――1900年5月30日、武漢――
寺院廃墟の中庭にて、拳を打ち合う音がする。寸止めすることなく打ち合う2人は、人型の三毛猫と茶髪の少年。
振るう拳の動かし方は、眼前の化け猫より教え込まれた地身尚拳。取り合えずやってみなとおざなりに、仕込まれた型は実に不格好。まだ2日、掛けた時間を考えれば妥当であろうか。
――ありがとう、ございました。
涙を零しながら、震える声で感謝を告げられたのは昨日のこと。霊錬を終えて気を失い、目が覚めた頃には女は声を取り戻していた。
鳥の音を思わせるような美しい声で、何度も何度も感謝を口にした麗々。彼女たち親子より向けられる想いは、不思議と心を満たしてくれた。
ウルは良いなと思った。こういう綺麗な涙はとても良いと、何となくそんな風に思ったのだ。
――まだ解決ではありませんよ。元凶を討たねば、また同じことになる。
ウルより早くに目を覚まし、西法師と話を付けたのであろう少年はそう言った。ニコルのその言葉に、ウルは素直に同意する。
徳壊と言う元凶がいる限り、あの親子の安全は確保された訳ではない。同じような悲劇だって、あちらこちらで起こることだろう。
倒さねばならない。そんな想いをウルは強くする。そのためにも強く、実力不足も分かったから、この地で暫く己を鍛えるのだと。そう考えていたのだが……
――まず暫くは、この地で過ごすと良い。そして7日後、上海にて徳に挑むのだ。
西法師と名乗った老人は、そんな言葉を口にした。まだ力が足りぬと考える少年たちに向けて、たった7日で十分なのだと。
ウルは当然、それでは足りぬだろうと反発した。しかし老人は言を翻すことはなく、足りなくとも良いのだと鷹揚に告げた。
そして、その後は不干渉だ。自ら何かを教えることもなく、問われたことに曖昧な答えを返すだけだった。
(足りなくて良い。足りない方が良いって、どういうことだよ)
やらなければならないことがある。そのための道が見えていたと思っていたのに、ここに来て霧が掛かってしまったかのように。
拳を振るうウルの心には、迷いと焦りの色がある。何をすれば良いのだろうか、これで正しいのだろうかと。逸る心で、解は出せない。
(足りないって、それじゃダメだろ。だって俺は、まだこんな)
西法師は教えてくれない。何をすれば良いか分からない。だから我武者羅に体を動かしていたウルに、見てられないと声を掛けたのが眼前の化け猫。
武芸の達人でもあるマオが、こうして立ち会ってくれている。拳を交わす実戦形式で、教えられる技術の数々。だが果たして己は成長出来ているのだろうか、ウルには全く自信が湧かない。
今も拳を振るっているのに、真面に当たってもいないのだ。彼我に実力差があるのだとしても、徳壊は彼女よりも強いのだから。
彼の老師の言に従うならば、残る時間はあと5日。それで本当に勝てるのか。勝たなくてはいけない。負けてしまえば、受けた感謝が呪詛へと変わる。それに――
(アイツはもう、進んでいる。俺だけが、足踏みしてる訳には……っ)
ニコルは、ウルより先に進んでいる。マオとの訓練の最初の方に数時間だけ、参加していた彼はあっさりとウルを置き去りにした。
そして今も、ニコルの歩みは止まっていない。西法師が有する書庫へと忍び込み、その蔵書を漁っているのだ。
老師が助力も拒絶もしないのならばと、ニコルは己の道を進んでいる。それは褒められた行為ではなくとも、確かに次へと繋がる術で。
だから思う。追い付けないのではないか。5日の後に、アイツ一人で解決してしまうのではないか。千路に乱れる心の中には、そんな感情も確かにあって。
「が――っ」
「組手の最中で考え事とか、100年早いよ。ウル坊」
精彩を欠いたその胴に、苛烈な掌底が叩き込まれる。肉球の柔らかさなど感じさせない一撃に、唾液を吐き出したウルは吹き飛ばされて転がった。
「っ、てて。あー、くそ」
そしてそのまま、大の字に寝転がる。すぐさま起き上がるのではなくて、痛みをやり過ごしながらに口にするのは愚痴と弱音だ。
「……こんな調子で、如何にかなるのかよ」
「そうさねぇ」
そんな年相応の顔を見せる少年の隣に、マオはどすんと腰を下ろす。一先ず休憩と言わんばかりに盃を取り出した化け猫は、ニヤリを笑って断言した。
