一章第一話 レユニオン・ムーブメント
移動都市チェルノボーグの外側、薄暗いスラムに建つ怪しげなパブは、世間からのはみ出し者達が集まり騒がしいことこの上ない。とはいえ、素性を問われないこの場所はアタシの様な感染者にとっては貴重な場所だ。扉を開け、酒の匂いの充満する男臭い空間に1人ずんずんと入り、空いている4人用のテーブルを占拠する。
この店に入り浸ってもう二月は経っただろうか。初めはよく荒くれ共に絡まれたものだったが、散々返り討ちにしたのが効いたのか、今では遠巻きに見てくるだけになった。
しかし、時たま面倒な奴もやってくる。
「やあやあお姉さん、お一人かな?」
チッ、と舌打ちをして図々しくも向かい側に座った奴を睨みつける。そこには白い服を着た不健康そうな子供が居た。
「…おいガキ、此処はお前みたいな小学生が来る場所じゃねえよ、帰れ。」
「つれないなぁ、君に言われたくはないんだけどね、"感染者"のお姉さん。」
"感染者"の部分だけを周りに聞こえない様小声にして放たれたその言葉。何故それを、と思いながら殺気を放つも、目の前の子供は涼しげな顔を崩さない。
「まあまあ落ち着いてよ、僕は君を陥れようって訳じゃないのさ。むしろ君を勧誘しにきたのさ。」
「はっ!先制パンチ喰らわせといてよく言う。…場所を変えるぞ。おっさん!金置いてくぞ!」
料理を食べなかった分、気持ち多めに金を置いて、パブを出て歩くこと5分。人気のない路地で足を止める。
「此処でいいのかな?話を聞いてくれる気になってくれて嬉しいよ。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら話し始めるこいつに対し、こちらも笑みを浮かべる。
「あぁそうだな…。100年先なら考えてやるよっ!」
言い放った瞬間、その無防備な首を狙って飛び出す。反応できないのか、奴は微動だにしない。
"獲った…っ!?"
咄嗟にに腕にアーツを集中させ、心臓目掛けて飛来する矢を掴み取る。その衝撃のあまりの重さに手首から嫌な音がするが、幸い胸の一歩手前で矢を止めることに成功した。だが、防御のために足を止めた間に奴は既に間合いの外側に出ていた。その隣には、これまた不健康そうな弓、いやボウガンか?を持った少年が立っていた。
「アッハッハッ!まさか…ファウストの矢をそんな方法で防ぐとはね…。聞きしに勝る怪力だ!」
「メフィスト…危険。」
「心配しなくていいさ。彼女は僕たちの同志だからね。さて、自己紹介しようか。初めまして、僕はレユニオンムーブメント幹部のメフィスト、こっちはファウストだ。率直に言おう。君を僕たちの組織に引き入れたい。どうかな?」
レユニオン、その名を聞いて納得する。感染者の間では有名な組織だ。
"制服を纏い、シンボルマークを身につけさえすれば、すべての感染者がレユニオンムーブメントに加入できる"
この歌い文句のもと、虐げられている感染者を集めて何かと小競り合いを起こしている組織だ。しかし、以前彼らが起こした暴動を目撃したがまあ酷いものだった。素人同然の暴徒など正規軍の前では紙切れに等しい。しかしそれでも賛同者が後を絶たないのは、それだけ積み上げられた憎しみが深いということだ。
「…悪いが、他を当たってくれ。アタシはまだ死にたくない。あんたらの無謀に付き合わされる気はないよ。」
アタシも感染者、しかも非感染者への恨みは並以上にある人間だ。それでもやはり無駄に命を散らす気にはならなかった。しかしメフィストは引く気はないようで言葉を続ける。
「そうかもしれない、いや、今まではそうだった。だが、今は違う!これから、僕たちの時代が幕を開ける!世界の変革の時が来るのさ!」
「…どう言う事だ?」
「3日後だ。3日後、僕たちはチェルノボーグを陥落させる!そして感染者の力を世界に示す!このクソッタレな世界を覆すんだ!」
「はっ!?チェルノボーグを…?正気か?」
「もちろん本気さ!下準備は整ってる。もはやチェルノボーグなんて踏み台に過ぎない。ウルサス、ヴィクトリア、炎国…全てをひっくり返すんだ!僕たちがね!」
狂ってる。言葉だけなら信用する者などどこにもいない絵空事だ。だが、こいつはその絵空事を微塵も疑っていない。
「まだ信じられないって顔をしているね?まあ良いさ!遅かれ早かれ君は目の当たりにするのだから!どうせ君には選択肢はないんだ!復讐したくはないのかい?君から全てを奪った奴らに。」
「何を言って…」
「アレを指示した奴。居るらしいよぉ?チェルノボーグに。」
その瞬間、頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。息の仕方がわからない。視界が揺れる。体の奥底から言葉にできない感情が止め処なく溢れてくる。そんなアタシに追い討ちをかけるように火種が投下される。
「憎いよねぇ!殺してやりたいよねぇ!君から全てを奪っておいて、甘い蜜を吸い続ける奴に!奴の全てを奪って!想像もできないような苦しみを与えて!命乞いをするそいつを「うるさいっ!」……へぇ?」
あぁ、頭が痛い。燻っていた感情が抑えきれない。この憎しみをどうすれば良いか…その答えは、1つしか分からなかった。
「…今回だけだ。チェルノボーグ戦だけは参加してやる。詳細を話しな。」
なんとか絞り出した言葉はこいつが満足する言葉ではなかったらしく、若干不満げな表情を見せてくる。しかし、直ぐに元のニヤケ顔に戻り、潜伏場所を伝えてきた。
別れ際、メフィストが背中を向ける私に声を掛けた。
「君のために最高のステージを用意しよう。きっと君も虜になるさ、復讐という甘い蜜にね。それじゃあよろしく、"ハイネ"。」
…まだ名乗ってもねえよ。
まともに返す気も起きず、返事がわりに舌打ちを一つ残した。
そして3日後。アタシはレユニオンのエンブレムの付いた白くて粗末なマントを身に纏い、チェルノボーグの街に立った。
暗黒時代の幕開けだ。