地面より生えた巨大な手、甲からは一回り小さな手が生える。二つの翼を生やし、指先には蛇の如き瞳と口を持つ異形。
青古と称されるその怪物は、激闘の果てに崩れ落ちた。緩やかに崩壊しながら地に伏したその姿を前に、ウルは大の字になって倒れ込む。
「あー、終わったぁ!」
満身創痍だ。全身血塗れの少年は、最早意識があるのが不思議な程に。気合と根性だけで持たせていたのだ。もう身動きさえ真面に出来ない。
「……ええ、思ったよりも、苦労しましたね」
法衣の少年も、満身創痍なのは同じく。口調が乱れる程ではないが、余裕もない表情で息を吐く。
地に腰を下ろしてしまえば、もう立ち上がろうとは思えなくなる程。今はニコルでさえも、そんな有様である。
「つーかよ、最後の何だよ。殴ろうとすると、動き止まる奴。何をされたら、ああなるんだよ」
地面に寝転がったまま、ウルは抱いた疑問を口にする。泥丸宮に入って以降、最後の枷は理解し難い現象だった。
攻撃や移動など、何か行動をしようとすると急に身体が停止する。何かを為そうとすると、一定の確率で失敗するのだ。
何をどうすればそうなるのか、ウルには理屈が全く分からない。対して地面に腰を下ろしたニコルは、多少ではあれ当たりを付けていた。
「ジャッジメントリング」
「あ?」
「恐らくは、ですが。
ニコルにしては珍しく、自信なさげに推論を語る。審判の輪と言う言葉自体初めて聞いたウルは、疲れて回らぬ思考を捨てて問い掛ける。
「……なにそれ、食えんの?」
「食べ物ではありませんよ。人の持つ魂の姿、それを図解と描いたものを
ウルの言葉に失笑を返して、流れるように解説へと繋げる。ニコルと言う少年は、存外話好きなのだろう。或いは説明好きと言うべきか。
「
動機は生命の意志を。行動は生命の可能性を。結果は生命の運命を。総じて審判の輪とは、魂を持つ存在の全てを司る。
そして魂を持つ者達は皆、無意識の内にこの審判の輪を知覚している。だからこそ象徴とする図解が、ネメトン修道院の地下には存在していた。
「魂を持つ全ての者は、自らの意志で動き、自らの行動で、自らの結果と言う未来を求める。魂を持つ限り、この共通理念からは逃れられない。この世界における原則です」
この世界において、全ての存在は審判の輪に縛られる。故にそれを狂わされてしまえば、人は正しい行動を行えず、望んだ未来に至れない。
霊錬において科せられた最後の枷は、詰まりはそういうものである。審判の輪による判定の妨害。原作であるゲームで言えば、リング異常と言う状態だ。
「
ファストリングにアップリングにフェイクリングとブラインドリング。ゲーム的に言えば、霊錬中の彼らには凡そ全てのリング異常が常時付与されていた。
絶好のタイミングで身体が動かなくなれば、それは致命の隙へと変わる。そんな状況を潜り抜けたのだから、動けない程に疲弊するのも当然だろう。寧ろその程度で済んで、運が良かったと言うべきだ。
「へー、ジャッジメントリングねー。リングの精とか居そうじゃね?」
「魂なら、居るんじゃないですかね」
「……精と魂って、何か違うの?」
「さあ、何とも言えませんね。どちらも会った事がありませんので。……ただ」
「何だよ?」
「リングの魂は、多分職業だと思います」
「へー、そうなんだー。仕事終わったら、じゃあ何になるんだろうなー」
「さあ、何とも言えませんね。取り合えず、奥さんと娘さんが居そうではありますが」
「奥さんと娘さんがいる、仕事人かー。何でだろうな、何か、冴えない中年のおっさんのイメージが浮かんできた」
「奇遇ですね。私もです」
きっと疲れ切っているのだろう。途中から脳細胞を全く使わなくなった会話を交わしながら、ウルとニコルは無駄な時間を過ごしていく。そうして、ふと、気付いた。
「なあ、ニコル。まだ、霊錬って終わんねーの?」
「……いえ、そんな筈は……いや、そういうことか」
大取と言うべき敵を倒した後だと言うのに、何時まで経っても迎えが来ない。先へと続く道が開く様子もなく、ならば霊錬はまだ終わりじゃない。
「どうやら、もう一つ、試練が残っているようですよ」
「へ?」
