憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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馬鹿野郎! そいつが外道だ!(銭形風)


第15話 邪なる信仰者

 見ただけで分かる程に巨大な怪物すらも、一方的に押し潰す。余りにも圧倒的な光景に、見守る者らが度肝を抜かれたのも当然の事。

 特に霊媒体質であるクーデルカには、怪物が内包している力の量が視えていたのだ。あれ程に強大な怪物が、何も出来ずに滅びたと言う衝撃は強い。

 

 敵を仕留めて戻って来る少年が一瞬だけ、人ではない何かのようにも思えてしまう程に。

 

「戦う所を見るのはこれで二度目だが、流石はニコルだ。全く相手を寄せ付けず、完全にワンサイドゲームだったな」

 

「……ええ、そうね。心配はいらないみたい。安心したわ」

 

 だが、女がそんな恐怖を感じたのも一瞬の事。すぐさま頭を振って思考を切り替えると、軽口を語るエドワードに同意する。

 

(何考えてるのよ、あたし。此処でニコルを怖がるようじゃ、アイツらと何も変わらないじゃない)

 

 同時に胸中を満たすは自責の念だ。大いなる力を持つとは言え、少年はまだ子どもである。だと言うのに力だけを見て恐れると言うのは、己を排斥した者らと一体何が違うのかと。

 

(恐れるのではなく、受け容れるのよ。あの子をあたしと同じ目に合わせちゃ駄目。他でもない、あたしだけはそれをしちゃ駄目)

 

 力持つ事で恐れられる立場にあった女だからこそ、力だけを見て判断する者らの醜さや悍ましさが分かる。力を持つからと言うだけで、排斥される辛さが分かった。

 だから同じにはならない。だから同じにはさせない。己の怖れを意志で捻じ伏せ、向き合い続ける覚悟を抱く。

 

(だって、怖がられるのは、とても辛い事だもの)

 

 そしてクーデルカは決めたのだ。己はこの少年の味方で居ようと。

 例えどれ程の事が起きようと、自分だけは味方で居続けようと決めたのだ。

 

「う、うぅ……」

 

「おっ、このおっさんが目覚めそうだぜ」

 

 倒れた男が目を覚ましたのは、そんな折の事である。僧服の男はゆっくりと頭を振りながら起き上がり、傍らに居たクーデルカとエドワードの姿に目を剥いた。

 

「なんだ、私は。ここは……そうだ! あの化け物に! 誰だね、君らは!?」

 

「おい、助けて貰っておいてその言い草はないだろ?」

 

「戦ったのはニコルだけどね。介抱したのはあたし。アンタは何もやってないじゃない」

 

「観戦してたさ! ワインかエールが欲しいところだったがな!」

 

 軽口を交わす男女の姿に、僧侶は目を白黒させる。意識の無かった彼には、前後の状況が掴めない。そして傍に居るのは見知らぬ男女だ。

 気楽さを隠さぬ彼らを見るに、怪物はもういないようである。だが危険がもうないかと言えば、男には断言する事が出来なかった。

 

 それも無理がない事だ。まだ交通機関が発達し切っていないこの時代、旅人と言うのは何日も同じ服を着たままで過ごす。身体を洗うと言う事も贅沢で、滅多出来る事ではない。

 詰まりエドワードはそれなり以上に不衛生な風体をしていて、更に狼男に襲われた事で服装は血塗れなのだ。その第一印象は、最悪と言っても良い部類に入るであろう。

 

(新手の追い剥ぎか、強盗か? 見るからに真っ当な輩ではないな。今はまだ何も盗られてはいないのだろうが、人助けを口実に何かしてくるかもしれん)

 

 そんなエドワードと共に居るのだから、男がクーデルカへと向ける視線も自然と厳しくなる。

 彼女はエドワードとは比べ物にならない程には清潔に気を遣っているが、それでも限界と言う物はある。

 水道の蛇口は何処にでもある訳ではないし、専門家でもない限り制汗剤や消臭剤の類を持ち歩ける訳もない。細目に水浴びをするだけでは、恵まれた暮らしをする者達のようにはあれないのだ。

 

(全く、厄介な事だ。いずれ不潔な盗人どもめ。……主よ、我を守り給え)

