夕日が沈み行く空の下、小さな村の中を少年が駆け抜けていく。危なげなその足取りに、美しい女は慌てるような声を掛けた。
「ウル! だめよ、そんなに慌てて走って行っちゃ! 転んでも母さん知らないわよ!?」
「へっへーん、大丈夫さ! はやく夕飯の時間だよって、父さんに知らせてあげなくちゃ! ずっと働いてて、お腹ペコペコな筈だもん!」
大切な息子が、怪我をしたらどうしよう。眉を顰めて声を荒げる母親に対し、振り返ったウルはそう一息に告げてもう一回転。
僅かにバランスを崩して踏鞴を踏みながらも、転ぶことなく歩を進める。怒ったような困ったような母を置いて、向かう先には鍬を手にした男の姿。
寂れた寒村には不釣り合いな、緑色の軍服を纏った男。不釣り合いな恰好のまま畑仕事に汗を流していた男は、顔を上げるとウルに向かって不器用そうに少しだけ微笑んだ。
「どうした、そんなに息を切らして。また走ってきたのか?」
「へへへ、母さんが夕飯出来ましたって!」
「そうか、父さんも丁度切りの良い所だ」
親しい人にしか分からない程度の表情変化。けれど見逃すことなく、ウルはその感情を読み取り笑みを浮かべる。
互いに笑みを交わしてから、少年は男に向かって手を伸ばす。男は笑みを少しだけ深めると、小さなその手を握り返した。
そうして二人、帰路へと着く。その前に少しだけ立ち止まって、広がる景色を共に見詰めた。
「まだ沢山残ってるねー。本当に夏までに、全部畑に出来るの?」
「出来るさ。大陸の冬は、お前が生まれた葛城の冬よりも、遥かに厳しいからな」
疑問の声を上げるウルに向かって、父が返す言葉は答えになってはいないもの。出来ると言う保証はない。それでも行わなければならないこと。
大陸の冬は冷たくて、春先から準備をせねば多くの命が失われる。そうと彼は知っていたから、保証なんて一つもなくとも、出来ると力強く口にするのだ。
「今の内に頑張って、沢山の種を植えるんだ。秋になって収穫したら、それを村の皆で分けろ。お互いに助け合い、力を合わせて頑張れば、どんなに辛い冬でも必ず乗り切れる。……分かったな」
「うんっ!」
無骨に語る男の言葉に、ウルは素直に頷いた。その言葉の全てを理解していた訳ではないが、それでも力強く頷いた。
そんな子どもの姿に、父親はそれで良いとだけ口にする。少年が殆ど分かっていないと気付いて、それでもそれで良いのだと。
そうして歩き出す。優しい母が待つ家に向かって。そんな時間がウルはとても大好きだったから、ほんの少しだけ寂しくなった。
「……ねぇ、父さん」
肩を並べて歩きながら、少年は父親に問い掛ける。寂しいと言う感情を、稚拙な演技で隠しながら。
「父さんはまた秋になったら、お仕事で遠くに行っちゃうの?」
「……」
「……どのくらい? すぐに帰って来る?」
ウルの問い掛けに、父は直ぐには答えを返せない。不器用な笑みさえ消えた表情に、浮かんでいたのは困ったような色だった。
「父さんが居なくても、僕はちゃんと我慢出来るよ! だって、男だもん!」
それに気付いて、ウルは強がるように言う。いいや、事実強がりだろう。寂しくて寂しくて仕方がないが、自分は大丈夫だと言い聞かせているだけである。
「でもね、母さんは違うんだ。母さんは女だから、すごく寂しがるよ。いつも我慢してるけど……よく、分かるんだ……」
そんな子どもが、伝える想いは純粋な物。自分は我慢が出来た。寂しくて寂しくて仕方がないが、父を困らせる方が嫌だから。
けれど同じくらい、母の寂しげな姿が嫌だった。父を困らせるのは嫌だけど、母を悲しませるのも嫌だから、だからこんな風に言う。
どうしたら良いのかなんて、ウル自身にも分からない。けれど伝えなくてはと、そう小さな子どもは思うのだ。
「……そうだな」
複雑な情を向けられた男は、僅か口籠った後に立ち止まる。そうして一つ頷くと、膝を屈めて我が子を優しく抱き締めた。
「アンヌやお前には辛い思いをさせて、本当にすまないと思っている」
優しく髪を撫でながら、心からの想いを伝える。触れ合う熱から伝わる深い想いを受けて、何故だかウルは涙が溢れそうになっていた。
「ウル。父さんがいない間は、お前が母さんを守るんだぞ」
