憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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其は希望よりも熱く、絶望よりも深いもの by金剛の服を着たやる夫


第22話 闇を祓うモノ

 シャルロッテが大きく吠えて、尻餅を付いたクーデルカへと飛び掛かる。

 血肉など骨ごと砕いてしまいそうな程に鋭い牙は、しかし空を切っていた。

 

「此処まで、ですね。交渉は決裂ですよ、クーデルカ」

 

 人面犬の牙が届くよりも前に、ニコルは彼女を抱き抱えて跳躍している。クーデルカを両手で横抱きにしたまま、少年は大地や壁を蹴って怪物から距離を取った。

 

「……ニコル。けど」

 

「悪いがこればっかりは、ニコルに同意だ。あのお嬢ちゃんには、もう話しても意味ないだろうよ!」

 

 ニコル達を追うシャルロッテだった怪物を、銃で撃ちながらにエドワードは叫ぶ。クーデルカにも、譲れない想いはあるのだろう。だがしかし、もう既に対話の時間は終わったのだと。

 

「エドワード! だけど、あたしは!」

 

「下がっていたまえ。辛いなら、君は戦わなくて良い」

 

「ジェームズまで!? ……そんな」

 

 尚も食い下がるクーデルカに言葉を掛けて、ジェームズは魔法の火を放つ。降り注ぐ火球はしかし、シャルロッテに当たらない。

 巨大な体躯に反する手足の短小さ。愚鈍そうな見た目に反して、人面犬の動きは早い。彼女は家具の残骸を吹き飛ばしながら、クーデルカだけを追う。

 

 そう。その標的は今も、己に哀れみの情を向けるクーデルカなのだ。血肉を貫けない銃弾も、当たらない炎の弾もどうでも良い。

 あの女を殺したい。あの女が許せない。溢れ出す怨嗟と殺意を隠さずに、シャルロッテは室内を逃げ回るニコルとクーデルカを只管に追い続ける。

 

(ふむ。このままクーデルカを降ろすのは下策ですかね。どうにも彼女には、まだ覚悟が出来ていない)

 

 姫抱きにされた女は今も、シャルロッテに呼び掛け続けている。それが彼女の怒りを煽り続けていると、気付いてそれでも止められない。

 そんな女を一人にすれば、覚悟を決める前に喰われてしまおう。或いは死の間際になれば割り切れるのかもしれないが、そんな賭けはしたくなかった。

 

 ならば、どうすれば良い。簡単だ。クーデルカに向いているシャルロッテの怒りを、ニコルに対して向けさせればそれで良い。

 

「クーデルカ。片手を離しますので、捕まっていて下さい」

 

「え、あ、きゃ――」

 

 抱いた女に一声掛けて、了承を得る前に右手を離す。急に不安定な体勢となった女は、慌ててニコルに抱き着いた。

 首元に両手を回されたまま、ニコルは懐から武器を取り出す。右手に握り締めるのは、異様な形をした鞭だ。

 

「余り使い慣れない物ですが、貴女のような愚鈍な獣を躾けるのならば、こちらの方が妥当でしょう」

 

 金属製の九節鞭をベースに、()()()()のがこの鞭だ。技量の低さを誤魔化す為に、個々の鞭を肥大化させて稼働の範囲を狭めている。

 黒く染まった鋼の鞭は、宛ら竜の尾が如く。稼働範囲を狭めた分だけ鋭さを増した各部位は、皮膚を裂くと同時にその傷口を抉るであろう。

 

 腰の剣ではなく、慣れない鞭を懐から取り出して扱う。その利点の一つが間合いの広さであれば、残る一つは与える痛みの種類である。

 切れ味の鋭い刃よりも、鞭の方が長く痛む。鞭打ちが犯罪者への刑罰となる程に、その打撃は受ける者に耐え難い程の激痛を与える。

 

 其処で更にと、追加する魔法は改変した白魔法。溶断破砕マニピュレータと同じ論理で、鞭の表面に凡そ100℃の高熱を纏わせる。

 是、名付けてヒートロッド。強烈な痛みと共に傷口を焼くと言う悪辣な鞭を、ニコルは己達を追うシャルロッテへと振り下ろす。激痛と共に、少女は叫んだ。

 

