憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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所詮ニコル

推奨BGMはFate(加藤との決別時に流れたやつ)です。


第36話 宿命

 

――1900年4月15日、中国は哈爾濱市近郊――

 

 

 旅路の途中で冬も明け、残寒の厳しさも和らいで来た頃。桃色の小さな蝙蝠を引き連れて、年若い少年は川縁を歩いている。

 雪解け間もない大河を挟んで遠く、向こうの岸に居並ぶのは露西亜様式の建造物群。哈爾濱市に続く松花江の大橋を、渡る心算はしかしない。

 

 橋梁技師の指揮の下、線路の敷設に従事する国籍様々な作業者達。怪異が現れると言う危険な場所で、それでも作業を進めるのは如何なる故か。

 ニコルが橋を渡らぬ理由は、そんな彼らの安全確保を重点した為。大橋を渡り哈爾濱市に入るより前に、松花江に潜む怪物を退治しようと言うのである。

 

「しっかし、あんま綺麗な川じゃないニャ」

 

 橋の掛かる大河に沿って、ゆっくりと歩を進めるニコル。ボンサックを担いだ少年の左肩から、飛び立った桃色の蝙蝠が小さく呟く。

 くるりと宙を舞いながら、川辺に近付き水面を覗く。流れる水は透き通ってなどおらず濁っていて、お世辞にも褒められた水質をしていない。

 

 折角大きな川なのに、これでは余りに勿体無い。一頻り飛び回ってから、水に触れずにニコルの下へと。

 態々荷を負った右肩へと音もなく留まる蝙蝠に苦笑を漏らして、ニコルはボンサックを左肩へと担ぎ直して言葉を返した。

 

「急速な発展の弊害ですね。哈爾濱市はこの数年で、大きく様相を変えたそうです」

 

 小さな肩にヒルダを乗せたまま、少年は川の水を片手で掬う。指の隙間から滴り落ちる水滴が、掌に残すは泥にも見える不純物。

 工業化の弊害。濾過されずに垂れ流された排水が、本来ならば透き通っていた筈の液体に色を付ける。僅かに残った悪臭は、人の罪とも言える物。

 

「4年前の露清密約。露西亜による東清鉄道建設が始まると同時に、哈爾濱市の価値は大きく向上しました。交通の要所となった訳ですからね」

 

 拡大政策を取る帝政露西亜。彼の国が極東に作り上げた、軍事と商業における一大拠点であるウラジオストク。

 極東方面における最大規模の都市へと物資を運び込む際の中間地として、満洲里一帯の土地はとても都合が良かった。

 

 故に日露戦争の後、日本に占領された領土を返還させる代償に、露西亜は満洲への駐在と治外法権を認めさせたのだ。

 そうして露西亜の手によって、哈爾濱の町は大きく作り変えられていく。だが余りにも急激過ぎる発展は、当然代償を伴ってもいた。

 

「多国籍な人種が流入し、自然環境を考慮しない急激な開発が進み、このような形となった。人心すらも顧みない開拓によって、この国は大きく荒れています」

 

 橋を造り、鉄道を敷き、建物を建てる。自然環境には配慮せず、土地の慣行なども軽視して、実利を求めて食い荒らしている列強諸国。

 不平等を押し付けられて、これまでの生活を壊されて、諸国から食い物とされている大陸。扶清滅洋と、怒りの声を上げるのも無理はない事なのだろう。

 

「国が荒れれば、壊れるのは人心や治安だけではありません。世の乱れは、オカルトの世界にさえも大きな影響を与えてしまう」

 

 だが、だからこそと言うべきか。彼らはどちらも、頓着さえしていない。壊された瓦礫に汚される水が、争い流れ出た血に濡れた土が、晒された死骸の腐臭に満ちた風が、如何なる想いを抱くのか。

 

「例えばもしも、古くに神と呼ばれた異形が居たならば。怒り狂うのも当然でしょうね。それだけの事を、人はしてきた」

 

「か、神って……ニコルはそういうのが、暴れているって思うニャか……?」

 

「まあ、大河で災害。それも国家事業を妨害出来る程となれば、生半可な水妖とは思えませんからね。更に言えば、この国の惨状です。神の怒りの一つ二つ、起きても不思議じゃないでしょう」

 

 古くは自然災害を、超存在と見立てて祀った神話伝承。現実ならば唯の信仰に過ぎなくとも、この世界ならば何が居てもおかしくない。七福神や悪魔の存在こそ、その証明。

 

