憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

19 / 58
主に字が


第18話 祝いと呪いは何処か似ている

 渡り廊下を抜けた一行は、新たな棟を散策していた。代り映えのない景色の中、先頭を歩くのはエドワード。最後尾に居るのはジェームズだ。

 大人としての意識を新たにし、張り切っている男達。そんな彼らに囲まれた二人は、親や教師とそれに引率される子どものように、片手を繋いで歩いていた。

 

「あの……そろそろ離して頂けませんか?」

 

 手を引かれて歩くと言うのは、感情的にも合理的にも喜ばしい事ではない。敵襲が起これば対応し辛く、そうでなくとも気恥ずかしい。

 だからニコルは先から何度も離して欲しいと言っているのだが、その度に返るのは異論の余地も挟ませない単純な拒絶である。

 

「駄目よ」

 

 口元は笑っているのに、目が笑っていない。そんな笑顔で返すクーデルカは続けて語る。手を離せば何をするか分からない以上、離す心算はないのだと。

 既に前科がある以上、ニコルとしては何も言えない。説得の言葉も梨の礫であれば、もう諦めるしかないのだろう。

 諦めて嘆息した少年の姿に、クーデルカは笑みを深めてその手を引く。繋いだ手の温かさを感じながら、彼らは進むのであった。

 

「しかし、何と言うことだ。この建物は、死体と白骨で溢れ返っている」

 

 道行く途中でうんざりとした声を漏らしたのは、最後尾を進むジェームズだった。彼が言葉にした通り、此処には死骸の数が多過ぎる。

 まだ探索を始めて一時間と少し。だと言うのに100や200で済まない程の白骨死体が見付かっているのだから、吐き気を催すのも当然だ。

 

 気持ち悪さを隠さぬ司教の言葉に、同意を感じないのはニコルくらいだ。先頭を進んでいたエドワードは当然、クーデルカも次第と顔から笑みを消していく。

 揃って気分を陰鬱とさせながら歩き続けて、辿り着いたのは一つの部屋。エドワードが扉を開いた瞬間、吹き付ける風のように溢れ出したマリスに皆が揃って表情を歪めた。

 

「感じるわ。部屋中が霊気でいっぱい。頭が痛い」

 

「何か、嫌な雰囲気だな。これもマリスって奴なのかよ」

 

 吐き気を催す程に濃厚な悪意の念は、しかし最低な事に此処が元凶なのではない。

 地下から溢れ出したマリスが流れ込み、偶然その一部が此処に溜まってしまったと言うだけなのだろう。例えるならば氾濫した河の水で、河川敷に水溜まりが出来たような物なのだ。

 

「此処に来る前にも思いましたが、このマリス濃度は余りに異常です。恐らくは聖人ダニエルが鎮めたと言う、地に巣食う魔物の瘴気。それが漏れ出しているのだと思われますが」

 

「それにしたって、切っ掛けくらいはあった筈よ。鎮めた封印が解けてしまった、その切っ掛けがね」

 

「パトリックの行いが、その切っ掛けになったと言う事か。死者の蘇生が、この結果を呼んだと言うのならば、天地の理から外れる行為はやはり許されないのか……」

 

 エミグレ文書による死者の蘇生。その儀式の失敗だけで、これ程のマリスが溢れ出しているのはやはり異常だとニコルは思う。

 

 ニコルが知る限り原作において死者の蘇生が行われた場所は、ロンドンの孤児院とロジャーの実験室にガーランド邸の三ヶ所。

 その内対策が万全とされていたであろうロジャーの実験室は別としても、残る二ヶ所のマリス濃度はこれ程ではなかった筈だと。

 

 エミグレ文書だけで、この状況は作れない。ならば地下にあると言う封印された物が、何か関わって来るのだろう。

 そう推測するニコルに対し、クーデルカが補足する。根本の原因はそうだとしても、それだけではないのだろうと。

 

 彼女の瞳には映っていたのだ。多くの恨みを抱いた霊が。溢れるマリスの海に漂う、死者の群れが見えている。

 まだ知らない事が多くある。最も真に迫っているニコルですら、全てを掴めた訳ではない。だがこの地に漂う霊魂たちは、その真実を知っているかもしれない。

 

