推奨BGMはChina Ogreで。
構えを取った襲撃者を前にして、ウルは大地を強く蹴り付ける。先手必勝と、頭を過ぎる言葉はその四文字。敵手の技量や得体の知れなさなどは、考慮する必要が全くない。
何せウルは自他共に認める程には、頭の出来がよろしくないのだ。馬鹿の考え休むに似たり。ならば下手な策を考えるよりも、本能に身を任せて動いた方が良いと無意識に断じた。
「ふっ、甘いのですよ」
しかし、直情的な獣の道理は読まれ易い。飛び掛かるウルの動きに合わせるように、舞鬼は重心を移動させて技を放つ。
その動きは正しく絶招。飛び掛かる少年の拳を片手で跳ね上げ、鋭い掌底が開いた隙に胴を射抜く。その一撃は二撃三撃と連打に変わり、真面に受けたウルは喉元より込み上げる赤き熱を撒き散らす。
「が――っ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉっ!」
血に濡れて尚、舞鬼の拳は止まらない。血反吐と共に宙から落ちるウルに向かって、一歩の震脚で踏み込み追撃。逆手の掌に吹き飛ばされて、少年の視界は目まぐるしく流れていく。
複数のテーブルを巻き込みながら、大地に転がるウル。しかし彼も体力ならば人間以上。床面のタイルを己の血反吐で朱に染めながら、瞼に掛かった血を拭って立ち上がる。
「こんの、野郎っ!」
急速に再生するその肉体は、まだまだ限界には程遠い。降魔化身術の使い手は、変身せずとも人間離れした肉体強度と再生能力を有している。
とは言え、このままでは勝てない。獣の道理を抱くが故にこそ、彼の本能は的確な警鐘を鳴らす。舞鬼と言う男の格闘技術は、己の身体能力を上回っていると――ならば、話は簡単だ。
「っ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」
人の身では足りないのなら、身に宿りし悪魔の力を使えば良い。今の性能で勝てないならば、今以上の性能で叩き潰す。その発想は、何処までも単純なもの。
幸いにも今の攻防で、十分な間合いは取れている。これだけの距離があるならば、変身の隙を突かれる事もないだろう。故に少年は、此処に苦しみ藻掻いて変貌を――
「――っ! させませんよ! 降魔化身などっ!!」
「ぐ――ぁっ!?」
しようとした直後、その顔面に拳が打ち込まれた。闇に飲まれると言う感覚に意識が朦朧としていた瞬間は、致命的な程に無防備であったのだ。
だがしかし、距離があった筈だろうと。そんな当然の疑問は、問い掛ける意味すらない代物。確かに今目の前にある光景が、問うまでもなく原因を示している。
「腕が、伸びやがった!?」
割れた額を抱えて喀血しながら、二歩三歩と下がるウル。千鳥足の少年の前で、即座に収縮する男の腕。その長い前腕は、つい数瞬前まで5メートル程に伸びていたのだ。
一体如何なる秘術によるものか、舞鬼の両腕は伸縮自在。この場において、間合いの外など何処にもない。少なくともこの程度の店内ならば、端から端まで手が届いてしまう。
「侮りませんよ。我らが怨敵の子よ。私は貴方を侮らない」
呼気と共に構えを整えながら、告げる舞鬼の額には一筋の汗が流れている。心胆を寒からしめるその脳裏には、嘗ての恐怖が今も色濃く残っている。
嘗て己を破った、降魔化身術の使い手。日向甚八郎はその果てに、己の主にさえも手を届かせたのだ。ウルは、そんな男の子どもである。ならばどうして、慢心や過少評価が出来ると言うか。
「降魔化身術など使わせるものか。このまま確実に、その息の根を止めて差し上げましょう」
徹底して実力を発揮させない。相手に何もさせないのだ。奇襲で最高戦力を封じた上で、残る戦力を確実に磨り潰す。舞鬼が選ぶは、そんな消極的な戦闘法。
自身の半分も生きてはいないであろう子どもに対して、そんな戦術を取らねばならない。其処に思う所は当然ある。だが、そんなプライドなどに拘っては居られない程に、日向甚八郎は恐ろしいのだ。
「……はっ、何だよ、そんなに、俺が怖いのかよ」
