憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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このパーティは、面倒臭い奴ばかりです。


第11話 擦れ違い

 恐ろしい怪物達の大半が天に召された後、ニコル達は修道院の散策を開始する。行く当てなどは決まっていないが、一先ず進める所まで進んでみようと。

 

 先頭を進むのは当然ニコルだ。戦力的な意味だけではなく、周辺の理解と言う点でも彼が少し秀でている。戦闘の際に軽く歩き回り、道順を覚えていたからだ。

 次いでクーデルカとエドワードが、特に隊列を気にする事もなく横に広がり付いて行く。奇襲の一つでも仕掛けられたら危険であろうが、その心配も今はない。

 危険の大半が廃された今に、過剰な警戒をする必要はないのだ。全くの無警戒は問題だろうが、軽く言葉を交わすくらいの余裕はあった。

 

「しっかし、どうにも息が詰まる場所だな。此処は」

 

 そんな中でエドワードが、周囲を見回しながら呟いた。松明が照らす薄暗い修道院の中は、どうにもこうにも居心地が悪い。針の筵に座る気分とは、きっとこんな感情なのだろうと。

 

「ええ、そうですね。恐らくは、マリスの濃度が関係しているのでしょうが」

 

「マリス?」

 

 鬱屈としながら呟くエドワードに、ニコルが何時もの微笑みを浮かべて返す。ニコルがエドワードに語るのは、マリスと言う力の存在だ。

 負の想念。善なるウィルと対を成す、悪なる物。この世界における極めて重要な要素の一つにして、世界に怪物が生まれてしまうその所以。

 

「人の悪意や負の想念の総称。分かりやすく言えば、死者や生者の怨念ですよ」

 

 マリスに触れた時、生命は怪物へと変貌する。それは人間とて例外ではなく、その脅威は特に原作の三作目において深く触れられている。

 グレース・ガーランドが起こした悲劇。彼女の口付けによって変貌した醜悪な怪物、マリスエドナやマリスキラー、マリスギルバートなどが象徴的か。

 

 高密度のマリスは、自ら望む者や心弱い者を怪物に変える。のみならず、あらゆる者に影響を与え、人の心をとても不安定な物にしてしまう。

 後者の代表例としては、2のカレンがネメトンで見せた醜態や原作のニコルが起こした愚行によって激化した世界大戦などが分かりやすい物であろう。

 

 それ程にマリスとは、人の心に巣食う悪意とは、とても恐ろしいものなのだ。

 

「確かに此処は、少し霊気が強いように感じるわ」

 

「修道院の中には、死者の魂を鎮魂する為に設立された物もあります。牢獄や刑場などは本来、マリスがとても濃くなりやすい場所。それが溢れ出して、人に危害を加える前にと。そんな古くからある、知恵の一つなのですが……」

 

 瞳を閉じて耳を澄ませれば、誰かの悲鳴が聞こえる気がする。特に霊媒体質であるクーデルカは、当てられやすいのだろう。

 少し顔色を悪くしたクーデルカこそ、この場の影響を最も受けている人物だ。エドワードは良くも悪くも霊的には鈍感で、ニコルはニコルで死者の嘆きを路傍の石にも劣る塵だと断じる精神性を有している。

 

 だから顔を伏せた女の苦しみを、男達が本当の意味で理解する事はないだろう。死者の嘆きに揺さぶられ、クーデルカの心は今も少しずつ削れている。

 この場に居る誰もが少なからず場の影響を受けてはいるが、死者に感情移入してしまうクーデルカはその比じゃない。

 他ならぬ彼女だからこそ、この地に留まり続ければ碌な事にはならないだろう。こんな環境で生活しようものなら、数日と持たずに気を違えてしまう筈である。

 

「どうも修道院が、その役目を果たせていないようです。或いは誰かが、その機構を意図して歪めてしまったのか」

 

 多くの死と悲劇と怨念。そう言った物がマリスとなるなら、世界はとうの昔に暗黒の中に沈んでいた事だろう。

 そうはならずに、今も世界が存続している理由が対抗手段の存在だ。対を為す善なる力であるウィルと、マリスを鎮める為の術。そう言った物があればこそ、今も世界は続いている。

