憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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日常回。日常回? 日常回!(強弁)


第12話 虚飾の善意

 パチパチと暖炉で、火の粉が散っている。四人掛けのテーブルを囲むのは、ニコル達一行と一組の老夫妻だ。

 

 エドワードと歓談している年老いた男は、名をオクデン・ハートマン。給仕の為に忙しなく立ち居を繰り返している老女は、その連れ合いのペッシー・ハートマン。

 修道院の一階を探索していた一行の前に現れた老夫婦は、ニコル達を管理人室に案内し歓迎していた。

 

「こんなへんぴな田舎に三人で旅行とは、物好きな事だ」

 

「外は寒かったでしょう? スープくらいしか用意できなくてごめんなさいね」

 

 オクデンは豪快に笑い、ペッシーは柔らかく微笑む。人当たりの良い老夫婦の歓迎に、エドワードも破顔している。

 薄暗い修道院の中に、明るく和やかな空気が流れる。そんな中でペッシーは、お盆に乗せたスープ皿を皆に配っていった。

 

 テーブルに並ぶ料理を見ていたニコルは、その香りに僅か眉を顰める。カルラの教えを受けた彼の嗅覚は、常人よりも優れている。鍛えられたその感覚は、微かな異常を嗅ぎ分けていた。

 

「それとごめんなさいね、坊や。材料が少し足りなくて、同じ物を用意出来なかったの」

 

「……お気になさらないでください。頂けるだけ幸いです」

 

「そう。そうですとも! いやぁ、ありがたい! ごちそうになります!」

 

 クーデルカとエドワードの前に並んだスープとは、色が異なるスープがニコルの前に置かれる。

 深皿に入った赤い液体からは、トマトを煮込んだ匂いがする。少し酸味は強そうだが、それ以外の異臭はない。

 

 視界の端で、オクデンが一瞬表情を変えた。目敏くそれに気付いたニコルは、しかし指摘せずに銀のスプーンを右手に握った。

 

「どうぞ、たくさん召し上がってくださいな」

 

「……おう、それがええ」

 

 笑顔の老婦人に勧められるまま、ニコルとエドワードは食を進める。口に広がる味わいは、一流店のそれではないが何処か優しい。

 エドワードは特に気に入ったのだろう。半ば掻き込むように食べている。対してクーデルカは浮かない表情をしたまま、食事に手を付けずにいた。

 

「あら、どうしたの? ジャガイモのスープは嫌い?」

 

「いえ、そんな事は……でも、今はちょっと。御厚意には、感謝します」

 

「あらまあ、良いのよ。気にしなくて。でも何か出来る事があったら、遠慮なく言ってくださいね。此処に住んでいるのは私達だけだから、お客様が来ると嬉しくって」

 

 ペッシーに問い掛けられたクーデルカは、顔色を変えずにそう返す。食器に手を付けようともしない彼女は何故か、チラチラとニコルの様子ばかり盗み見ていた。

 先程のやり取りが原因で、と言うだけではないのだろう。気不味そうな表情の中には、心配そうな色も隠れていたから。クーデルカも温かな料理に隠れた、匂いに気付いていたのだ。

 

 クーデルカの胸中は、複雑な感情が荒れている。口に出して指摘する訳にもいかない理由と、先程の一件が原因の気まずさが混じればそれも当然の事であろう。

 平然とした態度で、食を進めるニコル。彼が口元にスープを運ぶ度に、クーデルカは視線を右往左往させてしまう。何度も声を掛けそうになって、その度に如何にか耐えると言う繰り返し。

 

 対してニコルが思うのは、この人は何をしているんだろうと言う他人事染みた感想だけ。己の事を心配しているのだろうと言う、発想なんて欠片もない。

 何せニコルの料理には、異臭が一切ないのである。配膳された料理の微かな匂いにも気付けたクーデルカならば、その事実にも気付けていようと考えたのだ。

 