困惑するウルの眼前で、立ち上がって身構えるニコル。その姿に慌てて起き上がろうとしたウルは、耐え難い程の眠気を感じて手を滑らせた。
「あれ、何だ、眠くなって――」
「成程、体と技は見届けたから、残るは心と言う訳ですか」
霊錬は魂を磨く試練とされる。だがその割にこれまで試されてきたのは、肉体面での性能のみ。
原作でもそうだったからと、納得していた甘さにニコルは苦笑する。此処は現実、ならば心に問い掛ける試練もあって然るべきであり――
「気を強く持ちなさい、ウルムナフ。きっと最後は、一番厳しい試練が襲って来ますよ」
きっとそれは何よりも、この少年達にとっては苦しい試練となるであろう。
ぴちゃりと、水の音がした。目を開いた瞬間に感じる臭気は、錆びた鉄を思わせるもの。それが周囲を満たしていて、真っ赤な色が地を染めていた。
「ア、はは、ははは」
声が聞こえる。誰のものだろうかと、疑問に思うが直ぐには答えが出て来ない。だがどうしてだろうかと、思うはよく聞く音だという感想。この声の主を、ニコルは確かに知っている。だから少年は視線を向けて、その目を大きく見開いた。
「ア、はは、ははは」
笑っている。嗤っている。哂っている。赤い返り血に塗れた少年が、その血溜まりの中で歓喜と悲嘆の混じった笑みで哄笑している。
その足元には、見知った人の見知らぬ姿。ダークブロンドの髪は常よりも鮮やかな赤に染まって、その顔はまるで人形のように青く冷たくなっている。
もう手遅れだと、一見して分かる状況。これが夢だと分かっていても、ニコルはその目を逸らせない。これは彼にとっても、耐え難い心の闇だから。
(ああ、そうか…………)
ずっと疑問に思っていたのだ。一体どうして、己は彼女を遠ざけようとしていたのか。
――あたしを連れて行きたくないのは、あたしに死んで欲しくないから?
彼女と別れたのは、もう半年近く前のこと。片道3ヶ月と言う目算は外れて、未だ道行は終わらない。徳壊との決着を付けた後、戻れるのはさてあとどれだけ先か。
そんな嘘を口にしたのは、そうとも一刻も早く遠ざけたかったから。一分一秒でも早く、その場を離れなくてはならない。気付きたくはなかったけれど、本当は既に気付いていたのだ。
――私は貴女を好いている。この好意が、親愛なのか恋愛なのかは分かりませんが。
その言葉は本心である。だがほんの少しだけ、小さな嘘が混ざっている。本当は既に気付いている、痛みに変わるこの感情を何と言うのか。
それでも目を逸らしてしまった理由は、力が足りないからではない。今目の前にある悪夢。その結実を、心の底から恐れていたから。けれど恐れていながらに、心の何処かで望んでいるから。
「クくく、くハは、はハははははははハハハは」
嗤い声が響く。泣いているような嗤い声が、嗤っているような泣き声が、壊れて狂ったオルゴールのように止まることなく響いている。
もう嗤うしかないと、響く音は何処までも負の感情に満ちていて、しかし同時に空虚であるようにも感じられた。そんな声で、ニコラス・コンラドが嗤っている。
――強くなりたい。そう望んで、選び取った道。其処に後悔などはありません。
魂を持つ全ての者は、自らの意志で動き、自らの行動で、自らの結果と言う未来を求める。強くなりたいと願ったのは己自身だ。どんな事情が其処にあろうと、どんな過去が其処にあろうと、己で望んだという事実は決して揺らがない。
ニコルは強くなりたいのだ。そして強くなる方法は、もうとっくの昔に見付けていた。ならば狂気と呼べる程に肥大化していた彼の渇望が、その道を求めない筈がない。此処まで持ったことですら、ある種の奇跡と言えるのだから。
「ははははははははははははははははははははははははは……ははっ」
本当は、とうの昔に気付いていた。一体どうして、遠ざけようとしていたのか。本当は気付いていて、ずっと見ない振りをしていただけだ。
その場所は、心地良かったから。気付いてしまえば、もう戻ることなど出来ないから。目を逸らして、心を微睡に委ねて、何時かきっと取返しが付かなくなるのだとしても、もう少しだけ一緒に居たいと願っていた。
――もう少し大人になったら、この続きをしましょう?
