ブゥゥンと低い起動音が鳴ると、コクピット内の画面に光が灯る。
「敵機前方正面、距離200」
ナタリーの戦闘ナビゲーションに従い機影を補足。距離を詰めビームで撃ち抜く。
「次、左後方に2機。左下方に1機」
殺気や存在感のないシミュレーター上の敵機。NTの感応力は使えないが、操縦技術だけで問題なく打ち落としていく。いつもより多少力を入れていると、5分もしないうちにCOMPLETEと表示されプログラムが終了した。
戦闘シミュレーションプログラムが終了し、コクピットルームから出て隣の部屋へ移動する。部屋ではナタリーともう一人が私の戦闘データを見ていた。
普段は居ないもう一人の男性に声をかける。
「シャア大佐、私の操縦はどうでしたか?」
「素晴らしかった。予想以上にな……」
「被弾数0、撃墜MS30、命中率95%、所要時間4分49秒。凄いじゃないハマーン。ベスト記録よ」
シャア大佐とナタリーの言葉を聞いて笑顔になる。
お父様の計らいで、シャア大佐が私にMSの操縦を教えてくれる事になったのだ。
最初は拒否しようと思ったけれど、すぐに考え直した。あのシャア・アズナブル直々にMSの操縦について教わる事が出来る。これは力を求める私にとっては願っても無い事だ。
それに少し気になっていた。
宇宙港で私に向けた寂しそうな視線。誰もが認める実力がありながら、私の眼には今の彼は寂しそうな子供のように見えてしまう。儚さとでも言うのだろうか。誰かが掴んでいなければ、どこかへ行ってしまいそうな気がする。
シャア大佐を見ていた私に、ナタリーが楽しそうに声をかけてきた。
「ハマーンったら、そんなに優しそうな笑顔をするなんて。さては大佐が居たからいつもより頑張ったのね?」
「ち、違うわよっ!」
「本当かしら?」
「そうよっ! 別に大佐の事なんてなんとも思ってないわっ!」
「これは随分と嫌われたものだな」
「大佐っ!? 違います! 今のは言葉のあやで大佐の事を嫌いなわけじゃありませんっ!」
「じゃあやっぱり大佐が居たから頑張ったのね」
「ナタリーっ!」
シャア大佐の気分を害さないように焦って弁解するのだが上手くいかない。ナタリーは大佐のファンだから、大佐が私の教師役になった事を嫉妬してるのかな?とも思ったのだけど……。ふと見れば、大佐とナタリーが笑っていた。
二人にからかわれた事にようやく気づく。
ムキになって弁明していたのが恥かしくなり、別の話題はないかと言葉を発する。
「大佐、このシミュレーターはサイコミュのシステムやデータは反映されてないんです。もし反映されていれば、今よりももっと上手に出来るはず」
「ハマーン。実戦では何が起こるか分からん。いくら優秀だからと言って、その過信と機体に頼った考えは危険だ」
「は、はい」
急に真剣な雰囲気になった大佐に驚く。
忠告は私に言ってくれたはずだが、大佐は私を通して別の何かを見ていると思った。大佐の苦渋に歪んだ表情から察してしまう。私を通してララァ・スンの事を思い出しているのだと。
サイコミュという言葉から、彼女の事を思い出すのは自然な事かもしれない。納得は出来る。しかし微かに私の胸の内にあるこの感情はなんだろう。
胸の内に浮き出た感情のままに、皮肉とも取れる事を言ってしまう。
「性能の違いが、戦力の決定的差にはなりませんか。覚えておきます」
「む……。何故それを……」
「ハマーン?」
私と大佐を見てナタリーが疑問の声を上げる。
でも私はナタリーの声を無視して部屋を出た。なんとなくシャア大佐と一緒に居たくなかったから。叱られて文句を言って逃げるなんて、子供じみた態度だと思うけど……。
自分の中から沸き起こる感情を抑えられなかった。
民間居住区である小惑星モウサ。
軍人の家族やジオン本国より逃れてきた民間人の為に作られた場所だ。
私は今、モウサ内のカフェにシャア大佐と居た。
「大佐の要望でモウサ内を案内しましたが、どうでしたか?」
アクシズ市民の生活の様子を見てみたいと言うので、今日はモウサを案内していた。
先日教練に来てくださった時の私の態度は思い返すと酷いものだった。赤い彗星に誉められて調子に乗って、注意されたらいじけて逃げるとは……。子供そのものの自分の行動に溜息が出てしまう。あの時のお詫びも兼ねて、今日は一生懸命モウサを案内していた。
私と同じチョコパフェを前に置いて、大佐が今日の感想を言ってきた。
「モウサには来た事がなかったが、施設の充実ぶりはまるで本国とかわらないな」
