憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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ジオ嵌め


第14話 ハーブ園の悪意

 修道院の一階廊下。管理人室と同じ並びにある調理室。その内側は仄暗い松明の火に照らされて、何処か禍々しく驚しい。

 

 調理に使われるのであろう大振りの包丁や、家畜を〆たのであろう痕跡が残る作業台。何が入っているかも分からない保存庫に、吊るされている謎の肉塊。

 血の臭いに満ちた空気は心を犯す程に濃密なマリスと相まって、長く過ごせば人を狂気の中へと引き摺り込もう。

 

「こいつは良い、保存食だ。頂いて行こうぜ」

 

「呆れた。あれだけ食べたのに、まだ足りないの?」

 

「三日も飲まず食わずだったんだ。毒入りのスープなんかじゃ足りないね」

 

 そんな陰鬱な空気の中、エドワードは明るい声を上げる。調理場の保存庫から彼が取り出したのは、缶に入ったコンビーフとビスケット。

 早速とばかりに摘まんでいる男の姿に、クーデルカは呆れたように息を吐く。そのまま近くに居た少年の手を取ると、過保護な親のように言って聞かせた。

 

「全く、これじゃあ本当に盗人じゃないの。管理人夫婦の懐から、施設の鍵も盗んでいるし。ニコルは真似しちゃ駄目よ、こんな大人」

 

「ええ、気を付けますよ」

 

 管理人室でのやり取りを経て、ニコルとクーデルカの距離感は少しだけ縮まっていた。

 

 クーデルカは割り切ったのだ。僅かな差異に対する嫉妬はあれど、遠ざける事は難しい。気にしまいとしても気にしてしまう。

 ならば一先ずは、難しい事は考えないでおこう。言ってしまえば、そんな棚上げでしかない結論。

 だがそれでも率先してニコルに構おうとしているのは、彼女なりの歩み寄りであったのだろう。

 

 対するニコルの態度は変わらない。所詮はどうでも良い事だから、邪魔にさえならなければそれで良い。

 多少の手間や面倒は、対人関係の付き物だろうと。故に少年は、何時も通りの作り笑いで話を合わせるだけなのだ。

 

「おいおい、揃って人を悪い見本みたいに言わないでくれよ。修道院の鍵だって、探索するなら必須だろうに。っと、奥にも何かあるみたいだな」

 

 二人の言葉に肩を竦めるエドワード。悪口に怒鳴り返さず軽口を返せる程度には大人だが、平然の他人の物が盗める程には悪童なのが彼だ。

 倒れた管理人夫妻をベッドに寝せる際、ついでとばかりに修道院の鍵を拝借していたくらいには手癖も悪い。

 

 だから碌でもない大人だと言う自覚はあるが、さりとて責められるのは好みじゃない。故に話題逸らしも兼ねて、彼は親指で調理場の奥を指差す。

 行ってみようぜと語る彼に、異を唱える声はない。エドワードを筆頭に三人は、扉の向こうへ歩を進める。

 

 扉の向こう側にあった炉の立ち並ぶ部屋を更に過ぎれば、その先にはまるで別世界を思わせる光景が広がっていた。

 

「ほう。こりゃ凄い、ハーブ園か何かか」

 

 暗闇の中に薄っすらと、照らし出されたのはガラス張りの建物。床も壁面も天井も、びっしりと緑に覆われている。

 まめに手入れされていたのならば、さぞや美しい光景となっていたのだろう。枯れ果てた水場の汚れ具合を、エドワードは素直に残念だと思う。

 

「嫌な空気。マリスとやらが、強くなっているみたい。それに、人が倒れているわね」

 

「神父服のおっさん、か。宗教関係って事は、ニコルみたいに強いのかね?」

 

「それはないわよ。もしそうなら、意識を失っている理由がないわ」

 

 景色を見ながら進んでいた彼らが見付けたのは、扉の近くで倒れていたのは壮年の男性。

 一瞬見落としたのは、黒い衣装が見え辛かったからか。そんな男が纏う僧服に、エドワードは軽く揶揄するように零す。

 

 もう慣れた物となった男の軽口に、返す反応もまた慣れた物。エドワードの言葉を冷たく切って捨ててから、クーデルカは男の傍へと近付いた。

 そうして膝を屈めた、触れてみる事で確認する。息はある。そして軽い打撲以外に、大した傷はなさそうだった。

 

 片膝を付いたクーデルカの下へと、近付いていくエドワードとニコル。だが少年だけは、その場では止まらない。その手は既に、腰の刃に掛けられていた。

 

「どうやら、奥に潜んでいるようです。お二人は、前に出ないように」

 

 倒れた男が居るのならば、彼を倒した何かが其処に潜んでいるのだろう。推測だけではなく、既に気配すらもニコルは掴んでいる。

 微かに感じ取ったその大きさに、彼はクーデルカ達へと告げた。此処は己一人で行うと。

 

「……ニコル、私も」

 

「いえ、クーデルカはその方の治療を。外傷がないとは言え、打ちどころが悪ければもしもは十分あり得ます」

 