 しかしそんなニコルの感想は、完全なる誤りだ。彼自身の性能を基準とした、ズレた思考に他ならない。

 料理に混ざった僅かな異臭など、気付けない方が普通である。ましてやテーブルを挟んで反対側となれば、微かに過ぎる匂いに気付けたニコルの方がおかしいのだ。

 

 だから何も気付かず食を進めるエドワードが一般的で、気付いて箸を進めないクーデルカが少し外れていて、離れた場所の臭いにも気付くニコルが異常である。

 内実を知れば微笑ましくなるであろう、そんな外れた女と異常な少年の反応。それに気付けもしないエドワードは、オクデンに対して気になっていた事を問い掛けた。

 

「此処には本当に、お二人だけで?」

 

「と言いますと?」

 

「霧が深くて良く分からなかったのですが、この建物は随分と古い教会のようですね。お二人で暮らすには、少々手に余るんじゃありませんか?」

 

「御尤も。当然、気になるでしょうな。実際わしらも、使っている部分はごく一部に過ぎません」

 

 富豪の息子が修道院を購入したと言う噂を聞いたのに、蓋を開けてみれば館に居るのは富豪には見えない老夫婦と得体の知れない怪物だけ。

 一体どういう事なのかと、エドワードでなくとも気にしよう。噂が出鱈目だったのか、或いは彼らの他にも誰かが居るのか。

 

 エドワードの問いに、今は二人だけしかいないと前置きした上で、オクデンは語り始める。

 ニコルやクーデルカも気にはなっていたのか、その意識を語らうオクデンとエドワードへと向けた。

 

「九世紀にアイルランドから来られた彼の聖人ダニエル・スコトゥスが、地に巣食う魔物を鎮める為に聖堂を建てたのがこのネメトン修道院の始まりだと聞いとります」

 

「魔物! 魔物ですか!?」

 

「ええ、それが?」

 

「信じられないかもしれませんが、実は僕ら此処に来る前にその魔物と遭遇したんですよ!」

 

「……そうですか、あれをご覧になったのですか」

 

「と言うと、今までにも?」

 

「わしらは縁あってこの修道院の管理を任されておるのですが、半年ほど前からああいう妙な物を見かけるようになりましてな」

 

「月を追うごとに、数が増えて……」

 

「わしは船乗りの出だもんで、そんなもの怖くありゃせんですが」

 

「心配だわ。もしものことがあったら……」

 

(……魔物を認識している、か。襲われなかったのは、運が良かったのか。或いは何か、別の理由でもあるのか)

 

 エドワード達の会話を耳に入れながら、ニコルは一人思考を回す。分からない事は、まだ数多く存在している。

 それでも原作ゲームの知識と合わせて見れば、事件の輪郭程度ならば微かに分かって来た気がした。

 

(地に巣食う。原作では確か、修道院跡地の地下でアルバートが儀式を行っていた。詰まりは元より、此処はそういう特別な地であったのでしょう)

 

 聖ダニエルが封じたと言う地底の災害。それは恐らく、ネアメートに通じる物であるのだろう。

 天高く浮かび、星の彼方から神を呼び寄せる。彼のウキと縁深いモノである筈だ、とニコルは思う。

 

 原作においてネアメートは浮上するまで、この地に程近い海の底に沈んでいた。そして浮かび上がらせる儀式に使われた祭壇が、このネメトン修道院の地下にある。

 其処で更に地に巣食う魔物を封じたと言う聖人の逸話を聞けば、誰もがその繋がりを想像しよう。この地は外宇宙の神を降ろす為の玉座、ネアメートの影響を強く受けているのだと。

 

 外宇宙の神とも関わり深い土地など、厄ネタ以外の何物でもない。そんな厄介な場所で、何者かが碌でもない事をしてしまった。その結果が、今なのだろう。

 怪物が跋扈する、マリスに満ち溢れた修道院。そうなる切っ掛けが、半年前に起きたのか。それとも積み重なって来た物が、半年前に限界を迎えてしまっただけなのか。

 

 これ以上の事を判断するには、まだ情報が足りない。ハンカチで口元を拭うニコルは、其処で一先ず思考を止める。

 直後、エドワードがニコルに話題を振る。計っていたのかと思う程に絶妙的なタイミングであった為、ニコルは僅か驚かされた。

 

