宇宙で見る夢   作:メイベル

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第9話

 グラナダを出発してから約半年。

 

 とうとうこの日がやってきた。

 一日千秋の思いで待っていた今日という日。

 

「お姉ちゃん、もうすぐアクシズかな?」

「そうね。1時間以内には着くんじゃないかしら」

「お父様に会うのも久しぶりだね」

 

 楽しそうに笑う妹の頭を撫でる。

 撫でられて嬉しそうにする顔を見ると温かな気持ちになる。

 

 お父様に会えるのは妹と同じで私も嬉しい。

 しかし私は喜んでばかりはいられない。アクシズに着いてからやりたい事、やらなければいけない事は少なくないのだから。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 心配そうに私を窺うセラーナ。

 今後への不安が顔に出てしまったようだ。

 

「ちょっと考え事をしてただけよ。アクシズに着いたらお父様と3人でお祝いでもしようかなって」

「それは良い考えね」

 

 セラーナは私の言葉を受けて、お祝いをどのようにするか話し出す。

 

 目の前の妹の為にも頑張らなきゃいけない。

 航海中にソフィアーネに軍事や経済について教わり、シーマ中佐に戦術やMSの操縦などを教わった。同じNTであるマリオンと一緒にMSで模擬戦をしたりする中で、共鳴するようにNTとしての力も上がったと思う。

 

 まだ未熟だという自覚はあるけど、私は動かなければならない。

 

 未来を手に入れる為に。

 

 

 

 

 

「お父様っ!」

 

 アクシズに着くと、妹が出迎えてくれたお父様に向かって真っ直ぐに飛んで抱きついた。

 それを見た私は姉として注意する。

 

「セラーナ、無重力ブロックだからって飛んで行ったら危ないわよ」

 

 抱きついたままの妹に注意はしたが、気持ちが分かるので軽い口調で済ませた。と言うよりも、妹が飛んでいかなかったら私が同じ事をした気がして怒る気になれなかった。

 

「ハマーン、セラーナ。二人共よく来てくれた」

 

 お父様は私達を優しい笑顔で迎えてくれる。

 笑顔を向けられてつい涙が出そうになる。

 けれど妹や他の人も居て恥かしかったし、やる事があったので我慢した。

 

 抱きついたセラーナを撫でているお父様に声をかけた。

 

「お父様、お話したい事があります」

「うむ。私も二人と話したい事は山ほどある。しかしまずはお前達を連れて来てくれたシーマ中佐達の受け入れが終わってからだ。すまないが少し待って欲しいな」

「あ、はい。そうですよね……」

 

 お父様の返答はアクシズの司令官としての返答だった。

 私事として娘と話すより、シーマ艦隊の受け入れをするのがお父様の立場としては当然の事だろう。

 

 妹よりは落ち着いていると思ってたけど、私もお父様に会えて浮かれていたようだ。当たり前の事を言われるまで気づいていなかった。

 

「ハマーンお嬢様、マハラジャ様と話すより先に荷物を艦から移しましょう。それが終わってからマハラジャ様をお訪ねになるのがよろしいかと」

「ふむ、そうだな。アクシズ内を案内する者を用意するので、ソフィアーネ、悪いが二人を頼めるかね」

 

 お父様の指示を受けた軍人の女性が案内してくれる事になった。

 軍属ではないマリオンも加え、4人で案内してもらう事にした。

 案内して貰ったアクシズ内は思ったよりも狭く、居住区画は特に不十分に感じた。

 到着初日という事もあり、全てを見れたわけではなかったけど……。

 

 やるべき事は多そうだった。

 

 

 

 

 

 アクシズ到着の翌日。

 仮宿に妹とマリオンを残し、ソフィアーネを連れてお父様に会いに向かう。

 

「お嬢様、今日くらいはのんびりお休みになられても良いのでは?」

「いつも軍略とか教えてくれる時は厳しいのに、随分と優しいのね」

「急いては事を仕損ずると申しますよ」

 

 自分でも焦っているのは分かっている。

 だけど出来る事があるのにのんびりしてはいられない。

 

 お父様の執務室前にやってきて端末を操作する。

 ザーという音の後にお父様の声が聞こえた。

 

「誰かね?」

「お父様、お話があって参りました」

「……ハマーンか。入りなさい」

 

 許可を得ると扉が自動で開いた。

 開いた扉を通り部屋に入るとシーマ中佐が居た。

 中佐は一瞬私に視線を向けて、すぐにお父様に視線を戻す。

 

