憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

34 / 58
或いは輝かしい日常。

※諸事情により、日付変更。一部記述修正(2020/10/05)


第33話 何でもない日常

――1899年12月25日、英吉利はウェールズ――

 

 

 幾何学形の塔内に、作り上げられた浄水設備。魔法と科学が高度に融合した産物は、時代を百年以上は先取りしている代物だ。

 これまた時代錯誤な合成洗剤を泡立てて、食器を洗うクーデルカ。寒村生まれの女はこの技術を見て原理を聞かされた際に、随分と驚かされたのを覚えている。

 

 配管を流れていく排水は、浄水処理をされた後で海に流されると言う。上水として利用しているのは逆に、ポンプで組み上げ科学と魔術で其々浄化された水なのだと。

 蛇口を捻るだけで水が流れて、直接飲んでも腹を壊さない。近年まで下水が飲料水に混ざってしまった結果、コレラに苦しんでいた倫敦の街とは余りにも大違いである。

 

「もう此処に来て半年は経つのに、何度使っても慣れません。本当に凄い技術ですよね」

 

「そうね。けどこれに慣れたら、他の所で生活できなくなりそうだし。寧ろ、慣れない方が丁度良いんじゃないかしら」

 

 流れていく水の透明さに、感嘆の声を上げるふくよかな少女。ヒルダの言葉に、クーデルカは苦笑しながら水を切った皿を手渡す。

 受け取った少女は微笑みを浮かべたまま、手にした布巾で吹き上げテーブルの上に。四人分の食事量ともなれば、洗い物だけでも結構な量となる。

 

 手伝ってくれてありがとうと女が告げれば、逆に家事をしてくれてありがとうとふくよかな少女は返す。

 何もせずに文句ばかり口にする細い方とは異なって、ふくよかな方のヒルダの事をクーデルカはそれなり以上に気に入っていた。

 

「そう、ですよね。こんな便利な生活に慣れたら、駄目人間になってしまいそうです」

 

「その言葉、細い方に聞かせてやりたいわ。本当に貴女達、同一人物なの?」

 

「あ、あはは。……えっと、何時もご迷惑をお掛けして、申し訳ございません」

 

 細身の時と変わらぬ黒のゴシックドレスが、今にもはち切れそうになっている。そんな肥満体質の少女は、苦笑いを浮かべて頭を下げる。

 太った今の彼女にも、細い時の記憶は共有されている。だからどうしてあんな事を言ってしまったのだろうと、こっちのヒルダは何時も後悔してばかりだ。

 

「あー、悪いわね。別に貴女の方を責める心算はなかったのよ。反省するべきなのは、あの細い方だから」

 

「でも、どちらも同じ私ですから。悪い事をしたのだと思ったら、ちゃんと謝らないといけません」

 

 輝く澄んだ瞳で語るふくよかな少女に、クーデルカは少し罰が悪そうな顔をする。その善良さは好ましいが、少しばかり苦手でもあるのだと。

 因みに嫌いじゃないが好きでもない細い方は、寧ろ慣れ親しんだ腹黒さを見せてくれるから対処は簡単だ。雑に扱っても心が全く痛まないと言う意味で。

 

「……ロンドンじゃ今も、汚水を捨てる為に北海まで船が出てるくらい。それを思えば、流石は伝説の大魔術師って事なんでしょうね」

 

 このまま謝罪を返しても、お互いに頭を下げる事の繰り返しになるだけだ。以前の経験からそれを知るクーデルカは、少し強引に話題を戻す。

 

 大国ですら対応に困る排水問題を、あっさりと解決している大魔術師。数百年を生きる伝説と言うのは、伊達ではないのだろう。その叡智は、こんなにも身近な場所にも隠れている。

 

「ロジャーさんは、本当に凄い人ですよね。けど、だからこそ残念です。ロジャーさんが色んな国を手伝えば、きっと沢山の人達が笑顔になれるのに」

 

「人の世に失望した。見切りを付けたって言うのは、本音なんでしょうね。何時もあの調子だから、誤解しそうになるけど」

 

