爆発と共に轟音が響いて、巨大な扉が砕け散る。一体どれだけの量を生成したのか。銃弾を火打石代わりに着火された爆発は、一瞬とは言え大気が震える程だった。
扉だけではなく、壁の一面にまで巨大な穴が開いた大聖堂。その亀裂から中に入って直ぐ目についたのは、大地の底から天へと伸び上がり天蓋すらも貫いている巨大な樹木。
大樹から伸びる無数の蔓が、広い聖堂の中を隈なく浸食している。剥き出しとなった心臓の如く、伸びた蔓は怪しい脈動を繰り返していた。
そんな薄気味悪い光景の中を進んで行く。蔓に触れないように進んで行けば、行き着いた場所には棺が一つ。引き摺り跡に気付いたニコルは、懐から香炉を取り出す。
仕掛けを探している時間も惜しいと、為すのはシャインオイルによる肉体強化。エドワードとジェームズも手伝って、三人による力押しで棺は強引に退けられた。
そうして、開いたのは地下への入り口。薄暗い階段を下りた先に広がっていたのは、儀式の祭壇として用いられたのであろう巨大な大釜。そしてその傍らに、眠るように倒れた一つの遺体。
「パトリック……」
眼鏡を掛けた遺体は、常識では考え難い程に干乾びている。恐らくは絡み付く蔓に、命を吸われてしまったのだろう。
愛した女を取り戻したいと願い、結果として怪物を生み出してしまった男。最期にはその怪物に喰われた彼の姿に、ジェームズは哀れみを抱いて十字を切った。
「では少し、儀礼場を見てみます。……尤も、これ以上の発見は余りないでしょうが」
「ならば私は、その後の準備をするとしよう」
脈打つ蔓が絡み付いた巨大な空洞。大釜と呼ぶにも異質な穴の淵に手で触れ、如何なる魔術が使われたのかを調べ始めるニコル。
彼が調査をしている間、手隙となる事が分かっていたジェームズ。彼は予め用意していた金属製の箱を、大きな背負い鞄より取り出した。
銀に輝く箱の数は計三つ。内の二つを地に置いて、残る一つを両手に持つ。不思議そうに覗き込むクーデルカとエドワードに説明する事もなく、ジェームズは手にした缶の中身を周囲にばら撒く。辺りを濡らす液体は、独特の臭いを放っていた。
「この臭い、灯油? まさか」
「手伝えとは言わんよ。これは私の問題だからな」
生命の木を停止させた後に火を求める。実験室からジェームズが態々持ち込んでいたのは、全てを燃やす為に用いる油であった。
火か水かと言われて、思い付いたのがこれである。海沿いの土地とは言え、此処に水を持ち込むのは難しい。となれば、火を付けた方が簡単だ。
「いいや、手を貸すぜ。他にもあるみたいだしよ」
一人でやると語るジェームズに、エドワードが助力を申し出る。どうせ見ているだけで暇なのだからと、内の一つに手を伸ばす。
片手で持とうとした男は、ずしりとした重さに眉を顰める。一斗缶より遥かに少ない英ガロン缶とは言え、一つ辺りの容量は5リットル。
ジェームズはよく、こんな物を三つも持ち歩いていた物だ。そう素直に感心するエドワードの横で、同じようにクーデルカも缶の一つを手にしていた。
「丁度、三つね。もしかしてアンタ、最初からそういう心算だったの?」
「さてね。一人でやる心算ではあったが、予想していなかったと言えば嘘にもなるよ。……君達はどうも、口は悪いが人は良い」
両手に銀の缶を抱えながら、皮肉気に笑って問い掛けるクーデルカ。対するジェームズは何処か楽しげに笑って、油を撒くと言う作業を続けている。
全く素直ではないなと、肩を竦めたのは誰であったか。三つの缶が空となる頃には揃って、油臭い中では休み辛いと笑い合うのであった。
「……成程」
「お、何か分かったのか?」
「ええ。やはりこれが、ダグサの大釜と生命の木で間違いないようです」
油の臭いに耐える時間は、それ程に長引く訳ではなかった。撒き終えてから数分もする頃には、解析を終えた少年が戻って来る。
「気を付けてください。儀式を行えば、恐らく直ぐにでも襲い掛かって来ますよ」
「そいつはおっかない話だな。こんな馬鹿でかいのとやり合うのかよ」
樹木を見上げて語るニコルに、エドワードは困ったように肩を竦める。家屋よりも巨大な樹木など、相手にするのは大変だと。
