憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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血厂「あれ、俺の出番は?」


第49話 霊錬

 

 揺れる蝋燭の火だけが照らす、仄暗い洞窟の中を駆ける。先を行く白き法衣の少年は、無手の両手を真っ赤な色に染めている。

 それは彼の背に続くウルもまた同じく。敵と己の流血で、彼らの両手は既に握る事もままならない有様だった。

 

 道具の禁止。この縛りは使用する道具に限らず、振るう武具すらも封じ込めた。無手での戦闘、それを強要されたのだ。

 身包みまで剥がされなかっただけ良しと見るべきか、だがそれにしても分が悪い。人が生身で相対するには、怪異と言うのは脅威に過ぎる。

 

 怪異。そう、霊錬の場とされるこの洞窟内には怪異が数多く。既に通り抜けた下丹田も、今進んでいる降宮も、どちらも正しく戦場だった。

 拳を振るった数は既に100を超え、屠った異形の総数はどれだけか。生身で戦い続けた対価と言うべき疲労は色濃く、少年の衣服は流れる血と汗でずぶ濡れだ。

 

(くそっ、情けねぇ)

 

 灯りさえも心許ないこの場所で、ウルが思うはそんなこと。禁じられたのは道具だけではなく、異能の類もここではその一切が使用出来ない。

 ウルの降魔化身術も封印されて、生じた損害は変身出来ないことだけではない。人間離れした身体能力や、失った四肢すら再生する程の治癒力も今はないのだ。それもまた、降魔化身術の恩恵故に。

 

(体が重い。腕や足が、こんなに重かったのかよ)

 

 年相応の身体能力、よりかは少しマシであろうか。それでも何時もとは比べ物にならない程に、ウルの体は弱っている。

 腕力も速度も耐久力も、全てが低下してしまえば力圧しでの戦い方など通じなくなる。それしかしてこなかったウルにとっては、過去最大級の窮地であろう。

 

(どんだけ、フュージョンに頼ってたんだ、俺は)

 

 そんな只中で思うのは、純粋な悔しさだ。目の前を進む神父服の少年が、己よりも平然と先を行くから。それがウルには悔しく感じる。

 条件は殆ど変わらない。或いは普段使いの武器すら使えぬニコルの方が、無手に慣れたウルよりも縛りが厳しいと言えるかもしれない。それでも、一歩以上の差が彼我にはある。

 

(けど……負けて、堪るか)

 

 先を進む背中を見る。己と同じ縛りを受けて、己よりも先に行くその背中を。彼が止まらないのなら、己も止まりたくはない。そんな意地で、痛みに耐えて歩き続ける。

 後どれ程に、先は長く険しいだろうか。考えてしまえば苦しくなるだけだから、今は忘れて歯を食い縛る。前を進む背中に追い付くために、ウルは確かに前を見ていた。

 

「ウルムナフ。来ますよ」

 

 そんな少年へ振り向くことすらせず、ニコルは冷たい声音で告げた。泣きたくなる程に傷だらけで、余裕がないのはお互いさま。だというのに、迫る脅威にいち早く彼は気付くのだ。

 

「前方から10。それと僅か遅れて地中からも7。先触れとの接敵までは後20秒程」

 

「ちっ、またかよっ!? 数が多過ぎるだろうがっ!!」

 

 さて、これが何度目の会敵か。流石のニコルも笑みを浮かべる余裕はなく、うんざりと返すウルの声にも疲れの色が濃く見える。

 それでも、二人は構えを取る。この降宮に踏み込んだ時点で、逃走と言う選択肢はなくなった。既に禁じられたその行動を、少年達は選べない。

 

 これが中々に食わせ物。現在の彼らは怪異の存在を認識した瞬間から、全滅させるまで一定距離以上離れることが出来ないのだ。

 背を向けての逃走が出来ないのは当然のこと、駆け抜けて接敵を少なくするということさえ不可能。小細工など出来ず、唯戦い続けなければならない。

 

《aaaaAAAAAAAAAA》

 

《oGyOgegogegggge》

 

《gErrrrrrrrrrrrrrrrrrrrR》

 

 悍ましい声を上げながら、迫る怪異は三種類。高い所から埃が積もるように、ふわりふわりと降りて来るのは髑髏の人魂。

 地上を滑るように移動するのは、全身から異臭を放つあやかし。油塗れの三本足でヌルヌルと迫る怪物は、その整った歯を涎に濡らす。

 そんな二種の異形と共に迫るは、手のない蛙に似た怪異。猛毒の汗で周囲を汚染する怪物には、目玉があるべき場所には代わりに人の顔が二つ生えている。

 

(人魂が4。キモイ歯が2。蛙が4。これが先触れかよ)

 

 嗤い、鳴き、恨み嫉む。悍ましい異形の生物たちを前にして、ウルの心に怯懦はない。思うは残る7匹が、何時何処から来るかと言う問い。

 されど迷いは一瞬、考えるだけ無駄だと割り切りウルは駆ける。難しいことは全て相方へと任せ、己は拳を振るうだけ。それこそ適材適所であろう。

 

