憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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本作は大胆なショートカットが行われています。

Q.道中の謎解きとかはどうしたの?
A.何事も暴力で解決するのが一番です。


第23話 エレイン

 シャルロッテ特別房を抜けた先に、パトリックの暮らした邸宅はあった。地下の扉を開いて侵入し、一行は本邸の探索を開始する。

 その道中で拾った手記を片手で捲りながら、ニコルは思考を巡らせる。考えるのは、空いた左手を握り締めている女の幸せについて。

 

(さて、一体どうした物ですかね)

 

 クーデルカ・イアサントと言う女に向ける己の感情を、先の一件を経た事で僅かにではあるが理解していた。

 同病相憐れむ。芽生えた情が自己嫌悪に傾かなかったのは、まだ生者である彼女ならば此処から幾らでも変わっていけるから。

 

 あり得る未来の姿を知るからこそ、確証を以って断言出来る。ニコルが此処に来なければ、クーデルカは幸せに成れたのだ。ならばニコルは、その結末を変えてはならない。

 世を憎んで、他者を妬んで、何も為せずにマイナスだけを振り撒く存在。悪霊のような存在に、ニコルの所為で成ってしまう。そんな結果など、断じて認めてはならないのだ。

 

(クーデルカの幸福とは、ハリー・プランケットの存在だ。愛し愛される家族の存在こそが、彼女にとっての救いである。此処は、間違いありません)

 

 幸福の形は人それぞれで、決まった答えなどはない。誰かの幸福なんて本当は本人以外、他の誰にも分からない筈である。

 だが原作知識と言う情報が、ニコルにクーデルカの幸福を教えてくれる。穏やかな母となる彼女を満たしていたのは、彼女の息子と言う存在だ。

 

 原作においてクーデルカは、アルバート・サイモンに囚われる。そして三年の長きにも渡って、ありとあらゆる拷問をその身に受ける。

 だと言うのに、彼女は決して屈しなかった。そんな気高い女はしかし、息子の危機に膝を屈した。己を襲う苦痛ならば耐えられたと言うのに、子を襲う悲劇に母は耐え切れなかったのだ。

 

 それ程に、女は我が子を愛していた。その事実を知るからこそ断言出来る。ハリー・プランケットと言う存在こそが、クーデルカの幸せなのだと。

 

(となると、ハリーが産まれる様にサポートするべきなのでしょうが。如何にも、肝心の父親との関係性が余りよろしくない)

 

 ニコルは視線を動かし、未来で父親となっていた男を見る。ジェームズと雑談を交わしながら歩くエドワードに、そんな素振りなどは見えない。

 そして傍らのクーデルカも同じく。見上げたニコルに微笑みを返す女に、ニコルは恋愛事の匂いを感じられない。少なくとも、エドワードに感情は向いていなかった。

 

 クーデルカが微笑みを向けるのはニコルばかりで、エドワードやジェームズに対しては初対面からさして変わらずの態度で居る。

 エドワードはエドワードで、ニコルやジェームズとは仲が深まっているが、クーデルカとはまだ少し距離があるように見えていた。

 

(恐らく本来の歴史では、生死を共にする危機感の中で関係を深めていったのでしょう。ですが私が居る所為か、それ程の窮地がありませんでしたからね)

 

 少年が恋愛事に疎いから、気が付いていないだけと言う可能性は低いだろう。ならば彼が居る結果、変わった要素が原因だ。

 クーデルカと言う女が、子どもに対して甘かった事。ニコルの実力を前に、怪物達が何ら脅威とはならなかった事。大きな理由は、その二点。

 

 本来、何度も死に掛けるような窮地を共に潜り抜けた事で絆が深まっていったのだ。その過程を失えば、関係性は当然薄くもなるだろう。

 

(まあ、無理に関係を持たせる必要はありません。クーデルカの幸福に必要なのは、ハリーであってエドワードではない)

 

 とは言えニコルは、クーデルカとエドワードの関係の薄さを其処まで問題視してはいなかった。

 何故ならば、ハリーは母子家庭で育っている。それで満たされていたと言うならば、旦那の存在は別に重要な事ではないからだ。

 