そんな男のぼやき文句を、ジェームズが即座に否定する。何の為に油を巻いたのか。ロジャー・ベーコンは、この現場を既に予想していたのだ。
「いや、恐らくはその為の火か水なのだろう。流石は伝説とまで謳われた魔術博士と言うべきか」
「そうですね。こと叡智と言う点において、あの老人を超える者などそうはいない。私では足元にも及びませんよ」
生命の木を狂わせている間に、一気に焼いてしまえと言う事だ。そんな対抗策を伝聞だけで導き出すのだ。流石は伝説の存在と言えよう。
ニコルも魔術と言う分野では、比較にならない程の大差があると理解している。ロジャーに分からない事を、少年が見付け出せる筈もない。
「それともう一つ、この先はどうも時間との勝負になりそうです」
とは言えそれは、解析に使った時間が無駄になると言う訳ではない。本当にそうなのか、と言う確認。得た成果は、それだけではなかった。
この現場を見なければ、分からなかったであろう。生命の木を狂わせて、炎で焼くだけではまだ足りない。
「時間回帰の力が、まだ生きています。分かりやすく言えば、術式の核を砕かない限り、生命の木は時間経過で何度でも復元するのです」
エミグレの本質は、時間の操作にある。死者を蘇らせる術とは、死者が生きていた頃に回帰しその魂を呼び寄せる術であるが故。
儀式を完全に破壊しない限り、生命の木はまた蘇る。無論、復元までには時間が掛かるが、悠長にしていれば間に合うまい。
「……術式の核と、復元に掛かる時間はどれ程かね?」
「予想ですが儀式を行ってから、効果は凡そ二時間程度。明け方までは、持たないでしょう。それまでに術式の核である、エレインの肉体を滅ぼせなければ私達の敗北です」
約二時間。それに長いと安堵するべきか、或いは短いと嘆くべきなのか。どちらにせよ、夜明けまでには勝負が決まる。
ニコル達が勝るにせよ、敗れるにせよ。この戦いは、朝日が昇る前に終わるであろう。その事実を聞かされて、しかし今更に尻込む者など此処にはいない。
「なら、決まりね。この後の手順は」
「ああ、釜にミイラを投げ込んで生命の木を止める。それで大聖堂に火を掛けたら、巻き込まれる前に外に出て外壁をダッシュ」
「階段を駆け上って鐘塔の上へ。恐らくは今も其処に居るであろう、エレインの身体を討ち滅ぼす。……この悪夢を、終わらせるのだ」
揃って視線を合わせると、強く頷き意志を一つとする。そうしてジェームズは、鞄の中から布に包まれた聖者の遺骸を取り出した。
これ以降、大きなバックパックは邪魔となる。修道院で見付けた友人の鞄を油の海に投げ捨てて、ジェームズは手にした聖者の腕を高く掲げた。
「聖ダニエル・スコトゥスよ! 我らに魔を退ける力を与えたまえ!」
聖なる祈りを口にして、両手で叩き付けるように遺骸を穴の中へと落とす。乾いた血肉で満ちていた大釜が、神聖なる光を放った。
そして、大地が揺れる。否、揺れているのは大樹であった。悶え苦しむように脈動する蔓が暴れ出し、幹や枝すらも命を求めて無作為に伸びていく。
巻き付かれれば最期、直ぐ側に倒れる死体の如く、樹木の養分とされてしまうだろう。故に誰かが走れと語り、誰もが一目散に出口を目指す。
「汝、塵より生まれたモノよ! 大人しく塵に還るが良い!」
逃げ出す直前、ジェームズは油の海へとカンテラを投げ込む。これは彼の為すべき事で、誰にも譲れぬ行為であったから。
壊れたカンテラから零れ落ちた火が、油に引火し延焼する。荒れ狂う樹木さえも瞬く間に飲み込んで、大聖堂は火の海に沈んだ。
「大聖堂が、燃える。不謹慎な話だけど、少し綺麗ね」
「ええ。ですが残念ながら、見惚れているような時間はありません」
「そうね。急ぎましょう」
如何にか大聖堂を抜け出た一行。さりとてまだ、感慨に耽る時間などはない。聖堂の直ぐ側にある鐘楼に、儀式の核は存在している。
外壁にある階段を、休みもせずに駆け上がって行く。ニコルを先頭に、クーデルカ、エドワード、ジェームズと。彼らは一息に、鐘塔の入り口に到着した。
