クーデルカ編のラストまで、殆ど全話が一万字近くになりそうです。
落下して壊れたシャンデリアが転がる、修道院地下の広間。階段を上ったその先で、一人の男が倒れている。
壁に背を預けて座り込んだ男を取り囲むように、クーデルカ達が立っている。三人が浮かべた表情は、とても穏やかとは言えない物だった。
「再度確認しますが、途中にあった無数の死体。彼らを殺したのは、本当に貴方ではないのですね」
「……ああ、そうだ。……あいつらだ。……管理人夫婦の、仕業だ」
片膝を付いて男の瞳を覗き込むニコルだけは、爽やかな微笑を浮かべている。
そんな少年の言葉に促され、朦朧とした意識のままエイリアスと言う名の男は語る。
これまでに見た死体。無数の屍。それを生み出した元凶を、紫煙に誘われるがままに。
「信じられんな。この光景も、彼の語る内容も、信じたくはない事ばかりだ」
「なら信じない、とでも言う気かよ。おっさんよ。言っておくけどな、悪党ってのは案外信心深いんだぜ」
「……いや、信じよう。いいや、元より君達の言葉は信じていたとも。唯、善良に見えた夫妻の行いが、想像を超えて遥かに悍ましかった。その事実を、信じたくはなかったのだよ」
斧で後ろから殴り付け、無法者を惨殺する。食事に毒を混ぜて、息が止まるまで苦しめ続ける。悪魔のような行いだったと、夢見心地で語るエイリアス。
実際に見て来たのだと。己も彼らから逃げているのだと。そう語るエイリアスの言葉は、クーデルカ達の主張と一致している。故にジェームズも、信じずにはいられなかった。
余りに多くの者達が、ハートマン夫妻の手に掛かってきたのだろうと。これまでの探索で見付けた死者は、尋常な数ではなかった。
その内のどれだけが過去の惨劇で死んだ者達で、残るどれ程が夫妻に殺された者達なのか。分からないが、数はとても多いのだろう。
まだ白骨化していない遺体も、此処に来るまでに山程に見て来たのだから。数百年前の死体が、そんな形で遺っていよう筈もない。
「しかし、どうするよ。……こいつは、俺達を殺そうとしたぜ」
どうすると問い掛けながら、銃を構えるエドワード。彼の中では既に、結論が出ているのだろう。エドワードの言う通り、彼らはエイリアスに殺され掛けたのだから。
牢獄の崩れた壁を通り抜けた先にあったのは、金銀財宝が輝く宝物庫であった。そしてその更に先にあったのが、この広間なのである。
美しくはあれど、恨み辛みに塗れた財宝。それに対して、各々が好き勝手に話しながら歩いていた時だ。突如発砲音が響いて、シャンデリアが落ちて来た。
咄嗟に交わした彼らの下へ、頭上から降り注ぐ鉄の弾丸。ライフル銃で狙撃してくる男を見付けたその瞬間、ニコルが大地を蹴って駆け出した。
落ちたシャンデリアを踏み台に、真っ直ぐ跳躍して壁の中程の高さまで。引き抜いていた剣を壁に突き刺すと、それを支えに片手で己の身体を持ち上げる。
そのまま腕の力で更にと跳び上がって、狙撃者が居た二階へと。信じられない動きに驚愕したエイリアスが硬直している間に、殴り飛ばして気絶させたと言う訳だ。
後は簡単。気絶したエイリアスの下に皆が集まり、そのまま彼を拘束した。そしてニコルは剣を回収すると、管理人夫婦にも用いた誘眠の香を炊き、催眠暗示を掛けた。
そうして聞くべき事を全て聞き終えた後、エドワードはこうして銃を構えている。存外に短絡的で苛烈な男の内心は、危険は排除せねばならないと言う硬い決意に満たされていた。
「待て、エドワード。殺人は罪深い事だぞ」
嫌悪感で距離を取っていたのならば、ジェームズは気付かなかっただろう。だが互いに配慮しながらも、積極的に協力しようと行動して来た。
その結果として、ジェームズはエドワードの事をある程度理解していたのだ。故に銃を構えた彼が、本気であるのだとも理解する。分かったからこそ、司教はその道を阻んだ。
「アンタの言う不潔で野蛮な異教徒は、生かした所で俺達を狙うぜ。それならさっさと、処理してしまった方が良い」
