憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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狐面に初めて殺される=グレイブヤード行き
展開的には原作通りだが、一体どんな理屈なのだろう?


第42話 墓所

 

 暗い暗い雲の下、名前さえ刻まれていない石の墓標が立ち並ぶ。周囲は鉄の柵に囲まれて、誰も何処へも行かせはしないと言わんばかりに。

 背筋を冷やすような不吉な風が吹き抜けるのは、内面世界のグレイブヤード。殺されてきた化け物たちが、土の下にて蠢く場所。

 

「……俺、生きてる、のか?」

 

 そんな地獄とも見紛う場所で、ウルは小さく呟いた。潰された筈の顔に触れても、その手は染まらず綺麗なまま。現実感というものが欠落している。

 

「……それとも、死ねた、のかな?」

 

 生きているのか、死んでいるのか、それさえ分からずに空を見上げる。真っ暗に淀んだ雲の下には、無数に蠢く赤の軌跡。蛍火のように美しく、されど目を背けたくなるような色をしている。その凶つ灯の名はマリス。ウルムナフを呪うもの。

 

「はは、なっさけな……」

 

 冷たい土の上で大の字に寝転んだまま、ウルは静かに言葉を漏らす。生きていようが死んでいようが、過程は何も変わらない。自分は何も出来なかったと、その事実が胸を突いていた。

 

「親父の言う通りだよ……俺、何で」

 

 恐怖を前に、震えることしか出来なかった。必死になって逃げ出して、逃げ切ることさえ出来ずに此処に居る。何も出来ずに、殺されたのだ。

 その程度はしてみせろと、その言葉に応えたかったのに。結局最低限の信用ですら裏切って、こうして無様を晒している。

 

「何で、生きてたんだよ。俺……」

 

 狐面はもういない。その恐怖が去った今、胸に残るのは悔しさだけだ。生きていて良い理由は見付からず、生きている事に価値は見出せず、胸を突くのは唯々己が無能に対する後悔だけ。

 

 嗚呼、本当に死んでしまいたい。嗚呼、このまま腐ってしまいたい。そう感じて、そう出来たなら、きっとそれこそが救いであったのだろうに。

 

――ウル。

 

 そう思う度に、愛しい人の声が聴こえる。大好きだった母の言葉が、その行動を縛ってしまう。

 ウルには死んで良い理由がない。母は己を守ってその命を終えたのだから、何もせずに腐っていくことだけは許されない。

 

「……くそ、分かってんだよ」

 

 嫌で嫌で堪らなくて、もう何もかもを投げ出したくて、それでも声が聴こえるから。

 腕が動くなら、起き上がらなくてはいけない。足が動くなら、歩き出さなくてはいけない。死んでいようが、生きていようが、関係ないのだ。動けるならば、動かなくては自分で自分が許せない。

 

――貴方のことを、愛しているわ。

 

「死んで良い、訳がねぇんだ……」

 

 女の愛は最早呪いだ。それでもウルは立ち上がる。それでもウルは歩き出す。それだからこそ、ウルはもう止まれない。狐面という恐怖が去れば、進むことしか選べなくなるのだ。

 

「……ってか、ここ何処よ」

 

 立ち上がったウルは周囲を見回し、率直に過ぎる疑問を零す。つい先程までは黄海の洋上に居たというのに、気付けば見知らぬ墓所に居る。こんな場所にやってきたのは、これが初めてのことだった。

 

「おーい! 誰かいないのー!?」

 

 冷たい土の上、疎らに敷かれた石畳。墓石に挟まれた道を歩きながら、死臭を孕む風を受けて顔をしかめる。

 嫌な気配がする。墓石以外は何もない筈の周囲から、常に感じるのは敵意や憎悪。この世界の全てがウルを憎んでいるのだと言われたら、思わず信じてしまいそうなくらいに空気が悪い。

 

「ぜんっぜん、反応ないんだけど。ったく、何処行きゃ良いんだっての」

 

 感じる悪意に耐えかねて、独り言を呟きながらも先に進む。目指すべき道は分からない。だから目印としたのは、大気に満ちる赤い光。それが出て来る中心点。

 

