石造りの巨大な門を前にして、乗っていた馬に指示を出す。主に忠実な白馬はゆっくりと歩みを止め、賢い子だとクーデルカは微笑みながら頭を撫でた。
さて降りようかと促す前に、前に座っていた筈のニコルは既に地に降り立っていた。気付けなかった事に半ば驚き、随分と気の早い奴だと半ば呆れる。
軽く息を吐いてから、クーデルカもニコルに続いて馬から降りた。
二人揃って門前に立ち、軽く叩いて中を伺う。だが重厚な扉から、返る反応は一切ない。直接手を出してもみるが、押しても引いてもびくともしない。
これは開きそうもない。お手上げと示す様に両手を上げて振り返ったクーデルカに、ニコルは一つ頷いてから問い掛けた。
「どうします。此処で内側に居るかもしれない人物の反応を待つか、それとも二手に分かれて侵入経路でも探しますか?」
「どっちも論外。此処で待った所で中に人が居る保証はないし、二手に分かれるんじゃアンタを同行させた意味がないわ」
ニコルの提案を一考の余地もなく断ち切って、クーデルカは白馬の手綱を片手に握る。彼女は右手に馬を引きながら、左手をニコルに差し出した。
「手を出しなさい。一緒に外壁を歩き回って、入れそうな場所を探すわよ」
「……これでも一応、自衛程度は出来るのですが」
「はっ、子どもが生意気言うんじゃないの。仮にアンタにそういう力があるのだとしても、子どもである事は変わらないでしょ」
らしくないと自分でも思いながら、こんなにも世話を焼こうとしてしまうのはきっと心の何処かで重ねているから。
理由は知らないが、一人で深夜に森の中を彷徨っていた幼いが大人びた口調の少年。当然そこには特別な事情があって、或いはそれが己と同じなのではないかと。
女は否が応でも連想してしまう。あの日、タリエシン河の畔にある村から追放された直後の自分を。行く当てもなく、誰も頼れず、世を恨むしかなかった子どもの頃を。
「良いから黙って、あたしに手を引かれてなさい。迷子になんて、ならないようにね」
一向に手を握り返そうとしないニコルの手を無理矢理引いて、導くように先へ先へと連れて行く。
今のクーデルカがニコルに対してしている事は、きっとあの日に彼女自身が誰かにして欲しかった事なのだろう。
少年と馬を引き連れて、クーデルカは外壁を歩き進む。古びた城壁にも似た建物を、時計回りに回り込んでいくように。
小さな納屋を過ぎた先、其処で彼らは見付け出す。鉄格子が嵌められた窓の程近くに、旅人の装備と思わせる大量の荷が転がっていた。
「旅行者の荷物、と言うには物騒な物の量が些か多い。それに長いロープが、どうやら上から伸びているようですね」
ニコルは近付いて、荷には触れずに一瞥だけで検分する。置いていかれた荷物の中には、刃物や銃器と言った物まで混じっている。
旅行者と言うには物騒で、戦士や傭兵と言うには軽装過ぎる。そんな荷の主は恐らく、既に侵入を果たしているのだろう。屋根まで伸びる長い荒縄が、確かにそれを証明していた。
「招かれざる客は、あたし達だけじゃなかったと言う事でしょ。折角だし、誰かさんの使った物を再利用しましょう。ニコル、先と後とどっちが良い?」
「先にしますよ。レディを見上げながら登ると言うのは、紳士的とは言えませんからね」
軽口を交わしながら、ニコルは荒縄を両手で握る。腕の力で身体を引いて、足で壁面を蹴り上げ登り始める。
クーデルカは旅人の荷物を使って白馬の手綱を固定すると、馬の頭を一つ撫でてからニコルと同じく荒縄を両手に掴んだ。
「上から見ると実感しますね。随分と大きな建物だ」
そうしてニコルは、然したる苦労もなく修道院の屋根の上まで登り切る。直ぐに腰を落として自重を低くしてから、後を続くクーデルカへと手を差し出した。
「ん、ありがとう。そうね、此処までとは想像していなかったわ」