「これだけ霊気が強ければ、降霊が出来る筈。漂っている霊魂をあたしの中に呼び寄せて、話をさせてみれば何かが分かるかもしれないわ」

 

 だからクーデルカは提案する。降霊術を使用して、死者の言葉を聞く事を。この地で何が起きたのか、それを知る事が真実への一歩なのだと考えて。

 

「余りお勧め出来ませんね。降霊術の類は、術者への負担が大き過ぎます。ましてや、これ程のマリスの中に留まっている死霊となれば、怪物に変じる一歩手前の状況です。話が通じる保証もない」

 

 そんな女の提案に、即座に否と返すはニコル。術の危険性を語る彼の姿に、お前がそれを言うのかと言う皆の視線が一瞬集った。

 言外に責める視線を前に、気不味そうに目を逸らしたニコルは咳払いをして誤魔化す。そんなブーメラン発言とは言え、彼の語る言葉も確かに事実だ。

 降霊術は危険が大きく、それで居てメリットが薄い。確かな情報が集まるとも限らないのだから、時間の無駄に終わる可能性が高かった。

 

「悩ましいな。主に仕える者としては、ニコル君に賛同するべきなのだろう。死者の平穏を妨げるなど、実に罪深い事だ。更に言えば、無意味に終わる可能性も高いとなれば……」

 

「俺はやるべきだと思うね。今の俺達には、情報が足りないんだ。なら兎に角、出来る事から総当たりをしていくべきだろ?」

 

 降霊術の詳細を聞いて、悩ましいと首を傾げるのはジェームズだ。立場的には否定せねばならず、論理的にも無駄が多いとは分かっている。

 けれど心境的には賛同よりなのだろう。この場にジェームズが居る理由は、愛した女性の助けとなる為。故にエレインの為ならばと、心が求めてしまっている。

 

 対してエドワードは、気負う事なく即答する。悩む素振りすら見せない男にとって、人生とはギャンブルだ。多少のリスクは飲み込まなければ、何も得る事など出来ない。

 今は真面な情報すらもないのだ。ならば危険があるのだとしても、先ず知らねば進めない。だからリスクがあるのだとしても、思い付いた事からやってみるべきなのだと。

 

「賛成2の、中立1に反対1。決まりね」

 

「大した成果は、得られないと思うのですが」

 

「拗ねない拗ねない。心配してくれた事、嬉しくは思ってるから」

 

「……別に、心配して言った訳ではありません」

 

 全会一致と言う訳ではないが、過半数は獲得した。故に始めようと語るクーデルカ達に、ニコルだけは僅か不満顔だ。

 それを心配からだろうと受け取って、クーデルカは笑って少年の頭を撫で回す。グルグルと物理的に振り回されたニコルは、困ったように嘆息するのであった。

 

「じゃあ、始まるわよ」

 

 そうして、クーデルカは客間のベッドに腰掛ける。瞳を閉じて、深く呼吸を吐いていく。

 吐息と共に心までも空にして、全身で感じた者らを受け止める。揺蕩う死者を、内へと降ろした。

 

「見える。鎖と、闇と、死が……そして、嗚呼、無数の……まるで、地獄」

 

 閉じた瞳の裏側に、浮かぶは石で出来た牢獄。重い金属音を立てる鎖に、繋がれた沢山の人々。

 彼らは罪人だ。彼女らは罪人だ。真実はどうであれ、罪人であると定められた者達。それが、赤き海に沈んでいく。

 

「幽閉されて、拷問の挙句、何十人も、何百人も、何千人も……」

 

 老若男女すら問わず、多くの者らが幽閉された。ありもしない罪に真実を語れと拷問されて、何も知らないからこそ何一つとして語れない。

 怨嗟を叫びながら解体された老人が居た。泣き叫びながら犯される花嫁衣裳の女が居た。生きたまま燃やされる少女が居た。そして、そして、そして――

 

「殺せ!!」

 

 クーデルカの口から、彼女の物とは異なる重低音が響く。彼女の内に宿った老人が、彼女の身体を動かし叫んでいた。

 

「奴らはわしの指を切り落とした! わしの足を潰した! わしの頭を砕き、臓物を引き摺り出した!!」

 