「お父様が民間用の施設建設計画を立てた成果ですね」
「マハラジャ提督が先を見越してモウサの開発をしたのは聞いていたが……。娯楽施設までも充実しているとは思わなかった」
「あ、それは私が提案したんです」
「ほう、君が?」
ジオン敗戦という結果は少なからず人々の心に影を落している。さらに辺境で自分達の他に頼る者が側に居ないアクシズ。地球圏のコロニー群とは違って、自分達以外の人口の光が無い宇宙空間は不安を感じる。だからアクシズ市民の癒しに娯楽施設が必要だと思ったのだ。
大佐にそう説明すると驚かれた。
「なるほど。そこまで考えての事か」
腕を組み妙に真剣な雰囲気の大佐。
その姿はサングラスと相まって独特の存在感が在る。考え事をしている大佐は儚げな印象などはなく、しっかりとした強さを感じる。
今日は大佐を元気づける為に娯楽施設を中心に回ったのが功を奏したかな。
私にとってシャア・アズナブルは危険かもしれない人物だ。教練は受ける事にしたが、本当は必要最低限の接触で済ませるはずだった。
けれど覇気がない彼を見て思ってしまった。表面は取り繕っていても、心の底では空虚になっている彼を元気付けたいと。
「市民の心象にまで気が向くとは、ハマーンは優秀だな。マハラジャ提督が気にかけるわけだ」
パフェを食べる私を力強く見てくる。
大佐の発言は独り言のようだったので返事はしない。こっそり優秀だと言われた事を、内心で喜ぶだけにしておく。
「大佐、パフェ溶けちゃいますよ? 食べないんですか? もしかしてチョコパフェ嫌いだったりします?」
「嫌いと言う訳ではないが、こういった物を食べた事がなくてな」
「ダメですよ。アクシズは今物資に余裕はないんです。注文したんですから食べなきゃ」
「ハマーンの言うとおりか。では頂くとしよう」
大佐の雰囲気が一転して柔らかくなる。
パフェを食べる大佐は少し困ったような顔だった。パフェを食べるのが恥かしいのかもしれない。恥かしがる程度には元気になってくれたみたいだ。元気付ける為に頑張ってよかったと思う。
その後も大佐とモウサを回ったが特別な事は無かった。
ただ、たまに私に向ける大佐の探る様な視線が気にはなったが……。
「さぁ、お嬢様、覚悟なさいませ」
「ハマーン、大人しくして」
「ソフィアーネ、ナタリー、離してっ!」
ソフィアーネとナタリーが私を取り押さえてくる。言葉での話し合いが決裂した結果、2人は実力行使に出た。
「ナタリー中尉、お嬢様の両手をお願いします」
「わかりました」
「ナタリー! 裏切り者のソフィアーネの言う事をきかないで!」
ナタリーを説得しようと頑張るが、苦笑を返されるだけで無駄に終わる。
抵抗空しく、徐々にソフィアーネの魔の手が私に迫る。
足を動かして尚も抵抗する私に、ソフィアーネが楽しそうに言い放つ。
「新しいノーマルスーツの試着をするだけですのに、何が嫌なのですか?」
「分かって言ってるでしょ!」
「はぁ、お嬢様に似合うように特別にピンク色にしたと言うのに……」
私の為に新しいノーマルスーツを持って来てくれたのは嬉しい。
だけどそれが綺麗なピンクカラーなのはいただけない。
「もう子供じゃないんだから、ピンクは嫌なのよ」
「ハマーンには似合うと思うわよ? シャア大佐もきっと喜ぶわよ」
「じゃあナタリーの士官服もピンクにしましょうか」
顔をしっかり逸らすナタリー。
自分もピンクが嫌なのに私に着させようとするとは。
「お嬢様、これも経費が掛かってますからね。子供じゃないなら我がまま言わないで下さいな」
「うぅ……」
容赦なく着せてくる笑顔のソフィアーネ。
私に忠誠を誓ってくれたはずだが、気のせいだったかもしれない。
諦めてノーマルスーツを着させられて、鏡で自分の姿を確認してみた。
「ピンクと白の色合いが逆ならいいのに……」
パイロットというより、これではまるでアイドルだ。
個人的には可愛いので悪くはない。けれどこれで人前に出るのはどうかと思う。私はもう14歳なのだし、そろそろ子供的可愛さからは卒業したい。
「サイズは丁度いいから、別カラーのを用意して」
「あら、もったいない。お嬢様、お似合いですのに。ねぇ、ナタリー中尉?」
「本当、可愛らしいわよ」
「ソフィアーネ、ナタリーにもピンク色のノーマルスーツを用意してあげて」
そう言うと黙るナタリー。
着るまでもなく、コレで人前に出る恥かしさがわかる癖に。
