ニコルは所詮ニコルなので、亜細亜編はウルが主人公。
推奨BGMはAstaroth。ウルが主人公なので、ニコル戦の音楽です。
ウルムナフにとって、それは余りにも唐突な出来事であった。理不尽、と言っても良い。だがそれは今、目の前にある現実だけに限っての話ではない。
理不尽続きだ、と嘆きが僅かに脳裏を過ぎる。しかし目下に迫る脅威を前に、浸っている余裕などはない。
襲い掛かって来る敵を前にして、彼は一歩後退することを選択した。
一先ず距離を取れば、と言う考えはしかし甘い。既に達人の域に居る敵手の斬撃は、一歩退いた程度で躱せるような物ではなかった。
「はぁ、いきなりかよ」
銀閃が閃いて、ウルの右腕が宙を舞う。二の腕から先を切り落とされて、しかしウルは平然とした様子。切り飛ばされた右腕を、左手で掴み取ると今度は3歩。
それで漸く、続く二撃目はギリギリ躱せた。本当に紙一重。己の頭髪が切り落とされて少し軽くなった光景に、内心冷や汗を搔きながらも平然とした素振りで掴んだ腕の断面を傷口へと押し付ける。
ぐちゅりと肉の蠢く音がして、傷口は一瞬で塞がり繋がる。不快な感触に耐えれば数秒とせずに、その傷口は元通り。
掌握動作を3回程。腕を回して平然とした素振りを見せれば、大抵の相手は化け物がと罵りながら怯えて退くものである。
「疾っ!」
だが、ウルの嘲り顔に対して、ニコルと名乗る少年が躊躇うことはない。化け物であることなど最初から知っていると言わんばかりに、苛烈な斬撃を繰り返す。
ウルは舌打ちを一つ、迫る刃を大きく跳んで回避する。紙一重では追い付かれる。歩幅3歩でもまだ足りない。優に5歩分の距離を取りながら、銀閃を躱し続けた。
「全く、何なんだよ、色々さ。全っ然、意味分かんねぇんだけど」
ウルが攻撃を躱す度に、深まっていく相手の笑み。歪に過ぎるニコルの表情に、不気味さと苛立ちを隠せずに吐き捨てる。
全く以って理不尽だ。何故ニコルが己の事を知っているのか分からなければ、何故にこうして襲われているのかも分からないのだから。
「けど、取り合えず――」
けれどそう、理不尽にはもう慣れた。少し前の己では想像すらも出来なかった現実が、少年の心と世界を大きく歪め変えたのだから。
母を亡くした。父は帰って来なかった。そして少年は、化け物になった。手足が捥げても直ぐに治る、正真正銘の怪物に。
静かに暮らしていた農村が、滅ぼされたのは2ヶ月前。悲しみが風化するにはまだ短く、それでも慣れてしまうには十分な時。だから、理不尽にはもう慣れた。
「――テメェはぶっ飛ばしても良い奴だな」
迫る銀閃を前に、思考の中身を切り替える。戦いは良い。悲しい事も苦しい事も、何も考えなくて済む事だから。
ウルムナフは拳を握る。構えは知らない。ボクシングのファイトポーズにも似た姿勢は、我流と言うにも程遠い見様見真似の産物だ。
「貴様に、それが出来るのならばな」
故にニコルは嗤うのだろう。鍛え方が足りないと、一目見れば分かるのだ。そんな未熟に過ぎる拳打など、警戒するに値しない。
打って来いと言わんばかりに、ニコルは一端剣を引く。侮蔑の感情。見下す意志を隠さずに、向かえ打たんとするニコルの姿にウルは一歩踏み込んだ。
「おらっ!」
「はっ」
苛立ちを込めた右の拳で、放つ一撃は空を切る。鼻先を掠めていく拳を前に動揺もせず、ニコルは最小限の動きだけで躱してみせた。
そうして余裕の笑みを浮かべたまま、しかし反撃は行わない。こんなものかと見定める瞳に、苛立ちを募らせたウルは更に左の拳を振るう。
だが、やはり結果は変わらない。暖簾に腕押しと言わんばかりに、的確に見切られ当たらないのだ。余裕の笑みが崩れない。
三撃。四撃。五撃。六撃。続けて放つ拳の数が十を超えても、一撃足りとて当たらない。掠り傷にもならない位置を、完全に見切られていた。
「クソっ、この野郎」
まるで当て付けだ。ニコルの斬撃を、ウルは結局見切れず大きく躱すしかなかった。その事実を嘲笑うかのように、態と紙一重で躱し続けている。
「フュージョン無しでは、こんなものか。……正直、私は失望し始めている」
都合、二十度。躱され続けた拳は最後、ニコルの左手に掴まれた。右の手首を握られ引き摺られ、息が掛かる程の距離で告げられるのはそんな事。
余裕の笑みに、侮蔑の瞳。其処に混じり始めたのは、彼の語った通りの色合いだ。唐突に仕掛けて来た少年は、身勝手に何かを期待していて、裏切られたと思っている。
「こんなものか、ウルムナフ? こんなものなのか、ウルムナフ? この程度ではないだろうっ!」
「意味、分かんねぇよ! 変身を解けって言ったのは、お前の方だろうによっ!!」
淀んだ瞳に見詰められながら、睨み返して吐き捨てる。同時に自由な左手を動かし狙う。流石にこの距離ならば外さぬだろうと――そんな楽観視なんて抱いていない。
殴り付けた左手が、二の腕から先を失っている。目にも留まらぬ速さで切り落とされたのだろうと、見切ったのではないが、予想出来たのは生まれついての才覚故か。
この短時間の攻防で、研ぎ澄まされている。だから慌てる事もなく、次なる一手を直ぐさま打つ。腕が駄目なら足を使う。足でも駄目なら、頭を使えと。