 老いた男は、罪など何も犯していないのに捕まった。唯裕福であったから、彼の持つ資産を狙った誰かの手によって。

 囚われて、壊された。遊び半分の暴行を受け続け、振るわれる暴力は少しずつ過激に。果てには生きたまま、意識あるままに身体を解体された。

 

「奴らはあたしの全てを奪って、此処に閉じ込めたの! そして、身体を切り刻んだ! 切り刻んだのよ!!」

 

 声が変わる。金切り声で叫ぶ女の声に。彼女にもまた、罪などない。結婚式の最中に、彼女は此処に連れ込まれた。

 彼女の容姿が美しかったから。新郎は目の前で殺され、彼女は男達に回された。果てに生きたまま、身体を足から切り刻まれて絶命した。

 

「嗚呼、目が、耳が! 焼ける。助けて! 助けて!!」

 

 声が変わる。小さな子どもの声に。少女に罪など在る筈ない。些細な物ならば兎も角として、大きな罪など為せる年ではなかった。

 唯、彼女の家に貴重な芸術品が眠っていたから。奪う過程で、彼女の親が殺された。ついでとばかりに彼女も囚われ、特に理由もなく全身に火を付けられた。

 

 それら全てが、この場所で起きた事。数百年前、暗黒時代からずっと。このネメトン修道院は、罪なき罪人達の処刑場だったのだ。

 

「なんて、酷い。ここは牢獄だったんだわ。何百年もの間、密かに。権力に歯向かう者や、内通した者を……閉じ込めて、殺した」

 

 悍ましい悪行。それを為したから、闇の封印が解かれ掛けていたのか。それとも闇が封じられていたから、この地に地獄が出来たのか。

 卵か鶏かの問い掛けの如く、其処には答えがないし答えを出す意味もない。唯此処にそういう地獄が在ったと言う、それだけが事実なのである。

 

「クーデルカ」

 

「駄目だ、近寄るな! 貴様! 呪われろ!!」

 

 荒い息を整えるクーデルカだが、その身は今も亡霊達に奪われている。疲弊し切った彼女に近付いた瞬間、老人の声が生者への恨みを叫ぶのだから。

 

「貴様こそ、黙ってその身体から立ち去れ」

 

 けれど所詮は力なき悪霊。憎悪を叫んだ相手が悪い。ニコルが声と瞳に魔力を込めて一喝すれば、睨まれた霊は力尽くで追い払われる。

 

 無理矢理に依り代から追い出され、消滅する寸前まで光の力を叩き込まれた悪霊たち。彼らは嘆くように怯えるように、逃げ惑って散っていく。

 その姿に胸がすくような思いがして、ニコルは意味も分からず首を傾げる。被害者である悪霊たちを痛め付ける事に、歓喜を抱く理由なんてなかったから。

 

 悪霊を追い出せずに苦しむクーデルカの姿に、思う所があったからではないのだとは思う。だが全く無縁であったかと問われれば、まだ答えを返せそうにはなかった。

 

「……ありがとう。また助けられたわね」

 

「いえ、お気になさらず。少しゆっくりと、お休みください。環境は今、整えますので」

 

 今にも倒れそうな程に、青白い顔で感謝を告げるクーデルカ。その顔を何だか今は余り見ていたくなかったから、ニコルは懐から試験管を一つ取り出す。

 空間を魔術で歪めて、見た目以上に物が入るように変えている修道服の内袋。これはその中で保管していた物の一つ。ニコルでも瓶一つ分しか作れなかった貴重な品だ。

 

「青い、液体? ニコル、そいつは」

 

「メディ系の生命力を活性化させる薬草を煮詰めた物に、生き物の血を一滴混ぜて生み出した液体。それをある特殊な力場に、数週間放置する事で出来る秘薬です」

 

「特殊な、力場かね。随分と神聖な力を感じるが」

 

「ウィルと呼ばれる、マリスとは対を為す力。希望や祈り、願いや歓喜、夢や愛と言った正の感情が集まった物です。今回は、ポクロフスキー大聖堂の至聖所をお借りして作りました」

 

 興味深そうに見て来るエドワードとジェームズに言葉を返しながら、ニコルはコルクの蓋を取る。

 聖なる力を凝縮させた液体は、唯それだけでも周囲のマリスを浄化していく。けれどマリスも、負けずと強まっていく。

 