 口にして、クーデルカは居間へと視線を向ける。転送装置を挟んだ向こうに置かれた卓袱台を囲んで、弟子へと講義をしているロジャー。

 老いた魔術師は殊更に明るく振舞うが、その内心ではどれ程に人の世に失望しているのか。だと言うのに、少年を導こうとしてくれている。それを素直に、女はありがたいと思うのだ。

 

「――以上が特定の物質から、任意の原子のみを取り出す際の基本となる魔術理論です。此処までで何か質問などはありますか?」

 

「ロジャー師。質問なのですが、この術式を用いれば原子番号92の同位体を核変換させる事も可能ですよね。以前の講義にて学んだ魔術式を応用すれば、中性子粒子の再現も可能。合わせて行えば、莫大な動力源となると思うのですが」

 

「良い目の付け所です。確かに不安定核の分裂は、瞬間的に膨大な熱量を生み出します。ですが問題点もありまして、分裂し続けるエネルギーは科学的にも魔術的にも制御し切れないのですよ」

 

「……制御しなければ良いのでは? 使い捨ての発破代わりと捉えれば、火力は十分なのだから有効かと。遠隔で発動出来るように調整すれば、敵対者は根こそぎ消し飛びますよ」

 

「なにこの子怖い」

 

「ああ、そうだ。分裂の瞬間に圧力が掛かるように魔術式を仕込めば、発生する想定熱量が大幅に向上しますね。ならば初期に必要となる不安定核の量は最小限で済む。この程度の量ならば、その辺の石や土からでも生み出せるかも……」

 

「なにこの子怖い」

 

「必要となる魔力が想定でも天文学的な数字になってしまう事が問題ですが、転移装置と同様に一部を機械に任せる形で必要条件を埋めていけば――――究極的には、全ての場所で全ての物を材料に核分裂反応を発生させる事が可能となりそうですね!」

 

「なにこの子怖い」

 

 特殊な化学反応を発生させて、汚水を浄化する装置。其処に用いられた化学反応を発生させる魔術式を師が説明すれば、即座に高度な軍事利用を思い付く弟子。

 悪魔的な発想を満面の笑みで語る少年に、ロジャーは戦慄を隠せない。恐怖の余り語彙力を失って壊れたラジオのようになった師をよそに、ニコルは様々な思考と膨大な計算を脳内で進める。

 

 物理現象で精神世界に干渉し、精神干渉で物理現象を引き起こす。ロジャー・ベーコンの叡智は、魔術における常識を覆す程の代物だ。

 無論、物理現象を起こす魔術と言う物は古くより存在していた。だが石をパンに変えると言った奇跡の類は、相応以上に消費が重い物でもあった。

 

 消費は重く、術式自体も高度で扱い難い魔法。それをロジャーは、部分的に機械化すると言う方法で簡易化したのだ。

 魔法と科学が高度に融合した、魔科学とでも呼ぶべき技術。それを知り得た事で、ニコルの選択肢は大きく増えた。強さを求める少年が、この事実に喜ばぬ筈もない。

 

 とは言えロジャーが実際に作り上げたのは、持ち運べないサイズの魔術装置ばかり。戦闘で使おうと考えるのならば、一工夫が必要となってくるであろう。故に必要となるのは、発想の転換と成る筈だ。

 

「ニコルさん。ロジャーさん。お勉強も大切ですけど、そろそろ少し休憩してはどうですか?」

 

 壊れたラジオと化した師を前に、思い付きを実用可能か検討していたニコル。そんな彼らに、洗い場から戻って来たヒルダがお盆を両手に問い掛ける。

 柔らかく微笑むふくよかな少女がその手にしているのは、人数分に切り分けられたキャロットケーキ。ふと時計を見てみれば、アフタヌーンティーには丁度良い時間であった。

 

「ロジャー師。如何なさいますか?」

 

「……ええ、そうですね。少し休みましょう。正直、疲れました」

 

 師事する立場なのだからと問い掛けたニコルに、疲れた顔で頷くロジャー。教えては不味い事を教えてしまったのではと戦慄する老人には、一先ず心を休める為の時間が欲しかったのだ。

