MAゼロ・ジ・アール。拠点防衛用として開発された機体。攻撃面では高火力のメガ粒子砲を複数搭載し、防御面ではIフィールドを備え、巨体だと言うのに機動力も高い。単体で見れば間違いなく現在のアクシズ最高戦力だろう。
自らが開発に携わった機体のコクピットシートに座り、幾度となく行った手順で急いで起動作業をする。慣れた手順であるはずが感じてしまう焦りと緊張の中、見知った相手から通信が入る。
「ゼロ・ジ・ア-ルが起動していると思ったら、やっぱり貴女だったのね」
「ナタリー……」
通信をしてきた相手であるナタリーは、怒っているような困っているような複雑な表情をしていた。
「ハマーン、まさかゼロ・ジ・アールで出る気なの?」
「えぇ」
画面上のナタリーをあえて見ないように作業を続ける。
「式典会場での貴女の事は聞いたわ。でも貴女が戦場に出る必要はないじゃない」
「それじゃあダメなの!」
反射的に声を荒げてしまい、ハッとして画面上のナタリーを見ると驚いた顔をしていた。心配してくれているナタリーに怒鳴ってしまった気まずさで一瞬だけ目を伏せるが、すぐに顔を上げナタリーを見た。そして私の想いを告げる。
「私の言葉で動いた人達が居る。アクシズを守る為にその身を戦場へと向けた人達が。なのに自分一人でも戦うと言った私が、安全な場所に居るなんて出来ないわ」
「ハマーン……。でも……」
私の言葉を聴いて理解はしてくれたみたいだけど、納得は出来ないみたいだ。きっと私の事を心配するが故に納得出来ないのだろう。そんなナタリーの優しさはとても嬉しく思う。
しかし私は今みたいな事態の為にパイロットとして自分を鍛えてきた。戦場に出る覚悟もしていたつもりだ。ナタリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、それを振り払うように再び手を動かそうとした丁度その時、第三者の声が聞こえてきた。
「構わんのではないかね。ゼロ・ジ・アールならば余程の事がない限り落とされる心配もあるまい」
画面上のナタリーの横にエンツォ大佐が現れ、ナタリーに落ち着いた口調で話しかけていた。
「ですが大佐、ハマーンは正規の軍人では……」
「確かにそうだが、ゼロ・ジ・アールの開発は実質彼女主導で行っていたのだ。正規の軍人の誰よりも上手く動かせるのではないかね? それに敵兵力が不明な今、戦力は1機でも多いほうがよかろう。それが防衛用に開発されたゼロ・ジ・アールなら尚の事だ」
「……」
上官に対して二度の異議申し立ては出来なかったのか、ナタリーが口を閉ざす。
「ハマーンお嬢様の腕前は私も聞いている。初の実戦とは言え、連邦如きに遅れをとるとは思えん」
「……わかりました」
私のMS操縦技術はテストでオペレーターをしていたナタリーも認めるところなので、渋々ではあるが納得してくれたようだ。
それにしてもエンツォ大佐の態度には少し驚いた。私とナタリーの関係を知っているからか、上官だと言うのに命令する事無く、あくまでもナタリーを立てて説得してくれるとは。MSパイロットになろうとした時にも後押しをしてくださったし、色々と感謝してもしきれない。
「ありがとうございます。エンツォ大佐」
お礼を言うとエンツォ大佐は軽く笑い画面から居なくなる。
「ハマーン、出撃するにしてもゼロ・ジ・アールはすぐには出せないわ。今は他のモビルスーツが出撃の為に並んでいるから……」
ナタリーの悲しそうな表情に胸が痛くなる。
「上部デッキが空いたら連絡するから、待ってる間にちゃんとノーマルスーツを着ておいて……」
「わかったわ」
返事をすると通信が切れモニターからナタリーが居なくなる。
自分の行動は間違っていない。そう思っていても、姉のように思い慕っているナタリーの辛そうな表情は忘れられそうになかった。
ノーマルスーツに着替え、ゼロ・ジ・アールのコクピットでナタリーからの通信をジッと待つ。
コクピット内は静かだったけれど、激しいアクシズの外での戦闘の気配はしっかりと感じていた。幾人もの願いや慟哭が飛び交う戦場。私の名を叫び散り逝く誰かの存在。
彼等の感情が私の中に入って来る度に動悸が激しくなり、自身の無力感や身勝手さに悩まされる。私は式典会場で何故あんな事を言ったのだろうかと。
私の言葉を聴いて、私に付いて行くと決めて戦場へ出た者達。その命を賭けるに値する何かを私は持っていない。私が示したのは一時の感情とただ守りたいと思った気持ちだけだ。
知らずに胸を押さえ耐えている自分に気づくと、思わず自嘲の笑みが零れる。お父様のように確固たる平和への理想もなく、ギレン・ザビのような明確な野心もない。指導者として人を導く理想も野心もない自分が、よくも人前で語ったものだと。
暗い感情に沈み込みかけていた私の耳に、通信を知らせる機械音が届いた。音を聴いてモニターを見ると確かに通信の知らせが届いていたが、何故か秘匿回線での通信許可を求める文字が表示されている。
今この時に届く秘匿回線の通信に不審を抱いたが、放っておく訳にも行かないので許可を出した。すると警戒した気持ちとは裏腹に、通信相手は私の信頼する相手だった。
「シーマ中佐!」
モニターに現れた人物を見て笑顔になった私と反対に、中佐は厳しい表情のまま無言だった。中佐もナタリーと同じく私の行動を快く思っていないのかと思ったのだけど、そうではなかった。
「この通信を誰かに聞かれたりは?」