 ウィルはマリスの対であり、マリスはウィルの対である。詰まりマリスはウィルで浄化できるが、逆もまた然りと言う訳だ。

 少量のウィルでは、マリスを活発化させてしまうだけ。だから一滴二滴では、逆に怪物達を引き寄せる。先にニコルが、誘引剤として利用したように。

 

「これを大量に用いると、対を為す力であるマリスを浄化する事が出来ます。逆に少量だと、マリスを活性化させてしまうので真逆の効果を発揮してしまうのですが」

 

 だからニコルは躊躇わず、瓶を逆さに引っ繰り返した。扉を閉めて外部と区切っている以上、この部屋だけならば浄化し切れると。

 金額にすればこの瓶一本でも、城が一つ二つは容易く建つであろう程の物。それを惜しげもなく使い切った後、ニコルは香炉を取り出し設置した。

 

「後は心を落ち着かせる香を炊けば、暫く身を休めるには相応しい環境となるでしょう」

 

 香炉に注いだサンライズオイルも、これで品切れ。全く一晩で余りに手痛い出費だ。何故ここまでしてしまうのかと困惑しながら、それでもニコルは蝋燭に火を付けた。

 

 マリスを浄化された室内を、癒しの香が満たしていく。安らぎに満ちた清涼な風に、エドワードとジェームズも楽になったと笑みを零した。

 

「随分と空気が変わったな。まるで、高原に居るみたいに清々しい」

 

「ああ、神聖で良い空気だ。ニコル君。他の場所も、同じように浄められないのかね?」

 

「……残念ながら、ウィルは抽出するのが極めて難しいので。私も今ので、全て使い切りました」

 

「都合の良い話はない、って訳か。まあ、分かり切っていた事さ」

 

 男達と会話を交わしながら、クーデルカの容体を確認する。青白い表情は、少しずつだが色を取り戻している。

 このまま少し休むと良いとニコルに言われて、素直に頷いたクーデルカ。彼女はベッドに横になると、その瞳をゆっくり閉じた。

 

「それで、クーデルカが動けるようになるまでどうするかね? 私達も、少し仮眠を取るべきかな?」

 

「いえ、今の内に話を整理しておきましょう。ミスタには、まだ伝わっていない事もありますから」

 

「俺としては取り敢えず、最初にお前さんの目的が知りたいがね、ニコル」

 

 自分達も休むかと、語るジェームズにニコルが否と首を振る。情報を共有しておきたいと言う彼に、エドワードは此処だと小さく笑って口を挟む。

 話の流れ的に、今なら少年の過去に踏み込める。予め話を通されていたジェームズは、成程と一つ頷き話を合わせた。

 

「確かに、そうだな。私は書の回収とエレインの為に。クーデルカはエレインの声を聴いて助ける為に。となれば目的が不明なのは、残る君達二人だけだ」

 

「いざと言う時、目的の不一致は不味いだろ? ならそうなる前に、襟を開いて協力し合えるようにしようぜ?」

 

「……ええ、まあ確かに。ですが、それなら、どちらから話しますか?」

 

「言い出しっぺだからな、俺から行くさ」

 

 予定通りにニコルが乗った。ナイスな展開だと内心で喝采しながら、エドワードが話の舵を取る。

 先ず己からと口にするのは、自分の事情が一番単純だと知るから。そして先に語った方が、話の流れを制御し易いからである。

 

「って言っても、俺の目的はニコルやクーデルカにも言った通り。金になる噂を聞き付けたから、貧乏人としてご相伴に与りたいってね」

 

「何と罰当たりな! それでは盗人と何も…………いや、すまない。こういうのが、不味いのだな。此処では」

 

「いや、まあ良いさ。俺自身、褒められた事じゃないって自覚はあるし。神父さまなら、説教が癖になってるんだろ」

 

 何時も通りのやり取りは、半分は演技で半分は本気だ。何処までいっても、エドワードとジェームズの相性は水と油なのである。

 混ざり合わないし、分かり合えない。だがしかし、仲間として同じ方向を向く事ならば出来なくもない。そんな関係にしか成れぬのだ。

 

 友には成れぬが、仲間には成れる。そんな男に向かって笑うと、エドワードはジェームズへとバトンを渡した。

 