「嫌な光だよな、これ。どっから漏れてんの? この墓場、絶対設計ミスってるって」

 

 一人呟く毒の混じった言葉は全て、己の弱さを隠す強がりだ。音に出して誤魔化さなければ、震えて進めなくなってしまう。それ程にウルの本質は、弱くて脆くてみっともない。

 

「墓石ばっかで薄っ気味悪いしさぁ。何か生きてるみたいに動いてんのもあるんですけどー、やめてくんないそういうの」

 

 歩きながらに周囲を見回す。何処まで行っても墓石ばかりで、華やかさとは無縁の場所だ。その墓石の中には、まるで生きているかのように鼓動を繰り返している物もある。その生きた墓石の下から突然に、怪物が現れて襲ってくる。そんな光景を想像して、ウルはうへぇと息を吐く。

 

「光ってんのは、火の刻印? 水と風と闇と……地ってのも微妙に光ってね?」

 

 警戒しながら進んでいると、光る墓石に刻まれた刻印が目に留まる。知らない模様だと言うのに、何故か意味が分かってしまう。

 

 火の刻印。其は決して止まらぬ殺戮の衝動。

 水の刻印。其は嘆き悲しみ何も成さぬ悲哀の感情。

 風の刻印。其は己よりも秀でる者を妬み恨む執着の意思。

 地の刻印。其は他を無意味に傷付けんとする暴力への誘惑。

 

 そして最後に、闇の刻印。其は即ち――――

 

「これ、俺が変身できる、化け物の数か?」

 

 何となく、ウルは理解する。此処にある刻印は全て、己が目覚めた降魔の力に関係していると。火水風闇、この4つは既に使えている。地も条件を満たしていれば、使えるだろうという自信はあった。

 輝かないのは光である。他者を憐み、慈しむ心。そんなものが芽生える余裕は、ウルの中には全くないから。

 

「ってことは、此処って俺の心の中かよ!?」

 

 化け物たちがやって来るのは、己の心の内側から。ならば逆説、化け物たちが居るこの場所は、ウルの心の中なのだろう。そう考えると不思議と色んな事に納得出来た。

 

「……ま、それが分かったから、何だって話だけどよ」

 

 この世界がウルを拒絶するのは当然だ。他でもないウル自身が、一番ウルのことが嫌いなのだ。憎んでいるし恨んでいる。だからこんなにもこの場所は、息苦しくて過ごし難い。

 

「それにしても俺の心、殺風景過ぎね? ちょっとー、もっと華やかにしてくれよー」

 

 そんな風に道化た態度で歩きながら、ウルは漸くにその場所を視界に収める。其処にあるのは、心の中にマリスが溢れ出す元凶。何処に繋がっているかも分からない巨大な扉だ。

 

「……げ。化け物どもが、すげぇ居やがる」

 

 完全に開き切った扉の周囲に、蔓延るのは数え切れない程の怪異の群れ。鎌を手にした人型や空に舞う髑髏。様々な見た目のものが存在するが、どれも白くぼやけている。

 それらは悪意体。ウルに殺され、ウルを憎む怪異の遺志。既に命亡きモノたちが、ウルを認識するや否や即座に襲い掛かって来た。

 

「ちっ、うざってぇ」

 

 迫る刃を身を捩ることで回避して、擦れ違いざまに拳を一発。それでは消えぬ敵の姿に舌打ちして、追い掛けると更に二・三発。倒れた相手に馬乗りになって殴り続ければ、十を超えた辺りで漸く一匹仕留められた。

 

「……へへへ、俺、分かっちゃったわ」

 

 そうして立ち上がって見れば、門の隙間は少し狭くなっている。宙に満ちるマリスの色は、ほんの少しだけ薄くなっていた。

 

「要はあれだろ、あの門閉じれば良い訳だ。そうすりゃ、なんかこう、良い感じに何とかなんだろ」

 

 心の中に起きている異常は、あの門が原因である。マリスを浄化すれば門が閉じていくと言うのであれば、門が閉じ切れば何か変化が起こるであろう。

 或いはニコルが語っていた今回の元凶も、この世界が正常な形となれば解決するかもしれない。そうと判断するとウルは、周囲の化け物たちを見る。

 