「ええ、恐ろしい。恐ろしいとも。貴方があの男の息子なら、多少の逆境など乗り越える。必ずや、そう確信してしまうのだから」
絶招に至る程の中国拳法。縦横無尽に伸縮するその両手。長年に渡り磨き上げて来たであろう技術を使って、為すのは兎に角相手に何もさせないと言う姑息な立ち回り。
サンドバッグのように一方的に殴られ続けるウルは、血反吐混じりに挑発する。馬鹿にしたような嘲笑は、無意識の内に勝利を求めて。思考を介す事なく行われる野生の戦術。
「うっわ、だっさ。ガキ相手に、恥ずかしくねぇの?」
「羞恥よりも、恐怖が勝る。我らにとっては、それ程の男なのです。日向甚八郎とは、ね!」
そんな獣の戦闘理論に、返るは迷い一つない即答。羞恥など知るかと返した男は、拳を緩めず的確に少年の身体を壊していく。余りに一方的な展開に、しかし余裕は一切ない。
「貴方はあの男の子どもだが、今はまだ取るに足りない。ですがそれでも、あの男の子どもなのです」
今はまだ、己が勝る。だが10年後は? いや、5年後ですら危ういだろう。一方的なこの交差でも分かる程、少年の内に何かを感じる。だから舞鬼は胸中で断じる。
油断はするなと。或いは一分一秒後に、その5年分を押し切る何かに目覚めるやもしれない。そんな理不尽が起こっても、決しておかしくはない。それが日向の血筋である為に。
「ならば取るに足りない内に、このまま縊り殺すまで!」
何一つとして好きにさせず、積み重ねて確殺する。その意志を持って振るわれる拳に、ウルの身体は壊され続ける。気付いた時には再生の速度を上回っている程に、男の破壊は的確だった。
降魔化身術の使い手と言えど、無限に再生出来る訳ではないのだ。ならば寸刻みに壊し続ければ、そう遠くない内に破綻する。舞鬼は過去の経験と己が主の言葉から、どう壊せば良いのかを知っていたのだ。
(くっそ、こいつ、強ぇ)
幾度も地面を転がりながら、ウルは傷だらけの四肢で立つ。猟師に追われる獣のように、逃げ回るその姿。二足で立つ事すら出来ていない現状は、他者から見れば実に無様な物だろう。
このままでは勝てない。如何にか距離を取って、変身せねば話にならない。だがそれを敵手は許さない。ならばこのまま磨り潰されるより他に道はなく、賢しい者なら先ず諦めるであろう状況だ。
(けど、こいつより、徳壊って奴の方が、絶対に強ぇ)
だが、ウルは諦めない。逃げ惑いながらもその瞳は、勝利を求めて爛々とした光を放っている。一瞬の隙を。それさえあれば、戦える程度の強敵だから。
(だったら、負けらんねぇだろ! こいつに勝てないようじゃ、親父の跡なんて継げやしない!)
そうともこの男程度に勝てないようでは、母の仇など討てはしない。父の跡など継げやしない。そんなウルでは、生きて良い資格なんて端からないのだ。ならば必死を己に課して、死中の活を見出すのみ。
「こんのぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なっ!? 貴様!?」
逃げ回っていた少年は、急にその身を翻す。踏み込む足を軸として、強引な反転から無防備に。舞鬼の伸ばした腕に向かって、加速を付けて突撃したのだ。
ぐちゃりと、肉が潰れる音が響く。ウルは自ら、その拳を頭部に受ける。頭蓋を砕かれ脳髄を潰され掛けたまま、それでもウルは足を止めずに前へと踏み出す。
「私の腕に、敢えて――っ!?」
敵の間合いの内側へと、為すのは決死の突撃特攻。散々に嬲られた後に行うからこそ、それは今更にかと言う戸惑いを生む。
そんな僅かな混乱に乗じて引いた所で、降魔化身術を使えるような隙にはならない。間合いが開けば、冷静に対処されてしまうだろう。
今はその程度の混乱に過ぎないから、もう少し隙を大きくしなければならない。その為に、更に一歩だ。全力で零距離まで踏み込み、起死回生の一打を狙う。
「野郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
叫びで痛みを誤魔化して、ウルは拳を握り締める。こんなやり方で隙を作れるのは、きっと一度だけだろう。だからこの一度に、全力の一撃を。