「で、そんな説教臭い神父のアンタは。前にも言ったけな。エミグレ文書とやらを回収しに来たんだろ」

 

「司教だ。間違えないでくれ。……パトリックとエレインに会いに来た、と言うのも理由の一つではあるがね」

 

 既に皆が周知であるが、と前置きをしてから続けるジェームズ。彼の目的は公人としての物だけでなく、私人としての物もある。そしてどちらかと言えば、後者の方が今は強い。

 

「エミグレ文書を回収するのは重要だ。だがそれ以上に、私はパトリックの奴を問い質したい。そしてエレインを救いたいのだよ」

 

 ジェームズが最重要と捉えているのは、古い馴染みとの因縁を清算する事。好敵手であった友の愚行にけりを付け、今も嘆いていると言う愛しい人を救う事。

 そう語り終えたジェームズは、エドワードへと視線を向ける。男の視線に一つ頷き、エドワードはニコルへと言葉を投げた。

 

「クーデルカは、助けを求められたから来たと言う話だ。んで、残るニコルはどういう理由で此処に来たんだ?」

 

(……さて、どう答えましょうか。私の目的は、ジェームズと被ってしまうのですよね)

 

 問われてニコルは、僅かに考え込む。全てを話すと言うのは論外だが、全く話さないと言うのも問題だろう。

 ならば何処まで語るのかと。思考する少年の目的は、大きく分けて二つである。ジェームズと同じく、それは私情と任務に分かれる。

 

 どちらを語るべきかと言えば、考えるまでもなく任務の方は話せない。奪われた書を探すジェームズの前で、こちらに寄越せと言う訳にもいかないだろう。

 盗まれたとは言え三冊の秘術書は、今もバチカン――カトリック教会の所有物。表面上とは言え正教会に属するニコルが奪おうとすれば、最悪は宗教的な対立にも発展しかねない。

 

(最悪、エミグレ文書は渡してしまっても構わない。三冊の内のどれでも良いのだから、エミグレに拘る理由もない。と、なれば――)

 

 エミグレ文書の事を語れば、確実に揉め事の火種になる。そして他にも三冊あるのだから、此処で得られなくても他のどちらかを狙えば良い。

 ならばエミグレ文書について語るは下策。ジェームズが法王庁の所属である以上、残る二冊の盗難についても知るであろうからそちらも言えない。となれば問題なく語れる理由は、残る一つだけである。

 

「私の望みは、自己の研鑽です。この地に居ると言われる、ある人物を探しております」

 

 己の私情。強くなりたいと言う望み。その為に様々な技術や知識が欲しいから、この地に教えを乞いに来た。

 真実の半分を語っていないだけで、一切嘘は吐いていない。そんなニコルの言葉に、エドワードは首を傾げて問い掛ける。

 

「ある人物? そいつは一体」

 

 こんな僻地にある古びた修道院に態々、ニコルが教えを受けたいと語る程の人物が居るのだろうかと。

 確かに居るのだ。世界を洋の東西で色分けしたならば、西洋圏で最高位と断言出来る程に優れた大魔術師が。

 

「ロジャー・ベーコン。数百年と生きた伝説の大魔術師。彼の教えを受け、その叡智の一端を得たいのですよ」

 

 その名をロジャー・ベーコン。単純な戦闘力では弟子であるアルバートや、彼を倒したラスプーチンに劣るであろう。

 だが700年を超えて生き続ける怪物染みた老人は、知識の量と言う一点において他の追随を許さない。魔術師としては、最高位の格を有している。

 

 仮に術師としての格で並ぶ者が居るのだとすれば、東洋の最強格たる九天仙術筆頭真王・西法師だけしかいないであろう。

 それ程に優れた大魔術師が、この英吉利はウェールズに隠遁しているのだ。力を欲するニコルとしては、是が非でも逃せない相手である。

 

「ロジャー・ベーコン? まさかそれは、13世紀に生きた伝説の魔術博士かね? 1210年生まれの老人が、1898年の現代にまで生き延びていると? 一体何の冗談だ!?」

 

「……そうですね。噂話に、過ぎないのかもしれません。此処に居ると言う保証もない。ですが――私は今よりも、強くなりたいのです。その為ならば、真偽の分からぬ噂だろうと調べもしますよ」