「……流石に、これ全部は無理じゃね?」

 

 最初に見掛けた、数え切れない程の量。何だかそれから、更に増えている気がする。ウルが化け物を退治する際に生じた音に引かれて、集まって来たということだろうか。ともあれこれら全てを倒すなど、気が遠くなるような話である。

 

「なら、門の方を閉じてみっか」

 

 故に発想の転換だ。浄化されたら門が閉じるなら、直接門を閉じても浄化が進むのではないかと。判断が外れていればその時は、改めて敵を倒せば良いのだ。故に先ずはやってみようと、ウルは門へと駆け出した。

 

〈Oooooooooooooooooooo!〉

 

 悪意体の群れが迫る。門を閉じることを阻むかの如く、立ちはだかる姿にウルは笑う。邪魔をするということは、されては困るということだろう。

 己の判断が決して間違いではないのだと、自信を以って前に行く。悪意など怖くはない。もっと恐ろしいものを前にして、敗れたばかりなのだから。

 

「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 怪物の魂をその身に宿す。選んだのは暴虐の意思。いつの間にか目覚めていた、大地の力をその身に宿して化身する。

 頭の中で、鐘を叩くような頭痛がする。胃や食道が裏返って、そのまま口から出て行こうとしているような吐き気がある。全身を襲う激痛に耐えながら、ウルは姿を変えた。

 

〈ふぅ……〉

 

 苦痛を嘆息と共に吐き出して、姿勢を正すその異形。両腕は直立した状態から、地面まで届く程に長い。毛皮に覆われた身体の上に、乗っかる頭部は人食い虎。猛虎と称されるは、大地の力を宿した小凶鬼。

 

〈じゃ、閉めるぜ〉

 

 この変身を選んだ理由は単純だ。迫る悪意体の鎌や牙が、その外皮に阻まれる。如何にか毛皮を貫けても、直下の筋肉で止められている。そう、猛虎は耐久力が高いのだ。

 降り注ぐ小雨に濡れても、別に傘が必須ではないように。どんなに襲われても然したる被害にならないなら、取るに足りぬと無視出来る。最早ウルを阻むモノなど、この場にはいなかった。

 

 故にその数分後には音を立て、巨大な扉は完全に閉まり切る。蔓延っていた悪意の群れは、それに伴い掻き消えていた。

 

「楽勝。楽勝」

 

 変身を解いた少年は、腕を回して首を捻って、これで終わりかと笑ってみせる。立て続けに無力を実感することばかりだったから、久し振りの快勝に心が少し浮き立って――

 

〈かっかっか、何とも無粋な行為をするガキだ〉

 

 その感慨に、水を挟む声がする。聞こえた方へと目を向ければ、其処には門を囲むように4つの台座が並んでいた。

 今まで如何して気付かなかったのか、台座の上には同じ数の仮面が並ぶ。黄色の鳥。赤色の鬼。緑色の獅子。青色の魚。そのどれもが声にせずとも、ウルのことを嗤っていた。

 

「あ? んだよ、お面が浮いてやがる」

 

〈漸くだ。会えて嬉しいぞ。我らを葬り、永劫の地獄に招き入れてくれた、憎きハーモニクサーの小僧よ〉

 

 鳥を模した仮面が暗く輝いて、嘲笑うように言葉を掛ける。剣の仮面と称するそれは、侮蔑と憎悪の入り混じった視線でウルを見下す。

 その視線に籠った悪意を感じ取ったウルは、先の快勝もあって強気な態度で、幼さの見える悪意を返した。

 

「……へへっ、礼なんてよしてくれよ。俺の方はお前らに会えなくたって、いっこうに寂しくなんか無いんだぜ」

 

〈ほっほっほ、言いよるわ。だが、そうやって強がったところで、心の怯えは隠せぬぞ〉

 

 二本の角が生えた平面的な仮面が象徴するは杖。鬼を模したような姿をした杖の仮面は、ウルの行動を無駄な努力と嗤ってみせた。

 直後、門の前に影が浮かび上がる。その狐面を被った影の姿を見た瞬間にウルの全身は恐怖に震え、4つの仮面はゲラゲラと馬鹿にするかのように大笑した。

 