〈痛い! 痛い! 痛い! 痛いっ!!〉

 

「おや、そうですか。それは何より。貴女のような低脳では、痛みを伴わねば学習さえも出来ないのでしょう」

 

 少年と怪物は言い合いながら、大地を壁を駆け回る。飛び掛かった怪物の牙が届く前には、常に後退して間合いの外へ。

 着地の瞬間を狙って振り下ろされるヒートロッドに、少女の声で絶叫を上げる。痛い痛いと叫びながらも、シャルロッテはニコルを追った。

 

〈嫌いよ! アンタなんか、大っ嫌い!! 死んじゃえば良いんだっっ!!〉

 

「同感ですよ。私も貴女が嫌いです。もう死んでいると言うのに、浅ましくもしがみ付く。目障りですから、とっとと消えて貰えませんか」

 

 収まらぬ怒りと憎悪に身を任せ、少年を追い続けるシャルロッテ。その襲撃を躱しながら、的確に痛烈な反撃を加えるニコル。

 戦況は一見すると後者が一方的に優位なようにも見えるのだが、その実ニコルにはそれ程の余裕があると言う訳でもなかった。

 

「しかし我ながら、下手な物だ。真っ直ぐには振れますが、それだけ。……姉弟子とは、比べ物になりませんね」

 

 ニコルは剣の扱いこそ達人級だが、鞭に関しては素人に毛が生えた程度だ。そもそも真面に学んだのは、姉弟子に無理矢理押し付けられた僅かな時だけ。

 一年と学ぶ機会はなく、三年は全く触れてなかった。そんな武器を今更に使ったとて、使い熟せる訳もない。自傷せずに振れているだけ、及第点と言えるだろう。

 

「ニコル」

 

「降ろしますよ、クーデルカ。頭に血が上ったアレは、もう貴女を狙わないでしょうから」

 

 姉弟子の事を思い出し、僅か遠い目をする。そんな少年を気遣うようにクーデルカが声を掛けるが、ニコルは彼女に今必要な事だけ語る。

 そうして彼女を解放すると、そのまま前に走り出す。間合いの優位を捨てて踏み込む少年に、振るわれる獣の爪。それを防いだのは、獣の顔に直撃した炎球だった。

 

「成程、良い援護ですよ。ミスタ」

 

「ふむ。お褒めに与り、光栄だ」

 

 大量のマリスを溜め込んだシャルロッテは強く、火球の直撃も大した傷にはなっていない。だがそれでも、目潰しとしての役は果たした。

 眼球のない空洞に、視覚と言う機能が残っていたのかは兎も角。顔を焼かれそうになれば、条件反射として目を閉じる。顔を庇おうとしてしまうのは、人であった頃の名残である。

 

「は、やるじゃねぇか。なら俺も、おっさんには負けてられないな!」

 

 攻撃の機会を失ったシャルロッテに、反撃として打ち込まれるニコルの鞭打。それが届く前にシャルロッテは、大きく後ろに跳んで躱す。

 その瞬間を待っていたエドワードは、エイリアスから奪ったライフル銃を構えて放つ。炎弾よりも早く空を駆ける銃弾は、シャルロッテの爪を弾いた。

 

 物質世界よりも精神世界に寄っている怪物にとって、何の神秘も籠らぬ銃弾の火力など大した脅威とは言えない。だとしても、爪に当たれば砕ける程度の威力ならば有していた。

 故に前足の爪を弾かれた怪物は、上手く着地出来ずに地に崩れる。其処に当然の如く、振るわれるのはヒートロッド。少女の苦悶が、広い独房の中で響いた。

 

「見事な物です。このまま援護は任せても?」

 

「任せな。しかし今回は、下がっていろとは言わないんだな」

 

「慣れない武器で、こちらも手探りなのですよ。助力はあった方が良いと思うくらいにはね」

 

「今更の話ではあるが、剣に持ち替えても良いのではないかね?」

 

「何、あの程度の相手に、剣など必要ありません。そう決めたから、そうするのですよ」

 

「ははっ、負けず嫌いな奴だな。お前さんもよ」

 

