東方紅虚偽   作:百合好きなmerrick

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2話目

 目が覚めると、見えたのは白い天井。見慣れたボロいものじゃなく、傷も汚れも無い真っ白で綺麗なもの。

 

「フラ……ぅんう」

 

 そして、隣には淡い青色の髪を持つ女の子。それを見て改めて私は『昔と違うんだ』と思えた。

 

 生活が違う。環境が違う。食事が違う。横に居る人も違う。私という存在すらも……全てが違う。何もかもが昔と違う。それでも適応しようとして。生き続けて。我ながらよくこんな世界で生きていけるなぁ、と感心している。こんな体験談、去年の私に言っても信じてくれないだろう。昔に戻れるなら戻りたいんだけど。

 

「……眠ってたら、ただの女の子なのに」

 

 あと背中の翼と、私を抱きしめている力がもっと弱ければ、というのも付け加えておくけど。しかし、寝惚けているとはいえ、私が潰れてないということは、ちゃんと加減してくれてるのかな。それとも私の力が強まってるだけなのか。どちらにせよ、『抱きしめられて死亡』という変な死に方しなくて良かった。

 

 それと私の名前じゃないみたいだけど、誰だと思って抱きしめているんだろう。もしかしたら、私の前任者とか。……そう思うと、いつか気まぐれに殺されそうで怖い。見ないってことは、そういうことだろうし……。

 

「お嬢様ー。もう日が暮れてますよー。あ、アナベラさん。もう起きていたんですね!」

「……美鈴さん、おはようございます」

 

 声が聞こえ、首だけ回して声を出す。しかしこの吸血鬼、本当に抱きしめる力が強い……。

 

 起こしに来てくれた彼女はメイド長の美鈴さん。他のメイドと違って妖精じゃないらしく、隣の吸血鬼以外の唯一の妖怪だとか。本性を隠してるかもしれないけど、見る限り唯一の常識人。多分、この館の中なら感性は人間に一番近いんじゃないだろうか。だからなのか、ついつい私も気を許してしまう。

 

「おはようございますー。アナベラさん、お嬢様にお伝えください。『食事の準備ができました』と。もちろんアナベラさんの分も同じくご用意していますよー」

「……うん。分かった」

 

 多分吸血鬼の命令なんだろうけど、できれば一緒に食べたくない。というか、私もあいつも血さえあれば生きられるというのに。どうしてわざわざ食事なんて摂る必要があるのか。それも、私に出される食事は、人間の時のものと変わりないというのに。……本当に、不思議だ。

 

「ではでは。私は仕事に戻りますねー」

「……うん」

 

 美鈴さんが去り、残された私と私に抱きつく吸血鬼。どうしても視界から外れない小さな顔。彼女の執着心は、寝ていても健在らしい。恐ろしいや。

 

「……レミリアさん、起きて」

 

 肩を掴んで揺さぶるも、全然起きる気配はない。逆に抱擁する力が強まってる気さえする。嫌だけど、こうするしかないか……。

 

「……お姉様、起きて」

「ぅん……?」

 

 私がそう呼ぶと、彼女はうっすらと目を開けた。やっぱりそう呼ばれるのは嬉しいのか。なんだか癪だ。

 

「あら、アナベラ……おはよう。ふぁぁぁ……」

「……おはよ。美鈴さんが、ご飯できたって」

「そう……。それで起こしてくれたのね。流石私のアナベラだわ」

「ぅぐっ……う、うん……」

 

 褒められるのは慣れたけど、それで抱きしめられるのは未だに慣れない。何が問題かって、抱きしめる力が強過ぎる……。それとなんだか、熱くなるような。変な気持ちになるからやめてほしい。

 

「さあ、行きましょうか。私のアナベラ」

「……貴女のじゃ、ない」

「またまた〜。早く着替えなさいよ。そしたら一緒に、ね?」

「……はい」

 