それは確かに、舞鬼の予想を超えていた。懐に入り込んだウルの拳に、舞鬼は反応さえも出来ていない。ならば届く。だから届く。その一撃は確かに、舞鬼の顔に叩き込まれて――
「……ですが、残念」
ぐにゃりと、男の首が曲がった。少年の拳に、返る反発が全くなかった。柳のような受け流し。消力とでもいうべき技法――な訳ではない。これは単なる外道である。
「伸縮自在なのは、この両肘の先だけではないのですよ。我が五体は、全てが自在に変容する」
首が伸びたのだ。まるでゴムのように伸縮し、頭部に与えた衝撃の殆どが流された。本来ならば首の骨が折れている筈の角度のまま、嗤う男は平然としている。
与えた被害は微々たる物。掠り傷にさえ満たない程度のダメージで、それでは望む隙など作れよう筈もない。ならばウルに勝機は訪れない。訪れるのは窮地である。
「がぁっ!?」
隙を作り出す為の一撃は、防がれればそれ自体が隙となる。浮いた上体へと叩き込まれる蹴撃。関節を伸縮した足は、凡そ人体ではあり得ない動きすら可能とする。
まるで軟体動物だ。骨のないタコのように、ぐにゃりと動いてあり得ぬ角度から。伸縮の加速を加えれば、それは全力の一撃にも等しい威力となる。これこそ、九龍の舞鬼が本領だった。
「目の付け所は悪くありません。ですが、若過ぎましたね。後もう少し、経験を積んでいたならば或いは、倒れていたのは私の方であったのかもしれない」
勝敗を分けたのは、地力の差。そして経験の差だ。降魔化身術の使い手と戦えるように、己を改造していた舞鬼。多少想定の上を行かれたとして、未熟なウルでは超えられない。
故にウルは此処に倒れる。大きく飛んで転がり落ちて、地に伏した五体は既に再生が遅れ始めている。再生の為に必要となる、エネルギー自体が尽きようとしていた。
「さあ、此処で永久に眠りなさい。我らが怨敵の子よ!」
そんなウルへと向けて、舞鬼は拳を振り上げる。その命を確実に終わらせる為に、頭部に目掛けてその拳を振り下ろす。
これで終わりだ。そんな安堵にも似た感情を、どちらも全く同時に抱いて――故にその不意打ちを前にして、誰も対処が出来なかった。
「クリアァァァッ! クレストォォォォォッ!!」
天空より極光が落ちて、舞鬼の身体を撃ち抜いた。放たれたのは、最上級の白魔法。打ち放ったのは、赤く染まった神父服の少年。
己が吐瀉した鮮血に塗れたニコルの眼前で、神聖なる光による大爆発が巻き起こる。店内の家具や食器を破壊し尽くした魔力光は、しかしその男にだけは通用しない。
「ほう、まだ起き上がれましたか」
驚いた、と目を細めた舞鬼は全く無傷。魔法に対する強力な耐性を有するこの男にとっては、最上級の魔法であろうが意味がない。
「……いや、その少女が癒したのか」
「はぁ、はぁ、はぁ……ちぃっ」
金髪の少女に支えられて、如何にか立つ法衣の少年。最も危険と判断されたが為に、初手で潰されていた筈のニコルが息を荒げて立っている。
ヒルダの手には、力を使い果たした一枚の符。幸運の護符と呼ばれるそれが、ニコルを戦場に復帰させたのだろう。だが、ニコルの姿は万全とは程遠い。
「ですが、無意味。この私の魔法無効化体質を前にして、そのような術など真冬の陽射しよりも生温い」
「ま、魔法無効化!? そんなの、卑怯ニャ!!」
九龍の舞鬼。彼が有する、あらゆる魔法を無効化するという体質。それを知りながらも白魔法を行使したのは、今のニコルには立って歩くことも困難だから。
真面に動けない状態で、接近戦など論外だ。だからと札の一つを切ったが、しかし全く通らなかった。忌々しいと歯噛みするニコルの姿に、舞鬼は侮蔑の笑みを浮かべていた。
「……徳壊の威を借る三下が。魔法無効化などと騙った所で、その実態は高度な魔法耐性に過ぎない。あらゆる魔法を、防げると言う訳ではない。そうでなくば、貴様が徳壊に従い続ける理由もあるまい!」
「くくっ、成る程確かに。ええ、徳壊様なら、私の魔法無効化を貫けるでしょう。……ですが、今の貴方に出来ますか? 私の耐性を貫く程の、強大な力を振るうことが!」