登って来ていたクーデルカの腕を掴んで、引き上げる事で助力する。紳士的なその行動も、今のニコルの見た目では正しく背伸びした子どものそれ。素直に感謝を口にしながら、クーデルカは微笑ましいと口角を緩めた。
二人揃って修道院の屋根の上から、その全貌を見下ろして感嘆の息を漏らす。暫くそうして見下ろした後、クーデルカは屋根の上を見回した。
傾斜の急な足元を、このまま進むのは危険であろう。それでも屋根に乗った装飾を掴んで進めば、身動きが取れない程ではない。ならば今度は、己が先に向かうとしよう。
尖った飾りを手で掴み、体重を預けながら女は進む。一つ、二つ、三つ。左右の手に別の飾りを掴みながら、蟹の動きを思わせる横歩きで先へ。
目指すは遠くに見える建物。修道院の中でも最も大きな棟ならば、手掛かりもきっとあるだろうと。だが四つ目に差し掛かった所で、彼女は不測の事態に悲鳴を上げた。
「きゃぁっ!?」
飾りに手を掛けて体重を預けた瞬間、根本から圧し折れたのだ。そのまま落下しそうになる女の姿に、ニコルは斜面を蹴り上げ駆けた。
「っと、大丈夫ですか」
天窓の突起に右手を掛けて、左手でクーデルカを捕まえる。力強く腕を引き上げると、驚愕する女を片手で横抱きに抱き留める。
抱き留められたクーデルカの懐から、光輝くペンダントが零れ落ちるがそれもニコルは見逃さない。一瞬右手を手放すと、掬い上げるように掴んでみせた。
左腕にクーデルカ。右手の内には彼女のペンダント。両手が塞がった状態で体勢を崩せば、当然の如く落下するのが自然の道理だ。
だがそうならぬのは、目を疑うような曲芸を見せたから。靴の踵に魔力を纏わせて、屋根を盛大に叩いて砕く。その砕いた穴で、ニコルは右足を固定したのだ。
右足一つで宙釣りとなった少年は、果たして一体その身体の何処に力を隠していたのか。固定した右足を軸に、上体起こしの要領で身体を起き上がらせる。
そして右手に掴んだペンダントをクーデルカに手渡すと、空いた片手を使って二人分の体重を易々と持ち上げる。
そんな理屈は分かるが意味が分からない光景を、ニコルは平然とした表情で作り上げるのだった。
「ありがとう。けど、しくったわ。まさか掴んだ場所が、急に壊れるなんて」
「どうやら老朽化も激しいようです。管理状態が悪いのか、それとも余程古い建物なのか」
地面を見下ろし、僅か震える女と語る。九死に一生を得たのだから、身体の震えも当然の物であろうと。
けれどクーデルカは何時までも、震えているような女ではない。感謝を口にしてから意識を切り替えると、天窓の突起に手を掛けた。
両手で握って、クーデルカは己の身を安定させる。それを確認したニコルは、機敏な動きで突起の上へと移動した。
「此処の窓なら、蹴破れそう。よいっしょ、と」
クーデルカは二度三度、天窓の枠を蹴り付けて壊す。態勢の関係で内側を覗く事は出来ないが、此処からならば侵入は容易そうであった。
「気を付けてくださいね。どんな危険があるか、分からないのですから」
「……立場が逆よ、と言いたいけど。アンタは見た目が当てにならないみたいだし、一応、礼は言っておくわ」
心配してくれてありがとう、と言い残すと内側も確認せずにそのまま中へ。不用心なと肩を竦めてから、ニコルも彼女の後に続いた。
「よっと。……ふぅん、中はこんな作りになっているのね」
着地したその先は、天井裏にある梁の上。すぐさま後ろから近付いて来るニコルの気配を感じて、クーデルカは再び飛び降りる。
足を屈めて片手を付いて、着地の衝撃を和らげる。そのまま立ち上がって周囲を見回すクーデルカの瞳に映ったのは、信じられない光景だった。
「ぐ、お、ぁ……」
苦悶の声を漏らしている瀕死の男。血に塗れた男性の上に圧し掛かり、血肉を貪る怪物の姿。全身を体毛で覆われた人型の異形は、宛ら民話に伝わる狼男。
予想だにしていなかった凄惨な光景に、思考が硬直するクーデルカ。そんな彼女の真横を疾風の如く、白く小さな人影が駆け抜ける。
「ニコル!?」