 

 机の上に広げられた資料をニコルとロジャーが片付け、ヒルダが甲斐甲斐しくケーキの載った皿と人数分のカップを並べる。次いで戻って来たクーデルカが、ポッドに入った紅茶を注いで回った。

 

 そうして皆が腰を下ろすと、其々に手を伸ばす。フォークでケーキを切り分けて、口へと運ぶ。ほろほろとした食感と共に、口の中に優しい甘みが広がった。

 

「ほう、これは見事な。作られたのは、クーデルカですか?」

 

「違うわ、この子よ」

 

「えへへ。クーデルカさんに教わって、頑張ってみました」

 

 シンプルだが品の良い味わいに、称賛の言葉を伝えるニコル。少年が作り手と思われる女に問い掛けてみれば、しかし返るは否定の言葉。

 調理を担当していたクーデルカではなく、ケーキを作ったのはヒルダだと言う。その話を聞いて思わずニコルは、目を丸くしたまま本音を零していた。

 

「まさか、あのヒルダが料理を覚えるとは」

 

 400年も生きているのだから、多少は調理経験もある筈だろう。更に大抵の料理を作れるクーデルカが共に居れば、ヒルダが調理をしてもおかしくはない。

 そう理屈で考えれば理解も出来るが、如何にも納得し辛いのはスリムのイメージが強いからか。世が世ならば、彼女は全てインスタントな食品で済ませそうな性格だと。

 

「こっちの方は、筋の良い教え子よ。……やっぱり今日も、夕食は高カロリーメニューにしましょう」

 

 そんな本音を零した少年に苦笑しながら、クーデルカは少女の髪を撫でる。実年齢を考えれば逆なのだが、素直な少女がまるで妹分のようにも思えていた。

 

「あ、今日もお肉ですか! 嬉しいです。クーデルカさんの御飯はとても美味しいですから」

 

「……毎日お肉ばかりで、老人は少し胃もたれしてきているのですが」

 

「別に死なないんだから、文句は言わない。不満があるなら、アンタが作れるようになりなさい」

 

 純朴で慈愛に満ちた妹分を気に入っているからこそ、調理を担当するクーデルカはその権限で連日肉料理ばかりを作っている。

 血液が料理に混ざってしまう事も警戒していて、其処には太らせたままを維持しようと言う強い意志が見て取れた。

 

 細い方も嫌いではないが、別に好きな訳ではない。だからとカロリー計算を行う女に、付き合わされる老人は嘆息しながら甘味を咀嚼した。

 

「ああ、そうだ。クーデルカ、それにロジャーとヒルダも、少し良いですか?」

 

「ん、どうしたのよ?」

 

「いえ、皆が集まっているなら、丁度良いかと思いまして」

 

 雑談を交えながら、穏やかに進むアフタヌーンティー。皿のケーキが無くなったタイミングで、フォークを置いたニコルは口にする。

 話をしておくべき事があると、言われて皆が食器を置いて目を向ける。視線が集まった事を確認してから、ニコルは彼らに向かって告げた。

 

「突然の話ではありますが、明日より暫く外します。少し、遠出をしなくてはならないので」

 

「……本当に唐突ね。何時もの外出とは違うの?」

 

「ええ、受けた任務地が任務地ですので。少なく見積もっても、片道三ヶ月以上は掛かりますかね」

 

 クーデルカ達と過ごし始めて、もう間もなくで一年程。その間にも少年は何度か、このロジャー邸を離れている。

 何かと理由を付けて外出していたのは、サピエンテス・グラディオの構成員と連絡を取る為。だからその期間も、精々一日二日だけ。

 

 これまでで最も長かったのは、転送装置の事故で洪牙利に飛んでしまった時である。着の身着のまま飛ばされてしまった所為で、戻るまでに十日も掛かった。

 だがそれでも、十日程の期間で済んだのだ。だと言うのに、今度は片道三ヶ月以上。場合によっては更に長引くというのだから、クーデルカの表情が曇るのも当然だろう。

 

「往復で半年以上となりますと、結構な距離ですね。どちらに向かわれるのですか?」

 