徳壊はあくまで術師であって、全ての術師に対して舞鬼が必ず勝てるならば従う道理はない。それは確かに真理であって、徳壊と舞鬼が戦えば舞鬼は必ず負けるのだろう。
だが、だからこそ初手の呪殺が活きて来る。仮にニコルが徳壊の足元程度には届く程の術師であっても、瀕死の現状では大きな力は使えない。それこそ出来るのならば、先の不意打ちで行っていた筈である。
事実を指摘した舞鬼に対し、舌打ちしか返すことが出来ない。それこそがニコルの心境を、何より明白に示していた。
「無様ですねぇ、ラスプーチンの狗。貴方では、私には勝てませんよ。相性が余りに悪過ぎる」
彼我の実力差。術師としての力量で言えば、ニコルは舞鬼よりも上であろう。だが相性が致命的。あらゆる魔法を無効化する舞鬼に対し、ニコルの手札はその殆どが有効打とならない。
対して舞鬼の呪殺は、闇の祝福を受けぬ者では決して防げぬ代物だ。先天的に光の寵愛を受けているニコルでは、どんな対策を講じても防げぬ物。使われた時点で、敗北が確定してしまう。
その上、現状では片方に一方的な消耗があるのだ。ならば舞鬼にとって、ニコルは恐れるに足りない。故に両者の態度は真逆。
己を取り繕う余裕もなくして、敵意と憎悪の情を露わとするニコル。余裕の笑みすら浮かべて、慇懃無礼な態度で応じる舞鬼。
見上げる憎悪と見下す傲慢。混じり合う視線の片方が、数瞬後には色を変える。慢心は薄れて狼狽へと、九龍の舞鬼を揺るがすのはニコルではない少年の存在だ。
〈はっ、おいおい、今にも死にそうな顔してるじゃねぇかよ、ニコル〉
「ちぃっ! 狗め、これが狙いでしたか!?」
皮のない、肉と骨が剥き出しとなった顔を持つ悪魔。冥刹皇と化したウルの姿に、舞鬼は思わず一歩足を引いてしまう。その姿は彼の父が見せた姿に、とても良く似ていたから。
内心で溢れる恐怖の情を、この少年はあの男ではないと否定しながら、舞鬼は如何にか構えを取る。それでも何処か腰が引けている舞鬼の様子に、瀕死の無様を晒すニコルの姿に、ウルは異形の頬を釣り上げた。
「……何を嬉しそうにしている、ウルムナフ」
ウルは笑っていた。楽しげに嬉しげに歪んだ表情に、ニコルはその眦を上げる。彼には既に分かっていたのだ。ニコルは他の誰よりも、ウルのことを見ているから。
先程まで他を圧倒していた舞鬼が、変身しただけで怯え戸惑っている。その事実に、胸がすくような思いを抱いている。それも一つの理由だろう。
追い詰められた戦いの中で、逆転の一手へと至った。反撃開始だと息巻いているのだと、そんな理由も確かにある。だが、それだけではない。ニコルが決して無視出来ない、理由が確かに一つある。
〈いっやぁ、べっつにぃ? 死に掛けて何時もの薄ら寒い演技が出来なくなってるお前が、よりによって俺に頼っただなんて事実に、思うところなんて何にもねぇよ〉
如何に相性が悪いとは言え、如何に重症を負っているとは言え、ニコルがウルを頼りにした。その事実が、ウルにとっては嬉しくあった。だから思わず、楽しくなって言ってしまう。
如何に相性が悪いとは言え、如何に重症を負っているとは言え、ウルの力を当てにしなくてはならない。その事実だけでも、ニコルにとっては耐え難い屈辱だった。既に彼の内心は、中身が溢れそうな盃のようで。
〈取り合えずさ、後は俺に任せて休んでろよ。お前じゃ、アイツに勝てないんだろ?〉
「……相性が悪いだけだ。実力では勝っている。不意打ちさえなければ、此処まで追い詰められるものか」
〈へー、ふーん。ま、別に良いけどよ。色々言った所で、今は勝てないってのは変わらねぇ訳だ〉
「…………」
へらへらと笑うウル。むっつりと黙り込むニコル。少年を支えながらも、視線を右往左往させているヒルダ。そしてウルに対してだけ、最大級の警戒を向けている舞鬼。
変身した少年に疲労は残っているだろうが、日向の血筋はどのような形で爆発力を見せるか分からない。故にそれを恐れて動けない舞鬼の前で、顔を青くしているヒルダの傍で、ウルはニコルの逆鱗に触れるのだ。
