憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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99.9%くらいは悪ノリしかないネタ回です。
推奨BGMは、変態共が路上で武器拾う時のアレ。


第30話 性質の悪いジョーク

――1899年5月4日、英吉利はウェールズ――

 

 

 夜の次には朝が来る。朝日が昇れば月明かりが隠れてしまうと言うのは当然で、この幾何学的な建物もまたその常識からは外れていない。

 スペースシャトルか宇宙人の秘密基地か、或いは変形合体する戦闘兵器か。そんな異様な見た目をした建物であったとしても、まだ物理法則は通じているのだ。

 

「では、今日は物質転送装置の実験を行いましょうか」

 

 そんな建物の主である、何だかよく分からない変な生き物。ロジャー・ベーコンはベーコンエッグを突き刺したフォークを掲げると、唐突にそんな言葉を発した。

 食べ物で遊んでいるようにしか見えない天辺禿げに、調理を担当したブロンドの美女は目付きを鋭くする。真似したら駄目よと少年に忠告した後で、彼女は一つ疑問を投げた。

 

「物質転送装置? 何それ」

 

「この家の中央にある、変な形をした何だかよく分からない物の事ですよ」

 

 真似しませんよと返してから、クーデルカの疑問に答えるニコル。極めて曖昧な物言いだが、これで大体伝わる辺りがどうしようもない。

 どうしてこの国にあるのかも分からない卓袱台を囲みながら、クーデルカは家の中心部を指差す。小首を傾げた美女に、ニコルは無言で頷いた。

 

 鉄筋が剥き出しとなった家の中央にあるのは、大きなハートマークの刻まれた謎の機械。其処から伸びる電気コードは、何故だかランニングマシーンに繋がれている。

 これぞ物質転送装置。ロジャー・ベーコンが作り上げた、魔術理論によって動作する機械装置。原作においては主人公であるウル達が、最終決戦の地であるネアメートへと侵入する為に使用した原理不明の機械である。

 

「全く嘆かわしい! 二人揃って、変な物を見る目で見て! どうして貴方達には、あの機能美が分からないんですか!」

 

「機能美とは、一体……」

 

「取り敢えずあれ、掃除する時に凄い邪魔なのよね。捨てちゃ駄目なの?」

 

「捨てちゃ駄目です! そして機能美とは、物質転送装置のような外見をした物の事を言うのです。或いは、この家の外装もまた機能的な美しさと言えますか」

 

 部屋の中央に陣取る巨大な機械は、率直に言って生活の邪魔である。完成したのもつい先日の事ならば、それまでは唯のデッドウェイトと化していた粗大ゴミ。

 捨てては駄目なのかとクーデルカが口にするのも、無理はない事であろう。何せこれは邪魔なだけで、生活の役には一切立たない。寧ろ何をするにも邪魔な分だけマイナスだ。

 

 とは言えロジャー・ベーコンにとっては自信作。空間転移の魔術を機械に代行させると言う試みは、魔術と科学の融合を目指す彼にとっては是が非でも成功させたい事である。

 因みに少年と女には不評なデザインだが、ロジャーにとってはそちらも会心の出来であったりする。故に自信を以って断言する彼の言葉に、久方振りの平穏で色々と緩んでいる少年は流され掛けていた。

 

「……機能美って、変形機構の事を言うんですね」

 

「毒されちゃ駄目よ、ニコル。と言うか、今凄い事言わなかった? 変形するの、これ?」

 

「しますよ。変形」

 

「するんだ。変形」

 

 ネメトン修道院の直ぐ側に、新たに造られた違法建築ロジャー邸。圧し折れた電波塔と宇宙船を足して二で割ったような建築物は、その設計段階で叡智の粋を尽くした大魔術師の無駄な努力が何故か結実しているので変形する。合体は出来ない。

 

「兎に角、今日は物質転送装置の実験です!」

 

 そんな衝撃の事実を耳にして、茫然としているクーデルカ。一先ず思考を放棄して、箸を進めているニコル。

 我関せずな二人の所為で流され掛けた話題を、ロジャーは身振り手振りも含めた強引さで戻す。兎角今日は、転送実験を行うのだと。

 

