憑依転生失敗話   作:天狗道の射干

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片や今作にて、兄を追い詰めているガアプ。
片や原作にて、妹に捕まりパシリになったオロバス。

同じ隠しボス。同じ七十二柱。どうしてこんなに差が出来たのか……慢心、環境の違い。
これが原作で最後までシリアス貫けたガアプと、ギャグキャラになった奴の差か……


第5話 そのアルカナは導く

 ベロニカはルチアを連れて森を駆け抜ける。年若い少女の胸中は、後悔と屈辱に満ち溢れていた。

 この森に来たいと言う我儘に、弟分と妹分を巻き込んだ後悔。強大な魔を前に、逃げるしかない屈辱。己の無力が、痛い程に苦しかった。

 

「駄目! 駄目だよ、ベロニカ! このままじゃ、ニコルが!」

 

「っ! 分かってるのよ、そんな事! けど、だからって、私達が残ってどうなると言うの!」

 

 それでも歯を食い縛って走るのは、一つに守るべき者が居るから。己よりもか弱い褐色の妹分くらいは、逃がしてやらねば気が済まない。

 本音を言えば、ニコルと残って戦いたかった。戦闘と言う形にならない程に差があるとしても、最期まで挑み続けてみたかった。それを選べないのは、殿として残った少年の想いに応えなければならない為。

 

「理解しなさい、ルチア! 私達は、足手纏いにしかなれない! アイツ一人を残して、逃げ延びた方が良いの!」

 

「……けど、ベロニカ。私は、嫌だ。嫌だよぅ」

 

 だから、遂には泣き出してしまったルチアの言葉に心が揺れる。ニコルの為にも逃げなくてはと言う想いから来る、物分かりの悪いルチアへの苛立ちと。一緒に残っていたかったと言う迷いから来る、泣き喚くルチアへの共感に。

 

「だって、お姉ちゃんだもん。私、お姉ちゃんなんだからぁ」

 

「いい加減におし! 今のアンタに、一体何が出来るってんだい!」

 

 激しい怒りの叫びは、その迷いの裏返し。ルチアへ叱り付けながら同時に、己自身にも言い聞かせる為。

 叫び付けたベロニカは、其処で気付いた。視界の片隅で、何かが小さく輝いている。引き摺られて進むルチアの懐で、それは静かに脈動していた。

 

「何だ、これ?」

 

「え、何? 何なの!?」

 

 服の隙間から、一枚のカードが現れる。誰も触れていないと言うのに、ふわりと宙に浮かんだのは戦車のタロット。

 零れ落ちる微かな輝きは、少女の想いと同じく触れれば壊れそうな程に儚い物。そんな光が涙を流す少女の下へと。

 

「は、はは……さっき拾った、タロットカード。本物だった、って訳かい」

 

 幼い少女の想いを写したように、儚く輝く勝利の象徴。その光にベロニカは理解する。

 これは嘗て師に聞いた、本物の奇跡を宿す物。だとすれば、其処には確かな可能性が存在していた。

 

「占術の極み。特殊な力を宿した遺物を用いた占いは、真に奇跡を引き起こす。糞ババアの、受け売りだけどね」

 

「このカードが、奇跡を起こすの?」

 

「かもしれない、って言う話さ。所詮は占い。当たるも八卦で当たらぬも八卦。運が良ければ道が開けるし、運が悪ければ私達に被害を齎す。起こる奇跡は結果が読めない」

 

 たった一度だけ、奇跡を起こせるかもしれない。けれどそれは、どちらに転んでもおかしくはない危険な賭け。

 正位置ならば道は拓けて、逆位置ならば閉ざされる。可能性は完全に、二分の一。失敗すれば、目も当てられない事になるだろう。

 

「ルチア。こいつが求めてんのは、アンタの意志だ。だから、アンタが決めな」

 

 殿と残った少年の想いを守る為に、このまま一目散に逃げるのか。或いは少年の命を守る為、今から戻って五割の賭けを行うのか。

 