〈って事はさ、アイツはお前より強いって訳でよ。んで、アイツを俺が倒したら、俺の方がお前より強いって事になるんじゃね?〉
「…………は?」
〈だからさ、お前は休んでろって。お前より強い俺が、俺より弱いお前を守って、お前より強いアイツをぶちのめしてやっからさ〉
ウルの心境は、子どもらしい単純な物だ。凄いと認めているけれど、普段の行いが故に腹立つ相手。そんなニコルを煽れる好機を、精々活用してやろうと。
反発と嫉妬と嬉しさが混じった故の行動に、耐えられるような器をニコルは有していない。他の相手ならば兎も角、ウルにされた場合だけは冷静で居られないのだ。故に、この僧衣の少年は。
「ヒルダ。邪魔です、退いてください」
「ちょっ!?」
自身を助け支えていた少女の体を突き飛ばし、震える足で立つニコルは懐から竜尾のような鞭を取り出し魔力を使って熱を纏わせる。
高速での接近戦は現状では不可能と、考えられる理性が残っていたのは辛うじて。動き回らなければいけるだろうと、己の限界を無視して決めつける。
立てない? 歩けない? 戦えない? それがどうした知ったことか。ウルは戦うのだぞ。動かなければ馬鹿にされる。ならばどうして、寝ていることなど出来ようか。
狂気に等しい執着心で、全ての苦痛を棚上げする。物理的に動けない筈の体を、魔法と精神力で無理矢理動かす。後にどれ程の後遺症が出ようとも、もう知ったことではないのだと。損得利害を想定することさえ出来ていない。
「休んでいるべきなのは、お前の方だ! 奴が私よりも強いと言う、その妄言! 今直ぐこの場で正してくれよう!」
済ました笑顔の仮面は何処へやら、剥き出しの感情のままに戦う意志を決めたニコル。武器を手にした神父の傍らに立つウルの心は、少年らしい情に満ちていく。
〈へへっ、無理すんなって。守ってやっから、俺に任せな〉
「――っ! ウルっ! 貴様っっ!! 貴様はっ、私の下に居るべきだろうにぃっ!!」
ああ、そうだ。この今、この現状がウルには愉しい。戦うのは何時も楽しいが、そうした楽しさとは何処か違う。これはきっと、傍らにいる
何時もは澄ましている奴が、必死の形相を見せているのが愉しい。強さを認めている仲間に、一歩先んじられるかもしれない事実が愉しい。そんな彼と、共に戦える状況も愉しい。そうとも、だからウルは笑って言うのだ。
〈はっ、本音が出てるっての。……んじゃ、こうしようぜ。ニコル〉
背中合わせに、敵を見る。愉悦に浸るウルと、憤怒を燃やすニコル。二人の心は真逆の色をしていても、向かう先だけは今は一つ。
〈先にアイツを倒した方が、取り合えず上って事でさ!〉
直後、両者が動いた。全く同時に前に向かって。そんな二人の言い合いに、置き去りとされていた舞鬼は怯えを抱きながらも苛立ち混じりに叫んだ。
「くっ、小僧共が! この私を一体誰だと――」
『煩いっ!』
男の語りを一刀に伏して、踏み込んだ少年は拳を振るう。ウルの行動は先の焼き直しだが、しかし速度と威力が段違い。
反応すら出来ない程の早さで、舞鬼の顔に拳が刺さる。柔らかな体質で受け流そうにも、威力が重過ぎてその全てを逃がせはしない。
錐揉みに吹き飛ばされる舞鬼を、翼を羽搏かせてウルが追う。空中で追い付いて、身動きの取れない腹に一撃。
やはり衝撃の半分程は逃げてしまうが、それでも十分過ぎる程の威力が叩き込まれる。だがしかし、舞鬼も唯では転ばない。
〈くっ〉
「がっ、おのれぇぇぇっ!」
空中で伸ばした体の全てを使って、殴られながらも殴り返す。引き延ばしたゴムのような体は、身に受けた衝撃の半分を相手に返した。
故に結果は両者相打ち。互いに遠退く二人の内の少年は、着地もせずに空中で態勢を整えると、慌てて空を飛翔する。舞鬼の首を狙うのは、彼一人ではない故に。
「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
ウルと入れ替わるように踏み込んだニコルが、その手に握った鞭を振るう。熱を纏った鋭い刃が閃いて、舞鬼の右腕を切り落とす。
舌打ちは同時に、利き腕を奪われた男も、首を取る心算であった少年も、どちらの意図も外れているから。両者の鮮血だけが、床を濡らす。