 クーデルカの幸福とは、ハリーと言う息子だけなのだ。原作におけるアルバート・サイモンの行動も、それを保証していると言って良い。

 もしもエドワードも大切な存在ならば、アルバートは彼の事も捕えていた筈だろう。あの大魔術師の実力ならば、海を挟んだ新大陸とて手を伸ばせない場所ではない。

 

 仮にニコルがアルバートの立場に居て、クーデルカがエドワードの事を愛していたならば――エドワードとハリーの両方を捕えていたであろう。

 そして片方を、女の眼前で殺害する。もう一人もこうなるぞと脅してやれば、無駄な拷問なんて必要ない。後は最後に、後腐れなく皆殺しにしてお仕舞いだ。

 

 少なくともニコルや、師であるラスプーチンならばそうしただろう。アルバート・サイモンはそうではないと、否定出来る程の論拠はない。

 アルバートの心根は、ニコルやラスプーチンとは違い善性の物。彼の愚行の多くは、破壊神アモンと同化した影響でもある。とは言え彼も(ハリー)を利用したのだから、理由もなく父を見逃す道理はない。

 

(別に他の男の種でも構わない。ハリーは母と子だけで育ったのですから、父親なんて何処の誰でも問題ない)

 

 大切なのは子どもである。ならば極論、父親なんて誰でも良い。彼女が子を孕んで、無事に産めばそれで良いのだ。

 寧ろ母と子だけで家庭が上手く回っていたのだから、下手な父親なんて居ない方が良い。必要ならば、役目を終えた種馬の処分も考慮せねばなるまい。

 

 そういう点でも最善なのが、エドワードだと言う事は変わらない。だが今更に、彼らの間を取り持とうと言うのは無理があろう。

 ニコルには、人の心が分からない。どうすれば壊せるのかは分かっても、どうすれば愛し合えるのかなんて専門外にも程があるから。

 

(クーデルカが自分で、適当な男を捕まえてくれれば助かるのですが……最悪はそれなりに見目の整った人物と、共に閉じ込めて薬でも盛りますか)

 

 くすりと微笑む少年は、そんな風に結論付ける。香の調合は、調薬の一種。その気になれば、意識を混濁させた上で発情させる事も簡単である。

 流石にそれは最後の手だが、必要ならば顔色一つ変えずに為そう。容易くそんな結論を出せる心が狂った下劣畜生は、故に向けられている感情にも気付けなかった。

 

「どうしたの、ニコル? 何か、面白い事でも書いてあったのかしら」

 

「いえ、別にそうではありませんよ。唯、少し悩んでいた事があったのですが、解決の目途が立ったので思わずと言うだけです」

 

「そう。それは良かったわ」

 

 手を繋いで、優しげに見詰めてくる女。ニコルに抱き締められて涙を零したその後から、彼女の想いは少し変わった。

 クーデルカの瞳に宿った情に、愚鈍な少年は気付けない。ニコルは既に、クーデルカを幸せにする事が出来ると言うのに。唯彼が向けられた愛を受け止めて、同じ想いを返せばそれだけで済む話であるのに。そんな簡単な事にすら、少年は気付けていなかった。

 

 そんな少年の感情がどうあれ、邸宅の散策は構わず進む。幾つかの部屋を調べ終えた後に、一行が辿り着いたのは印刷室だ。

 この時代では珍しい、大型の印刷機が置かれた部屋。初めて見たと興奮するエドワードは、感嘆の声を漏らしながら弄り回す。

 

「これは、印刷機か? 凄いな。こんな代物まであるのかよ」

 

「どうにも音が軽い。壁の向こうに、何かありそうだぞ」

 

 対して壁を軽く叩きながらに歩いていたジェームズは、ふと返る音の違いに気付いて足を止める。

 音の反響が僅かに少ない一部は、よく見れば周囲とは少し色が変わっていた。明らかに後付けされた物である。

 

「では、崩しますか。クーデルカ、少し離れてください」

 

「崩すって……こういうのって、何か仕掛けがあるんじゃないかしら?」

 

