「物資の搬入急げ~!」
「MSなんて後で動かせばいいだろ! 怪我人を運ぶのを手伝ってくれ!」
「連邦が迫ってきてるんだ! 時間がない! 動ける奴は手伝え!」
ラサ基地の地下は慌しかった。
もうすぐ連邦の愚か者共がやってくる。その前に脱出準備を整えようとしているようだが、おそらく間に合わないだろう。
喧騒を他人事として見ていると、秘書官を連れた男が近づいてきた。
「ギニアス、ラサ基地への受け入れ感謝する」
「これはこれは、ユーリ・ケラーネ少将閣下。気にする事はありませんよ。貴君らを受け入れて、ラサ基地のおおよその位置を連邦に特定され、基地が危機に陥っているとしてもね」
「それについては悪いと思っている。だが宇宙に逃がさねばならん奴らが居てな。俺としても貴様を頼るしかなかったのだ」
盛大な皮肉を言い訳もせずに受け止められる。
あまりにも堂々とするユーリの様子に腹がたち、思わず本音が漏れる。
「アプサラスが完成していなければ、貴様を受け入れなどしなかったさ」
「アプサラスの開発は中止させたはずだが?」
「あの時点で9割方完成していた。残りを私の権限で完成させた。他所からの資金や資源の提供を受けずにな」
「……そうか」
ユーリが中止命令を出さなければ、完成はもっと早まっただろうが……今となってはどうでも良い事だ。既に十分な調整も行い、あとは出撃して成層圏まで上昇し、高空からのジャブロー襲撃を成すのみだ。
先程の言葉は皮肉ではなく、もし仮に今もって未完成だったとしたらユーリ達を見捨てた可能性は大きかったはずだ。
「もはや不要になったラサ基地など、どうでもいい。お前達の脱出に合わせて私がアプサラスで出撃するまで持てばいい」
「何? ギニアス、お前自ら出撃するのか?」
「当然だ。私のアプサラスを他人に任せられるわけがない! ゴホッゴホッ」
「ギニアス!?」
体を蝕む病魔は、確実に症状を進行しているようだ。
吐血した私を見てユーリは同情のような視線を向ける。
それが堪らなく不快だった。
「貴様はケルゲレンで宇宙にいくのだろう? ここで油を売ってないで逃げ支度を指揮したらどうだ?」
「……そうさせてもらおう」
ユーリはそう告げて去っていった。
呼吸すら億劫な状態になった私の眼に、兵達に注射を打っている白衣を着た男が写る。
私はそこに向かった。
「これはギニアス閣下、どうなされました?」
「体が言う事をきかなくてな。私にもそれを打ってもらいたい」
「ギニアス様!? しかしこれは……」
白衣――と言っても医者のそれではなく、アプサラス開発チームの白い制服。その制服を着た男は言葉を濁す。
反応から見て、兵達に打っていたのは予想通り劇物か。打たれた兵は怪我をしていても動いて働いていた。詳細は知らないが、動けないはずの怪我人すら動かす薬は今の私には必要だった。たとえどんな悪影響があったとしてもだ。
「あと一日体が持てばいい。アプサラスでジャブローを落すまで持てばな」
「まさかお体がそこまで……。わかりました」
男はゆっくりと私の腕に薬を注入していく。
注射器から液体がなくなり、それから少しすると胸の苦しさは消えていた。
久しぶりにふらつく事無く体が動く。
体の調子を確かめていた私の元へ、女性士官が報告にやってきた。
「ギニアス様、哨戒に出ていたノリス大佐がお戻りになられました」
「そうか」
「連邦の索敵と思われるMS部隊と交戦、基地とは別の場所に誘導の後に中破させたそうです。その際に一人捕虜を連れ帰ったと」
「捕虜だと? ノリスめ、今更捕虜などどうする気だ」
「それが、アイナ様のお知り合いらしく……」
紺の髪の女性士官は言葉を止めた。
どう言って良いかわからないのだろうな。
連邦の軍人にアイナの知り合いが居るという情報は、安易に口に出せるものでもあるまい。ノリスからそう言われたとしても、信じきるのは難しいか。
だが私にはその捕虜が何者か当たりがついていた。
「ノリスと話す事がある。私の執務室に来るように伝えてくれ」
「ハッ!」
「それとアイナに、私の代わりにケルゲレンの指揮を執るように伝えろ。代理の権限を渡すとな」
「ケルゲレンの指揮はギニアス様がおとりにならないのですか?」
「共に乗り込むユーリ・ケラーネ少将に勝手をされては敵わんからな。貴官もそのつもりでアイナに伝えてくれ」
「は、はいっ! オペレーターとして留意しておきます!」
伝令兵だと思ってた女性士官は走って行った。
彼女の質問を無視して違う答えを返した時に睨み付けたせいか、相手の返事がおかしな事になっていた。オペレーターらしいが、その立場でどのように留意するのだろうかと言った疑問が頭をよぎる。
「薬の影響か、どうでも良い事まで考えてしまうな」
それだけ体の調子が良いという事にしておくか。
ノリスが来る前に準備があるので、早足で執務室に向かった。
「捕虜というのは、やはりアイナが言っていた男なのか?」
「はい。戦闘中に会話をしましたが、間違いないかと」
端末でデータ操作をしながらノリスの話に耳を傾ける。
「地上に降りる前にアイナが言っていた、分かり合えた連邦士官……か」
生き残る為に連邦兵と協力して分かり合ったと最初に聞いた時は耳を疑った。いや、今も信じられない。地上に降りてからも、アプサラスのテスト中に偶然その男と会ったらしいが……。
「アイナの世迷言と思っていたがな。相手の男はどのような人物だ?」