「コクピットには私一人ですし、他に通信を行ったりしてないので、大丈夫だと思います」
秘匿回線を使い、さらに誰かに聞かれていないか質問してきた中佐に疑問が浮かぶ。敵の傍受を疑うと言うより、これではまるで……。
私の返事を聞いてもシーマ中佐の表情は緩むことなく厳しいままだ。中佐の出す重苦しい雰囲気に私からは言葉が出せず、中佐の言葉を静かに待った。
「……ナタリーから聞いた。あんたが出る事にあたしは反対しない。けどね、絶対に死ぬんじゃないよ」
「中佐……」
今まで厳しく指導してくれた中佐が認めてくれたようで嬉しかった。当然のように私の身を心配してくれたのはそれ以上に嬉しい。
けれど言い終わり、より表情を険しくした中佐を見て通信をしてきた本題は別にあると悟る。私も笑顔を引っ込め気持ちを切り替えた。
「今回の敵の襲撃だけどね。どうにもキナ臭い」
「キナ臭い?」
「敵の襲撃自体は、まぁいいさね。ジオン側ですら一部の人間しか詳細な位置を知らせていないアクシズに、連邦の艦隊が攻めてくる。『そんな事』もあるんだろうさ」
いいと言いつつ、中佐の発言は明らかに不信感を匂わせている。
「しかしそれが偶々公王継承式典の当日、なんて偶然があるんだろうかねぇ。しかも民間のメディアが入って居て、TV中継が行われてる現場で市民に隠し通せない丁度その時に、なんてね」
そこまで言われ漸く分かった。中佐が何を心配しているかが。予想もしなかった中佐の危惧を知って、その言葉が自然と口から出る。
「敵を引き込んだ背任者が居る……?」
返事の代わりに口の前に人差し指を立てるシーマ中佐。その動作は肯定と同時に味方を警戒しろと私に伝えているようだ。
「一つ当てとして思いつくのは、元連邦の仕官でジオンの名家に取り入り、現在艦隊指揮権を任されている奴が居る。率先してモウサの警備担当に付いたし、連邦を引き込んで軍事的警備の薄いモウサを人質に取る。なんて事を簡単に出来る立場に居るわけだ」
「シーマ中佐、彼なら、シロー・アマダ少佐ならそれはないと断言します」
中佐がシロー少佐の事を言っているとわかり、すぐにそれを否定した。真っ直ぐ過ぎる彼がスパイや背任行為をするとは思えない。モウサの警備を買って出たのも、いざと言う時に民間人の犠牲を出さない為だろう。今のような事態になれば、彼ならばおそらくは。
「背任行為とは逆に、シロー少佐なら自分の命を引き換えにしてでもモウサを守り抜くと思います」
「だろうねぇ。あの坊やに謀略紛いの事はできないだろうさ」
私の言葉に即賛同してくれた。元々中佐もシロー少佐を疑ってはいない様だ。
「でもね、疑わしい経歴と立場に居るのは確かだと覚えときな。こんな事をしでかすには、それなりの立場にいなきゃ出来ないからね」
中佐の忠告に頷く。私がアイナ様とシロー少佐の事を気にかけていると知っての忠告だろうから。きっとその為にわざわざシロー少佐を疑う発言をしたのだろう。
独り言だろうけど、中佐が「式典に参加するべきだったかね」と小声で言ったのが聞こえる。もし参加していれば『それなりの立場に居る』者達の動向を見れたからか。ザビ家に良い感情を持っていない中佐は式典には参加していなかった。
中佐は今回の襲撃が『アクシズ内の誰か』によって起こされた物だと確信しているようだった。その考えは間違っていなかったと、次の中佐の提案でよくわかった。
「今の混然とした状況は誰かの望み通りかもしれない。けど同時に内部を調べるチャンスでもある。けれども生憎とあたしは前線で指揮を執らなきゃいけない。調査はコッセル達にさせるつもりだが正直不安でね。ソフィアーネの奴を借りてもいいかい?」
コッセル大尉を始めとしたシーマ中佐の部下の人達は、見た目は粗野だが根は素直な人が多い。だから裏を調べるのに向いているかと言えば向いていない。
でも元諜報員で裏を取る事に向いているとは言え、ソフィアーネを借りたいという中佐の言葉は少々意外だった。理由は不明だけど、中佐とソフィアーネはあまり仲が良くない。そのソフィアーネの力を当てにすると言う事実が、中佐の本気の度合いを表している。
「わかりました。ソフィアーネには」
「こっちから連絡しとくよ」
やはり本気でアクシズ内部を警戒しているのだろう。中佐は私が動いてそこから背任者に調査が露見するのを恐れたようだ。
「……無理はするんじゃないよ」
用件が終わったのか、最後にそう言い残して通信が切れた。
シーマ中佐は調査にソフィアーネを借りるのが目的だったのだろうけど、それだけじゃなく私を心配し忠告までしてくれた。
未だに感じる戦場に行く恐怖と、胸を締め付ける声なき声。不安が全てなくなったわけではない。けれど立ち直った実感がある。私が守るべきものを思い出せた。守りたい家族や友人。その中に中佐も入っているのは失礼なのかもしれないけど。
少しするとナタリーから通信が入り、上部デッキが空いて出撃可能になったと伝えられる。
戦場では何が待ち受けているかはわからない。私一人で戦況が変えられると思うほど自惚れてもいない。それでも引く事は出来ない。自分が守りたいものの為に、数多の命の火が灯る宇宙へと。
「ハマーン・カーン、ゼロ・ジ・アール、出るっ!」
ハーメルンよ!私は帰って来た!
13話は戦場で無双すると思っていた方々、お許し下さい。
リハビリだと思って大目に見てくだされ('-';)
次回こそ、戦場でハマーン様本気出す!
早く外伝で0083書きたいなぁ(*ノノ)