ネメトン修道院に於ける最終目標は定まった。このまま四人で共に進んで、この悲劇に後始末を付ける。終わらせるのだ。今も続く悪夢に終止符を。
「それじゃあ先ずは、その生命の木ってのを拝みに行くか」
「いえ、その前に幾つか、必要な物を揃えたい」
その為にも早速、生命の木を見に行こう。エドワードがそう提案するが、ニコルが首を左右に振って拒絶する。
生命の木や大釜を見れば対策も分かると言った少年が、一体どうして出鼻を挫くのか。困惑するエドワードに代わり、問い掛けたのはジェームズだった。
「必要な物? 祭壇を見なくても、何が必要なのか分かるのかね?」
「手記を見て、の想像ですがね。この地の機能を取り戻せば、或いは生命の木も機能不全に追い込めるかもしれません」
司教の問いに、頷き返す。パトリックの手記を隅から隅まで、暗記する程に読み込んだニコルには既にある程度の目途が立っている。
この地は嘗て、聖なる力で封じられていた。その封印は壊されたが、それでも聖蹟の一部は残っている。ならばそれを利用しようと。
「聖ダニエルの、遺骸か何か。欠片でも良いので、それが一つ」
数百年前、暗黒時代に虐殺があった現場でもあるこの修道院。悍ましい程のマリスに満たされてはいても、その聖蹟は失われていなかった。
大量に生贄を捧げなければ、儀式を行えなかったとも手記には記されている。それを思えば、聖ダニエル・スコトゥスの力に疑いを挟む余地などない。
100年を超えて遺る程、強大な聖蹟を成立させた聖人だ。肉体の一部であっても、それは強い聖性を帯びていよう。魔術的に用いれば、生命の木を止められる可能性は十分あった。
「後は、もう少し儀式の情報が欲しい所ですね。此処の主人が18年前から研究をしていたと言うのなら、エミグレ文書以外の魔術書もあるのではないかと。書斎か図書室でもあれば、見ておきたくはありますね」
ついでとばかりに語るのは、現場を見る前に事前知識を仕入れたいと言う言葉。術者の癖や学んだ知識が知りたいと言うのが理由の半分ならば、もう半分は利己的な物。
パトリック・ヘイワースは、エミグレの秘術を完成に程近い段階にまで仕上げた人物なのだ。確実に魔術師としては優秀であり、故にその研究内容には個人的な興味がある。折角の機会なのだから、幾つか書を拝借しておこうと言う訳だ。
「聖人の遺骸って言ってもな。んなもん、何処にあるんだか。墓でも暴けば良いのかよ?」
「一先ずは書斎探しが優先だな。その途中で見付からなければ、最悪死者への冒涜も考慮に入れよう。天地の理に背く存在を滅ぼす為なら、きっと主もお許し下さる筈だ」
口外しない利己があったとしても、ニコルが表層に施した名分は尤もだ。故に先ずはその方針で行こうと、一行は意志を統一する。
印刷室を出る直前、当たり前のように少年へと女が微笑み手を差し出す。もう慣れてしまったその展開に、少年は嘆息しながらも手を握り返すのだった。
そうしてエドワードの邸宅を後にして、中庭に出た一行。暫く周囲を散策した後に、彼らは書物が溢れる広々とした図書室へと到着する。
貴重な文献が多く散見される書庫ではあるが、誰もの視線が稀覯本や秘術書などには向いていない。幻と言われた書物ですらも、霞む未知と遭遇したから。
「……何かしら、あの変な生き物は?」
何か変な生き物が居る。そう呟いたクーデルカの言葉は、その場に居る皆の意志を表した物。その小さな身体は、果たして何と表現すべきか。
ローブを着た乾いたミイラに、白い髪と髭が生えている。禿げ上がった頭頂部には、皺が刻まれ眉毛がない。何処となく、宇宙人にも見えなくもない姿である。
「動く、ミイラだと……向こうに見える、棺桶から出て来た様子だが」
「なあ、あれがエミグレの怪物か? 如何にも天地の理に反してそうな見た目なんだが」
恐らくは図書室の隅にある棺桶から出て来たのだろう、何とも形容し難い変な生き物。彼は扉の音と話し声に気付くと、妙に俊敏な足取りで駆け寄って来た。
「うわっ、こっち来た!?」
「うわっ、とは何ですか! うわっ、とは! 全く失敬な人達ですね。私の名は――」
瞬間、四人の視界が一変する。今まで見えていた書庫の景色が見えなくなり、代わりに映るは茶色の画面。
名前を決めてくださいと言う文章が踊る中、クーデルカ達が見た事もない日本語が並ぶ。そしてドヤ顔でポーズを取る変な生き物。
(馬鹿な!? こんな一瞬で、何の予兆もなく幻覚を見せる!? それ程の技術を、何故こんな事に!?)