「ってかアンタ、武術の才能ないね! 時間の無駄かもしれないわ!」
「おいこら!?」
寧ろ2日前の方が動きが良かったかもしれないと、ケラケラ笑うマオの言葉に慌てて起き上がるウル。
余りにもと言うべきその発言に、吹き出す以外に何と言えば良いのだろうか。先までとは違う懊悩を抱えた少年に、笑うマオは言葉と言う刃を突き刺していく。
「いや、だってねぇ。型を教えりゃ、意識し過ぎて動きが硬くなる。間合いの取り方教えりゃ、アンタ自身の判断とずれが出るのか、ちょくちょく体が硬直するだろ。うん、時間の無駄感がやばいね」
「言い方ぁっ! 俺だって傷付くんだぞ、アンタ!」
言葉の鋭さに悲鳴を上げるかの如く、感情を露わとするウル。その姿を散々に笑い尽くしてから、暫く後にマオは続く言葉を口にした。
「まあ、武術家としての才能はなくても、戦士としての才能はありそうなのがあれなんだけどねぇ」
「……それって、どういうことだよ?」
「型を教える前、最初の動きは良かったってことさ」
それはウルの本質。ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガという少年の持つ才能と強さ。彼は武人としては三流以下でも、戦士としては超が付く程に一流なのだと。
「野生動物特有の強さ、って言えば良いのかね。考えなしに動いているのに、何故だか最適解を選んでいる。そうした本能的な部分では、アンタは紛れもなく天才の部類さ」
マオは思う。何とも歪な才であろうかと。同時に面白いとも感じてしまう。共にいた少年との対比もまた興味深い。
何せもう一人の方とくれば、数時間程この鍛錬に付き合って「大体分かった」と結論付けてしまえる規格外。
やってみろとマオが言えば、あっさりと見せた技術を9割程度の精度で模倣してみせた糞餓鬼だったのだ。
ニコルが万能に近い才能を狂気的な執念で更に引き上げているのに対し、ウルは自然体でそれに匹敵する戦闘勘を有している。
これで武芸に対する才は欠片もないと言うのだから、いっそ見ていて楽しくなるような差異であろう。
「だから動物的な動きなら仕込めるかとも思ったんだが、型って時点で駄目みたいだね。アンタは頭で考えない方が良い」
「……これ、褒められてんの? え、馬鹿にされてね」
憐憫と罪悪感。故に関わることを選んだマオは今、純粋にこの少年の行く先を見てみたいと感じているのだ。それを度し難いとも思うが、己はそんな奴なのだと開き直って女は告げる。
「褒めてはいるさ。愚痴ってもいるがね。アンタはニコ坊とは真逆の意味で、教え甲斐のない奴さ。ここまで極端な才能の持ち主に教えるのは、あたしだって生まれて初めて。愚痴の一つくらいは許しな」
マオがウルに教えられることは、きっと多くはないのだろう。多くを教えてしまえば、少年が先天的に有する奇跡的なバランスが崩れてしまう。
ああ、だから7日かと。何もかもを見通していたかのような師の言葉を思い出し、ふんと一つ鼻を鳴らす。そうしてからマオは、ウルが進むべき道を提示する。
「一先ず腐らないのは、拳の打ち方とか蹴り方かねぇ。反射の域まで仕込めれば、一気に化けそうではあるか」
「……俺はそれで、強くなれるのかよ」
「さてね。それはアンタ次第さ。ま、血の小便が出るまでやれば、多少はマシにもなるだろうよ」
「は、上等」
そんな女が示した道に、ウルは不適な笑みを浮かべて答えとする。道が分からないからこそ、彼は焦り悩んでいたのだから。
進むべき道は明らかとなった。届くかどうかは、己の足を進める速度次第。だと言うならば我武者羅に、足を進めるだけで良い。
笑みを浮かべた少年は、早速とばかりに立ち上がる。そんなウルの姿に呆れるように嘆息してから、マオは静かに構えを取った。
寺院廃墟の奥、地上とは位相の異なる空間にある修練場。その内にある書庫にて、ニコルは古い字体の書物を読み耽っていた。
西法師が自筆したであろうそれは、多岐に渡る知識の保管庫。殆どが覚え書き同然で書物としては落第だが、参考文献としては最上級のものである。
(しかし、まあ何とも評価し難い人物ですね。西法師と言う方も)