 変われるのならば、変わってやりたい。そう思うベロニカだが、彼女に所有権はない。このタロットカードに選ばれたのは、ルチアの心であったから。

 次には少女が、選ばねばならないのだ。進むか退くか。誰か一人を犠牲にする安全策か、皆の命を掛け金とした博打を打つのか。

 

「ルチアは――」

 

 広げた両手の上へと、ゆっくりとやってくる小さなタロット。光輝きながらに回る奇跡の札を、小さなルチアは静かに見詰める。しかし考えているような時間はなかった。

 

 轟音と共に、森の木々が倒れていく。背後から少しずつ、彼の怪物が迫っているのだ。このまま迷い続けていれば、結末は追い付かれての全滅だけだ。

 

 けれど――最初から、考える時間なんて必要なかった。

 

「お姉ちゃんだもん!」

 

 少女の気持ちに応えるように、そのアルカナは強く輝く。戦車のアルカナが求めるのは、勝利に至る為の行動力。戦おうと決めた時点で、そのアルカナは応えてくれる。

 だから覚悟を決めて振り向けば、視界の先には怪物の姿が。吊るされた傷だらけの少年の瞳に、どうしようもなく心が痛んだ。

 

〈おや、もう逃げていたかと思いましたが、存外に聞き分けが良いのですね〉

 

 責めるような少年の瞳と、嘲笑を隠さない怪物の言葉。伸びて来る蔓を前にして、膝を震わせる必要なんてない。例えどれ程に恐ろしい物だとしても、今は恐れずに進めば良いのだ。

 

「やっちまいな、ルチア!」

 

 ルチアの前に立つベロニカが、その小さな身体で迫る蔓を受け止める。当然の如く捕まり吊るされるしかない少女の姿に、殊勝な事だと嗤う怪物は気付いていない。

 そんな僅かな一瞬で、既にルチアは手にしたタロットを掲げている。光輝くそのアルカナに祈りを込めて、天高くへと放り投げた。

 

「お願い、カードさん。私達を、助けて!!」

 

 幼い少女が投げたとは思えぬ程に、カードは高き空の果てまで。天頂にて太陽にも等しい程に輝いて、大地に向かって落ちていく。

 その裁きに当たるのは、己か敵の何れであるか。保証なんて何もないのに、ルチアとベロニカには確信があった。

 大丈夫。きっと大丈夫な筈なのだと――――その想いに、アルカナは応えた。

 

〈が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?〉

 

 戦車のアルカナが、勝利へ導く。天上より降り注ぐ光を浴びたガアプは、想定すらしていなかった程に壮絶な痛みを受けて苦悶の叫びを上げていた。

 

「こ、これ、は……」

 

 光が傷付けたのは、ガアプだけ。彼の怪物に囚われていたニコルとベロニカには、一切の傷もない。

 とは言え、ニコルは既に満身創痍だ。吊るされていた高みから落下して、受け身を取る余裕もない。手足も動かないのだから、地に叩き付けられるのが自然であろう。

 

「キャッチ! おも~い!」

 

 だから落ちるニコルが、これ以上に傷付かなかったのはその少女が受け止めてくれたから。

 線が細いながらも引き締まったニコルの身体は、見た目よりもずっと重い。だがそれでもルチアは、よろけはしたが手放さなかった。

 

「どう、して、戻って、来たのです……」

 

 血反吐を吐きながら、ニコルは咎めるような口調で語る。今回は上手くいったから良かったが、命を掛けるのに五割の賭けは危険に過ぎる。

 タロットの事を覚えてはいたが、口に出さなかったのはそんな賭けに付き合わせたくなかったから。だと言うのに、何で戻って来たのだと。

 

「えへへ~。だって~、ルチアはお姉ちゃんだもん」

 

 にへらと嬉しそうに笑うルチアが、返すはとても単純な理屈。彼女の中では揺るぐことない、一つの真理と言うべき事。

 

「お姉ちゃんや、お兄ちゃんはね~。下の子を~、守らないといけないんだよ~」

 