「ちぃっ! あと一歩と言う所で、忌々しい! 獲物風情が、黙って私に狩られていろっ!」
開いた傷を抑えながら、罵倒を叫ぶ最たる理由は間に合わないから。ニコルの追撃が放たれるよりも、空を飛翔するウルの二撃目の方が早い。
不味いと焦燥する舞鬼へと、迫るは冥刹皇の剛拳。咄嗟に頭部を庇った舞鬼の左腕は、一瞬で潰れてミンチと化す。それでも確かに、男は逃れてみせたのだ。
〈くっそ、マジでしぶてぇなぁ! 今ので終わっておけよな、アンタ!〉
「小僧、共がっ! この私を、九龍の舞鬼をっ! 獲物扱いしおってぇっ!!」
後退しながらも、ぐちゃりと音を立てて復元する両の腕。舞鬼が体勢を立て直したその直後、再び襲い来るのは鋼鉄の鞭。
それを今度は寸で躱して、続く悪魔の拳を両手を重ねて受け止める。ミシミシと骨を軋ませる音を響かせる男へ、更にと振るわれる第三撃。
「ぐ、ぬぉぉぉぉっっ!?」
右足が切り落とされて、体勢を崩してしまう舞鬼。その脇腹へと、左の拳を悪魔は突き立てる。鮮血と共に体が崩れて、倒れそうになる男。
そんな様子さえも知ったことかと、少年たちは追撃を重ねる。このままではそう遠くない内に倒される、そう確信した舞鬼は切り札を此処に使った。
「ぬ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
溢れ出すマリスに、追撃を仕掛けていた少年たちの体が吹き飛ばされる。勢い良く壁に叩き付けられた二人の前で、舞鬼の姿が変貌していく。
その肉が倍以上に膨れ上がり、皮膚が赤黒く染まっていく。顔から凹凸が失われ、頭部には巨大な二本の角が。その姿は降魔化身術と同じく、正しく怪物のそれであり――
「サァァァクノォォォォスゥゥゥッッ!!」
吹き飛ばされたニコルが叫ぶ。呼び出された魔剣が現れたのは、変貌途中の舞鬼の頭上。垂直に落下する剣は変身などさせるものかと言わんばかりに、深々と舞鬼の体に突き刺さる。
〈ご、ぉぉぉっ!?〉
〈隙だらけだぜ、お前っっ!〉
閻羅王への変貌の途中で、魔剣に喰らわれ掛けて動きを止める舞鬼。その致命の隙を見逃す筈もなく、体勢を立て直したウルが駆ける。
幼い少年たちの、三倍を優に超える体躯をした怪物へ。振り抜かれた冥刹皇の拳が、突き刺さっていた魔剣を更に奥深くへと。舞鬼は言葉にならない悲鳴を上げながら、踏鞴を踏んで一歩二歩。
〈ま、まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!〉
〈っ!? んの野郎っ!?〉
雄叫びと共にマリスを放射。その大半をサクノスに喰われながらも、ウルの追撃を防ぐには十分な力を残す。間近で生じた暴風に、冥刹皇は再び吹き飛ばされた。
そして体制を崩したのは彼だけでなく、無理矢理な形で魔剣を召喚したニコルもまた同様に。強引な形で力を発した舞鬼も含めて、誰もが地に片膝を着いている。
〈まだだぁ、まだ、まだぁ! 私は、あの時の私とは違う! 今度こそ、最期まで、徳壊様の為にぃぃぃぃぃぃ!!〉
そんな中で、最初に動き出したのは舞鬼であった。変貌した体に深く突き刺さったサクノスに、今も喰われながら立ち上がる。瞳を白濁とさせながら、それでも今度は最期まで忠義を尽くすのだと。
〈うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!〉
そうして放たれた一撃を、僅か遅れて追い付いたウルの拳が迎撃する。拳と掌底がぶつかり合って、被害は互いにほぼ相殺。飛ばされる距離は身の軽さ故にウルの方が大きくとも、少年達は複数人。浮いた体に向かって放つ、追撃はニコルの方が早い。
「如何に外皮が魔法を防いでも、体内までは防ぎ切れまい! 受けなさい、クリアァァァクレストォォォッッ!!」
舞鬼の吹き飛ぶ場所を予測して、先回りしていたニコルが叫ぶ。サクノスが作り出した傷口に腕を突き立てて、内部より放つは最上級魔法。魔法の反動で己が右手の血肉が焦げるのも気にせずに、残る全ての魔力を舞鬼の体内へと叩き込む。