〈Guuuuuuuuuuuuuuuu!!〉
一体何をする気かと、叫んだクーデルカの声に反応して狼男は顔を上げる。向かって来る白い外套を認識して、彼は血肉と臓腑に塗れた口を歪めた。
剥き出しの牙を鳴らして思うのは、また獲物が一つ増えたと言う喜び。血肉の硬い男と違って、今度はどちらも柔らかそうで美味しそうだと。
〈Gaaaaaaaaaaaaaaaaa!!〉
雄叫びと共に、怪物が拳を振るう。鋭い爪が、迫る白を貫いていた。少なくとも、クーデルカの瞳にはそう映った。だが――違う。
「ふっ、愚かな」
狼男の腕が貫いていたのは、中身のない外套だけ。白き修道騎士の装束を灯りに照らすニコルは既に、血に塗れた男の直ぐ傍らに。
接近した直後に脱ぎ捨てた外套を囮に、回り込んでみせたのだろう。信じられない早業を見せた少年は、手にした剣を
「ニコル。早くこっちに!」
少年の無事を理解して、安堵したクーデルカは腰に隠していた大振りのナイフを手に取る。
怪物を相手にする道具としては不足が過ぎるが、それでも無手よりは余程マシであろうと。
震えを隠しながら、少年を誘導する。最悪は自分が囮になろうと、そんな女の善良さにニコルは苦笑を漏らした。
「いいえ、心配いりませんよ。クーデルカ」
〈Gaaaaaaaaaaaaaaaaa!!〉
雄叫びを上げる狼男と相対しながら、微笑むニコルは全く余裕。飛び掛かって来る怪物に、しかし何もしようとしない。
焦るクーデルカに対し、微笑むニコルは理解していた。既に手応えはあったから、もう何もする必要はないのだと。
「もう終わっています」
「え?」
雄叫びを上げた狼男が大地を蹴り上げ、飛び掛かったその直後。怪物は空中で、バラバラの肉片に変わって地に落ちた。
どす黒い赤が石造りの床を染め上げる。一体何が起きたのか、全く理解出来ないクーデルカ。彼女に顔を向けたまま、ニコルは頬を歪めて嗤う。
「獣風情の知性では、己が斬られた事にも気付けなかったようですね。実に、愚かだ」
真実は実に簡単だ。外套を囮に擦れ違った時には既に、ニコルは剣を抜いて狼男の身体を幾度も斬っていたと言うだけの事。
その剣閃が余りに速過ぎて、余りに鋭過ぎたから。外套に目を奪われたクーデルカも、斬り付けられた狼男自身すらも気付けなかった。
気付けぬ内に死んでいた。だから身体を動かせば、崩れ落ちて自壊する。これは唯それだけの、ニコルにとっては当たり前の結末でしかない。
「ニコル、アンタ」
「先ずはこの方の手当を優先しましょう。……もう助かるとは、思えませんが」
「……そうね。そうしましょうか」
ニコルが浮かべた侮蔑の嘲笑に、これまでの彼しか知らないクーデルカは困惑を深める。だがそれも、彼の言葉を聞くまでの事。
人助けを優先するべきだと微笑むニコルの表情は今まで通りの物であったから、クーデルカはきっと見間違いか何かだろうと結論付けた。
そうして二人、膝を屈めて倒れた男を確認する。鮮やかな金髪の若者だが、その顔には生気がない。
当然の事だろう。腸を怪物に貪り喰われていたのだ。臓器の多くが損失していて、ニコルでも手の施しようもないと断言出来る重体だ。
もう死んでいるのではないか。クーデルカがそう呟いた時、男の身体が微かに動いた。
「気の早い、天使たち、だ。俺は、まだ、死んじゃ、いない」
「たいした違いじゃないわ。どうせもうじき死ぬんでしょ」
一言毎に吐血して、それでも生きていると語る瀕死の男。彼に対するクーデルカの返しは、とても冷たい皮肉混じりの物である。
元来、クーデルカとはこういう人物だ。斜に構えて捻くれた性格の持ち主で、心根は優しいが万人に対しそれが向けられる訳ではない。
服装や手にした銃器を見るに、この瀕死の男が招かれざる客の先達だろう。どうせ盗人の類であるのだ。ならば所詮は自業自得。
迷子の子どもや不幸な旅人ならば兎も角、自業自得の相手に向ける優しさなどはない。クーデルカの情は、有限で且つ限定的な物なのだ。