「ではマハラジャ提督、着任の件は問題ないって事で?」

「ええ。休戦前の命令書とは言え正式な物ですからな。シーマ中佐の監察権は承認しましょう」

「それは助かったね。まぁ今更必要ないかもしれないけどねぇ」

 

 中佐はお父様から書類を受け取ると部屋を出て行った。

 出て行く前に肩に手を置かれ、小声で「がんばんな」と言われる。

 

 中佐やマリオン、ソフィアーネには事前に私がアクシズでの戦力の拡充を望んでいる事を話している。なのでこれからお父様に話す内容を察して応援してくれたのかな。

 本当なら中佐も一緒に居て欲しかったけど、艦隊指揮官は忙しいのだろう。

 

「それで、話というのは何かな? 家族水入らずの話と思っていたが、そういう訳でもなさそうだが」

 

 ソフィアーネを連れている事で、私が家族としての話をしに来たのでは無い事に気づいたのか。さすがお父様だ。

 

 私は慎重に言葉を選びながら用件を伝える。

 

「先日、航海中にジオン敗戦の報を聞きました」

「私も聞いた時は驚いた。残念な事だ。これでスペースノイドの自治独立は遠ざかってしまった」

 

 顔に手を当て心底残念そうなお父様。

 ザビ家の独裁に懸念があり、敗戦を知っていた私はそれほどショックを受けなかったけれど……。普通のジオン国民であればお父様くらいショックを受けるのだろうか。

 

 お父様の態度に自分の歪さを感じてしまう。

 

「お父様、敗戦は残念ですが落ち込んでばかりもいられません。敗戦を知ってアクシズに逃れてくる兵や国民が多数いると思います。その人達の受け入れの為に、今以上に居住区の開拓をするべきだと思います」

「ほぅ……」

 

 お父様が軽く眼を見開き私を見つめた。

 

 元々アクシズは木星ヘリウム輸送船団の中間基地等として利用されていたと聞いた。近年軍事要塞として改修されたようだけど、アクシズへ逃れてくる将兵とその家族を受け入れるには、昨日の案内で見た感じでは居住区は全く足りないように見えた。逃れてくると分かっているのだから居住区の拡張は必須事項だろう。

 

「既に住居施設用の小惑星モウサを開発中ではあるが、あわせて軍の施設も今以上に必要か。ハマーンの言うとおり、軍民共に施設を拡張する必要があるとハインツ少佐も言っていたな。改めて拡張計画を見直すとしよう」

「ありがとうございます」

 

 お父様の返事を聞くと私が言うまでもなく見直す気だったと感じた。

 いくら心配だったとは言え、アクシズの運営自体に口を出した事は問題だったかもしれない。

 

 アクシズ全体の事はお父様に任せるべきね。

 だとしたら私がするべき事は。

 

「お父様、先の件とは別にお願いがあります。ニュータイプ用のMS開発推進と、私と出来れば友人のマリオン・ウェルチ共々MSのパイロットをやらせて欲しいのです」

「先程の居住区の話は分かるが……。それはどういう事かね?」

「ジオンが負け、休戦が決まったとは言え連邦軍はジオン残党を野放しにはしないと思います。もしかしたらアクシズにまで軍を向けてくるかもしれません。その時に戦う事が最善とは限りませんが、選択肢として選べる準備は必要かと思います」

 

 本命はZの時代、87年頃に地球圏へ戻った時の為の戦力を増やすのが目的だ。

 しかしそれまでにアクシズが無事である保証はない。防衛戦力の強化はしておくに越した事はないはずだ。

 

 悩むお父様に対し、ソフィアーネがデータディスクを渡す。

 

「マハラジャ様、航海中にとったお嬢様とマリオンのMS操縦データでございます。ご参考になさるとよろしいかと」

「ふむ、見せてもらおうか」

 

 ディスクを受け取りご自分の机の端末でデータを確認し始めた。

 真剣な表情で確認しているお父様に対し、後押しする為にさらに言葉をかける。

 

「シャア大佐が率いたニュータイプ部隊は、少数ながら素晴らしい成果をあげたと聞いています。ニュータイプの研究と専用の兵器開発が、数に勝る連邦に対する手段足りうると思うのです」

「赤い彗星……か。ソロモン宙域でのMAエルメスの戦果は私も知っている。エルメスの設計データもあるにはあるが……」

 

 目頭を押さえ考え込むお父様。

 私がNT用の兵器の開発とMSパイロットを望んだ事で私の身を案じているのだろう。自分の娘が兵器の開発に関わらせて欲しいと言っているのだから。

 

