憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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本日二回目の投稿。「幸せ」じゃなくて「しあわせ」なのは意図的です。


第13話 しあわせ

 何故に怒られているのかも分からないまま、クーデルカに叩かれているニコル。

 彼は助け船を出さずに笑って見ているエドワードを軽く睨むと、女の手からするりと抜け出して告げた。

 

「何が気に入らないのか分かりませんが、一先ずは先に済ませるべき事を済ませましょう」

 

「私としてはこの機会に、もう少し教育してあげたいのだけど」

 

「今は御勘弁を。余り時間がありませんので。誘眠の香も、効果を発揮するのは十数分が精々です」

 

 何も分かっていない様子を隠さぬニコルの態度に、クーデルカが頭を抱えて語るも少年は素知らぬ顔。

 紫の香が、室内を満たしていられる時間は余り長くない。だから後回しだと語るニコルに、クーデルカは憮然としたまま頷いた。

 

「さて、残る時間は後僅か。ですが今ならば、彼らは何でも話して下さるでしょう。香によって前後不覚と化している現状、隠し事すら出来ません」

 

「催眠で聞き出すって、こんな良い人達にどうしてだよ?」

 

 ニコル達の事を笑って見ていたエドワードは、そう言えばと気になっていた事を問う。

 

 彼の瞳には、ハートマン夫妻は善良な人物に映っていたのだ。だからこそ、こうして騙し討ちのような真似をする意味が分からない。

 聞きたい事があるのなら、素直に聞けば良いではないか。きっと答えてくれるだろう。そんな風に考えていた男は、続くニコルの言葉に驚愕して目を剥いた。

 

「お二人の食事に、毒が入っていましたからね。正直、何故と……私の分には混ざっていなかった事を見るに、単純な悪意に依る物とも思えません」

 

 エドワードは料理に毒が入っていたなど、想像すらもしていなかった。当然だろう。一体どうして笑顔で対応してくれた善良な人が、初対面の相手を殺そうとしているなどと考えようか。

 

「気付いていたのね、ニコル。確かにあれ、毒草が入ってたわ」

 

「ええ、匂いには敏感なので。配膳の途中で気付きました」

 

「な!? どうして言ってくれないんだ!? 俺は食っちまったぞ!?」

 

 だが残念な事に、今この場においては常識人の方が圧倒的に少数派であった。

 苦笑するニコルも嘆息するクーデルカも、どちらも最初から気付いていたのだから。

 

「気付かない方が悪いのよ。後三十分もあれば死ぬかしら? 短い付き合いだったわね、エドワード」

 

「其処は治して差し上げましょうよ。まあ、私も解毒の魔法は使えますから、安心してください。……尤も、香の効果も長くはないので、治療は彼らを尋問した後です。頑張って、我慢してくださいね」

 

「ぜ、絶対だぞ! 後で忘れてたとか、止めてくれよな!? やばい、意識したら腹が痛くなって来た気がする……」

 

 己の生死が掛かった状況に、エドワードは縋るような大声を上げる。直後、お腹を押さえてその場に蹲る。気のせいだろうが、毒物を食べたと知れば誰もがこうなるであろう。

 けれど苦しむエドワードを見下ろす二人は、揃って死生観がシビアである。まだ暫くは死なないだろうし、腹痛は思い込みが原因の半分。ならば問題ないだろうと、苦しむ彼から視線を外す。

 

 実際、時間は余りない。クーデルカと臭いの事で言い争って、無駄にしてしまったから余計にだ。その影響を最大に受けたエドワードには、ニコルも少しだけ悪いと思っている。

 そうとも、頭を叩かれる人の姿を笑って見ていたのだから、精々苦しめなどとはほんの少ししか思っていない。ニコルはそれ程に、狭量な訳ではないのだ。

 

「では、御聞かせ願えますか。ハートマンご夫妻? 貴女方が食事に毒を仕込んだ、その理由を」

 

 そしてオクデン・ハートマンへと問い掛ける。意識を朦朧とさせた老人の瞳を覗く子どもの瞳は、暗き魔術の光に妖しく輝いていた。

 