至近距離での蹴撃は、軽い跳躍で躱されて空を切る。ならばと掴まれた手を折り曲げる事で引き寄せて、その額に向けて頭突きした。その一撃は確かに当たり、互いの額に血が滲む。漸くの有効打にウルは笑う――暇さえなく、投げ飛ばされた。
「うっ、このっ!?」
大きく宙を一回転して、地に落ちたのは背中から。一瞬、呼吸が止まって動きが鈍り、敵の姿を見失う。直後にウルが感じたのは、脇腹を抉るような鋭い痛みだ。
小さな身体が再び宙を舞い、今度はうつ伏せに地面へと。川辺の泥を舐めながら、見上げるウルが蹴り飛ばされたのだと理解したのはその直後。足を振り抜いた姿勢のままで、見下ろす姿が見えたから。
「この程度か? この程度か? 否っ! この程度の筈がない! 貴様がウルならば、この程度であって良い筈がない! そうだろう、ウルゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」
「だから、意味が分かんねぇって、言ってんだろ!!」
額から流れ落ちる血に、一体何を感じているのか。よろめきながらも立ち上がったウルに、ニコルは一体何を期待しているのか。
ウルには分からない。この現状が、あの惨劇の日が、ずっと続いている理不尽が――何もかもが分からないのだ。だから彼は子供らしく、憤りを叫ぶだけ。
「突然襲い掛かって来やがって、馬鹿じゃねぇの!? 挙句に駄目出しとか、ほんと馬鹿じゃねぇの!? 駄目! アンタ、ひねくれ過ぎ! ほんっと、馬鹿じゃねぇの!?」
何でこんな事をしているのか、それさえも分からない少年の言葉。怒りを抱いて当然だ。憤りを感じて当然だ。突然剣を手に襲い掛かられて、罵倒されるなど意味が分からないにも程がある。
けれど、それだけだった。それだけなのだ。ウルが抱いているのは、怒りや憤りだけである。敵意や悪意もあるだろう。だがそれが殺意や憎悪にまで至っていないのは、その性根が善良であるからか。
「語彙は稚拙で、知性も感じられない。碌な教育を受けては来なかったと見える。……哀れだなぁ、子は親を選べない!」
故であろう。ニコルは敢えて、その言葉を口にする。期待に応えてくれぬのは、その温さが理由であろうと。信仰にも似た執着を以って、ニコルは最大の地雷を踏み抜いた。
「……テメェ、後悔すんなよ」
ウルの脳裏に浮かんだのは、守りたかった母の姿。守れなかった、母の姿。彼女を馬鹿にした敵を前に、敵意は殺意へ形を変えて膨れ上がる。
人型の相手に対して使うには、忌避感があった力を使う。少年は己の心の中へ。その心象が描き出した墓地の底に、埋められた化け物としての力を求めて。
「ぐ、う、ぉぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
少年が殺した化け物は、この墓場に埋められる。埋葬されて尚、憎悪を叫ぶ怪物達。墓穴から引き摺り出したその力と、融合する力こそが降魔化身術。
同化の瞬間に溢れ出す、憎悪と殺意の嵐に藻掻く。僅かでも気を抜けば闇に溶けて消えてしまいそうな思考と、全身を苛む激痛。息も出来ずに喘ぐような、叫びと共にウルの姿が変わった。
冥刹皇。漆黒の霧に包まれた、翼持つ悪しき夢魔。憎悪思念をその身に宿して、小凶神へと変じたウルは大地を蹴って飛翔する。
爆発するような勢いに地面が割れて、それさえ気にせず前方へと飛翔した悪鬼はその手を伸ばして振るう。その速さは、先とは比較にならぬであろう。
〈ふ――っ〉
「は――っ」
されど、動き自体は変わらない。目には留まらぬ速さであれど、動作自体が変わらないなら予測は容易い物なのだ。少なくとも、ニコラス・コンラドにとっては。
故に怪物の拳打を、白銀の剣が迎え撃つ。真向から切り結べば刀身が持たぬとは分かっているから、狙うは拳を支える腕。ニコルの斬撃は、狙いを寸分たりとて違えない。
「流石は音に聞こえし降魔化身術。成程、大した速度だ」
〈だったら当たれよ、クソ野郎!〉
くぐもった声で罵声を浴びせるウルの手は、最初の対峙と同じく宙を舞っている。融合しても変わらぬ結果に、彼我の感情は重みを増していく。
ウルの怒りが、ニコルの失意が、隠せぬ程に拭えぬ程に。見下す価値すらないのかと、無色に変わっていくニコルの瞳。睨み返すウルは、即座に腕を復元させた。
「動きが単調なのですよ。それでは獣と変わらない」
〈クソがっ!〉
融合した今ならば、拾って繋げる必要さえない。己の心が闇に飲まれない限り、ウルに死は訪れない。故に被弾を恐れずに、ウルは更なる攻勢へと。
加速を乗せた右の一撃。腕を物理的に伸ばして間合いを広げた左の一撃。羽を使って空に舞い、両足揃えてドロップキック。思い付くままに、様々な手で責める。
(何で、こんなに当たらねぇ)
だが、その全てが躱される。先のように紙一重と言う訳ではないが、それでも一撃さえも掠りはしない。責めても責めても、削られるのは己の五体だけである。
単調だからと防がれるなら、何故に様々な動きをしても躱されるのか。経験が足りないが故に、ウルムナフには分からない。分からないから、彼は愚直に突き進む。
(何が足りない。何が足りない。どうすれば、奴をぶっ飛ばせる!)