 娘達を愛するお父様だから却下されるかと思ったけど、意外な事に顔を上げたお父様の表情は優しいものだった。

 

「ニュータイプ用の兵器の有用性は証明されている。ニュータイプであるお前が自ら提案するなら、私はそれを支援しようと思う。ハマーン、お前が国や人の為を思って行動する子だと知ってはいたが、改めて思い知らされたな。キシリア閣下の勧めでニュータイプ研究所に預けた時は心配だったが、良い子に育ってくれたな」

「お父様……」

 

 優しい微笑で見つめられて思わず涙が出てくる。

 嬉しくて椅子に座るお父様に抱きついた。

 

「それにシーマ中佐に言われていてな。ハマーンの希望を出来る限り叶えて欲しいと」

「そうなんですか!?」

 

 忙しいだろうに、きっちり私の事もフォローしていてくれるとは。

 シーマ中佐の気配りに感謝したい。

 

「お前を軍人にする気はないが、MS開発となると軍の施設に入る事になる。ソフィアーネも軍人ではないからな。それらの事とアクシズでの生活のサポートに一人軍人をつけよう。それとアクシズで軍事を担当している者を紹介しよう」

「ありがとうございます。お父様」

 

 お父様は私を膝の上に乗せたまま頭を撫でてくる。

 少し恥かしかったけど大人しく撫でられ続ける。

 

 数年ぶりに触れ合う愛情に、私は身を任せた。

 

 

 

 

 ソフィアーネをお父様の所に残し、私はMSデッキを歩いていた。

 

「ふふふ、感心しますな。マハラジャ提督のご息女がMSの開発に興味がおありとは」

 

 前を歩く男性は楽しそうな声色で話す。

 

 彼はアクシズの軍事のトップである兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニ大佐だ。

 お父様は文官肌の人なので、軍事方面担当として本国から赴任してきたらしい。

 

 今は現場を見ておくと良いとの事なので、MSデッキを案内してもらっている。

 

「エンツォ大佐、私のパイロットの件は大丈夫なのですか?」

「もちろんです。ニュータイプであるハマーンお嬢様には是非テストパイロットをして欲しいですからな。私もシャア大佐が隊長を務めたニュータイプ部隊の活躍は聞いております。ですがニュータイプの人員がおらず困っていたのですよ。お嬢様のご提案は、私としても渡りに船と言ったところでしょうか」

 

 エンツォ大佐はNT兵器の開発を勧めたり、MSパイロットになりたい私に好意的だった。私のMS操縦データを見てからは、お父様に対して積極的に後押しをしてくれたほどだ。

 

「ハマーンお嬢様のような方が居ればジオンの未来は明るい。ナタリー中尉、サポートをしっかりと頼むぞ」

「ハッ! 了解です。エンツォ大佐」

 

 立ち止まって振り返ったエンツォ大佐に敬礼する女性士官。

 隣に居るこの女性が、私のサポートをしてくれるナタリー・ビアンキ中尉だ。

 13歳になった私より少し年上にしか見えないのに中尉という階級なのだから、よほど優秀なのだろう。

 

 MSデッキを再び歩きながら、ナタリー中尉が話しかけてくる。

 

「ハマーン様はアクシズに着て間もないのですよね? 私に出来る限りサポートさせていただきます」

 

 人懐こそうな笑顔で私に話しかけてくれる。

 軍人ではあるけど、彼女の人柄か同じ女性で年も近そうなので親しみが持てる。

 

「ナタリー中尉、上官でもない年下の私に敬語を使わなくてもいいですよ。出来れば様というのも」

「そうですか? でしたらハマーンも私にも敬語を使わずに気軽に話してください。呼び方もナタリーでいいですよ」

「わかりました。ナタリー」

「敬語になってますよ?」

「あ……」

 

 名前で呼んでも話し方は硬くなってしまう。あまり気を使わせないようにと思って敬語を使わないように言ったのに、私がつい使ってしまう。

 それはナタリー中尉も同じだったようで、お互いの顔を見て笑いあう。

 シーマ中佐やソフィアーネは私に対しては部下としての姿勢を崩さないし、マリオンは恩人として見てくるので、こういった感じは新鮮だった。

 

「早速親交を深めているようで結構ですな」

 

 笑いあってる私達にエンツォ大佐が話しかけてきた。

 案内してる後ろで笑っていたので申し訳ない気持ちになる。

 