 神と称される程の妖物異形は、古来は多く在ったのだろう。そして祀り崇める事で抑えられていた存在が、この惨状で歪まないと言う道理もない。多くの物が穢されて、祈りも届かなくなれば、神であろうと堕ちるだけ。

 

「中国で水神となれば、想定するべきは龍の類ですかね。下手な小妖よりも巨体である分、与し易いと言えるでしょうか。一定の実力があれば、の話ですが」

 

 そんな嘗て神と呼ばれた信仰対象が、零落した怪物と化して暴れているのか。或いは神と呼ばれるだけの力を持った、唯の怪物が暴れているだけなのか。

 恐らくはそのどちらかであると、ニコルは知りえた情報から推測している。そしてどちらであったとしても、構いはしないと割り切っている。どちらであっても変わらぬから。

 

「……神様殺して平気なの?」

 

「何、所詮は人が付けた定義の違い。神も悪魔も妖怪も、人外と言う一点においては同じ物。人に害を為すならば、適切に処分させて頂くだけです」

 

 堕ちた神など、魔物と何も変わらない。汚れた掌を布で拭って、微笑むニコルはそう断じる。ヒルダが抱くような戸惑いは、この少年の内にはない。

 どうせ異形の怪物など、人の世が発展すれば否定されて消えていくもの。3年後にはこの鉄道も完成するのだ。それ即ち、3年後には神の如き水妖も消えていたということ。

 

 これは最期の足掻きなのだろう。人の発展に擦り潰されて、潰えていく異形たちの叫びであるのだ。だがそれに気付いた所で、一体何が変わると言う。

 ニコルが何もしなくても、結局何も変わらない。嘗て神と称されたモノでも、今の世ではその程度。其処に抱く感情など、意外と弱いんだなと言う感想だけ。

 

「正当な怒り。当然の主張。妥当な行為。だとしても、力が無ければ通らない。奪われるのは、弱いから。弱者に何かを望む事など、決して許されはしないのです」

 

 或いはアポイナの塔からマリスが解放されて、怪異が蔓延る世となれば結果も変わるのだろうか。そんな風にも思うが、態々試す理由もない。

 力が無ければ、何も為せない。弱者には何一つとして、権利などありはしないのだ。それは人であろうが、神であろうが、変わることなき絶対真理。

 

 少なくともニコルは、心の底からそう信じている。力こそが絶対的な指針であるのだと、幼き頃から刻み込まれた経験が彼の心を歪めているのだ。

 弱者には、権利などない。弱き者に許されるのは、嘆き苦しみ後悔しながら死ぬことだけ。それが嫌だと言うのなら、力を求めて変わらねばならない。

 

「何か、それ。悲しいニャ」

 

 彼の肩に留まるヒルダは、その言葉に何とも言えない不快を感じる。それは違うと否定したいが、否定の言葉が浮かばない。そんな胸が詰まるような不快さを。

 だから口に出来たのは、そんな些細な感情論。呟くような言葉に説得力などなかったから、ニコルは何も追及しない。否定も肯定もする価値なしと、黙って流すだけである。

 

 そうして彼らは、それ以上の言葉を交わすこともなく其処に着く。気付けば足が止まっていた理由は、目を見開かんばかりに驚愕したから。

 

「え? な、何ニャ? 何で?」

 

 桃色の蝙蝠は、その光景を前に言葉を纏められずに居た。元より軽い頭で語彙力など不足しているが、戸惑っているのはそうした理由な訳がない。

 巨大な生き物が居る。民家どころか鉄道よりも大きな怪物は、鰐に似た顔と蛇に似た細長い胴を持つ。ニコルが想定した通り、長く生きたであろう龍。

 

「もう死んでるニャ!?」

 

 それが陸に揚げられて、緑の枯れた木に突き刺さって死んでいる。まるで百舌鳥の早贄だ。獣が狩りの成果を誇るかのように、死骸を風に晒している。

 今も死骸が纏うマリスは、ニコルが想定していたよりも大きな量。死して尚もそれ程の力を宿す龍だ。真面に戦ったならば、苦戦は免れなかっただろう。

 

 そんな巨大な怪物がしかし、ニコルの眼中には入っていない。そんな路傍の石よりも遥かに、重要な相手が其処に居たから。

 

「ああ、これは運命か」

 

