(追記5/26)一部わかりづらい描写があったので修正しました。セリフなどに変化はありません。
「嫌ァァァァァァァァ!!…………えっ?」
悲痛な声を上げたイースチナが、想像されたグロテスクな音が聞こえないことに戸惑いの声を上げる。ズィマーの頭目掛けて振り下ろされた斧は、その後頭部のわずかに上で止まっていた。
「…負けたよ、団長サン。顔を上げてくれ。」
ズィマーは何が起きたのかわからない、と言った表情を浮かべながら体を起こした。
「おい…舐めてんのかテメェは。アタシは本気だって言ったはずだぞ!」
「団長サンの命なんていらないって言っただろ?第一あんたが死んだらウルサス学生自治団とやらなんてアタシの言うこと聞くわけねぇだろ。覚悟は見せてもらった。雇われてやるよ、あんたらに。」
「え……や、やったぁぁぁぁ!ズィマーお姉ちゃん!よかったぁ!よかったよぉぉ!」
すると、さっきのフライパン女が歓喜の声を上げてズィマーに抱きつき、またその他の面子からも歓声が上がった。イースチナは安心して力が抜けたのか、地面にへたり込んでいる。おいおい、こいつらここが敵地のど真ん中ってこと忘れてねぇか?
大騒ぎする奴らを我に返ったズィマーが黙らせる。
「フフフ、大人気じゃねえか団長サンよ?」
そう言うと、うるせぇ、とズィマーは悪態をつく。が、その頬は僅かに赤くなっていた。
「んじゃ、依頼はあんたらがチェルノボーグを脱出するまでの護衛ってことでいいな。アタシは今レユニオンに雇われてるから、表立って戦うことは出来ねぇが、あんたらが見つからないようにサポートしてやる。報酬はさっきの金でいい。アタシのことはハイネって呼んでくれ。」
「ああ、よろしく頼む。アタシはウルサス東学生自治団団長、冬将軍のズィマーだ。よろしく頼む、ハイネ。」
言葉を交し、ガッチリと握手をする。ここまで来るのにどれだけの戦闘があったのか。ズィマーの掌は、何度も斧を振ったことで皮がずるりと剥けていた。
「じゃあとりあえずこれからどう動くか決めるぞ。ズィマーと、あと、イースチナでいいんだよな?は来てくれ。他の奴らはいつでも出発できるように準備と治療を済ませとけ。場合によっちゃあ荷物を捨てることになるかもしれねぇから食えるもんがあったら腹に入れとけよ。」
アタシの言葉を聞くと、団員たちは手際良く作業を始める。流石にこの団長が率いるだけあって、学生とはいえなかなかまとまった集団だ。
そしてアタシとズィマーとイースチナの3人は、現在の情報の擦り合わせと今後の脱出プランを話し合う。
「へぇ、あんたら城内からここまで自力で逃げてきてたのか。」
「あぁ、だがこれでも最初の3分の1も残ってねえ。皆レユニオンにやられちまった。」
そう言ってズィマーは拳を握りしめる。既にボロボロの手から更に血が滲み出すのを、イースチナの手が優しく包む。
「ズィマー、貴女のせいではありません。あまり自分を責めないでください。」
「…わかってる。今考えることじゃねえな。」
「…話を戻そう。地図によれば、ここからチェルノボーグ西門までは約4キロメートル。この辺りは重要施設もそんなにないから、レユニオンの中でも大物はそんなに配置されていなかったはずだ。アタシのアーツで気配を探りながら行けばなんとか辿り着けると思う。」
ちなみにここはアタシが吹っ飛ばされた地点から50メートル程離れた場所にある木造の廃屋だった。ここなら財産目的にレユニオンが入ってくる可能性が低いと考え、一時的に隠れていたそうだ。
「助かる。もう偵察に出す人員もほぼ居なかったからな。」
「だが油断はできない。アタシはレユニオンの幹部じゃないし、情報を全て持ってるわけじゃない。もしもの時は、アタシが一度だけレユニオンを上手いこと誘導するから、その隙に逃げてくれ。」
「了解。ルートも決まったし、早速出発するか?」
「いや、まだ治療の終わっていない奴も居るようだし、何よりズィマー、あんたの治療が終わってない。」
「アタシは別に…。」
「駄目だ。あんたは貴重な戦力なんだからきっちり処置しといてくれ。幸い近くに気配はないし、15分後を目安に出発しよう。イースチナ、頼む。」
「わかりました。ズィマー、行きますよ。」
「ちょ、イースチナ!離せって!自分で行くから!」
ガッチリと手首を掴まれ連行されるズィマーを見送り、手持ち無沙汰になったアタシは何となく部屋を見渡す。どいつも緊張した面持ちではあるが、この絶望的な状況の中、明るさを失っていない。今も、誰が団長を治療するかで揉めている。…気ィ抜けすぎじゃねえか?