「……全く、貴女は、そんな、理由で」

 

 姉や兄には、弟妹を守る義務があるのだと。だから少女は、一人置いてなんていけないのだと語るのだ。

 そんなルチアの笑顔に、ニコルは何かを感じる。胸の奥に温かく、染み込むような何かを。

 

(救えなかったと、諦め掛けた。助けられたと、安堵した。それらを情けなく思いましたが……そう思う必要なんて、なかったのかもしれませんね)

 

 その温かさを受け入れて、静かに微笑むニコル。少年は気付いていたから、近付いて来るベロニカに告げた。

 

「……すみ、ません。回復を、お願い、でき、ますか」

 

「行き成りそれかい。もっと他に、言うべき事があるんじゃないの?」

 

 予想していた救われた感謝や挺身を無下にされた怒りではなく、傷を治してくれと語るニコルにベロニカは呆れる。

 瀕死の重傷なのだから、もう少しルチアに捕まっていれば良いのだ。そうも思うベロニカも回復魔法を使えるが、治療をする気は全くなかった。

 

 直後の言葉を、耳にするまでは――

 

「まだ、終わって、ません! です、から……早く!」

 

 ニコルの言を理解して、眉を顰めるベロニカ。直後、背後で湧き上がった大量のマリスに彼女の背筋は震え上がった。

 振り向きたくはない。信じたくもなかった。だが茫然とする暇もないのだと、気付いてベロニカはすぐさまヒールの魔法をニコルに使った。

 

〈おのれぇぇぇぇぇ、おのれぇぇぇぇぇぇ!!〉

 

 悪魔が放つ怨嗟の叫びは、決して忘れられない悪夢の類だ。声を耳にするだけでも呪われて、死んでしまうのではないかと思えてくる程。怪物はまだ、健在だった。

 

「どういう事だい! ニコル!」

 

「見たままが事実、ですよ。良いから、逃げますよ!」

 

 ベロニカのヒールは、ニコルのキュアよりも力が弱い。それでも傷を塞げば、口で物を咀嚼出来る程度には回復する。

 薬草の持つ苦みと青臭さに、血の味が混ざった物。吐き気がする程に気持ちの悪いミックスジュースを飲み干して、ニコルは即座に立ち上がる。

 

 タロットに頼らなかった理由の、もう一つがこれだ。彼は原作知識で知っていたのだ。

 戦車のカードに、敵を滅ぼす力はない。あれは味方か敵のHPを強制的に半分にする、割合ダメージを与えるだけの物であったから。

 

〈人間風情がっ! この私にぃっ! よくもぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!〉

 

 怒り狂ったガアプが再び、大地に起き上がる。最早、其処には遊びがない。本物の魔性が示す、膨大に過ぎる悪意と憎悪と敵意と殺意。

 殺されると、誰もがその声を聞いた瞬間に理解した。殺意を受けた瞬間に、首が落ちる幻覚すらも見たのだ。生きて帰れる、筈などない。

 

 だが、それでも生きて帰りたいと願いのならば――――その最期の瞬間まで、足掻き続けるしか道はないのだ。

 

「うえぇぇぇっ!? もうやだぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「言ってる場合かいっ! 死ぬ気で逃げるよ! 遅れたら、本当に死んじまうからね!」

 

 叫んでベロニカは、誰よりも先に走り出す。その両手で弟妹達を掴むのは、置いて行く気がもうないから。殿など、もうさせないと決めていた。

 

 そんな少女に手を引かれ、走り始めるニコルとルチア。少年は折れたままの足から響く痛みに、少女は背後から聞こえる怨嗟に、進む速度を落としてしまう。

 強引に手を引いて森を走るベロニカは、何時追い付かれるかと気が気でない。ルチアは兎も角、ニコルは物理的に走れないのだから改善の術はなかった。

 

 今出せる最高速で必死に逃げる子どもらを、怒り心頭の悪魔が追う。ガアプが黙って、森の外へと逃がす筈もない。

 宙を飛翔し、子ども達を追い掛ける妖花の悪魔。子どもの足では逃げ切れない程に、先のガアプは速かった。

 

 ならば必然、傷だらけのニコル達が逃げられる道理もない。直ぐにでも捕まるだろうと、そんな事は火を見るよりも明らかで――だがしかし、何故かそうはならなかった。

 

(これは……ガアプの動きが、鈍っているのか?)