「上海ですよ。大連までは既に祖国が実行支配しているのですが、その周囲で幾つかオカルト絡みの問題が起きていまして」

 

 そんな女の顔色に気付かない振りをしながら、ニコルはロジャーの問いに答える。目的地は以前に決めた時から変わらず、西洋列強の欲望が渦巻く上海の地。

 表向きの理由として、用意したのは正教会の任務。嘘偽りでも捏造でもなく、実際に国からそうした依頼が来ていたのだ。だから都合が良いと、ニコルはそれを受ける事にした。

 

 それが年明けを待たずして、ニコルがこの英吉利の地を旅立とうとする理由の一つだ。

 

「ドイツ、イギリス、フランスに日本。ロシアを除いても四ヵ国が大陸の分割を行っているので、祖国としても他国に弱みは見せたくないと」

 

「危険じゃないんですか? 不安です」

 

「でしょうね。各国の対立だけではなく、裏の世界も近年は大きく動いています。直接の戦闘は必須ではないとは言え、一筋縄ではいかないでしょう」

 

 神妙に語るニコルが急ぐもう一つの理由は、間もなく徳壊が行動を再開すると言う原作知識があるからだ。

 

 1900年と言うのは、原作において重要な出来事が起きる年だ。主人公のウルムナフが母を失い、日向の血が宿す降魔化身術に目覚める年なのである。

 

 惨劇を齎す下手人の名は、“九天真王地行仙”徳壊上人。彼が再起しようとする時分に敢えて合わせようとする理由は、一つに行動を読み易いと言う物があるからであり――――だがきっと、それだけでもないのだろう。

 

「ニコル。私も――」

 

「いえ、クーデルカは此処に居て下さい」

 

 そんな少年の旅立ちに、クーデルカは口を挟もうとする。だが言葉が形となる前に、ニコルが冷たい声音で断じる。その理由の一つは、女を危険な場所へと連れて行きたくなかったから。

 

「これはロシア正教会に依頼された、国家からの依頼です。立場の異なる人間を、連れて行く訳にはいきません」

 

「けど……心配よ」

 

 だってニコルには守れない。少年は弱いから、年の離れた友人を失った。無力感を呼び覚ましたその出来事は、まだ記憶に新しい。

 まして今度は上海だ。其処に潜む邪仙の力は、確実にエレインを上回る。そんな場所にどうして、誰も守れないニコルが大切な人を連れて行けるか。

 

 だから任務を理由にして、少年はクーデルカの同行を拒絶する。そして一つの言葉を紡ぐ。不安そうな顔をした女に向かって、語ったのは本音であった。

 

「大丈夫。ちゃんと戻って来ますよ。また、ここに」

 

「ニコル」

 

 戻って来る。戻って来たいと思えている。貴女が居るこの場所が、今は帰るべき場所なのだと。胸に宿ったその感情は、果たして何と呼べば良いのか。

 少年にはまだ分からない。幸せになって欲しい女性を、大切だと感じている。小さな子どもに分かっているのはそれだけで、けれどそれだけは本当だ。

 

 だから言葉は真摯に響いて、女は異論を口に出来ない。納得は未だ出来ずとも、大切に思われていると分かるから。クーデルカは顔を俯けて、小さく頷くのであった。

 

 

 

 

 

「あのー、私達、空気になってます?」

 

「ロジャーさん。こういう時は、口を開いちゃ駄目ですよ。静かにです。しー」

 

 放置された老人は呆れた様に呟いて、太った少女は顔を真っ赤にして人差し指を口の前に立てている。

 そんな二人を置き去りにしたまま、少年は道を選び取る。選ぶとは、異なる何かを選ばぬ事。この瞬間に決まった未来を、少年はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 




次章から暫く、クーデルカさんはお休みです。なのでもう一つくらいヒロインイベントをさせてから、ニコル達は上海へと出立します。

尚、今回の話でストックが完全に尽きたので、次話かその次あたりで毎日更新はストップするかと思われます。
今後は不定期更新となりますが、それでもお付き合い頂ければ幸いです。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。