〈ごぉ――――っ!?〉
舞鬼の持つ魔法耐性を或いは、力尽くでも打ち破れるのではないかと思える程の魔力。それが体内で直接暴れ回れば、さしもの魔法無効化体質も耐えられなかったか。肉の焦げる臭いと共に、その七孔より煙が生じる。
だが、まだ足りぬ。まだ、舞鬼は立っていた。
〈か、ほぉ、お、のれぇぇぇぇぇぇっ!!〉
「ぐぅぅぅぅっ! まだ、生きるか!?」
巨大な鬼の手が、ニコルの身体を吹き飛ばす。己の半身すら巻き込んで、砕き潰す程の威力に生身の人間が耐えられよう筈もない。
木の葉のように飛ばされたニコルは、消え入りそうになる意識を必死に繋ぎ止める。そんな彼の視界に映るのは、再生する鬼に迫る黒翼。
〈なら、止めは頂くぜ! テメェは下がってな!〉
〈ぎ、ぃぃぃぃぃっ!〉
半壊した体を修復していた鬼は、当然ウルの動きを捉えられない。結果至る光景は、先の焼き直し。被害者と加害者を入れ替えただけの、一方的な破壊となる。
ウルが拳を振るう。舞鬼が壊れながらも再生する。それを確認する前に、ウルが更に拳を振るう。ラッシュラッシュラッシュラッシュ。繰り広げられる連撃は、正に勝利を確信させた。
「漁夫の利など、させるかぁぁぁぁぁっ!」
〈がぁぁぁぁぁっ!〉
故に吹き飛ばされたニコルも、倒れることなど己に許さない。死に物狂いと言うのも生温い形相で、黒き九節鞭を手に振り回す。
最早熱を纏うことすら出来なくとも、鋼鉄の鞭は確かな凶器。その連撃は、舞鬼の身体を少しずつ、だが確かに切り刻んでいく。
〈おのれ、おのれ、おのれぇぇぇぇぇぇっ!!〉
「くぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
〈マジでぇ、しぶてぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!!〉
既に誰もが限界だ。この場にいる誰もが、何時倒れてもおかしくないのが現状だった。
ウルの体力は、もう殆ど残っていない。変身に用いる力も尽き掛けて、時折明滅するように人の姿に戻り掛けている。
ニコルの意識は、もう限界を超えている。魔力は底を尽いていて、そよ風一つ起こせぬ状態。動きを止めれば、もうそれが最後となろう。
攻められ続ける舞鬼もまた、限界点に到達している。後一手、何かがあれば潰えるだろう。だが後一手、その一手に耐え続けている。胸に宿した矜持が故に。
〈私を、誰だと思っているっ!〉
「知らねぇよ! 徳壊の手下だろ、覚える気もねぇっ!」
「私の獲物だ! それ以上の価値など、貴様にありはしないっ!」
九龍の舞鬼。徳壊の懐刀にして、切り札の一つ。自他共にそうであると認め、自らにそうでなければと強いている。
だと言うのに、こんな所で負けられるものか。怨敵の息子と、露西亜の暴君に飼われる狗。どちらも長じれば主の脅威となるが故に、此処で負ける訳にはいかない。
そうとも、既にウルは人の姿に戻っている。既にニコルは鞭を振るうだけの力もなくなっている。どちらも素手で、殴り掛かってきているだけ。ならば、あと少しで、あと少しで勝てるのだと。
〈私は、九龍の支配者だぞ! 徳壊様の直弟子でぇ、あの方の懐刀っ! 九龍の舞鬼だぞぉぉぉぉぉっっ!!〉
『知るか! 死ねぇぇぇぇぇっ!!』
だが、負けたくないと感じているのは彼だけではない。この場で戦う三人が、其々の理由で同じように思っている。ならば、その熱量に差異はない。
勝敗を定めるのは、精神面の話ではない。其処に違いがないのなら、差異は即ち別の場所。舞鬼は一人で、少年たちは二人だった。結局、違いはそれだけだ。
〈お、のれぇ……徳、壊さま……私は、ここで……〉
どちらか片方ならば、勝敗は違っていたであろう。だがこの二人を同時に敵として、圧倒出来る程の差はなかった。全てを出し尽くしても、届かなかった。
小さな拳が、舞鬼の内にある命を削り取っていく。再生が間に合わない。肉体が人間の物へと戻っていく。無視出来ない程の傷が、至る結果を確かに示す。
ウルが、ニコルが、勝利する。そして、舞鬼が敗北する。そんな未来を、男は確かに垣間見て――