「冷静な判断を下すかと思えば、激しい激情に任せたMS機動を見せられました。まさか自機の片腕をもぎ取って武器にしてくるとは思いませんでしたな。脅威を感じました」
「ほう」
ノリスにここまで言わせるとは。
正直大して興味もなかったが、少しは興味が湧いて来た。
「パイロットとしての技量ではなく、他の面はどうなんだ?」
「私もアイナ様からの話と戦闘中の会話のみなので、正しく把握しているかわかりませんが、アイナ様とは相思相愛なのではないかと」
「なぜそう言える?」
「……」
いつも冷静で素早い行動を心がけるノリスが言葉を詰まらせた。まるで言うべきか躊躇しているようだ。ノリスらしくない様子に多少驚く。
こちらから聞いた手前、中途半端にしておくわけにもいかず、仕方なくノリスの背中を後押しする。
「ノリス、アイナの兄として聞いている」
「ハッ! 戦闘中に奴めはこう言っておりました。『俺は絶対にアイナと添い遂げる』と」
「ク、クク、ハハハハハハハ」
連邦と分かり合えるなどと言うアイナを愚か者と思ったが、相手の男も負けずに愚かだったか。抑えようとしたが抑えきれずに笑いがこみ上げる。
「それで、乗り越えるべき父親役のお前に打ちのめされた愚か者は今どうしている?」
「怪我をしていますが命に別状はなく、気を失ったままケルゲレンへ収容しました」
理想を語り妹を奪おうとする相手だ。ノリスの返事を聞いて良い気味だと思ったとしても悪くはあるまい。
ノリスと会話をしながら行っていた作業が終わる。
データ上だけで事足りるか分からないので、書類作成へと移行する。
「奴をこのままケルゲレンに乗せても連邦兵だ。無事では済むまい。そこで私の部下として諜報の為に連邦に潜り込んでいた事にした。疑われないように命令書も用意する。あとはジオン側としての身分だが、低すぎてもまずかろう。少佐階級に任命しようと思うが、お前の意見を聞きたい」
私の言葉を聴いてノリスは驚愕していた。
驚きを隠さずそのままに質問を投げかけてくる。
「何故ギニアス様はそこまでなされるのですか?」
「手向けだよ。アプサラスの開発に協力してくれたアイナへの」
戦争相手と分かり合うなどと、理解できない事を言うアイナを嫌悪する気持ちは在る。だがアイナはアプサラスの為に尽くしている事もまた事実だ。
自らテストパイロットに志願し、危険な目にも幾度となくあっている。
複座式にして不安定なテスト機の操作の保険を提案したのもアイナだ。
飛行能力の強化にジオンの他のMSやMAの設計を取り入れる事も、アイナが言わなければ行わなかっただろう。これには別の事情もあったが。
衰退しているサハリン家の家長である自分と、アクシズに飛ばされたカーン提督の事を重ねていたのだろう。提督が発案したというMAエルメスの事が気になっていた。だからこそ他所の設計を調べる気になったのだ。
おかげでアッザムのミノフスキークラフト等を参考にし、アプサラスの飛行能力は安定した。この結果だけでもアイナには感謝したい。
「ギニアス様がアイナ様の事をそこまで思っていたとは。このノリス、見誤っておりました」
「お前は見誤っていないさ。戯言を言うアイナには思う所もある」
MAエルメスの設計書を見た時に思い出した少女。グラナダのパーティーに父親の名代として参加していた12歳の彼女。ハマーン・カーンという少女を思い出すと、同時に小さい頃のアイナを思い出した。そして妹を守りたいと当然のように思っていた、幼き日の兄としての自分も。
「兄として妹へ贈る餞別にすぎんさ」
コクピットから見える景色に体が震える。
目の前の大きな山は、アプサラスのメガ粒子砲によって山頂付近のほとんどを削り取られていた。
「フフフ、ハハハハ! 見たか連邦軍! 私のアプサラスの力を!」
「ギニアス様、連邦は一時的な停戦に応じるようです」
グフに乗るノリスからの通信を聞いて、当然だと言う思いしか湧いて来ない。
このアプサラスの力を見せたのだ。連邦兵は恐怖に竦みあがっていることだろう。
ケルゲレン脱出の為に停戦を呼びかけて欲しいという、アイナの愚策を採用したが……。今私の体を震わせる興奮を味わえたと思えば、結果的には良かったか。
しかし無粋な通信が邪魔をする。
「ギニアス、お前が作った玩具は予想以上の威力だな」
「ユーリ、貴様何をしている?」
「なに、アプサラスで出撃するお前を見送る為にな」
通信は基地の打ち上げ口近くを飛行するグフ・フライトタイプから発信されていた。
「貴様はケルゲレンに乗って逃げるんじゃなかったのか?」
「出てきたら引っ付いていくさ。しかし俺達を逃がす為に出るお前に、何もせず行く訳もいかないんでな」
軍人としての矜持というやつだろうか。全く理解できなかった。
私がアプサラスに乗っているのはジャブローを壊滅させる為だ。ケルゲレンを逃す為ではない。一時停戦の状況を作り出す為に示威射撃に留めたのも、ここに居る連邦兵などどうでも良いと思うからだ。
折角の興奮を台無しにされ不快な私に、さらに通信が入る。
「ギニアス! 森の中にジムだ! おそらく狙撃タイプ!」
「なんだと! ノリス!」
「向かっていますが距離が!」
ケルゲレンはまもなく出てくる。
速度の遅い発進直後を狙い撃ちされれば、苦もなく落とされるだろう。
遠距離射撃が出来るMSモドキは事前にノリスが潰していたが、こそこそと狙撃タイプのMSを用意していたとは!