 

 だから本来、修道院があるならば、これ程にマリスが集まる事はない筈なのだ。だと言うのに、現実問題としてこの場所は存在している。ならば其処には、何か異なる理由がある筈だった。

 

「相当な曰く付きの場所だとしても、この量は明らかにおかしいのです。これではまるで、誰かが意図してマリスを集めたかのようだ」

 

 どんな理由なのかはまだ分からない。推察するに足る情報が欠落しているから。

 パズルのピースが一枚二枚しか揃っていない現状では、余程の天才だろうと全体像を見る事などは不可能だろう。

 

 それでもこの地で、背徳の限りが尽くされたのは明らかだった。エドワードはイメージも出来ない途方も無さに言葉を失い、クーデルカは流れ込む嘆きに吐き気を堪えている。

 対してニコルは静かに瞑目し、死者を悼む素振りで思考を切り替えた。これ以上は考えても答えが出ない事だからと、平然とした内面を仮面で隠して先へと進む。

 

 そうして一行は無言のまま、分かれ道へと差し掛かる。扉の向こうにあったのは、渡り廊下へ続く道と一階へと続く階段。

 どちらから行くかとニコルが視線で問えば、返るはどちらでもと言う答え。ならばと特に考えず、ニコルは階段を下り出した。

 

「ねぇ、ニコル。そう言えばアンタ、さっきロシア正教の修道騎士とか名乗ってたわよね?」

 

 長く続く沈黙に嫌気がさしたのか。それとも責め立てる声に心が削れていたからか。クーデルカは少し唐突な流れで、ニコルに向かって問い掛けた。

 

「ええ、そうですよ。主に怪物退治を専門としています」

 

 クーデルカの言葉の真意が掴めず、少年は一先ず普通に返す。応えとしたのは、彼が有する表向きの立場。

 サピエンテス・グラディオに属している事は、そう簡単には語れない。故にこうした時の為にと、カバーストーリーが用意されているのである。

 

 嘘偽りではなく、事実としてニコルはロシア正教会に属している。最年少の修道騎士として、名簿を見れば直ぐに見付かるであろう。

 だが実際に、其処で働いていると言う訳ではない。周囲に裏を悟られない程度には教会にも顔を出しているが、少年はその殆どをサピエンテス・グラディオで過ごして来た。

 

「教会の、聖騎士様ね。その年で、中々やるもんだ」

 

「ええ、この年で。師と環境に恵まれた結果ですね」

 

 そんな事実をおくびにも出さずに、ニコルは飄々と口にする。調べたとしても分からないのだから、問題などないだろうと。

 

 少年の事情を知る由もないエドワードは疑う事もなく、馬鹿みたいに頷いては素直に感心している。

 対してクーデルカは、何処か案じるような表情で黙り込む。そうして暫くしてから、彼女はニコルにもう一つ問い掛けた。

 

「……親は、納得しているの?」

 

「いえ、もう居ませんから」

 

「っ! そう。悪い事を、聞いたわね」

 

 ニコルの返しに、思わずクーデルカは顔を逸らす。見せる顔がなかった。どうしても、()()()()()()()()()()から。

 己の直感は間違っていなかった。ニコルと己は、同じ痛みを抱える者だと。きっと心の底から、分かり合える人だと思えたのだ。

 

 だから、続く言葉はそんな歪んだ歓喜に対する罰だったのか。他者の不幸を喜んでしまった女に対して、ニコルは彼女の知らない想いを口にした。

 

「気にする必要はありませんよ。私は父が知らぬ私生児ですが、母には確かに愛されました」

 

「――っ」

 

 ニコルの言葉を聞いて、クーデルカは一瞬茫然とした。全く以って、その言葉が理解出来なかったから。

 思わず零れそうになった疑問の声を、歯を食い縛る事で如何にか抑え付ける。顔を背けていて良かったと、思うは先とは異なる理由。

 

「私の過去は、誰かに哀れまれるようなものではありません。胸を張って誇るべきものだと、私自身が知っている」

 