 笑いながら交わす言葉は、一分程度の僅かな物。起き上がったシャルロッテが、再び突撃を仕掛けて来る瞬間を合図に散開する。

 別々に室内を駆ける三者の内、シャルロッテが狙うのはやはりニコルだ。この少年だけは喰らってやると言わんばかりに、しつこく追い回す。

 

 時折振り向き様にヒートロッドをぶつけるが、怨敵への怒りが鞭の痛みに勝ったのか、シャルロッテは止まらない。

 シャルロッテが怯まなければ、その爪はニコルに届くのが道理。だからそうならぬのは、的確な援護が彼女の行動を妨害し続けるからである。

 

「へぇ、おっさん。随分とまあ、異端の業に慣れたじゃないか。まるでエアリアルが起こす嵐のようだぜ」

 

「君こそ、銃の撃ち方が様になっているな。まるでウェーバーが戯曲で語る射手のようだ」

 

 シャルロッテが飛び掛かる瞬間に、ジェームズが風を起こして動きを阻む。崩れそうになって如何にか着地する瞬間、足を射抜くのはエドワードの弾丸だ。

 距離を取ってシャルロッテを挟みながらも、軽口を交わし合う二人。そんな二人の前で起き上がろうとしたシャルロッテに、ニコルがヒートロッドを叩き付けた。

 

「何だ。品格がないとか言いながら、オペラを聴きにドイツまで行ったのかよ」

 

「聴いたからこそ言うのだよ。何も知らずに否定するのは、余りに勿体ないだろう。尤も、私にはウォッツやトップレディーの生み出した、賛美歌の方が好ましいと感じたのだがね!」

 

「そうかい、そいつは良かったな! 賛美歌も悪くはないが、俺はオペラの方が聴きたいね! ワーグナーは、まだ聴いた事がないんだよ!」

 

 起き上がったシャルロッテは、忌々しいとばかりに囀る者らを睨み付ける。それでも彼女の標的は、目の前で薄ら笑いを浮かべる怨敵だ。

 派手に動かなければ、男達の妨害などでは崩されまい。不動のままに口を開いて、シャルロッテは魔力と怨嗟を其処に集めた。

 

 そして、少女の口から吐き出されるのは四つの魔弾。憎悪の籠った黒き弾丸は、ニコルを撃たんと次から次に降り注ぐ。

 

「やれやれ、後ろは実に賑やかだ」

 

 けれど悪趣味な薄ら笑いは消えない。怨念の魔弾は炎球とさして変わらぬ速度であるから、ニコルにしてみれば躱すのはとても容易くあった。

 強酸のように床を溶かしていく魔弾。触れれば即死するであろう状況で、笑いながらニコルは駆ける。そして手にした鞭を、シャルロッテに振るうのだ。

 

〈殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!!〉

 

「けれど生者とは、ああいう者を言うのでしょう。陽気で賑やかで、恐怖に打ち勝つ勇気を持つ。……貴女とは、大違いですね。シャルロッテ」

 

 痛みに耐えて怪物は、再び黒き魔弾を放つ。追い掛ければ男達に邪魔されるから、彼女にはこのまま撃ち続けると言う選択肢しか存在しない。

 数百年の憎悪を込めた恐るべき魔弾は、当たれば必ず命を奪おう。だが当たれば落ちると言うのに少年は、当たらなければ意味がないと言わんばかりの素知らぬ顔だ。

 

〈死んで何もなくなっちゃえば、あたしと同じ! そうすれば、あたしが生まれて来た悔しさだって!!〉

 

「死者とは貴女のように、足を引くのですよ。羨ましいと縋り付き、浅ましくも欲しい欲しいと。何も生み出せない塵屑が、実に醜く愚かしい」

 

 左右に跳んで魔弾を躱し、踊るように鞭を振るう。鉄の鞭に叩かれて泣き叫びたい程の痛みを受けながらも、怪物は憎悪の魔弾を撃ち続ける。

 その間にも、エドワードの銃撃とジェームズの魔法は止まらない。火球や銃弾が微弱ながらも、シャルロッテを傷付けていく。塵も積もれば山となるように、彼女の限界は程近かった。

 