そんな未来は、二度とは来ない。今更に、その事実に気付いた。心の闇を前にして、もう目を逸らすことなど出来はしなかったのだ。
「手に入れた。……嗚呼、手に入れた! 私はこれで、私こそがこれで!」
ニコラス・コンラドは、強くなりたいと願っている。何をしてでも、何を捧げてでも、誰よりも強くなりたいと願っていた。
発端は大切なものをこれ以上失わないために。そんな理由だった筈なのに、何時しか強くなることだけが全てになっていた。
そんな少年が、ある女を遠ざけようとしていた。己の力不足を口実にして、だが本当にそれが理由か? いいや、否。ニコルはそれ程、殊勝な男ではない。
今は守れないのだとしても、守れるだけの力を付ける。そう断じて己を追い込もうとする少年であり、だからこそ弱さを理由にした拒絶をする筈がなかった。
だと言うのに、少年は女を遠ざけたがった。その真なる理由は此処にある。その本心とは、とても単純なことだったのだ。
――酷い男ね、ニコルは。今からそれじゃ、碌でもない女泣かせになるわよ。
(ああ、本当に酷い男だ。私は、ニコラス・コンラドは、こんなにも醜い男だったか)
目を閉じれば、その声を確かに思い出せる。大切だと思えていて、ああきっと此処に抱いた情を
それでも、そんな人を失ってでも、それでも良いと思えてしまったから。ああ、本当にニコラス・コンラドは救いようがない奴である。
「闇の鍵! クーデルカ・イアサント! その命、此処に捧げるっ! その魂、霊の一片までも凌辱し尽くし! 私は、私こそが、遥か高みへと至るっ!!」
クーデルカ・イアサントは、闇の鍵と呼ばれる存在だ。その力は古の巨人や、遥か彼方に存在する外なる神を呼び寄せてみせる程。
対となる光の鍵は、命を捧げることで愛する男の力となった。ならば同じ力を持つクーデルカがその全てを捧げたならば、それは一体どれ程の力となるか。
ニコラス・コンラドは、強くなりたい。狂気にも等しい程に強く、何をしてでも強くなりたいと願っている。
そんな少年の手の届く場所に、闇の鍵は存在していた。少し手を伸ばせば手に入る位置に、高みへ至る鍵があったのだ。
その誘惑に、ニコラス・コンラドは耐えられない。耐えようと思える筈もない。
その理由、その目的、それは他でもないニコル自身が心の底でずっと望んでいたことだったから。
「ああ、そうだ! 私が、私が至る! ウルではない! 奴ではない! 頂点にあるべきは、この私なのだ!!」
嗤い声が響く。母が死んで以来の団欒を、感じさせてくれた歪な建物の中に響いている。帰って来ると約束した場所で、惨劇を起こした人物が嗤っている。
キャラメルブラウンの髪を返り血で赤く染め、碧の瞳を大きく開き、狂ったように嗤い続ける法衣の少年。ニコラス・コンラドこそが、倒れる彼女を■したのだ。
強くなりたい。もう失うのは辛いから。もう取り零すのは嫌だから。誰よりも何よりも何処までも、強く強く強くなりたかった。
強くなれると分かっていた。気付くのが怖くて、向き合うのが辛くて、自覚してしまえば止まれないから、幼さを理由に目を逸らし続けていた。
「そうとも、ウルと私の、何が違う!! いいや、何も違わない! 個としてならば確実に、私の方が勝っている!!」
原作において、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガこそが世界最強であった。ゲームの中であれ程に強かった理由は、彼自身に由来する物が全てじゃない。