これは極めて高次の魔術だ。目を合わせた瞬間に、予め用意していた幻覚を見せる。しかもあらゆる防御や耐性を貫いて、である。
当然、ニコルも魔術の知識を有するだけあって、精神防壁には気を使っている。生半可な幻術など通じないと言うのに、容易くこの怪物は超えて来たのだ。
流石は西洋圏で、最高の魔術師だと驚愕しながらも納得する。しかし少年には何故、これ程の高等技術をこんな無駄な事に用いるのか分からなかった。
「えっと、何か見た事もない文字なのに、何故か読めるわ。……けど、名前を決めてくださいって言われても」
「へんないきもの、で良いんじゃないか。というか、変な生き物だし」
とは言えそんな驚愕は、魔術の知識を有する者だけが抱く事だろう。クーデルカやエドワードには、唐突過ぎる事態への困惑しかない。
欧州から出た事もない彼らに、読めない筈の言語を魔術で理解させる。それだけでも途轍もない技術を用いている変な生き物は、名前が決まった瞬間に大きな声で叫びを上げた。
「――などと言う名前ではなく、ロジャー・ベーコン! 愛と平和を愛する、永遠のスターチルドレン!」
『は、はぁ……』
天を右手の人差し指で指し示し、左手は折り曲げ腰に当てる。右足だけを少し曲げ、開いた左足は真っ直ぐ伸ばしてポージング。
持ち芸を披露出来て満足気な笑みを浮かべる大魔術師に、クーデルカ達が返せるのは困惑混じりの言葉だけ。周囲の空気は完全に、この老人に飲まれていた。
「って、ロジャー・ベーコン!? ま、まさか、本当に彼の魔術博士か!? ニコルが言うように、13世紀の伝説が生きていたと言うのか!?」
ロジャーの名乗りに暫く遅れて、ジェームズが声を荒立てる。生きているかもしれないと言う話を聞いてはいたが、本当に存在していたのかと。
問われたロジャーは器用にポージングを維持したまま、右足を軸に回転するとジェームズに向き直る。落ち窪んだ、妙に円らな瞳が壮年の男を見詰めて言った。
「おや、私をご存知なのですか。確かに私が、その魔ァ術博士なロジャー・ベーコンです。最近は魔ァ術だけではなく、科ァ学の発展にも熱を入れているので、科ァ学博士と呼んで頂いても構いませんが」
「そんな大魔術師が、どうしてこんな所に居るのよ? あと、その喋り方止めて。妙に鼻につくから」
「人間の愚かしさを見尽くしたので、世を儚んでの隠棲と言う奴です。……後、普通の喋り方をしたら、私、影が薄くなりません? もう少し、インパクトとか必要なんじゃないですか?」
「ねーよ。寧ろアンタ以上に濃い奴を、俺は見た事がないね」
言葉使いに変なアクセントを織り交ぜ、終始ポージングを維持しながら、発言者に都度向き直ると言う妙な律儀さを見せる変な生き物。
ロジャー・ベーコンを名乗る大魔術師の言動に、周囲が何とも言えない空気に染まる。そんな中、いち早く我を取り戻して問い質すのはやはりジェームズだった。
「だが、そうだ! 貴方が本物のロジャー・ベーコンだと言うのなら、エミグレ文書についても詳しいのではないかね!?」
壮年の司教は、他の者とは覚悟が違う。成り行き任せなクーデルカや、冒険だけを望むエドワードや、軽々しく振るわれた大魔術を全力で解析しているニコルとは違う。
ジェームズだけは、命に代えてもこの事件を解決せねばならないと心に誓っているのだ。そんな熱が籠った言葉を受けて、ロジャーは僅か沈黙する。数瞬して、彼は頷きを返した。
「……エミグレ文書、ですか。確かにあれは遡る事、500年以上は前。当代の法王ホープの命を受け、五年掛かりで私が筆写した物です」
ロジャー・ベーコンには、ジェームズの理由が分からない。記憶や思考を読む気はない。それは失礼な事であるから、必要に迫られたとしても行わない。
そんな流儀を持つ大魔術師だから、男の必死さの根拠を知らない。それでも必死だと言う事は伝わったから、老人は古くを語るのだった。
「初めから法王庁は、仕事を終えれば私を始末する心算だったようで。密かに脱出した私は、エミグレに記されたこの聖地で秘術に挑戦しました」
「エミグレの秘術を試した。貴方も誰かを、蘇生させたと言うの?」