 心を揺らす少年の言葉は、流れ続けて止まらない。過去に誇りを抱いているのだと語る少年の顔を、クーデルカは見る事が出来なかった。

 だって女は違うから。今も哀れに思っている。誰よりも己自身が、己の事を可哀想だと哀れんでいる。そんな人生に後悔していて、そんな自分を誰かに誇れる筈もない。

 

 一緒だと思っていたのに、違っていた。彼は自分の知らない事を知っている。彼は愛されていたのだ。そんな事実に、クーデルカは泣きたくなった。

 勘違いしていた事にではない。己と似ていて、だが違う。その違いが羨ましくて、その差異が妬ましくて、溢れる衝動のままに叫び出したくすらなったのだ。

 

 けれど涙は零さない。大人気なく叫ぶのなんて以ての外だ。だって所詮は、勝手な思い込みに過ぎないから。

 思い込みで勘違いして、裏切られたと八つ当たりをする。それは余りに、みっともなくて哀れじゃないか。だから必死に歯を食い縛り、女は如何にか己の癇癪を抑え付ける。

 

「ならばそれで十分。気にする事ではありませんよ」

 

「……そう。強いのね、ニコルは」

 

 絞り出すような声で返せたのは、そんな中身のない言葉だけ。哀れに思われる事ではないのだなどと、それはクーデルカには口を裂けても言えない言葉。

 そんな言葉に、どうしても過去を思い出してしまう。クーデルカは語るべきではないと分かっていて、それでも思わず胸中を吐露していた。

 

「あたしは、あたしも、親がいないの。愛される事も、なかったわ」

 

 父を覚えてはおらず、母には殺され掛けた娘。呪われた娘だと村を追放された年齢は、ニコルと殆ど変わらない。だと言うのに、この差は一体何なのだろう。

 

「ねぇ、ニコル。愛されるって、どんな気持ち?」

 

 震える声を隠せずに、問い掛けるクーデルカ。応えは、直ぐには返らない。ニコルには、何と返せば良いかが分からなかった。

 

 沈黙の中、三人は進む。先頭を進むニコルと続くクーデルカは無言のままで、最後尾のエドワードも己が語るべきではないと無言でいる。

 そうして、階段の終わり。最後の段差を降り切った時になって、ニコルは振り返ると漸くに口を開いた。

 

「……クーデルカ。貴女は、愛されたいのですか?」

 

 ニコルが口に出来たのは、質問への答えになっていない問い掛け。他には何も、思い付かなかったから。

 

「違うわ。唯、愛されなくても、生きていて良いんだって、認められたい」

 

 返る答えは、否定であった。けれどその言葉に秘めた想いは、きっと肯定でもあったのだろう。

 愛されなくても良いから、認められたい。それは最初から愛される事を諦めているから、せめてと願う祈りである。

 

 しかしそんな言葉を、こんな所でこんな子どもに言ってどうするのか。クーデルカは、深い深い息を吐いた。

 

「……ごめん。突然、変な事を言ったわね」

 

「いえ、無理もないかと。此処の空気は、少し心を傷付ける」

 

「そう。そういう事に、しておいて」

 

 そう呟いてクーデルカは、ニコルの真横を通り過ぎる。僅かな涙を瞳に浮かべながら、勘違いしていた女は先へと進んで行った。

 

 女の孤独な背中を見て、ニコルは静かに思う。正直言って今も、クーデルカの事などどうでも良いと感じている。

 深く関わる必要はなく、さりとて無理に遠ざける理由もない。その程度の存在でしかないのだと、ニコルはそう思っている。

 

 なのに何故だろうか。少しだけ、その背中を見ると心が痛んだ。どうでも良いと思っている筈なのに、どうしてなのか。理由は少年にも分からない。

 

「良いのかよ、放っておいてさ」

 

「そうは言いますがね、私に何を言えと言うのです?」

 

 だからエドワードに言われても、ニコルには動く気すらもなかった。何かをしようと望んでも、伝えるべき言葉も浮かばないのだ。未熟な少年には、自分の心も分からぬ故に。

 

「何もありませんよ。彼女が何に嘆いているのかも、私には分からない」

 