足りない頭で思考を回しながら、息も吐かせぬ速さで攻め続ける。何時かは敵が疲弊して、一撃当たるのではないかと。そんな期待を否定するのは、彼の抱える本能だ。
それでは駄目だと、ウルは本能的に察しているのだ。だから足りない頭を回している。最後まで馬鹿にされたまま敗れ去るなど、断じて許容出来る事ではないのだから。
(速度だ。速度が足りない。もっと、もっと、もっと早く動ければっ!!)
殴り続ける少年は、結論として其処に至る。ニコルの見切りを崩す術など思い浮かばず、その技量を超える方法なんて分からぬから。
もっと強く成れば良い。より早く、より強靭に、より高い性能を。見切られても関係ない程に、己が早く動けたならば――きっと勝利は叶うだろう。
「……こんな物ですか」
だが、そんな事は起こらない。戦闘中に技能が磨かれ成長する事ならば起こり得るのだろうが、身体能力が急激に向上するなど現実ではあり得ない。
降魔化身術の再生力を使えば、筋肉の超回復も望めるだろう。それでもニコルが積み上げた経験と言う時間を、覆す程の成長なんて望めない。そう、少年は理解したから。
(何だよ、その目は)
「詰まらない。下らない。取るに足りない。所詮はこの程度だった、と言う訳ですか」
失望は、此処に極まった。期待が大きかったからこそ、その落差はより激しく。路傍の石でも眺める瞳で、修道服の少年は剣に光を宿す。
あれは己を殺せる。闇を抱く者への大敵だ。本能的に察したウルは、だがそれ以上に憤る。敵の瞳に。その込められた感情に。余りにも身勝手な、ニコラス・コンラドと言う存在に。
(ふざけ、やがってぇ)
「どうやら貴方に期待し過ぎた、私が愚かだったようです。……では、お終いにしましょうか」
勝手に期待して、勝手に失望して、挙句の果てに興味すらも勝手に失う。ゴミを拾ってゴミ箱に捨てようと、そんな気軽さで終わらせようとしてくる敵。
許せない。認めない。せめて己を見ろ、と。溢れ出さんとする程の怒りと憤りを抱えたウルムナフは、しかしこのまま敗れるのだろう。このままでは、勝利の可能性などありはしないから――――ならば、今此処で新たに掴み取れば良い。
〈舐めてんじゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!〉
少年の瞳に映るは、彼の心が描いたグレイブヤード。巨大な門。嗤う四仮面。墓穴を掘る狐面の男。どす黒い雲が空を覆い尽くし、大地には大小様々な墓石が立ち並ぶ。
そんな世界の中で、一つの墓に光が灯った。溢れ出す輝きは黄色。自由を求める魂が、光と共に墓石より解き放たれる。更なる速さを望んだ少年は此処に、新たな力と姿を手に入れた。
「が――っ!? 風、だと……!?」
爆風と共に、飛翔する。音さえも置き去りにしたその速度が、ニコルの予測を確かに超えた。完全に見切っていたからこそ、その速度差に対処出来なかったのだ。
故に一撃、その質量を真面に受ける。風を纏った体当たり。無防備に受けた一撃は、唯それだけで彼我の状況を一変させる。怪物の攻撃など、人に耐えられる物ではないのだから。
吹き飛ばされて地面に転がり、血反吐を吐きながら起き上がる。骨が幾つ砕けたか、内臓が幾つ潰れたか、己に問うよりも前にニコルは見上げる。空に舞う怪物を。
「烈風奇か! 土壇場で、目覚めるとはっ!?」
梟を思わせる相貌に、羽毛に覆われたその身体。両の肩から先に腕はなく、代わりに生えるは身の丈よりも巨大な翼。
ハルピュイアを思わせる、鳥人間とでも言うべき異形。この土壇場でウルムナフは、進化とさえ表現出来る程の成長を遂げていた。
「は、ははっ、はははっ、やってくれる!」
対するニコルは、たった一撃で重体だ。流血で思考と感覚は鈍り、五体は上手く動かない。これは拭いようがない、人の血肉の脆さである。
人間は化け物と戦う為には、常に優位に立たねばならぬのだ。ほんの一瞬でも油断をすれば、こうして覆えされてしまう。それを不遇と嘆くか、それを理不尽だと怒るか、それが普通だとするならば――
「だが、そうでなくてはなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
歓喜しているこの少年は、一体如何なる異常者か。命に関わる程の流血をしながらも、その眼は今まで以上に爛々と。歪んだ笑みは、正しく狂人のそれである。
故に追い詰めた筈のウルが、逆に飲まれた。理解出来ない存在に、恐怖と嫌悪を強く抱く。されどそれも一瞬だ。すぐさま勝った怒りを胸に、巨大な翼が風を切る。
「はは、はははっ! 早い速い迅いがしかしぃっ、動きの単調さは変わっていないなぁぁぁっ! ウルゥゥゥゥゥッッ!」
(ちっ、この野郎。速攻で反応してきやがった!)
