憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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今回はいつもより短め。繋ぎ回。


第46話 旅路

 

――1900年5月23日、中国は青浦県――

 

 上海の港を出て、西に4時間程。呉江県へと至る途中の水郷を、2台のガソリン自動車が音を立てて進んでいる。

 

 英国でもまだ馬車が主要な交通機関の一つであるこの時代、整地されていない道を行く車両はお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。

 そんな悪酔いしそうな車両の2台目、後部座席に腰掛けたウルは吹き曝しの頭上を見上げる。照り付ける陽射しの下、感じているのは微かな倦怠感。

 

 船にはあれ程弱かった少年だが、地を行く車は平気らしい。とは言え多少は気持ちの悪さもあるのか、或いは同乗者に慣れていないからか。

 自然と口を開くことなく、ウルはぼんやりと頭上を見上げ続けている。流れる時間は、居心地の悪さを感じる程には平穏だった。

 

「しかし、こうしてハンドルを握っていると懐かしく感じますな。まだ一年と数ヶ月、その程度しか経っていないと言うのに」

 

 車の運転をしていた陣が、ふと思い出したように口にする。その声に反応して、秋華とウルは顔を向ける。

 

 舞鬼の襲撃に巻き込んでしまった彼ら親子を、ウル達は旅路に同行させていた。そのままでは、余りに危険過ぎるからだ。

 上海は徳壊の膝下、懐刀を失ったとは言え油断は出来ない。故にあのまま、放置と言う選択肢はなかった。少なくとも、ウルの胸中には。

 

 さりとてウル達が上海に残り続ける事は出来ないし、残った所で徳壊本人が出て来れば状況はとても厳しくなる。彼ら以外に親子を守れるような戦力もなく、ならば武漢の西法師に押し付けてしまえば良いと言い出したのは誰であったか。

 ともあれそんな理由で今、武漢へ向かう道連れは一時的に増えている。敵対不可避となった邪仙との対立に、何らかの進展が起こるまではこのままであろうか。

 

 尚、襲撃者である舞鬼の身柄は、英国領事館へと渡している。あれで彼の邪仙の懐刀だ。様々な理由で欲しがる勢力はそれなりに多い。

 最終的にどの勢力に拾われるのか、それは英国側の判断次第だろう。邪仙が舞鬼を有能な手駒と思っていれば、その目を逸らす囮代わりにもなってくれるとはニコルの言だ。

 

 駄目で元々、上手くいけば都合が良い。そんな策を立てながらも、それはそれとして対価も別に貰っているのがニコルと言う名の腹黒だ。

 邪仙の懐刀と引き換えにして、ニコルは借り受ける予定だった車両を譲り受けたのだ。貸出ではなく、払い下げ品を購入という形で。

 

 陽射し避けもないガソリン駆動の自動三輪。十年前に生産が開始された型落ち品だが、それでもこの大陸では貴重な品だ。

 何せ隣国の日本でさえ、自動車が持ち込まれたのは2年前が史上初。海を挟んだ大陸であっても、普及するにはまだ早過ぎる。

 

 そんな貴重品を得た彼は、内の1台の運転を陣に任せた。この時代では珍しい運転技術を陣が持っていると知ったから、便利に使おうという心算なのだろう。

 

「……一年前って、もしかして親父とか?」

 

「ええ、日向大佐と共に、車で大陸を渡り歩いたのです」

 

 エンジン音を立てる車に揺られながら、陣宋雲は郷愁に耽る。日向甚八郎に窮地を救われた彼は、恩を返さんとその背を追い掛けた。

 大陸を馬車や徒歩で行き来するのは不便だと、彼が日本軍から借り受けた自動車。その操作くらいは任せて欲しいと、そうして陣は運転技術を身に着けたのだ。

 

 最初は酷い物であったろうに、今ではスムーズに動かせるようになった。そんな過去を振り返りながら、前へと進み続ける車。風を浴びる少年は、その言葉に嘗てを想う。

 

「親父も、こんな風に。……俺は今、親父と同じ景色を見てるのかな」

 

 徳壊と甚八郎の戦い。甚八郎を助けた仲間の中に、彼の西法師は居た。陣には彼と直接の面識はないが、武漢の寺院までは行ったことがある。

 そうとも彼の日も同じように、西法師の下へと赴く日向甚八郎を武漢まで送り届けたのだ。一年と数ヶ月の時を経て、今度はその子が同じように仙人の下へ。

 