中に入って直ぐ、目に付いたのは巨大な花。蓮蕾を思わせる桃色の花弁は、まるでニコル達の到着を待ち詫びていたかの如くに開き始める。
一枚二枚と開いた花弁の中央に、座しているのは裸の美女。エレインと嘗て呼ばれた肉体は、目を見開くと同時に開いた口から毒々しい色の吐息を放った。
「ちっ! 行き成りですか!!」
濃緑色をした息は、どう見ても安全な物ではない。先陣を切っていたニコルは、即座に魔術で防壁を展開して受け止める。
輝く白き光の壁で防がれる吐息。溢れる臭気と染み込む水気に顔を顰めるニコルだが、数秒後には違う理由で表情を歪める羽目となった。
「毒の息――ではない!? これは、エミグレの時間操作! 不味い、この程度の防壁では持たない!!」
周囲の床や壁が、急速に風化していく。ニコルが展開した魔術防壁が、急速に霧散する。この息は、時計の針を進めているのだ。
僅かにでも掠れば終わり。瞬く間に衰え老化し、白骨化してしまうだろう。これは受けてはならない物だ。防ぐのではなく、躱さねばならなかった。
そう理解するも、もう遅い。初手から詰ませに来るのかと、戦慄するニコル。焦る少年の肩を、クーデルカが軽く叩いて口にした。
「大丈夫。任せて、ニコル」
自信ありげに口を開いて、開いた右手で力を展開する。広がるのは、ニコルのそれよりも巨大な白き光の盾。その力は老化の吐息を、完全に防いでみせた。
「……流石。頼りになりますね」
「でしょ。単純な霊力での力比べなら、今の私は、誰にも負ける気がしないわ」
如何なる性質の力であれ、異能の類であれば大元となる力は同じ。ならば多少の不利など、出力差で押し潰せる。
後の世において、闇の鍵と呼ばれる事になる女だ。生まれついての霊能は、単純な出力に限って言えば大魔術師すらも超えている。
故に本来ならば時計の針を進められ、展開したと同時に魔力切れで消え去る筈の盾も強引に維持し続ける事が出来る。
世界中でも、並ぶ者は五人と居まい。そんな女であるからこそ、常軌を逸した力にすらも抗う事が出来るのだった。
「では、守りは貴女に任せます。エドワード、ジェームズ、彼女の傍から離れないように! 援護は頼みましたよ!」
とは言え、其処が女の限界だろう。瞬発的な力は世界最高でも、それを扱うだけの技能と経験が足りていない。
そして瞬間的には拮抗出来ても、持久戦となれば耐えられまい。それ程に大量の力を、エレインは溜め込んでいる。
故に攻勢に出ねばならない。クーデルカが盾に徹している間に、仕掛けるのはニコルや男達の役目であろう。
吹き付けて来る息は、掠れば死ぬと言う脅威。死の吐息が溢れる中に、ニコルは躊躇いなく足を踏み出し駆け出した。
「時間の加速。触れた者を急速に老化させる吐息は、確かに厄介ではあります」
クーデルカへと吐き掛けていた息を止め、迫る少年の姿を目で追うエレイン。そして口を開いて、滅びの風を吹き付ける。
人の吐息ですら、時速にすれば10~20キロメートル。怪物の肺活量で放たれる死の風は、車が走る速度よりも遥かに早いもの。
目で見て、躱せる速度じゃない。人の足で必死に走って、それでも逃げられるような速さじゃない。だが、そんな速度が当たらない。
「ですが、当たらなければどうという事はない!」
息を吸い込み、吐くと言う予兆がある。目で見て、顔を向けると言う動作がある。ならば予測は実に容易く、予想出来れば躱す事もまた容易い。
大地を蹴り上げ、壁を足場に、全て躱してエレインの下へと。辿り着いたニコルは剣を引き抜く。抜刀と共に放った斬撃は、女の腕を切り裂いた。
腕を切り裂かれた女は、息を吐き付けながら背後に跳ぶ。切断された片腕は、秒と要らずに復元している。
再生した四肢を使って、天井に着地したエレイン。その四肢を繋ぐ関節は逆方向に回転していて、なまじ人型であるが故に悍ましい。
そんな異形が見詰める先には、当然の如くに吐息を躱して地に着地していたニコルの姿。片手を地に付けた体勢で、少年は動く時を待つ。
対するエレインは天井を、四つん這いになって移動する。まるで昆虫のような動作で、呻きながらに迫る裸体の女。そんな異様を相手取る少年に、怯える素振りは欠片もない。