 

 前後が分からぬ状況に、傍にいるのは信用も出来そうにない旅人達。マリスが不信を掻き立て、怪物に襲われたと言う事実が更に男を追い詰める。

 心の中で十字を切って祈りを捧げる僧衣の男は、いざ覚悟を決めて口を開こうと――そんな時に近付いて来た少年の姿は、男の目には正しく神の救いに見えた。

 

「倒れられていたようですが、お身体に差支えはありませんか?」

 

「う、む。君は……その服は、宗派は何処かね?」

 

「若輩ながら、ロシア正教会にて修道騎士の席を頂いております」

 

「おお、これが天の助けか。ロシアと言うのが、少し難点ではあるがね」

 

 如何にも旅人然とした服装のクーデルカ達とは違って、ニコルが纏うは十字の教えに従う者だと一目で分かる物である。

 同じ主を信仰する同胞と知り、更に見た目が幼い子どもであると言う事も相まって、男はあからさまに警戒を解いた。

 さらに仄かに香るアロマが、長旅での不潔さを感じさせない。実に評価できる好人物だと鷹揚に頷き、男はゆっくりと立ち上がる。

 

「ふむ。追い剥ぎと行動を共にしている点は不審だが、何か理由もあるのだろう。主の教えを信じる者が居るのなら、私も君達を信用しよう」

 

「何だと! 誰が追い剥ぎだ!?」

 

「黙って、エドワード。……相手が信用するって言うのなら、こちらも喧嘩を売る必要はないわ」

 

 僧服の男が見せる、隠す気のない侮蔑の視線と言葉。それを受けてエドワードが拳を握るが、クーデルカが片手で抑える。

 如何にも堅物そうな壮年の男と、口論する事に利益はない。だからとクーデルカは、自身の苛立ちも抑えて問い掛けた。

 

「あたしはクーデルカ。この子がニコルで、彼はエドワード。どうしてこんなところで倒れていたのか、聞かせてくれる?」

 

「ジェームズ。ジェームズ・オブラハティーだ。ちょっとした探し物があってこの修道院に来たんだが、突然魔物が襲って来てな」

 

「……どこから入ってきたの?」

 

「正門に決まっている」

 

「本当に?」

 

「ああ。管理人夫婦が丁重にもてなしてくれたよ」

 

「毒入りのスープでかよ」

 

「何のことだね?」

 

「彼らはあたしたちを毒で殺そうとしたのよ」

 

「馬鹿馬鹿しい!」

 

 途中でエドワードが軽口を挟んだとは言え、如何にも聞く耳持たずと言う態度。思っていた以上に厄介そうな人物だと、クーデルカは頭を抱える。

 自分達では何を言っても無駄なのだろう。下手に会話を続けても、互いに腹を立てるだけである。そう結論付けると、クーデルカはニコルへと視線を向ける。視線を受けた少年は、一つ頷き前に出た。

 

「事実ですよ、ミスタ。彼ら老夫婦は過去に、強盗に大切な人を殺されていたのです。以来復讐として、不法侵入を試みる者らを、と」

 

「う、む。しかし君は、一体どうしてそれを?」

 

「彼らから直接、聞きました。もう疲れた、とのことで。今は彼らも、お休みになられてます。もう危険はないでしょう。主のお導きで、彼らの心も安らいでおられますので」

 

「……物は言いようって奴だな。確かにヤドリギも神様の力らしいし、現状安眠しているから嘘は吐いてないけどよ」

 

「しっ、黙りなさい。聞こえるでしょ」

 

 ジェームズと言う男は内心で侮蔑した相手の言葉は戯言と切り捨ててしまえる堅物だが、そうでない相手から受けた言葉には真摯に向き合える人物でもある。

 子どもの言う事だからと頭ごなしに否定しない程度には、良識のある男でもあったのだ。故にニコルからハートマン夫妻の事情を説明されて、或いはあり得るかもと結論付ける。

 

「……納得は、出来なくもない話だ。悲しい出来事があれば、彼らのように世話好きで信仰心に篤い善良な者も変わってしまうのだろう」

 

「ええ、余程ショックだったようです。彼らにとって、主人の妻であるエレインと言う女性はそれ程に大切な方だったのでしょう」

 