 何と言う因果であろうか。吹き付ける風の中を進む彼らが感じる想いは、決して軽いものではない。

 

「ウルはさ、これまでどんな景色を見て来たの?」

 

「あ? 何だよ急に」

 

 秋華と言う名の少女もまた同じく。幼い彼女も陣と共に、日向甚八郎の旅路に付き添った。

 危険な場所に踏み込むことこそなかったが、それ以外の場では常に父と共に甚八郎の軌跡を見て来た。

 

 少女にとって、日向甚八郎と言う名の男は正義のヒーローそのものだった。憧れの対象であったのだ。

 

「うーん、何かさ。知りたいなって思ったんだ。……聞かない方が良かった?」

 

「別に良いけど、話す程の内容は大してないと思うぜ」

 

 そんな秋華だ。父親に似た顔立ちの少年に、何も思わぬ筈もない。話の切っ掛けが芽生えたならば、こうして踏み込んで来るのも当然のこと。

 対するウルとしても、秋華に対し何も思っていないと言えば嘘になる。己よりも2つか3つ、少し年上なだけなのに父と共に行動していた。その事実に、嫉妬の一つ程度は覚えている。

 

 だがそれが筋違いな感情だと言うのは分かるし、己にはそんなことを言う権利がないとも感じている。その上で彼女ら親子が見て来た父の姿も気に掛かる。

 ならば後で話を聞く為に、自分の境遇を語るのも悪くはないだろう。隠す程のことはなく、それが少し恥ずかしいが、ウルは故郷を思い出しながら語り始めた。

 

「ガキの頃は、此処よりずっと北に居た。お袋がロシアの出だって話でさ、北国の方が肌に合ったらしい」

 

 ウルが母の出身地を知ったのは何時の話だったか、惚気話の一端だったのを少し覚えている。

 何でも大陸派遣が決まった後、露西亜出身の母を気遣って父が似た気候の土地を探したのだとか。

 

 子ども心に、仲の良い夫婦だと感じていた。だが何故だろうか、時折母は悲しそうな顔をしていた。

 幼い少年は父親が余り帰って来ない所為だと思っていたが、今になって思うと少しだけ違う気がする。

 

 特に故郷の話になると強くなった感情。あれは今のウルが抱いている感情と似た物ではないのかと。

 

「北って言うと、河北や北京? それとももっと行って、黒龍江や吉林かな? もしかして、モンゴルやウイグルの方だったり」

 

「……知らね。地名とか、意識した事もなかったし。多分、その辺のどっかだとは思うけどな」

 

 一つの事実に辿り着き掛けた思考は、少女の質問攻勢によって途切れて消える。口々にされる土地の名を、ウルは一つも知らなかった。

 元より地名など気にしたこともなかった少年だ。母の死後はふらふらと大陸を放浪していたこともあり、何処に住んでいたかなどもう殆ど覚えていない。

 

 何処で育ったかと聞かれれば、華北の何処かとしか答えられない。寧ろ更に幼少の日々を過ごした、日本の葛城の方が印象に残っている程である。

 

「んで、お袋が死んでからはまあ、取り合えず南の方に。家なし着の身着のままだと、流石に寒かったしよ」

 

 或いは、忘れてしまいたかったのかもしれない。母を守れなかったあの場所は、優しい日々より辛い記憶の方が強くなってしまった土地だから。

 母の死後、暫く放心していたウルは逃げるように旅立った。家もない。服もない。食べ物もない。だがそんな理由が無くともきっと、ウルは旅に出ていたことだろう。

 

「最初は何処に行っても、厄介払いされたっけ。泥や石投げられたり、農具持って追い回されたり。……ま、俺も俺で食い物盗んでたから、お互い様って奴だろうけど」

 

「ウル……」

 

「時世、ですね。特に此処から北の山東省辺りですと、扶清滅洋の動きが強い。西洋の軍事力を背景にした教会の横暴な拡大に、従うしかない官僚達への反感を抱いた民衆の蜂起。この情勢で、この国の民ではない容姿とくれば……」

 

 行く当てのない少年は、何処に行っても拒絶された。それは当然、だって誰もが余裕なんてなかった。中国と言う大陸は、西洋列強の食い物とされていたのだから。

 そんな形で多くの人々が飢えている国の中、隣国出身と分かる顔立ちに西洋系の特徴が混じった如何にもな外国人の少年だ。身寄りもないとなれば、悪意の矛先になってしまう。

 

