「ズィマー、緊急事態だ、すぐに出発したい。」
「はぁ?それは構わねぇが、何があった?」
「天災だ、天災がチェルノボーグに接近してる。もう時間がない。」
「なっ!?どういう事だよ!オイ!」
天災という言葉にザワザワと室内が騒がしくなる。その恐ろしさはこの世界に生きる奴で知らない奴はいない。
「今レユニオンの幹部から通信が入った。正確な残り時間は分からねぇけど、もう目で見えるくらいまで近づいてる。正直チェルノボーグから出た所で天災は避けられねぇが…レユニオンの撤退用の車両があるかも知れない。急いで脱出すれば間に合う可能性がある。」
「そんな…まさかレユニオンはここまで見越していたのでしょうか。」
「イースチナ、それを今考えてもしょうがねぇよ。お前ら!急いでここを出るぞ!荷物は最小限にしろ!」
ズィマーの掛け声で団員達がそれぞれ荷物を纏め始める。武器や治療用品を中心にして、食料などは廃棄する。3分後、準備の整った自治団が廃屋の外に整列した。
「よし!それではこれより、アタシ達はチェルノボーグを脱出する!先頭はハイネに任せるが、1人1人が生き残る全力を尽くせ!」
「「「「「「おぉ!!!」」」」」」
「力と!」
「「「「「「栄光!」」」」」」
「勝利か!」
「「「「「「死か!」」」」」」
「よし!ウルサス東学生自治団、出陣する!」
そして、アタシを先頭にして、ウルサス東学生自治団の決死の脱出劇が幕を開けた。
「イースチナ!右手側前方200メートルに10人規模の集団を発見!この通りへ向かってるぞ!」
「2つ先の十字路を右へ行きましょう!回り込んで回避出来るはずです!」
「了解!」
「ズィマー、進行ルートに敵2名発見!」
「OKだ!叩き潰す!」
アーツで五感を強化したアタシが索敵、イースチナがルート決定、ズィマーが戦闘員を束ねて少数の敵を確実に潰す。これを繰り返しながら、自治団は順調に進んでいた。
「この調子ならあと15分程で西門に辿り着けそうです。」
「15分…間に合うか…?順調ではあるけど、アタシの予想よりレユニオンの数が多い。」
「ああ、しかもここまでぶっ通しで走ってきたからな。流石にかなり消耗しちまってる。」
今は接近するレユニオンをやり過ごすために路地裏に入り、隠れながら状況を確認している。ここまでは何とか脱落者なしで来れたが、流石にどいつの顔にも疲れの色が見える。そういうアタシも、長時間のアーツの使用で疲労を隠せない。
「……よし。どうやら行ったみたいだ。出発するぞ。」
「了解。お前ら立て!西門は近いぞ、あと少しだ!」
ズィマーの呼び声に、まだ体力の残っている団員達は力強く頷く。しかし…
「無理…です。団長、もう、立てません…。」
座り込んだまま弱々しく答えたのは、出発前にズィマーの治療を担当していた女だった。元々体力のある方ではなかったのだろう。ここまでも気力だけで着いてきていたが、立ち止まったことでその糸が切れてしまったようだ。グムを中心とした団員達が励ましの言葉をかけるが、首を振り涙を流すばかりだ。無理か。
「っ、もういい。着いて来れない奴に構ってる暇はねぇ。アタシ達は先に進むぞ!」
「そんな…嫌ぁ、死にたくないよ…。」
そう言って背を向けるズィマー。それを見て悲痛な声を上げる女。
当たり前のことだ。アタシだってそうする。きつく食いしばられたズィマーの口、その端から血が垂れるのが目に入った。
…はぁ。
「ほら、手ぇだせよ。」
「へ……?」
「アタシがお前をおぶって行ってやる。団長サンもそれでいいだろ?ほら、早くしろって。」
女の震える手をガッチリと掴み、力任せに引き上げ、器用に背負う。結構軽いじゃねえか。
「おい、おぶってくっつったって…」
「いいから。傭兵なめんな。こいつ1人しょってるくらいじゃ逆立ちしたって問題ねえよ。ほら、急ぐぞ。時間がない。」
「……」
「ズィマー?」
「何でもねぇよ。………ありがとな。」
他の団員には聞こえないくらい小さな声だった。多分聞こえたのはアタシと、アタシの背中にいる奴だけだった。
首筋に、熱い何かがいくつも落ちてきた。
またコイツに助けられちまったな、と複雑な思いを抱きながら、目の前を走る少女を見る。
アタシ達の故郷をめちゃくちゃにしやがった奴らの一員で、チビのくせに生意気で、そして強い。アタシ達が普段してる喧嘩とは訳が違う、本物の戦場を知ってる子供。最初コイツにやられた時は、本気で死ぬと思った。
だから、イースチナがコイツを雇おうとした時、頭がおかしくなったのかと思った。だが、もう既にアタシ達が限界を迎えてるのも事実で、それを止めることは出来なかった。
意外なことに、ハイネはすぐに断ろうとはしなかった。冷静に、自分の命と釣り合うだけのものが出せるかとアタシ達に聞いたのだ。
今のアタシ達に出せるものなんて殆どない。案の定かき集めた金はハイネを納得させるには足りなかった。だから、1人でも生き残るために、アタシは自分の命を差し出した。生まれて初めて土下座して、情けなく懇願した。
その結果、アタシは情けをかけられた。屈辱だと思ったが、それ以上にアタシの無事を喜ぶ仲間達を見ると、何か言うのは気が引けた。
正式に契約して、一時的な仲間となったハイネは、思ったよりもずっと普通の奴だった。口調は相変わらず生意気だが、非感染者であるアタシ達にも普通に話すし、アタシ達の意見をちゃんと聞き入れながら作戦を立ててくれた。
その様子を見ていたのか、アタシ達と入れ替わるように人懐っこいグムが近づいていった。グイグイ迫ってくるグムとそれをどうしていいか分からず困っているハイネは、まるで姉妹か何かのようだ。だがグム、そいつとアタシが似てるってのはどういうことだ。
感染者なんて、ロクな奴がいないと思っていた。小さい頃からウルサスでは皆がそう教えられて育つし、実際今日の襲撃でその考えは決定的なものになっていた。
でも、団員を背負って走るコイツを見ていると、それが分からなくなる。すぐ後ろを走っているからわかるが、こいつは既にかなり無理をしている。さっきまでは出さなかった荒い息づかいが聞こえるし、体がよろけることも増えてきた。
何がコイツを突き動かしているのかはわからない。でも、そのおかげでアタシ達はまた1人仲間を失わずに済んだ。
ウルサス人は受けた恩は忘れない。もし生き残ることができたなら、と考えかけて、首を振る。今はそんなことを考える時ではない。
その時だった。前を走るハイネの足が急に止まった。
「ハイネ?どうした、おい、大丈夫か!」
あと少しなのに、一体何があるのかと思い駆け寄ると、今まであれだけ頼もしかったハイネの体が震えている。顔も真っ青だ。
「しっかりしろ!何が、何があったんだ!」
「嘘だろ…。おかしい、早い、早すぎる!」
「何だこの音?遠いけど、何かが崩れるような…。」
後続の仲間の声で、アタシもそれに気づく。しかもそれはどんどんこちらに近づいてくる。…まさか!
「くそがぁ!全員、自分の身を守れぇ!」
ハイネの叫び声が響くと同時に、轟音が辺りを包む。そして、アタシの意識はそこで途切れた。
明日は投稿をお休みします。