「かもしれませんが、探すのが面倒です。薄い壁程度なら、殴って壊した方が楽でしょう」

 

 軽く言ってニコルは、クーデルカに視線を向ける。向けられた女は名残惜しいと思いながらも、少年の手を離した。

 そうして自由になった彼は、左の拳を強く握る。呼気を強くして裂帛の気合を入れると、魔力を込めた拳で壁を貫いた。

 

 轟音を立てて、薄い壁が砕けていく。壊れていく壁の、直ぐ向こう。其処に居た者を見て、ジェームズは思わず息を飲んだ。

 

「……まさか、そんな」

 

 それは、美しい金髪の女だ。薄っすらと背後の景色が透けて見えるのは、彼女が既に生きていない事の証明だろう。

 宙に浮かんだその表情は、優しげな微笑みに彩られている。これまでに遭遇した悪霊とは、明らかに毛色の違う存在だった。

 

〈お久しぶりですわ。オフラハティー様〉

 

「エレイン、君なのか?」

 

〈ええ、こんな形で貴方と会う事になるなんて、残念でなりません〉

 

 優しげだけど儚げで、悲しげにも見える複雑な微笑。無数の想いを込めてエレインは、ジェームズに言葉を掛ける。

 対する男は言葉もなく、茫然としている。何かを口に出したいのに、何を言えば良いのかも分からないと言う様相で。

 

〈そして貴女が、私の声に応えてくれた方ですね。ありがとう、私のような者の為に〉

 

 言葉なくジェームズが戸惑っている間に、朧げに揺蕩う女はクーデルカへと視線を向ける。

 目が合うと同時に、深く一礼。感謝の言葉を告げる霊魂に、クーデルカはこそばゆいと顔を背けた。 

 

「……別に。放っておくのは、後味が悪いと思っただけよ」

 

 感謝される程の事はしていないと語るクーデルカの横顔は、しかし何処か嬉しげにも見えた。

 だからそんな不器用な姿に、エレインも優しげな笑みを深める。慈愛に満ちた表情は、亡霊であれど美しかった。

 

「ひゅぅ、美しいレディだ。出来ればまだ温かかった頃に、出逢いたかった物だね」

 

「不謹慎ですよ、エドワード。相手は死人で人妻です。美女なら誰でも良いんですか、貴方は」

 

「この世のどんな歓びも、恋とは比べようもない。美人を素直に褒められないのは、はっきり言って損だぜ。ニコル」

 

 死した女の横顔を見て、口笛を吹くエドワード。その軽薄な態度にニコルが冷たい視線を向けるが、全く堪えた素振りもない。

 何時も通りにバイロンの詩を諳んじて、自己肯定をする始末。二人の掛け合いを見ていたクーデルカは、息を吐いて頭を抱えた。

 

「相変わらず、エドワードは教育に悪いわ」

 

「……全く、君達は変わらないな。お陰で私も、冷静には成れたがね」

 

 エドワードが賑やかして、ニコルが冷たく返し、クーデルカが過保護な呟きと共に頭を抱える。

 今の関係に落ち着いてから、既に幾度と見た光景。亡霊を前にしても変わらぬ三人に、ジェームズは苦笑を漏らす。

 

 けれどお陰で落ち着いたと、ジェームズは表情を変える。瞳に真剣な色を宿して、彼が問うのはこの地で起きた事件について。

 

「エレイン。君に何が起きたのか、訳を話してくれないか?」

 

 この修道院で、一体何が起きたのか。悪霊でもないのに、この世に留まってしまっている女は何を知るのか。

 彼女に強い想いを抱いていればこそ、決して無視する事は出来ない。真剣な瞳で想いを示すジェームズに、エレインも表情を硬くした。

 

〈ええ、そうですね。では、何処から話をしましょうか〉

 

 簡単には語れぬ程に、多くの出来事があった。この女が死んでから、彼女を巡る周囲は全て狂ってしまった。

 良くも悪くも、エレインは皆の中心だった。故に彼女を愛した者達は皆、その死に絶えられなかったのだ。

 