犬神の血を引いていること。苦しい幼少期を過ごしたこと。激闘の果てに成長してみせたこと。それだけが理由ならば、原作のニコルは負けていない。
王室の血を引いているのだ。耐え難い幼少期を乗り越えたのだ。ラスプーチンの教えを受けて、一角の人物となっていた。なのに負けたと言うのなら、理由はきっと他にある。
「ならば何故!? ニコラス・コンラドは、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガに勝ち得なかった!? 決まっている! それは奴が! 光の鍵を得ていたからだ!!」
アリス・エリオット。100年に一度の霊力と称される程の才を持って生まれ、その身を多くの魔術師から狙われ続けた存在。
手にすれば神々さえも降臨させ、世界全てを変革出来る程の力。光の鍵と呼ばれる彼女が身を捧げたからこそ、ウルは最強へと至れたのだ。
原作の知識を知り、この今に生きるウルの姿を見て、ニコルが出した結論こそがそれである。アリスが居なければ、己が負ける理由はないと。
「だから! クーデルカ! 嗚呼、クーデルカ! 私を高みに至らせる鍵! アリス・エリオットと対を為す、闇の鍵さえあったのならば! 必ずや、この私こそが勝利する!!」
光の鍵と対を為す、闇の鍵が必要だ。現時点で既に、個としてはウルを超えている。そんな己が闇の鍵を得たならば、もう誰も敵とはならない。
最強となる。無敵となる。己の願いが、真に果たされる。だからこそ、ニコラス・コンラドは殺したいのだ。闇の鍵を得る為に、クーデルカ・イアサントを死なせたい。
「そうだろう、ニコラス・コンラド? これで私は、もう誰にも負けない! これで私は、もう何も取り零さない! グレゴリオ・ラスプーチンも! ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガも! 誰も私から、もう二度と、何も奪えないのだっ!!」
振り向いた少年の顔には、壮絶な笑みが張り付いている。同意を求める言葉に対し、ニコルは否定する言葉を持たない。何せ彼の行動は、ニコルの願望。ニコルが最もしたいことなのだから。
「…………はぁ、成程。己の闇と向き合うこと、それが最後の試練ですか」
この光景は、西法師が望んで作り上げた物ではないだろう。そうだとするには趣味が悪過ぎるし、余りに内容が的確過ぎる。
求められているのは、己の内にある闇に向き合うこと。気付いていながら、目を逸らしていたこと。それに立ち向かうことを、強要されただけなのだ。
とは言え彼の者の思惑がどうであれ、目の前にある幻は変わらない。己が最強となる為にクーデルカを殺害する、それこそニコルが心の底で望んでいたこと。
だから遠ざけようとした。だから気付こうとしなかった。気付いてしまえば、我慢が出来ない。これはそういう類の衝動で、だからニコルは――――
「いや、しかし……実に醜い」
「が――っ!?」
己の闇を、切り捨てた。銀に輝く刃を振るって、己と同じ魔性の首を断つ。予想だにしない一撃に、真面な反応さえも返らず、もう一人のニコルの首は地面に落ちて転がった。
「何を、貴様……否定すると、言うのか? 他でもない、貴様が、この私をっ!? 貴様自身の願望をっ!!」
だと言うのに、首が叫ぶ。噴水のように血を噴き出す身体は倒れ、生首となって転がるだけだと言うのに指摘する。
そうとも、これは幻だ。斬ろうが突こうが潰そうが、己の闇は決して消えない。拒絶された怒りを抱き、目を逸らすなと叫ぶだけ。
「……いや、確かに、この行いは私の望みだ。私はクーデルカを死なせたい。それを否定はしませんよ」