少しの間だけ抱き締めて、父親は我が子の体を優しく離す。頼んだぞと強い視線を向ける父に向かって、ウルは何度も何度も強く頷き答えを返した。
「……冬になる前には、きっと帰って来る」
「うん……約束、だよ。早く、帰って来てね」
「分かった、約束だ」
そうして、指切りを交わした。父が帰って来るその日まで、必ず母を守ってみせる。ウルは確かに、そう約束したのだ。
「なのに――」
だと、言うのに――
「え?」
「お前はどうして、母さんを守らなかったんだ?」
何時しか、其処には狐の面が。その恐ろしい瞳で見下ろしている。気付けばウルは、少しだけ大きくなっていた。
夢は覚めない。悪夢に変わる。感じていた温もりは、いつの間にかなくなっていて。いいや違う。最初から、そんなものはなかった。その事実に、今更気付いて背を向けた。
「う、うあぁぁぁあああああああああああっっ!?」
叫びながら、ウルは逃げ出す。怖かった。怖かった。怖かったのだ。父に罵倒されるのが、母を守れなかったのが、自分だけが今も生きているこの現実が。
だから慌てて逃げ出して、その姿は無様で見っともなくて情けない。何度も何度もバランスを崩して、地面に転がっても這い摺りながら逃げ続ける。
痛い。痛い。膝が痛い。転んで擦り剝けたその傷跡に、痛いと叫んでも慰めてくれる人などもういない。あの日のように少年の身を案じてくれる人など、もう何処にも居なかったのだ。
「母さんを守らなかったなぁ! 父さんとの約束を破ったなぁっ! 約束したのに、なぁ!」
何時しか景色も変わっていて、前後左右に上下すらも分からぬ闇の中。狐面の声がする。あの死神が嗤っている。抱き締めてくれた父の声音で、ウルのことの罵倒する。
「そんなお前が、何処に逃げる! いいや、何処にも行けやしないさ! だってお前は、何も出来なかっただろう!」
どれ程逃げても、どこまで逃げても、声の音は常に同じ。耳元で囁かれているかのようにはっきりと、いつまで経っても纏わりついて聞こえてくる。
いいや、そもそも進んでいるのか。この方向なんて分からない闇の中、遠ざかることが出来ているのか。それさえ分からないままに、ウルはそれでも逃げ続ける。
「あの日、約束したのになぁ! 守るって、お前言ったよなぁっ! なのにお前は、自分の番が来たら、あっさり生き延びたんだよなぁ!」
「――っ」
狐面の声がする。死神が呪詛を口にする。転がりながらも床を這って、無様に逃れようとする少年の背を追い掛ける。助けてくれる人などいない。だって他でもない、ウル自身が助けなかった。
「もっと早くフュージョンの力に目覚めていたら、お前がもっと頑張っていたら、母さんのこと守れてたんじゃないのか!? お前、全然必死じゃなかっただろっ!!」
狐面の紡ぐ言葉は、ウルがずっと考えていたこと。ウルが降魔化身術に目覚めたのは、母親が死んだその後のこと。もう何もかもが、手遅れになった時だった。
そうとも、死にたくないと思ったのだ。自分の番が来た時に。そうとも、守りたいとは思わなかったのだ。母の窮地のその瞬間には。訳が分からなくて、意味が分からなくて、理解が及ばぬ内に終わってしまった。
恐怖に震えてなければ良かった。怯えず立ち向かっていれば、ウルなら守れた筈だった。だってそうだろう。母が死んだその後に、ウルは下手人たちを全滅させている。
「あ、俺……俺……」
「なぁ、何で、お前、生きてんだ?」
狐面は、気付けば進む先に居た。必死に逃げ回っていたと言うのに、気付けばその足が闇の向こう側から近付いて来ている。
それが怖くて、恐ろしくて、顔を見上げることすら出来なくて、ウルは必死に目を逸らす。膝を抱えて蹲り、顔を俯けて視線を外し、怖いものが去って欲しいと願う子どものように。
「ほらよ」
そんなウルに向かって、狐面は手にしたそれを投げ付けた。俯く少年に痛みを与えて、地面に転がるその鉄器。それはあの日の思い出の場所、夕日に照らされた丘の上で父が振るっていた鍬だ。
「これ、鍬?」
「掘れよ。お前の墓を、お前の手で」
「俺、の……墓?」
「お前は生きてちゃいけないんだからさ、せめて自分の手で終われよ」
