長文失礼しました。今回はW視点から始まります。
「W!おい、大丈夫か!?」
壁に叩きつけられた背中が痛む。これだけのダメージを受けたのはいつ以来だろうか。
「ごほっ。あーもう最悪だわ。窮鼠猫を噛むとはこのことかしら。」
駆け寄ってきた部下のサルカズに助け起こされる。爆心地を挟んだ反対側にはあたしを追い込んだ少女が、ピクリとも動かずに横たわっていた。死んじゃったかしら?
少女のそばに座り、口元に手を翳す。すると、まさに虫の息と言っていいほど弱々しいが、確かな息遣いが伝わってきた。その手を少女の額へ持っていき、優しく前髪をかき上げる。記憶の中の顔よりも少し大人びたが、昔の面影が色濃く残っていて懐かしい気分になる。
6年前。この子を拾ったのは本当に気まぐれだった。ボロボロの服を着て倒れていた彼女を見て、初めは放って置こうとした。あたしにはやる事があったし、何よりこの世界では子供が倒れているくらいよくある事だったからだ。
ただ、小さいけれどその頭から覗くサルカズの角を見て、せめてもの慰めに、と携帯していた食料を取り出し声をかけた。なんとか意識があったらしい子供はゆっくりとその頭を持ち上げ、あたしのことを見つめた。
そこで、あたしはその目に魅了された。
透き通るような金色の奥に、混沌を煮詰めたかのように真っ黒な炎が揺らめいているような、そういった危うい魅力がその目からは放たれていた。すっかりその魅力に取り憑かれたあたしは、本来の予定をキャンセルして子供を拠点に連れて帰った。
拠点に戻って、泥や血の汚れをを洗い流すと、予想に反して可愛らしい少女が現れたので、あたしはますます嬉しくなった。だからだろうか、つい
それすらもまるで反抗期の子供を見ているような気分で可愛く見えていた。だから、あの子が居なくなった日には柄にもなく落ち込んだのを覚えている。
その日は雨が降っていて、人攫いにとっては足の付きにくい絶好のチャンスだった。あたしに恨みを持つ人物が主導して、最近可愛がっていると噂になっていたハイネを人質として誘拐したのだ。
いくら1ヶ月付きっきりで技術を仕込んだとはいえまだまだ子供。その道のプロが複数でかかって来れば到底敵わない。あたしはとても怒った。怒りのあまりに部下を集めることすら忘れ、単身で敵の待つ場所へ突撃した。
そこからは酷い戦いだった。まさか1人で来るとは思っておらず準備の遅れていた敵を片っ端から爆破して回った。手足を縛られたハイネを連れ出して来てあたしを脅した奴は他の3倍の威力で吹き飛ばしてやった。
疲労困憊になりながらも敵を殲滅し、恐怖で震えるハイネを連れて拠点に帰った。あたしに用があったらしい女の部下が訪ねて来ていたので、彼女にハイネの治療を任せた。あたしは血と汗で汚れた服を脱ぎ去りベッドに飛び込み、死んだように眠った。
そして目覚めた時には、既にハイネは居なくなっていた。あたしの部屋には猿轡を噛まされた状態で拘束された部下と、一枚の手紙が残されていた。手紙を手に取ってみると、そこには拙い字で、「Wへ、ごめんなさい、ありがとう。」とだけ書いてあった。
あの日から6年、あの日と同じくボロボロの見た目をしたハイネの瞳から、あの危うい魅力は失われていた。何故かは知らないがロドスとウルサスの学生と行動を共にしていた上に、戦いから逃げ出そうとまでした。
記憶の中の姿とのあまりの違いに初めは失望した。しかし、記憶の中にもなかった、あの子の魂の叫びを聴いて、あたしは気付いた。瞳の奥にあの黒い炎は見えないけれど、代わりにもっと暖かい金色の火種が芽吹いていることに。きっとあのウルサスの学生たちとの出会いは、あの子に友情以上の何かを与えたのだろう。逃げ出したのは、そうまでして生きる理由が出来たということなのだろう。
ふふっ、親心というやつかしらね。
離れている間の教え子の成長に思わず頬が緩んでしまう。もしかするとこの子にも、アーミヤのように世界を変えることが出来る見込みがあるのかもしれない。それならば、その命をここで摘んでしまうのはあまりにも惜しい。
頭をひと撫でして、立ち上がる。本当は連れて行きたいところだが、今の彼女は裏切り者。レユニオンに戻ることはあたしが許してもあの龍女が許さないだろう。
その様子を見た部下が心配して声をかけてくる。
「いいのか?こんな所に置いていって?」
「大丈夫よ。そのくらいで死ぬような子じゃないわ。それに…ふふっ、いい仲間を持ったものね。」
疑問符を浮かべる部下に、西門の方を見るよう促す。そこには、先ほど駆け抜けて行ったはずのウルサスの学生が戻って来ている姿があった。
「さてと、邪魔者は去りましょうか。まだ戦場の後始末が残ってることだしね。………ハイネ、せいぜい頑張って生きなさい。それじゃあ、また会いましょう。」
それだけ、意識のないハイネに言い残して、あたしは背を向け歩き出した。
暗くなり始めた東の空に、月が柔らかく微笑んでいた。
……知らない天井だ。
真っ白の天井に、人工灯が眩しい。視線を自分の身体に向けると、今まで触ったこともない上質なベッドに自分が寝かされていることに気づく。
「ここは…一体…!?」
そこで自分の腕に違和感を感じて視線を送ると、腕から沢山の怪しい紐が伸びていた。その先には高い位置に吊り下げられた、液体の入ったパックがある。アタシは一体何をされたんだ!?