「なぁ、天使さん方、よ。今更、天国に、連れていけとは、言わないが、お祈り、くらいは、聞かせてくれ」
「……分かりました。ロシア式で宜しければ、私が承りましょう」
だが、ニコルは違う。彼の被った仮面は、善良で敬虔な好青年と言う物だ。その演技を続ける以上、救える者は救わねばならない。
そして救えぬ者でも、何もしない訳にはいかない。そういう人間を演じているから、心の底では興味がなくとも出来る限りをするのである。
十字を切って、祈りを捧げ始めたニコル。穏やかな笑みを浮かべて、感謝を述べる瀕死の男。そんな二人を見詰めて、クーデルカは舌を鳴らした。
「必要ないわ、ニコル。こんな奴に、祈るだなんて勿体無い。……少し、退いてなさい」
クーデルカは口が悪いし冷たいし、どうでも良い他人には興味もない。借りの一つでもあれば兎も角、今の彼女にはこんな男を救う理由なんてない。
だがそれでも、祈るニコルと微笑む男の姿に何も思わぬ程の人非人と言う訳でもないのだ。目の前で死に行く男を、救う手段があると言うなら尚の事。
疲れるから極力したくはなかったのだが、ニコルがこれ程に強いのならば多少の疲労も許容できる。最悪はこの男に、肉盾となって貰えば良い。
脳裏で冷たい判断をしながら、クーデルカは倒れた男に手をかざす。女の掌が光輝き、まるでビデオを巻き戻す様に男の身体の傷が塞がり始めた。
「ぐ、ぉぉぉ……」
「痛いだろうけど、男なら我慢しなさいよ。煩いったらありゃしない」
急速に癒えていく身体。失われた臓腑すらも復元する程の異常に、男は苦悶しのたうち回る。肉体の再生速度が早過ぎるのだ。感じる痛みは、並大抵の物ではないだろう。
だからと言って、クーデルカが手を止める事もない。死ぬよりはマシだろうと冷たい目で見下したまま、更に力を注いで一息に傷を完治させた。
「――っ。ぁ……驚いた、本当に、天使だったのか? 戦の天使に、癒しの天使。まさかこんな所で、こんな奇跡に恵まれるとはな」
「おめでたい人ね。この世に天使なんてものが居ると思って? あたしはただの霊媒。ほんの少し、傷を癒す力があるだけ」
治療ではなく最早、再生と呼ぶしかない奇跡。急速に復元した肉体に、男は驚いて己の身体を両手で触れて確認する。
そんな男の世迷言を鼻で嗤って、クーデルカは立ち上がる。興味がないと背を向ける彼女の行為に、驚いていたのは男だけではない。
「それはまた随分と謙遜を。私では、失った臓器の再生まではまだ出来ません。これ程の重傷を癒せる者など、世界中を探してもそう多くは居ませんよ」
「ふん。アンタはあたしより、ずっと強いじゃない。全く、そんなに腕が立つなんて聞いてないわよ」
ニコルの言は、嘘偽りない真実だ。白魔法を使える者も少ないが、その極少数でさえもこれ程の治癒は行えない。
ましてや後遺症や反動、マリスによる怪物化もない治療である。これ程の物は、ニコルの師であるラスプーチンにすら出来ないだろう。
治療と言う点においては、間違いなく世界有数の実力者。そう称えるニコルに対し、クーデルカは目をきつくして言葉を返す。
戦闘と言う分野において、クーデルカはニコルの足元にも及ばない。そう感じたが故に彼女にとって、彼の言葉は過ぎた謙遜にしか思えなかった。
「言った心算なのですがね。自衛くらいならば出来る、と」
「自衛どころの話じゃないでしょうに。これじゃまるで、あたしが空回りしてたみたいじゃないの」
「ですが、心地良くはありました。貴女は実に良い人だ。クーデルカ」
恐らくは故に、不機嫌になっていたのだろう。そんな女は不意打ち気味に褒められて、何も返さず背を向けた。
翻る女の頬が僅かに染まっていたのは、きっと見間違いではないのだろう。羞恥か怒りか、ニコルには見当も付かなかったが。
「おいおい、二人だけで話を進めるのは止めてくれ。俺はお前達の名前も、まだ知らないんだぞ」