「船が、沈む……待ってくれ……わしの船が」

 

 香に依る意識の混濁。魔術に依る思考の誘導。過去へと強引に意識を戻された老人は、まるで壊れたラジオのように脈絡のない言葉を呟き始める。

 

「エレイン様さえ、ご無事なら……こんな、ことには」

 

「エレイン?」

 

「慈悲深い方だった……。わしの言葉を信じて下さった……。わしの絵を誉めて……」

 

 船と言う言葉を語ったかと思えば、唐突に女性の名を語る。どうにも意味が分からないと少年が視線を動かせば、隣に居る女も肩を竦めるだけ。

 オクデン・ハートマンはそんな二人の反応すらも理解出来ないまま、狂ったように脈絡のない言葉を語り続ける。誰に聞かせるのではない呟きは、何時しか叫びに変わっていた。

 

「わしのせいではない! いきなりあの石炭船が! 夜の闇だ! なにができる! あっという間に沈んで……わしは……わしは……エレイン様……」

 

「話にならないわね。ねぇ、ニコル。香が利き過ぎてるんじゃない?」

 

「いえ、あの香には人を狂わせるような力はありません。催眠状態と言っても、精々隠し事が出来なくなる程度です。ですから」

 

「……コイツは元からイカレてた、って訳か」

 

 誘眠の香にも、暗示の魔術にも、心を壊すような効果はない。度が過ぎれば精神にも影響を与えようが、その点は当然配慮している。

 ならば最初から、オクデン・ハートマンと言う人物には理屈が通じなかったのだ。真面に見えてその実は、どうしようもない程に壊れていたと言う事だろう。

 

「順を追って、話して頂けますか? ペッシー・ハートマン」

 

 オクデンの言葉が理解出来ない物であるのなら、もう一人の証人に問い掛けるべきであろう。

 今も唾を飛ばして意味もない雑音を零し続けるオクデンに背を向けると、ニコルはペッシーに言葉を掛けた。

 

「夫は、大きな遊覧船の船長でした。でも大きな事故があって、大勢の人が死んだの。この人苦しんでね。酒場に入り浸って。馬鹿でしょう。いくら飲んだって忘れられやしないのに」

 

 彼女は語る。彼らの事情を。どうしようもない不運から全てを失って、とてつもない幸運から大切な者に巡り合えたその半生を。

 

「でもエレイン様に出会って、うちの人はやり直すことができた。あの方の優しさに、救われたの。だからエレイン様に仕える道を、私達は選んだ」

 

 修道院の主であるパトリック・ヘイワース。そしてその妻であった、エレイン・ヘイワース。彼らに夫妻は救われた。

 大型船の船長であったが、事故で沢山の人を死なせてしまった。その自責から酒浸りとなっていたオクデンは、彼らのお陰で立ち直れたのだ。

 

「けれど何故、良い人ほど早く逝ってしまうのかしら。パトリック様とうちの人が不在の時に、館に強盗が押し入って――あの方は……」

 

「エレイン様を奪った! 貴様らのような無法者が! 売女が! 恥知らずが! わしらから、エレイン様を!!」

 

 だがしかし、彼らはやはりどうしようもない程に不運であったのだ。大切な人を、また失ってしまったのだから。

 エレイン・ヘイワースは殺された。彼らの手が届かない所で、浅ましい強盗に殺された。そして、皆が狂ってしまった。

 

「だから、殺して来た、と。……そう、これは貴方達にとっては、復讐だったのね」

 

 これは唯、それだけの話であったのだ。クーデルカは理解する。そして僅かに共感した。彼らの悲しい、その叫びに。そうして女は、目を伏せる。黙祷を捧げるかのように。

 

 だが老夫婦の悲しい過去に、心を砕くのは彼女だけ。クーデルカ程に優しくはない少年は、聞くべき事を聞き終えたと既に無関心。

 ウィッシュと言う状態異常を治療する白魔法を使って、エドワードの身体を癒しながらに進める思考は非情な物だ。

 

(エレインと言う女性の死。それが引き金ですね。女性の死に狂ったオクデンと、恐らくは同じく心を病ませてしまったパトリック。彼らがこの地で、何をしたのか)