「おっらぁっ!」

 

 痛む拳を無理矢理握って、歯を食い縛ったままに真っ直ぐ振るう。先ず最初に狙ったのは、先触れとなる荒御霊。

 最も近くに居た白い頭蓋を叩いて、怯んだ所に踵落とし。大地に落ちた骸を踏み付けて、その足を軸に右へと跳躍。

 

 跳んだ先には、油塗れのあやかしが。鼻を突く異臭に思わず動きが固まるが、知ったことかと拳を振るう。

 だが、浅い。ヌルりとした感触が、拳の衝撃を妨げる。強酸の体液が傷口に染み込み、絶叫にも等しい音が喉を突く。

 

「ぐっ、くそがっ!?」

 

 その悲鳴を罵倒に変えて、焼け爛れた拳を更にと振るう。下から腹を抉るように、放たれたフックがボディを射抜く。

 吐瀉物を撒き散らしながら仰向けに倒れるあやかしは、されど一矢報いてみせる。呻き声と共に人面蛙が放つのは、目を焼く程の雷だ。

 

「っっっっっ!!」

 

 至近距離から雷撃を放たれて、今のウルでは躱せない。直撃を受けた少年の身体から痺れが取れるより前に、残る怪物達が襲い掛かる。

 飛翔する荒御霊が少年の小さな体へと、剥き出しの歯を突き立てる。右の肩と左の脇腹。血肉を抉り取られたウルは体勢を崩して、一歩二歩と僅かよろけた。

 

「な、めんなっ!」

 

 されど、三歩目はない。倒れるものかと食い縛り、踏み締めた足で立ち続ける。血塗れの拳を握り締め、狙うは血肉を貪る頭蓋達――ではない。

 気配がしたのだ、背後から。振り返ると同時に拳を放てば、其処には油塗れの三本足。顔に口しか付いていない怪物は、少年の拳を受け止め平然と嗤った。

 

〈AaaaaaaUuuuuuuu〉

 

 これが怪物。そしてこれが人間だ。降魔化身術と言う反則さえなければ、人は怪物に勝ち得ない。ましてや人の子どもでは、拳一つで勝てる理由なんてない。

 

「く、そが……っ!」

 

 それが道理、だとしても――その道理を覆している奴が直ぐ側にいるのだ。身体を頭蓋に貪られ、焼け爛れた拳を振るい続けるウルの視界に映っている。

 ニコルの足元には既に、二匹の蛙と三本足の屍が。敢えて生かした一匹の蛙が放つ雷を利用して、同士打ちを引き起こす。そうした後に、残した敵に止めを刺して次の相手へ。

 

 既に彼は、地中から迫る第二陣に目を向けている。無言のままにその背中は、先触れの残りを任せたとでも言うかのように。

 

「は――っ!」

 

 ああ、きっと彼は言うのだろう。そのくらい、ウルならば出来る筈だと。ウルならばやってみせろと、ならば言われるまでもない。

 覚悟と共に、限界を超える。道理など知ったことかと雄叫びを上げると、二回三回、二十三十、数えるのが億劫になる程に、ウルは血に塗れた拳を振るった。

 

〈Aaaaaaaaaaaaaaaaaa!?〉

 

 そうして、割れた。相対していたうわばみの頭部が、ウルの拳の骨と同時に割れる。その隙間に指を突き入れ、強引に開いて千切る。

 限界を超えた駆動に身体が悲鳴を上げているが、知ったことかとウルは痛みを無視する。この試練さえ乗り越えれば降魔化身術の力が戻るのだから、後遺症を気にする必要などはない。

 

「テメェらなんざ、纏めてゴミの日にポイだ!」

 

 肩と脇腹に喰らい付いている髑髏を両の手で握る。握り潰す程の握力はなくとも、痛みにさえ耐えれば己の血肉ぐらいは引き千切れる。荒御霊の咬合力は、骨を砕く程に強いのだから。

 敢えて血肉を噛み千切らせて、咀嚼している髑髏達を地に叩き付ける。それでも砕けない程に腕力が落ちてはいるが、ならば体重を掛けて踏み潰してしまえば良い話。

 

「せい、やっ、はぁっ!」

 

 初撃と二撃の踏み付けで髑髏が二つ、三度四度と続ければ残る二つも砕け散る。そして五度目の踏み込みで、被害を受けるは痛みに藻掻いていたうわばみだ。

 その懐に入り込み、蹴り飛ばした先には激しい雷光。ニコルの動きに学ぶ形で、狙ったのは同士討ち。先にひっくり返っていた人面蛙が、見事三本足を焼き殺す。

 

「これで、終わりだ!!」

 