 

 この世界はゲームとは違う。消耗した体力(HP)を回復アイテムで治した所で、傷付いた身体はそう簡単には戻らない。

 ゲームの中ではHPを半分失うだけのダメージも、現実となれば半死半生に等しい傷だ。瀕死の生物が、全力で動ける筈もない。

 

 ましてガアプは強力な悪魔であるが故に、この数百年は傷を付けられた事もなかったのだ。

 詰まりは、痛みに慣れていない。久方振りに感じる激痛が、彼女の行動を阻害していたのである。

 

 故に今、互いの速度は拮抗している。子ども達が休まず必死で逃げ続ける限り、ガアプが伸ばす蔓は後一歩の所で空を切り続けるのだ。

 

〈逃がさない! 逃がすものかぁぁぁぁぁっ!!〉

 

 子ども達は止まらない。木々の隙間にある獣道を、少年少女は立ち止まらずに駆け抜けていく。

 ガアプの怒りは、収まる素振りも見せずに膨れ上がり続けている。背から感じる威圧の高まりは、精神力(SP)を鑢に掛けるように削っていた。

 

「ったく、一体、どんだけしつこいんだい! さっさと諦めれば良いものをっ!」

 

「はぁ、はぁ、ひぃ。何処まで、逃げれば、良いの~!?」

 

「森の、外です! 外に出れば、依り代から離れられない、奴は追って来れません!」

 

 まだ十分も走ってはいないだろう。だが体感的には、一時間にも二時間にも思える逃避行。木々を薙ぎ倒しながら追い掛けるガアプは、当然未だ諦めない。

 流石に皆、息が上がって来ていた。捕まったら最期と言う怪物との追い掛けっこだ。精神的な苦痛も考慮に入れれば、皆がもう何時倒れてもおかしくはないくらいに消耗していた。

 

「やむを得ない、か。……ベロニカ。すみませんが」

 

「言っただろう! 却下だ却下! また足止めなんて、言うんじゃないよ!」

 

「ですが、そうでもしないと。全滅よりは、マシでしょう」

 

 このままでは、森の外まで持たない。そうと理解した時、ニコルは自然とそんな言葉を口にしていた。

 何をしてでも生き延びねばならないと思っているのに、そんな風に提案してしまう。それ程に彼の胸に宿った想いは、強く温かだったのだ。

 

「そんなの駄目~っ!」

 

「ですが」

 

「ですがも何もあるかい! 一体何で私とルチアが戻って来たのか、その無駄に出来の良い頭で考えな。唐変木!」

 

「ニコルは家族だもん! 置いていける訳ないじゃない!!」

 

 けれどそんな自己犠牲を今更に、彼女達が受け入れる筈もない。先に任せていった結果を知れば尚更、今のニコルを置いていくなど論外だった。

 

 迷いなく大切だと語ってくれる少女らに、ニコルは顔を俯かせる。複雑な感情が胸の内を入り乱れる。泣き出したくなる程に、どうしようもなく嬉しくもあった。

 こんな状況だと言うのに、溢れ出しそうになる想い。ぐっと唾を飲み干して、もう一度ニコルは顔を上げる。何時もの仮面で、己の感情を覆い隠して。

 

「……分かりました。もう、足止めとは言いません! 皆で死ぬか、生き延びるか。最後まで付き合いますよ!」

 

「端からそう言えば良いんだよ! 全く、アンタ意外と馬鹿な奴だね!」

 

「ふっ、かもしれませんね」

 

 爽やかな笑みで、笑って語り合う。そんなやり取りを最後に口を噤んで、彼らは必死に走り続けた。

 