〈殺してやる! 殺してやるわ! 皆、殺してやるの!!〉

 

「……馬鹿の1つ覚えが。やはり貴女は、気に入らないな。どうにも、私の心を荒立たせる」

 

 それでも少女は、変わらず憎悪を叫び続ける。怨嗟の声を上げながら、意味のない行為を只管に続ける。

 その光景はまるで、彼女の人生を縮図にしたかのようで。ニコルは漸くに理解した。シャルロッテの、何がこれ程に気に入らないのか。

 

「ああ、そうか。理解しましたよ。何故こんなにも、私は貴女に苛立つのか。これは唯の同族嫌悪だ」

 

 同族嫌悪。クーデルカがシャルロッテに己の過去を重ねた様に、ニコルもシャルロットに重ねていたのだ。

 生まれてから死ぬまで、誰にも愛された事がないのだと。嘯いた果てに何も為せずに、寂しさを口にも出来ず抱えて終わる。

 

 その姿はどうしても、幼い日に見た記憶を。そして狂乱の中にあった母が僅かに正気を取り戻した日の記憶を、彼に思い起こさせるのだ。

 

「貴女は余りに、ニコル()に似ている。何も知らずに居た頃の、在り得たかもしれない私(原作のニコル)に似ているのですよ!」

 

 何時か、父が迎えに来てくれる。貴方は皇帝に成れるのよ。貧しい生活とそれを支える売春で、心を壊した女が何時もニコルに囁き続けたその言葉。

 あの女は、ずっと夢だけを見ていた。だから自分は愛されてはいないのだと、幼いニコルは思っていた。恐らくは、原作のニコルもそうだったのだろう。

 

 ああ、何たる親不孝。子を愛していなければ、どうして身を削ってまで支え続ける事が出来たのか。目を逸らしていただけで、気付ける理由はあったのに。

 ニコルが気付けたのは、原作知識を手にした後。得体の知れない恐怖に震えた彼を、優しく抱き締めてくれた時。奇跡のような一瞬に戻った母の正気が、愛されている事を教えてくれた。

 

「故に見ていて気分が悪い! 腹立たしいのだ、貴女と言う存在が! シャルロッテ! 貴女は何も、知ろうとしなかった頃の私だ!」

 

 九節鞭に魔力を流して、一つの真っ直ぐな棒へと変える。両手で振り上げた鉄棒に、纏わせるのは光の魔法。

 強く、強く、過去を切り捨てる為に強く。込めた想いと力を剣に変えて、振り上げたのは怪物よりも巨大な光剣。

 

「ならば、必要ないのだ! 私にとって、貴様と言う存在は!!」

 

 大きく踏み込み、一気呵成に振り下ろす。真正面から放つのは、光を伴う唐竹割り。

 振り下ろされた輝く刃は、黒き怨念の弾丸を、歪んだ少女の顔面を、その長い胴体までも余さず残さず、全て断ち切ってみせるのだった。

 

 

 

 そして、決着は付いた。光の剣が消えた後に残っていたのは、身体の大半を失い崩れ落ちて倒れた怪物。

 異形となったシャルロッテは、手足の指先から光となって消えていく。落ち窪んだ瞳からは、赤い涙が流れて落ちた。

 

〈痛い……痛いわ……〉

 

「安心しなさい。その痛みすら、もう直ぐ感じなくなりますよ」

 

〈嫌よ……嫌なの……あたし、だって……生まれたのに……死んだだけなの……〉

 

「そうですか。それは残念でしたね。まぁ、世の中は大概、理不尽な物です。そういう事もあるでしょう」

 

 もう動く事も出来ないのだろう。末期を前にした動物のように、横たわって立ち上がれないまま少女の声で嘆く怪物。

 シャルロッテに対して、ニコルが返す言葉は冷たい。声にも視線にも熱は籠らず、路傍の石を見るような感慨で適当な相槌を打つだけだ。

 

 だが、そんな時間も長くはならない。ニコルは左手で引き抜いた剣を、もう動けない怪物へと突き立てようとしていたから。

 

「では、さようなら。……最初から亡霊は、大人しく棺桶で眠っていれば良かったのですよ」

 