 焼き焦げた死骸を踏み台に、真っ直ぐ飛んで蹴りを放つ。両足揃えた蹴撃は、人面蛙の顔面へと。靴の裏と岩壁に挟まれて、人面蛙はぐりゃりと潰れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 これにて、先触れは片付いた。ウルは力を使い果たして、肩で大きく息を吐く。両手を地に着いた姿は無防備だが、もう敵は居ないと確信している。

 残る敵は地中の7匹しか居なかったのだ。ならばその程度、ニコルならば既に片付けているだろう。ウルが顔を上げれば、其処には予想に反さぬ姿。

 

「やれやれ、気を抜くのが早くありませんか?」

 

「……んだよ。やっぱ余裕そうじゃねぇか」

 

 血に塗れて、動くのも億劫なウル。対するニコルは発汗や出血こそ酷いが、しっかりと立ち微笑んですら見せている。

 まだ仮面を被る程度の余裕はあるのだと、彼我の実力差が少し嫌になる。だがそんなことは分かっていたことだろうと、ウルは大きく息を吐いた。

 

「あー、しんど」

 

 それで息を整えると、弱音を漏らしながらも立ち上がる。ああ、まだ進める筈だと。動き出そうとした彼を、しかしニコルが静止した。

 

「ウルムナフ、少し休みなさい。先はまだ長いのですから」

 

「あ? こんな場所で休んで平気なのかよ」

 

 疑問を零しながらもすぐさま腰を下ろして、地に座り込んでいるウル。その姿に苦笑を零してから、ニコルは彼に予想を伝える。

 

「数分程度なら問題ありません。霊錬はあくまで鍛錬なのです。こちらのキャパシティを超えるような一手を、西法師殿は打たないでしょう」

 

「ふーん。そーいうもんか」

 

 言外に、今責められれば鍛錬にならないと言う。ニコルにまだ多少の余力がある以上、限界と見なされているのはウルの方だろう。

 何となく感じ取って忌々しいと思いながらも、事実であるために否定できないウルは受け入れる。受け入れた上で、今は身を休めることに専念する。少しでも、体力を取り戻すために。

 

「大凡の推測ですが、残る道行は丁度半分程でしょうね」

 

「残る道程って、何でんな事が分かんだよ」

 

「歩数を常に数えていますから、ある程度の広さは分かります。転移装置が幾つかありましたので、具体的な距離の数字化は難しいですが…………大物を一匹倒し、逃げる事が出来なくなった。あの瞬間に下丹田を越え降宮に辿り着いたと考えれば、一つ目の層に掛かった歩数は463歩。今は其処から312歩進んでますから、もう直ぐ次の大物に出会うと予想は出来ます。宮毎の広さがそう変わらなければ、の話ですがね」

 

「……この状況で自分の歩数まで数えてやがるのかよ。頭おかしいんじゃねぇの」

 

「意外と便利ですよ? 旅路の途中でペース配分を考える際、有効な判断材料となりますからね」

 

 平然とおかしなことを言い放つニコルに、ウルは頬を引き攣らせながら身を横たえる。色々と見習うべき点の多い相手だが、こういう所は全く以って参考にならないと。

 

「話がずれましたね。兎も角、次の大物までの約100歩分。少し休んだら、後は全力で駆け抜けます」

 

 そんな表情を咳払い一つで切り替えると、ニコルは真面目な声音で話を戻す。これがこの降宮における、最後の休息になるのだと。

 後は限界を超えて、駆け抜けるだけ。100歩の距離ならば接敵せずに、大物との遭遇まで行けるだろう。ニコルはそう踏んでいた。

 

「んで、次がでいなんとか、だったっけ? なんだっけ、更にきつくなんだよな」

 

「泥丸宮です。大量の呪詛で、複数の状態異常が常時掛かると言ってましたね」

 

「状態異常って何よ?」

 

「毒、猛毒、麻痺、封印、石化、精神崩壊、パニックと言ったものが存在を確認されてはいますね」

 

「そのどれ受けんのかね? 全部?」

 

「……流石に麻痺や石化と言った、行動不能になるものは除外されると思いますが。それ以外は全部纏めて受けることになるかもしれません」

 

「うへぇ」

 

 寝転びながら、呻き声を上げるウル。複数の状態異常と言うのはニコルにとっても苦行であるのか、彼の表情も晴れやかなものではない。

 そうとも西法師の霊錬、その最難関とはそれ程に甘いものではない。心身ともに限界まで追い詰めて、その上で限界を幾度も乗り越えねばならぬものだから。

 

「ですが、ウルならば、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガならば、そのくらいは乗り越えられる。期待してますよ、ウルムナフ」

 

「……はっ、言ってろ」

 

 発破を掛ける為に、そして身勝手な期待を込めて、ニコルはそう笑い掛ける。返すウルの言葉は、しかし何処か楽しげな笑みと共に。

 霊錬はまだ道半ば。降宮を間もなく抜けて泥丸宮へと至る途中で、二人の少年は小さく笑い合う。そうして立ち上がると、仄暗い道へと駆け出すのであった。

 

 

 

 




白姑「これ、俺の出番も怪しいな」

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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