「所詮、今の貴女は獣ですよ」
四つ足で加速して、頭上から落ちて来るエレイン。その襲撃を僅か後退する事で躱したニコルに、地に落ちたエレインは再び息を吐き付ける。
攻撃を躱した直後ならば当たる筈だと、そんな思考を獣の浅知恵だと少年は嗤う。そう来るとは分かっていたのだから、既にもう動き終えていた。
「如何に優れた性能を持とうと、中身がそれでは届きはしません!」
後退して直後、更に右へと跳んでいた。そんな少年は身体の直ぐ側を通り抜けていった死の吐息に、口元を歪めて大地を強く蹴り付ける。
距離は至近。女が慌てて顔を動かすよりも、少年が辿り着く方が早い。擦れ違い様に振るわれた剣は、息を吐き続けるエレインの首を刎ねていた。
無差別な方向に死を撒き散らしながら、飛んで転がる女の首。それから目を離さずに少年は、残った女の身体を全力で蹴り飛ばす。
一回転して回し蹴り。10歳児とは言え、その体重は30キロはある。その全てを乗せ切った蹴撃ならば、成人女性と同程度の重量では受け切れまい。
転がる首と、吹き飛び壁に激突した身体。人間ならば確実に死んでいるだろう状況で、しかしニコルは全く油断しない。
こんな程度である筈がない。その少年の判断に間違いはなく、エレインは再び動き出す。首がないまま、胴体だけで。
異形が大地を駆ける速度は、信じられない程に速い。瞬きする間にも頭部を回収していて、傷口を合わせれば直ぐに繋がる。
だが向きを間違えたのか、身体の向きとは180度逆を向いている頭部。キリキリと音を立てて、首を物理的に回転させながら元の位置へと。
女が再生する姿を、静かに観察するニコル。手を出さなかったのは余裕ではなく、手を出す隙がなかったから。
エレインの動きは速いのだ。首を拾う際の動きすら、予め動作を予測していなければ認識さえも出来ない程。その初速は、人型で出せるような域にはない。
(剣や鞭の間合いには、遠い……ですが、魔法を使うのも現状には不適)
ニコルとてトップアスリート並の速さで動けるが、それでも結局は人間の範疇。速さ比べとなってしまえば、勝てる道理は何処にもない。
常に相手の動きを予測し、機先を制し続けなければ戦いにすらならないのだ。そんな状況で白魔法などを下手に使えば、光で自分の視界を塞いでしまう。
(ですが、その程度は端から分かっていた事。ならば――)
故に基本は守勢に徹するしかない。相手の隙を誘発し、その瞬間を逃さずに責め立てる。そうする事で初めて、人は怪物と戦えるのだ。
(底を暴き、順当に詰めていく。為すべき事は、平素と何も変わりません)
そして再び、両者は動く。圧倒的な速度で、縦横無尽に動き回るエレイン。その動きを読み切って、的確に躱し続けるニコル。直撃は死を意味する状況で、少年は平然と接近戦を行い続ける。
「ちっ、揃って気持ち悪い動き方しやがって。狙おうにも当たらねぇ」
「ニコルの事まで悪く言わないで! あんな速度に付いて行けるのは、あたしも正直どうかって思うけど!」
ニコルとエレインが激戦を繰り広げる中で、残る者が何をしているのかと言えば彼らなりに戦おうとはしていた。
だが余りにニコル達の距離が近過ぎて、誤射の危険を思えば援護も出来ない。さりとて距離が離れた瞬間に撃とうとしても、エレインの動きが早過ぎて目で追えない。
エドワードの銃ですら、エレインは軽々と躱してしまうのだ。それより遅いジェームズの魔法など、足を止めない限りは掠りもしない。
そして何時また死の吐息が来るか分からない以上、クーデルカは備え続けなくてはならない為に手を塞がれる。エドワード達も、クーデルカから余り離れられない。
「流石に此処では、場所が悪い。壁や天井まで足場にされては、援護するのも難しいぞ」
更に厄介なのは、エレインの見せる重力を無視した動きにある。どんな場所でも足場にしてしまう彼女の行動は、速度と相まって極めて読み辛かった。
唯の一度も読み違えずに、対応し続けるニコルに脱帽する。同じ事をしろと言われても、クーデルカにもエドワードにもジェームズにも出来る気などしなかった。