カランと眼前に落ちた鍬を、狐面は拾えとウルに告げる。拾って自分の墓を掘れと、命じる言葉にウルは震える。
震えて、その手を伸ばした。だってウルは、もう死にたかった。生きることは苦しくて、辛くて辛くて、だからずっと思っていたのだ。あの時、母と一緒に死ねたら良かったのにと。
「親父……けど、俺……」
それでも、伸ばした手が止まる。死んで良い理由はないから。生きていなくてはならない、理由が出来たから。
母が命と引き換えに守ってくれたのだ。父母を殺した仇の存在を知ったのだ。己の宿命だと定義して、ならばどうして逃げられようか。
「俺は……生きなくちゃ……」
きっとこのまま墓に埋まることが出来たなら、それはとっても楽なことだろう。それはきっと、一番の救いとなるだろう。それでもまだ、己の魂は生きろと命じる。死に逃げるなど、許されはしないのだと。
「はっ、んな訳ねぇだろ。お前は早く、死ぬべきだ」
されどその生きなくてはいけない理由を、狐面は否定する。死ねないと言う理屈だけでは、この闇を払うに足りない。ウルはまだ、前を見てもいないから。
「出来る訳がねぇだろ。お前に徳壊は倒せねぇ」
その理由の一つは、余りにあっさりと否定される。その言葉は何処までも、ウルの心に満ちていく。だってそうとも、他でもないウル自身が勝てる訳がないと思っている。
世界を相手に、戦ってみせた大邪仙。口を揃えて誰もが強いと言う怪物は、ウルが信じる最強を――日向甚八郎を打倒している。
懐刀とは言え、手下一人に苦戦している。そんなウルがどうして、徳壊に勝てると信じられるか。例え他の誰かが出来ると言っても、ウル自身がその言葉を本気で信じ込めていない。
「分かってんだろ。お前にも。お前のそれは、結局唯の自殺と同じだ」
「――っ」
それでも挑むと決めた理由は、受け継いで進むと言う宿命だから。そう語る裏側で、同時にウルは思っているのだ。父が負けた相手にならば、殺されても仕方がない。そんな言い訳が出来るから、これで漸く終われるのだと。
「だっさ。みっともねぇ。結局遠回りな自殺ならよ、今此処で死んでも何も変わらねぇだろ」
結局死ぬなら、死因に大した違いはない。死んで良い理由がないのに自殺したいと言うのなら、その背を押してやるのが狐面の慈悲でもあるのだ。
「さっさと掘れよ。お前なんかに、生きてて良い資格はねぇ」
死んでしまえと、狐面は告げる。言われた少年は、言い返すことも見上げることも出来ないまま、流されるように鍬を両手に拾い上げた。
「……俺」
「もう死んじまえ。その方が、ずっと楽だぜ」
そうして、冷たい鍬を握り締める。両手で強く、握り締める。重かった。握った鍬は、唯どうしようもなく重かったのだ。
だからウルは、きっとこれで良いのだろうと思う。狐面の言うことは正しくて、自分には生きる資格なんてなくて、だからそれで良いのだと。
「生きてても、良い事なんか一つもなかったろ? 約束破った罰なんだ。必死になって足掻いた所で、もう何も戻りやしねぇ」
思って、嗚呼しかし、違うと気付いた。鍬の重さは変わらないけど、息苦しさは今も続いているけれど、一つだけ違うとウルは気付いた。
「何度、石を投げられた? 何度、泥や罵声を浴びたよ? 結局お前に居て良い場所なんてない。生きていたい理由がねぇんだ。そりゃ何処にも行けねぇよ」
笑う。哂う。嗤う。狐面が腹を抱えて口にする。その音を聞きながら、ウルが感じるのは違和感だ。見下ろす鍬を両手に握ったまま、気付いた違和は一つの嘘。
だが、嘘の一つに気付けば違和は膨れる。何で気付かなかったのだろうかと、今更ながらに感じる違和感が増えていく。
「だからよ、さっさと死ねよ。墓穴に埋まって、父さんや母さんの所へ帰ろうぜ」
父は、こんな言葉使いだっただろうか。父の声は、こんな音をしていただろうか。狐面の言葉は、よく理解すればとても甘いことではないか。
だって辛いのだ。生きることは。だから死ねと言ってくれる存在は、その実ウルに優しくしている。態々その自罰に付き合って、欲しい言葉を都度都度掛けているのだから。
「もう終わろうぜ。これまで生きてて、ずっと辛いだけだった。だったらよ、この先だってずっと辛いままなんだ」
