NT論や軍事論の著作を読んで勉強していると、部屋にシーマ中佐とソフィアーネが揃ってやってきた。
いつも他人行儀な二人が一緒とは珍しい。
パーティーの時に色々あったので仲良くなったのだろうか。
温かな気持ちで迎えたが、二人の話を聞いて複雑な気持ちになる。
「グラナダを出てアクシズに行く為には有効な手段だとは思うけど……」
「お嬢様にとって行いがたいかもしれません。ですが、現状ザビ家の権力に対抗できるのは、やはりザビ家の人間なのです」
姉の事や自分自身の事もあって、ザビ家には良い印象がない。
しかし前世の知識で彼の人の事は多少見直している。指揮官自らが殿を務め部下を逃す行為は、人として好印象だ。
でもやはり家族を奪われたのは許し難い。
気持ちの整理が出来ず、二人の提案をどうするか決めかねる。
「まぁ無理にすることもないさ。あたしらがハマーン様を誘拐して連れて行くって事にしても良いんだからねぇ」
悩む私を見かねたのかシーマ中佐がそう言ってくれた。
中佐の言うとおりの方法で行くと、最悪キシリアから中佐の処刑命令でも出そうだ。
私の我侭で中佐を失うわけにも行かない。
「分かったわ。二人の提案に乗りましょう」
複雑な気持ちを抑え、覚悟を決めた。
ドズル・ザビ中将との会談をする事を。
通信での会談らしく、シーマ中佐と共にリリー・マルレーンの通信室へとやってきた。
シーマ中佐の事は信頼しているが不安な事がある。
「ここからの通信で傍受とかされないんですか?」
「フォン・ブラウンを中継しての極秘回線でね。そうそうキシリアにばれる事もないはずさ」
先日の工作任務の時に手回ししてきたのだろうか。
中佐かソフィアーネが考えたのかな?
どちらかわからないが、さすがだなと思う。
「さて、そろそろ時間さね」
中佐の言葉の直後にモニターがブゥンと鳴り強面の男性が現れた。
覚悟はしてきたけれど、それを見てドキリとしてしまう。
強面の男性、ドズル・ザビは画面越しに私を見て挨拶をしてきた。
「久しいな。ハマーン」
「お久しぶりです。ドズル様」
今回の会談の目的はこうだ。
人情家であるドズルに対して姉の事を出し、アクシズへ行けるように融通して貰う。
有効な手段だとは思う。
だけど人の善意につけ込む行為だ。好んでやりたくはない。
その為にソフィアーネも提案するのを控えていたが、他に決定的な手段がなかったらしい。
ア・バオア・クーの敗戦までグラナダに居る事も考えたけど……。
敗戦後に身柄を拘束され、シーマ中佐や私が連邦との交渉材料にされかねない。
それに戦力を整える時間はたくさん欲しい。
結論としてアクシズへ行くなら今のうちが良いだろう。
とは言え、姉の事を利用するのは躊躇われる。
覚悟したつもりだったが言葉が出ない。
何故かドズル中将も黙ったままでいた。
お互いが言葉を発しない沈黙を破ったのはドズル中将だった。
「ハマーン、すまなかった。俺はマレーネに惹かれるあまり、周りの事を考えていなかった。マハラジャの立場では断る事が出来ないと言うのにな。それに気づいたのは大分後になってからだったが……」
画面の向こうで頭を下げ、悲しそうな顔で謝ってくる。
その言葉と態度は本気で謝罪をしているよう見えた。
「俺は姉を奪った憎き男だろう。そんな俺にお前から会談をしたいと連絡を受けたときは驚いた。だが丁度良い機会だとも思った。許してくれとは言わん。しかし……」
顔を苦渋に歪める中将。
NTの感性など関係なく、後悔と自責の念が伝わってくる。
許す気にはなれない……けれど。
「ドズル様のお気持ちはわかりました。それについてはもう過ぎたことです。私からは何も言う事はありません。ですがもし後悔の気持ちがあるのでしたら、それは未来へ向けてください」
まさか謝罪されるとは思わず、私の内心はより複雑になっていた。
小声で「感謝する」と聞こえ、再び沈黙が訪れた。
姉や私達家族に対してのドズル中将の態度にさらに悩んでしまう。
情け無い事だけどシーマ中佐に助けて貰おうと中佐を探す。
中佐は部屋の隅で壁によりかかり横を向いていた。その為に私の視線に気づかない。
「……マレーネの事以外でもお前に謝らなければならん事がある」
中将の声が聞こえたので中佐から視線をモニターに戻す。
モニターの中の中将は先程と違い、不快な表情をしていた。
「極秘裏に俺に会談を申し込んできたのでな。何かあると思って、ハマーン、お前の事を調べた。……キシリアに人質として軟禁状態にされていたとはな。気づくのが遅れてすまなかった。すぐにアクシズのマハラジャの所へ行けるようにしよう」
中将の言葉に驚いた。
会談を申し込んだだけで不信に思い私の現状を調べていたとは。
「ありがとうございます。今回の会談はそれをお願いしようと思っていたのですが、まさかドズル様から言っていただけるとは」
「子供を人質にとるようなキシリアのやり方は気にいらん。表向きの護送の任務にシーマ艦隊を使おうとしてた事もな。俺の部下の信用できる者を護衛につけよう」
シーマ艦隊の話になり疑問を浮かべる。
そもそも今私はシーマ艦隊の旗艦リリー・マルレーンから通信しているのに、何故ドズル中将はそんな事を言うのだろう?