 躊躇いはない。情を向ける理由もない。どうでも良い所か、さっさと消えて欲しい存在だ。故に振り下ろす刃に、慈悲などは欠片もなくて――ならばどうして、刃が届かず止まるのか。

 

「……はぁ。また、ですか。クーデルカ」

 

 知れた事、背後から彼を抱き締めて止める女が居たから。彼女を振り解けないから、シャルロッテの最期は僅か遠退く。

 

「お願いよ、ニコル。その子を、殺さないで」

 

 縋り付いて止める女を、ニコルは傷付ける事が出来ない。何故だか、余り傷付けたくはないと思ってしまう。

 右手は鞭で、左手は剣で塞がっている。振り解こうとすれば、傷付けてしまうだろう。だからニコルは、諭すように言葉を掛けた。

 

「アレはもう死んでいます。死人は殺すのではなく、眠らせるのですよ」

 

 シャルロッテに救いはない。此処で助けても、何もないのだ。彼女は既に終わっている。

 死んだ後も蠢く怪物なんて、眠らせてやった方が良い。其処に留まっていても、何も得られはしないのだから。

 

「けど、眠るのなら……夢くらい、みたいじゃない」

 

 けれどクーデルカは思うのだ。もう眠る事しか出来ないのだとしても、せめて夢を見させてあげたいと。

 救われないのかもしれない。そんな事に意味なんてないのかもしれない。けれど嘘みたいに優しい夢は、きっと無価値なんかじゃない。

 

 だからお願いと、女は続ける。彼女の頬を伝った雫が、ニコルの背を濡らす。そうして彼は、諦めたように嘆息した。

 

「はぁ、何故でしょうね。我ながらどうも、貴女にはつくづく甘い」

 

 本当に何故なのだろうと、ニコルは自問自答する。どうにもクーデルカに頼まれると、断り切れない自分が居た。

 彼女が泣いていると、不快なのだ。だからそれよりは、マシだろう。少年は剣と鞭を納めると、抱き締める女の手を優しく解いた。

 

「ニコル、ありがとう」

 

「今回だけです。それにどうせ放っておいても、そいつはもう長くは持ちませんから」

 

 振り返って、好きにしろと伝える。そんなニコルに感謝の言葉を返して、涙目で微笑むクーデルカは足を進めた。

 もう動けない、シャルロッテの下へ。ゆっくりと消えていく可哀想な怪物に、せめて優しい夢を見させてあげる為に。

 

「ねぇ、シャルロッテ」

 

〈……何よ。何なのよ〉

 

 異形の貌も恐れずに、その傍らに膝をついて涙を拭う。血涙に濡れながらも微笑むクーデルカを、怪物は不思議そうに見詰め返した。

 そんなシャルロッテに、今更一体何を言えるのか。僅か悩んで、クーデルカは決心する。それは少女の生が、無価値ではなかったと証明する為の提案。

 

「確かめてみない? 貴女のお母さんや、貴女と縁を持つ人達が、貴女の事をどう思っていたのか」

 

〈……そんな事、出来るの?〉

 

「貴女が手伝ってくれれば、出来るわ」

 

 首から下げたペンダント。己を愛さなかった父親が、しかし一度だけ見てくれた時にくれた贈り物。

 形見とも言えるそれを手に、クーデルカは力を放つ。ペンダントが導くのは、シャルロッテと関り深い物。彼女に対して、温かい想いを向ける物。

 

「ダウジング。貴女の縁を辿るの。貴女と縁深い物。貴女に向けた、温かい想いが籠った物。それが近くにあれば、このペンダントが導いてくれるわ」

 

〈……そんな物、何処にもないわよ〉

 

「けど、あるかもしれない」

 

〈……あったとしても、きっと碌な物じゃないわ〉

 

「けど、そうじゃないかもしれない」

 

 シャルロッテの言う通り、必ずあるとは限らない。いいや寧ろ、存在しない可能性の方が高いだろう。

 何もなかったと分かってしまえば、それは悲劇に終わってしまう。絶望を少女に、突き付けてしまうだけに終わるのだ。

 

 その可能性をクーデルカも、考慮していない訳じゃない。それでも、もしかしたらと願ってしまう。

 