「私は、だ。エドワード! 君の為にも言っている! そんな輩の為に、君が手を汚す必要があるのかね!」
「だったら尚更だ。そう言ってくれるおっさんには悪いが、俺達を狙う奴は放っておけない。君のためを思って、残酷にならないといけないのさ」
「何人にも悪を為すことなかれ、だ。どうしてそれが分からない!」
ジェームズはエドワードの事を、馬が合わない奴だと思いながらも仲間であると認めている。それは逆もまた然り。
エドワードはジェームズの事を、頭が固い偏屈者だと呆れながらも仲間であると認めていたのだ。だからこそ互いに引く気はない。
敬虔な司教は仲間に悪事をさせたくはなくて、流れの冒険者は仲間を危険に晒したくはない。どちらも、相手を思いやった行為である。
だからこその対立は、二人だけでは解決出来ない。だが此処に居るのは、そんな二人だけではなかった。
「いいえ、その必要はないわよ。エドワード。でしょう、ニコル?」
「はい。安全を確保出来れば良いだけならば、殺す必要はありませんね」
クーデルカの言葉に、ニコルは頷くとエイリアスの瞳を覗き込む。何処を見ているのかも分からぬ朦朧とした瞳を見詰めながら、少年は彼に言葉を囁いた。
「良いですか、聞きなさい。エイリアス」
エイリアスの視点では、ニコルの声は二重にも三重にも聞えているだろう。囁く声音が、心の中へと染み込んでいく。
妖しく瞳を光らせる少年が為すのは、彼の師より学んだ秘術。己よりも劣る者の心を香りと音で、自由自在に操る黒魔術の一種である。
「貴方はこれから、来た道を戻りなさい。此処まで来た通りに進んで、この修道院を出るのです。そして出たら振り返らずに、貴方が知る最寄りの村まで走りなさい。分かりましたね、エイリアス」
「……ああ。……分かった」
名を呼ばれると同時に、エイリアスは立ち上がって動き出す。夢遊病者を思わせる危なげな足取りで、階段をゆっくりと下っていく。
明らかに尋常ではないその様子を見て、唖然とするエドワードとジェームズ。構えた銃の引き金は引かれない。そんな発想すら、驚愕に塗り潰されていた。
「おいおい、マジかよ。何処かに行くぜ、アイツ」
「暗示を掛けましたから、命じられた通りに動いているのですよ。余程強い衝撃を受けない限りは、解ける事もないでしょう」
操られるエイリアスは、指示された通りに来た道を引き返している。大きな箱によじ登ると、その箱で塞がれていた階段へ。
歩いて登り、色が違う壁に触れると押し開けた。あんな所が開くのかと何処か的外れな感想を抱きながら、一行はそのまま立ち去るエイリアスを見送るのであった。
「けど、あんな所から入って来たのね。あの扉の先って、どうなっているのかしら」
「う、む。……あの流れ者の言葉を信じるならば、恐らくは管理人夫妻の住居に出るのだろう」
「そう言えばアイツ、逃げて来たって言ってたわね。詰まりあたし達は、遠回りしてたって事?」
「急かすことは結局無駄骨になるとも言う。……この回り道にも、意味があったのだと思いたいものだよ」
エイリアスの言葉を信じるならば、彼は管理人夫妻に襲われそのまま此処に逃げ込んだと言う。
ならば彼が来た道である扉の向こうは、最初に訪れた管理人棟の何処かに続いているのだろう。
予測を語るジェームズに、クーデルカは息を吐く。随分長く歩き回って、まだ大した成果はないのだ。これが無駄足だったとすれば、嘆息の一つもしたくなろう。
「んで、どうするよ。アイツと同じ道で戻るか?」
「その前に、このまま道なりに進んでみましょう。直ぐに戻ったのでは、それこそ無駄な回り道です」
エドワードが親指でその隠し扉を差しながら、戻るかと問い掛ける。否と答えたのはニコルだけだが、彼の言葉は皆の総意とも言えよう。
大した成果もなく戻ると言うのは、嫌だったのだ。それはニコルだけではなく、クーデルカやジェームズ、エドワードとて同じである。
故にそりゃそうだよな、と笑って返すエドワード。元より彼にも此処で戻る心算などはなく、端から進む心算で告げた確認だった。