「確かに危ないところでしたよ。銃の弾も使い果たして…………幸い、心強い修道騎士が居ましたから、如何にか助かりましたが」

 

「ほう。修道騎士、ですか」

 

「ええ、こっちのニコルが。背丈は小さいですが、この年で怪物退治の専門家をやってる凄い奴ですよ」

 

「……一言余計ですよ、エドワード」

 

 小さな子どもが修道騎士であると聞いて、ハートマン夫妻が揃って目を丸くする。幼い少年が怪物退治の専門家などと、事前知識もなしに誰が思おう。

 椅子を近付けニコルの肩を叩くエドワードは、二人の驚愕にさもありなんと笑みを浮かべる。その人を食ったような表情に、クーデルカが頭を抱えて嘆息していた。

 

「えぇと、坊や。御年はお幾つ?」

 

「今年で10歳となりました」

 

「10歳!? まさか、そんな若さでとは」

 

 ニコルの実年齢に、驚くのは老夫婦だけではない。エドワードも小さいとは思っていたが、それ程とはと他人事に呟いている。

 逆に他人事とは思えないのがクーデルカだ。彼女が村を追われたのが9歳の頃であったから、違うと分かった後でも己と重ねてしまう。小さな差異が、彼女の心を曇らせていた。

 

「ご馳走になりました。折角ですし、お返しをさせて頂きたいのですが」

 

「まぁ、そんな事。気にしないで良いのに」

 

 そんな周囲を差し置いて、皆の注目を浴びるニコルは話題を変える。口元を拭った白いハンカチを畳んで仕舞うと、代わりに懐から小さな香炉を取り出した。

 

「修道騎士としての修練中に、出逢いに恵まれましてね。エジプトを由来とする、香油についても少しだけ学んでいたのです。よろしければ是非、食事の礼に堪能して頂きたい」

 

「ほう、エジプトか。そいつはまた、希少な体験が出来そうだ。みせてくれよ、ニコル!」

 

「……其処まで言われるのでしたら」

 

 遠慮していた婦人も、ニコルの押しと同調したエドワードの言葉に頷く。それを確認してからニコルは、更に懐から数種類の香油を取り出す。

 先に嗅いだ体臭を思い出しながら、その場で行う即席調合。カルラ仕込みの腕前は、ルチアやベロニカ以上だとお墨付き。失敗する気は、全くなかった。

 

「二段に別れた作りの香炉でして、上に好みの香油を加えた後、下に火を付けた蝋燭を入れて炊き上げる形ですね」

 

 混ぜ合わせた香油を器に注ぎ、借りたマッチで蝋燭に火を灯す。ゆっくりと噴き上がる薄紫色の煙は、まるで星空のように輝いても見えた。

 

「ほう、これは」

 

「不思議ね、随分と心が落ち着いて来るわ」

 

「サンライズオイルをベースにしましたから、心に安らぎを与えてくれる香りになります。少し眠くなってしまうのが、欠点と言えなくはないのですがね」

 

「眠く、ああ、そうだな。眠くなって来たよ」

 

「ええ、この香りを嗅いでいたら、とても気持ち良く眠れそう」

 

「え、そうですか? 確かに心が落ち着く香りですが、眠くなると言う感じはしないような……」

 

 暖炉が灯る小屋の中、低い天井を満たすは小さなプラネタリウム。薄い煙の中で輝く小さな粒子は、夜空の星にも何処か似ていた。

 己は素晴らしい体験をしていると、感動していたエドワードは故に目を丸くする。ゆっくりと船を漕いでいる老夫妻に、どうにも共感出来ないからだ。

 

「……ニコル。貴方、何をしたの?」

 

「おや、気付かれましたか。クーデルカ」

 

 さりげなく椅子から立ち上がり、崩れ落ちるペッシー婦人を受け止め座らせていたニコル。予め彼女が倒れると、分かっていたような所作である。

 そんな少年の行動に、クーデルカが視線を鋭くして語る。何をしたのかと問い掛ける彼女へと振り向いたニコルは、如何にもな悪い笑みを浮かべていた。

 