「ニコル。一旦引きましょう! 上に誘導するの! 出来る!?」
高速戦闘を続けるニコルに、クーデルカが声を掛ける。その思考は単純だ。壁や天井が相手に利すだけならば、ない方が良いだろうと。
エレインには、飛行能力があるようには見えない。ならば移動する空間を減らせば、エドワード達の援護もまぐれで当たるかもしれない。
少なくとも、ニコル以外の皆が何も出来ていない現状よりはマシな筈だ。そう語るクーデルカの言葉に、ニコルも戦いの中で思考を進める。
(塔の最上階への誘導ですか。確かに壁の面積が狭まるだけでも、多少は楽にもなりますかね)
壁や天井を足場に、自在な動きを見せるエレイン。それを厄介だと思っていたのは、後方の三人だけではない。
寧ろニコルこそが最も、その厄介さを体感していた事であろう。一手でも間違えれば死ぬと言う状況は、心を大きく削っていく物だ。
「分かりました。そちらに合流するので、先導を頼みます!」
故に襲撃を躱したニコルは、逆撃ではなく退避を選ぶ。距離が開いた事で死の吐息が向かって来るが、当たる前にクーデルカ達の下へと。
展開された光の盾が、死風を完全に防ぎ切る。そのまま盾を構えるクーデルカを最後方に、ニコル達は鐘塔内の螺旋階段を駆け上り始めた。
死風も吐息である以上、一方向にしか放てない。距離を離して位置を変えれば、壁や障害物に阻まれる。
それさえ老朽化させて貫通させる事も出来る筈なのだが、エレインの思考は獣染みて単純だ。故に獲物が逃げたのならば、彼女は反射的に追い掛けるのだ。
吐息を吐くのを止めて、壁に着地し折れ曲がった手足で移動する。駆けるエレインの速度は、人の足など超えている。このままでは、直ぐにも追い付かれるだろう。
「エドワード! ジェームズ! 私が先制して動きを止めます! 貴方達は合図に合わせて、攻撃を行って下さい!」
故に足止めが必要となるのだと、ニコルは駆けながらに指示を出す。ほぼ同時に放たれた白魔法が、対面の壁を走るエレインの動きを予測し機先を制する。
進行方向に着弾した白魔法を見て、動きを一瞬止めるエレイン。直前に出された合図と共に放たれた銃弾と魔法が、硬直した怪物の身体を襲った。
「ひゅぅ、凄いな! さっきと違って、面白いように当たるぜ! このまま繰り返せば、これだけで勝てるんじゃないか!」
階段を上りながらに、同じ事を繰り返す。全弾が命中し続ける状況に、これなら勝てるんじゃないかと口笛を鳴らすエドワード。
「残念ですが、持久戦では無理でしょうね。時間加速の吐息を防げるのはクーデルカだけなのですから、撃ち合うだけでは勝ち目がありません」
そんな彼にニコルが苦言を返すとほぼ同時に、エレインから死の吐息が返礼と飛んでくる。咄嗟にクーデルカが盾で防ぐが、彼女の息は既に荒い。
「そうね。出来ると胸を張りたい所だけど、アレとの持久戦は勘弁して欲しいわ」
「無理もあるまい。一体どれ程の命を喰らい、溜め込んだと言うのか。途方もない霊力を感じる怪物だよ!」
瞬間的な出力では勝ろうと、持久力では相手にもならない程の大差がある。距離を開いて撃ち合えば、必ず負けるのはニコル達だ。
故に足を止める訳にはいかない。機先を制して攻撃し、返る吐息は防ぎ切り、戦闘を成立させていられる内に、少しでも有利な場を目指す。
「ちっ、そろそろ弾数がやばいぜ。こんなに当ててるのに、動きが鈍る気配もない!」
「不死身とでも、言うのか。まさかもう、生命の木が復元してしまったのでは……」
「まだ月は出ているわ! 夜明けまでは時間がある! グチグチ言う前に続けなさいよ!」
何度攻撃を当てても、何度地面に落としても、怯むだけで倒れないエレイン。何時までも追い掛けて来る怪物に、心の余裕が削られていく。
軽く言い合う事で不安を誤魔化しながら、天蓋の上を目指して走り続ける。追い付かれそうになる度に、振り返ってはエレインを迎撃しながら。
「着いた、鐘楼だ! 短い筈の距離が、こんなにも長く感じるとはっ!」
「これでまだ、終わりじゃないんだぜ。そろそろ情熱的な女には、絡まれる男の気持ちを分かって貰いたいものだがね!」