頁を捲りながらにふと考える。西法師と言う人物について。彼は自身が教えることは拒みながらも、こうして書庫に入り込んでいること自体は咎めない。
麗々達の呪詛をあっさりと解いたように、頼めば確かに助力はくれる。だが徳壊と戦えるように鍛えてくれと口に出した所で、返ってくる反応は梨の礫。穏やかな笑みを浮かべて拒絶するだけだ。
(原作では、徳壊を罵倒し、彼と戦う主人公の為に命まで費やしてくれた。だから冷徹な面を有してはいても、本質的には正義漢なのだろうと踏んでいたのですが)
原作ゲームにおいて西法師は、霊錬と言う試練こそ課してくるが、基本的には主人公達に協力的だった。徳壊の行いを愚かと否定し、ウル一行に助力を約束した。
その直後、徳壊の襲撃によってウル達が倒され死に瀕した時も、己の命と引き換えに彼らを治療するという行動さえとってみせたのだ。善側の人物、と想定するのも当然の流れであろう。
(だが、違う。そう、そも日向甚八郎の戦いに助力していない時点で怪しむべきでしたね。或いは安全策を取ったのでは、と判断していましたが。徳壊の力と日向甚八郎の力、その拮抗を見抜けないようでは東洋の頂点とは言えないでしょう)
しかし其処に異なる色を加えてみれば、見える景色は変わってくる。日向甚八郎は、単独で徳壊と引き分けている。ならば単独でなければと、考えるのは当然のこと。
徳壊の儀式に必要だった絵馬を守るためと、原作ではそう語っていた。だがそれとて、西法師が絶対に為さねばならないことではない。傷を負って戦えない状態となっていた朱震でも、数日逃げ回る程度ならば出来た筈。
そうでなくても、西法師程の実力者ならば気付いていた筈なのだ。先見の明に長けた彼ならば、徳壊と甚八郎の実力が高い位置で拮抗しているだろうと言うその事実に。
(そう考えてみれば、原作の描写も不自然なのですよね。シナリオの都合、と言ってしまえばそこまでですが)
徳壊の襲撃に際し、余りにあっさりと結界を破られ、アリスの誘拐を許したというのもおかしな話だ。
その後に命を費やしてウル達を治療するが、それとてそれだけの余力があったという事実に他ならない。
一つ疑念を抱けば、その行動の多くに疑念が生じ始める。ゲームだからと言ってしまえばそれで終わるし、ニコルも嘗てはそう思っていた。だがもしも、それが違ったのだとすれば。
(日向甚八郎は、死なねばならなかった。アリス・エリオットは、攫われた方が都合が良かった。そんな事情があったとすれば)
仮定して考えてみよう。例えば日向甚八郎が死なず、徳壊が倒れていればどうだろう。
先ず、星神である天凱凰は生まれない。鬼門御霊会が起きないからだ。となればネアメートは浮かび上がり、訪れた外なる神の早期討伐が不可能となる。
日向甚八郎が動くかと言えば否。彼は日本軍の人間で、欧州での戦いに関わる為には解決しなければならないことが多過ぎる。
ウルが戦場に出る可能性もない。或いは父が存命なら、彼も日本軍に所属する可能性すらあるだろう。
故に結果は、アルバート・サイモンとグレゴリオ・ラスプーチンの全面対決。ユーラシア全土での大災厄の幕開けだ。
次にアリス・エリオットがあの場で攫われなければ、それを想定してみよう。
やはり天凱凰は生まれなくなり、ウル達は外なる神への対抗手段を失ってしまう。
結果は甚八郎が生きていた場合とそう大差がないだろう。ウル達がアルバートを倒した後に外なる神の前に敗れ、ラスプーチンの陣営と外なる神の戦いが起きるという訳だ。
故にそう、西法師はその悲劇を敢えて見逃したのだと。そう考えてしまえば、そこには十分過ぎる程の理屈が通ってしまうのだ。
(後の世の為に、自分自身の命さえ必要とあれば容易く捨てる。善でも悪でもなく中庸。何者にも執着しないその精神性は、ああ成程確かに仙人らしい)
仙境に隠れ潜み、世捨て人として世を見詰めながらも何もしない。そんな姿こそ、多くの人がイメージする仙人と言うものだろう。
西法師は、最高位の仙人なのだ。だとすればニコルは己の抱いた妄想とも言える想像が、あながち的外れでもないのだろうと感じていた。
(まあ、どうでもいい話ではありますがね)