 そうして、少年は懐からまた別の物を取り出す。小さな穴が空いた袋の中に、沢山入っているのは白と黒の小さな欠片。

 小石サイズの欠片が多量に入った袋を、ニコルはクーデルカ達に投げ渡す。受け止めた二人はそれを見詰めて、これは何だと首を傾げた。

 

「……これは?」

 

「匂い消しです。お二人の体臭と混ざれば影響が出にくいように調合しましたが、あくまで即興ですからね。念には念を入れるべきでしょう」

 

「体臭ってお前、そんなの何処で?」

 

「自覚がないのですか、エドワード? 貴方、大分臭いがきついですよ」

 

「……三日も飲まず食わずだったんだ。多少の臭いは勘弁してくれ。身嗜みに気を使うような余裕なんてなかったさ」

 

「まあ、そうでしょうね。……それと、クーデルカの方は抱き留める機会がありましたから。その時に、体臭をある程度覚えておきました」

 

 言外に香油を使って、老夫妻を前後不覚に陥れたのだと告げるニコル。その手際の良さに、エドワードは呆れる事しか出来ない。

 鼻で嗅いだだけで体臭を覚えると言う特技も異常なら、それに合わせて特定の相手にしか通じない香を作り上げると言う技術も異常に過ぎる。

 

 感嘆を通り越して、もう呆れるしかない調合技術。人間離れしたそれを実際に見せられて、エドワードにはもう言葉もない。

 だがしかし、別の意味で言葉がないのがクーデルカの方だ。男二人が平然とした顔で臭い臭いと連呼する中、顔を羞恥で染めた女は怒りを示した。

 

「ちょっと、体臭体臭言わないでよ!? まるであたしが臭いみたいじゃない!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るクーデルカには、多少ではあるが体臭が強いと言う自覚がある。何故ならば、彼女は帰る家を持たない旅人だからだ。

 この時代、宿の数は多くない。携帯用の制汗剤や使い捨ての濡れタオルなども流通していなければ、旅人が身を浄める事の出来るタイミングは非常に少ないのだ。

 

 数少ない宿の中でも、更に希少な風呂付の宿に泊まった時か。公衆浴場の類がある都会に出るか、水場を見付けて身体を洗うか程度。

 安定した収入源もないのだから、高価な香水を持ち歩ける程の財も成せない。となければ当然、体臭は隠し切れなくもなろう。

 

 だが自覚があってとしても、それを指摘されるのは中々に堪える物である。クーデルカも妙齢の女であったから、乙女心と言うのも多少はあるのだ。

 

「……人間も所詮は生き物ですから、臭くても当然なのでは?」

 

「そういう話じゃないの!」

 

 恥ずかしがるクーデルカが、ニコルの頭を軽く叩く。其処には先程までの、微妙な距離感は存在しない。

 擦れ違いを起こした先の一件よりも前の距離感――と比較しても尚、少しだけ近いだろうか。彼ら二人の相性は、決して悪い物ではないのだろう。

 

「いやぁ、女心が分からない奴だな。ニコルは」

 

 だからエドワードは楽しげに、少年と女の何処かズレたやり取りを笑って見守るのであった。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在35点

嗅覚は現実でも鍛える事が出来るらしいので、意図して幼少期より鍛えられた憑依ニコルの嗅覚は犬並の性能をしています。

当作捏造により体臭が酷い扱いされたエドワード。ですが、冷静に考察すると残当な形に。
・原作でも三日は飲食していない≒最低でも三日は同じ衣服で水浴びもしていない。
・狼男との戦いで恐らく滝のような汗を流し、その後の負傷で服には汗と血の臭いがべっとり。
これは臭い(確信)。ジェームズが初見で強盗と見間違えたのも、納得するしかない不衛生さです。

尚、当時の旅環境を思うと比較的濃厚な少女臭がするであろうクーデルカさん。美女ならまあ、需要はあるから……

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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