 だとしたら少しこのネタで弄ってやるのも悪くないか……と考えて、意地の笑みを浮かべるが……その時、夜卜の懐から電子音が鳴る。ジャージ姿の神は反射的な速さでポケットから携帯電話を取り出すと、コンマ数秒で表情を満面の営業スマイルに変えて、朗らかな声で応対する。

 

「早くて安くて安心のデリバリーゴッド、夜卜でございます!! お困りですね!?」

 

「あ、ちょっと……」

 

 話を打ち切る口実が見付かったのをこれ幸いと、すぐに夜卜は姿を消してしまった。残されたのは複雑な事情持ちの女子中学生二人と、半端者の神が二柱に神器が一人。どうにも、気まずい空気が流れる。

 

「あー、まぁ、そういうこった。依頼遂行の前に、その準備に少し時間が掛かるって訳だ。もう少し、待ってやってくれや」

 

 愛想笑いを浮かべ、拝むような形で右手を差し出す直人。夜卜もただサボっていた訳ではなく事情があった事が分かって少しだけ不満が収まったのだろう。頷き合うあかりとひより。

 

「まぁ……俺も時間を見付けて良さそうな神器候補を見繕ったりはしておくからさ……」

 

「そうだ!!」

 

 ぽん、とひよりは手を叩く。

 

「私にも死霊は見えるんですから……早くこの体質を治してもらう為には、私が神器を見付ければ良いじゃないですか!!」

 

 これ自体は間違った考えではない。「自ら助くる者を天は助く」という言葉もある。暗いと不平を溢す前に、自分で灯りを付けろという事だ。ひよりの神である格闘家の蟷野様も言っている。「成すならテメェの拳で成せ」と。

 

 思い立ったが吉日とばかり町へ走り出していくひより。そんな彼女の背中を見て、「あっ」と直人は慌てた声を上げる。

 

「おいおいひよりちゃんよ!! お前さんみてぇなのは目立つんだぜ!? 妖どもが寄って来ンだよ!!」

 

 「ったく!!」と舌打ちして、整体師も白衣を翻して町へ駆けていく。その後を追うようにして巫枯も走り出した。最も出遅れる形になったあかりとカグツチであるが、まずは神の方が「僕達も」と、走り出した。封じられて力を失っているとは言え流石に神か、人間からは想像も付かないような凄まじいスタートダッシュを見せたが……50メートル程走った所で、ガクンとその動きが止まってしまった。

 

 あかりが視線を落とすと、普段は見えない自分とカグツチとを繋ぐ封印の鎖が可視化して、いつもはそれなりの遊びがある鎖は、今はピンと張り詰めていた。

 

 これが直人の言っていた「人の体に封じられる」という事だと、あかりとカグツチは理解する。繋がれているのはあくまでカグツチの方。彼が風船だとすれば、あかりはその風船が飛んでいかないようにしっかりと掴んでいる人の手であり、楔だ。あくまで”主”はあかりの方。”従”であるカグツチがあかりを引っ張る事は出来ぬのだ。その逆は可能でも。

 

 それを理解してあかりも走り出したが、神が封じられているとは言え彼女自身はどこまでも普通の人間である。カグツチとは比べ物にならないぐらいの速さでしか走れない。カグツチはそれを見て取るとあかりのすぐ傍まで駆け寄って、

 

「ひゃっ!?」

 

 その小さな体からは想像出来ない力でひょいとお姫様抱っこで抱え上げてしまった。生まれて15年、こんな体験などあかりは初めてであり、赤面して間の抜けた声を上げてしまう。

 

「ちょ、ちょっとカグちゃん!?」

 

「掴まっていて下さい、急いで追い掛けますから……」

 

「いや、でも私重いから……」

 

「? 全然軽いですが……」

 

 ……まぁ、まだ子供のカグツチにこんな感情の機微まで悟れと言うのは酷な話であろう。あかりは、諦めたような困ったような微笑を浮かべる。たまには、こんなお姫様気分を味わうのも悪くないか。今は、この小さな騎士に守られていよう。

 

「じゃあ、頼むわね、カグちゃん」

 

「はい」

 

 カグツチはにっこり笑って返すと、あかりを抱えて町へと飛び込んでいった。

 

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