〈私は18年前、家に押し入った強盗に襲われて死にました。仕方のない事でもありました。パトリックもオグデンも、商用で外出していたのですから〉

 

 何か切っ掛けがあった訳ではない。何か深い因縁があった訳でもない。ヘイワ―ス家の屋敷を見た強盗が、偶然其処に目を付けただけ。

 更に運悪く、パトリックとオグデンは仕事で家に居なかった。うら若いエレインと老いたペッシーだけでは、満足な抵抗すらも出来はしなかった。

 

 そして、彼女の命は奪われた。その献身で生き延びたペッシーが涙と共に語った事実を聞いて、パトリックとオグデンは死にたくなる程に後悔した。

 

〈パトリックは、私の死を受け容れる事が出来ませんでした。そうして、何年も掛けて古の秘法を学んだのです。私を生き返らせる為に〉

 

「死者の蘇生、か。エミグレ文書の話を聞いた時にも思ったがね。フランケンシュタインじゃあるまいし、そんなことが出来るのかよ」

 

 果てにパトリックは、魔術の世界に傾倒する。愛しい妻の死を覆すのだと、彼は天地の理に背く事を選んだのだ。全ては唯、愛の為に。

 オグデンもパトリックの行動に賛同し、ペッシーは負い目から止められなかった。そうして彼らは、坂を転がり落ちるように壊れていった。

 

〈ええ、そうですね。そう思うのが普通でしょう。ですが彼は本気だった。そしてそれを実現する為の、鍵を手に入れてしまったのです〉

 

 多額の資産を費やし、何年もの時間を掛けて研究を進めていたパトリック。そんな彼に、ある魔術師が囁いた。

 死者蘇生の秘術が記載された魔術書が、バチカンに封じられている。それを手に入れる事が出来れば、エレインは蘇ると。

 

 手記に残っていた情報。二人の魔術師に助力を得て、エミグレ写本を手に入れたパトリック。その胸中を語るのならば、適任なのは女じゃない。

 

「文書に記されたウェールズの地に辿り着き、聖人ダニエル・スコトゥスの開いた修道院で我が妻エレインの再生に着手する事が出来る」

 

「ニコル?」

 

「この手記に、記されている内容です。パトリックが何をしていたのか、彼女に語らせるよりも適切でしょう」

 

 読み終えた手記を片手に、ニコルはそう語る。敢えて口を挟んだ理由は、エレインが辛そうな表情をしているからではない。

 彼にとって美しい亡霊など、路傍の石程の価値もない者。故に彼女への気遣いなどではなく、可能な限り第三者の視点を省きたかったから。

 

 ニコルは瞳を閉じて諳んじる。言葉にしたのは、パトリック・ヘイワースが何を想い何を為したのか。彼自らが記した、後悔と絶望に満ちた記録である。

 

「調べれば調べる程、この修道院は悍ましい建物であることが分かる。しかしエミグレの書によれば、死者の怨念こそがドルイドの秘宝を復活させる大いなる原動力となるのだ。この場所を更なる怨念で満たさなければならない」

 

「エミグレ文書を、使う為にか。パトリック、聖蹟を穢して、君は……本当に禁忌を、犯してしまったのだな」

 

 ニコルの語りに、ジェームズは天を仰いで十字を切る。そうであろうとは気付いていたが、それでも其処まで堕ちていたのかと。

 古き友の行いに嘆く司教。だが少年が配慮する訳もなく、ニコルは淡々とした口調で語り進める。その口から紡がれるのは、悲劇で終わると既に決まった物語。

 

「聖堂の地下に埋められていた大釜が、秘密の鍵を握っている事が分かった。早急に祭壇を築いて、儀式を行う準備を整えよう」

 

 エミグレ写本を得たパトリックは、即座にネメトン修道院を見付け出してはその土地と建物を購入した。

 この地の悍ましさを理解しながら、彼は此処に居を移す。全てはエレインとまた逢う為に。彼は如何なる行為も許容した。

 

「ドルイドの儀式には、生贄を捧げる事が不可欠だ。大釜を新鮮な血と肉で満たさねばならない。全てはそこからだ」

 