その違和感に気付いた今も、狐面の言葉は怖い。自分の推測が的外れではないのかと、顔を上げることすら出来ずにいる。
俯いて、目を閉じて、耳を塞いで、そうして来たのが今までで――でもそれではいけないと、漸くに思い始めたのだ。
「…………違う、俺は」
だから彼は、両手に握った鍬を投げ捨てる。顔を上げて、目を開く。そうして初めて、小さな少年は恐ろしい狐面と向き合った。
「俺は、楽しかったよ」
「…………」
其処に居たのは、父ではなかった。己と同じ背丈をした少年が、狐の面を被っている。その面は、縁日の夜に父が買ってくれた物。運命の夜に壊れてしまった、もう今はない宝物。
詰まりはそう言う事なのだ。父の影など何処にもなくて、そこに居たのはウル自身。死を齎す恐怖などではなく、罰を与える事でウルを甘やかしていた彼の闇。
「一人じゃなくて、馬鹿な奴らが一緒に居て、楽しかったよ」
そんな闇を確かに見詰めて、ウルは小さく笑って語る。狐面の言葉に感じたその違和を。生きてて辛いことだけだったと、それは嘘だと言えたから。
確かに辛いことばっかりだった。確かに苦しいことばっかりだった。泣いて喚いて膝を抱えて、何で生きているんだろうと自問自答を繰り返す。そんな毎日だった。
あの日から、ずっとそれだけだった。けれど宿命との出逢いから、その日々はほんの少しだけ変わった。辛いことは変わらない。苦しいことは変わらない。だが、それだけではなかったのだ。
「辛いことの方が多い。苦しいことの方が多い。けどよ、それだけじゃないんだ」
ニコラス・コンラドと競い合う。勝ちたいという相手が居て、挑むという感覚は心地が良かった。気付けば生きていたいという、そんな望みが生まれている。
ヒルデガルド・ヴァレンティーナと馬鹿をする。後になって考えれば、何でそんなことをしたのだろうと。そんな馬鹿な一時が、しかし苦痛を忘れる程には楽しくあった。
一緒に居たいと、素直に思う。そう思える、時間があった。だから、狐面は嘘を言っている。そうとも、良いことはほんの少しだけだがあったのだから。
「……はっ、許されると思ってんのかよ。そんなこと」
「分かってる。母さんを守れなかった。俺だけが、生き延びた。分かってるんだ」
生きていて良い、理由はある。されど生きていて良い、資格がない。他でもないウル自身が、ウルの生存を許せない。
だと言うのに楽しい時間を過ごそうなどと、そんなこと考えて良いことではない。狐面のその発言は、ウル自身の本心だ。
「辛かった! 苦しかった! 死にたかった! 楽しいこともあったけど、辛いことの方が多くて、生きているのは今も苦痛だ!!」
「だったら――」
「けどっ!!」
ああ、それでも。それでも、なのだ。
「けど、生きたい! まだ、生きていたい!!」
死にたいという感情はある。生きていてはいけないとも思う。それでも、生きていたいと願った。そう、彼は願えた。
「友達が出来た! 仲間が出来た! 一緒に居ると、楽しい奴らが!」
楽しい時間を共に分け合い、苦しい時間を共に支え合う。それ程に綺麗な形ではないのだろうが、それでも抱いた情は嘘ではない。
例え絆が一方的なものであったのだとしても、友だと想い仲間と想う。そう感じた心の形は、決して嘘偽りなどではない。
「倒したい奴がいる! 倒さないといけない敵がいる! 親父とお袋を殺した奴を、そのままになんて出来やしない!」
生きていたいと思える理由があって、生きなければならない理由もある。この大陸に居る仇敵を、倒さなくてはならないのだ。
だからそうとも、蹲っては居られない。怯えたままでは居られない。土を払って立ち上がり、強く前を見詰めて歩き出す。漸く今に、前を見た。
「超えたい奴がいる! アイツにだけは負けたくないって、そう思えるダチがいる! 死んで逃げるなんて、したくない!!」
心の内から生じる衝動を叫びながら、ウルは狐面を睨み付ける。そうとも超えたい友が居るのだ。置いて行かれたくはない。
だからそうとも、蹲っては居たくない。怯えたままでは居たくない。立ち上がりたいと願うから、少年は拳を握って振り抜いたのだ。
「だから、俺は――生きる! その邪魔をするって言うなら誰であろうと、ぶん殴ってぶっ飛ばすっ!!」