 何時、追い付かれるか分からない。何時まで、逃げ続けられるか分からない。

 時に躓きそうになりながら、時には転びそうになりながら、時には痛みに歯を噛み締めて。

 

 少年少女は走り続ける。木漏れ日だけが照らす森の中、強大な怪物から逃れる為に。

 そして漸くに、その光へと辿り着く。目の前に映り込む夕焼けは、木々の向こうに広がる草原を照らしていた。

 

「見えた! 出口だ!!」

 

 叫んだのは、誰であったか。きっと誰もが叫びたい程、嬉しさを感じていたのだろう。もう終わったのだと、その瞬間に僅か思ったのだ。

 

〈逃がさない! 逃がさなぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃっ!!〉

 

 だが、まだ終わっていない。逃がさないと叫ぶガアプが動きを止めて、膨大なマリスを用いてその力を振るう。

 直後、空を一条の光が切り裂く。地上に向かって落ちて来るその光は紛れもなく、巨大な質量を持った隕石だった。

 

 ミティアバースト。隕石を落下させる無属性の魔法。それがシュバルツバルトの森に振るわれて、大地が激しく揺れて動いた。

 その隕石の標的は、ニコル達ではない。森そのものを襲った巨大な衝撃に、ガアプが求めたのは無数の木々の転倒だ。

 

「嘘、だろ……!?」

 

 草原に続く出口の前で、木が何本も倒れて道を塞ぐ。一本や二本ではない大量の倒木は、跳び越える事は愚か乗り越える事さえ難しい障害だ。

 驚愕するベロニカと、黙り込んでしまうルチア。三人の背後に、怒り狂ったガアプが迫る。その伸ばした蔓が、少女達を捕えんとしたその直前。

 

「跳べ、二人とも!!」

 

 ニコルは、叫んだ。跳べ、と。その言葉に頷くよりも早く、少女達は膝を屈めて上に跳ぶ。足を狙った蔓は、秒の差で空を切っていた。

 

 だがガアプは動じない。もう一度振るえば良いだけの事だから。揃って宙に浮かんだ少年少女には、当然の如く逃げ場がないのだ。人の足で跳んだ程度では、倒木の山は越えられない。

 そして何より、人は空中で動けない。跳躍と言う形でガアプの蔓を躱した三人は、もう其処から動けない。ガアプの優位は変わらなかった。

 

「ソレミユス! ソレミユス! ソレミユス!」

 

 故にニコルは、此処にもう一つの手を使う。手を繋いで一緒に飛んだ少女らを引き寄せて、抱え込んで唱えたのは神への祈り。

 僅かに残った魔力を使って、行使するは白魔法。その輝かしい光の力が狙うのは、悪魔ガアプではなく己の背中。

 

「ブレスには、こういう使い方もあるんですよ!!」

 

 白き魔法は、温かな熱と突風にも似た衝撃を伴う。大人ならばよろける程度の勢いでも、小さな子どもならば身体を大きく吹き飛ばす程となる。

 折れた両手で力一杯にルチアとベロニカを抱き留めたニコルは、その衝撃に背を押されて更に高い空へと。森の木々を超える高さに、至れば後はもう一撃。

 

「ソレミウス、ソレミウス、ソレミウスッッ!!」

 

〈おのれぇぇぇぇ! おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!〉

 

 打ち上げたボールに、スパイクを叩き付けるように。空中での二撃目で落下の方向を変えたニコル達は、森の外に向かって墜落していく。

 ガアプが怨嗟の声と共に蔓を伸ばすが、しかしもう届かない。夕日の向こうへと飛んだ子らは、そのまま山なりに落ちて地面を転がった。

 

 落下の衝撃に、揃って呻く子ども達。彼らを追い掛けていた蔓は、森の境で完全に停止している。

 世界には、まだマリスが満ちていないから。ある種の異界であるこの森の外では、まだガアプはその力を振るえなかったのだ。

 

〈忘れない、その顔はっ! お前達の存在はっ! 決して、忘れはしません!!〉

 