時の力を操る翼を使って、上空からの超高速突撃。隕石の落下さえも思わせる襲撃に、ニコルはしかしその場で剣を合わせてみせた。
ニコルはウルの動きを完全に見切っているのだ。ならばどれ程にウルが加速しようとも、タイミングを合わせる事は決して不可能な事ではない。
(しかも、クソ痛ぇ。このフュージョンは、いつものより打たれ弱いのか)
突撃の瞬間を察知して、直撃する直前に躱しながら切り付ける。神業と言う他にない対処をあっさりとしてのけるニコルに、戦慄しながらもウルは翼を羽搏かせる。
反撃で切り付けられた傷は、冥刹皇の時よりも重い。明らかに防御力が落ちている。故に追撃を受ければ一溜りもないと、即座に上空へと退避する事を選択したのだ。
上空を飛び回る烈風奇の動きは早い。逃げに回れば剣は無論、魔法の類も届かない。このフュージョンを維持する限り、ウルは常に機先を制する事が出来るであろう。
そしてニコルとて、無傷で突撃を防げる訳ではない。纏う突風の余波だけでも、人の身には辛い物。ならばこのままヒットアンドアウェイに徹すれば、結果は実に順当だ。
「かはっ! ははは、軽い、軽いなぁっ! ウルゥゥゥゥゥッ!」
(んの野郎っ! 殴られながら、殴ってきやがる! 威力も何時ものより低いのかよ!?)
と、成る筈もない。無防備に受ければ重症になる突撃でも、事前に障壁を用意し肉体を強化しておけば被害の軽減は可能である。
タイミングを完全に合わせれば、受ける被害よりも与える被害の方が大きくなるのだ。なればこそ、仕掛けたウルの方が手痛い傷を負う。
(このままじゃ、ジリ貧だ。この鳥じゃ、力が足りねぇ)
如何に頭が足りなくとも、数度も繰り返せば理解する。突撃する度に反撃で、削られていくウルも気付いたのだ。このままでは不味いのだと。
流血しながら狂ったように笑うニコルは、全く倒れる素振りを見せない。アドレナリンの大量分泌で、神経が麻痺しているのか。楽しげに剣を振り続ける。
或いはこのまま上空を逃げ回っていれば、何時かは倒れてくれるのだろうか。そんな弱気が胸を過ぎるも、即座に怒りを以って否定する。
この相手がそんな間の抜けた倒れ方をするとは思えないし、何よりそんな形の勝利など欲しくはない。競い合って、勝ちたいのだ。馬鹿にしてきたコイツに分からせたい。故に更にと、ウルは求めた。
(もっと強く。もっと、強くだ!)
そして再び、グレイブヤードに光が灯る。これまでに得た全てを、これからに得る全てを、燃やし尽くすかの勢いで少年は先へ先へと進み続ける。
上空から襲い掛かった凶鳥が、落下の途中で姿を変える。全身を覆う羽毛は燃え上がり、肥大化した筋肉の鎧に包まれる。背より盛り上がった肉塊は、第三第四の腕へと形を変えた。
鬼を思わせる形相。炎を纏う四本腕が、ニコルに向かって振るわれる。烈風奇の速さに合わせて動いていた少年は、急激に遅くなった一撃に反応し切れない。
高速の一撃を防ぐ為に合わせた剣が、四本の腕とぶつかり合う。拮抗は一瞬で、押し負けたのは鋼の剣。硝子のような音を立て、ガラハッドソードは無残に折れた。
「ははっ! また変わるか! 今度は……炎武か!!」
それでも、笑う。武器を失い、衝撃を殺す為に後ろに跳んで、そこまでしても防ぎ切れずに血に塗れる。そんなニコルは、嬉しげに楽しげに笑っている。
敵がウルムナフだから。他の誰かであったなら、罵倒や憎悪を漏らしていたであろうに。ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガだからこそ、これで良いのだと彼は笑った。
「良いぞ! 基準値こそ低いが、爆発力は中々だ! それでこそ、それでこそだ! ウルゥゥゥゥゥッ!!」
〈意味分かんねぇこと、くっちゃべってよ! 殴られて嬉しそうに笑うとか、お前変態かよ!?〉
「ははは、笑いもするとも! 宿敵が強大であればある程、踏み躙り乗り越えた時の歓喜もまた格別なのだから!」
気持ちが悪いと吐き捨てながら、追撃を仕掛ける為にウルは駆け出す。だがそれよりも先に、ニコルは動いた。大地を蹴って更に後退すると、呪言を口遊んで光を放つ。
次々と降り注ぐ光の魔法が、炎武と化したウルの身体を射抜いていく。攻撃に特化したが故の身体では、光の雨は躱せない。当たれば耐えられない程ではないが、それでも痛みに動きが止まる。
「きっと、貴様にも分かるだろうよ! ウルゥゥゥッッ!!」
〈分かりたくもねぇよ、糞ニコル!〉
その間に、更に更にと広がる距離。ウルは理解する。このフュージョンでも駄目だと。炎武では近付けない。近付く前に、磨り潰される。
ならばと下した判断は即座に。心身両面から襲い来る苦痛に耐えながら、ウルの肉体が三度変貌する。溢れる風と共に、烈風奇へと変じた少年は空に踊った。
(鳥のフュージョンで近付いて、四本腕に変わって殴る。したらアイツが逃げるから、また鳥に変わって追い掛ける!)