「……確かにエミグレ文書には死者の蘇生も記載されていましたが、それだけではありません。生命の秘術を記した中には、不死となる秘法も載っていたのですよ」
伝説の大魔術師と謳われた老人は、その心根が善良なのだろう。世を儚んでと口にする割には、大した理由もなく人助けを行う事もある。
無論視界に入らねば、知らぬ存ぜぬで通すだけ。だが視界に入ったならば、可能な範囲で多少の助力もしてくれる。ロジャー・ベーコンとは、そんな男だ。
「私が試したのはそれです。ですが結果として、激しい変化に身体が耐え切れずにこの様です。こんな醜い姿と化して、もう600年は過ぎたでしょうか」
だからこの語りにも意味がある。己が悠久の時を生きる大魔術師本人であると証明し、更にはエミグレに触れようとする者へと警告する為である。
生命の神秘とは、人が触れてはならない物だと。不老不死の技術は使えば醜く変じてしまうし、死者の蘇生は必ず失敗する。だから使うなと、近付く者にその論拠を告げるのだ。
「しかし! 私も唯では転びません! もう二度と誰かが秘術を試さぬように、筆写する際に幾つか改竄を加えました!」
エミグレ写本は、真筆とは中身が異なる物である。フォモールの秘技を知り、ロジャーは恐怖すらも覚えたのだ。
あれは世界を滅ぼす力だ。ダグサの大釜は、既存世界全てと飲み干して再構成してしまう。その真実を覆い隠す為に、彼は書を書き換えた。
「流石に何の効果もないようでは、法王庁も騙せませんから。やろうと思っても、そう簡単には出来ないように。大量の生贄が必要だと、書物の中身を書き換えたのです! 人道に悖る行為は皆、忌避感を抱いて遠ざける物! これで皆安心、今日もぐっすり眠れると言う訳ですね!」
天を指差す姿勢から、両手をグーに握って大きく振り回す態勢へと。コミカルな動作で道化を気取る老人は、しかし700年と言う長き時を生きるだけあって強かな大魔術師でもあった。
本来、死者の蘇生に大量の生贄などは必要ない。またネメトン修道院でなければ、行えないと言う理由もない。そんな無数の不要な改竄を加える事で、エミグレは危険だと多くの者に思わせたのだ。
その行いは、確かに無駄ではなかっただろう。女王の庭園が示すように、過去にエミグレが使われそうになった事は幾度もあった。
だがその度に秘術が行われなかった理由の一つに、大量に必要とされた生贄の存在があったのは疑う余地もない。国際情勢だけではなく、人の倫理も歯止めとなったのだ。
しかし、この大魔術師は追い詰められた人間の狂気を甘く見た。集団としてならば其処まで踏み切れなくとも、狂って壊れた個人ならば話は違う。
彼らは倫理感などでは止められない。信じられない程の愚行と分かって、行う者も時にはいるのだ。そんな例外もあると言う事を、ロジャーは見落としていたのである。
「……えっと、それって最悪の場合、被害が拡大するだけよね」
「実際、やる奴は居たからな。と言うか、その所為で今大変な事になってるし」
「え? 誰か、エミグレ使っちゃったの?」
故に今、この地で悲劇は起きてしまった。必要のない犠牲を積み上げた狂人は、果てに作り上げた怪物の手に掛かる。
そうして今も、怪物は野放しとなっている。そんな寝耳に水な話を聞いて、ロジャー・ベーコンはそのコミカルな動作を止めた。
「ええ、まあ」
「私がこんなに頑張ったのに……使っちゃったの?」
「ああ、そうだよ。アンタ、空回りしてただけみたいだぜ」
「使っちゃったんだ。私が、折角、なのに、使っちゃったんだ」
両手をがっくりと地について、悲しそうに俯く変な生き物。ウジウジとしたその態度は、何だか妙に鬱陶しい。
慰めるべきか罵倒すべきか。三人が悩む中、先の術式を理解して獲得した少年が満足そうに微笑みながら指摘した。
「と言うか、気付かなかったのですか? このマリス濃度は、尋常じゃない物だと思うのですが」
「起きたのは、ついさっきなので。ちょっと休む心算で、100年くらい寝ちゃうんですよね。……でも、はぁ、使っちゃったんだ」