「……生贄。侵入者にしては数が多過ぎる死体は、それを目的とした物だったのね」

 

 エミグレ文書に記された、死者の怨念こそが蘇生には必要だと言う事実。過去に起きた悲劇だけでは、その総量は足りていない。

 血と肉と嘆きが足りないのだ。故にパトリックは、殺した。エレインに逢う為に、オグデンの助けを借りて、多くの命をその手で奪った。

 

「ロンドンより戻る。特別あしらえで仕立てた馬車は、随分と調子が良いようだ。後ろの籠に、女を三人閉じ込めてある。娼婦たちの血と肉を以って、ドルイドの儀式を行おう」

 

「真の恋の道は、茨の道とは言うがね。こいつは全く、此処まで来ると怖気が勝るな」

 

「犠牲者が足りない。ダニエルの強力な聖蹟に押さえ込まれている所為で、三人だけでは足りないのだ。より多くの人間を、この場所で生贄にする必要がある」

 

 エドワードの皮肉にすら、誰も笑えない。ニコルの淡々とした口調ですら怖気が走る。皆が表情を青くして、エレインは悲しげに顔を伏せていた。

 

「今日やっと、新しい犠牲者の一便が着いた。オグデンの提案で、人買いの元締めに巨額の金を掴ませたのは正解だった。随分と手際よく、作業が出来るようになった」

 

「あの老人も、協力者していたのか。……パトリック。君と言う男は、己が身を滅ぼすだけでは飽き足らず」

 

「それだけ、愛していたとも言えるのかしら。悍ましい事ではあるけど、同じくらいに悲しい事ね」

 

「午前中、六人解体。午後、五人。夕食後、一人」

 

 パトリックの狂気は、日を追う毎に増していく。最初は日に三人だった犠牲者達も、一月もすれば二桁を軽く超えてしまう程。

 毎日毎日、男は殺した。愛した女の蘇らせる為に、その数十数百倍と言う数の命を奪う。その様は正しく、狂気と言えよう。

 

「今日という日を、どれ程に待っただろう。いよいよエレインを再生させる為の、儀式を執り行う日が来たのだ」

 

 人買いから娼婦を買い、道具を使って解体する。山となる程に積み上げた屍で、地の底に開いた大釜の中身を満たしていく。

 果てにどれ程の年月を掛けたのか。果てにどれ程の被害を出したのか。遂にその日は訪れる。血と肉と呪詛で、釜が満たされる日が。

 

「大釜は全て娼婦達の血と肉で満たした。今やこの修道院は、恐ろしいまでの霊力で満ち満ちている。たとえ聖人と言えど、これ程に強い怨念の力に抗する事は出来まい。保存しておいたエレインの遺骸を祭壇に運び込んで、祭儀の呪文を施すのだ」

 

 聖ダニエルの封印は壊され、地下より溢れ出すは大量のマリス。大地の悪意と古き惨劇と新しき悲劇が交わって、この地で闇の扉は開かれた。

 こじ開けた男は己の行いを、度し難いと理解していた。どうしようもない愚行であると、死者に詫び続けていた。それでも止まれなかったのは、愛故に。

 

「嗚呼、エレイン。君は今も変わらず美しい」

 

〈パトリック……貴方……〉

 

 手記の中、大量に記された謝罪の言葉と愛の囁き。その内の殆どを語らなかったニコルだが、その一言だけは口にしていた。

 伝えるべきだと、知るべきだと思えたのだ。そうして語られた想いを受けて、エレインは顔を伏せる。これより先の悲劇を、彼女も既に知っていたから。

 

「何と言う事だ。全ての希望は去った。あらゆる希望も、望みも、全ては唯の幻だった」

 

 エミグレの秘術は失敗した。エレインは蘇らなかった。パトリックは、全てを失ったのだ。

 

「エレインの遺骸を包み込むように伸び上がった生命の木は、確かにドルイドの秘宝を顕現するものだった」

 