皆の意見を一致させ、更に一行は奥へ奥へと進んで行く。宝物庫や広間の明かりが届かぬ場所は、窓一つない石造りの地下通路。
暫く進めば、石の床は土を剥き出しとした形に。木製であった扉は、物々しい鉄の扉へと。明かりも更に、頼りない物となっていく。
誰もが思った。此処はまるで牢獄だと。事実そうなのだろう。物々しい鉄の扉の中を覗けば、其処には人が生活する為に作られたような空間が存在していたのだから。
「開かないな。鍵は合っているのに、どういう事だ?」
「……霊力の妨害を感じるわ。どうも其処の子達が、何かしているようね」
周囲を確認しながら探索を続けて、辿り着いたのは開かない扉。外付けされた鍵を回しても、鉄の扉は何かに遮られたかの如くに開かない。
どうした物かと呟くジェームズに、霊視していたクーデルカが答えと返す。そうして彼女は、扉の側に寄り添う二体のミイラを指差した。
ヴィグナとヴァルナ。ネームプレートを付けられた小さなミイラは、きっとこの独房の何処かに囚われていた子どもであったのだろう。
それを察したジェームズは、悲しげに目を伏せ十字を切る。同じく悲痛な表情を浮かべながらも、膝を屈めたクーデルカはミイラに問いを投げ掛けた。
「ねぇ、貴女達。此処を開けてくれないかしら?」
〈私達の、人形を返して……〉
〈死にたくなければ、逃げなさい……〉
問い掛けに返る応答は、そんな前後の繋がりすらない物。或いはこのミイラ達に、声は届いていないのかもしれない。
何故ならば、彼女達にはもう耳がないから。霊的な感覚で何かの気配を感じて、反射的に言葉を返しているだけなのではと。
「人形、ね。そんなのあったかしら」
「確か管理人室に、人形があった気がするが。其処まで戻るのか?」
「いえ、その必要はありませんよ」
扉の鍵は物理的な物だけでなく、彼女達の霊がある限りは開かない。人形を渡せば、少女らは成仏するのだろう。だとすれば仕方がないかと語り合うクーデルカとジェームズ。
そんな二人の前に割って入ると、ニコルは何時も通りの笑みを浮かべて告げる。そして誰かが止めるよりも早く、風を切る音が微かに響いた。
「どうせ成仏して頂くのです。態々、面倒な我儘に付き合う理由もないでしょう」
ミイラの首が、胴を離れて地に落ちる。銀閃すらも気付かせなかった斬撃で、ニコルは少女達の首を奪っていた。
光を纏った斬撃は、その怨念さえも浄化する。扉を封じていた者が居なくなれば、自然と扉も開く物。落ちたミイラの頭を踏み潰してから、ニコルは鉄の扉を開いた。
「……エドワード程ではないが、君も君で性急だな」
それら全ての行動を、平然と微笑んだままに行うニコル。そんな彼の姿に、ジェームズは頭を抱える。苦い物を噛み潰したような表情には、隠し切れない程度の不快が見えた。
「死者に愛想を振り撒く事程、愚かしい事はないと思いますがね」
例え死人に向けた物であろうと、余りにも非情に映る行為。それを咎めるようなジェームズの言葉に対して、ニコルは冷たく答えと返す。
死者には何の価値もない。既に終わっている者なのだから、生者とは最早違う者。何をしようと、救える事はないのだと。
「死者と生者は相容れません。生者は生きている限り、本当の意味で死者に寄り添う事は出来ないんですよ。ならば希望を与える事こそ、何よりも残酷な行為なのでは?」
例え心を繋いで分かり合えたのだとしても、それも所詮は一時の事。死者はあるだけで歪んでいき、生者は死者と共に在れば死に近付く。
本当の意味で生者が死者に寄り添おうとするならば、彼彼女もまた死人となる他に道がない。そうなれば結局は、世に害を為す悪霊が増えるだけ。
残酷で救いがない。だからこそ死者は、そも地上に残ってはいけないのだ。故に十字の教えにおいては、死者の霊魂を絶対的な悪と捉える。
善なる者ならば主の御許に招かれて、エデンの園に暮らしていると。死者の声を無視した行為の方が、悪魔祓いとしては正しいのだ。
「………そう、かもしれないわね。けど、あたしは」