そこで部屋の隅に居た中佐の行動に納得がいった。
ドズル中将との交渉が上手く行くようにモニターに自分が映らないようにしていたのだ。
きっと中佐の手引きで通信している事も秘密にしているのだろう。
このままでは私だけがアクシズへ行く事になってしまう。なんとかしなければ。
「ドズル様、私の護送はシーマ艦隊のままでお願いします」
「そういうわけにはいかん。お前は知らんかもしれんが、シーマ艦隊はキシリア配下で――」
「シーマ中佐!」
真剣な顔の中将を見て、さらにまずいと思い壁際の中佐を呼んだ。
当然ドズル中将は驚いた顔をしている。
壁際に居た中佐は私の意図を察して、やれやれと言った感じでだけど私の側にきてくれた。
「むぅ……」
モニターにシーマ中佐が見えたのだろう。
ドズル中将は眉をひそめた。
「キシリア様の部下ですが、シーマ中佐は私に忠誠を誓ってくれています。今回のドズル様との会談を用意してくれたのも中佐なのです。ですから――」
「クックッ、ハッハッハッ」
先程とは逆に私の言葉を遮り中将が大笑いをした。
「まさかその年でシーマ艦隊を抱き込んだと言うのか。ガラハウ中佐、ハマーンの先程の言葉、偽りではないな?」
「ハッ! 我がシーマ艦隊は全員ハマーン様に忠誠を誓っております!」
楽しそうなドズル中将と敬礼をしたままのシーマ中佐。
数秒、二人はお互い眼を逸らさずにいた。
楽しそうな顔をさらに緩めてドズル中将が言葉を発した。
「ガラハウ中佐、ハマーンを頼む。数日中にはグラナダを出れるようにしよう」
続けて何かを言おうとした中将だったが、あちらのモニターにも新たな人物が映り状況が変わる。
「ぬ、ラコックか、どうした? なに? シャアからか」
何やら耳打ちして中将に報告をしている。
それを聞く中将の顔は厳しい軍人のものに戻っていた。
「すまん、緊急の要件が入った。アクシズへの件はしっかりやっておこう」
「はい。ありがとうございます」
立ち上がり通信を終わろうとする中将。
私は咄嗟に声をかける。
「ドズル様、私の身を心配して下さり、ありがとうございます。同じ様にご自分の身も……」
全てを言う前に通信が切れた。
何も映さなくなったモニターを見る。
私は最後に何を言いたかったのだろう。
感謝か忠告か、或いは別の何かだったのだろうか。
ドズル中将との会談から数日後、無事にグラナダを出る事になった。
護送艦隊はシーマ中佐の艦隊だ。
ドズル中将に感謝して、リリー・マルレーンへと向かう。
「お嬢様、今回の件は申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良いわ」
アクシズへ行けるのに暗いソフィアーネ。
グラナダでの軟禁生活は彼女のせいではないでしょうに。
珍しく私が彼女を慰めていた。
「そう言って頂けて感謝します。せめてものお詫びに、ハマーンお嬢様のお好きなヌイグルミを大量に購入しておきました」
「あ、ありがとう」
大量にという言葉に引っかかりを覚えた。
ウサギやクマの人形が部屋いっぱいに浮遊する光景が頭に浮かぶ。
人形の中で埋もれる私……。
自分の部屋を確認したい一心で道を急ぐ。
急いでリリー・マルレーンがある港に行くと、思わぬ人物に出会う。
彼女は私を確認すると真っ直ぐに飛んで抱きついてきた。
「お姉ちゃん!」
「セラーナ、貴方、お父様と一緒じゃなかったの?」
「お姉ちゃんこそ、お父様と一緒だと思ってた」
お父様と一緒に居ると思ってた妹のセラーナが居た。
セラーナも私がお父様と一緒だと思ってたらしい。
どうやらお互い知らずに、人質としてグラナダに居たようだ。
セラーナが飛んできたほうから白い軍服の男性が歩いてくる。