風を切って舞う鳥は、急降下の直後に鬼へと変わる。加速を殺さず接敵し、四つの拳を敵へと振るう。敵に自由を渡さぬ事こそ、勝利に繋がる道だと信じて。
大地を駆ける若き神官は、凶鳥の初動を完全に読み切って動く。加速度と距離を計り間違えず、的確に躱して迎撃。大きく後退しながら魔法を放ち、確実に敵手の力を削っていく。
積み重ねた被害に、ウルが根を上げるのが早いか。緩急極まる攻勢に、ニコルが対処をしくじるのが早いか。
流れ続ける流血に、ニコルが意識を失うのが早いか。溢れ出し続ける心の闇に、ウルが喰われて消えるのが早いか。
此処に、状況は拮抗した。細かく揺れ動く天秤は、どちらに揺らいでもおかしくはない程に。ならば彼我の優位を分けるは、勝利を求める想いの強さ。
(ちっ、詰め切れねぇ。変身の切り替えが遅ぇんだ。もっと早く変われれば、もっと多く殴れるってのにっ!)
少なくとも、ウルムナフはそう考える。だからもっとと、勝利を求める思いを強く。勝ちたいと言う願いを強く。祈りに応えるかの如く、足りない要素が埋まっていく。
烈風奇から炎武への変化が、或いはその逆が。よりスムーズに、より素早く、硬直が無くなれば反撃される隙も減る。敵に迎撃を許す事が無くなれば、詰め将棋の果てに勝利を得られる。
気付けば、笑っていた。それは互いに。きっとウルは認めないだろうが、これはある種の救いであったのだろう。
全力で競い合う事が、本気で勝利を求める事が、他の事など考える余裕なんてない事が、もう簡単には得られない物であったから。
「ふ、は……また変身の速度が上がったな! 成程、壁が高ければ高い程、お前は成長するのだな! ウルッ!」
そうとも、互いに笑っていたのだ。他の誰かに迫られれば、恐怖と強迫観念故に荒れ狂っていたであろう。だが相手がウルだからこそ、こうでなくてはとニコルは笑う。
嫉妬している。だがそれ以上に、憧れている相手であるから。放つ魔法を躱す度に、動きが洗練されていく宿敵との競い合い。其処に歓喜と満足を、覚えない訳がない。
〈嗤ってられんのも、今の内だけだっっ!!〉
ウルの速度が更に増す。最早、ニコルの対応でも間に合わぬ程。天秤は此処に傾く。このままならば、ウルムナフが勝利する。ならばそんな幕引きを、ニコルが許す訳もない。
「来い! サクノスッッ!!」
〈――――っ!?〉
瞬間、走った悪寒に逆らわずに後退する。後一歩で詰められると言う状況で、迷うことなく逃げの一手を選んだのは正解だった。
(あれは、ヤベェ……)
文字通り空を割って、何処からか飛来した剣。血塗れのニコルがその手に持つ蒼白の大剣は、邪龍の背骨を研磨し作り上げたとされる伝説の魔剣。
せわしなく周囲を見回している眼球が、柄尻に埋め込まれている趣味の悪さ。それ以上に感じるのは、触れただけで飲まれると感じる程のマリス量。
ネメトン修道院の地下深く、眠っていた魔剣。その由来を知らずとも、その危険性はウルにも本能だけで理解出来た。
あれを受ければ、変身している状態でも耐えられない。直撃は致命に至ると悟り、同時にニコルならば確実に直撃させてくると理解する。
(くそっ、もう近付けねぇぞ……)
達人級の剣士が、当たれば即死の武器を得た。端的に言えばそれだけの現状において、ニコルの間合いは即ちウルの死地である。
下手に近付けば、その瞬間に負けて死ぬ。どうしたものかと逡巡し、大きく距離を取ったウル。それこそがニコルの思惑通りなのだと、彼には分かっていなかった。
「……ウル。貴方は気化熱と言う現象を知っていますか?」
妙に熱を感じさせない口調で語りながら、ニコルは髪飾りを片手で外す。特徴的な三角形の飾りを血に塗れた口元へと運ぶと、少し遅れてパキリと髪飾りの割れる音が響いた。
〈はっ、知らねぇよ〉
口に含んだ飾りを、嚙み砕いて飲み込む。明らかにおかしな行動を行うニコルの問いに、ウルは知るかと鼻で笑いながら警戒する。
何かをしようとしている。そんなことはウルにも分かる。分かってはいるが、さりとて対処の術がない。異形の剣がある限り、間合いの内には踏み込めない。
出来ることは精々、間合いの外から牽制する程度だろうか。だがそれでニコルを倒せるとは、全く以って思えなかった。
「液体は蒸発する際に、周囲の熱量を吸収します。冷蔵設備や空調設備などには、一部にこの原理を利用しています。発熱と送風を制御出来れば、物体を冷却させる事も可能なのですよ」
〈……聞いてねぇし〉
だから烈風奇の姿から、炎武の姿へと変わる。何が来るか分からず、下手な対応は首を絞めるだけ。ならば耐えることを選択するべきだ。そんな至極当然の判断は、しかし致命的なミスである。
「風を操り大気の層を生み出し、その内側の気圧を操作。同時に気化による熱量移動を行う事で、生み出されるのは疑似的な大型冷凍庫。水場でそれを急速に行えば、さて如何なる形となりますか」
(何だ? 周囲が、冷たく?)