だから目は逸らせない。元より気付いてしまった以上は、もう目を逸らす心算もない。そんなことには意味がないから、為すべきと感じたことを為すだけだ。
「ならば何故!? アルバートの二の舞になると、懸念したか!? いいや、そうはならない! この女は愚かにも、ニコラス・コンラドに想いを寄せているのだから!」
「ええ、そうですね。騙してその死後の魂さえも利用し尽くすのは、きっととても容易いのでしょう」
ニコルは叫ぶ。利用は容易いと。それは事実だ。あの女は愚かにも、ニコラス・コンラドを愛している。だから愛を囁けば、きっと簡単に壊せてしまう。
或いは本音で語っても、彼女は生贄となることを許容してしまうかもしれない。そう感じる程の熱があり、それでも良いと願う欲があり、ああ、けれど――
「でも、私はそれを望まない」
それを恐れる、己も居たのだ。
「……貴方の言う通りでしたよ、エドワード。失うことを怖がる時点で、私の答えは決まっていた」
愛していたのは、女だけじゃない。想いを寄せていたのは、クーデルカだけではないのだ。だから気付こうとしなかった。だから遠ざけようと考えた。ならば答えなんて、もう既に決まってる。
「馬鹿な!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!? 私が!? ニコラス・コンラドが!? そんなものを、望めると!? これまでの全てよりも、そんなものを!!」
「……ええ、そうですね。きっと、無理でしょう」
そうとも、立ち向かえるなら、最初から目を逸らす必要なんてなかった。ラスプーチンが植え付けた衝動は、ニコル自身が自覚してるよりも遥かに重く強い。
だから守るのだ。他でもない、ニコラス・コンラドと言う男自身から。この愚かな男が居る限り、クーデルカ・イアサントは何時か死ぬ。それを嫌だと、今は思えているから。
「この今でさえ、迷いがある。私の醜い欲望は、しかし真実の衝動でもある。私はクーデルカを殺したい。それだけで、強く成れると気付いてしまったから」
ニコルの闇は、ニコル自身が抱いた願い。クーデルカを犠牲にすれば、ニコルは誰よりも強く成れる。そう知って、何時までも我慢出来るような男じゃない。
「今はまだ、失う方が恐ろしい。けれど明日は、明後日は、数年後も同じように、想うことが出来るのか…………いいえ、出来ない。私はそういう人間です」
ニコラス・コンラドは、どうしようもない男なのだ。大切な人は守れない。求めた物は得られない。その生涯は他者の哀れみと侮蔑に満ちていて、けど結局は自業自得でしかない。
原作において、ニコルがカレンに言われた言葉こそが相応しい。何時かこの世界でも向けられるであろう、悲しみの色こそが似付かわしい。一皮剥いた本性は、そんな男でしかいられない。
「ならば――っ!」
「けれど今は、まだ失う方が怖いのですよ」
一緒に居れば、何時か必ず天秤は入れ替わる。今は大切に想えているけど、何時かは捨ててしまえるだろう。けれど今は、大切なのだ。
明日にはもう、天秤が拮抗しているかもしれない。明後日には既に、今の判断を悔むかもしれない。数年後には必ず、路傍の石と同じように見てしまう。けれど今は、この瞬間だけは、そうではないのだ。
「だから、捨てましょう。クーデルカ・イアサントを守るため」
「後悔するぞ、その選択!!」
「だから、全て忘れてしまいましょう。ニコラス・コンラドの魔の手から、愛せた人を守るため」
「私は変わらん! 何があろうと力を欲して、何時か必ずや闇の鍵を手に入れる!!」