故に黙ってしまったジェームズの代わりに、口を開いたのは顔を俯け続けていたクーデルカ。彼女は先から続く少年の死者へ対応に、ずっと思う所があった。
クーデルカと言う女は、口は悪いが根は善良だ。死者の声に頼まれたからと言うだけで、無関係な危険地帯にやって来る程に。
優し過ぎるし、甘過ぎる。だが理屈が分からぬ程に愚かでもなく、だからニコルが口にした事だとて正しいのだとは分かっている。
死者は既に終わった者達。その想いをどれ程に汲み取り、心に寄り添おうとしても、本当の意味で分かり合う事など出来ない。そんな事は分かっていて、けれど彼女はこうも思ってしまうのだ。
「死んだ後くらい、救われて欲しいと願うのよ。ねぇ、これは悪い事?」
生きていた頃が、どうしようもなく苦しかったのならば。死んだ後でくらい、少しは救われて欲しい。
その想いの半分は優しさで、もう半分は承認欲求。ありがとうと言われた時に、クーデルカは生きていて良いのだと思えるから。
せめて死者の祈りに応えたい。どうか死者の願いを、踏み躙る事はしないで欲しい。何処か縋るように弱々しく、女が口にした呟きに少年は冷たく返した。
「悪くはないでしょうね。その優しさは、貴女の美徳だ。……唯、それを私にも押し付ける事は止めて欲しい」
クーデルカの想いを、ニコルは決して否定しない。だが肯定はしないし賛同もしない。協力なんて、以ての外だ。
先のミイラについても、敢えて付き合う理由がない。態々引き返す無駄をして、結果が同じでは単なる時間の無駄だろう。
もしもこの先に、生きた人間が居たならば。その時間の無駄で、生死を左右するかもしれない。そんな可能性とて、零ではない。
ならば生者を優先するべきだ。既に終わった者など、棺桶で眠っていれば良いのである。這い摺り出て来たと言うのなら、磨り潰されても文句は言えまい。
ニコルは本気で、そう考えている。そしてそれを、隠す気もない。聖職者としても、死者より生者を優先すると言う名分があるのだ。避けられる面倒事に、敢えて関わろうと思う慈悲など彼にはなかった。
「其処までにしとけよ、二人とも。言い争っているような場合じゃないだろ」
「……そうだな。既に終わった事は変わらない。先ずはこの中を、調べてみるべきだろう」
傍目には争いにも見えるやり取りに、呆れながらもエドワードが落ち着けと言葉を挟む。
これ幸いとばかりにジェームズが便乗した事で、ニコルとクーデルカは互いに熱くなっていたのだと自覚した。
「失礼、少し言い過ぎました」
「……別に、良いわよ。言い争っていた訳じゃないもの」
何故に熱くなっていたのか。別に他人が死霊に深く関わって、破滅しようとニコルには関係のない事であろうに。
適当に話を合わせて、多少我慢すれば良かったのだ。だと言うのに手を出した上、否定するような言葉を投げた。そうしてしまったのは、一体何故であったのか。
「唯、少し……分かって貰いたかっただけ」
少年には分からない。悲しそうな顔をして呟いたクーデルカの言葉に、胸を痛めてしまう理由すらも分からない。
何故だか分からないが不快であった。少年は己が間違っているとは思わない。女の行いは、無駄な手間だとしか思えない。なのに何故だか、不快であった。
他人などはどうでも良い筈なのに、この女は唯の他人でしかない筈なのに。何故だかクーデルカの悲しそうな顔を見ると、突き放し切れなくなってしまう。
内心で渦巻く不快な情に、ニコルは深く嘆息する。首を左右に振ってから、諦めたようにもう一度。息を吐いた少年は、女に歩み寄る事にした。
「その、何と言いますか。……一度で良ければ、貴女の流儀に合わせても良い」
「ニコル」
驚いたように顔を上げるクーデルカ。その綺麗な瞳を見詰めながら、ニコルは微笑みの裏で自嘲する。
全く以って甘い話だ。そうは思うし、無駄で無価値な行為だとも思う。だがこの不快な情を抱えているよりかは、時間を無駄にする方が遥かにマシだと思えた。
「一度です。一度だけ。そう何度もは、付き合えません」