 

 異常な程のマリス濃度。壊された修道院の浄化機構。それがこの地で何かを為す為に、パトリックとオクデンが行った事なのだろう。

 今に分かるのはそれだけだ。オクデンが何をしたのかを知る事は、難しいと言わざるを得なかった。

 

(この様子では、ペッシー・ハートマンは知らないのでしょう。オクデンが真面なら、聞き出せたのでしょうが。心が壊れている以上、脳を解体しても真面な情報は抜けないでしょうね)

 

 心が既に壊れているから、催眠や暗示では抜ける情報に限りがある。無理に情報を引き出そうとしても、脳が焼き切れたり精神や魂が砕けてしまうだけの結果に終わるだろう。

 それで情報と引き換えならば、ニコルは迷わず行っていた。だが人を壊して何も得られないと分かっているなら、やるだけ無駄だと悟る程度の分別は有している。オクデンを壊す事は無意味だと、少年は理解しているから行わないのだ。

 

 狂気で記憶が壊れていないペッシー・ハートマンが事情を知っていれば話は別だったのだが、疲れ切った表情を浮かべる女の記憶を軽く覗いてもそれらしい情報は見当たらない。

 恐らくは蚊帳の外に居たのだろう。使えない女だと老女を内心で罵倒するニコルと言う少年には、他者の痛みを分かろうとする優しさなどは欠片もなかった。

 

「おいおい、じゃあ何か! この爺さん達、俺達を八つ当たりで殺す心算だったって訳か!? 冗談じゃない!!」

 

「私達だけ、ではないのでしょうね。一体どれ程に、彼らは罪を重ねて来たのか」

 

 だが、クーデルカの気持ちに共感出来ないのは非情な少年だけではない。実際に殺され掛けたエドワードは、これで中々に粗暴な男だ。

 苦しみながらも話を耳にしていた彼は、治療が終わると同時に立ち上がって憤慨する。散々な目にあった原因が狂人の八つ当たりとくれば、許そうと言う慈悲など湧かない。いや、許せる筈がなかったのだ。

 

「そう、私達は殺し続けた。たくさん、たくさん、殺したわ。けど、もう疲れてしまったの」

 

 微睡む老女は、その言葉に促されたように告白する。疲れ切ったその表情は、けれど何処か安らいでいた。

 こうして全てを語れた事で、漸くに肩の荷が下りたと言わんばかりに。壊れた夫と、壊れる事も出来なかった妻。その悲哀が、其処にはあった。

 

「小さな子どもを連れた、人だもの。きっと何か、理由があったのよ。けどそれを言ってもこの人は、もう止まれなかった」

 

 老女がニコルに毒入りの料理を出せなかったのは、それが理由だ。壊れる事が出来なかったから、子どもまでは殺せなかった。

 夕食の残りを温めたと偽って、クーデルカ達に飲ませたジャガイモのスープ。それとは異なって、本当に夕食の残りだったのがニコルに出したスープである。

 

「……それで、この人達は、どうする?」

 

「決まってる! 今の内に撃ち殺そう! 放っておけば、何時か俺達の方がやられちまう!」

 

 疲れたように微笑み、口を閉ざした老女。今も変わらず、狂ったような叫びを上げ続けている老人。

 ハートマン夫妻をどうするのかと言うクーデルカの問い掛けに、怒りを抑えられないエドワードは苛烈に返す。

 

 彼の理屈も、決して間違っている訳ではない。香の力が切れてしまえば、老人は再び侵入者達に狂気を向けるであろう。

 そしてその狂気を、老女は止められない。ならばそうなる前に殺してしまえと言うのも、決して間違った選択肢ではない。

 

「クソ、弾切れしてるんだった! 何処かに銃弾はないのか!?」

 

 手にした銃の弾丸は、狼男を撃つのに全て使ってしまっていた。引き金を引いた後で気付いたエドワードは、慌てて周囲を探し始める。

 ニコルが言っていた事を、彼も覚えているのだ。この香には時間制限があって、余り長くは持たないと。だからエドワードは急いで、人を殺す武器を探している。

 

