「っ!!」
——よぉおおおおおおおおおおおおおし!!
と、ゴールを決めた真山が叫んだのを皮切りに、コート上に居るメンバーとベンチからも大きな歓声が上がった。
「ナイスゴールだ真山!」
「キーパーの股下狙ってチャリンとか洒落たシュート打ちやがってコノヤロウっ!!」
「流石我がチームのストライカーだぜ! 決めて欲しい時に決めてくれるなぁ!」
「お前のゴールのお蔭で疲れなんて一気に吹き飛んだぜ! まだまだキツいプレス頑張れるわ! ありがとな真山!」
——そんなチームメイトからの称賛を一身に受ける真山は「なっ! や、やめろ! 近づくな汗臭いっ!」と満更でもない反応だ。
だがそこで、安藤が「真山くんナイスゴール。だけど皆。まだ試合は終わってないよ。むしろこれからだ」と、興奮してる皆を諫めるように呼びかける。そう。確かに嬉しいが、俺らはまだリードされてる状態だ。こうして喜んでる間にも、時間が過ぎて行っている。アディショナルタイムも追加されるが、長期戦なればなるほど、ハイプレスの戦法を取って体力を消耗している俺らのチームの方が不利になってしまうのだ。安藤もそのことを理解してるからこそ、あの場で諫めたのだ。
「ああ。こうしてる間にも時間は過ぎてるし、しかも相手に休ませる時間と、考える時間を与えてしまってるのも事実だからな。特に自チームのスリートップである真山、田代、神保の負担が相当だと思うし、だから早いとこリスタートしようぜ皆。……それに、試合後には真山にからあげくんを皆で奢るのは決定してるし、喜ぶのは今じゃなくて良いだろ?」
そう皆に問いかけると、「「「……よし! 行くぞ」」」と、一目散に自陣のコートへ戻っていく。それを確認した後、俺は未だに相手ゴールで転がっているボールを走って取りに行き、不敵に笑いながら、真山に手渡した。
「……? 嘉川?」
手渡されたボールに疑問符を浮かべながら、センターサークルに置きに行くために俺と並走する真山。俺はその顔を見ながら、次にはこう言った。
「……次も股下と相手GKのプライドをぶち抜いてやれ」
と、いきなりそんなことを言われた当の本人はそれに笑みを浮かべながら
「任せろ」
短く、そう答えたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
上原中が一点取り返したか。
と、そこまでの試合をフェンスの向こう側から立ち見していた当時の俺は、思案に入った。
前半は両チーム共、支配率は五分五分と言ったところだった。しかし、後声中が上手く相手のミスを摘み取って、ゴールに結びつけて二点取った。点を取り出したところから明らかに後声中の空気に押されていた上原中だったが……
「……やっぱり、あの10番が入ってから空気が変わったな。上原中は」
試合に遅刻して、到着したのが前半終わってハーフタイム中の今さっきだった第一印象最悪な奴だったのだが、プレーに注視して見るとまるで違う印象を受ける子である。常に冷静で、首を振り、周りを良く見ている。それはまるでコート全体の敵味方関係無く、今その場にいるポジションを頭に叩き込むように、それくらいの頻度で首を振って見ているのだ。それに足元のスキルもピカイチだなあれは。それに身体の使い方、手の使い方。ボールを置く位置。誰を取っても高レベルだ。恐らくDF以外はなんでもそつ無くこなせるほどの実力を持つ
(なるほど。そりゃ10番を付けて、キャプテンもしてる訳だ)
これほどまでに誰を取っても甲乙付けがたい能力を秘めている選手は稀だ。このタイプは世界的に言えば、fantasistaと呼ばれる類の選手なんだろう。俺ももしこんな選手が同じコートに立っていたとした、リードされてるにも関わらずに気持ち的楽になる。選手の士気も高まることだろうな。だからあの時の上原中ベンチに、目が死んでたやつがいなかったのか。
チームメイトからのプレーに関しての信頼と、それ以外のことについての信頼もあるからこそやれる芸当だ。そうか、あの10番はキャプテンシーという能力もあるのか。
「あとあれだな」
関心するが、しかしだ。こりゃ驚いたな。
——上原中は後半にシステム自体も大きく変えてきた。見たところ3-1-3-3という攻撃に6枚も振っているような超攻撃的なシステムに変更してきたのだ。二点ビハインドの状態で後半から巻き返すようなら攻撃的なシステムに切り替えることはそう珍しくはないが、前半までの上原中は4-2-3-1というダイヤモンド型のとても堅実的なシステムを使用していたので、そのような堅実的な監督がスリートップを擁する超攻撃的で大胆なシステムに変えて来たのに驚いたのだ。この場合、そのシステムの要になるのは守備と攻撃どちらにも参加しないといけないボランチのポジションなのだが、そこにあの10番が入ってるのか。なるほど。確かにそう考えれば堅実的なシステムと言える。
それを如実に表してるのが、後半の上原中の得点の一部始終だ。あの得点の起点は、あと10番と14番のトップ下の子の二人だった
14番のトップ下の子も中々に優秀な選手だな。それに、あの10番と昔からプレーしてきているのか、息が合ってるので、得点までスムーズに中盤のコントロールと支配が出来ていたように感じた。だから上原中のスリートップも、中盤にあれほどの安定感をもたらせる二人がいる事によって、存分にプレスに行けたんだろう。それらが噛み合ってその結果、10番は相手からボールを奪い、更に態とトップ下の子と場所を入れ替わるようにしながら、斜めにボールを持ち運び、自分にマークに付いてる相手と、トップ下の子にマークに付いてた相手を引き付けてドリブルで簡単に交わしてパス。そこから前にスペースが出来た14番が余裕を持って前線へ正確なスルーパスを蹴り出し、見事得点に結び付いたというわけだ。
「……いや素晴らしいな」
と、つい感嘆してしまう。
特に俺は、相手から奪い取った時のボール奪取の能力や相手を抜き去るドリブルテクニックなども魅力的だが、それよりもあの10番が持つ
「——」
——あの時。咄嗟の機転で敵のマークという特性を利用して敢えて斜めにボールを持ち運ぶことにより、相手のゾーンディフェンスを逆手に取り、撹乱させた挙句に、味方の14番の前にスペースを作り出す動き。このたったワンプレーから、俺はそこにある
(——これは、見つけたかもしれない!!)
もし俺が思う通りの能力を秘めているのだとしたらと。思わず歳柄でもなく高揚してしまう。自分のチームに求めていたものが。最後のピースが、見つかったことに。
まだ荒削りだが、順当に育てれば将来的には必ずトップで輝き続けるだろう
俺はそこで、無意識にある人に電話をかける。
【——もしもし。葉山監督ですか?】
「ああ、浅見さんお疲れ様。そっちは上手くやってるか?」
そんな突拍子のない質問に怪訝そうな声色だが、彼女は応えてくれる。
【え、えと……はい。いつも通りの全体メニューも終わらせて、今紅白戦に差し掛かったところです。監督の方はどうでしょうか? 確か実家がある神奈川の三浦に帰省中でしたよね? なにか今日の練習での事務連絡でもあったんですか?】
と、通話先から聞こえてくる女声に、俺は「いや、そうじゃない」と返答する。
【……? えっと、それでは何の用件ですか?】
恐らく、通話を隔てた向こう側で困惑してるだろう副顧問の
「——練習後、少し話したいことがある。明日は丁度オフだし、最寄駅近くの居酒屋でゆっくりと飲み食いしながらでもしようと思うんだが、予定空いてるか? あと川名コーチと阿部コーチも一緒に交えて——」