二人のやり取りを見ていた男が、座り込んだまま会話に割って入る。安堵と苛立ちを覚えながら、クーデルカは振り返りもせずに言葉を返した。
「名を聞くなら、先ずは自分からが筋じゃないの?」
「それもそうだ。俺はエドワード。エドワード・プランケット。見ての通りの流れ者でね、ロンドンで耳にした噂話を頼りに来たのさ」
エドワード。そう名乗った男の目的は、酷く単純で俗的な物であった。彼は舞台に立つ演者の如く、高らかな声で己が此処に来る理由となった噂を語る。
さる富豪の息子が田舎にある古い修道院を手に入れ、金をつぎ込んで屋敷に作り変えたと。大勢の女を連れ込んでは、毎晩遊び放題。よろしくやっていると言う噂を。
「強欲な金持ちに、貧乏人の福音を授けてやろうと思ったのにこの様だ。妙な化け物に殴られて、危うく天国に召され掛けた。君達が来るのが遅ければ、奴の腹の中で賛美歌でも歌っていたね。間違いない」
「……足の速い馬なんて、買うんじゃなかったわ」
要は噂を耳に、お零れを与りに来た盗人と言う訳だ。全く以って自業自得なエドワードの理由に、クーデルカは深く嘆息する。
まるで口から生まれたように言葉が止まらぬ旅人に、助けた事さえ後悔しながら。そんなクーデルカを取り成すように、ニコルは苦笑しながら言葉を紡いだ。
「まあまあ、人の命を救えたのです。先ずはその事実を喜びましょう」
「お、良い事を言うね。流石は天使の少年だ。君には是非とも、俺の賛美歌を聞かせてやりたい。これでも子どもの頃は――」
「黙って。黙れ。黙らないと、置いていくわよ」
だが少年の気遣いは、エドワードの軽口を止める役にも、クーデルカの苛立ちを納める理由にもならない。
ドスの効いた声と鋭い視線でエドワードを黙らせると、クーデルカは嘆息を一つ混ぜてから彼に向かって告げた。
「あたしの名前はクーデルカ。一度だけ言うから、忘れないで。生きて此処から出たかったら、あたし達の傍を離れない事」
苛立ってはいても、助けた以上は最後まで面倒をみようとする。それはとても彼女らしい、捻くれた善良さを感じさせるもの。
言葉を紡いで直ぐに背を向けてしまうが、きっと彼女一人ならば手を貸すくらいはしていただろう。今はニコルが居るから、必要ないと判断したのだ。
「……顔は綺麗なのに、おっかない天使だ」
「ですが、良い人ですよ。こうして、貴方の事も救ってみせた」
「そりゃ分かるさ。良い女、だって事はな。何せ顔が良い。スタイルも良い。多少の棘は、まあ愛嬌と言えるだろうよ」
短い付き合いではあるが、それを察する程度には知っている。だから立ち上がったニコルは微笑を浮かべて、エドワードに向かって右手を差し出した。
「ニコラス・コンラドです。ニコル、とお呼びください。所属はロシア正教会で、怪物退治の修道騎士を生業としています」
「ほう、そいつは心強い! 存分に頼らせて貰うよ、ニコル」
「……ふむ、変わった方ですね。こんな子どもを、侮るのではなく、怖れるのでもなく、頼りにされるとは」
「愛は万人に、信頼は少数に。意識が朦朧とはしていたが、君の腕前は確かに見ている。信頼に値すると、もう既に知っているのさ」
少年の手を素直にとって、ゆっくりと立ち上がるエドワード。足元がふら付いていると言うのに、口が止まらないのは性格故か。
それとも、長年の夢が叶いそうだからと燥いでいるのか。エドワードの事情など知らないニコルには、苦笑を浮かべる事しか出来なかった。
(しかし、プランケット、ですか……確かシャドウハーツに出て来るクーデルカの息子の名が、ハリー・プランケット)
エドワードと握手を交わしながら、苦笑を浮かべるニコルは思考を回す。恐らくこれは前日譚、『KOUDELKA』の物語なのだろう。とは言えニコルの持つ知識の中に、その詳細は存在しない。