「うるっせぇ! 叩き割んぞ、お面ども!!」

 

 狐面が其処に居たのは、ほんの秒にも満たぬ時間。消えた後になって強がるウルに、腹があれば抑えて笑い転げていたであろう四仮面。忌々しいと拳を握り締めるウルに、仮面たちは次から次へと悪意を向ける。

 

〈ぐははは、無駄に喚きよるわ小童が。しかし意味などありはせんぞ。此処はうぬの心の中を映した世界。あれはうぬ自身が作り出した心の闇。奴の存在は、うぬが恐怖の証明よ〉

 

〈うふふふ、見えるわ。醜いあなたの結末が。美しい赤き輝きが。あなたが倒した我等の同胞たちが、マリスと呼ばれる悪意と呪いとなって世界を満たす。狐の面が、あなたを呪う。無駄よ無駄無駄。あなたがどれ程に足掻いた所で、破滅は既に確定しているもの〉

 

 怯えを震えを隠そうと、歯を剥き出して威嚇する。だがその行動こそが、他でもない弱さの証明となっていた。

 獅子を模した金貨の仮面は、魚を模した杯の仮面は、各々同時にウルの姿を嗤う。そうして彼らは、此処に真実を告げるのだ。

 

《貴様は死ぬ。あの男が現れたのだ。貴様が身も竦む程に恐れている。あの男が》

 

 開いた門の向こうから、あの狐面は現れた。全てはウルが、怪物達を打ち倒して来たから。彼らに悪意と呪いを与えたから、彼らから悪意と呪いを受けたのだ。

 

《貴様は逃げられぬ。幾度だろうと何処であろうと、あの男は現れる。貴様に死を齎す為に、我らの恨みを晴らすが為に》

 

 これは因果応報。呪えば呪われる。殺せば殺される。これまで死を与えて来た少年の順番が、遂に回って来ただけの事。最早逃れる事は出来ぬのだと、四仮面は嗤い続ける。

 

《無駄に苦しみ、無様に足掻いて、無意味に死ね。貴様は我らに、捧げられし贄なのだから》

 

「うっせぇ、黙れ! 馬鹿お面! バーカバーカ、このバーカ!!」

 

 嗤われていることよりも、その姿が見えただけで、その存在が示唆されただけで、強がることさえ出来なくなる程の恐怖を抱く。そんな自分が情けなくて悔しくて、泣きそうな声でウルは叫ぶ。声を上げる度に嗤われて、拳を握る度に馬鹿にされて、どうしようもなく悔しく感じた。

 

〈かっかっか、威勢良く吠える。だが哀れだな。震える身で叫ぼうと、その惨めさは隠せない〉

 

〈ほっほっほ、そんなにも恐ろしいか。あの男が、この世界が、その地獄が〉

 

〈ぐははは、うぬは弱く醜く愚かしい。そんなうぬでは、逃れられんよ。何時までも何時までも、我等がうぬを責め立てようぞ〉

 

〈うふふふ、貴方は何時まで持つかしら。いいえ長くは持たないでしょうね。だって貴方には、この墓場の土が似合いだもの〉

 

「黙れ! 黙れよ! 口から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせてやろうか!!」

 

 強がることすら、相手を選ばなければ行えない。そんな己に感じる惨めさを、この仮面たちは理解していたのだろう。無様無様と少年を嗤って、彼らは悪意に塗れた呪詛を紡ぐ。

 

〈ぐははは、楽しみだのう。うぬが奴に殺されるその時が。うぬが我らに食われるその時が〉

 

〈ほっほっほ、此度の浄化は一時のものに過ぎぬ。お前の行いは、逃避と何ら変わらない〉

 

 そう。これは終わりではない。始まりに過ぎないのだ。長き長きその戦いの、永き永きその地獄の、始まりを告げる鐘。それがこの今に、鳴らされたのだと彼らは語る。

 

〈うふふふ、一体何時まで逃げ続けるの? 一体何処まで、逃げられるのかしらね〉

 