(さて、どうした物ですかね。エドワードの懸念も尤もですが……これは例の物を試す、良い機会でもあるのですよね)

 

 エドワードの思考は短絡だが、さりとて止める道理もない。後顧の憂いを断つ為ならば、十分ありだとニコルは思う。

 けれどニコルには、別に打てる手段もある。そしてそれを使いたい理由もあったから、少しだけ悩んでから口を開いた。

 

「エドワード。少し待ってください。態々殺す必要もありませんよ」

 

 銃弾を探して管理人室を引っ繰り返していたエドワードに、ニコルは何時もの笑みで言葉を掛ける。

 疑問符を浮かべて振り返ったエドワードは既に銃弾を見付けて、リボルバーに弾込めしている最中だった。

 

「何だよ、ニコル。殺しはするなってか? だがな、こいつらは俺達を狙って来た。なら殺されたって文句は言えないだろう」

 

「嫌いな物は殺してしまう。それが人間のする事ですか、とね。まあ少し落ち着いてください。頭に血が上り過ぎです。命の価値を説く気もありませんが、殺すのは最後の手段とするべきですよ」

 

「……憎けりゃ殺す。それが人間ってもんじゃないか。って返しておいてあれだけどよ。まあ良いぜ。納得できる結果になれば、な」

 

 振出式の弾装に、六発の銃弾を込める。そうして何時でも撃てるようにした銃を老人に向けながら、エドワードはニコルの提案に条件付きだと笑って返した。

 彼は頭に血が上り易く手が早いだけで、殺しを好んでいる訳ではないのだ。やられる前にやるのだと、それ以上の理由はないから。ニコルが如何にか出来ると言うなら、任せる事に異論はなかった。

 

「クーデルカも、それで構いませんか?」

 

「……ええ、そうね。エドワードの言い分も分かるけど、殺してしまうのは哀れだと思うわ。彼らも、犠牲者達も、どちらもね」

 

 この場で唯一、老夫妻に感情移入している女は目を伏せて頷いた。きっと殺してしまうよりはマシだろうと、そんな甘い考えで。

 

「では、これを使います」

 

 二人の了承を得た後、ニコルは懐に手を入れる。魔術で空間に働き掛け、少しだけ許容量を広くした服の内袋。其処からニコルが取り出したのは、蔦が覆い茂った白き杭。

 薄っすらと緑に輝くその杭を見た瞬間、クーデルカは寒気に震えた。霊媒体質の女には、その恐ろしさが一目で理解出来たのだ。

 

「それは、木の杭? 何か凄い、嫌な感じがするわ」

 

「師より預かった、聖なるヤドリギと言う物です。悪魔退治の切り札で、これに呪われたが最期。記憶と心を失い、魂は完全に漂白されます。ある意味では、死よりも恐ろしい報いとなりましょう」

 

 両手で己の肩を抱いて震えるクーデルカの言葉に、ニコルはあっさりと答えを返す。彼の手にした物こそは、ラスプーチンが保有していた聖なるヤドリギ。

 その恐ろしい力には、如何なる者も抵抗出来ない。星の化身である古神と同化していた神殺しの男でさえも為す術なく、死か忘却の二択を強いられたと言う代物だ。

 

「おいおい、流石にそれは……」

 

「勿論、ヤドリギそのものを使う訳ではありません」

 

 ニコルにはヤドリギを、此処でそのまま使う心算はない。当然だろう。これは遥か格上だろうと、一方的に終わらせてしまう切り札だ。

 こんな所で一般人に使ってしまうのは、余りに惜しい。だからこれより為すのは一つの実験だった。

 

「これを媒介にした魔術で、彼らの記憶を消し去ります。エレイン氏と出逢う以前にまで、彼らの心を巻き戻しましょう」

 

 ラスプーチンの下で魔術や剣技を磨く傍ら、ニコルは一つの試みを行っていた。それは黒魔術や白魔法の解体。特定の儀式で奇跡を起こせる秘術を細かく分解し、必要な要素だけを取り出すと言う研究実験。

 