 龍が晒す死骸の向こう側。川辺で小さな焚火を燃やして、その火に当たっている姿。火で炙っている肉は、巨大な龍から奪ったものか。

 ニコルの視線に気付いて立ち上がり、頭を抱えて苦しみながら、その姿を異形に変えていく。そんな光景を見なくとも、彼が誰であるかなんて分かっていた。

 

「いいや、ここは彼に合わせて、宿命とでも言いましょうか」

 

 ニコラス・コンラドにとって、その男は特別な相手である。決して忘れられない、決して見逃せない、意識せずには居られない人物。

 

 最早掠れて思い出せない前世においては、唯只管に憧れた。画面を介してその活躍に目を輝かせ、その最期に何度も何度も涙した。

 シャドウハーツと言う作品において、最も好きだと断言出来るキャラだった。そんな男の感情はなくとも、そんな男の記録ならば彼にはある。

 

「神殺しの男。くくく、奇縁ですね。こういう形で出会うのが、私達の宿命だったようだ」

 

 原作のニコルにとって、その男は何よりも執着した相手であった。己の手で殺さねばならない。そうでなければ、一歩たりとも進めはしないと。

 嫉妬し、憎悪し、憤怒した。お前が居るから、お前が居なければ、唯それだけを叫んで追い掛け続けた。そんなニコルの、本質は何も変わらない。

 

 この世界において、異界の知識を得た少年は激情を抱いた。彼の本質は、原作の彼と何一つ変わらないから抱いた情は同じもの。

 

 神を殺して世界を救った。その功績に嫉妬した。本当ならばその賞賛は、ニコラス・コンラドこそが得る物だったのに。

 何度戦っても勝てない事実に、その嫉妬は憎悪へ変わった。どうしてニコラス・コンラドは勝てないのだと、その記録を見て歯痒く思った。

 どうしようもない現実に、もう憤怒するしかなかった。幼くして母を失い、唯一人で生きてきたのは同じなのに。どうしてお前は己とそんなに違うのか。

 

 シャドウハーツと言うゲームの知識を前世の記録を見ることで知った時点で、ニコルは既に原作の彼と同じ思いを男に対して抱いていたのだ。

 だから己の無力を知る度に、何かを失い続ける度に、心の何処かで思ってきた。あの男ならばきっと、こんなことにはなっていなかった筈なのだと。

 

 煮詰まり続けたその感情は、最早信仰にも等しい程に。憧憬と嫉妬と好意と憎悪と歓喜と憤怒が入り混じった、燃えるような瞳でニコルは男の姿を睨む。

 

「な、何ニャ、アイツ!? 人、じゃない!? てか顔怖っ!? 肌も肉もない骸骨ニャッ!?」

 

 思わずと零れてしまったニコルの言葉に、弾かれたように顔を向けたヒルダもそれを見る。巨大な龍の死骸に目を奪われていて、気付けなかった小さな影。

 身長は、ニコルとそう変わらない。だが違う。人ではない。捻じれたその手が、馬の蹄にも似た足が、背に負う巨大な翼が、何より血肉も皮もない顔が、それが人ではないと示している。

 

「冥刹皇」

 

「え? ニコル、あれ知ってるかニャ!?」

 

 角の生えた異形。神を喰らう、悍ましい悪魔。其処に佇む怪物の、名を呟いた少年。ニコルは絶えず、彼の事を見詰めていた。

 ヒルダは気付かない。龍の死骸に見向きもせず、悪魔の姿だけを見詰め続けていたニコル。その内にある狂気と執着に、他者が気付ける筈もない。

 

「ふ、ふふふ、くはははは」

 

 自然と、その口元が弧を描く。腹の底から湧き上がる想いが、溢れ出して止まらない。その衝動を抑えずに、僧服の子供は嗤う。

 思わず動揺して振り返るヒルダや、怪訝そうに視線を向ける悪魔に対し、取り繕おうとも思えない。それ程の激情が、その小さな胸に渦巻いていた。

 

「え? え? に、ニコル?」

 

 彼とニコルは、実は似ている。その境遇が、その生い立ちが、とても良く似ている。まるで合わせ鏡のように。

 

 ニコルも彼も、母の手で育てられた。そして二人とも、幼い時分にその愛しい人を亡くしている。

 ニコルも彼も、父の背を目指して歩いた。だが後を継いだ男と違って、ニコルには何も残らなかった。

 