 今も少年には、分からない事ばかりである。クーデルカが何故、ニコルにあれ程に構っていたのか。かと思えば唐突に、泣き出しそうになっていたのか。

 

 どうでも良い他人が、勝手に躁鬱を繰り返している。常のニコルならば気味の悪い物を見たと、内心で軽蔑しながらも作り笑顔で親身に対応していただろう。

 だと言うのに今のニコルは、その真逆に動いている。哀れみの情を抱きながら、遠ざけようとしているのだ。その理由すらも分からずに。

 

「けど、お前は何か言いたそうな顔をしているぜ?」

 

「勘違いですよ、エドワード。私には語るべき事などありません」

 

 そんな不器用な少年の微かな感情に気付いて、エドワードは笑いながら肩を叩く。言いたい事があるのなら、素直に口を開けば良いのだと。

 しかしニコルは首を振る。小さな感情を拾い上げる弱さなんて望んでいないから、張り付けた笑顔の仮面は外れない。

 

「貴方の好きな故人も、こう言っていたでしょう。言葉が役に立たないときには、純粋に真摯な沈黙こそがしばしば人を説得すると」

 

 偽りの笑顔。偽りの感情。微笑みながらに告げたのは、今は時間を置くべきだと言う言葉。

 今更に何を言ったとて、クーデルカには届くまい。彼女の抱いた願いを叶える事も、自己嫌悪を拭う事も、どちらもニコルには出来ないのだから。

 

 一面においては、真実とも言える事。そんな言葉を返してから、これで終わりとニコルは足早に歩き出す。残されたエドワードは、肩を竦めながらに呟いた。

 

「そりゃ沈黙の方が、クーデルカにとっては慰めだろうがな。……お前にとっては、そいつは慰めにもならんだろうに」

 

 己の心にも気付けていない少年に、女の涙が拭える筈もない。慰めにはならないと、その点には端から期待すらもしていない。

 そんなエドワードがそれでもと話し掛ける事を勧めたのは、寂しそうにしていたのは女だけではないと思えたから。

 

「心の奥も貫く、君の眼差しの光は。望みで燃え立たせ、恐れで心を沈める」

 

 バイロンの詩を諳んじて、思い浮かべるのは二色の瞳。目を合わせた時に、何となく思ったのだ。色は全く違うのに、何処か似ている様に思えた。

 そして暫く言葉を交わして、エドワードは漸くに少し理解した。容姿ではなく、纏う雰囲気が似ているのだ。きっと内面もまた、似通っているのだろうと。

 

「揃って謎めいた瞳をした、似た者同士の天使達。どちらも見てられない程に、不器用な奴らだ。こんなにも人を惑わすあたり、天使じゃなくて悪魔なのかね」

 

 寂しがり屋なのに、その事実にも気付いていない不器用な二人。そんな彼らの事に頭を悩ませるのは、彼らが恩人だからと言う理由だけではない。

 放っておきたくないと感じるのだ。だから少年の仮面を剥がしてやりたいし、女の笑顔を見てもみたい。そんな己の欲望に、エドワードはとても正直だった。

 

 だからエドワードは、此処に己の目的を定めた。その一つが夢見た冒険を成し遂げる事ならば、もう一つはその過程でこの二人を笑顔にしてやる事である。

 

「さて、どうするか。ま、のんびり考えていくか」

 

 方法はまだ浮かばない。それでも、まだ時間はあるのだ。投げ出す心算は欠片もないのだから、何時かはきっと果たせるだろう。

 そんな風に楽観的に考えて、エドワードは二人の後を追う。楽しげに笑う男の思惑が果たしてどう転ぶのか、今はまだ誰にも分からない事である。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在35点
(本来物語の後半に起きるクーデルカの内心吐露イベントが大幅に前倒しされた。+5点)

躁鬱激しいショタコン闇深系美女クーデルカ。
軽薄だが兄貴分としての役割も担うエドワード。
微笑みの仮面を付けた内心真っ黒ド腐れ外道少年ニコル。

この三人に堅物頑固なジェームズさんを加えた四人が、クーデルカ編でのパーティーメンバーとなる予定です。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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