この世界をゲームと言う形で観測していたであろう人物は、どうも『KOUDELKA』をプレイした事がなかったようなのだ。なのでニコルが知っているのは、クーデルカと言う女が主人公である事だけ。
家名の一致から恐らくは、この2人が結ばれる話なのだろうと推測は出来る。だがどうにも、初見での相性は余り良くは見えない。
それがニコラス・コンラドと言う異物が混ざった影響なのか、それとも反発し合いながら仲を深めていくのか。どちらにせよ、少年には興味がなかった。
(まあ別に、どうでも良い話ですかね。ハリー・プランケットと言う存在の有無は、大局的には然したる影響を与えない)
原作通りの展開にならなくては駄目だと、そんな理屈は何処にもない。結果として、ニコルが求める状況へと近付けばそれで良い。
変わってはならない場面は原作通りに、それ以外の場面ではどうとでも。原作の知識など、指針程度の物に過ぎない。必ずやそうなると、決まっている訳ではないから。
ハリーが生まれないデメリットは、『シャドウハーツ』無印における味方側の戦力低下。低下した戦力で、果たして超神に勝てるかと言う問題点。
それともう一つ。アルバートに囚われ拷問されたクーデルカが、ハリーを人質にされない事でアルバートに協力しなくなると言う点。ストーリー展開が変わってしまう事だ。
だが前者は極論、星神である天凱凰と融合したウルムナフ・ボルテ・ヒュウガと彼を精神面で支えるアリス・エリオットの2人が居れば如何とでもなる。詰まり
そして後者は、はっきり言ってデメリットとも言えない物だ。クーデルカが協力せねばアルバートは超神を呼び出せず、天凱凰と化したウルに何れは敗れ去るからだ。
強大な外なる神を観測出来ない事は、ニコルにとってはデメリットだろう。だが惜しいと言う程度でしかなく、無理に拘る事でもない。
結論として、ハリー・プランケットの存在は大局に影響を与えない。そうであるのならば、変に配慮して違和感を持たれる必要もないだろう。
故に彼ら2人の関係がどうなろうと、正直言ってどうでも良い事なのだ。そうニコルは胸中で結論付けながらも、表面上は笑顔でエドワードと言葉を交わしていた。
「遅い。さっさと行くわよ、アンタ達」
先に進んでいたクーデルカだが、楽しげに談笑する二人が一向について来ない事に業を煮やしたのか。
肩を怒らせながら振り返り、眉を寄せながらに戻って来る。その胸中には本人も気付いていない、微かな嫉妬も混じっている。
己を重ねた人物が、己が嫌うタイプの男と意気投合している。クーデルカにはその事実が、ほんの少しだけ気に食わなかった。
「それとニコル、余りそいつと話し過ぎない! そいつの軽薄さがニコルにうつったら、どうしてくれるのよ全く!」
「教育ママさんか何かか? 女性は須らく天使であるが、夫婦生活では悪魔であるとはよく言ったものだ」
「……全ての喜劇は、結婚によって終わる。でしたか?」
「お、話せる口だな。そうさ。愛する女と共に暮らすより、愛する女のために死ぬ方が容易いのだから!」
「ニコル!!」
だからクーデルカは保護者のような理由を語って、ニコルの手を掴み引く。女性の細腕は、見た目以上には力強かった。
無理をすれば解けるが、それでも其処までする必要はない。どうでも良いと感じるから、されるがままに連れられて行くニコルである。
しかし同時に感じていたのは、懐かしいと思える暖かさ。こうして邪気のない誰かと触れ合うのは、思えば三年振りなのか。
そう言えばと目を丸くしているニコルの姿に、エドワードは楽しげな笑みを深める。彼らの様子は見ていて楽しいから、と言うだけがその笑顔の理由じゃない。
「やれやれ、だが逆境は真実への第一歩。運命とは最も相応しい場所に、貴方の魂を運ぶのだってね」
彼は幼い頃から、憧れていた。演劇のような大冒険。生まれる時代を間違えたから、経験出来なかった華々しい物語に。
厳格な名家に生まれ、幼少の頃から敷かれたレールの上を歩いて来た。そんな男はしかし夢に焦がれて、その全てを捨てたのだ。