「聞こえるかアイナ! 脱出を遅らせろ!」
「無理です! 既に火がついてしまっています!」
忠告をしたが無駄に終わり、ケルゲレンは基地から姿を現す。
ノリスのグフは全力で移動していたが、いかんせん間に合いそうにない。
アプサラスのメガ粒子砲もチャージが間に合うとは思えなかった。
ジムは射撃体勢に入っていた。
「奴らをやらせるわけにはいかんっ!」
ユーリのグフが射線上に入る。
だがグフ程度の装甲では時間稼ぎにすらならないだろう。それこそアプサラス並の装甲でなければ。
「ふざけるなよ! 連邦風情が!」
停戦に応じた上で騙まし討ちを行おうとする連邦。
忠告をきかないで出航したケルゲレン。
フライトタイプのグフでジムの射線に向かうユーリ。
間に合わないノリス。
その全てに対する憤りのままにアプサラスを動かす。
ケルゲレンの発する轟音を背に、ジムからのビームの光が目に入った。
「くっ、私は気を失っていたのか……ゴホッ」
口から血が溢れてくる。
しかし今更見慣れた赤い液体には関心がでるわけもなく、無視してアプラサスの状況チェックを始める。
簡易チェックが終わるとノリスの声が聞こえた。
「ギニアス様、ご無事ですか!」
「……ノリスか。ケルゲレンはどうなった?」
「無事に上昇中です。狙っていたジムは仕留めました。しかしながら、ケルゲレンを庇ったユーリ少将のグフは撃破されてしまい、アプサラスも被弾しております。私が殿を務めます。ギニアス様は脱出を」
「そうか、アイナは行ったか」
アイナが無事に行ったならば……もはや兄の仮面を被る必要もないか。
「フフフフフフフフ、ハハハハハハハハハ」
「ギニアス様?」
「ノリス、今までの忠義ご苦労だった。ここからは私だけで行く」
右部の飛行機能は致命的な状態。
これではジャブローを強襲する事は出来ないだろう。
サハリン家の再興を。
アプサラスの力を示す機会を。
私の夢を。
「よくも台無しにしてくれたな! 連邦の愚か者共が!」
アプサラスを空中へと浮かせる。
「生きて帰れる等とは思うなよ」
エネルギーをチャージしメガ粒子砲を放つ。
放たれた光は射線上に居たMSを塵に返す。
しかし本来の狙いはMSではなく、指揮官が乗っているはずの陸上戦艦だった。
「70%程度の出力でも、姿勢制御できないか。ならば……」
再びエネルギーをチャージさせる。
同時にふらふらと安定しない機体を陸上戦艦に向かわせる。
陸上戦艦の砲身がこちらを向いた。
「私のアプサラスの力、その目に焼き付けて逝くがいい!」
史実よりも早く複座式に。
エルメスが気になって、よそ様の設計を見ちゃって取り入れる。
12歳の頑張るハマーン様に出会って、兄としての普通の気持ちを思い出す。
早めにⅢ開発したので、微調整までたっぷり。
余裕が出たのでユーリ少将を暗殺しない。
一方、宇宙の段階で史実より積極的なアイナと分かり合っちゃったシロー少尉。
よりスパイ容疑が濃厚で、ラサ基地探しにほとんど囮扱いで突出した索敵に出される。
結果、ノリスにやられて捕虜にされる。
拉致同然にケルゲレンで宇宙へ。
作中初の男性視点でしたが、どうでしょうか?
本編の進みが遅くなるから外伝はあまり好きじゃないのですが、長くなったので1話ギニアス少将になりました。
自分で書いててなんですが、ギニアス少将とユーリ少将の気持ちがよくわかりません。
一年戦争でのジオンの偉い人の死亡率って高いんですよね。
普通、戦後の責任とかをとる立場なのに……。
(*'-')勇敢な方々ばかりです。