伝説と言われる大魔術師ロジャー・ベーコン。先に見せた高等技術も軽々と行える程の実力者なのだから、気付いていない方が逆におかしい。
そう問い掛けるニコルに対して、項垂れたままロジャーは返す。彼はまだ100年の眠りから目覚めたばかりで、周囲の変化を確認していなかったのだ。
「そうだ! 貴方の策は意味をなさず、今にエミグレの怪物が蘇ってしまった! だからこそ、彼女の肉体は滅ぼさねばならない!」
「ショックですけど、そうですね。けどそれ、とても難しいですよ?」
この地の異変と言う話題が出た事で、また飲まれていたジェームズが正気に戻る。拳を握り必死に叫ぶのは、エレインを放置してはならないと言う道理だ。
ジェームズの言葉に肯定を返して、しかし止めるような発言を口にしたのは老人が善良な人物であるからか。
「天地の理から、外れていると言うのでしょう? ですがそれならば、こちら側に近付ければ良いだけの事。この地の聖蹟を利用すれば、生命の木を断てる。そう、私は推測しているのですが」
「おや、お若いのに物知りですね。確かに聖ダニエルの聖蹟を使えば、生命の木に異常を引き起こせるでしょう」
困難だと語るロジャーの言葉に、解決の目途は立っていると返すニコル。少年の予想を保証した老魔術師は、一つ頷くと助言した。
「この修道院を建設した際に、聖ダニエルの腕が石像に収められた筈です。その石像も、100年前は宝物庫にありましたね」
「おお! これで見えて来た! 生命の木さえ断てば、彼女の魂を救う事が出来る!」
「ですが残念! それだけでは足りません! たとえ生命の木を断とうとも、溜め込まれた力は残ります! それを消し去るには多分、火か水が必要です!」
宝物庫には、既に足を運んでいるから直ぐに回収できるだろう。これで準備は整ったと喜ぶジェームズに、ロジャーはしかしと言葉を挟む。
少年の予想は間違っていないが、聖蹟を使うだけでは足りないのだと。生命の木を止めるだけでは、まだ足りない。力の供給が止まるだけで、既に場に満ちてしまった分は変わらず残り続けてしまうのだから。
「火か水?」
「うん。火か水」
「どっち?」
「分かんない」
しかしその助言は、肝心な部分で曖昧な物。問い返すエドワードとロジャーは、どうにも頭の悪い会話をする。結局、どちらが正しいのかは分からないと。
「ま、まあ、此処まで分かっただけでも大きな進歩だ。遺骸を回収して、大釜に向かうとしよう」
「そうね。でも、ロジャーだっけ? アンタはどうするの?」
ともあれ、進展があったのは事実だ。ジェームズは気を取り直すように頷くと、仲間達に声を掛けた。
エドワード邸の地下にある大釜に向かおうと、語るジェームズに頷いたクーデルカが視線を移す。
話題に上がった変な生き物は、少し目を見開いてから口を開く。何処か気不味そうに、その視線を女から外して。
「……まだ眠いので、二度寝しようかなって」
「アンタの所為で、酷い事になってるのに?」
「え? 私の所為、なんですか?」
「ま、爺さんが写本なんて書かなけりゃ、そもそも事件は起きてないんだからな。ある意味、諸悪の元凶か」
「えー。私の所為なんですかー。酷いなー、全く」
事実として、彼が写本を記さなければ被害は少なく済んだであろう。その点で考えるのならば、ロジャーは確かに元凶だ。
とは言えそうせざるを得なかったのが、当時の彼の立場である。更には後世の為に、多少とは言え対策も打ったのだから責められるのは心外だ。
口ではそう言いながらも、ロジャーも確かに理解している。本来、エミグレの後始末はロジャーが行うべき事なのだと。その自覚は彼にもあるが、しかし出来ない理由も確かにあった。
「と言うか、私が居ても役に立たないと思いますよ?」
「伝説の大魔術師なのに?」
「うん。伝説の大魔術師だけど」
端的に言って、ロジャーは弱いのだ。彼の肉体は不死身だが、魔術的な戦闘には耐えられない程に劣化している。エミグレの秘術は、彼から戦う力さえも奪っていた。
不老不死の肉体は、その醜い見た目同様に殆ど骨と皮だけ。満足に肉がないのだから、力が上手く入らない。魔術で強化を施しても、それで如何にか成人男性の平均値を下回る程度である。