その一撃は、狐の面を打ち抜いた。対する彼は抵抗の素振り一つ見せることなく、罅割れた面は地に落ち拳を握った少年は目を丸くした。
「……抵抗、しねぇのかよ」
「は、しねぇんじゃなくて、出来ねぇんだよ」
狐の面を被る死神。彼はウルの心の闇だ。怯え恐れ遠ざければ、より強くなる対存在。ならば逆説、真っ直ぐ見詰めることが出来たなら、彼は何処までも弱くなる。
「俺はお前だ。お前の後悔。お前の絶望。お前の死にたいって感情。そういうもんが形になった、お前にとっての死神さ」
何故ならば、彼はウルの死を望む心が作った影に過ぎない。だからウルが生を望めば、あっさり消えてなくなるもの。ウルが自死を望むが故に、彼はウルを殺そうとした。唯それだけの存在でしかない。
或いは十年以上に渡って存在していたのならば、更に闇は深まっていたであろう。拒絶すればする程に、深くなるのが闇だから。
されどウルは、早くに気付いた。あの惨劇の夜から、まだ1年と経ってはいない。これでは心の闇とは言え、大した力を持てやしないのだ。
「俺はお前だ。お前の闇だ。だからよ、お前が心に鬱屈を抱えれば抱える程、俺の力は強くなる。……だが逆に、お前が生きたいと本気で願えば、俺の力って奴は失われていっちまうのよ」
忌々しいと言わんばかりの表情で、しかし晴れ晴れしさを感じさせるような口調で、もう一人のウルは語る。闇を受け入れて進もうとする、漸くに前を見た己に向かって。
「この結果が、その証明だ。死にたいって感情に、生きたいって願望が勝った。だからこの俺が、お前なんかに負けるのさ」
此処に、自死の渇望は否定された。闇を受け入れ背負った少年の前に、狐面の死神が再び現れることはないだろう。彼がその想いを、忘れぬ限りは。
「忘れんなよ。俺はお前の闇だ。お前が生きている限り、完全には消し去れねぇ」
「…………」
「拒絶すればする程に、否定すればする程に、闇ってもんは強くなる。また死にたいって思ってみろ、直ぐに殺しに行ってやる」
「……はっ、くだらねぇ」
今の想いを忘れ去れば狐面は再び現れる。そうなれば今度は勝てないだろう。彼が現れるということは、ウルが生きる意志を失った瞬間と言うことだから。
だからこそ狐面は告げるのだ。死にたくなければ、もう己を呼び出すなと。次の己は、更に強く大きくなると。そんな本心からの忠告に、ウルは鼻で笑って答えを返した。
「楽勝だっての。何度来たって、ぶちのめして追い返してやる」
「はは、期待しないで待ってるよ」
もう呼び出さない、とは言えない。だってウルは、弱いから。けれど絶対に負けないと、それだけは心に誓ってみせる。
そんな少年の誓いを受けて、死神は楽しげに笑い出す。腹を抱えて、清々しいと。笑いながらに光となって、虚空の中へと溶けていった。
後には唯、罅の入った面だけが残される。それを拾い上げた少年は、何で気付かなかったんだろうなと苦笑交じりに呟いた。
「狐の面、か。懐かしいな。日本に居た頃、親父に買って貰ったんだよな」
そうとも、最初から答えは其処にあったのだ。死神は初めからウル以外の誰でもなくて、そんなことにさえ気付けぬ程に余裕がなかった。
「……大丈夫だよ、父さん、母さん。僕は男だから、まだ頑張れる」
けれど、今は違う。仮面に付いた泥を払って、懐に収めた少年は前を向く。進む足取りは軽く、光輝く夕日の向こうへ。
歩みと共に、ゆっくりと景色が晴れていく。心の闇に向き合って、答えを出したからだろう。霊錬は此処に終わりを迎えた。現実の時が、動き出すのだ。
「へへっ、なんだか、ワクワクしてきたぜ!」
ニヤリと笑って、口にした言葉が響く。息苦しさは変わらなくても、ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガは心を決めた。先に続く未来を今は、信じることが出来たのだから。
ニコルとウル、どうして差が付いたのか……慢心、環境の違い、主人公力の差……!
前話の西法師「……(宇宙猫の顔)」
今話の西法師「そうそう、こういうので良いんだよ」
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!