〈かっかっか、忘れるなよ小僧。貴様が現世で殺す度、この地は怨念で満ちていく。この地を清める為に貴様はまた、この地で命を奪わねばならない。繰り返すのだよ、死ぬまで永劫にこの地獄をな〉

 

 ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガがこれから、多くの怪物を殺すだろう。その腕っ節以外に誇れる物を持たない少年は、そうしなければ生きる事さえ儘ならない。

 ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガはこれから、何度も何度も同じ怪物達を殺すだろう。心の中に蓄積される悪意は再殺せねば、やがては少年を呪う死神を現世に出現させるから。

 

 殺して、殺して、殺し続ける。この連鎖からは抜け出せない。ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガが生き続ける限り、彼は永劫この繰り返しを続けなければならないのだ。

 

《忘れるな、この地獄からは逃げられない。唯一無二の救済は、死の後にしかないと知れ》

 

「……うっせぇ、バーカ」

 

 それは一体どれ程に、辛く苦しい生き方となるのか。殺し続ける怨嗟を一身に受ける少年は、聞きたくもないと唾を吐く。

 未来の事は考えない。今を考えるだけでも死にたくなるのに、永劫の地獄なんて考えたくもなかったから――そんな無様を、仮面は揃って嗤い見下していた。

 

〈さぁ、行け。小僧。現世に戻るが良い〉

 

《苦しみ藻掻き、果てに死ぬるまで。その全てを、我等に捧げ続けるのだ》

 

 そうして、景色はぼやけていく。此処に始まる、生きる限り終わらない戦い。死んでしまえと嗤う怪物達の声を背に、ウルの意識は現実世界に舞い戻った。

 

 

 

「……寒っ。起きたら海を漂ってましたとか、マジ勘弁してくれよ」

 

 気付けば其処は、夜更けの黄海。冷たい海面に漂う少年は、溺れ死んでなくて良かったと安堵しながら嘆息する。寝起きの気分は、決して良い物ではなかった。

 

「親父は、いなくなってるな。んで、空は真っ黒。怪物共はまだうじゃうじゃいますよ、っと」

 

 濡れた髪を掻き分けながら、体勢を整えて立ち泳ぎ。顔を振って周囲を見回せば、状況は殆ど変わっていない。夜明けまでにはまだ時間があって、怪物達は今も船を襲っていた。

 

「どうしたもんかね。俺が殺すと、また親父が出て来るし……って、近付いてくるなよ。あっち行け、ばっちいって」

 

 時折光が降り注ぐ光景を遠巻きに見ているウルへと、近寄って来るのは白娘子。怪物達はウルに引き寄せられているのだから、それも当然の結果である。

 ゆっくりと海を掻き分けて、近付いて来る蛇の数は刻一刻と増えていく。下手に傷付ける事も出来ないウルは、近付く怪物を掴んでは遠くに向かって投げ飛ばす。

 

 それを十数回程、繰り返す。そうこうしている内に数がどんどんと増えていき、ウルの頬が引き攣り始めた所で――白き光が、周囲の怪物達を一掃した。

 

「うぉっ!? あぶ、危なっ!? ニコルの野郎、殺す気か!?」

 

 蛇を掴んでいた腕ごと、光に持っていかれたウルは叫ぶ。あの野郎無差別かと、無くした腕を生やしながらに空を見上げた少年はその光景に唖然とした。

 

「わー、お空綺麗ー。いや、どうなってんだよ、マジで」

 

 空から降り注ぐ光の量は、正しく雨水の如くである。歴史的な大豪雨と見間違う程に膨大な量の光線が、空と海を白き色へと染め上げている。

 そんな光景が、一瞬ならばウルとて納得しよう。何かがおかしいと感じながらも、あの男の本気ならばと受け入れる事が出来たであろう。だが、そんな生温い物ではなかったのだ。

 

 光の雨は、文字通りの雨である。途切れないのだ。凡その目測でも万を超えるであろう白魔法による絨毯爆撃が、何秒も何分も何十分も続くのである。明らかに現実離れした光景だ。

 

「……取り合えず、船に戻るか。ヒルダは兎も角、ニコルの野郎は俺が間に合わなくても船を動かすだろ。絶対」

 