「不死身になった代償か、余り身体が動かないんですよね。魔術は使えますけど、大規模な物は儀式に手間が掛かりますし」
そんな脆弱な肉体では、如何に大魔術が使えようと戦場では役に立つまい。誰よりも優れた叡智を有しているが、暴力に対しては酷く脆弱。そんな極端な大魔術師こそが、ロジャー・ベーコンなのである。
「魂の契約とかは、されないのですか? 大魔術師なのに?」
「酷い! この子、悪魔に魂を売れとか言ってる!?」
ロジャー・ベーコンはとても弱い。原作でもレニに容易く誘拐されたり、ロズウェルの研究施設に幽閉されている。その事実を知るニコルは、役立たずと言う発言にも納得出来た。
けれど同時に思うのは、肉体が脆弱ならば悪魔と契約すれば良いのではと言う発想。魂の契約を用いれば、破滅と引き換えに強大な力を得られるだろうに。
更に言えばロジャーは、腐っても伝説の大魔術師だ。ニコルには及びもつかない方法で、契約した悪魔を従える術も有しているかもしれない。そう考えて口にした言葉に、ロジャーは驚愕しながら叫んだ。
(意外に使えないですね。この老人)
その姿が演技には思えない所を見るに、この大魔術師にも悪魔を一方的に利用する術はないのだろう。
もしあれば、殺してでも奪い取っていたのに。何処か落胆した様子で息を吐いたニコルの姿に、ロジャーは戦慄を隠せない。記憶や思考を読まずとも、その邪悪さは認識出来たのだ。
「おっほん。売る気はないですけど、あっても売れないんですよね。エミグレの秘術で、魂まで歪んでしまったので。歪んでなくても、売りませんけどね!」
やばい。この子、怖い。内心でそんな恐怖を抱きながらも、ロジャーはコミカルな仕草でその恐怖を覆い隠す。
そうして何時も以上に派手なポージングを取り、大きな声で告げるロジャー。その姿は、控えめに言っても鬱陶しい物だった。
「そんな訳で、私は連れて行っても役に立ちません。かー、残念だなー。もう少し準備に時間があったのなら、私の大活躍を見せられたんだけどなー。いやぁ、私も大活躍したかった!」
邪悪な瞳で微笑むニコルを注視しているロジャーは気付かない。彼が言葉を発する度に、クーデルカ達の瞳が冷たくなっていく事に。故に――
「ムカつくから、連れて行きましょう。使い減りのしない盾としては役立つわ」
「ええ!?」
「そうだな。不死身なんだし、精々肉の壁になって貰おうぜ」
「ちょっ!?」
「……法王猊下の命とは言え、世に残すべきではない物を残したのだ。その償いくらいは、して貰わねばな」
「な、なななっ!? 何て人達だ!?」
ロジャーの右手をエドワードが、左手をジェームズが掴む。そうして宙に浮かんだロジャーに正面から、クーデルカが笑って死刑を宣告する。
反省の色が見えない元凶は、生きた盾として行使しよう。そう語る彼らに対し、足をばたつかせるロジャーは必死だ。だってそれでは本当に、死ぬよりも苦しい目に合いかねない。
「ちょ、助けてください! 生きた盾なんて、絶対痛いじゃないですか!?」
不死身とは言え、痛覚は変わらずあるのだ。傷付けられればその度に、心が死へと近付いていく。
更に言えばロジャーは不老不死だが、肉体部位の欠損は防げない。寧ろ、血肉が足りない彼の身体はとても脆い。
叩けば折れる、斬れば別れる、多分引っ張れば取れる。そんな脆い身体の不死。生首だけになっても生きてはいられるが、故にこその地獄もある。
部位を繋ぎ直せば身体は再生するのだが、焼き尽くされてしまえば直ぐには治らない。致命的な欠損は、長く残り続けてしまうのだ。
最悪なのは、生首や眼球だけになった状態でも生き続けてしまう事。肉体の欠損を治せない不老不死など、終わらない生き地獄と同じである。
故にロジャーは、戦いとなれば直ぐに逃げる。逃げられなければ、無抵抗のままに囚われる。下手に抵抗して、身体を壊されては堪った物ではないのだから。
そんなロジャーにとって、この状況は最悪だ。エミグレの怪物ならば、ロジャーの脆い身体なんて簡単に壊せてしまう。