恥かしいので脱ごうとした時、部屋のドアが開いた。
「ハマーン様、シュネー・ヴァイスのテストの時間です」
「マ、マリオン!?」
ドアの前に私を呼びにきたマリオンが立っている。
彼女には部屋のロックナンバーは教えてるし、気軽に部屋に入ってきていいとは伝えているが……。礼儀正しい彼女ならノックかドアホンで入室の許可を取るはずなのに……。今日に限ってノックに気づかなかったのだろうか……。
マリオンは私を見てにっこり笑う。
「可愛いですね」
心からの賛辞に赤面する私だった。
静かな病室。
VIP用の個室で横たわる女性。
ザビ家の遺児であるミネバ・ラオ・ザビの母であるゼナ様の病室に来ていた。
姉の事がありザビ家に対しては良い感情を持っていないが、ゼナ様には思うところは無かった。ゼナ様は私に優しくしてくれたし、姉マレーネとも仲が良かったから。
そのゼナ様がアクシズへ来てからずっと体調を崩しているとのことで、お見舞いにやってきたのだが……。
「ゼナ様、お見舞いに来るのが遅くなって申し訳ありません」
「いえ、こうして貴女に会えて嬉しいわ」
横たわるゼナ様は微笑んでいる。
しかしその顔は力無く、声にも活力がなかった。夫であるドズル・ザビを失った悲愴感もあるのだろうが、生命力そのものが希薄に感じる。
ベッドの隣に腰掛ける私に、ゼナ様がゆっくりと語りかけてくる。
「ハマーン、貴女には色々迷惑をかけてしまった。夫も気にしていたわ。ごめんなさい」
「そんな事ありません。ドズル様には助けていただき感謝してるくらいです」
ゼナ様の具合が心配で少しでも安心出来る様に笑顔で話した。
私達家族へのザビ家の行いにゼナ様は関与していないだろうし、ドズル中将にしても謝罪は既に貰っている。病状のゼナ様にこれ以上気を使わせたくなかった。
ゼナ様は瞬きを何度かして私をしっかり見つめると、意外な事を口にした。
「夫が自分にもしもの時は貴女を頼れと言っていました」
「私をですか?」
「最初聞いた時は暗にマハラジャの事を言っているのかと思いましたが、あの人は裏がない人、少なくとも私には隠し事が出来ない人だった。別れ際の言葉は貴女自身の事を指していたのでしょう」
ドズル中将が親族ではなく私を名指しで言ったのだろうか。詳しく聞いてみたいが、ゼナ様に無理をさせたくないので辞めておいた。
ゆっくりと手を私に向かって伸ばしてくる。
何かを託すようなその手を迷わず握った。
「ハマーン、貴女からは安心感を感じます。同時に人を惹きつける何かを」
私を見るゼナ様の目には迷いが見て取れた。
言うべきか悩んでいるようだったが、一瞬手に力が入り目から迷いが消える。
「ミネバの事をお願いします。あの子を守ってあげて、ハマーン」
それはザビ家の一員であるゼナ・ザビとしての願いではなく、一人の母親としての願い。
もしかしたらそんな事を言うゼナ様を元気付けるべきだったかもしれない。でも私は言えなかった。ゼナ様が望むのは自分を思う言葉ではなかったのだから。
ゼナ様の手をしっかり握りながら応えた。
「ミネバ様の事は、私が必ず」
「ありがとう。ハマーン」
ミネバ・ラオ・ザビをハマーン・カーンである私が託される。
その意味を噛み締め病室を後にした。
二日後にゼナ様が亡くなられた。
その日、ドズル中将がゼナ様を迎えに来る夢を見たのは偶然だったのだろうか。
テストを終えてMSデッキを歩いて居ると声が聞こえた。
「公王継承式がもうすぐか」
男性パイロット達の雑談の内容に顔を顰める。
81年12月。
ゼナ様が亡くなられて数ヶ月後に、ミネバ様のジオン公国公王位継承が決まった。
残ったザビ家の人間がミネバ様だけであり、ゼナ様が亡くなった事でより士気が落ちた今、ミネバ様を奉りアクシズを纏めようと言う考えは分かる。
しかし2歳の幼子を御輿に掲げる手段に理解は出来ても納得が出来ない。
お父様やシーマ中佐にシャア大佐は反対したらしいのだが、エンツォ大佐が強硬に主張したらしい。私に色々と便宜を図ってくれるエンツォ大佐だが、彼を支持する気にはなれない。
とは言え、私は一介のテストパイロットに過ぎず、それも特例であり、実質地位も権力もないので異議を言う事すら出来ない。権力に魅力は感じていなかったが、権力がない無力感を感じるのでは欲するべきなのかもしれない。
やや苛立ちつつMSデッキを歩いて居るとモニカ大尉が近寄ってきた。
「どうした? 珍しいね。そんなに不機嫌そうにして」