「……そうならぬ為に、都合の良い物がある。まさか私自身に、使うことになるとは思いませんでしたがね」
ニコラス・コンラドには守れない。今までもそうだった。どうでもいい他人の命は救えても、本当に大切な人の幸福だけは守れなかった。
母親も、ルチアも、ベロニカも、カルラも、ジェームズも、ニコルは誰も救えなかった。けれど今なら、クーデルカだけならば、守れるかもしれない奇跡がある。
聖なるヤドリギと、そう呼ばれる奇跡が此処にある。
「馬鹿、な……正気、なのか……」
「神聖なるヤドリギは、本来は迷える魂を導く為にあるのです。ならばこれは、きっと正しい使い道でしょう」
「捨てる、のか!? 友との記憶を……私自身を……母との約束さえもっっ!?」
魔法で記憶を消すだけでは足りない。魂に焼き付いてしまった、力を求める衝動がある限りは駄目だ。何時か必ず、ニコルは闇の鍵に手を伸ばしてしまう。
だから、魂の全てを初期化する。前世の知識も、重ねてきた記憶も、繋いできた絆も、大切な約束さえも捨て去る。そうして初めて、たった一人を守れるから。
だがそれは、自死と何も変わらない。自らの喉に刃を突き立て、命を終える行為と同じ。どちらも己と言う自我が、一片も残らず消えるのだから。それでも、きっとそれで良い。
何故ならば、ニコラス・コンラドには誰も守れない。全てを失い捧げなければ、たった一人の女性さえ守れないのだ。だから、そんな男は、もう終わってしまった方が良いだろう。
「もう一度、彼女に会えた時。それでも失う方が怖ければ、この身の全てを捨てましょう」
今はまだ早い。彼女の内にある記憶が邪魔だ。それに必ず守れると言う環境を作り上げてからでなければ意味もない。
きっと時間が掛かるだろう。その時既に己が心の闇に飲まれていたならば、その時は仕方がない生贄に捧げよう。だがもしも間に合えば、死ぬにはきっと良い日となる。
「西法師殿に感謝を。此処で向き合えて、私にとってはそれで良かった」
「止めろ! 考え直せ!? そんな馬鹿な――っ!!」
ぐちゃりと、煩い頭を踏み潰す。心の闇は無くならずとも、心の迷いは拭えずとも、赤に染まった沈黙は存外悪いものではない。
ゆっくりと景色が晴れていく。心の闇に向き合って、答えを出したからだろう。霊錬は此処に終わりを迎えた。現実の時が、動き出すのだ。
「……しかし、初恋は実らないとは、昔の人は良く言ったものだ」
ほんの僅かに呟いた言葉は、夢に紛れて消えてしまう。痛みに変わってしまった恋に蓋をして、ニコラス・コンラドは心を決めた。共に生きる未来など、最初から存在していなかったのだから。
ニコルと言う男はね。誰にも理解されず、不自由で、なんというか救われちゃあダメなんだ。独りで、無様で、哀れで……
強くないウルがウル認定NGなように、幸せなニコルとかニコル認定NG。オリ主なら許せるが、ニコルは哀れでないとニコルじゃないので。
仕方がない事情や同情するべき境遇ではあるけど、最後の最後でその道を選んだのは君だから自業自得。哀れな人だね。そんな言葉が相応しい男として、ニコルを描いていきたい。(厄介ファンの心境)
ルート分岐的に、純愛やハーレムルートだとニコルは精神的に自決。記録となった記憶を引き継いだニコルver2が、人の心を取り戻していく感じの話になる予定。
求道者ルートだと? クーデルカを生贄に捧げぇ、最高に高めた俺のフィールで 最強の力を手に入れてやるぜ!! と顔芸始める。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!