 此処に、決着は付いた。レメゲトンに記される強大な悪魔の手から、三人の子ども達は確かに逃げ延び生き残って見せたのだ。

 

〈何れ! 何れ! この地に闇が満ちた時! 必ずや、必ずやぁぁぁぁぁっっ!!〉

 

 怒りに狂乱するガアプ。だがその憎悪が果たされるのは、世界にマリスが満ち溢れた後の事になるだろう。

 少なくとも第一次世界大戦規模の殺戮が起こらない限り、この怪物がシュバルツバルトの森から出て来る事は不可能だった。

 

「ふ、無様ですね。お互い、実に見苦しい姿ではないですか」

 

〈小賢しい、小僧めがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!〉

 

 所詮は負け犬の遠吠えに過ぎぬのだと、傷付きながらもニコルは嗤う。立ち上がる力すら残らずとも、勝者は完全に明白だった。

 強大な怪物は、取るに足りない三人の子どもに負けたのだ。圧倒的な弱者に半死半生の傷を負わされ、最後には手が出せない所にまで逃げられた。これを敗北と言わずに何と言う。

 

 怒り狂うガアプの怨嗟も、次第と遠退いていく。境の向こうは異界であるが故、現世とはもう違う場所。接点が薄れてしまえば、声や意志も届かなくなっていく物だ。

 

 

 

 完全にガアプの気配が感じられなくなった所で、三人揃って大地の上に寝転がる。

 大の字になった少年少女達にはもう、立ち上がるような体力も気力も残ってなど居なかった。

 

「ひぃ、ひぃ……疲れたぁ~」

 

「全く、骨折り損だよ。結局、虹木蓮は手に入らないしさ」

 

「ですが、良い経験にはなりましたね」

 

「マジで言ってる? どんだけ努力馬鹿なんだい、アンタ」

 

 シュバルツバルトの森を目指した、目的は結局叶わなかった。虹木蓮は見付からず、強大な怪物に遭遇して逃げ回っただけ。

 文字通り骨折り損だと語るベロニカに、強者との死闘と言う良い経験を得たではないかと微笑むニコル。そんな少年に、ベロニカは倒れたまま馬鹿を見るような目を向けていた。

 

「……それに、聞きましたか? 奴の悔しそうな声。正しく、負け犬の遠吠えを」

 

 馬鹿にされたニコルは、痛む肩を竦めてから冗談めかして語る。悪夢に見そうな程に悍ましいガアプの怨嗟を、負け犬の遠吠えと嗤えるのはこの少年くらいだろう。

 

「私達の、勝ちですよ。あんなにも強い怪物に、私達は勝ったんです」

 

 とは言え力強くこうも言われれば、呆れる前に笑いが来る。圧倒的に弱かった自分達だが、あれ程の怪物に一泡吹かせる事が出来たのだぞと。

 

「は、ははっ! そりゃ良い! 確かに、私達の勝ちだね! コイツはさ!」

 

「えへへ。うん。すっごい事が出来たんだよね~。ルチア達」

 

 ニコルの言葉に、揃って笑う。悪女の様な高笑いと、童女らしい柔らかな笑顔で。

 

 骨を折る結果に終わったけれど、それでも得た物は確かにある。それはきっと、格上相手に一杯食わせた自信と強敵との戦闘経験だけではなくて――――この胸の奥が温かくなる光景も、そうなのだろう。

 

 ニコラス・コンラドは確かな安らぎを感じながら、少女達と笑い合うのであった。

 

 

 

 

 




初戦闘だからって、ちょっと温くし過ぎたかもしれません。
なので次の強敵は、もう少し盛ろうかなと画策している天狗道です。


○当作における魔法などの設定
 基本は漫画版『クーデルカ』の、幻覚の一種であり精神への干渉でしかないと言う設定をベースとして採用。
 ただしそれだけでは『シャドウハーツ』シリーズで説明出来ない点が出て来る為、物理的な影響力も有していると言う設定にしています。