炎の体が、凍り付く。否、ウルの身体だけではない。ニコルを中心に溢れ出さんとする大寒波は、見渡す限りを氷の内に閉ざさんとその力を示すのだ。
「受けなさい!
不味いと、認識するよりも早くに凍り付く。誰も彼も、逃れ得る事など叶わない。地平線の果てまでも、対流圏の高さまで、大氷結が覆い尽くす。
当然、ウルムナフもまた逃れる事は出来なかった。少年の意識は此処で途切れる。届かなかった悔しさと、勝てなかった口惜しさと、ほんの僅かな熱を抱いて。
「地平線の果てまでも、凍て付かせる大氷結。如何に早く動こうと、逃れる術はありません」
己が血で口元を濡らす少年は、傷を癒しながら小さく呟く。誰に聞かせるでもない言葉に、返す事の出来る者など居はしない。
激闘を繰り広げていたウルムナフも、離れて見ていたが巻き添えを食らった桃色蝙蝠も、誰も彼もが氷の中に閉ざされ閉じ込められている。
「ですがっ! まだでしょう! こんなもので、こんな程度で、貴方が終わる筈がない! 終わって良い理由がない! そうでしょう、ウル!!」
だが、ニコルは信じていた。確信していると言っても良い。これで終わりではないのだと。だって何故なら、相手はウルなのだから。
原作の主人公。本来のニコラス・コンラドが、終ぞ勝てなかった男。果てには神を殺す程にまで至る、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガ。そんな彼が、この程度で倒れるなどあってはならない。
そう信じられるだけの、才覚は既に見た。今は取るに足りない実力しか持っていない様子だが、戦闘の中で爆発的に成長する資質を有する。ならばどうして、この状況を打破できない理由があるか。
「きっと乗り越えてくる筈だ! いいや、必ずや踏破してくるに違いない! 乗り越えられる程に進化して! そんな貴方を超える事で、私は更に強くなる!!」
だからニコルは備えているのだ。見極めなどとはもう言わない。本来使う心算もなかったサクノスまで取り出して、傷を治しながらに思うは敵はどんな対処をしてくるか。
順当に炎武の炎を高めて、氷を溶かして来るのだろうか。或いはバルバリアやファイデスのような、続編の高位フュージョンを出して来るかもしれない。だとしたら己は、どんな力で迎え撃つべきか。
高速で回る思考は全て、この後も続く戦いについて。向かって来ないのではないか、と言う不安はない。寧ろ己が相手を過少評価してしまうのではないか、と言う不安すら抱いている。だって相手はウルなのだから。
「さぁ、来い。来い。来い。来い。来い来い来い来い来い、来いっ! ウルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」
さあ、今にも氷が砕けるだろう。さあ、今にも敵がやって来るぞ。大氷結を乗り越えて、更なる力を手にしたウルムナフが己を倒しにやって来る。
それに勝つのだ。そしてそんな己をも超えたウルムナフを、更に踏み台としてやるのだ。そうして初めて、ニコルは高みに至る。
嫉妬と言うには純粋で、憎悪と呼ぶには物悲しく、憧憬と語るには濁っている。そんな執着を抱いて、ニコルは待つ。ウルムナフの、成長を。進化とさえ表現出来る程に、彼が目覚める瞬間を――――
「………………何故、来ない」
だが、来ない。いくら待とうと、どれ程に期待しようと、ウルムナフは立ち上がらない。それはそうだろう。彼も人間なのだから、無限の進化など望める筈もない。
執着し過ぎている。神聖視が過ぎるのだ。だからこうして、その限界を見誤る。そんな単純な事実にすら、誰も指摘してはくれないから気付けない。気付けないから少年は、唯々愚直に待ち続ける。
「こんな所で、止まる? この程度も、乗り越えられない? ウル、なのに?」
もう少し待てば動く筈だ。もう少し経てば乗り越えて来る筈だ。きっとニコルが油断するまで、ウルは待っているのだ。そんな誤魔化しも時間と共に、膨れ上がる失意と落胆を覆い隠せなくなっていく。
中点に座していた太陽が沈むまで、待ち続けた所で現実は何一つとして変わらない。空が暗くなって漸くに、もう無理なのだと理解する。失望は大きい。落胆は深い。一度は歓喜したからこそ、納得なんて出来やしない。
「………………」
能面のように無表情となったニコルは、指を弾いて術式を解除する。地平線の果てまでも閉ざしていた氷は、ゆっくりと溶け出して水に変わって流れていく。
そんな変化を待つ気も失せた少年は、炎を灯した腕を残る氷の中へと突き刺し入れる。澄んだ水晶を思わせる氷柱を砕いて、気絶したウルの首を片手に掴んで引き摺り出した。
引き摺り出した少年を、そのまま地面に向かって放る。雑に扱う理由の半分が苛立ちならば、もう半分は警戒心。掴んでいると殴られるのではないかと、心の何処かでまだ期待していたから。