 拒絶され、否定され、でも守れなかったのだからこんな不幸は当然の罰なのだと。そんな環境が、ウルの心を形成した。幸か不幸か、そんな環境でも生きていけるだけの力が彼にはあった。

 

「そんなこんなで色んな所を歩き回っている内に、化け物どもを見つけてよ。ぶちのめしたら、喜ばれたんだわ」

 

 マリスとは人の悪意。そこより生まれる怪物は、世情が不安となれば数を増やす。この大陸の情勢では、それこそ歯止めが効かない程に。

 土着の術士や退魔師などが相手取るのだとしても、脅威の全てを払える訳ではない。そうした異能者は数が少ないのだ。故に怪物を倒せる少年の存在は喜ばれた。

 

「怪物殺せば、飯や金を貰える。怪物どもの中には死骸が残る奴もいるから、煮たり焼いたりすりゃ飯になる。そうと知ってからは、大分楽になったよ」

 

 最初は偶然、怪物を倒した瞬間を見られて感謝されたのが切っ掛け。以降は化け物の首と引き換えに、食事や金を貰って生計を立てることを覚えた。

 戦うのは、楽だった。痛いし苦しいし辛いのだけど、その瞬間だけは生きること以外の全部を忘れることが出来たから。化け物を殺して生きる生活は、とてもとても楽だったのだ。

 

 だが同時に、寂しくもあった。化け物の被害にあった村を救って、化け物を殺す度に村人から恐れの籠った瞳で見られる。アイツの方が化け物じゃないかと、言われたことも一度や二度の話じゃない。

 罰として受け止め、当然として受け入れ、心は鈍化していく。それでも一人で居るのは寂しくて、誰かが居ないのは息苦しくて、きっとだからなのだろう。ウルは今も無自覚のまま、彼らの存在に救われている。

 

「んで南に流れ続けた所で、川の主だか何だかが暴れてるから如何にかしてくれって頼まれて、化け物をぶち殺した後でニコル達に会ったんだよな」

 

 嫌な奴だ。鼻につく態度で嫌味たらしく見下してくる、人間としてどうよと感じるような糞野郎だ。殴り飛ばしたくなったのも、一度や二度の話じゃない。

 よく分からない奴だ。日によって姿が変わっているし、言ってることもやってることもコロコロ変わる。殴り飛ばしたくなったのも、一度や二度の話じゃない。

 

 けれど、寂しくはなかったのだ。腹立たしいし鬱陶しいし気に入らない奴らであるが、一人でいれば自責ばかりしていた筈だから、孤独ではない時間は確かな救いであったのだ。

 

「そっから、アイツの言葉に乗せられてこっちにって流れだ。……ま、お陰で俺のやるべき事が分かったんだ。その点には感謝してやるさ」

 

 ウルが自分で思っている以上に、本当は深く感謝しているのだろう。それを表に出さないのは、無自覚なだけが理由の全てではない。

 この男の子は、素直になれない子どもでもあるのだ。それが傍目にも分かって、だから陣親子は優しく微笑む。少年の辿った道が、苦しいだけじゃなかったから。

 

「ウル、あの子と仲が良いんだね。友達?」

 

「は? ちょ、冗談は良してくれよ。誰があんな腹黒と」

 

 くすりと笑った秋華は、悪戯をするような気持ちで言葉を紡ぐ。敢えてどちらか一人を除いたのは、その方が良く反応してくれそうだったから。

 どちらがと明言しなかった台詞に気付かぬまま、より強く意識している相手のことを口早に語り始めるウル。少年は向き合う少女が良い笑顔をしていることにも気付かない。

 

「性格最悪、性質最低。実力が確かなのは認めるけどよ、毒舌腹黒格好付け野郎なんざと友達だなんて想像しただけでも怖気が走る」

 

 何だかんだで根っこは善良な少年だ。色々と手助けしてくれるヒルダのことは、一応友人として認めている。言葉にしてと追求すれば、渋りながらも肯定の意を示すだろう。

 対してどうしても認められないのがニコルである。多少の感謝も抱いてはいるが、それ以上に酷い目に合わされたのだ。気に入らないと、そう思うのも当然のこと。

 