 協力を申し出たクーデルカに、ニコルは軽い拒絶を返す。己は一人で十分だからと告げて背を向ける少年の姿に、クーデルカは肩を落とす。

 そんな女を慰めるようとエドワードが肩に触れるが、けんもほろろに手を弾かれていた。

 

「エドワードには、二人の護衛を頼みます」

 

「分かった。任せときな」

 

 肩を竦めてから、ニコルの言葉に頷くエドワード。少年を一人で戦わせる事に、青年は異論を持たない。少年には実力があり、己は邪魔にしかならぬと割り切っているが故。

 

 そんなある意味では情けない男に、クーデルカは冷たい一瞥を向けてからヒーリングを行使する。

 素っ気ない態度で治療に専念する女性の姿に、エドワードはもう一度肩を竦めてから二人を庇える位置へと移動した。

 

 そして一人奥へと進むニコルは、右手で腰の刃を軽く引き抜く。ガラハットソードを片手に構えた直後、室内全てが大きく揺れ動いた。

 

「うぉっ!?」

 

 突然の衝撃に、倒れそうになるエドワード。如何にか姿勢を保つ彼は、視界の先にその怪物を捉えていた。

 

 多くの植物が枯れ果てた花壇の中央から、土を喰い破って飛び出した蔓が絡み合って一つの形を成している。

 微かな月の光に照らし出された巨大な異形は、花開く前の蕾にも似た姿をしていた。

 

「花壇から生えた、花の怪物。差し詰め、プランターのモンスターって所かね」

 

 大地を貫き現れた巨体は、ハーブ園を埋め尽くす程に巨大な妖花。花の蕾にも見える頭部に、生え並ぶのは巨大な牙。

 分厚い木の根にも見える無数の触手を伸ばす怪物が、口元より垂らすは涎のような蜜。まるで飢えた獣のようにも見える、植物と動物を掛け合わせたような怪異であった。

 

「……随分と余裕そうじゃない。男の矜持は、まだ家出中なのに」

 

「腹も膨れたからな。それに俺達には、優秀な聖騎士様が付いているんだ。精々、護って貰おうぜ」

 

 溢れ出す悪意と内包したマリスの量は、巨体に見合った相応の物。向き合うだけでも気圧されるであろう存在の出現に、しかし何処か気楽そうに言葉を放つエドワード。

 その余裕の根源は、前に佇む少年が微動だにしていないから。怯えを感じさせない彼が居るなら、大丈夫だろうと言う信頼が故の物である。

 

「呆れた。無駄飯食らいじゃないの、アンタ。……ヤバそうなら逃げる前に、せめてコイツだけは抱えて行きなさいよ」

 

「そりゃ勿論、所でお嬢様はその際には?」

 

「決まっているでしょ? 危険な目に合う聖騎士様を、手助けする為に前に出るのよ」

 

 そんな何処か情けない言葉を、太々しく語るエドワード。彼の胸中は何処までも気楽だ。

 きっと如何にかなるだろうし、如何にもならなければ己の見込みと運が悪かっただけの事だと割り切れる。

 

 対して彼に冷めた目を向けるクーデルカは、其処まで開き直れはしない。ニコルの実力は知っていても、心配してしまうのは別問題だ。

 故にいざとなれば前に出ると、周囲に聞えるように宣言する。そしてそんな言葉に苦笑したのは、近くに居たエドワードだけではなかった。

 

「……やれやれ、勇ましい物言いだ。そうも言われたら、私も無様は晒せませんね」

 

 誰よりも最前列に立ち、向けられる悪意と向き合うニコルは楽しげに微笑む。

 彼が浮かべた笑みは揺らがない。爽やかな微笑みと言う仮面を被った少年は内心で、眼前の敵など取るに足りぬと嗤っていた。

 

「精々、安心して見て頂けるように、終始圧倒してみせましょう。花弁を持つ怪物ならば、散り行くが定めと知りなさい」

 

 強大な妖花は彼の日の悪魔を思い起こさせるが、これはガアプ程に強大な存在ではない。そしてニコルは、彼の日よりも大きく成長している。

 ならば敗北などはない。否、勝負にすらもならないのだと。示す為にも少年は前に行く。ゆっくりとした足の運びで、しかし素早く敵対者の懐へと。

 

 当然、その道を阻むように触手が蠢く。鋭く尖った先端は、人の血肉など容易く貫こう。一つ突き刺されば最後、次から次へと襲う無数の凶器は止まらない。

 例えニコルが魔力で肉体を強化しようが、人である以上は限界と言う物がある。故に当たれば、彼であろうと危険である。ならば単純、一度も当たらなければ良い。

 

「愚鈍な。見えていますよ、その動き」

 

 風を切って迫る触手を、片手の剣で斬って捨てる。ニコルが動かすのは右手だけ。時折手首を捻って、剣の向きを持ち替えながらに迫る触手を弾いて進む。

 

