「まだ試作段階のMSらしいからね。あまり無茶するんじゃぁないよ」
リック・ドムのコクピット内に響くシーマ中佐の声。
音声だけなのに、心配する中佐の顔が容易に想像できる。
アクシズまでの道中もやれる事をしておきたかった。
自分にNTの力とMSのパイロットとしての素質があると知っている。だから鍛える為にリック・ドム1機を私用にしてもらったのだ。
シミュレーターで十分に練習したが、いざ実機となると緊張する。
気をつけながらリック・ドムをカタパルトへと進ませる。
進ませてカタパルトに足を固定させ、各部の状況を通信で受け答えして確認していく。
全ての確認が終わり――発進させる。
「ハマーン・カーン、リック・ドム、出ます」
グンッと背後に引っ張られるようなGを感じ、リリー・マルレーンから飛び出す。
飛び出した勢いそのままに宇宙を流れる。
MSに乗って初めての宇宙は静かだった。
静かな中、不思議な感覚が広がっていく。まるでMSに乗っていないで自分の体だけで漂っているような感じだ。
MSの装甲を超えて直接周りが見えるような感覚。
余りにも周りが感じられすぎて恐怖を感じた。
しかし私はこれが何かを知識で知っている。
これがきっとNTが感じる世界なんだろう。
知らなければ足が竦み恐怖してしまうでしょうけど……私は知っているのだ。この感覚を将来自分は問題なく使えるようになることを。
「だったら、恐れず受け入れましょう」
広がっていく感覚を受け入れながらリック・ドムを操縦する。
レーダーに頼る事無く漂うデブリを回避していき、段々と楽しくなる。
余裕が出てきた頃に私に向けられる意思を感じた。リリー・マルレーンから私を見守る強くて優しい思念。なんとなくそれはシーマ中佐なのだろうと思う。
本来の歴史通りなら中佐は私と共に居ないはずだ。
知識上の史実と違って部下として私を支えてくれる中佐。
私と共に来てくれる中佐は、今どのような気持ちなのだろうか。
◇外伝 宇宙の蜻蛉
『シーマ中佐らは公国、そしてスペースノイドの為に汚れ役を担っていただけなのです。それも自らが望んだ事ではなく、国を、民を思えばこそ命令に従っただけなのです。彼女らを見捨てる事はジオンの闇から眼を背ける自己保身に等しい行為です。私は眼を背けたくありません。それに本来であれば真に責任を取るのは命令を下した上官であるアサクラ大佐、さらにその上のキシリア・ザビこそが――――』
流れる動画の中の少女は必死に弁護をしていた。
必死すぎるからか感情を優先している節はあるが、思いは伝わってくる。
渡された動画を共に確認する為に呼んだコッセルも黙って見ていた。
ツインテールの未だに少女の域を出ない娘が、私達シーマ艦隊を守ろうとする――か。
動画が終わり、コッセルが静かに問いかけてきた。
「……シーマ様、これは本気ですか?」
「……どうやらあちらさんは本気のようだねぇ」
アクシズ司令のマハラジャ・カーンの娘だったか。
最初はトラウマの事もあったからか黒い影すら見えるほどの圧力を感じた。
だと言うのに、気づけば抱きしめられて優しい言葉をかけられていた。
「……ふふふ、ははは、あははははは」
勝手に口からは笑いがこみ上げてくる。
可笑しいのか嬉しいのか、それとも辛かったのか、笑ってる自分でも分からない。
だけど笑い終わると気持ちはスッキリしていた。
「コッセル、この動画を艦隊員全員が見れるように全艦に流すよ」
「へい、了解しました」
「流す前に全艦同時にとアナウンスをするとしようか。実際は時間をずらして流すけどねぇ」
「なるほど。不審な動きをする者が居ないかチェックしときます」
「頼んだよ」
コッセルは部屋を急いで出て行った。
信頼できる人員を集めに行ったのだろう。
あたしらを部下に欲しいと言うくらいのお人よし。
ならせめて。
「綺麗な状態にしとかないとねぇ」
シーマ艦隊は全員が同郷で同じ罪科を背負わされた仲間だ。
だから裏切り者が居ないと思いたいが……。
「全員があのお嬢ちゃんに救いを見出して欲しいものさね」
フォン・ブラウンでの任務を終えてグラナダに戻ると、笑顔の二人が待ち構えていた。
何やらパーティーに参加するらしく、あたしに共をして欲しいらしい。
そこまでは良い。
だがハマーン様の侍女が手に持っている物が問題だった。
「しょ、正気かい!?」
「至って真面目でございます。このドレスはハマーンお嬢様がガラハウ中佐の為にご用意したドレスです」
見るからに派手なドレス。
肩は出ているし背中は丸見えだし……色が白というのも作為を感じる。
「シーマ中佐はいつも軍服を着てますし、パーティーの時くらいは違う服を着ても良いんじゃないかなって思って」
ハマーン様は純粋な笑顔で微笑みかけてくる。
本当に善意で用意してくれたようだ。
「お嬢様のご要望に答え、私が選んだドレスです。さぁガラハウ中佐」