「ニコルの手を借りて漸くに、動かせる目途が経ったこの装置。ですが動物実験には成功した物の、人間が挑戦した事はまだありません」

 

「動物実験は成功したのね」

 

「……ええ、まあ、あれを成功と言えるのでしたら」

 

 ロジャーの語る説明を聞き流しながらも、クーデルカは少し驚き納得する。流石は伝説とまで謳われた魔術師か、性格は問題しかなくとも能力面では信頼出来ると。

 そんなクーデルカの言葉に、何処か目を逸らしながら呟くニコル。さり気なく零した台詞を聞き逃さなかった女は、眉を顰めて少年へと問い掛けた。

 

「何で口籠るのよ?」

 

「いえ、その。実験に使用した犬には、魔術的な刻印。発信器を取り付けていたのですが……」

 

 問われた少年は口籠りながらも、ロジャーと共に行った実験結果を語る。そこらで捕まえた野犬を使って、行った動物実験の結果を。

 

「この家の入口に飛ばす予定だったのですが、何故か発信器の反応はアジア辺りでしておりまして」

 

「盛大に失敗してるじゃないの!?」

 

 聞いて即座に、罵声を飛ばすクーデルカ。失敗しているではないかと語る彼女に、口籠りながらもニコルは返す。本人も無理があると分かっているのか、目線を大きく逸らしたままで。

 

「……一応、転移自体は成功しているので」

 

「それを成功とは言わないのよ!」

 

「――なので今日! 是非とも人に飛んで貰おう、と言う訳です! 其処、聞いてます!?」

 

「聞いてるわよ! アンタが滅茶苦茶な実験を、成功する見込みもなしにやろうとしてる大馬鹿だって話はね!!」

 

「行き成り酷いっ!?」

 

 長々とした説明を聞き流されていた事に気付いて、ロジャーが怒声を上げるがすぐさま女の罵声に押し負ける。

 余りに冷たい言葉に涙目となった老人は、膝を付いてウジウジと落ち込みながらもクーデルカに言葉を返した。

 

「……何時も思いますけど、クーデルカって結構私への当たりがキツイですよね。もう少し優しくしてくれても、罰は当たらないと思うんですけど」

 

「お生憎様! あたしの優しさは、もう品切れよ。市場は独占されてます、ってね!」

 

 自分の作った傑作への批難を撤回しろと望むのではなく、己への優しさを求める伝説の魔術博士。

 余りにも情けない姿を晒す老人に、美女が返す答えはやはり冷たい。零れる涙を袖で拭って老人は、トコトコと少年の隣へ移動した。

 

「綺麗な女の子を、独占するとか。羨ましいなー。羨ましいなー。このっ、このっ」

 

「……我が師よ。地味に痛いんで、止めて貰えます? あと、元からない威厳の寿命がマッハです」

 

「酷い!?」

 

 肘で少年の脇腹を突いていた老人は、冷たい弟子の視線を前に崩れ落ちる。伝説の大魔術師なのにと呟く老人に、優しさを向けてくれる人は居なかった。

 

「茶番はこのくらいにして、そろそろ実験を始めませんか?」

 

「ニコル? 貴方、乗り気なの? 流石に止めておいた方が」

 

「これは転移魔術用の魔法陣を、最先端の科学技術で再現している物でして。その出来がどれ程に至っているのか。私自身、実に興味深いのですよ」

 

 両手両足を地に付けて崩れた老人を背景に、実験を進めようと語るニコル。思わず正気かと、クーデルカが問い掛けるのも当然だろう。

 直前の動物実験で盛大に失敗していると言うのに、行き成り人体実験をしようなどとは危険に過ぎる。そんな道理は、少年にだって分かっている。

 

(機械的な空間転移。小型化に成功すれば、転送の補助に使えるだけではない。本来は不可能な多重転送や、空間に無数の穴を開け魔法を直接転移させる砲撃。包囲殲滅術式の実用化も狙えるでしょう)

 