 それでも確かに、彼は成功し掛けていた。マリスの量と言う点では、問題などはなかった。ニコルはそれを知っている。

 成功作であるガーランドの姉弟との違いは唯一つ。バランスが悪かったのだ。エレインの内側に注がれた、ウィルとマリスに調和が欠けていた。

 

「だがしかし恐るべきことに、再生して花弁の中から現れ出た私の妻は、昔の姿そのままながらに人としての魂を失っていた」

 

 人とは穢れを孕む生命だ。穢れなき肉体は、人のそれではない。故にウィルしかない肉体に、その魂が宿る事は叶わない。

 そして魂のない肉体は、穢れに飲まれやすい。ウィルだけで蘇生を試みれば、至るは悍ましい怪物の誕生と言う訳だ。

 

 さりとてマリスが過ぎれば、その場合も肉体は怪異へと変じてしまう。最も難しいのはその調和であり、パトリックは其処を間違えた。

 穢れはエレインには相応しくないと、ウィルを主とした蘇生を試みた。結果として出来た中身のない肉体は、宙に満ちた大量のマリスによって悍ましい姿に変異してしまったのである。

 

「正にそれは怪物だった。何百人の娼婦たちを犠牲にして、私は一体何を為したのか」

 

 それでもパトリックと言う男は、確かに成功し掛けていた。生まれたエミグレの怪物は、限りなく真に近い存在だった。

 別の地で死んだエレインが、此処に居る事こそその証左。時間回帰の法によって、既に滅びた筈の魂をこの地に呼び戻す事は出来ていたのだ。

 

 だから、本当に惜しくはあった。或いはもう少しパトリックが浅慮であれば、或いはネメトンの地ではない場所で儀式を行っていれば、彼は取り戻せていたのかもしれない。

 

「私に残された道は一つしかない。余りに多くのものを、私は失い過ぎた。共に力を尽くしてくれたオグデンには詫びる言葉もないが、許してくれ。私にはもう、どうする事も出来ないのだ」

 

 だが、事実は一つ。死者は蘇らず、怪物が生まれた。不完全な失敗作であったママンなどとは、比較にならない程の脅威がこの地に誕生した。

 それ程の存在を生み出した男は、しかし責任を取るでもなく諦めた。後一歩だった事にも気付けぬまま、失意の果てに彼は怪物に喰い殺された。

 

「今はただ、静かに、妻とともに眠りたい。愛している、エレイン」

 

 そうして、ニコルは語りを終える。後の事実は、貴女が語るべき事だと。少年はエレインへと視線を向ける。

 俯いていた女は涙を拭い、顔を上げた。そうしてから少年に向かって頷くエレインに、クーデルカは誘い水を差した。

 

「……再生したのは、身体だけだったのね。それも恐ろしい怪物に、成り果てていた」

 

〈はい。呼び起こされた私の魂は、こうして彷徨ったまま。身体と一つになることはありませんでした〉

 

「惨い。何故、こんな惨い事が……」

 

 こんな話を聞かされた後では言い難いだろう。そんな女の気遣いに、力無くも笑みを返してエレインは告げる。

 寂しげな表情をした女の過去に最も心を動かされたのは当然、エレインの事を心の底から愛していた司教である。

 

「私は君の幸せの為に、全てを諦めたと言うのに。畜生っ! 私は何の為に、今までっ!」

 

 涙を流しながら、やり場のない憤りを叫ぶ。固めた拳で膝を叩いて、壊れてしまえと言わんばかりに。

 男泣きするジェームズに、エレインは近付く。もう触れる事は出来ないその手で、それでも自傷を止めようと男の拳を包んだ。

 

〈泣いてくださるのですね、オフラハティー様。ありがとう、その言葉だけで十分です〉

 

 その手に触れる事は出来ずとも、その心にならば触れられる。穏やかな声で語るエレインに、ジェームズの腕は止まっていた。

 

〈私は幸せでした。パトリックと共に過ごして、私は幸せだったのです。ですからどうか、私の死を嘆かないで下さい〉

 

 幸せだったと、彼女は語る。悲しい悲劇に終わったが、それでも不幸なだけではなかったのだと。

 だから嘆く必要はないのだと語るエレインに、返す言葉をジェームズは持たない。けれど溢れ出す涙だけは止まらなかった。

 