ハマーン様とはまったく別の笑顔でソフィアーネの奴は愉しそうに嗤っていた。
なるほど、ドレスを選んだのはこいつか。
「シーマ中佐?」
侍女の悪意に気づかず、不思議そうに首を傾げるハマーン様。
パーティーへ行く用意を終えた彼女は綺麗だった。
いつものツインテールを編んで頭の左右に巻いた髪型。
ドレスは右肩を出して、左胸にはバラの意匠がある赤い物を着ていた。
少女の可愛さと大人の美しさを合わせたような、不思議な気品と魅力があった。
「折角だけど遠慮しようかね。あたしのような軍人がドレスを着ていったら、主役のお偉方に睨まれちまうさ」
「そうですか……」
気を使ってくれたのを断るのは悪いと思った。
だが実際、共するあたしが目立って要らぬ腹を探られても面倒だ。
ハマーン様の後ろで舌打ちした侍女とは後で話をつけるかね。
気落ちしたハマーン様だったが、急にパッと笑顔に戻る。
「ではせめて、髪型くらいはオシャレにしましょう」
「それは良いご提案でございますね。ドレスは残念でしたが、髪型ならばガラハウ中佐も許して下さるでしょう」
有無を言わせずにソフィアーネが追従した。
先にドレスを断っているので断りにくい。
「仕方ないね。まぁ髪型くらいなら」
「やった。ソフィアーネ、どんな髪型にしましょうか」
「そうですね。普段のお嬢様のようにツインテールにするのはどうでしょうか」
「ツ、ツインテールは勘弁しておくれっ」
和気藹々と盛り上がる主従に口を挟む。
さすがにツインテールは許容できない。
シュンと落ち込むハマーン様を可哀想に思っても、これは譲れなかった。
あれやこれやと3人で話し合う。
ハマーン様が笑顔で楽しそうにしたり、ソフィアーネがニヤニヤとあたしにだけ見えるように笑ってきたりした。
結局、サイドの髪を編みこむ事に決まった。
ハマーン様もソフィアーネももっと派手にしたかったようだが妥協させた。
さすがにハマーン様より派手な髪型はまずいと言うと、ソフィアーネも渋々納得したのだ。
髪を編んでもらっていると微笑んでいる自分に気づいた。
まさかあたしが髪型一つでこんな気持ちになるとは。
編み終わり離れたハマーン様を感謝を篭めて見つめた。
見つめていると、突然ハッとした顔をなさる。
何か起きたのかと焦ったのだが……。
「ドレスはダメでもリボンはどうかな? 可愛くて良いと思うの」
名案だとはしゃぐハマーン様。
聞いたあたしは肩の力が抜ける。
主と決めた少女は、どこまでもお人よしそうだった。
「シーマ様ぁぁあ!」
コクピットに僚機からの通信が響いた。
それはやられる前の悲鳴。
「なにやってんだい! 相手はたった2機だってのに!」
「シーマ様、相手は予想より動きが、しまっ!?」
「ちぃ! たった2機になんてざまだい!」
最後の仲間も落とされたようだ。
あたしと違い新型のMSではないとは言え、ザク3機をこうもたやすく落すとは。
3機居た筈の仲間は全員やられ、4対2のつもりが気づけば1対2とはシャレにならない。
リック・ドムを動かし、敵が居ると思われる地点まで移動した。
すると思ったとおりに相手が姿を現す。
あたしと同じリック・ドムが2機。
白と蒼の2機のリック・ドムは入れ替わるようにジクザグに動き迫ってくる。
威嚇射撃にザク用のマシンガンを撃つ。
撃った瞬間2機は綺麗に回避して左右にバラける。
「ちっ。確かに早いね。だけどねぇ。甘いんだよっ!」
近づき攻撃しようとしていた蒼い方に射撃する。
攻撃動作に入れば一瞬のためができる。その隙を狙い撃ったのだ。
此方の攻撃は当たったが仕留めたかは分からない。
下手に攻撃し続けると相討ちになりかねない。
素早く機体をデブリの影へと移動させる。
影に移動させると、もう1体の白いリック・ドムが向かってくる。
蒼い方と戦っていてあたしが油断してるとでも思ったのか、真っ直ぐ突っ込んでくる。
だが油断してるのは自分だと教える為にトリガーを引いた。
射線は間違いなく白いリック・ドムに向かったのだが――。
「なっ! デブリを蹴って方向を変えたっ!?」
回避行動に移ったとしても、避けた方向に撃つつもりだった。
しかし白いリック・ドムはデブリを蹴る事で加速つきで方向を変えたのだ。
おかげで追撃できずに逃げられる。
「蹴って加速するだなんて、赤い彗星だとでも言うつもりかい!」
回避した白いのと入れ替わるように蒼いのが現れる。
まるで熟練のコンビのように動く2機。
部下達がやられたのも納得する。
だけど――。
「ハッ。やっぱりかい! 順番に交互に出てくるなんて素直すぎるのさ! 捉えたよ!」
蒼いのが引いて現れた白い方へ向かって、再びトリガーを引いた。
「さぁて、反省会だ」
MS同士の模擬戦が終わり、参加者全員をブリーフィングルームへ集めた。