 それでも望んでしまうのは、中途半端に未来を描けてしまうから。既にニコルはある程度の知識を身に付けていて、これと同じ物ならば独力で作り出せる。

 ならば後は実験データを集めていけば、小型化や高性能化と言った改良も目指せるだろう。戦闘への応用も既に思い付いていて、分かりやすい強さへの一歩でもあったのだ。

 

「……全く、貴方は。危ないって言っても、聞かないんでしょうね」

 

「ええ、その通り。魔術実験には、常に危険が付き物です。ならば多少の危険ぐらいで、止める心算はありませんとも」

 

 だから、強さを求める少年が危険だからと手を引く訳もない。その性格を良く知るクーデルカは、諦めたように息を吐く。

 少年が力を求めるのは、その無力感が故に。分かっていても、分かっているからこそ、その道を止める事は出来ない。止められないと知っていた。

 

「よくぞ言いました。流石は我が弟子! で、どっちが被験者になります?」

 

「僭越ながら私が。外側からの観察は、昨日の段階で見ていますから。それに何か異常が起きた際、ロジャーがこちらに居た方が対処の手段も多く選べるでしょう」

 

 口を噤んだクーデルカの代わりに、声を高らかに立ち上がったのはロジャー・ベーコン。

 古き大魔術師は気まずくなった空気を払拭する為か、殊更に明るく道化て口を開いた。

 

「成程、確かに。では、移動先を設定しますね。……取り敢えず初回ですし、火星はまだ早いと思うので、月の表面で我慢しましょう」

 

「え?」

 

「え?」

 

 月に行こう。当たり前のように紡がれた、不自然極まりない音叉。思わずと顔を向けたニコルに、不思議そうに小首を傾げるロジャー。そんな二人の姿に落ち込んでいる暇すらないと、クーデルカは頭を抱えて怒鳴り付けるのであった。

 

「先ずは家の入口くらいにしときなさい!!」

 

「ええー。折角なんですし、大気圏突入の感想とか聞きたかったな、って」

 

「……生身で大気圏突入しても生きていられるのは、世界中探してもロジャーだけです。勘弁してください」

 

 怒鳴られながらも、名残惜しそうに返すロジャー。その姿にそう言えば原作でも月に転移していたなと、ニコルは遠い目で思い出す。

 月に転移して、月の石を手にして生身で大気圏突入。ちょっと黒焦げになるだけで帰って来れたのは、ロジャー・ベーコンが不死身の魔術師であったからだろう。

 

 仮にこの転送装置の機能なのだとしても、流石に試す気には成れない。下手をしなくても、落下の衝撃でショック死する。ニコルには、そんな確信しかなかった。

 

「仕方ないですね。じゃあ、設定を我が家の前と入力して…………よし、それじゃ、走りますか」

 

「え、走る?」

 

「自家発電ですので。クーデルカ、走ります?」

 

「嫌よ、そんなの。疲れるじゃない」

 

「ですよねー」

 

 ささっと食事を終えるとロジャーは、機械の前で必要な情報を入力する。そうした後でランニングマシーンに飛び乗って、アナログな発電機を足で回し始めた。

 掛け声と共に走る老人を遠い目で見詰めたまま、食事を終えた少年は感謝を告げてから転送装置のその中へ。少し大分かなり気が進まなくはなってはいたが、怖気よりも執着の方が勝っていた。

 

 そのまま十数分がして、装置の上部に電気が流れる。ランニングと言う人力で発電された電力が、転送装置を動かせる程に集まったのだ。

 ガタガタと今にも壊れそうな音を立てながら、発光する転送装置。不安そうに見詰める女の視線に見送られたまま、少年の身体は光に包まれ消え去った。

 

「ふぅ、疲れました」

 

「消えちゃったわ。……これ、本当に大丈夫なのよね?」

 

 ロジャーが足を止め、電力の供給が止まる。光が収まった後には、少年の姿は何処にもない。

 心配そうに問い掛けるクーデルカに、汗を拭いながらもロジャーは返す。心配はいらないと自信気に――

 

「心配性ですね。さっきから言っている様に、大丈夫ですって――あ」

 

 語った老人は、機械の設定画面を見て硬直した。そんな老人の後ろには既に、笑顔を張り付けた鬼女が居る。

 