「どうせ消えるだけなら、最期に夢が見たいじゃない。優しい夢を、あたしは見せてあげたいわ」

 

 だって悲しいではないか。もしも本当にあったとして、それさえ届かずに終わってしまうのは。

 だからと伝えるクーデルカに、シャルロッテは暫し黙り込む。ゆっくりと崩れていく怪物が言葉を発したのは、10秒程が経ってから。

 

〈……どうすれば、良いの?〉

 

「シャルロッテ!」

 

〈どうせ、他に何もないんだもん。なら、良いわ。だから、どうすれば良いのか、教えてよ〉

 

 行うにせよ、行わないにせよ。どちらにしろ、このままシャルロッテは消えるだけなのだ。ならば最期くらい、付き合ってみても良い。

 そして嗤って消えてやるのだ。ほら見ろ、私には何もなかったぞと。憎悪を込めて、呪いを残して、この女を嗤いながらに去ってやる。

 

 そう決めて、空っぽの眼窩を歪ませる。そんな少女の悪意にも気付かぬまま、クーデルカは手を伸ばして彼女に触れた。

 

「目を閉じて、あたしの手を意識して、そうして最後に強く想うの。貴女を包む、温かな物。陽射しのような、温もりを」

 

 どうせ無駄だろうなと思いながらも、シャルロッテは言われた通りに瞼を閉じる。温かな温もりを感じるのは簡単だった。

 己には体温がないからだろう。触れ合うクーデルカの掌は、死ぬ直前に一度だけ見た事のある日溜りのように温かかった。

 

 そうして、数秒。もう手足が崩れてなくなった頃に、ペンダントが光輝き浮かび上がった。

 

〈あ……〉

 

「ペンダントが、光った。あるわ! あるのよ、シャルロッテ! 貴女に温かい想いを向ける、縁が確かにこの近くに!」

 

 輝くペンダントが、頭上を指し示す。ネメトン修道院の何処かに、シャルロッテへと向けられた何かがあった。

 その事実にクーデルカは喜んで、シャルロッテは信じられないと目を見開く。だが、信じられないとは叫べない。

 

 ペンダントを介して、行われたクーデルカの霊視。それと繋がっていたシャルロッテにも、確かに視えていたのだから。

 

〈……何よ、それ。そんな、今更〉

 

「まだ間に合う。探しに行きましょう、シャルロッテ!」

 

 霊視に映った執務室。其処に積まれた、大量の手紙。数え切れない程の手紙には、しかし一枚一枚確かな想いが込められていた。

 見ただけで分かる。あれを書いた何処かの誰かは、シャルロッテを心の底から愛していたと。想われていたのだと、分かってしまった。

 

〈いやよ、駄目。怖いわ。凄く、怖いの〉

 

「怖くはないわ! 温かい物でないのなら、ペンダントは反応しない! 此処には貴女を、想う物が確かにあるのよ!」

 

〈いや! 止めて! 怖いの! だって、心が溶けちゃう! 許したら、溶けちゃうもの!〉

 

 悪霊は、誰かを憎めるから悪霊なのだ。誰も憎めない霊魂は、怪物などには成れずに消える物である。

 だから、許してはならない。だと言うのに少女の心は、もう既に許してしまっていたのだ。だから、彼女はもう怪物には成れない。

 

「シャルロッテ……貴女……」

 

 悍ましい姿なんて、何処にもなかった。崩れ落ちて倒れていたのは、白いドレスを纏った可愛らしい少女だけ。

 本来の姿に戻ったシャルロッテは、子どものように泣いていた。緑の輝きに包まれながら、その最期まで泣きじゃくり続けていた。

 

〈アンタなんか、嫌いよ。嫌い。大っ嫌い、なんだから……〉

 

 そうして、宙に溶けて消えてしまった。後にはもう、何も残らない。クーデルカには茫然と、見送る事しか出来なかったのだ。

 

「成仏しましたか。全く、最期まで向き合おうともしないとは。つくづく気に入らない女だ」

 

 シャルロッテは最期まで、手紙の主と向き合わなかった。愛されていたと気付いたのに、それが誰なのか知ろうともしなかった。

 想いだけを受け取って、何も返さず成仏する。そんな少女の在り方が、不快であるとニコルは語る。何処までも己とは、相性の悪い亡霊だったと。

 