「…………待ってくれ。今、何と言った!? エレインと、君は言ったのか!?」

 

 だが冷静に思考出来たのも、ニコルがその名を口にするまでの事。エレインと言う女性の名を聞いた瞬間、弾かれたようにジェームズは顔を上げる。

 両手で小さな少年の腕を掴むと、揺さぶりながらに問い質す。その余りに必死な形相に、ニコルは困惑したまま頷き返した。

 

「え、ええ。強盗に襲われて、18年前に」

 

「そんな馬鹿な!? 彼女が亡くなっているだと!! ふざけるな! 冗談にしても、口にしてはならない事もあるのだぞ!!」

 

 老夫妻から聞き出した情報をそのまま告げれば、ジェームズは激昂して言葉を返す。唾が飛ぶ程の勢いで少年の言葉を否定する男に、エドワードは肩を竦めた。

 

「どうするよ、あれ。ニコルが言ってもあの調子じゃ、真面な会話にもなりそうにないぜ?」

 

「……私が少し、口を挟んでみるわ。丁度、聞きたい事も出来たから」

 

 もう手に負えないだろうと語るエドワードに、クーデルカは少し切り込んでみる事にした。

 ニコルを放っておけないと言う理由もあるが、それ以上に彼女には聞きたい事が出来ていた。クーデルカには、エレインの名に聞き覚えがあったから。

 

「忙しそうにしている所、悪いけど。少し聞いても良いかしら?」

 

「何だ、盗人風情が! 私は今、悪質な冗談を口にする不道徳者への説教に忙しいのだ! それとも何かね? 君達のような輩と共に居るから、彼のように敬虔な若者が道を踏み外したのだと懺悔でもする気か!?」

 

「……教育に悪いと言うのは否定しないけど、懺悔なんてする気はないわ。アンタ達みたいに、大工の息子を信仰している訳ではないもの」

 

「君は、何と言う事を。何と罰当たりな事を口にしたのか、分かっているのかね!?」

 

「知らないわ。興味もない。それよりも、エレインが死んでいるのは本当よ。だってあたしが此処に来たのは、彼女の声を聞いたからだもの」

 

 老夫妻から名が出た時に、多少引っ掛かってはいたのだ。だから頭の片隅に残っていて、時間を掛けて漸くにその答えに辿り着く。

 助けを求める声を聞いたから、この場にやって来たクーデルカ。彼女に望みを伝えた死者が、名乗った名こそエレイン・ヘイワースであった。

 

「エレインが、君を呼んだ?」

 

「あたしは霊媒。死んだ人の声が聞けるの。あたしの耳に届いたのよ。既に死んだエレインと名乗る女性から、助けを求める声がね」

 

「霊媒、だと。異端の業だ! 死者を愚弄する気か!?」

 

「……愚弄してるのはどっちよ。彼女は今も、助けを求めているのよ?」

 

 ジェームズは信仰する宗教観もあって、人は死後に五つの場所に向かうと考えている。エレインならば必ずや、祝福された地に向かおうと。

 故に死者とは、既にこの世にいない者。居ない者の声を聞くなどと語るのは、詐欺師の類か度し難い異端者かのどちらかだ。

 

 彼女の死を愚弄する詐欺師であっても、死者の安寧を阻む異端者であっても、どちらであっても許してはならない大罪を行う者だ。

 信じられない事実に動揺していた男は、義憤に駆られて立ち上がる。怒りの籠った視線を向けられたクーデルカは、鼻で嗤って罵倒した。

 

「信じないと叫ぶのも勝手だけど、それで苦しむのは故人じゃないの。アンタが苦しめてる一人なのよ、理解しなさい糞野郎」

 

「――っ!? 私が、エレインを、だと。……そんな、馬鹿な。そんな馬鹿な」

 

 クーデルカの罵倒に、ジェームズは目を見開いて硬直する。彼女の言葉を信じた訳ではないが、さりとて己が苦しめていると言われては立ち止まらずには居られない。

 それ程にジェームズと言う男にとって、エレインと言う女は特別な存在であるが故。端的に言えば、頭が少し冷えたのだ。

 