だが当然、そんな高望みは叶わない。投げ捨てられたウルは、大地に伏せて動かない。深まる落胆を抱えたまま、無言のニコルはウルの下へと近付いていく。さあ、どうしたものだろうかと。
「……母、さん」
その耳に、小さな声が届いた。掠れるような声が、恋しいと嘆くような声が、助けを求めるような声が耳に届いた。それを理解した瞬間、ニコルの身体は無意識の内に動いていた。
「が――っ」
うつ伏せに倒れた少年の腹を、右足を使って蹴り上げる。身体が九の字に歪む程の蹴撃は、殺意しか感じられない程に鋭い。唯の人間ならば、これで内臓が破裂していたであろう程。
(……気に入らない)
無防備な腹に一撃を受け、喀血しながら目を覚ましたウルムナフ。状況把握も出来ぬままに藻掻く少年を見下しながら、ニコルは静かに苛立ちを募らせる。
理不尽であるとは分かっている。身勝手にも程がある意見なのだろう。だが、ニコラス・コンラドは想ってしまうのだ。こんな者が、ウルムナフであって良い筈がないと。
(弱いウルなど、敗北して母を求める子どもなど、私の知るウルムナフ・ボルテ・ヒュウガじゃない)
元来、ウルムナフと言う男の心は弱い。幼い頃に母を失い、己が身に宿った怪物に喰われる最期を絶えず恐れ続けていた男だ。
汚い言葉や強気な態度はそれを隠す為の強がりで、本質的には心優しい子供の頃から何も変わっていない。そんな男であるのだと、ニコルは確かに知っている。
だがそんな男は、愛する女と出会って変わるのだ。強がりを捨て、弱さを受け入れ、本当の意味で強くなっていく。その姿に、どうしようもなく憧れた。
憧れたのは、“ニコルになる前の誰か”だけではない。憎悪に歪んで執着した、“原作のニコル”だけでもない。その記憶を見て知った“此処に居るニコル”が憧れたのだ。
だからこそ、憤怒する。余りに弱く余りに脆く、強がり続ける事さえ出来ていない。その姿に、
ウルはこんなに弱くない。負けたからと言って、母に縋る男じゃないのだ。そんな風に己の理想を押し付けて、苛立つ行為を身勝手と言わずになんと言う。
(……私は貴方に勝ちたかった。原作のウルムナフを打ち破る事で、何も果たせなかった原作のニコルを乗り越える。それだけが、明確にそうだと断言出来る、私だけの望みであった)
身勝手な理不尽でしかない言い分。己の言に一片たりとも正当性が存在していない事は、ニコル自身が一番良く分かっている。分かっていて望んだのは、それだけが
ラスプーチンを倒したいのは、成し遂げたい目的ではなく必要な手段でしかない。強くなりたいのも同じく、そうならなくては何も得られないのだと知っているから。
父に真意を問い掛けたいと言うのは、どうだろう。己の希望と言えなくもないが、母の事が無ければ関わろうとすら思えなかったであろう。上手く明言出来ない、複雑な情が絡むのだ。
だからこそ、これだけだと断言出来る。この男との戦いだけが、果ての勝利だけが、何も混じらず純粋に、ニコラス・コンラドが求めていた唯一無二の物だったのだと。
(だと言うのに、此処にウルなんて居なかった)
「ぐ、ぁ――――っ」
四つん這いで見っとも無く嘔吐いている少年の頭を踏み付け、地面に叩き付けて踏み躙る。表情一つ変えずに見下すニコルとて、此処で決着を付ける心算などはなかった。
決着を付けるのは、己の過去を清算してから。師を殺し、父に問い、母の無念を晴らす。そうした後で、為したかった己が欲。空虚な己が唯一つ、理由もないのに、己で為したいと思えた事。
(こんな出来損ないに勝った所で、私の心は満たされない。勝って当然ではないですか、こんな弱い奴になど)
だが、ウルムナフは弱かった。だからまだ、出逢うべきではなかったのだ。此処で出逢う事が無ければ、将来に向けて見定めようと思う事もなく、こうして落胆する事だって起こり得なかった。
そうとも、ウルムナフは弱いに決まっているのだ。原作において彼が目覚めるのは、母を失った瞬間。10歳になって初めての冬、それが終わろうとしていた時期の事。ニコルとの年齢差を考慮すれば、早くとも今年の頭に起きた出来事。
精々3ヶ月にも満たないのだ。それまでが甘ったれの泣き虫で、喧嘩の一つも真面にした事がない。そんな子どもが3ヶ月にも満たぬ時間で、強い男になど成れている筈がない。
だからまだ、出逢うべきではなかった。これでも上出来の部類に入るのだと分かっていても、満たされる筈がなかったから。決着を付けるその時まで、出逢うべきではなかったのだ。
(足りないのは、経験でしょうか。私がこうして半殺しにし続ければ、何時かは私の知るウルムナフに成るのでしょうか)
それでもやはり、執着心は掻き消せない。未熟であっても、満たされる程ではなくても、それでも可能性は示されていたから。
ウルムナフは成長出来る。生き残る事さえ出来たなら、きっと己の知るウルムナフにも成れる。そう信じる事なら、まだ出来たから。