 敵が増える前に、それ以上の速度で叩き続ける。物量をそれ以上の物量で駆逐している光景に、ウルは考える事を止めて泳ぎ出す。これならばもう、心配する必要などはない。

 寧ろ己が置いて行かれる可能性の方が高いだろう。心優しい太ったヒルダならば兎も角、ニコルや腹黒い方のヒルダならば笑ってウルを置いていく。そんな確信があったのだから。

 

「泳ぐのダリィ。ねぇ、どうしてそんな遠いのよ。もっと俺に優しくしてくれても良いんじゃないの、色々さー」

 

 今も振り続ける光の雨の隙間を縫って、ウルは泳ぎ出す。狐面に嬲られた身体に、四仮面に付けられた心の傷。元より限界だった疲労は、既に最高潮に達している。

 それでいて遠泳を要求され、更に船に戻ったら船酔いが再発するのだから、愚痴の一つ二つは言いたくなろう。

 

 さりとて愚痴を言っても何も変わらない。嘆息した少年は諦めて、ゆっくりと船を目指すのであった。

 

 

 

 

 

「狐面の気配は消えましたか。ウルムナフも、まあそれなりには役に立つようですね」

 

 狐面が現世から消えた事は、船上に居た少年もまた感知していた。元よりあれは、ウルにしか対処できないモノ。逆説、ウルならば対処できるモノである。

 

 その前提で採点を付けるとするならば、今回はギリギリにおまけしても赤点は免れない。が、追試の機会は与えても良いだろう。見っとも無く見苦しく情けなく嘆息してしまいそうになるが、それでも役目は果たしている。

 

「夜明けまで、残す時間も後僅か。大きな山場も乗り越えた事ですし、これでお終いにしましょうか」

 

 その結果に、ニコルは微笑みと共に宣言する。鞭と白魔法の併用によって、津波の如き軍勢を対処していた彼は此処で切り札の一つを切ると決めた。

 そうとも狐面と言う山場も乗り越えた以上、この後も延々と己が雑兵相手に消耗戦を続けるなど無粋が過ぎる。舞台の幕引きを前に、多少の見栄えは必要なのだ。

 

 故にまだ使う気のなかった札を使う。懐より取り出したのは、転移の術式が刻まれた硬貨。それを両手に、30枚以上。宙に投げて、全く同時に起動させる。

 

「転移術式には、複数の形式があります。単純に空間を歪め、距離を縮める物。或いは異なる空間を作り出し、その出入口を繋げる物。術者自身の肉体に作用し、超高速での移動を可能とする物。そして事象の確立を操り、其処に居ないと言う事実を改変する物。私の扱うこれは、空間歪曲による術式を基本に幾つか混ぜた物となっています」

 

 起動した硬貨が、対象を定めずに転移の門を作り出す。転送の場所は世界各国様々で、故に間近で発動した硬貨同士が干渉する。術式が互いに混ざり合い、此処に何処でもない特異点が発生する。

 

 その理屈は、先の狐面に対して用いた追放術式と同様。だが規模は、先の狐面に対して用いた物とは段違い。そうして生じた黒き特異点に両手を伸ばし、微かに触れて干渉する。それはニコルの力を以ってしても、一切の余裕がない精密作業。

 

「他の形式とは異なって、空間歪曲には複数の利点と欠点が存在します。その最たる物は、妨害が行い易い点。複数の座標を指定すれば、簡単に術式が乱れてしまう事でしょう。……ですが、その欠落は長所にも成り得る。乱れた術式は何処でもない場所、剥き出しの特異点へと接続されます。時空そのものを蝕むこの領域は、制御出来れば大いなる力へと変わる。深淵に至る力。その高みの一端を、今此処にお見せしましょう」

 

 このまま暴走させてしまえば、中国大陸程度は滅びるだろう。いいや、この星程度は消し飛ぶ筈だ。この特異点を武器として使えば、間違いなく術者であるニコル自身も巻き込まれて自滅する。安全に用いる事など、人の身で出来る筈もない。

 

 僅かでも手元が狂えば、その瞬間に破滅が待っている。そんな繊細な作業を冷汗混じりに行う僧衣の少年は、特異点に指向性を追加する。そうして無数の門を開いたその後で、両の掌から白き魔法を二条放った。