余程のことが起こらぬ限りは、世に干渉することもないのだろう。だとすれば、そんな者は居ない者と同義だ。どちらも等しく意味がない。
ならば今するべきなのは、一つでも多くの知識を身に付けること。僅かでも良いから成長して、己の狂気を誤魔化しながら、少しでも早く彼女の下へと向かうこと。
徳壊との決着を付けてから。そう思ってしまうのは、数日ならば誤差と言う判断か、或いは異なる理由であるのか。
考える必要はないなと結論付けて、ニコルは静かに書物を閉じる。得られた知識を咀嚼するように振り返りながら、さてどの程度活かせるだろうかと。
「順調かね?」
「……ええ、ここは実に学ぶことが多い」
そんな風に考えていた所で、先程まで思い描いていた人物が、予想外にも言葉を投げ掛けてきたのだ。
きっと深く関わることはないだろう。そう断じていたが故に一瞬遅れて、されどその程度で済ませたニコルは笑みを作って振り向いた。
「結構、結構。研鑽を積むのは実に良いことだ」
かんらと笑う老人と微笑む少年。その間に流れる空気は、何処か冷たく空々しい。隔意があるのだ。苛立ちもある。一方的なものではあるが。
一つの事実として、ニコルは感謝している。このような知識を得る場を得られたことにも、霊錬により己の歪みを自覚出来たことにも。
だがしかし、それと同じかそれ以上には鬱憤も溜まってしまっている。それは己が弟子の行いにすら我関せずとする仙人らしい態度にであり、己の歪みをあんなにも明確に晒されたことにでもある。
詰まりはそう、ニコラス・コンラドは若いのだ。
「それで、何か御用ですかね?」
「ふむ。なに、少し助言をしておこうかと思ってな」
そんな何処か棘のある対応に、老人の対処は柳の如く。真実どうでも良いのだろう。嫌われようと憎まれようと、老人にとっては何かが変わる訳ではない。
泰然自若な老人は、故なくば自ら動くことはないだろう。そう認識していたからこそ、もう関わることはないと断じていて、ならば彼が動くに足りる理由が何かあったのだ。
「飢えた子よ。恐れる必要などないのだぞ」
「恐れる? 何を。闇を、とでも言いますか?」
西法師の助言と聞いて、ニコルが思い浮かべたのは原作の台詞だ。己の内なる闇に飲み込まれて、怪物と成り果てることを恐れるウルムナフ。彼に告げた言葉こそ、闇を恐れるなと言う言葉。
「いいや……光を、じゃよ」
そんな少年の言葉を否定して、老人が告げた言葉はその真逆。ニコラス・コンラドは、輝かしい光を恐れている。
そう語られて、ニコルの脳裏に過ぎるは一人の女。闇の鍵と語られるその人を、己は光と捉えている。自覚して、何だか笑いたくなった。
「成程、認めましょう」
「ほほほ、話が早いのう。理解が早いのは、良いことじゃ」
「ですが、それが何か?」
恐れていると言われれば、ああ確かにそうだと認めよう。求めることか、受け入れることか、失うことか。どうあれ確かに恐怖している。
だが、それを自覚した所で変わることなど今更ない。ニコラス・コンラドはもう決めたのだ。ならば果てが断崖絶壁であろうとも、臆さず進み続けるだけ。
「もう止まらないのですよ。ならば、何を言おうと今更でしょう」
「……哀れなものじゃのう」
その断崖を前にして、失いたくないと自らが飛び降りるのか、進み続けたいと光を叩き落すのか。未来は既に二択である。そう決めたから、それ以外など必要ない。
境遇が、彼を歪めた。環境が、彼を歪めた。願望が、彼を歪めた。だが最後に選んだのは、ニコラス・コンラド自身である。だからその有様を見て、老仙人はただ哀れだと呟いた。
「世には流れと言うものがある。あるものは運命と、或いはあるものは宿命と、呼び名は違えど確かにある。とてもとても大きなものだ」
そうして老人は静かに語る。それは彼の主義主張であるのか、或いは九天真王に伝わる教えであるのか。ニコルには分からないし興味もない。
「流れに逆らった所で、多くの悲劇が生まれるだけ。国を守りたいという太志を抱いていた徳の奴めが、今もこうして世を蝕んでおるようにのう」
少年が抱くのは唯の反感だ。まるで何もかもを諦めたかのような言い分は、ニコルにとっては受け入れ難いものである。
何せ彼は知っているのだ。原作という大きな流れを。それに逆らうなと言うことは、無意味に死ねと言われているのと同意義だ。