思うのだ。このウルムナフを育ててみようかと。踏み躙られて泥と血反吐に塗れる子どもを、嬲り続けて強くするのはどうだろうかと。
(だが、それではその度に見せ付けられる。あの最強でなければならない神殺しの、こんなにも未熟で無様な姿を)
同時に浮かぶのは、その行為に己が理性が耐えられるかと言う問い掛け。即座に出た結論は、否と言う単純ながらも揺るがぬ結論。
ニコルはウルムナフに憧れているからこそ、彼と同じ名前と顔を持つ子どもが見せる無様な姿に耐えられない。膨れ上がる怒りは直ぐに、抑えられない殺意に変わろう。
(ならば――)
ならばそう、彼に敵を用意しよう。己が理想に相応しい、成長の道を用意しよう。そして己以外の相手を乗り越えながら、無様に足掻いて藻掻いて強くなって貰えば良いのだ。
「聞きなさい、ウルムナフ」
幸運な事に、ニコルはその材料を知っている。ウルムナフに相応しい敵の存在と、戦うに足る理由を知っている。だからそれを吹き込んで、精々踊って貰うとしよう。
「貴方は知りたくはありませんか? 母の死の理由。父の死の真相。一体誰が、貴方からそれを奪ったのか」
踏み付けていた足を動かし、屈み込んで耳元で囁く。妖しい熱の籠った言葉を受けたウルは、刻まれた痛みすらも一瞬忘れて双眸を見開いた。
「…………お、まえ」
「私は知っていますよ。私はそれを知っている。知りたくはありませんか、ウルムナフ」
半ば茫然自失して、言葉を咀嚼しているウル。そんな彼に向けて作り笑いを浮かべたまま、ニコルは更に思考を進める。真実を伝えるのは、今であるべきか否か。
結論は否。まだ信憑性が足りない上に、信じて突っ込んだ所でウルムナフが自滅する。不本意ながらも最初の内は、直接手解きするべきだろう。視線の先に、甘美な餌を吊るしながら。
「知りたければ、付いて来なさい。私の行くべき道の途中に、貴方の知るべき答えがある」
「…………上、等、だ。付いて、行って、やる、よっ! 糞ニコルッッッ!!」
微笑みながら告げられる言葉に、ウルムナフは血を吐きながらも叫びを返す。行く当てなどは元よりなく、そして彼にとってもニコルの言葉は決して無視出来ないものであったから。
答えを聞いて、頷いてからニコルは手を差し出す。引き上げようとするその手を、しかしウルは握らない。自分で立てると強がって、ふらつきながらも前を見る。その姿に、ニコルは小さく笑みを深めた。
こうして両者は相容れぬまま、それでも同じ道を歩き出す。例え一時の同行でしかなく、何時か必ず破綻する関係であったとしても。今だけは共に、同じ道を歩くのだった。
前:ニコル「ウルムナフなら出来るぞ」
後:ニコル「ウルムナフなのに、出来ない、だと……!?」
~原作キャラ紹介 Part12~
○ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガ(登場作品:シャドウハーツ, シャドウハーツ2)
シャドウハーツとシャドウハーツ2の主人公。一作目では名前が判明するまで、柄の悪い主人公呼ばわりだった。実際口が悪く態度も軽く頭は緩いと、だが決める時は決める男である。
初登場から直ぐヒロインにセクハラ行為を仕掛けたかと思えば気に入らないと怒声を飛ばし、謎の怪電波を受信していたかと思えば悪夢に怯え魘される。何だコイツは、と初見で思ったプレイヤーも多かったのではないか。RPGの主人公としては、異色の部類に入るだろう。
だがその過去が知れると共にただ強がっていただけだと分かり、ヒロインのアリスとの関わりの中でその強がりを本物の強さに変えていく。その姿は正に、主人公に相応しいものであった。
性能面でも主人公に相応しく、兎に角体感で分かる程に強い。フュージョンが強力なのもあって、他キャラが足手纏いに思えてくる程である。ガーランド家のアイツとは違う。
2では1と違って他のパーティキャラも強化されてはいたが、それでもどんな場面でも戦える万能型な上にあらゆる分野で1・2を争う程のスペックだった。“変身”か“執事を呼ぶ”を覚えるまで役立たずな写真係とは違うのだ。
尚、2ではキャラが変わったとよく言われる。主にガラの悪さが減って、内面の弱さが露呈し易くなっていた点だろうか。他にも違っている部分がちらほらと見えるが、作者は喪失の痛みとヤドリギの影響で幼児退行にも似た現象を起こしていたのだと考えている。
なので当作のウルは2ベース。幼少期のウルなので、2をベースに1の要素を散りばめた感じ。
素直な良い子が悲惨な環境で、必死に強がって悪ぶっているという状態。1で吐露していた通り、現在進行形でずっと死にたいと思っている追い詰められた子供でしかない。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!