「お姉ちゃん、この人が私をここまで連れて来てくれたの」
「自分はシン・マツナガ中尉と申します」
敬礼する髭を蓄えた軍人。彼には見覚えがある。
白をパーソナルカラーとした白狼の名をもつエースパイロット。
「妹を護衛してくれたのですね。ありがとうございます。マツナガ中尉」
「ドズル閣下より、セラーナ様をアクシズへ向かうハマーン様と合流させるようにと言われております。任務でしたのでお気遣い無用です」
私だけなくセラーナの事も調べて気を使ってくれたのだろう。
改めてドズル中将には感謝したい。
「しかし貴方の様なエースパイロットをわざわざ護衛につけて下さるとは」
「あの人の個人的な事情も含んでいたので、自分以外には頼みにくかったのでしょう」
あの人とはドズル中将の事だと思うけど、随分と親しい感じで話している。
マツナガ家の嫡子とエースパイロットと言うイメージしかないが、私の知識以上に親しい関係なのだろう。
「ハマーン様、お待ちしてましたよ」
マリオンと熊の様な大きな男性を連れたシーマ中佐が近づいてくる。
男性は確か中佐の副官の……。
「MSの搬入が終わったら出発する予定さね。うちの艦隊で残るムサイ3隻はコッセルに任せるつもりなんだが、何か言っておく事はあるかい?」
後の熊のような男性、コッセル大尉が敬礼する。
「必ず、また生きて会いましょう」
大尉は私の言葉を聴いて敬礼をし直す。
その後はシーマ中佐と何か話してから、彼はどこかへと去って行った。
「ねぇ、お姉ちゃん、この人達は?」
「あ、紹介がまだだったわね」
シーマ中佐とマリオンをセラーナに紹介する。
紹介中にふとリリー・マルレーンに搬入される黒いMSが眼に入った。
「あれはドズル閣下より、ハマーン様に渡すようにと言われたMSです。地上用のMSなんですが、宇宙用に換装された新型機ですよ。地上でもまだ珍しい物で、あれは宇宙用の先行試作機と言うところでしょうか」
「中々良さそうなMSだったねぇ。まさか新型を3機もまわしてくれるとは思わなかったよ」
黒いMSを見ていた私にマツナガ中尉が説明してくれた。
中佐の言葉が真実なら3機もリリー・マルレーンに配属されたのだろう。
「確か名前は……リック・ドムだったかねぇ」
新型のドムが3機。
3機なのは偶然かな。
それとも行くべき所に行くはずのドムがここに在るのだろうか。
「MS搬入も終わったようですし自分は戻ります。貴君らの航行の無事を祈っております」
シーマ中佐に敬礼して背を向けるマツナガ中尉。
エースである彼にも声をかけたかった。
しかし声はかけられなかった。彼からは話し方などからドズル中将に対する深い信頼を感じたから。アイナ様とノリス大佐とは違い、主従と言うよりも兄弟のようなものを。
マツナガ中尉に声をかけられなかったのは残念だ。
だけどこれでやっとアクシズへいける。
「中佐、マリオン、ソフィアーネ。行きましょう、アクシズへ」
セラーナと手と繋ぎながらリリー・マルレーンへと乗り込む。
Zまでの7年間、アクシズで何が起こるか私は知らない。
前世の知識がない未知の場所だ。
私は不安と期待を抱き向かう。
火星の向こうにある、アクシズへ。
権力って大事ですね。
新型としてリックドム3機。
でも本当はNT系のザクが欲しかった!
ハマーン様主役なので本命はZ~なのですが、C.D.Aは半分ハマーン様主役ですよね。
作中のハマーン様はC.D.Aの知識がありません。
どうなることやら。
大筋は決めてますが……エンツォ大佐どうするかなぁ。
あまり好きじゃないけど、良い所もあるし、でも暗躍しすぎでエロなのが。
(*´ω`)グラサンも登場します。
次回は外伝的に宇宙の蜻蛉風味をと思います。
そのあとはC.D.A編かな。