なんかおかしな事になっちまったなぁ、とぼんやり考えていると、さっきズィマーに抱きついていた女がトコトコとこちらに歩いてきた。
「傭兵さんっ!これ、あげるね!」
「お、おう。ありがと。これは…何だ?」
「クッキーだよ!今日の放課後食べる為に昨日作って鞄に入れてたんだ!美味しく出来てると思うから食べてみて!」
クッキー、か。名前だけは聞いたことがあるが…。袋から一枚出して恐る恐る口に運ぶ。
「!、甘い…美味いなこれ!」
「えへへ、ありがとー!自信作だったんだー今回のは!」
アタシの反応に満足したのか、女はニコニコとしながら隣に座ってくる。
「グムって言うの!さっきはズィマーお姉ちゃんを殺さないでくれてありがとう!」
「ん、お姉ちゃん?姉妹なのかお前ら?」
「ううん、血がつながってるわけじゃないけど、でもこの自治団の子たちはグムにとっては家族みたいな人達なんだ!だからね、グム達の依頼を受けてくれてありがとう!」
眩しい笑顔を向けて、グムがお礼を言ってくる。なんだか尻尾の先がむず痒くなる様な感覚がすして、それを誤魔化そうとクッキーに齧りついた。くそ、ほんとに美味いなこれ。
「ハイネちゃんはさ、やっぱり感染者なの?」
「いや、ハイネちゃんって…まあそうだな。それがどうした?アタシが怖いか?」
「ちょっとだけね。感染者は怖い人だって教えられてたし、実際今日はすごーく怖い目にあったし。でも、ハイネちゃんはそんなに怖くないかも。」
「おい、それどういう意味だよ。アタシが小さいからって舐められてんのか?、」
「ち、違うよ〜。ほら、そう!厳しいけど、優しい感じがなんかちっちゃいズィマーお姉ちゃんみたいだなって!」
はぁ?アタシとズィマーが?不思議に思ってズィマーを見ると、聞こえていたのか向こうもこっちを見ていた。そんなに似てるかぁ?
「だからね、なんか親近感があるというか可愛いというか、ね。」
「可愛い?アタシが?何言ってんだお前?」
「あうう…そんな本気で心配した声出さないで…。」
グムがしょぼん、とした様子を見せると、突然10数人分の殺気がアタシに降りかかってきた。過保護か。
冗談だよ。と声をかけると、ぱぁっ、と再び笑顔を咲かせる。まあ確かにこれは過保護になる気持ちもわからなくもない。
「クッキー、初めて食べたの?」
「ああ。アタシの村は移動しながら暮らしてたから小麦なんて作れないし、傭兵になってからも感染者だとバレたらヤバいから街にも入れなかったからな。知り合いに話だけは聞いたことがあったけど、実際に食べたのは初めてだ。」
そう言って腕にできた原石を見せる。体表に現れる原石。これこそが、鉱石病の感染者の最もわかりやすい特徴なのだ。徐々に全身に鉱石が現れ、そして最後、体の中から宿主を食い破るのだ。
以前仕事のためにどうしても街に入る必要があり、体表の原石をアーツを使って取り除いたことがあったが、あまりの痛みと気持ち悪い感覚のためにそれ以来やっていない。体に埋め込まれた紐を引き抜く感覚というのだろうか、とにかくそう言った気持ち悪さだ。
「そっか…傭兵の生活は、辛くなかった?」
「どうなんだろうな。普通ってのがわかんねぇからなんとも言えない。」
ぶっきらぼうにそう答える。そうだ、アタシは生まれた時からずっと感染者なんだ。今更それをどう思うと聞かれたってどうしろってんだ。気づくと無意識に拳を握りしめていた。
気まずい空気が流れる。しかしグムは、握りしめたアタシの右手にその手を被せて、明るい声で言った。
「そうだ!じゃあ今度はホットケーキを作ってあげる!やっぱりグムといえばフライパンを使った料理だからね!」
「は?何言ってんだよ…それに、アタシ達はあくまで契約で結ばれてるだけの関係だ。チェルノボーグを出た後はまた他人同士なんだぞ?」
「えー!なんでそんなこと言うの!ちょっとくらいいいじゃん!絶対美味しいから、ねえ!」
「あーもううるさいうるさい!わかったわかった食えばいいんだろ!全く…言っとくけどお前らがチェルノボーグを出た後の面倒は見れないぞ?自力でどこか辿り着けんのか?」
「へへーんだ!グムはこれでもサバイバルの達人だよ?絶対生き延びて、それでハイネちゃんに美味しいもの沢山食べさせてあげる!」
はぁ、なんでこいつはこんなにアタシに構って来るんだ。ズィマーに似てるからっつっても限度があんだろーが。
慣れない、でも暖かい感覚を感じながら、すり寄って来るグムに言葉を返そうとする。
「おい、やめ「あーもしもし?ハイネ?聞こえるかい?」………!!」
その時、壊れたと思っていたインカムから声が流れてきた。慌ててグムの口を塞ぎ、ズィマーに団員を黙らせるようにジェスチャーで伝える。
念入りに人差し指を唇に当てるジェスチャーをしながら、アタシは1人ドアの外へ出た。
「どういうつもりだメフィスト。アタシはてっきりインカムが壊れたもんだと思っていたんだが?」
「それはないさ。何しろそいつは今日のための特注品さ。象にでも踏まれない限りは通信機能自体は壊れない。」
「そうかよ。それで、通信の一つも寄越さなかった理由は何なんだよ。」
「いやぁそれは申し訳ない。まさかかの傭兵ハイネがまさかあんな子供騙しの罠に引っかかるとは思わなくてねぇ。」
「喧嘩売ってんのかテメェは…!」
「おお怖い怖い。まあそれは置いておいて、君に伝え忘れていたことがあってね。」
「何だよ。」
「もうすぐ天災が来る。君なら大丈夫だろうが一応伝えておいたから。それじゃあ僕は忙しいから切るよ。」
「はぁぁ!?ちょっ、待てよ、おい!…くそっ!」
天災…だと!?冗談じゃないぞ!確かにアタシだけならまだしも、今はあいつらが!
そんなことがあるはずない、と脳内で繰り返しながら、恐る恐る空を見上げる。
そんなアタシの考えを嘲笑うかのように、遠くの空に、禍々しい大渦が浮かんでいた。
天災の襲来まで、残り30分。