「絡まれて、うんざりしてるのは男だけでもないわ! しつこい相手が苦手だってのは、男女の共通認識よ!」
そうして転がり込むように、鐘塔の最上階へと到達する。瞬間、前方の床が音を立てて崩れていった。
轟音と共に開いた穴から、這い出して来るのは女の怪物。壺から出て来る軟体生物のような動きで、彼女は彼らの前に現れる。
「では、また遊撃に戻ります! これだけ向こうの足場が減ったのですから、今度は当てて下さいよ!」
「は、相変わらず、生意気言いやがる!」
「だが事実だ! 此処で当てねば、馬鹿にされても仕方がないぞ!」
エレインが穴から抜け出す最中に、それだけ告げて駆け出すニコル。彼へと向けて、死の息吹が放たれる。
けれど既に慣れた物。ニコルは容易く躱して、息吹は後方の彼らの下に。クーデルカが光の盾で、それを防いだ。
この狭い空間では、流れ弾こそ最も恐ろしい。そう考えたクーデルカは、展開した盾を維持し続ける。
何時、何処から攻撃が来ても必ず防げるように。それこそが己の役目で、それさえ果たせば仲間が決めてくれると彼女は信じた。
託された仲間達の攻撃は、先とは違い当たるように成ってはいる。凡そ10回に一度と言う僅かに過ぎる命中率だが、援護としては期待以上だ。
(さて、このまま行ければ良いのですがね)
最前線で囮を続けるニコルの役目は、回避を主体とした盾の役割。同時に援護射撃が命中して隙が生まれれば、その瞬間に火力担当へと切り替わる。
大技を出すには隙が必要だ。己の身体に残る魔力は後どれ程か、敵は後どれ程に耐えるのか。予想しながら、ニコルは札の切り時を待っていた。だが――
「弾切れかよ!? くそっ、魔法は得意じゃないんだが!」
状況は悪化する。先ず最初に、エドワードの持つ銃弾が底を尽きた。探索の時間が最低限であった事が、裏目に出たのだ。
これまでエドワードは、魔法を殆ど使っていない。戦闘経験自体が少なければ、彼の魔力では魔法は使えて数度が限界。
探索がスムーズに進んだから、回収出来た弾丸も少ない。更にはニコルばかりが戦い過ぎて、仲間達が殆ど成長していなかった。詰まりはそういう事である。
ニコルだけでは、勝ち目は薄い。だと言うのに、他の者らが未熟に過ぎた。これまでの付けが此処に来て、一気に牙を剥いたのだ。
(これは、不味いか。切り札の温存などと、考えている余裕はない)
最早、使うしかあるまい。今ある手札の中で、最大の火力を叩き出せる技を。当てるしかあるまい。刺し違えると言う、決死の覚悟をした上で。
その上で、倒し切る事を期待する。一体どれ程の偶然に期待する事になるのか分からぬが、そうしなければ勝てぬのだ。ならば、やるしかないだろう。
「私のこの手が光って唸る! 貴方を倒せと、輝き叫ぶっ!」
言葉にしたのは、唯のゲン担ぎ。呪文的な意味などなくて、この技の使い手が語る時には大抵勝利して来たから。
英雄に憧れる子どものように、そう成りたいと願って叫ぶ。中途半端は意味がないから、残る魔力を全て右手に集めて。
命を此処に、燃やし尽くす覚悟で挑む。大きく息を吸い込んだエレインを見詰めながら、ニコルは大地を蹴り駆けた。
「フレイムマイン!」
「リミットショット!」
少年の熱に当てられたのか、男達も叫んで放つ。赤と青の魔法は空を飛翔して、力を放とうとしたエレインの身体に当たった。
これは単なる偶然か。或いは少年が高めた魔力を警戒したエレインが、取るに足らぬと見逃したが故の必然か。兎角、必殺の準備は整った。
「お見事です! やれば出来るじゃないですか! ならば――私も此処で決めてみせるっっ!!」
真っ直ぐに駆けて、右手を伸ばす。光輝く指先が、硬直したエレインの頭部を掴む。そしてそのまま引き摺るように、ニコルは強く拳を握った。
「必殺! シャァァァァイニングゥッフィンガァァァァァァァァァァッッ!!」
超高熱の一撃が、女の頭部を消し飛ばす。そして、それだけでは終わらせない。身体が其処に残る限り、再生されるのは目に見えていた。故に――大気を操作し剣と化す。