 似ているのに、しかし違う。同じなのに、男には出来てニコルには出来なかった。そうした嫉妬と同族意識が相まって、歪んだ結果があの執着。

 憑依したニコルは、そう考える。己の破滅を回避する為に、何故執着したのかと何度も何度も自問して来た。だからこそ、ニコルは今の自分の状態にも気付いている。

 

「下がっていなさい、ヒルダ。距離を取って、近付いてはいけませんよ。危険ですからね」

 

「ニコル……」

 

 分かっていて、もう抑える気はなかった。だからボンサックを投げ捨てて、その歩を宿命の男の下へと進める。まるで鏡合わせのように、彼も同じ歩調で近付いてくる。

 胸を突き上げる激情は、強く強く強くなっていく。憧憬も嫉妬も好意も憎悪も歓喜も憤怒も、何もかもが溢れ返って収拾なんて付かない程に。この宿命に、彼は嗤った。

 

 無数の激情が混ざり合い、自問自答の中で熟成された。歪み切ったその感情は、言語化すらも難しい代物。それが唯質量だけを増大させて、今この場に爆発しようとしている。

 純粋さとは対極に位置する混じり気しかない激情は、しかしだからこそ他の何に向けるよりも重いもの。そうとも、ニコラス・コンラドにとって、彼こそ一番で特別なのだ。

 

 或いは得られたかもしれない絆を目の前で嗤いながら砕いて、己と言う存在を完膚なきまでに歪めてみせたグレゴリオ・ラスプーチンよりも。

 或いはニコルと母を救えた筈なのに、救おうという素振りすら見せてはくれなかった実父であるニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフよりも。

 

 或いは在りし日にニコルに愛を教えて、幸福になってと抱き締めてくれた。少年が救えず別れねばならなかった母よりも。

 或いはこの今もニコルの事を想ってくれて、約束を交わした彼が戻って来る日を待ち続けているクーデルカ・イアサントよりも。

 

 これまでの全てよりも強く強く、この男の事を想っている。勝ちたいのだと。負けられないのだと。踏み躙って、上に立たねば自分自身を保てないのだと。

 故に出会えば、こうなる以外に道がない。そうと分かっていたからこそ、探そうとはしなかった。だが出会ってしまったならば、それが宿命(サダメ)と言う事だろう。

 

 殺さねばならない。生かしてはおけない。その存在は許せない。踏み躙って勝ち誇らねば、己は己で居られない。ならばこそ、少年はその手に剣を執るのだ。

 

「変身を解け、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガ!」

 

 邪魔な蝙蝠(ヒルダ)を振り払って、満面の笑みでその名を呼ぶ。第一声と放った言葉は、奇しくもドンレミで起きた邂逅のそれと同じ物。

 人間に戻れと口にしたのは、原作に倣うべきだと感じたからか。いいや、或いは唯単純に、その顔を見たかっただけかもしれない。そんな下らない執着心。

 

 そんな言葉を聞いた悪魔は、片手で頭を抱えてから光に包まれる。彼の体から発した光が収まったその後に、立っていたのは先とは全く異なる姿。

 

「……誰だよ、お前」

 

 白い光の中から現れたのは、血のように赤い瞳をした少年。首から下げた勾玉風の装飾と、丈の合わないコートが特徴的か。

 

 ニコルは知っている。羽織るコートの丈が何故、彼に合っていないのか。勾玉風のタリスマンに、一体どんな意味があるのか。彼の事なら、ニコルは全て知っている。

 ウルは知らない。目の前で嗤う少年が、何故に己の名を知るのか。ウルは知らない。態々変身していたのは、素性を隠す為だと言うのに。無意味になった理由も知らない。

 

「ニコル。ニコラス・コンラドだ。会いたかったぞ、ウルッ!」

 

 見知らぬ他人に名を呼ばれ剣を向けられ、警戒心を露わとする少年。唸る獣のように睨み付けるウルムナフの問い掛けに、ニコルは深い笑みを浮かべて答える。

 会いたかったと唐突に言われても、ウルは混乱するだけだ。訳が分からないと戸惑いながら、出来ることは身構えるだけ。そんな少年へと向かって、ニコルは告げる。

 

「先ずは――その力、見せて貰おう!」

 

 同時に大地を蹴り上げて、一拍の後には間合いの内へ。銀閃が空を走り、赤き雨が大地を濡らす。此処に、宿命は交差した。

 

 

 

 

 




転生者が混じっていようが、原作知識を有していようが、所詮ニコルはニコルである。
奴はウルムナフの熱狂的な信者にしてストーカーにして敗北者じゃけぇ。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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