 

「歪み切った領域内では、唯一条の白魔法が数万を超える輝きにも変じる。さあ、刮目して受けなさい。ワームスマッシャー!!」

 

 ニコルが放った白魔法は、最下級であるブレス。特異点の制御に全力を費やさねばならない今の少年に、使える魔法はそれしかない。だが、雑兵の群れにはそれだけで十分だ。

 

 何せ、特異点は空間が歪んでいる。その内に打ち込まれた白き光もまた、常識と言う枠に収まる事はない。2発。それだけでしかなかった魔法の光が、門を抜ける時には10万を超える数と成っていた。

 

「唯一撃が、65535体の目標を同時に射抜く。歪み切った空間では、このような異常も正常となります」

 

 何処でもない場所に打ち込まれた光は、何処でもない場所と繋がった門から現実世界へと戻って来る。その門と同じ数だけ、その光の数を増やした状態で。

 

 ニコルが一度に開ける門の数は、現状で6万と5535。故に二発のブレスは現在、13万と1070発と言う膨大過ぎる数となって黄海の空を白一色に染め上げていた。

 

「そして面白いのは6万を超える敵を討ちながらも、私自身は一度しか白魔法を使っていないと言う事。分かりますか? ブレス一発分の消耗で、6万回の攻撃が可能と言う事なのですよ」

 

 増え続ける敵に対して、それ以上の物量でその全てを打ち払う。鬼火も白娘子も、唯一撃の光に耐えられない。ならば一度に消滅するのは、13万と言う数の怪物達。

 そしてそれらを滅ぼす為に、必要とした魔力は最下級魔法二発分。こうして特異点を維持し続ける限り、圧倒的な効率で駆逐は続く。その魔力消費の少なさこそ、この技の最大の利点なのである。

 

「夜明けまで、後3時間弱。今の私の魔力でならば、下級の白魔法程度、撃ち続ける事など実に容易い」

 

 無論、欠点は存在する。特異点は制御が難しいだけではなく、放置しておけば自然に消滅してしまう物だから、長時間維持する事さえ困難だ。これだけの道具を消費して発生した特異点は、恐らくは朝までしか持たない程度。だが、構わない。今宵はこれで幕引きなのだから。

 

「さあ、物量で勝負といきましょう。秒間6万を超える速度で行われる殲滅。乗り越えられると言うならば、乗り越えてみせなさい! ワームスマッシャー!!」

 

 第三射が放たれる。光の雨が天を焼き、海に向かって突き刺さる。怪物達が悲鳴を上げて消滅し、ニコルはその光景を見下しながら哄笑する。最早、結果は覆らない。

 第四射、第五射、第六射、きっかり一秒おきに撃ち続けられる光の雨。第十射、第十一射、第十二射、降り注ぐ雨に際限はない。第百射、第百一射、第百二射、ニコルの魔力もこの程度では尽きやしない。

 

「これにて終幕。さて、望み通りの死は得られましたか?」

 

 故に、夜明けと共に戦いは終わる。収束し消えていく特異点の残滓を握り潰して、笑うニコルは己の髪を片手で掻き上げる。こうして黄海洋上にて起きた戦場は、あっさりとした結末を迎えたのであった。

 

 

 

 

 




制御して撃つのがワームスマッシャー。
6万を超える手数と言う点は強力だが、使用中はニコルがほぼ行動不能な状態となる。
特異点の維持だけでも大変なのに、其処に制御が加わるのでかなり繊細な作業。なので下級の魔法くらいしか併用出来ず、バリア持ちを相手にすると火力が足りないのが欠点。

制御しないで撃つとブラックホールクラスター。
地球さんが壊滅的な被害を受けて消滅するので防御も回避も出来ず、ラスプーチンクラスですら巻き込まれると即死する。
ニコルも助からないのが欠点。発動中はワームスマッシャー同様に動けないので、100%術者は死ぬ。現状では自爆用のロマン技でしかない。……ウルと戦って、負けが確定したら使いそう。お前も道連れだぁ、なノリで。


今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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