「ロジャー? 何が、あ、なのかしら?」

 

「……入力座標、間違えました」

 

 即座に土下座した老人に、振り下ろされる無慈悲な一撃。ロジャー・ベーコンはその日、天に輝く星を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1899年5月4日、洪牙利はビストリッツ――

 

 

 石のように白く硬く、葉の一枚も生えていない枯れた木々。それが無数に立ち並び、陽射しを遮る深い森。

 その上空に放り出された少年は、必死になって魔法を行使する。ブレスの衝撃で落下の速度を如何にか落として、木々の枝を掴んで森の中へと。

 

「くっ、ロジャー・ベーコンめ。上空に飛ばしましたね。大気圏内なら、死なないとは言っていないんですよ」

 

 まるで曲芸のように身体を動かして、如何にか無傷でノーパラシュートダイビングを成功させる。その勢いを転がる事で逃がしたニコルは、泥に塗れながら舌打ちした。

 今少し気を抜いていれば、死にはせずとも重体にはなっていた。その怒りを暫し吐き出すと、身体の調子を確認しながら周囲を見やる。

 

「しかし、此処は何処なのでしょうか? 何やら、見覚えがある森と言いますか。向こうに見える城にも、何故か見覚えがあると言いますか……」

 

 石灰のようにも見える、硬い木の森。その奥には蒼く染まった城が佇み、周囲には人の気配もない。

 何処かで見た事があると考えて、感じたのは少しの違和感。頭の中で背景を太陽から月へと変えてみれば、その景色はピタリと一致した。

 

 此処は蒼き城。洪牙利はビストリッツに聳え立つ、変態吸血鬼共の巣窟である。そうと気付いたニコルは、満面の笑みで口を開いた。

 

「……帰りましょう。例の一族に遭遇する前に」

 

 ギャグキャラは、ロジャーだけで十分だ。お腹一杯所か壊しそうな程に、老人だけで十分濃ゆい。これ以上の濃度は要らない。

 笑顔の仮面を被った少年は、その場で身体を一回転。森の出口は分からないけれど、一先ずあの城から少しでも離れようと逆方向に歩き出す。

 

(とは言え、まあ遭遇する事もないでしょう。例の一族は確か、百年単位で眠りに就いている筈ですから)

 

 駆け足で進みながら、考えるのはそんな事。彼の変態吸血鬼達は、その殆どが数百年単位での眠りに就いている。

 先ず遭遇する事はあり得ない。仮に万が一出くわしたとしても、この時期ならば目覚めているのは比較的真面な次男である。

 

 礼節を以って対応すれば問題はないかと、少し安堵しながら歩を緩める。そんな少年の思考は、しかしフラグであったのか。

 

「う、うーん、だっち」

 

「…………」

 

 何か金色の変なのが居た。下手な呻き声を上げている蝙蝠は、変態一族の中でも最上級の(ツワモノ)だ。少年の顔が、思わず引き攣る。

 けれど少年は諦めない。痛む頭を抑えながらも、その場で身を翻すと逆方向に。金色の蝙蝠は、取り敢えず見なかった事にすると決めた。だが――

 

「う、うーん、ニャ」

 

「…………」

 

 何か桃色のも居た。身を翻して数歩進んだその先で、如何にもな演技をしている蝙蝠。片目を小さく開いてチラチラと、少年の事を見詰めている。

 

「…………」

 

 ニコルは静かに息を吐き、真っ青な空を見上げる。何処までも晴れ渡った綺麗な空が、何故か不思議と恨めしい。高所から落ちた所為だろうか、吐き気と頭痛も酷かった。

 

(これ、どうしよう)

 

 前門のヨアヒム。後門のヒルダ。変態吸血鬼一族のツートップに囲まれた少年は、空を見上げて静かに思う。悲しい事に、誰も答えてくれはしなかった。

 

 

 

 

 




理想:ニコル「どんな危険があろうとも、新たな力を得る切っ掛けとなるならば!」
現実:ニコル「……危険は危険だけど、何か思ってた方向性の危険と違う」

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!

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