「まずはあんたら、おたついて各個撃破されてるんじゃないよ」
参加した部下達は情けない事に全員やられた。
相手側だったハマーン様とマリオンが予想以上に強かったってのはあるが、それにしたって情けない。
「あんたら全員、反省文でも書いてもらおうかね」
年下の少女二人にやられたのだ。訓練は言わずともするだろう。
油断しただのといい訳しないのは、自分達でわかってる証拠だろうしね。
それにしても恐ろしいのはハマーン様とマリオンだ。
シミュレーションの結果が良かったので、新型のうち2機を二人用にし訓練を許可していたが……。初の模擬戦で数に勝る相手を圧倒するとは信じられない。
予定では部下であるあたしらの力を見せつけるはずだったのにねぇ。
逆に主の力を思い知らされたのは嬉しい誤算と言うところか。
だけどまだ甘いところも在る。
「マリオンはシミュレーションと同様に回避は模擬戦でも凄かったけどねぇ。攻撃と回避のスイッチが上手くできてなかったね。回避行動から攻撃に移るときに止まるのを注意しな。それじゃあ下手すると相討ちになっちまうよ」
「はい」
あたしの言葉に頷くマリオン。
連れて来た当時に比べて元気になったものさね。
アドバイスを素直に聞く彼女はさらに伸びるだろう。
一通りマリオンと話して、次の人物へと視線を向けた。
視線を感じたのか、ピンクと白のノーマルスーツを着たハマーン様はビクリと体を震わせた。
「ハマーン様は――」
「ごめんなさいっ」
あたしの言葉を遮り謝ってくるハマーン様。
本人は反省しているようだけど、今後の為にもしっかり言っておこうかね。
「ハマーン様は、回避に射撃命中とどっちも高かったね。機動もデブリを蹴るなんて言う曲芸紛いの事をして速かった。噂に聞く赤い彗星かと思ったよ」
良かった点は評価する。
実際、ハマーン様の動きはうちの艦隊のパイロット以上だった。
マリオンもそうだが、これがNTと言うものだろうか。
とは言え欠点がなかったわけじゃない。
「射撃の命中が高いのはいいんだけど、威嚇や追い込みをするような射撃がなさすぎだったねぇ。無駄撃ちとは違う射撃を覚えたほうが良いね」
完璧主義なのか、無駄撃ちが全くと言って良いほどなかった。
直接当てずとも相手の動きを縛るような射撃は今度必須だろう。
理想としてはハマーン様が出撃すること事態やめてほしいけどね。
最後に最も問題だった点を上げる。
「一番問題だったのは、やっぱり途中で機体を壊した事かねぇ」
「ごめんなさい……」
「試作機でまだ完成品じゃない機体だというのを忘れ、デブリを蹴るなんて動作をするから脚部が壊れたわけだ。機体状況を把握して、それに見合った動きをするべきだったねぇ」
動きは驚嘆したが機体に無理をさせすぎた。
限界まで機体性能を引き出そうとしたと言えば聞こえが良いが、それはつまり無理をさせていると言うことだ。もし実戦だったら致命的なミスだろう。
「実戦では思わぬ長期戦闘もあるからね。機体に無理をさせない見極めを意識するようにするんだね」
「は~い……」
MSを壊して相当凹んでいるようだ。
どうせならこのままMSの訓練もやめてほしいが、彼女の性格からして無理だろう。
他人に戦いを任せて後で見ていられるようなタイプじゃないからね。
本当はもう少し反省してて欲しかったが、反省会が終わっても落ち込んでるハマーン様を見てついつい言ってしまう。
「壊れた機体は心配するんじゃないよ。アクシズに行く途中の中継基地で直すからね。マリオンとあたしのも含めて、正式採用されたリック・ドムと同じに改修するそうさ」
「本当ですか? よかったぁ」
暗かった顔がようやく明るくなる。
やはりあの娘は、ハマーン様は明るい顔のほうが良いね。
ハマーン様にマリオン。
二人のNTの動きは凄かった。
今でもあれほどの強さなら、将来MSで出撃する時が必ず来るだろう。
その時に少しでも助けになるように、自分より年若い彼女達を守れるように。
「私もシミュレーターでもするかねぇ」
訓練をする為にMSデッキへと向かう。
前向きな気持ちで歩ける喜びに包まれながら。
Zの映画を見直すだけで凄い時間がかかります。
TV版のほうをみると、ハヤト・コバヤシさんのあまりの良識に驚きました。
作中の誰よりも良い大人な気がします。
あとカラバがキリマンジェロ基地攻め落としてて驚いたー。エゥーゴより勢力あるんじゃ……。
(*´ω`)
ハマーン様って素でZ、ZZ通しても最強クラスなんですよね~。
原作でチート気味の超性能。
NT能力を扱える前提で訓練してるので、原作C.D.AよりもZよりに能力を設定しましたが~。
上手く行かず悶えるはにゃ~ん様もよかったかな~とも思います。
シーマ様のお話でしたが、どうでしたでしょうか。
気のせいかシーマ様って人気があるきがします。
上手くかけてたらいいんですが~。