「エレイン。貴女は……、それで良かったの?」

 

〈悔しくはあります。憎くもあります。ですが私の死は、神様がお決めになった事。私を生き返らせようとした、あの人の行いは間違いでした〉

 

 言葉を失ったジェームズの代わりに、問い掛けたのはクーデルカ。愛した結果が惨劇と悲劇で、納得しているのかと。

 クーデルカの問い掛けに、返る答えは欠片の迷いさえも存在しない物。終わりは悲劇であったのだとしても、彼女はそれで良いと認めていたのだ。

 

〈だからどうか、お願いします。私の身体を滅ぼしてください〉

 

「良いのか、それで? そんなことをしたら、今此処に居るアンタは」

 

〈滅びるでしょう。ですが、それで良いのです。天の摂理に背くモノなど、この世にあってはならないのですから〉

 

 だからエドワードの言葉にも、全く揺らがずに即答する。既に終わった者が、この世にあってはならないと。

 エレインと言う女は幸福に生きて、不幸に死んだ。唯それだけで十分なのだと、だから消え行く女は頭を下げた。

 

〈どうか皆様、お願いします。私達を、終わらせてください〉

 

 そんな願い事を口にして、エレインはゆっくりと消えていく。誰にも、止める事など出来はしない。

 空に溶けていくように、女が消えた後。泣きじゃくる男の声だけが響く中で、敢えて空気を読まない子どもは笑って言った。

 

「とのことですが。さて、どうします?」

 

「……決まっている。彼女の願いを、今も続く悪夢を終わらせる」

 

 問い掛けに、即答したのは泣いていた男。涙を僧衣の袖で拭うと、覚悟を決めて前を向く。

 

 愛した女は、幸福だった。果てが悲劇に終わっても、その生涯には納得していた。ならば己の過去は、無価値じゃない。

 愛した女は、幸福だったのだ。だから彼女を愛した男が為すべきは、幸福なままに終わらせる事。残ってしまった悪夢を終わらせる事なのだ。

 

()()()。クーデルカ。エドワード。君達は、此処で帰ってくれても良い。この先は、私一人で片を付けるべき事だ」

 

 ジェームズの理由は変わった。法王庁の任務や、己の立場などもうどうでも良い。唯、愛した人に報いる為に。

 だが、この先は茨の道だ。怪物がどれ程に強大なのかが分からない。確実なのは、とてつもなく危険と言う事だけ。

 

 覚悟を決めたジェームズは、故に仲間達に宣言する。これは己の戦いなのだと、己が為さねばならない事なのだと。

 これまで付けていた敬称を外したのも、そんな覚悟の証が一つ。今まで以上に本気で進むと、ジェームズは心に誓ったのだ。

 

「……勘違いしないで、あたしはアンタの為に来た訳じゃない。だから、アンタの都合を聞く道理もないわ」

 

 そうして涙を拭って立ち上がるジェームズに、しかしクーデルカは冷たく言い返す。彼の都合は彼の都合で、彼女の都合は彼女の都合だ。

 危険だし無理をする理由はないから、もう帰れと言う言葉なんて聞けやしない。理由ならば彼女にもあるのだ。彼程に、鬼気迫る物でなくとも。

 

「此処で帰ったら、それこそ寝覚めが悪いじゃない。全て解決するまで、あたしは一人でも進むわよ」

 

 助けてと言う女の願いに、助けると応えて此処に来た。だから助け終わるまで、帰る心算は毛頭ない。

 此処で逃げ去ると言うのは、余りに寝覚めが悪過ぎる。此処まで来たのだから、ならば最後まで進む気なのだ。

 

「まあ、そうだな。此処で素直に帰るのは、平凡過ぎてまっぴらだ。人生は博打さ。賭けたからには、勝つまで続けるか、さもなきゃ死ぬかだ」

 

 そう決めたのは、クーデルカだけではない。理想を求めて、冒険に飢えていたエドワードもまたそうだ。

 これ程の大きな事件、生まれて始めての大冒険。最後まで見届けなければ、余りにも勿体無いと言う物。

 