 嫌だ、なんて口が裂けても言えない。彼女は私という存在にとっての『親』だからか。もしくは私が単に怖いだけか。どちらにせよ、怖気付いてることには変わりない。

 

 その後、結局私は彼女にドレス姿に着替えさせられ、食事を共にすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナベラ、今日は図書館に行きましょうか」

「……?」

 

 食事を食べ終えた後、突然そんなことを口に出す吸血鬼。しかし、図書館とは、どういうことだろう。そこに行って、何をするつもりなんだろうか。

 

「ああ、図書館と言っても外に行くわけじゃないわ。街まで行くなんて危ないし。この館の地下には、とても広い図書室があるのよ。それこそ魔導書から禁書まで、なんでもあるんじゃないかしら」

「……そうなんだ」

 

 なんで危ないものしか置いてないの。そんな場所に行って、本当に大丈夫なのかな。下手すると私、生け贄にされるとか、そういうオチなんじゃ……。

 

「ささっ。行きましょう? 早いに越したことはないわ」

「……はい」

 

 吸血鬼に無理矢理手を引っ張られ、廊下を歩く。ただその力は強くなく、むしろ優しいものに感じた。

 

「……何をするの?」

 

 だからなのか。気付けば私は、思わず口に出して聞いていた。思えば彼女に何か質問することなんて、極端に少ない。……何故かは分かる。私が、知ることを。聞くことすらも怖かったから。

 

「あら。そうねえ。隠したところで無駄ね。びっくりさせたかったのだけど。貴女にも自衛する術を覚えてもらおうと思ってね。不死に近い肉体があるとはいえ、それでも普通の吸血鬼には劣るわ。だから、魔法の1つでも覚えてもらおうと思ってね」

「……魔法?」

 

 王に仕える魔導士や魔術師の話はたまに聞くけど、要は私にそれになれと言ってるのだろうか。誰でもなれるものじゃないと思ってたけど、私にも覚えられるのかな。

 

「ええ。正確には魔術と呼ぶのかしら。まあ私には不要なものだから詳しくは知らないわ。ただ、はっきり言って貴女は妖力が弱い。元人間だから仕方ないけど。私もまだ幼い吸血鬼だったのが影響してるのかもしれないわね」

「……えっと、だからどういうこと?」

「うん? 妖力が弱いから、他の力で補う必要があるってことよ。最近割と物騒だからねえ」

 

 物騒なのは誰のせいだと思ってるんだろう、この吸血鬼。生きるために人を襲ってるんだから、物騒になるのも当たり前だと思うんだけど。

 

「話してるとあっという間ね。アナベラ。ここが大図書館と呼ばれる場所よ」

「……広い」

 

 着いた先。大図書館と呼ばれたそこは、私が見た何処よりも広い部屋で。見渡す限りの本棚。そしてそれを埋め尽くす大量の書物が目に入った。一体どれだけの本があるんだろう。数え切れないってレベルじゃない。もはや数えるのが……。

 

「ふふ。驚いてくれて私も鼻が高いわ。と言っても、集めたのは私じゃなく、先代の当主。私のお母様ね」

「……? お父さん、じゃなくて?」

「お父様は先々代。色々あって、生きてる間にお母様に受け渡したのよ、主という立場をね。それと……先代と聞いて父親と思うなんて、偏見よ?」

「……それは、ごめんなさい」

「ふふ。いいのよ。別に怒ってるわけじゃないから。ただの冗談よ」

 

 若干目が本気だった気がしたから、素直に怖かった。でも、受け渡したって何があったんだろう。……まぁ私には関係無いから気にしても仕方ない。それにこれは、吸血鬼達の問題だろうし。

 

「それよりも。貴女はこれからしばらくの間、魔術を学んでもらうわよ。私も手伝うから、安心してちょうだい」

「……でも、さっき魔術はよく知らないって」

「ええ、知らないわ。でも手伝うことはできるわよ。私にはね、運命を見通す力があるの」

「……?」

 