「申し訳ありません。折角案内をしてくださっているのに」

「気にしなくて構いません。それよりどうですかな? MSデッキを見ての感想は」

「そうですね……。意外でした。まさかアクシズにザクだけではなく、リック・ドムやゲルググまであるなんて」

 

 一年戦争末期の新鋭機であるゲルググが、見てきた範囲だけでも何機かあるのだ。アクシズにゲルググが配備されてるとは思いもしなかった。

 

「本国の機体データは長距離通信で届いているのです。辺境のアクシズとは言え、最新のMSも作っているのですよ」

 

 エンツォ大佐の言葉と態度からは自信があふれ出ていた。

 ミノフスキー粒子の影響がなければ長距離の通信も出来るのだから、データが在るのはわかる。

 でも実際にゲルググを建造してるのは驚きだ。

 

 現場を眼で見ると思いもよらぬ発見があるものね。

 

 そのままエンツォ大佐の案内でMSデッキを進む。

 ナタリー中尉が具体的な機体性能の説明をしてくれる。

 

 そうして見学を続けていくと、とても大きなMAが眼に入った。

 私はそれを見て名前を呟いた。

 

「……ノイエ・ジール」

「これに眼を止めるとはお目が高い。これはドズル閣下が拠点防衛用に開発していたMA、ゼロ・ジ・アールです」

 

 エンツォ大佐に言われ名前が違う事に気づく。

 良く見れば私の知ってる流線型の美しいMAではなく、ゴツゴツとした無骨な見た目をしていた。

 

「本来はシャア大佐用のMAとしてソロモンで開発していたのですが、事情がありアクシズで開発することになったのです」

 

 事情と言うのはガルマ・ザビ大佐暗殺の件だろう。

 世間的にはただの戦死となっているのだろうけど。

 

「これはもう完成しているんですか?」

「いえ……残念ながらシャア大佐並のエース用の機体として開発されているので、性能テストを出来る人材がいなくてですな……」

 

 自信に溢れていたエンツォ大佐に初めて影がさす。

 

 彼の話を聞いて私の中で湧き上がるモノがあった。

 このゼロ・ジ・アールは間違いなく、ガトー少佐の手に渡るノイエ・ジールの原型だろう。0083で起こる星の屑に対して腹案があったけど、もしかしたら思ってた以上の事が出来るかもしれない。この機体を私の知ってる史実以上の物にすれば……。

 

「エンツォ大佐、もしゼロ・ジ・アールのテストパイロットが居ないのなら、私にやらせてもらえませんか?」

「ハマーン、本気? この機体は動かすのも大変らしいのよ」

「大丈夫です。私の操縦データは見てくださったのでしょう?」

 

 心配してくれるナタリー中尉。

 しかし私には自信があるのだ。

 

 戦術に関してはシーマ中佐には敵わなかった。

 だけどMSの操縦に関しては負けない自信がある。MS戦ではエースパイロット達にはまだ勝てないかもしれないけど、MSを動かす事に関しては負けないと思っている。

 

 エンツォ大佐は驚いた顔をしたが、すぐに楽しそうに笑った。

 

「なるほど。確かに素晴らしい結果でしたな。ではこのゼロ・ジ・アールはハマーン様に任せるとしましょう。ナタリー中尉もそれでよいかな?」

「は、はいっ」

 

 アクシズに来るまで不安だった。

 でも実際来てみれば、思った以上に順調に行きそうだ。

 

 当面はゼロ・ジ・アールをテストしてノイエ・ジールの完成を目指そう。

 マリオンというNTの協力者もいるのだ。幻のNT用MAであるノイエ・ジールⅡを目指すのも良いかもしれない。

 

 ノイエ・ジールⅡの事を考えたせいだろうか。

 胸の内にある人の事が浮かぶ。

 

 

 

 今は遠くに居るはずの赤い光を微かに感じた。

 

 

 

 




妹ナデナデ。
自分もナデナデ。
ナタリー中尉とニコニコ。

このお話のハマーン様って、もしかして男性が苦手だったりするんでしょうか。
男性はマハラジャさんにしか心開いてないような……。
(*'-')

しばらくは80年~87年の間を補完するシャア主役の作品「若き彗星の肖像」が舞台となります。
その知識がないハマーン様は、エンツォ大佐と仲良しに見えますが……!

次回は~グラサンになったあの人~の前にまた女性士官との絡みを予定していますが……。


まったく作品と関係ないのですが、夜中天井から水漏れがありまして~。
更新がガッツリ遅れました。
まさかマンションの中ほどの階で水が降ってくるとは……トホホ。
(;´д`)

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