「ミスタとエレイン氏の関係は知りませんが、其処まで激昂されると言う事は、浅からぬ仲であったのでしょう」

 

 そうして頭が冷えたジェームズに、ニコルが畳み掛けるように言葉を紡ぐ。何の根拠もない物言いだが、言葉自体に意味はない。

 もしかしたらと、考えさせることが目的だ。上手くいけば勝手に誤解して、納得してくれるだろうと言う程度の科白廻し。だがそれが、予想以上に真を突く。

 

「ならば、そんな貴方だからこそ分かる事がある筈です。心当たりは、本当に何もないのですか?」

 

「……心、当たり。まさか――エミグレ文書っ!?」

 

 ジェームズは法王庁より任を受け、禁書を回収する為にこの地にやって来た。その役割が故に、彼は禁書の中身をある程度聞いて知っている。

 記述自体は当然見た事もないが、死者の復活手段が記載された書であるとは知っていたのだ。

 

「そうか、そういう事なのかパトリック!? お前が何故、あの禁書を求めたのか! エレインが死んだと言うのならば、納得が出来る!! だが――嗚呼、何と言う事だ!?」

 

 旧友が書を盗み出したと聞いて、何故と感じていた疑問に答えが出てしまう。もしも本当にエレインが死んでいるのだとすれば、パトリックの蛮行にも説明が付いた。

 信じたくはないが、認めざるを得ない。法王庁からエミグレ文書が盗み出されたと言う事実こそが、エレインの死を何より強く証明していた。

 

「パトリック! エレインを幸せにすると、私に誓ったではないか!? だと言うのに、お前と言う男は! だと言うのにっ!!」

 

 天を仰いで、慟哭する。最早ジェームズには、己を怒りで誤魔化す事すら出来はしなかった。

 余程大切だったのだろう。情けなくも涙を零す男を前にして、しかし感情移入する者はこの場にいない。

 

(エミグレ文書、ですか。これは中々に良い事を聞けました)

 

 ニコルに至っては、内心で悪辣な笑みを浮かべている程だ。予想外ではあったが、実に面白い情報を得られたと。

 微笑むニコルと、苛立っているエドワード。彼らに比べればまだ、無表情なクーデルカの方がジェームズの心境への理解はあった事だろう。

 

「ねぇ、泣いている暇があるなら、エレインについて、聞かせてくれない?」

 

 だが理解があるからと言って、気遣いもあるとは限らない。天を仰いで涙を流す男に対して、容赦なくクーデルカは問い詰める。彼女も相応以上に、怒りを抱いていたのである。

 

「な、何故だ。私に今更、一体何を語れと言う」

 

「エレインは助けを求めていたわ。あたしはその為に来たの。なら、先ずはエレインの事について知らなくちゃ。助けたくても、助けられないでしょ?」

 

「……エレインの、助け。私が、エレインの助けとなれるのか。だが――死者の言葉を、聞くなどと」

 

 今も聞こえて来る嘆き。気分を害する死人の声を止める為、クーデルカは知るべき事を知りたいのだ。

 その為に必要な情報を有しているであろうジェームズに、手を貸せと口にする。そんなクーデルカの言葉を聞いて、ジェームズは愛と信仰の狭間に揺れた。

 

「ミスタ・オフラハティー。彼女の能力は本物ですよ。少なくとも、ロシア正教でも並ぶ者がそうはいない程に強大な力を持っています」

 

「ニコル君。だが、事実だとしても、異端の業だぞ」

 

「だとしても彼女の力は本物です。そしてその人格も、信頼するに値する。ならば彼女の言う通り、エレインと言う女性が今も苦しんでいるのもまた事実なのですよ」

 

 だから悩むジェームズの背を、ニコルは微笑みながら言葉で押す。愛する人が苦しんでいるのだぞと囁く理由は、彼も興味が出て来ていたから。

 エレインを救うと言う行為にではなくて、彼女の魂をこの地に留めているであろう禁断の秘術書に関してではあるが。

 

「大切なのは、宗派の教えではなく主への信仰心。其処さえ揺るがなければ、主もきっとお許し下さいます。嘆く女性を、救う為の異端をね」

 

「……まるで悪魔の囁きだな。世が世なら、異端審問に掛けられても文句は言えない発言だと理解しているのかね」

 