「ソォォォォォォォォォドォォォォォォォォッッッ!!」
振り上げた刃は鐘塔の天蓋を焼き切って、砕け散る瓦礫は雨の如く。振り下ろした光の剣は、確かにエレインの身体を両断した。
巻き上がる炎に飲み込まれて、一瞬で焼失して灰となる怪物。解き放った熱気を霧散させながら、ニコルは冷たい目で残心を取る。
勝利したと言う確信は、まだない。黒焦げになった残骸。だが灰と化しているとは言え、形が残っていると言う事自体が異常である。故にまだ、勝利したと言う確信はなかったのだ。
「……動かない。やった、のか?」
エドワードが、震える声で呟く。瞬間、ニコルの思考は切り替わる。残心と言う形から、次に備えると言う行動へと。
そう言う言葉を口にした時点で、大抵倒せていない。お約束と言うのは、馬鹿に出来ない物だ。何せ怪物と言うのは、精神的な存在だから。
倒せていないかもしれない。そう信じてしまえば、怪物は倒せないのだ。そして今の一言で、ニコルは倒せていないと確信してしまった。
故に逆説、エレインは生き返る。例え死んでいたとしても、ニコルの心を糧に蘇って来るだろう。そんな理不尽を押し通すのが怪物だから。
「マジ、かよ……」
灰の中から、白い肌が現れる。黒焦げになった身体を苗床に、エレインがまた産まれて来る。
悍ましい産声を上げる女を睨み付けながら、ニコルは懐から取り出したマナリーフを全て纏めて口に含んだ。
「不死身だと、言うのか」
口の中に苦みと臭みが広がるが、我慢して咀嚼し飲み干す。それでも回復出来たのは、全力の半分にも満たない魔力。
先の一撃で魔力は、全て使い果たしてしまった。だから今回復した分が正真正銘、最後に残った力と言う訳だ。これ以上は、逆さに振っても何も出ない。
「……嫌になりますが、お約束でもありますね。ボスには大抵、第二形態と言う物がある」
勝てるのだろうか。そんな弱気を抑え付ける。肉体と精神。その双方を同時に滅ぼさなければ、怪物は何度でも蘇ろう。故に、弱気こそが最大の敵である。
そんな風に強がる少年の目の前で、女の姿が変わっていく。背中からは昆虫の足が生え、首は異様な程に伸び、膨れ上がった頭部は異形へと。
「一体それは、何のお約束よ!? 冗談じゃないわ、あんな怪物っ!!」
まるで蟷螂。時には番いすらも喰らって、生き続ける存在。エレインと言う怪物の素性を思えば、これ程に相応しい姿も他にあるまい。
夫の手により蘇生させられ、魂のない肉体はその夫を喰らい生きていたのだ。正にこの異形と化した姿こそが、エミグレの怪物が持つ真の姿なのだと言えよう。
エミグレの怪物が吠えて、修道院に無数の落雷が落ちる。幾つもの棟が崩れ落ちる中、獲物を見下ろす蟷螂女。ネメトンの悪夢は、まだ終わらない。
エレイン強化カウンター 100点(カンスト)
・カウンターが10点を超えた為、ムービーシーンでの行動速度が基本速度となりました。
・カウンターが25点を超えた為、制限時間が発生しました。二時間を過ぎると生命の木が再起動します。
・カウンターが50点を超えた為、ムービーシーンでのみ使用していた即死ブレスを常時使用してくるようになりました。
・カウンターが75点を超えた為、エレインの完成度が向上します。全ての性能が大幅に強化されました。
・カウンターが100点に到達したので、エミグレの怪物はエレインの肉体のみならずエレインの精神も保有していると言う事になりました。物理精神両面で完全に消滅させない限り、怪物は無限に再生を繰り返します。
盛られた結果、ヤバい事になったエレイン。物理精神両面で滅ぼしたとしても、欠片でも倒せていないと誰かが考えた瞬間に蘇生し完全回復します。頑張れ。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
-
ヒロインは一人。純愛ルート。
-
ヒロイン複数。ハーレムルート。
-
ヒロインは甘え。求道者ルート。
-
ウルと二人で漢祭りルート。
-
宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!