 

 ロジャーの名と伝説を知るが故に、信じられないと語るジェームズ。彼に返すニコルの言葉は、嘘偽りのない真実だ。

 原作知識故にこの周囲に居るであろうと知ってはいるが、そんな確信などなくとも探しただろう。

 真偽の分からぬ噂であっても探し求めたであろう程に、ニコルは力や叡智に対する執着が強いのだ。

 

「……もう十分強いだろうに。それ以上を望むのかよ」

 

「足りませんよ。ええ、全く以って足りていません。この程度では、我が母の未練を果たせない」

 

 もう十分だろうと言う呆れすら混じった言葉に、首を振って否定を返す。そして自然と紡いだ言葉に、ニコル自身思い出す。最初に力を求めた理由を。

 

 母の未練を果たし、彼女の願いを叶える為。自分自身が、本当の意味で歩き出す為――――ニコラス・コンラドは、グレゴリオ・ラスプーチンを倒さねばならない。

 

 その為にも、今よりも力が必要だ。目的を確かに再認識したからこそ、力を求める意志は強くなる。

 狂ってしまいかねない程に、或いはもう狂い果てている程に。足りない足りない何もかもが足りていない。

 

「母が願い。私が求めた。高みは未だ、遠いのです。ならばどうして、こんな所で立ち止まれようか」

 

 微笑むニコルが瞳に宿した色を見て、エドワードとジェームズはこれがニコルの歪みかと理解する。

 強くなりたいと言う想い。そして、母の未練と言う言葉。それこそが、ニコルを縛り付けている無形の鎖であったのだと。

 

 知ったからと言って、直ぐに如何こう出来る訳ではない。だが知らねば何も出来ぬのだから、これは一歩前進だ。

 そう男達が思うのは、彼女が聞いている事に気付いていたから。ニコルの位置からでは見えないが、目を開いていた女もその言葉を確かに聞いたのである。

 

「母の未練、か……」

 

 小さく舌の上で呟いた言葉は、誰にも届かず溶けていく。瞳を閉じて少しした後、クーデルカは上体を起こした。

 

「クーデルカ? もう良いのですか。折角ですから、もう少し休んだ方が」

 

「いえ、もう大丈夫よ。これ以上ゆっくりしているような、時間も余りないでしょうし」

 

 ベッドの上に腰掛けて、ダークブラウンの髪を手櫛で梳いているクーデルカ。彼女に向かってさり気なく、ニコルはその手を差し出した。

 自然な形で手を差し伸べた少年は、果たして気付いているのであろうか。その手を握り返して、立ち上がるクーデルカは静かに想う。

 

(ニコル。お母さんは、貴方を愛してくれたのよね?)

 

 思い出すのは、以前に交わした彼とのやり取り。愛されていたから、哀れまれる理由はないと。愛された事のない女は素直に、その言葉を信じていた。信じていたのだ、つい先程までは。

 

(ならどうして、そんな辛そうな瞳でお母さんの事を語るの?)

 

 信じられなくなったのは、母の未練の語る少年の瞳が辛そうに見えたから。故人を悼む、悲しさには到底見えない色をしていたから。

 母の愛と言う想いに、縛られているのだとしたら。それは愛ではなくて、呪いと言うのではないか。そう思ってしまうのは、愛と言う物を知らないからか。

 

 クーデルカには、分からない。彼女にはニコルの想いが、分かりそうで分からない。それがどうにも、歯痒くあった。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在65点

主人公の癖に過去回想とかがなかったニコルの過去が少し判明。
彼の幼少期は公式でも余り明かされていないので、大部分が当作の捏造となっています。

公式設定資料集などから確定している情報は以下の二点。
・父親はロシア皇帝。母親は宮中に出入りしていた貴族の娘。
・母の死後、身寄りがなくなりラスプーチンに引き取られる。

年齢的に考えると父親が皇太子だった頃に生まれているので、どう考えてもロシア的には厄ネタでしかないニコル。
アレクセイが生まれるまで、コイツしか皇帝一家に男子が居なかったと言うのも厄い。
更に宮中に出入り出来る程の有力貴族の孫にあたるのに、身寄りがないと言うのも中々にドロドロしていて想像の余地が広がります。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。