 しかし斬り落とされた木の断面は、瞬く間に塞がり新たな触手へと。伸びる根と同時に今度は、怪物の口より腐臭に満ちた蜜を放たれる。その液体は僅かでも体内に入れば、即座に異常を引き起こすであろう猛毒だ。

 

「当たらないなら、打つ手を変える。単純明快ですが、確かに有効な策の一つでしょう」

 

 流石にニコルも、液体を切り払う事は叶わない。それでも勢い良く放たれただけの腐臭に満ちた蜜など、躱し切るのはとても容易い。

 体勢を崩さず後ろへ数歩。バックステップの要領で躱したニコルは、ついで迫る触手を再び斬り落とす。結果として残るのは、最初の位置からの仕切り直しだ。

 

 未だ戦いは前哨戦。無傷のニコルも、すぐさま傷が塞がる怪物も、どちらも見に徹するかの如くに全力を発揮してはいない。

 故にこれから戦いは苛烈な物に変わる。互いに手札を暴きながら、互いの隙を奪い合う。どちらが勝るか分からぬ激闘が始まるのだと――それは浅い考えだ。

 

「ですが、残念。貴方の底は、もう見えました」

 

 予兆。前兆。行動パターンから、動作が止まる瞬間までも推測する。これまでの表層を見ただけで、少年は既に底を見抜いていた。

 所詮は野生動物程度の知性しか持たない怪物だ。この短い攻防でも、見抜ける程度に浅いのだ。既に観察を終わり。ならば残るは、何処までも単調な詰将棋。

 

「では順当に、詰ませていくと致しましょう」

 

 先ず最初に左手で、懐から取り出した試験管を取り出す。コルクの蓋を親指で開けると傾け、ニコルは頭からその香を被った。

 ナイトオイルをベースにしたブレンドで、香炉を使わなくとも暫くの間は魔力を回復させ続ける。故に今、節約などと考える必要はない。

 

 溢れるばかりの魔力は、好き勝手に使い続けても尽きると言う事がない。そんな状態のニコルは此処に、一つの魔法を行使する。

 白魔法ブレス。光の力で敵を攻撃する魔法は、触手を伸ばす予備動作を取った瞬間のプランターを貫いていた。

 

「貴方のような知性のない怪物は、行動パターンが野生の動物レベルだ。まして花壇から生えている以上、行動範囲には限りがある。行動範囲の制限は、即ち手段の制限と同義です」

 

 攻撃を行おうとした瞬間に、衝撃を受けて身体を大きく揺らされる。そんな怪物の行動は、当然の如く中断される。

 そうして揺らいだその直後、次いで射貫く白い光が体勢を立て直す間すらも与えない。倒れる事すら許さぬとばかりに、次から次へと降り注ぐ輝かしい光が怪物を射抜き続ける。

 

「そして更に愚かな事に、貴方の身体は大き過ぎる。その鈍重な巨体では、あらゆる初動が遅いのですよ。予兆を見てから、こちらの攻撃が挟める程に」

 

 この世界は、ゲームとは違う。戦闘システムなどはなく、お行儀の良いターン制と言う訳でもない。

 そして怪物が口から放つ毒液も、伸縮する蔓による槍衾も、どちらも予兆が大き過ぎた。となれば、敵の機先を制し続ける事は決して難しい事ではない。

 

「手数が少なく、動きが鈍重な怪物。実に読み易い。私にとって貴方とは、単なる的に過ぎません」

 

 子どもが吹き飛ばされる程度の突風。それが動き出そうとした瞬間、顔に当たれば出鼻の一つは挫かれよう。其処に痛みが伴えば、行おうとした動作を続ける事すら出来なくなる物だ。

 

 ならば後はその繰り返し。執拗に、陰湿に、全ての行動を妨害し続ければ即ち得るのは勝利である。

 相手に一切の行動を許さなければ、何十何百と言う攻撃に耐える耐久力を有する怪物でさえも唯の的と変わらない。

 

 ゲームに例えるならば、麻痺やスタンで相手を嵌めるような物。原作ではそんな効果のない魔法でも、此処が現実ならば同じ事が再現できる。

 ありとあらゆる予兆を読み切り、常に先手を取って行動を潰し切る。それが可能であるならば、一手一手は僅かな衝撃を与えるだけで十分だった。

 

 故に、この幕引きも当然の事。数十を超えて百にも迫る程に光が輝いて、プランターは崩れ落ちる。大きく地面を揺らして、何も為せないままに巨体は倒れ地に伏した。

 

「では、さようなら。永遠の安息が、貴方に訪れますように」

 

 末端から溶けるように、光の中へと崩れていく巨大な妖花。無傷で怪物を制したニコルは、剣を納めて身を翻す。

 香に濡れた髪を片手で掻き分け、残る雫を払い落とす。端正な顔立ちをした少年は口元は、悪辣な愉悦に浸り歪んでいた。

 

 

 

 

 




Q.どっちが悪役ですか?
A.耐性を持たない方が悪いとか言い出しそうな外道。


エレイン強化カウンター 現在60点
(二体目のボスを嵌め殺しにすると言う暴挙を行った。+15点)

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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