そうして身一つで抜け出して、飛び出した家の外。だが残念な事に、其処に彼の望んだ夢や理想はなかった。
流離う荒野は、何一つ残さずに開拓されていた。切り拓くべき密林なんて、既に別の誰かが切り拓いた後である。
「あんなオカルトが実在したんだ。ずっと夢見た大冒険が出来そうじゃないか!」
けれどエドワードは漸くに、望んだ奇跡と巡り合えた。夢にまで見た、不思議な世界。其処に住まうであろう彼らの事が、希望を告げる天使にも見える。
此処にはきっと、輝かしい宝があるのだと。彼らの進む先には、見た事もない冒険が待っている筈である。全てを捨ててまで求めた夢が、手の届く場所まで来ていたのだ。
だから笑みを浮かべて、少年と女の背中を追う。エドワード・プランケットと言う男は、そんな冒険野郎であった。
エレイン強化カウンター 現在10点
(最初のボスを秒殺・完封勝ち+10点)
憑依ニコルが混ざった結果、クーデルカは修道院に到着するのが十分前後遅れています。原作でもエドワードは死に掛けていたのに、助けが遅れたらこうもなりますよね。
当初、これ到着は食後になるよなと悩んだ天狗道。流石にエドワード登場時死亡は勿体無かったので、少し早めてお食事中の乱入となりました。
~原作キャラ紹介 Part7~
○エドワード・プランケット(登場作品:KOUDELKA(ゲーム版))
ゴシックホラーRPG「KOUDELKA」のパーティメンバー。他の作品には一切、出て来ない。「KOUDELKA」開始時の年齢は20歳。
鮮やかなブロンドの髪と青い瞳を持つ青年。ワーウルフに殺され掛けた後、クーデルカに救われ彼女と行動を共にする事になる。
ロンドンにある名家の生まれで、バイロンやシェイクスピアを諳んじる事が出来るだけの高い教養を持つ。
だが幼い頃から冒険に憧れており、約束された道を捨てて放浪の旅をしている。知的で飄々とした人柄だが、粗暴な一面もある。
戦闘メンバーとしての役割は育て方次第だが、初期ステータス的には肉盾向き。
高いHPと防御力、相反する低さのMP。意図して育てない限り、基本はHPを伸ばしての盾役が無難。魔法が発動するまで、敵と殴り合いをするのがお仕事です。
シャドウハーツでは、クーデルカとの間に一子を儲けている。だが原作ではそういうシーンが少なく、漫画版では影も形も見えない人物でもある。
恐らくハリーの存在はファンサービス的な物でもあったのだろうが、シャドウハーツにエドワードが登場しない所為で真面目に考察すると何とも言えない感想を抱けてしまう。
クーデルカは三年間も、アルバートに囚われ拷問されていた。だと言うのに、エドワードはアメリカ大陸を冒険していた。
ハリーが路頭に迷って、ストリートチルドレンをやっていた頃。帰って来る所か、全く顔を見せる素振りもない。
定期的なやり取りをしていたのならば、彼の性格的に出て来ないのはおかしい。(冒険好きな奴なので、美女を助けると言うノリで動かない訳がない)
そう考えると、最低でも三年は全く音沙汰なしだったと考察出来てしまう。と言うか原作でのハリーの発言を聞く限り、少なくとも物心付いて以降は全く会ってない模様。
もしかしたら、子どもが産まれていると言う事を知らないのかもしれない。夫婦どころか恋人ですらなく、一夜の関係で出来ちゃったとか。
ゲーム時の2人の性格を思うと、そういう展開でも余り違和感はない。と言うかそう言う事にでもしないと、エドワードが控えめに言っても屑野郎になってしまう。
そう考えるとシャドハ1のエンド後って、エドワードがクーデルカに再会すると同時に貴方の子よとか言われる衝撃展開だったのでは……?
そんな可能性に至り、若干戦慄した天狗道であった。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!