 白魔法が持つ浄化の力や、それに伴う熱や風の動きだけを抜き出す。黒魔術が持つ暗示の業から、他者の思考に空隙を作り出す要素だけを発現させる。

 そう言った研究の成果として、到達した技術の一つ。媒体となるヤドリギを消費せずに、その心を壊すと言う力だけを使おうと言うのだ。

 

「ヤドリギの呪いは解呪できない。媒体とは言えそれを利用した魔術なら、消した記憶はもう二度とは戻りません」

 

 記憶の完全消滅。ヤドリギの魔術が齎す痛みは、想像を絶する物となろう。否、想像すらも許さぬだろう。

 原因となる記憶を完全に壊されるのだ。如何なる奇跡が起ころうと、もう二度と思い出すと言う事はない。

 

 そして何よりニコルにとって都合が良い事は、この技術を使えば感知の魔術を誤認させられると言う事。一部だけが抜き出された術式にすらも、感知の魔術は掛かってしまうのだ。

 仮にラスプーチンが今もニコルを魔術で監視していたならば、彼は誤解してくれる筈である。ニコルがネメトン修道院で、聖なるヤドリギを消費してしまったのだと。

 

(実際には消費していないヤドリギを、切り札として隠しておける。上手く事が運べばラスプーチンの隙を突け、そうでなくともヤドリギを死蔵させられる。実に都合の良い状況だ)

 

 聖なるヤドリギは本来、ラスプーチンの所有物。あくまでも今は、ニコルが借り出していると言う状況だ。詰まり何時かは、返さねばならない物である。

 だがこうして使用してしまったと言う痕跡を残せば、使ってしまったので返せないと言い逃れをする事が出来るのだ。

 

 無論、そんな真似をすれば当然、ラスプーチンの機嫌を損ねる事になろう。見抜かれようが見抜かれまいが、どちらの場合もニコルのリスクは跳ね上がる。

 だが黙ってヤドリギを返却するよりかはマシで、使っていないのに返さないと駄々を捏ねて力尽くで来られるよりもリスクは少ないと断言出来る。

 

 何せ他でもないラスプーチン自身が、誰よりヤドリギの危険性を理解しているのだ。消費したと言う言葉が嘘だと見抜いても、安易に手出しはして来ないだろう。

 逆に見抜けない程度の相手であれば、それは致命の隙となる。その時は彼の胴体に、ヤドリギを突き刺す形で返却してやれば良い。

 

(どちらにせよ、私にとってはメリットの方が大きい。となれば、彼らには犠牲となって貰う事にしましょう)

 

 故にニコルは、此処で彼ら夫妻の記憶を奪う。愛していた人の事さえ忘れて、苦悩の中で生き続けると言う罰を彼らに与えるのだ。

 

「狂ってしまう程に想った方を忘れ、救われた筈の苦しみに再び悩まされ続ける。多くを奪った彼らの末路としては、まあ相応しいのではないでしょうか」

 

「そうだな。これから先も苦しみ続けると言うのなら、きっと妥当な裁きだろうよ」

 

 己の命か。愛する人の記憶か。この裁きは少しだけ、原作における主人公ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガの末路に似ている。

 ヤドリギの呪いを受けて、大切な記憶を失い続けてしまった男。彼は旅路の果てに、選び取る事を強いられる。忘却の果ての生か、誇りと共に迎える最期かを。

 

「……愛する人を忘れて、救われた筈の痛みに、か」

 

 どちらが果たして幸せなのか。それがシャドウハーツ2におけるテーマであって、だからこそ難しい問題なのだろう。

 だがこの今、狂った男と疲れ切った女には己の幸せを選ぶ権利すらもない。自由を剥奪され、大切な想いを奪われる。それが、弱いと言う事だから。

 

「では、始めます。全能なる主に導かれし、聖なるヤドリギの魂よ。彼らの心を導き給え」

 

 しかし狂った男と疲れ切った女は、こうでもしなければ真面に生きる事さえ出来やしない。それも一つの真実だと言えた。

 殺すか、記憶を奪われるか。他に選択肢などはない。少なくともエレインの記憶がある限り、彼らは凶行を繰り返すであろう。

 