恐る恐る紐を引っ張ってみると、自分の腕に軽い痛みを感じた。どうやら腕に針か何かを刺して繋いでいるらしい。どうする、引き抜くか?
考えること数分、意を決して、紐を力強く掴む。その瞬間、部屋の扉が開いた音がして、特徴的な白衣を着た女が現れた。その露出した肩からは、いくつもの鉱石が突き出している。
「それを今抜くことはお勧めしない。死にたければ話は別だがな。」
いまいち感情が読めないが、まるで全てを見透かしているかのように落ち着いた声に不気味さを感じ、紐を握った手を離す。それを確認して女は静かに頷いた。そこへ続けて2人の人物が入ってくる。チェルノボーグで見たうさ耳と、フードの男だ。ということは……。
「ケルシー先生、ここに居たんですね。ドクターが聞きたいことがあると……あ!目を覚ましたんですね!ヤトウさん達から話は聞いています。私からもお礼を言わせてください、今回は私たちの仲間を助けていただきありがとうございました!」
「えっ、あ、どーも。あの…それでアタシはどうなったんだ…ですか?」
どうやら敵意はないようだが…。こんな風に無防備な状態で3人に囲まれているとどうにも落ち着かない。アタシの質問には、ややテンションの高いうさ耳に代わって白衣の女が答えた。
「君がチェルノボーグでロドスとウルサスの学生の撤退の殿を務めたことは覚えているな?あの後、学生の一部が諦めきれずに引き返したらしい。そこで気絶した君を見つけてロドスまで運んで来たというわけだ。運が良かったな。運び込まれた時、君はかなり危ない状態だった。あのままチェルノボーグに置き去りにされていれば間違いなく命はなかっただろう。」
そうか…ズィマー達が。
先に行けってあれだけ言ったのに。馬鹿だ。でも、頬が緩むのを止められない。予想外だったのはこれまで無表情を貫いていた白衣の女がアタシを見て薄く微笑んだことだった。意外といい人なのだろうか。
「自己紹介がまだだったな。私はケルシー、ここの医療部門の代表をしている。この子はアーミヤと言って、ロドスの最高責任者だ。そこのフードの男は…ドクターとでも呼べばいい。」
?、なんだ、今の感じ。ケルシーとドクターは仲が悪いのだろうか。どこか言葉に棘を感じる。
アタシが不思議に思っていたのを見て勘違いしたのか、アーミヤがアタシの手を取り、目線を合わせてくる。水色の瞳は水晶のように綺麗であると同時に、心をぐっと引き込まれるような不思議な深みがあった。アタシは少しそれが怖かった。
「不安に思うのはわかります。でも、安心してください。少なくとも今は、私達はあなたの敵ではありません。」
真剣な言葉に、ついつい頷いてしまう。意思が伝わったことにアーミヤは満足気に頷き、優しく微笑んで言った。
「ようこそ、ロドスへ。ハイネさん、私達はあなたを歓迎します。」
こうして、物語が始まる。
一章 暗黒時代 完
これにて一章は完結です。ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。この後、現時点で公開できるハイネのプロフィールを投稿したら、二章の執筆に入ろうと思います。今後の投稿の予定などもそこで話そうと思いますので、目を通して頂けると嬉しいです。