 そんな内心を隠した言葉は、ジェームズが語るように悪魔の囁きそのものだ。

 異端だからと遠ざけて、救える筈の人を救わぬのかと。言われてしまえば、ジェームズは頷かずには居られない。

 

「だが、それで乗せられてしまう私も同じか。良いだろう。君の信仰心を疑う心算はない。あれ程の怪物を倒せる程なのだからな」

 

「おや、お気付きでしたか」

 

「気付かない筈がない。あんなにも淀んでいた空気が、今は主の澄んだ御力に満ち溢れている。異端の業では、こうはいかんよ」

 

 疲れ果てて脱力したように、座り込むジェームズ。彼があっさりと異端の業を受け入れたのは、周囲に神聖なる力が満ちていたからでもあるのだろう。

 奇しくもニコルがプランターを倒す際、ブレスを多用した事が功を奏したのだ。神聖な力で浄められたこの領域は、ジェームズに確かな神の奇跡を感じさせたのだから。

 

 これ程の奇跡を起こせる少年ならば、必ずや素晴らしい信仰心を持つ筈だ。そんな少年が認めていると言うのだから、きっと主もお許しになってくれるだろう。その想いこそが、ジェームズに最後の一歩を踏み越えさせた。

 

「君が信用するなら、私も信じよう。クーデルカ、と言ったね。済まない事を言った」

 

「……いえ、良いのよ。話してくれるのなら、別に」

 

 これまでの非礼を素直に詫びるジェームズ。クーデルカに謝罪する彼の姿は、常の彼を知る者ならば目を剥いたであろう光景だ。

 異端を認めて、謝罪する。其処までの譲歩をジェームズが行った理由は、ニコルとクーデルカを信じたからだけではない。

 ジェームズ・オフラハティーは助けたかったのだ。エレインと言う、嘗て愛した女性の事を。

 

「そうだな、何処から語ろうか。やはりエレインやパトリックと知り合った頃から、語るべきだろうな」

 

 地面に腰を下ろしたまま、ジェームズは顔を上げて回顧する。思い起こすのは、彼が最も幸福であったと感じた時代。

 

「私が彼らと出逢ったのは、イングランドの名門校で過ごした頃の事だ。学び舎で出会ったのだよ、エレインとパトリックにはな」

 

 愛蘭の商家に生まれたジェームズは、本人の努力もあって英蘭の有名な大学へと進学した。

 其処で出会ったのが、パトリック・ヘイワ―スと言う友とエレインと言う憧れの女性であった。

 

「パトリックの奴とは、共に科学を志す良き友であった。だが同時に、エレインをめぐって競い合う好敵手でもあったんだ」

 

 学び舎でジェームズとパトリックは、幾度も切磋琢磨した。時に学術の出来を競い合い、時には同じ女性の心を何方が先に射止めるかと競い合う。

 信頼に値する好敵手が居て、心の底から愛するに足る女性が居る。正にあの時代こそが、ジェームズ・オフラハティーにとっては幸福の絶頂と言えた。

 

「私はエレインを深く愛していた。だが世の中は愛だけで暮らしていけるものではない。家柄も財産も釣り合わない私には、エレインを幸せにする自信がなかった」

 

 しかしそんな時代も終わる。学生で居られるのは、学び舎に通っている間だけだから。卒業してしまえば、モラトリアムはお終いだ。

 パトリックとエレインは、共に裕福な名家の生まれだった。だがジェームズの家は、如何にか大学に通える程度の商家であった。

 

 釣り合わないと、彼は思った。己では、エレインを幸せには出来ないと。

 

「私はパトリックに道を譲り、心の傷を癒す為に司祭となって俗世を捨てた。それからもう、20年は連絡を取っていない。幸せに暮らして欲しいと、願っていたのに!」

 

 生来勤勉な性質であったジェームズは、信仰の道に一身を捧げた事もあって大成した。バチカンで重責を任される程の、司教と言う立ち位置に。

 それでも、エレインを想う情は捨てられなかった。だからこそ、会わずに居たのだ。会ってしまえば、どうなるのか。己ですら、己の事が分からなかったから。

 