ニコルが背負う宿命とは、最悪の呼び水となって無価値に死ぬこと。世界大戦の原因を生み出し、シャドウハーツ2のラスボスが世界に絶望する切っ掛けとなり、ゴミのように殺された。それが原作のニコラス・コンラドだから。
「お前さんの決断も、儂が語る言葉の全ても、或いは流れの一つであろう。人は人である限り、この流れには抗えん」
しかし同時に、何処か納得もあった。己の末路を認めて堪るかと足掻いた結果、クーデルカと言う女に余計な悲劇を齎そうとしている。それだけは認めざるを得ない。
何せ彼女は、ニコルが関わらなければ幸せになれていた。そんな未来が確定していた女であって、彼女を破滅させたのがニコルだと言えば誰にも否定出来はしない。
「だからと傍観者を気取るのか。川沿いに寝そべり、釣りでもされている御積りか」
だからそう、これは流れに戻るか否かと言う話でもある。女を喰らって更に悲劇を増やし続けるか、ヤドリギを使ってこの自我を消し去り何もかもをなかったことにしてしまうのか。
抗うなと語るのならば、老人は少年の自死を望んでいるのだろう。それが分かって、そうすると決めていて、しかし内心は穏やかではいられない。故に皮肉気に、ニコルは老師を嘲笑する。
「或いは陸地と見紛う程の大木の上で、流されていることにも気付けんだけかもしれんのう」
何も出来ぬからと高見の見物を気取るかと、吐き捨てられた皮肉に返すは自嘲を込めた諧謔。結局流されているのは同じだろうと、笑う老人の姿に少年は舌打ちした。
「誰しもが皆、逆らえずに流されていく。我は違うと叫ぶのは、唯の驕りでしかない。所詮、人は人の子よ」
輪の外側から、内側を見下ろしている者が居たとする。しかしその更に外側にも、輪がないなど一体誰が証明出来るか。
大いなる流れの内においては、誰も彼もが小さな異物に他ならない。この仙人にしてみれば、己も他者も路傍の石も、全てが等しく流れるだけのものである。
「無理に逆らい川を泳げば、飛沫は必ず悲劇を生む。徳の奴めが、為したように。……お前さんは、それ以前の話であろうがの」
そんな流れに抗って、泳ごうとすれば飛沫は波となって近くを流れるもの達を飲み干すだろう。そうして悲劇は紡がれていく。西法師はそう考える。
「光を拒むと言うことは、闇を拒むと言うことでもある。己の全てを拒むなら、流れに逆らい泳げもしまい。溺れることしか出来ぬなら、水底の藻屑が末路じゃろうて」
そしてニコルが抱いた歪みは、徳壊のそれとは違う。邪仙が泳ごうとして周囲を巻き込んでいるのなら、少年は唯溺れているだけでしかない。
ならば果てに待つのは哀れな溺死だ。水を飲んで呼吸も出来ずに、水底の藻屑と化していく。光や闇を恐れる限り、その末路に救いはない。老人の瞳は、その未来を確かに見ていた。
「……それが、助言ですか?」
「いや、なに。唯の雑談じゃよ」
「…………」
「ははは、まあ許せ。老人のすることだ」
「はぁ。……それで、本題は?」
しかしそれも本題ではない。口にした言葉は事実であれ、心に響かないものでしかない。なればこそ些細な確認を込めた雑談でしかなく、助言はこれより告げる一言。
「14年先、いや10年で十分か。それだけあれば、お主らの勝利は揺るがなかったじゃろう。痛みと言う熱が去れば、徳の奴めは愚物に堕ちる。腐って鈍り切った徳壊は、取るに足りん小物となろうよ。じゃが――――」
数日後、少年達が戦うことになる敵。堕九天真王地行仙・徳壊上人。彼の人物は国を救うという太志を抱けど、冷めやすく染まりやすく腐りやすい。
平穏な日々が10年と続けば、その腕は衰え切り、その精神は淀み切る。西法師の瞳に映る未来の彼は、軽蔑すべき愚物に過ぎない。どうしようもない小悪党。
そんな男であれば、ニコルとウルは勝利しよう。運命の流れに愛された少年が、敗北する理など何一つとしてありはしない。だが――それは10年未来の話。
「今の徳は、強いぞ」
死闘を乗り越えて1年。元より戦闘面においては世界最高の術師であった徳壊は、あの日の熱で更に一つ上へと昇った。そしてその熱は、傷の痛みは冷めていない。