 命を惜しまず踏み込んで、結果死ぬならそれまでの事。後先などは考えないのが、この男の流儀であった。

 

「クーデルカ。エドワード。君達は……」

 

「おや、終わりましたか? ではこれまで通り、四人で進むとしましょう」

 

 ジェームズ程に重い覚悟を持たずとも、頑固さならば同程度。退く気を見せない二人を前に、ジェームズは言葉に詰まる。

 如何にか何かを言おうとして、その前に言葉を挟まれる。茶番は終わりかと、退屈そうな嘲笑を隠しもしない少年の言葉を。

 

「ニコル。君のような未来ある者こそ、最も付いて来てはならないのだぞ」

 

「ですが、()()()()()。ならば貴方は如何にして、エレインを滅ぼす心算ですか?」

 

 少年の態度に頭を抱えたジェームズが、しかし付いて来てはならないと心配からの言葉を返す。

 そんな男にニコルは仮面のような爽やかさではなく、嘲りを隠さない笑みで問う。少年は空気を読まない論理で以って、男の覚悟を否定した。

 

「エミグレの秘術が完成した以上、その肉体は既に天地の理から外れている。更には生命の木とも繋がっているのだとすれば、真面な方法では滅ぼせませんよ。貴方達だけでは不可能です」

 

「ニコル。貴方、分かるの?」

 

「これでも、黒魔術も嗜んでいるので多少は。とは言え実物を見ないと、如何にか出来るかの判断すら付かないのですが」

 

 パトリックの手記を見て、現状は凡そ予測が出来た。ラスプーチンに学んだ知識は、限りなく正答に近い答えを出している。

 生命の木がある限り、エレインの肉体は滅ぼせない。そして生命の木を壊す方法を推測するにも、魔術の知識は必要不可欠なのだと。

 

「少なくとも、生命の木との繋がりを断たねば話にならないでしょう。無限に再生を続ける死人が、無尽蔵の力を振るうのです。私はおろか大魔術師である我が師でも、正面からでは危ういでしょうね」

 

 エレインの完成度は高い。アウェーカーには届かずとも、ママンなどとは比較にならない力を持つと予測が出来る。

 そんな存在に無尽蔵の力を注がれ続けるのだとすれば、それこそ破壊神アモンや魔王アスモデウスですらも正攻法では遅れを取る。

 

「そんな相手を、ジェームズが一人で如何にか出来ると? ふっ、愚かな」

 

 人の意志だけで、如何にか出来る存在ではない。そんな事も予想できないのかと、年長者を鼻で嗤うニコル。

 

 そんな少年としても、これは好機だ。強大な力を求めるニコルには、それ程の完成度を誇るであろう怪物と相見えないと言う道はない。

 その強大な力や、それを支える術式は何かの参考になるだろう。そうでなくとも、強者との戦闘経験は最良の糧となる。故にニコルにも、退く気などは全くなかった。

 

「……はぁ、もう好きにしたまえ」

 

 論理で語る少年を説得する理屈を持たないのならば、他の二人を止める理由もないだろう。ジェームズは諦めたように、深く嘆息して共に行く事を許容する。

 

 疲れたように、呆れたように、肩を竦めて背を向けるジェームズ。だがその表情は、何処か嬉しそうにも見える。そんな微かな笑みに気付いたから、三人もまた笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 




エレイン強化カウンター 現在100点(カウンターストップ)


クーデルカさんを幸せにすると決めた憑依ニコル。その為に彼が考えた方法とは!

先ず異性と一緒に監禁します→次に薬を盛って、R18させます→後は種馬をひっそりと処分すれば、原作通りの母子家庭が完成です。

真面目に相手を思いやって考えた結果、思い付いた幸せにする方法がこれと言う。
外道と言うのも生温いゲロ以下の悪党が、当作の主人公であります。

そんなどうしようもない奴なので、当作クーデルカさん視点で幸福エンドを目指すRTAだと、「お前がパパになるんだよ!」をゲロショタ相手にするのが一番早いと思います。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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