「……十分よ。ありがとう」
だから一度は合わせよう。次は貴女に合わせよう。そう語り譲歩したニコルに、クーデルカは嬉しそうな笑みを返す。
少しだけ、ニコルはその笑顔に見惚れた。そんな自分を誤魔化すように咳払いをすると、少年は扉の向こうへと歩き出す。
クスリと笑ってクーデルカは、その手を少年へと伸ばす。振り向いたニコルは面倒そうに、それでもその手を握り返した。
そんな二人の様子に片や微笑み、片や呆れた様子で仲間達も後に続く。重厚な鉄扉を超えた先を少し進めば、生活臭のある客間。
「……最悪な。普通、此処で出ますか。あの女」
立ち入った瞬間、聴こえて来る少女の笑い声。この特別製の独房が、誰の為に用意された物なのかをニコルは悟る。
何時もの笑みを浮かべようとするが失敗して、頬を引き攣らせた少年。上目遣いに手を繋ぐ相手を見上げてみれば、返るはとても良い笑顔。
「ねぇ、ニコル。付き合ってくれるって、言ったわよね?」
「……もしかして、視えていたんですか? クーデルカ」
これが約束する前ならば、即座にニコルはあの少女の首を狩り取り、強引にでも浄化していた事であろう。
どうしようもなく気に入らない。彼の少女に嫌悪と軽蔑を抱く少年は、クーデルカの流儀を無視したくて堪らなかった。
「いいえ、そういう訳ではないけど。でもあたしの知る聖騎士さんは、約束を破るような男じゃないと思うわ」
「安易に約束なんて、するものじゃないですね。学びましたよ、全く」
だがしかし、流石にそれでは女の顔も曇ってしまう。嫌悪と不快さ。どちらがまだ我慢出来るかと言えば、ギリギリ前者の方がマシ。故に諦めた表情で、ニコルは深く息を吐いた。
「おい、ニコルにクーデルカ! のんびり話している場合かよ!?」
「くそ、ポルターガイストか! 面妖な真似をしてくれる!!」
少女の怨霊が力を振るい、周囲の机や書棚。椅子や食器などが宙を飛び交い襲い来る。
正しく典型的なポルターガイストに、エドワードやジェームズが銃や魔法で迎撃するが効果が薄い。
銀の食器は的が小さく、机や書棚は逆に大き過ぎて一度や二度では壊せない。そんな物が高速で飛び回って、体当たりを仕掛けて来るのだ。
重量がある物や先が尖った物がぶつかれば、当然痛いし苦しく感じる。故にのんびりと話していないで、手を貸してくれと叫ぶのも道理だろう。
そんなエドワードの言葉を受けて、ニコルとクーデルカは目を合わせた後に頷いた。
「それじゃあ、ニコル。お願い、先ずはあの子と話が出来るように」
「悪戯は其処までと、叱り付けるとしましょうか」
そうして、ニコルはエドワード達の下へと駆け付ける。途中で懐から取り出した香炉に、グラスとマリンのオイルを注いで設置する。
炊かれた香が、皆の身体に影響を与える。痛みが緩和されているのだ。少年の意図を理解したクーデルカは、合流するなり指示を飛ばした。
「守りを固めるわ! エドワード! ジェームズ! 背中を合わせて、守護の力を!」
「どういう心算か分からないが、信じてみるぜ。お前らを!」
四人で一丸となり、背中を合わせて魔法を操る。放つ力はVITフォース。対象者の、防御力を底上げする物。
繰り返し、己達に掛けていく。漂う紫煙の効果も重なって、彼らの肌は鋼鉄のように固く揺るがぬ物へと変わる。
そうなれば当然、食器や棚などでは真面な被害など与えられない。痛みに怯む事もなく、飛んで来る物だけが壊されていく。
癇癪持ちの悪霊少女は、その光景に苛立ち吠える。一つ二つで効かないならと、全部纏めて投げ付けた。ニコルが望んだ、策に嵌って。
「ふっ、愚かな。所詮は我慢の効かない子ども。手札を封じてやれば、こう来るとは分かっていました」
面倒だったのは、少しずつ小出しにされる事。けれど今、癇癪を起こしたシャルロッテは全ての武器を投げ付けた。
ならば対処は簡単だ。纏めて来るなら、纏めて消し飛ばしてしまえば良い。家具の一つ一つは、取るに足りない物なのだから。
「受けなさい! クリアクライム!」