 ならば忘れてしまえば良い。奇跡のような人と知り合えた幸運と、その人を最悪の形で失うと言う不幸。プラスマイナスゼロならば、そんなもの最初からなくても良かっただろうと。

 少なくとも、ニコルはそう思う。全てを失う訳でもないのだから、ウルムナフよりはマシだとも。だから輝く右手に、手心なんて入らない。

 

 ニコルは一切の躊躇いもなく、ヤドリギが放つ緑の光を老夫妻に浴びせる。

 光の弾丸を浴びた老人達は、そのまま眠りに就くように意識を失うのであった。

 

「これで良いでしょう。もう彼らは、放っておいても害がない」

 

 目を覚めた時にはもう、彼らは忘れている事だろう。エレインやパトリックに出逢った事も、彼らに救われたと言う事も、その後に犯し続けた殺戮すらも。

 何もかもを忘れて、嘗ての記憶が蘇ってくる。沢山の人を死なせてしまい、酒に逃げていた日々。苦悩に悩む夫と、それを支える妻と言う嘗ての日々に。

 

「同じ建物に居るって言うのが、少しばかり心配だけどな」

 

「かと言って、転移させる訳にもいきませんからね。この寒さでは、外に放り出すだけでも死にかねない」

 

「転移って、そんなことまで出来るのか。もう何でもありだな」

 

「何でも、ではありませんよ。転移にした所で、貴重な触媒や時間の掛かる儀式が必要です。それにそれだけの準備をしても、飛べる場所は極めて限定的ですからね」

 

 犯した罪に、相応しい罰。これからの日々を、苦しみながら生き続けるであろう老夫婦。その未来に、思う所は三者三様。

 エドワードはざまあみろと得意げであり、ニコルに至っては欠片の興味も抱いていない。だから悲しく想うのは、クーデルカ一人であった。

 

「ねぇ、ニコル。これで、良かったのかしら?」

 

「確かに私達は、一つの想いを奪いました。ですがクーデルカ。ならば貴女は、彼らは死んだ方が良かった、と?」

 

「……分からないわ。分からないの。私は愛を、知らないもの」

 

 クーデルカには分からない。狂ってしまう程に愛した人を、忘れないで死ぬ道か。愛した想いすら捨て去って、悩みながらも生きる道。

 どちらがより良いのかなんて、クーデルカには分からない。誰かを愛した事も、誰かに愛された事も、捨てられた子どもにはなかったから。

 

「愛する想いを抱えたまま死ぬ事と、愛する想いを忘れて生きる事。どちらが本当に、幸せなのか」

 

「幸せは、自分の中にしか存在しない。人によって違うのですよ、何を幸福と思うかとはね」

 

 原作の記憶を持つニコルは、そんな彼女に答えと示す。それはウルムナフと言う男が、その生涯で見出したであろう物。

 ゲームの分岐。プレイヤーの選択肢次第で、彼が選ぶ答えは変わる。自由と安寧。しかしそのどちらも、尊さと言う点では変わらない。

 

 苦難の果てに選び取った結末ならば、どちらであっても正しいのだ。ニコラス・コンラドは、そう思う。だからこそ――

 

「だからこそ、彼らに下された罰は重い。己自身で選ぶ事が許されない。それこそが、命を奪い続けた彼らに相応しい報いでしょう」

 

 選ばせない事。選択肢を奪い去った事。それこそが、ハートマン夫妻に与えられた最も重い罰なのだと。

 告げてニコルは、その背を向けた。これから老夫妻がどうなろうと、もう二度と関わる事はない。だから少年の心に、何も残りはしない。

 

 唯一人、目を閉じた女の心にだけは何かが残った。だからクーデルカは、その罪と罰の重さを思い静かに祈る。願うは己への赦しか、それとも彼らの幸福か。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在45点
(何度も襲ってくる筈だったハートマン夫妻を初遭遇時に無力化+10点)

KOUDELKAをプレイした事がある読者でも、きっと予想していなかったであろうハートマン夫妻の生存。けど生存しただけで、救済された訳ではありません。

実際原作での末路(夫を妻が射殺)と、どっちが幸せなんでしょうね?

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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