 けれど捨て置けない情報を知った。故にその真実を暴く為、そして法王より受けた命を果たす為、ジェームズ・オフラハティーは此処に来たのだ。

 その結果、彼は彼にとっての絶望を突き付けられたと言う訳だ。今もまだ愛している憧れの女性が、既に亡くなっていたのだと言うその絶望を。

 

「パトリックは、法王庁より封じられた書を盗み出した! 名をエミグレ文書! 死者を蘇生させると言う、禁断の秘術が記された物だ!」

 

「盗む!? 法王庁からかよ!?」

 

「……厳重な法王庁と言っても、何処かに油断があるものなのだ。内部の事情に詳しい者か、金をばら撒く事の出来る者か」

 

 名高い法王庁から盗みを働く奴が居たのかと驚くエドワードに、ジェームズは不思議でもあるまいと道理で返す。

 組織と言うのは長く続けば、自ずと腐敗する物なのだ。時に油断も起きるであろうし、金で転ぶ不信心な者も紛れよう。

 

(世には厳重な警備を、真っ向から踏み潰せる例外も居ますがね。アルバート・サイモン枢機卿や、グレゴリオ・ラスプーチン大司教のように)

 

 そんな道理を語るジェームズの言葉に、ニコルは内心で苦笑を漏らす。彼の言葉は全く道理ではあるが、世には道理に合わぬ輩も居る。

 原作知識とラスプーチンの言葉から、下手人がアルバート・サイモンである事をニコルは知っている。彼にとって法王庁の警備など、無人の野原と変わるまい。

 

 それこそ鼻歌混じりに堂々と、大聖堂の正面から入り込み。三冊の本を片手に抱えたまま皆に挨拶回りをして、それから悠々と立ち去っても不思議ではない。

 想像した光景が妙に嵌っていて、ニコルは噴き出しそうになる。あの紳士気取りの怪人ならば本当に、ステッキ片手にごきげんようと、和やかに歩き回っていそうだと。

 

「密かに調査を進めたところ、この修道院を買い取った資産家が、大金を投じてエミグレ文書を盗み出させた事が分かったのだ。そう、私の古い友人がな」

 

 だからこそ、ニコルは続く情報に眉を顰める。パトリック・ヘイワ―スと言う男の名など、ニコルの知る原作知識には出て来ない。

 

 エミグレ文書の盗難は、原作においても重要な出来事だ。忘れる筈も間違える筈もなく、更にラスプーチンがアルバートの関与を明言している。

 バチカンの調査などより余程、ラスプーチンの能力の方が信用できる。となればジェームズが誤情報を掴まされたか、或いは裏で繋がりがあるのかだ。

 

(直接の下手人は、アルバート・サイモン枢機卿の筈ですが。パトリックと言う男。この館の主は、協力者かスポンサーですかね。……或いは唯、利用されただけなのかもしれませんが)

 

 どちらも真と受け取るのならば、そう考えるのが自然だ。パトリックが大金でアルバートを雇い、エミグレ文書を盗み出させた。

 そしてついでとばかりにアルバートは、残る二冊も同時に盗んだ。結果がバチカンから、三冊の魔導書が盗まれると言う現状になったのだろう。

 

 そう判断するニコルの推察は、しかし僅かに外れている。何故ならば彼は、「クーデルカ」と言う物語を知らないからだ。

 真実は更に複雑なのだ。実行犯はアルバートで、資金を出したのはパトリック。そんな彼らを結び合わせた、第三の人物が存在している。

 

 アルバート・サイモン枢機卿の兄弟子である人物が、パトリック・ヘイワ―スを誑かしてエミグレ文書の使用を決意させた。

 彼から助力を頼まれたその黒幕が、アルバートに法王庁からの強奪を依頼。利害の一致で、アルバートが動いたと言う訳である。

 

 だがそんな真実を少年が知る事になるのは、これより数年は先に訪れる未来の話。今はまだ関係のない事で、知った所で重要ではない事だ。

 

「パトリックは、死者の蘇生をしようとしたのね。……けど、少し繋がらないわね。蘇生を試みたと言うのなら、どうして今もエレインは助けを求めているのかしら?」

 