広がる円陣から伸びる無数の光の柱が、迫る家具や食器だけを包み込む。内に染み込む怨念を浄化されれば、それらは力を失い地に落ちる。
高所から落ちて、壊れていく家具の山。神聖な光を染み込ませたそれに、シャルロッテは触れる事さえ出来ないだろう。故にもう、ポルターガイストは使えない。
「出て来なさい、シャルロッテ! その首を切り落とし、さっさと浄化してあげますよ!」
後はもう、己で戦うしかないのだ。悪辣な笑みを浮かべたニコルは剣を手に、刈り取ってやると宣言する。
そんな少年の頭を、後ろから拳で軽く叩く。振り向いてみれば、にこやかに笑っているクーデルカ。
「駄目よ、ニコル。違うでしょう」
「……出て来なさい、シャルロッテ。今なら首を切り落とさないし、少しは優しく成仏させてあげますから」
子を叱り付けるような母を思わせる笑顔の圧力に、あっさりと屈したニコルは咳払いをしてから言い直した。
そんな再宣言を行いながら、ニコルは僅かに思考する。出て来なければ、問題なく処理できるのではないかと。
故に出て来ない事を祈りながら待つのだが、そんな期待は直ぐに裏切られる結果となる。空から少女が、ゆっくりと姿を見せたから。
〈……哀れみなんて、もう沢山よ。冗談じゃないわ。冗談じゃない〉
ニコルとクーデルカのやり取りに何かを感じて、現れたシャルロッテは開口一番にそう告げる。
優しく成仏させると語る。それは紛れもない哀れみだろう。慈悲の心を持っているのは、告げた少年ではないのだろうが。
深い海を思わせる瞳で、シャルロッテはクーデルカを見詰める。己を憐れんでいるのは彼女であろうと、それは先のやり取りで理解していた。
「聞いて、シャルロッテ。あたしは、あなたを分かってあげたいの。だってあたしも、同じように……」
〈アンタにあたしの気持ちが、分かって堪るもんか!〉
今なら話が出来そうだ。そう勇み足に踏み込んだクーデルカに、シャルロッテは拒絶の怒りを返す。
事もあろうに、分かりたいのだと。同じなのだとこの女は語るのか。先に見せられたやり取りも相まって、少女の中で怒りが強く燃えている。
〈ここから出た事もないのよ! 唯、生まれて、死んだだけ!〉
シャルロッテは、このネメトン修道院で産まれた。そして、このネメトン修道院で亡くなった。
彼女の人生は、ずっとこの独房の中。誰も居ない。誰も来ない。鋼鉄の扉に阻まれて、一人だけでずっと居たのだ。
〈処刑の日に、司祭がやって来て言ったわ! 罪深い子羊を、神の下へ帰すんだって!〉
外を見たのは、処刑の日が最初で最後。そんな何もない人生。9年と言う歳月は、少女にとっては長かった。
だって、何もなかったから。9年も、何もなかった。それが罪だと、それが罰だと、そうして彼女は殺された。
〈教えて! あたしが何をしたの!? 生まれたのがいけなかったの!? わざわざ殺すような命なら、作らなければ良いのよ!!〉
独房の中で産まれて、修道院から出る事なく殺されて、死んだ後もこうして一人。修道院を彷徨い続ける。
何も得られず、唯他者の足を引いている。巻き添えにしてやろうと、語る無念を一体どうして他人に理解出来ようか。
怨嗟を込めて、睨み付けるシャルロッテ。その瞳を見詰め返して、クーデルカは己を語った。
「あたしは……あたしの母親も、あたしを憎んでた」
物心付いた時から、クーデルカには力があった。霊能力と言う特異な力は、彼女を一人孤立させた。
気持ちが悪いと疎まれた。悍ましいと忌避された。母のその手で、殺され掛けた事すらある。
「父親に、優しくされた事もない。あたしも貴女のように、一人で……だからっ!」
果てに村を追い出され、当てもなく彷徨い続けた。寒空の下に一人で、身体の寒さではなく心の寒さに涙した。
そんな女だからこそ、心の底から愛を求める。寂しいと、同じ想いを抱いた誰かを見捨てたくはないのだと。
告げる女に、顔を伏せるのは二人。心の何処かで、同じ想いを抱いた二人。
けれどその一人は顔を上げると烈火の怒りを叫びながら、目の前にある事実を指摘した。
