場に緊張した空気が流れる中、愉悦の表情を浮かべるWは酷く異質なものに見えた。ズィマーの額からは汗が流れ落ち、フェンの足がじりっ、と後退する。
しかしその元凶はまるでアタシたちの警戒を楽しんでいるかのようだ。しばらく睨み合いが続いた後、先に口を開いたのはWだった。
「あーあ、本当はもう一度あなたたちをボロ雑巾みたいにしてあげたかったのだけれど。残念ながら気が変わっちゃったのよね。」
「何?どう言うことだ?」
予想外の台詞にヤトウが戸惑いの声を上げる。Wは心底つまらないと言った表情を浮かべながらその理由を話した。
「さっきねえ、アーミヤたちが来たのよ、ドクターを連れてね。あの子は良いわね、頑張りが伝わってくる。だから貴方たちは彼女の従順な下僕として命を投げ出すことを厭わない。そんな子をあんまり虐めるのも可哀想でしょう?だから今回は見逃すことにしたのよ。あなたたちも特別にここは通してあげる。………ただし、そこの裏切り者を除いてね。」
ドクン、と心臓が跳ねた。それはまるで死の宣告のようで、指先から寒さが上ってくるような感覚がした。
そんなアタシを庇うようにズィマーやイースチナがアタシの前に立った。まずい、そんな事をしたら…。
「言っておくけど、そいつを庇おうって言うなら話は変わるわ。あなたたちも折角ここまで逃げて来たのに死にたくはないでしょう?」
「…ズィマー、イースチナ。いい、アタシは大丈夫だ。」
「大丈夫ってお前!」
「…目的を見失うなよズィマー。ズィマーの目的は自治団全員での脱出で、アタシの仕事はそれを叶える事だ。初めに言ったろ?もしもの時はアタシがレユニオンを引きつけるって。今がその時だ。アタシのことは忘れて早く脱出してくれ。」
「待てよ!おい!」
前に進み出ようとするアタシの腕をズィマーが掴む。その手を全力で振り払うと、力で劣るズィマーの体が地面に投げ出された。それを自分にできる最大限に冷ややかな目で見下して言う。
「足手まといなんだよ。言っておくけど今アタシはアーツは使ってない。アーツを使えば今の何10倍ってレベルの力が出るし、Wはそのアタシでも厳しい相手だ。そんな所に出しゃばられても邪魔なだけだ。」
な、とズィマーの瞳が見開かれる。そしてすぐに怒りでその目が血走る。が、同時に現実をわかってしまっているためか、固く握られた拳は行き場を失ったように地面に叩きつけられ、その口は血が出るほど強く食いしばられていた。
「…イースチナ、グム、ズィマーを連れて行ってくれ。」
「ハイネ…。」「ハイネちゃん!」
「そんな顔すんなよ。このくらいよくある事だって。グム、もしまた会うことがあったら約束、果たしてくれ。ズィマー、仲間って呼んでくれて嬉しかった。ありがとな。」
それだけ一息で言い切って、ズィマー達から視線を外し、Wの元へ歩み寄る。自分の名を叫ぶ声が聞こえるが振り返らない。脇を抜けていくロドスの奴らが残した、すまない。という言葉に片手を振って答えると、自治団とロドスは西門へ向かって遠ざかって行った。
「へーえ、死ぬ覚悟があることだけは評価してあげる。顔を上げなさい。せめて顔くらいは覚えておいてあげるわ。」
深呼吸を一つして、キッ、Wの顔を見つめる。視線が真っ直ぐにぶつかり合い、Wの顔が一瞬驚きに染まった。しかしその顔はすぐにいつもの愉悦を浮かべた表情に戻った。
「あらあなた…まさかハイネ!?久しぶりじゃない、6年ぶりかしら?背丈は伸びたけどその生意気な目は変わらないわね。しっかしあなたが何でこんなとこに居るのよ。」
「それはこっちの台詞だ、W。あんたがレユニオンに居るなんて思わなかった。…随分と落ちたもんだな。」
「色々あるのよあたしにも。それにしても随分と口が生意気になったものね。昔みたいにW姉様と呼んでくれないのかしら。」
「それはあんたが無理やり呼ばせてただけだろっ!」
「そういえばそんな気もするわね。まあどっちでも良いわ。というか、何でそんなボロボロになってるのよ。」
「あんたには関係ない。」
「関係あるわよ。あたしが1ヶ月も面倒見てあげたのにどうしてそんなヘマしてんのかって聞いてんのよ。あーあ、あの時はせっかくの掘り出し物だと思ったのに、やっと傭兵として様になって来たと思ったら逃げ出しちゃうんだもの。ゆくゆくはあたしの右腕にしようと思ってたのにね。」
冗談じゃない。あの人のところにあれ以上いたら間違いなく5回は死んでる。
会話をしながらWと自分の状態を観察する。見たところWの体に目立った傷はない。あの上機嫌な様子からしてメンタル面や体調も最高と言って良さそうだ。対するアタシは既に満身創痍。アーツを数秒維持するのすらしんどい上に、瓦礫を受け止めた時に肋骨が幾つか逝き、腕や肩周りもヒビが入っているかも知れない。
あまりに絶望的な状況だ。加えて、Wの後ろには配下の傭兵がざっと100は並んでいる。たとえWを倒しても生き残る見込みはほぼゼロに等しい。
だが、それでも。
瞳を閉じ、意識を体の内部に向ける。ボロボロの体が頭に緊急信号を送るが、それを無視して体を作り変えていく。
薄目を開けると、こちらが戦闘態勢に入ったのに気付いたのか、Wが部下達を下がらせている。どうやら一人でやるつもりらしい。
「懐かしいわね、この感覚は。昔のあなたはちょっと力が強いだけで、憎しみに振り回されるつまらない小娘だったわ。あれから6年…どんな風に生きて、何を手に入れたのか、テストしてあげるわ。…さあ、来なさい。」
「ああ…行くぞっ!」
全ての力を足に集中して、弾丸のように飛び出す。ワンテンポ遅れてWが爆弾をアタシとWの間に投下する。
そして、アタシの足下の
後二話で一章完結…するはずです。