 突然どうしたんだろう、この吸血鬼。……目が本気だけど、正直何を言ってるのか私には分からない。

 

「貴女の運命に最も適した力を知り、教えることくらい可能よ」

「……そ、そっか」

「あらあら。その顔は信じてないわね? でも、仕方ないわね。急にこんなこと言われても分からないのは仕方ないわ」

 

 分かってるならどうして口にしたんだろう。自慢したいだけなのかな、私に。

 

「早速だけど、一緒に探しましょうか。貴女に最も適するものを。それとも、先に吸血する? 私はどっちでもいいわよ」

「……先に探す方が、いい」

「あらそう。……それはそうと。ふと気になったんだけどね」

「……?」

「あまりはっきり喋らないのは私と話したくないから? それともまだ吸血鬼の牙に慣れないだけかしら」

 

 どうしよう。……元からあまり喋る方じゃないだけなんだけど。何かを口にして話すの、苦手なだけなんだ。強いて言えば、前者はあるかもしれないけど。それでも、それを言うのは……。

 

「別に隠さなくてもいいのよ? それでも言いたくないならそれでいいわ。でも私は……できればもっと喋ってほしいわね。せっかく姉妹になったんだから」

「…………」

「ふふ。恥ずかしがってるなら嬉しいわね。さて、探しましょうか。貴女の運命、私に視せてちょうだいね?」

「…………」

 

 どうせ断っても視ると知ってるから、それはいいんだけど。それより具体的にどうすればいいのか教えてほしいんだけど。

 

「ああ。魔導書はあっち側に集まってるわ。禁書もいいけど、危険なものが多いからオススメはしないわ」

「……魔導書、漁ればいいの?」

「そうね。まずは簡単なものから読んでいきましょうか。そして、魔を知り、術を学び……貴女が自衛する力を手に入れるまで。そうねえ……最低でも、私相手に10分くらい持てばいいかしら」

「……えっ」

 

 戦わないといけないの? えっ。私死にたくないんだけど。できれば戦わずに、自衛なんてする必要もなく穏やかに生きたいんだけど。だからこそ、抗わないでここに居るのに。……もしも、という可能性は分かる。だけど、私はもう二度と、あんな怖い思いをしたくない。

 

「大丈夫よ。アナベラ、安心しなさい。別に本気でやるわけじゃないわ。怪我はするかもしれないけど、重傷を負うほどやるわけじゃない。それに、実戦だって必要が無ければ戦わなくていい。貴女は守られていいのよ」

「…………」

 

 そんなこと言われたって……必要があれば、戦うことに変わりない。もし。もしもそんな時が来れば、本当に守ってもらえるのかな。全く、貴女を見ようとしない私を。未だに、この生活に不満を露わにする私を。

 

 ──レミリアは、守ってくれるの? 

 

「あら。何も言わないってことはまだ不安なの? 仕方ないわねえ」

「……ぁ」

 

 温かな抱擁。珍しくも力強くなく、優しく包まれるような心地よいもの。吸血鬼は母親のように、私を抱きしめてくれた。そういえば私を抱きしめてくれたのは、お母さん以外だとこの吸血鬼しか居ない気がする。……本当は、吸血鬼が憎いはずなのに。本当に、私はどうしたいんだろう。

 

「これで少しは安心した? さあ、早く魔導書を読んで、学んでみましょう。そして、私に聞かせてちょうだい。初めて神秘を手にした時の気持ちを、ね?」

「……うん」

 

 吸血鬼の顔はまるで子どもそのものに見えた。期待に満ち溢れ、希望に目を輝かせて。何処にでもいるような、至って普通の女の子。そんな印象を受けた。……自衛の手段を覚えるくらいなら、私もちゃんと、やる気を出していいかも。そんなことを思った私は、レミリアとともに本を漁る。


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