〈でも今のアンタは、一人じゃない! 其処のそいつみたいに! 傍に誰かが居るじゃない!!〉
分かり合えない。分かり合えて良い筈がない。だってシャルロッテは今も一人で、クーデルカはそうではない。
先のやり取りを見ていれば、否が応でも分かってしまう。この分かり合いたいと嘯く女は、決して己とは同じではないのだと。
〈笑わせないでよ! 一緒じゃないわ!! アンタは生きてて、アンタにはそいつが居る!! あたしはもう死んでて、あたしはまだ一人なのに!!〉
一人じゃないと、その言葉は衝撃だった。言われた二人の、どちらにとっても。それ程に己は、相手の事を思っていたのかと。
疑問に対する、答えはまだ持たない。けれど少女の瞳には、そう見えた。同じ想いを抱いた少女の瞳には、そう見えていたのだ。
〈何が、一人よ。何が、分かるのよ〉
「……ごめんなさい、シャルロッテ」
座り込んで、泣きじゃくる少女。悲しげに叫ぶ少女の言葉に、戸惑いながらもクーデルカは謝罪する。
近付いて、膝を屈めて、覗き込む。涙を流す少女に無神経な事を言ってしまったと、思いながらもその願いは変わらない。
「でも、分かって欲しいの。あたしは、本当に……貴女と分かり合いたいの」
分かってあげたい。分かって欲しい。分かり合いたい。其処に何の意味がないのだとしても、価値がないとは思えないから。
少しで良いから、救いが欲しい。ずっと泣いて過ごして来たなら、最後は笑顔で終われるべきだ。そんなクーデルカの想いを受けて、シャルロッテは顔を上げた。
〈呪ってやる〉
「え?」
少女の表情は、人を喰らう鬼の如く。見開いた瞳からは赤い涙を溢れ出させながら、鬼女の形相でシャルロッテは怨嗟を叫んだ。
〈呪ってやるっっっ!!〉
クーデルカの哀れみが、許せなかった。クーデルカだけが、救われそうなのが許せなかった。一緒ならば、どうしてと。
その慈悲が、その瞳が、その言葉が、その存在すらも、何もかもが許せないのだとシャルロッテは否定する。
「……シャルロッテ」
悲しげな表情で首を振りながら、ゆっくりと後退してしまう。そんなクーデルカの見詰める先で、少女の身体が変わっていく。
首から下が膨れ上がり、白い衣は引き千切れる。肌は憎しみで黒く染まり、手足は異形に変じていく。果てに至るは、巨体となった人面犬。
〈アンタも、そいつも、アンタの仲間達も! 皆、呪ってやる! 呪い殺してやるわ!! 死ねば良いのよ!! 皆、死ねば良いのよ!!〉
美しかった瞳は落ち窪み、見開いた瞼の下に残るは空洞だけ。綺麗な銀糸も抜け落ちて、異貌となった少女は吠える。
呪うだけでは済まさない。このまま喰らい尽くしてやると叫ぶ少女だった怪物に、クーデルカの想いは伝わらなかった。
和解は最早、不可能だ。いいや、端から不可能だったのだろう。彼女達は似ていても、同じではなかったのだから。
エレイン強化カウンター 現在90点
(謎解きをしない外道戦法で開かない筈の扉を開けた。+5点)
限りなくモブに等しいエイリアスを生存させておきながら、シャルロッテとは交渉決裂と言う誰得展開。
キリスト教観の中で育った外道である憑依ニコルは、生者を救う事はあっても死者は悪霊扱いなので仕方がない事かもしれませんね。
後もう気付いている人は結構いるでしょうが、今作のクーデルカはヒロイン候補です。
家族に向ける親愛か、異性に向ける恋愛か。どちらにしても、既に愛は芽生え始めているのでしょう。
クーデルカ編も長く続く予定だったので、花が欲しかったからヒロイン候補化。
エドワードはまあ何処かで良い人を見付けるでしょうから、最も割を食うのは恐らくハリー。
クーデルカヒロインの純愛ルートやハーレムルートなら登場チャンスはあるけれど、原作同様パーティメンバーになるのは年齢的に考えて先ず不可能でしょうね。(クーデルカさんが青少年保護法違反を犯せば可能かもしれませんが)
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!