「何でもありません。えっと、それよりモニカ大尉こそ何かあったんですか?」
見るからに不機嫌そうだったのかと分かって反省する。
モニカ大尉はキョロキョロと周りを見て、上を向いて「ん~」と唸っていた。イラついた気持ちも忘れ見入ってしまう。見るからに不機嫌だった私が言うのもなんだが、モニカ大尉は見るからに挙動不審だ。
「あの、モニカ大尉?」
「ん? あぁ、熱心にテストするのはいいんだけどね。暫くはSフィールド付近でやるのは止めときな。あっちに設置されたセンサーの調子が悪いらしいからさ」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます」
Sフィールドはデブリ帯になっている宙域だ。あまりテストで行く事はないが、知らせてくれたモニカ大尉の善意に感謝したい。
お礼を言った私を、モニカ大尉はジっと見ていた。
まだ何か在るのかなと思って口を開こうとしたら、先にモニカ大尉が口を開いた。
「私も詳しくは知らないんだけどね。ミネバ様の継承式まではテストで出るのはやめときな」
何故?と聞く前に去っていく。
いつもはっきりと物事を言うモニカ大尉にしてはどこか中途半端だった。
公王継承式典。
アクシズ司令の息女として私も参列していた。
公式用の服として新たに仕立てられた服を着ている。ジオンの紋章も入っており、肩当のような部分もある正装だ。色は紫で大人っぽいのだがタイトスカートになっている。きっとこれは用意したソフィアーネの趣味だろう。
継承式には民間のTV局員も来ている。
エンツォ大佐曰く、アクシズの市民にもこの朗報を送り届けジオン安泰を示さねばならない、だとか。言うことは分かるのだが、2歳の子を見世物にすると言う手段は好きになれない。
私の気持ちとは別に式典は粛々と進んでいく。
「故ドズル・ザビ閣下のご息女ミネバ・ラオ・ザビを――――」
お父様の宣誓が終わり掛けた時、それは起こった。
ゴゴゴゴと重低音と振動がアクシズに響いたのだ。
そしてすぐに兵士が駆け込んできた。
「緊急事態です! Sフィールド方面に連邦の艦隊を確認! 急接近してくるもようです!」
一報を受けて式典の広間が騒がしくなる。
騒がしくなっていく中でお父様が指示をだした。
「すぐに現状を確認し対応を決める。シャア大佐、エンツォ大佐、別室にて協議を。ミネバ様は念の為安全な場所へ」
シャア大佐とエンツォ大佐を連れてお父様が退室した。
ミネバ様とお父様、シャア大佐、エンツォ大佐といった首脳陣が退出した瞬間、広間は騒然となった。所々で人の声が聞こえ、中には騒ぎ出す人までいる。そういった人は時間が経過する毎に増えていった。
騒ぎを見ていると憤りを覚えた。
ここにいる軍人は少なくとも士官なのだ。一兵卒は誰一人居ない。一人一人が事態を考え動く責任を持っている。上官の命令がないとはいえ、現在アクシズは攻撃を受けている可能性が在る。だと言うのに混乱し騒ぐだけの士官達。これがアクシズの現状だと言うのか。
憤りから我慢が出来ず壇上に立った。
そして思いの丈を叫ぶ。
「何故じっとしている! ジオンが敗戦し、連邦の支配から逃れた私達の拠り所であるアクシズが攻撃されている! なのに何故誰一人動こうとしない!」
私が叫ぶと場が静まる。
「暗き火星の裏側まで逃れた私達を、尚も追い詰めようとする連邦に対して、何故誰も戦わない!」
大勢の人間の視線を感じる。
「家族を、友人を守る為に戦わないのか!」
問うように一人一人を見渡す。
「たとえ誰も戦わずとも私は戦う! アクシズを守る為に!」
激情のままに壇上を降りて歩くと、人の群れが左右に割れていく。
割れた人波を進み広間から出る。
広間を出ると背中が押されたかと思うほどの歓声が上がる。
「ハマーン様に続け!」
「パイロットは急いでMSデッキへ!」
「指示があり次第市民の避難誘導をできるように!」
熱意在る声が次々に聞こえる。
その声を背に受けMSデッキへと急ぎ向かう。
アクシズを守る為の初めての実戦へと。
前半ちょっとコメディよりの日常のお話。
後半ハマーン様、それは扇動です。なお話。
とりあえず原作と違い半裸でシャアにお姫様抱っこは無かった!
ゼナ様に託されるくらい包容力があったから!
その割に結構直情的ですが。
(; ̄▽ ̄)
感想や一言メッセージで応援ありがとうございます。
出来るだけ早く更新しようと頑張ってるのですが、遅くてすいません。
次回から本気を出すハマーン様かな。