バラバラになる程度ならば拾い集めて復活出来るが、炎で燃やされたりすれば目も当てられない。今後数百年、死ねないままに苦しみ続けるのは御免であった。
「……助力しましょうか? ロジャー・ベーコン。勿論、対価は頂きますが」
「お、おおっ! 捨てる神あれば、ですね! けど、対価って、お高いんでしょう?」
故にそれを回避できると言うのなら、ロジャーがあっさりと飛び付くのは当然の事。彼はキラキラと輝く瞳で、発言者の少年を見詰める。
かなり怖くて明らかに邪悪な少年だが、さりとて他に頼れる者も此処には居ない。そんな地味に追い詰められたロジャーは、首を傾げて対価を問うた。
「何、大した事ではありません。この事件が終わったら、師事させて頂ければと」
「え? 師事? 弟子になりたいの? 私の?」
「ええ。貴方は間違いなく、西洋で最高峰の魔術師だ。その叡智は、薫陶を受けるに相応しい物でしょう」
「西洋で、最高峰、ですか。まぁ、それ程でも、ありますけどね!」
ニコルが返した言葉は、ロジャーにとっての予想外。褒められて調子に乗りながらも、弟子入りを望むと言う声に吊るされたまま唸った。
「けどなー。弟子かー。弟子には私、余り良い想い出がないんですよねー」
傍目には、メンインブラックに連れられて行く宇宙人にしか見えないロジャー。両腕を左右から拘束された彼の脳裏に、過ぎるのは過去の弟子達の顔触れだ。
性悪妖精に唆されて、エミグレの秘術に手を伸ばした500年前の弟子であるドゴール。
正義感が行き過ぎて、果てにロジャーを異端審問に掛けた300年前の弟子であるアルバート。
私、弟子に裏切られてばかりじゃないですか。そんな風にロジャーがガックリとしてしまうのも、まあ無理はない経験と言えよう。
「悪用、しません?」
「何を以って、悪用とするのか。……唯、己に恥じない使い方をすると誓う事なら出来ますよ」
「宗教裁判とか、しません?」
「既に弾劾された方を、今更に異端審問する意味が分かりませんね」
「うーん。どうしよっかなー」
両手を拘束されて吊るされたまま、ニコルの瞳を見詰めるロジャー。今は見下ろす形となっているが、身長は互いに同程度でしかない。
そんな未来ある少年だ。今は邪悪を感じさせても、上手く導けば更生させられるかもしれない。だからこそ根は善良であるロジャーとしては、教え導くべきではないかとも思えてくる。
だがしかし、やはり過去の経験が足を引く。これまでの裏切られ続けた経験から、ロジャーは思うのだ。己には、人を導く才能がないのではと。
十かそこらの年齢で、怖気が走る程の暗黒微笑を湛えるニコル。既に道を踏み外している感しかない少年を、己程度が如何にか出来るのか。そんな悩みも生じていた。
「教えても良いけど。けどなー」
「……では、仕方がありません。怪物どもの盾となって貰いましょう」
故に曖昧な返答を続けるロジャーの態度に、微笑みながらニコルが告げる。黒い笑みと共に零すは、脅迫としか思えぬ言葉であった。
「少し、興味があるんですよね。不死者の意識は、肉片の一粒にも残るのかどうか」
「ちょ!? 怖い事言わないでください!?」
その微笑みには、凄味があった。やると言ったらやらかすと、確信出来る程の邪悪さに満ちていた。
ロジャーとしては、それこそ最悪な事に。ニコルは別に、それでも良いと判断している。寸刻みに解体される過程を見れば、良い勉強になるであろうと。
「わ、分かりました。教えます。後で教えますから、ちゃんとこの事件を解決してくださいよ」
「ふふ、言質は取りましたよ。出来れば魔術だけではなく、科学についてもご教授くださいね」
そうしてロジャーは、ニコルの脅しに膝を屈した。どの道脅迫されずとも、最後には弟子入りを許可していただろう。それ程にニコルは危うく、そして幼くあったから。
ロジャーを離すようにニコルが伝えると、エドワードとジェームズは素直に従う。薄っすらと青褪めた大人達は幼い少年が見せた邪悪さに、心の底からドン引きしていた。
「……はぁ、大丈夫かなー。大丈夫じゃなくても、大丈夫に育てる。それが師匠としての、義務でしょうけど。私の弟子って、大体ろくでもないんですよねー」