「……でも、ニコル。あの子は許せたわ。想われていたと、愛されていたと、その事実だけで許せたのよ」

 

 そんなニコルに、クーデルカは首を振ってから告げる。少女が消えたのは、愛されていた事実だけで満足する事が出来たから。

 クーデルカには、シャルロッテの気持ちが少しだけ分かる。誰も愛してくれないから、自分がこんなにも苦しいから、皆死んでしまえと呪う感情が。

 

「ねぇ、ニコル。あの子は、数百年もの間、ずっと一人で苦しんで来た」

 

 シャルロッテの話をしながらも、クーデルカが思い浮かべるのは己の過去。誰にも愛されずに居た寂しい日々。

 幼くして父を失い、母には殺され掛けて、大人達には村を追われた。誰にも頼れずに一人、何処にも行けずに彷徨う記憶。

 

 定住すら叶わないのだから、真面な職に就ける訳もない。一切れのパンを買う為に、身体を売らねばならない悔しさ。それでも生きていく為に、泥を啜って進み続けた。

 

「けど、その悔しさが全部、許せてしまう。それ程に、愛されていた。それ程に、あの子は愛されていたのよ」

 

 そんなクーデルカにも視えた。シャルロッテと共に視た手紙に、一体どれ程の愛情が込められていたのかを。

 数百年の苦しみや悔しさが、全て溶けてしまう程の愛。それを視たクーデルカは想う。羨ましいと、切に想った。

 

「どんな気持ちなのかしら。あたしも、許せるのかな。これまでの全部、許せるようになるのかしら」

 

 だから、そんな愛が欲しいのだ。その願いを言葉にする事が出来なかったのは、きっと彼女に自覚がないから。

 それでも求めてしまうクーデルカの姿に、ニコルは漸くに理解する。一体どうして己が、この女を捨て置けないのかを。

 

「……同族嫌悪と同病相憐れむ。同じ感覚を抱いても、至る感情が異なるのは、生者と死者の違いですかね」

 

 何処か、少しだけ似ているのだ。クーデルカと言う女は、ニコルと言う少年に。だから彼女の存在は、酷く心を騒めかせる。

 シャルロッテに対する感情と方向性が違うのは、彼女が生きているからだろうか。生きている限り、人は変わっていけるから。

 

 ああ、そうだろう。ニコルはクーデルカに、変わって欲しいと思っている。救われて欲しいと、願っているのだ。

 

「クーデルカ。貴女は愛を知るべきだ。そして求めるべきだ。それこそ貴女の救いであり、貴女は――――救われても良いのだから」

 

 だからニコルは、羨ましいと零すクーデルカへと近付く。座り込んで泣いている彼女の涙を拭うと、その身体を抱き締めた。

 どうか幸せになって欲しいと祈りを込めて、小さな身体でクーデルカの事を抱き締める。少年の胸元に抱かれたまま、女は静かに泣き続けた。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在100点
(シャルロッテにメイン武器を使わないと言う舐めプ。鞭で幼女虐待。+10点)

シャルロッテは唯撃破するだけでは微妙だが、展開的に手紙を回収出来る筈もないのでこんな結末に。
ダウジングは漫画版クーデルカに出て来た奴です。同作で見せた霊視と合わせれば、何か出来そうだと思ったのでやらせてみました。


そしてクロス技一つ追加。ヒートロッド+バルジ切り。本来バルジ切りはビームソードの最大出力ですが、ノリと思い付きで合体しています。

何かロボット技ばかりで偏っていますが、CV子安なキャラの技で尚且つこの世界の理屈的に再現できそうなのが余り浮かばないんですよね。

現状、確定しているのはグランゾンのワームスマッシャー(またロボネタ)のみ。
ディオの気化冷凍法か空裂眼刺驚か世界のどれかも使わせたいのですが、この辺は人間止めないと無理そうなのでアスタロト必須。アスタロトと魂の契約交わすと、バッドエンドになる可能性が急上昇するのが厳しいところ。

これ出してみたら、とか良さそうなネタを頂けたら幸いです。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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