現世において、今の彼に抗える者などいない。勝てる者、ではない。戦いという形になる者さえ、一人として居ないのだ。
アルバート・サイモンもグレゴリオ・ラスプーチンもロジャー・ベーコンも西法師自身ですらも、今の徳壊と相対すれば何も為せずに殺される。それ程に、邪仙は極まっている。
「死力を尽くすことじゃ。手の内を僅かでも隠そうとすれば、万に一つの勝機も残るまい」
「……ええ、肝に命じておきますよ」
可能性はある。だが薄氷を履むが如しだ。大魔術師に準ずる少年が、運命に愛された少年が、死力を賭して奇跡を重ねて――それでも万に一つか億に一つ。だが確かに、道はあるのだ。
7日後、1900年6月6日。その日の夜、無数の奇跡を重ねた先に、果たして辿り着くことが出来るのか。
老人は口を閉ざして語ることはなく、そして少年は瞳を閉ざして問うことはなく、こうして互いの生涯で最後となる対話は終わったのだった。
徳壊の全盛期を100とすると、原作のアルバートやラスプーチンで70~80くらい。原作の腐り切った徳壊は50~60くらい、と言うのが当作内の設定。
尚、甚八郎との決戦で覚醒合戦をした結果、直後の徳壊は数値にすると200以上。現在は活動時間に制限付いて体力も著しく低下しているが、180はキープしてる。ラスプーチンの2倍以上の強さ。
ここから怠惰と慢心重ねた結果、10年で60以下に落ちるんだ。ある意味スゲェぜ徳壊さん。
~原作キャラ紹介 Part15~
○西法師(登場作品:シャドウハーツ)
西園九宮寺に住まう人物。九天真王仙術の筆頭にして、東洋における最高位の術者。年齢不詳の老仙人。
原作においては殆ど出番がなく、登場して直ぐ退場している人物像が掴み難いキャラ。
退場の仕方も徳壊に結界を破られ、動揺している間にウル達が倒され、瀕死のウル達に命を分け与えると言う術を使って退場したと言う何とも言えないもの。
この時点で、天狗道の中では西法師黒幕説と西法師無能説の2つが生まれた。(まあ、多分実際には尺の都合でシーンがカットされたりした弊害だとは思う)
東洋の権威と言われてる人が無能なのもあれなので、今作では西法師黒幕説を採用。
甚八郎の死。アリス誘拐。小方師と自身の死。それら全てが世界を正しく回す為に必要なことだから、防げる立場に居ても防ごうとはしなかった。とそんな感じ。
そもそも九天真王仙術自体、道教だけでなく密教や修験道の要素も入り混じったごった煮な仙術である。
朱震だけではなく徳壊が日本独自作法である九字護身法を使ってたりする辺り、西法師の時点でごった煮になったのは間違いない。
恐らく西法師は必要なら躊躇なく様々なものを取り入れる、合理性の権化と言うべき人なのだろう。
善でも悪でもない中庸であり、必要だと判断したらどんなことでも許容する合理性を持つ人物。
だが普段はそれを、善意の仮面で隠している人物。それこそが拙作における西法師である。
なのでグフグフ言ってる徳壊さん(原作)が15年前とは違うのだと言って結界あっさり壊してるけど、どう考えても15年前の方が徳壊さんは強いので、多分西法師が気付かれないように自分から壊したのではないかと天狗道は推測している。
今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?
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ヒロインは一人。純愛ルート。
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ヒロイン複数。ハーレムルート。
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ヒロインは甘え。求道者ルート。
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ウルと二人で漢祭りルート。
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宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!