 クーデルカが頭を悩ませる理由は、エミグレ文書に纏わる悲劇を知らないからであろう。

 死者の蘇生は必ず失敗し、周囲に悲劇を巻き起こす。唯一の成功作であるガーランド姉弟も、他者を悲劇に巻き込むと言う点だけは変わらなかった。

 

 その事実をこの場で知るのはニコルだけだが、彼には語る心算がない。語った所で疑われるだけで利益なのはないのだからと、素知らぬ振りでニコルは微笑み提案した。

 

「情報が足りていないのでしょうね。もう少し、足で探してみるべきでしょう。となれば、先ず当たるべきなのは」

 

「鍵なら全部揃っているぜ。パトリックって奴の館から当たってみるか?」

 

「その前に、地図を手に入れるべきでしょうね。管理人室にあれば良いのですが」

 

「君達は……」

 

 そんな少年の内心を知らぬジェームズの瞳には、彼らの姿がある種の希望にも見えた。

 そして悲嘆に暮れる己の中で、しかし燃え上がるような激情が湧き上がるのも理解する。

 

 悍ましい怪物たちが跳梁跋扈する修道院。その只中で愛した女性が助けを求めているのだとすれば、一体どうして膝を抱えて涙に暮れている事が出来るのか。

 

「私も行こう。エレインが助けを求めていると言うのなら、私が行かずになんとする!」

 

 故に同行を申し出る。愛した人の声を聞けると語る女性、クーデルカ。恐ろしい怪物を浄化する事が出来る少年、ニコル。

 彼らと出逢えた事はきっと、大いなる主の思し召しなのだろう。ジェームズ・オフラハティーは、これこそが天命なのだと受け止めていた。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在65点
(ジェームズが最初から完全協力体勢で隠し事なし。+5点)

ニコルはRTAでもやっているのかと言うレベルの飛ばし方ですが、このくらいしないと30話掛けても話が終わらないから仕方ないですよね。

この密度の話が一晩って、嘘やろ原作……


~原作キャラ紹介 Part8~
○ジェームズ・オフラハティー(登場作品:KOUDELKA(ゲーム版))
 ゴシックホラーRPG「KOUDELKA」のパーティメンバー。名前だけなら「シャドウハーツ」にも出て来る。年齢は不明。
 バチカンの法王庁から任を受け、ネメトン修道院にやって来た司教。堅物で思い込みも激しいが、根は善良な壮年男性。

 原作では何時も、エドワードと言い合いをしていた。と言うか全体的に「KOUDELKA」は仲間キャラの仲が悪い。
 エンディングによって、生死が分かれる人物。だがどう見ても死んだ時の方が幸せそうな辺り、実に哀れな男である。

 戦闘メンバーとしての役割は、クーデルカに次いでの魔法タイプ。HPも低くはないので、盾役も出来なくはない。
 鍛え方次第では前衛にも回せるが、高いINTとMPが無駄になるのでお勧め出来ない。そんな感じのキャラクター。

 法王庁の任務については、シャドウハーツシリーズの後付けでモーリス・エリオットが同じ任を受けていたと言う設定になった。
 その際に任務の詳細や、漫画版との設定矛盾も発生していたりする。そもそもジェームズは司教だった筈なのに、神父と表記されていたりもする。

 と言うかジェームズが任務を受けたのは1898年で、モーリスが任務中に殉教したのが1913年。15年程の時間のずれがあるのですがそれは……。
 15年間追い掛け続けていたならモーリスが無能過ぎるし、二回盗まれたのだとすれば今度は法王庁が無能になると言う悲しい現実。

 多分、同じ任務でも受けた時期が違うんでしょうね。ジェームズの死後、何度か追手を出したが悉く失敗。最後当たりにエリオット神父に回って来たとかそんな感じならセーフ。
 後法王庁は一度に三冊盗まれたので、追手に出した連中の選出を間違えたくらいで、まだ致命傷レベルの無能じゃないからセーフ。

 当作では、そんな設定。基本「シャドウハーツ」設定の方が優先ですが、特に理由もない場合は「KOUDELKA」の設定も拾います。
 例えばジェームズはシャドハでは神父ですが、クーデルカでは司教。階級を下げる必要もないので、こちらはクーデルカ設定を優先しています。


今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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