「ほんっと、アイツ意味分かんねぇよな。何考えてんのか分かんねぇ寒い笑顔張り付けて、その癖クッソ強ぇんだからよ。何だよマジでふざけんなっての」

 

「おや、では彼の事は嫌いだと」

 

「ああ、嫌いだね。大っ嫌いだ。ぶちのめしてぇ」

 

 そんな少年の男心を理解して、笑みを深めながら問い掛ける陣宋雲。その笑みにやはり気付かぬまま、言葉にしたウルは己の想いを再認する。

 嫌いだし気に入らないし、殴り飛ばしたい相手。ニコルに掴み掛っていない理由は、今は勝てないと己の心が敗北感を抱いてしまっているから。

 

「認めるよ、アイツは強い。今は勝てねぇ。……けど、何時かは勝つ」

 

 それを認めた上で、だからと言って心は折れない。今は無理でも、何時までも無理と言う訳ではない。

 だからと口にした言葉が、何処までも強く心に染み渡っていく。そうとも、ウルはニコルに勝ちたいのだ。

 

「ああ、そうさ。勝つんだ。勝ちたい。んでもって、アイツが見下して来た分だけ今度はこっちから――――って、何だよ。その表情は」

 

 握った拳をゆっくり開いて、己の感情を整理する。そうした後で漸くに、ウルは秋華が浮かべている表情に気付いた。

 

「ううん、別に。ただ、やっぱり本当は好きなんだろうなぁって」

 

「……は? 何、アンタ聞いてた? 超絶気色悪い事言わないで欲しいんだけど」

 

「でも、悪口でもそんなに夢中になって話すし。何だかんだ言って認めている感じだし。あと、すっごい笑顔で話してるから」

 

「べ、別に夢中になんてなってねぇし。相手の実力を認めねぇのは、なんか、その、違うだろ。あ、あと、笑顔になんてなってねぇし。ぜってぇ、見間違いだし」

 

「えー、本当かなぁ」

 

「本当だって。マジもマジ。仮に笑顔だとしても、そりゃあれだよあれ。何時かぶちのめして、勝利する瞬間を想像してって言うか…………んだよ、笑うんじゃねぇよ」

 

「うん。じゃあ、そういうことにしておくね」

 

「しておく、じゃなくて。そういうこと、なの! そうなんですー!」

 

 素直になれないウルの弁明に、悪戯な笑みで返す秋華。先にあった居心地の悪さなどは既になく、仲良くなれた様子に陣も笑みを深める。

 

(日向少佐。貴方のお子さんは、確かに不幸な境遇に陥った。背負う宿命は、決して良い物とは言えないでしょう。ですが――)

 

 ハンドルを回しながら、思うは恩人の息子が背負った数奇な運命。母を喪い、迫害されながら放浪し、父の仇との戦いに臨む。そんな運命の子は、されど折れず歪まず進んでいるから。

 

(きっと良い未来が待っている。この表情を見ていると、そう思えてくるのです)

 

 それはきっと、良い未来に繋がっている筈だと。素直にそう、信じられた。

 笑って、怒って、嘆いて、それでも前に進んでいく。その日々が輝かしいものならば、その果てもと信じたかった。

 ニコルに、ヒルダに、秋華。そして願わくば、己もまた。その輝かしい日々の一枚となれば良い。

 そんな風に思いながら、陣はアクセルを踏み込み前方車両を追うのであった。

 

 

 

 

 




現時点での其々の感情

ウル→ニコル
 いつか勝ちたいライバル。友情も、ほんの少しだけ感じてるけど認めたくはない。

ウル→ヒルダ
 たまによく分かんなくなる友人。友達だと認めても良いし、一緒に何かをするのは楽しい。けど、やっぱりよく分からない奴だと思う。

ヒルダ→ウル
 友達。悪友みたいな関係で、一緒に騒ぐのは楽しい。色々弱っちい奴だけど、最後には一人で立ち上がれそうだからこいつは大丈夫そうだなと思ってる。

ヒルダ→ニコル
 唾付けてるイケメンでお気に入り。きっと碌な最期を迎えないんだろうなと思ってる。だから何があっても、その最期までは傍にいようと決めている。

ニコル→ヒルダ
 肉壁。便利。

ニコル→ウル
 ウルかな? ウルかも? うーん、ちょっと微妙(現在ウル認定45%)


今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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