解放されたロジャーはやれやれと、肩を回しながら棺桶に向かう。古びた蓋を開けて、見た目以上に柔らかなクッションの上に腰を下ろす。
呟きながら考えるのは、果たしてどうやって教え導こうかと言う悩み。全く以って自信はないが、為さねばならない事だろう。棺桶の蓋を片手に、老人は深く嘆息する。
「取り敢えず、私は少し二度寝します。次に起きたら、解決してると良いなと願っておくので、どうか終わらせておいて下さいね」
横になって蓋を閉じる直前に、そんな言葉を残してロジャーは眠りに就いた。彼が眠れば、先の騒がしさはまるで夢幻であったように。
とは言え、このやり取りは紛れもない事実であろう。満足気に微笑む少年の邪悪さを理解したクーデルカは、頭を抱えて深く息を吐くのであった。
「……心配ね。私も残ろうかしら。どうせ行く当てもないんだし」
「お好きにどうぞ」
ニコルの未来を案じた言葉に、少年も笑みの種類を変える。仮面を外したからこそ分かる表情は、何処か嬉しそうにも見えた。
だから、エドワードとジェームズも安堵する。クーデルカが居れば、ニコルも真っ当に成れるかもしれないと。なって欲しいと、二人は無言で祈るのだった。
〇ロジャーとエミグレ文書について
・エミグレ写本の改竄については、漫画版で明らかとなった真筆の設定から。
・生贄が必要ない云々については、シャドハ2のエミグレ実験の描写から。必要なのは相応量のマリスであって、血と肉は別に不要な模様。
・ネメトン修道院である必要がないと言うのは、Fではガーランド邸と言うごく普通の屋敷で死者蘇生に成功しているから。
・ロジャーが戦えない設定は当作独自の物。ロニに無条件で捕まっていたり、王立医学会議の手で生首にされていた理由を考えた結果です。
当作では超神との戦いに不参加だったのも、開発期間の関係ではなく体質的に戦えなかった所為で参加しなかったものとします。
~原作キャラ紹介 Part9~
○ロジャー・ベーコン(登場作品:KOUDELKA(ゲーム版), クーデルカ(漫画版), シャドウハーツ, シャドウハーツ2, シャドウハーツ フロム・ザ・ニューワールド)
シャドウハーツシリーズで唯一、全作品皆勤と言う偉業を果たしている伝説の大魔術師。年齢は無印シャドハの時点で700歳超え。
初登場時からネタキャラとして、重苦しい世界観の中で清涼剤としての存在価値を示していたがシリーズが進むごとにネタキャラ度が加速。
各作品ごとに性格が異なると言う、中々に二次創作者泣かせのキャラクター性を獲得している。
第一作目のクーデルカでは、ゲーム版漫画版ともに世を儚んだ隠棲の賢者らしい口調と雰囲気を漂わせていた。見た目と扱い以外にネタ要素は少なかったキャラである。
だがシャドウハーツに入って、奴は弾けた。無印版では語尾を微妙に上げた変な口調でその異常性を主張。CV我修院の名演も伴って、ネタキャラとしての地位を不動の物に。
続くシャドウハーツ2においては、その妙な口調は撤廃された物のシリアスキラーとしての性能は寧ろ強化される。
無くしてはならない大切な物を教えてくれた、ヨアヒムや師匠と並んでのシャドハ2三大ネタキャラは伊達ではない。
シャドウハーツFにおいても、ネタキャラとしての性質は変わらず。ただ寿司屋やNINJAのインパクトが大きく、上海天国と言う矛を奪われながらもチェリーボウイと言う刃で果敢に戦い続けた老魔術師は検討虚しく、ネタキャラとしては二線級に落ちてしまうのであった。
ロジャー・ベーコンの魅力はネタキャラでありながら、重要なシーンでは隠棲した賢者に相応しい含蓄を見せてくれる点にあると思われる。
2におけるウルとのやり取りは必見。BADエンドの展開も、出て来るのがロジャーで良かった。そう素直に思わせてくれる人物である。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
-
ヒロイン複数。ハーレムルート。
-
ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!