 当作世界線での生き物は、肉体・精神・魂の三要素から成立しています。更にこれらは密接に関係しているので、精神が被害を受ければ釣られて肉体も傷付くと言う訳です。

 弱い魔法などでダメージを受けても死なないのは、精神を削られた結果肉体が傷付くものの致命傷にまでは至らないから。
 逆に回復魔法で実際に傷が癒えるのは、精神を癒した事で釣られて肉体も正常な形に戻ろうとするから。
 キュアやヒールの回復量が低い理由は、精神を治す力が弱いから肉体面での影響も少なくなったり遅れたりする訳です。

 尚、強力な魔法になれば成る程、物理的な干渉力も高まります。憑依ニコルが受けたロッククレストなどがその良い例です。
 精神が傷付き肉体も引き摺られるだけではなく、肉体も傷付き精神が引き摺られる。二重に大ダメージを受けてしまう形ですね。

 魔法は精神世界に対する干渉であり、人の肉体は精神の影響を強く受けてしまう。故に傷の治療(回復)が出来るし、肉体の強化(補助)も行えると言う訳です。
 なので精神を有する人体の治療は出来るけど、精神のない無機物の再生などは原則出来ません。魔法で無機物を破壊する事も難しいです。

 魔法で人間が受ける被害ですが、魔法への抵抗力や本人の精神力の強さや精神防壁などで軽減出来ます。
 反面、物理的な破壊力は魔法では基本防げません。場合によっては魔法を使うより、銃器を使ったり直接殴った方が強い理由が此処にあります。

 実際にニコルがロッククレスト(弱)を受けても生きていられたのは、本命たる精神干渉の方は大部分を防げていたからです。
 それでも物理干渉だけでも、転生トラック×3にジェットストリーム轢き逃げアタックを喰らったくらいの威力はあったんですけどね。常人なら、3回は死ぬ程度の威力とも言えますね。

 なのでこの世界、戦闘中に隕石を落としてもダンジョンは壊れないし、壁を壊せそうな魔法を持っているのに態々謎解きをして進む必要があります。

 因みに原作でアモンが飛行船をフルボッコに出来ていたのは、物理的に並の兵器を軽々超える性能になっていたからとします。ていうかあの時のウル、殴る蹴るしかしてませんし。

 降魔化身術の最大の強みはこの辺り。並の魔法より銃弾の方が強い世界で、生身で戦車や飛行機落とせる身体能力は確実にチート。
 マリスの影響を受けた怪物たちも同じく、元の動物を超える身体能力を持ちます。基本、怪物は人間よりも有利です。

 他にも精神のない無機物は、良くも悪くも魔法を素通りさせてしまうと言う特徴もあります。
 故に攻撃時には純粋な科学兵器は魔法で防げないので強いのですが、有人のロボットなどになると逆に魔法を前に無防備です。

 例えば原作ボスである機動兵器・神無月などは単純に装甲強度が高いので、素手で殴った所で壊せる筈もありません。(物理無効)
 ですが物理的な装甲では魔法が防げないので、装甲を擦り抜けて中の人に直接刺さります。(魔法弱点)

 尚、上記の物理無効化や原作の舞鬼などが有していた魔法無効化は、当作では完全耐性ではありません。
 強力な精神防壁や強固な装甲が理由なので、出力を上げまくれば物理や魔法でも破れます。

 神無月はアモンが頑張れば素手でジャンクに出来ますし、アスタロトの全力クリアクレストとか受ければ舞鬼さんは消し飛びます。

 けど普通に耐性がない弱所を突いた方が早いし、燃費もかなり安くなります。無効化耐性は、突破出来るが割に合わない。そのくらいの性能を想定しています。

今後のストーリー展開は次の内どれが良いですか?

  • ヒロインは一人。純愛ルート。
  • ヒロイン複数。ハーレムルート。
  • ヒロインは甘え。求道者ルート。
  • ウルと二人で漢祭りルート。
  • 宿命の兄妹対決! ニコルとアナスタシア!
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