〈ならばっ! せめて、どちらか、一人だけでも――っっ!!〉
最期を前に、舞鬼は叫んだ。このまま彼らに敗れれば、それは主の危機を呼ぶ。そう確信出来たから、守りを捨てて残る全てを攻勢へと。
吠える男には最早、残る力など欠片もないであろうに。その意志にウルとニコルは一瞬気圧されて――――だからこそ、舞鬼は最後まで失念していたのだ。
〈が、ぁ……〉
「あ、当たったニャ」
最初から最後まで、男が全く意識していなかった金髪の少女。ヒルダが魔力を使って作り上げたカボチャ型の爆弾が、全力を振り絞っていた舞鬼の後頭部で爆発した。
既に限界を超えていた舞鬼は、完全に意識の外であった攻撃で沈黙。当たるとは思ってもいなかった少女と梯子を外された少年達が茫然とする中、こうして九龍の舞鬼は敗れ去ったのだった。
場に、何とも言えない空気が流れる。こんな終わり方で納得出来るかと、舞鬼が強敵であったからこそ少年達の胸中は不完全燃焼だ。
しかしそんな繊細な男心など、ヴァレンティーナ一族が考慮に入れる筈もない。凍り付いた空気を気にする事もなく、ヒルダは増長をし始めた。
「まさか、まぐれ当たりとは。けど、ニコルとウルが勝てなかった相手を、ヒルダちゃんが倒したって事は、ヒルダちゃんが最強でFA?」
『…………』
「にゃーはっはっ! さっすが、美少女ヒルダちゃん。可憐でプリチーなだけでなく、実力面でも最強だったとは。うぅ、自分の才能が怖いニャ」
「……ウル」
「ああ、ニコル」
およよよよと、泣き真似をするヒルダ。その可憐な姿を前にして、少年達の心は一つとなった。舞鬼に挑んだ時以上に、二人の心は一つである。
「アレを倒した方が、上と言う事で良いですね」
「おう。先にぶちのめした方と、完膚なきまでに倒した方、どっちが勝ちだ?」
「両方で」
「了解」
「ちょ、ちょっと野郎ども!? 目が、目がマジになってるにゃ!? い、いくらヒルダちゃんが美少女だからって、二人掛かりなんて――っ!」
「首を切り落とす、心臓に杭を打つ、死体を燃やす、光で浄化する。どのような死に方がお望みですか!?」
「葬儀くらいはしてやるから、取り合えず死んどけ! クソ吸血鬼っっっ!!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
崩れ掛けた酒場に、少女の悲鳴が響き渡る。漁夫の利を掻っ攫った吸血鬼の苦難は、陣親子が意識を取り戻すまで続くのであった。
~原作キャラ紹介 Part13~
○舞鬼(登場作品:シャドウハーツ)
九龍の舞鬼と言う異名を持つ、邪仙徳壊の懐刀。あらゆる魔法を無効化する術師殺しとでも言うべき体質を持ち、伸縮自在な肉体と死亡の遊戯と言う広域呪殺を武器とする悪漢。
原作においては中ボスとして登場。回想シーンで朱震を倒すも、甚八郎にフルボッコされる初登場の仕方。本編中で襲い掛かった時には、切り札の呪殺がウルには通じず逃げ帰ると言う無様を晒した。
あのイベントの影響で、ウルは死亡の遊戯を防げると誤解したプレイヤーは多いだろう。
作者もその例に漏れず、舞鬼が来てもウルが居るから余裕だろうとか思って即死耐性を誰にも付けていなかったら全滅したと言う記憶がある。
そんなイベント時とゲーム時で効果が変わる死亡の遊戯だが、今作ではイベントシーンのものを採用。先天属性が闇以外のキャラに、問答無用で100%の確定即死を叩き込んでくる魔法となっている。
尚、闇属性攻撃なので、先天属性が光のキャラには効果2倍。ニコルは光属性なので、即死耐性をしっかり準備していたが、耐性を貫通して即死を受けていたという設定だったりする。
本編では強いが情けない中ボス。隠しステージでアルバートに捕まって酷い目に合わされたりする辺り、結構悪い扱いを受けているキャラ。
拙作では徳壊最強説の採用により、その懐刀である舞鬼も強化されていた。結果がゴムゴムの実の能力者化である。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!