東方紅虚偽   作:百合好きなmerrick

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4話目

「ふう……。お疲れ様、アナベラ。今日も可愛かったわ」

「…………」

 

 乱れた真っ白なドレスに付着した真紅色の染み。佇まいや傲慢な性格から貴族に近いものを感じていた吸血鬼は、それを気にせず私を抱きしめていた。それは人間と吸血鬼の差だろうか。それとも、それが気にならないほど疲れているんだろうか。

 

「アナベラ、いつも1人でお風呂入ってるわよね?」

「……うん」

 

 突然どうしたんだろう。吸血鬼は顔を持ち上げ、私の瞳を見ながら尋ねてくる。覗き込む瞳は、その血のように真っ赤だ。

 

「1人で入るなんて、寂しくないかしら?」

「……え? いや、別に」

 

 本当に突然どうしたんだこの吸血鬼。もうなんか察してしまったけど、それだけは嫌だ。何が起きるとか明確なことは分からないけど、嫌な予感しかしない。

 

「そうなの? 私は寂しいわ。今日は一緒に入りましょう?」

 

 今までそれとなく避けてきたのに、ついにその言葉が吸血鬼の口から出てしまった。一度、断ってみるのもありなのかな。もしかしたら、素直に受け止めてくれるかも……。でも、いつも優しいからって今回も優しくしてくれるとは限らない。それに、良くしてもらってるのに断るのも悪い気がする。

 

「……え、っと。お姉様に、任せます」

 

 迷った結果、判断を吸血鬼に委ねることにした。今まで彼女の方から手を出したことは少ない。強いて言えば触ったり、抱きしめたりされたくらいだ。だから、多分今回も大丈夫。そう思って彼女に任せてみた。

 

「あら。……それなら一緒に入りましょうか。アナベラ、せっかくだし……いえ。なんでもないわ。服は、いつも通り私のもので構わないわね?」

「……うん」

 

 私が頷くと、吸血鬼はクローゼットから服を2人分取り出す。私がいつも着ている服は吸血鬼のもの。元々着ていた服は汚れていた挙句、修復不可能なほど破れていたので捨ててしまったらしい。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「……うん」

 

 吸血鬼は楽しげに手を差し伸べる。そんなに私と一緒に入るのが楽しみなんだろうか。よく分からない。だけど、嬉しそうな吸血鬼を見てると……ううん。きっと気のせいだよね。

 

「アナベラと入るの楽しみねえ。どう? アナベラは緊張しない?」

「……き、緊張? どうしてそんなのするの……?」

「あらら。そっかあ。感じないのね、残念。まあいいわ。私は少し緊張するのよ? 初めて貴女と入るからね」

 

 隣で歩く吸血鬼はそう言って微笑む。そうは言われても、なんて返せばいいんだろ。緊張しないのは、嘘じゃないし……。えっと、本当にどうしよう。このまま黙ってた方がいいかな。下手なこと言うよりは、いいよね。

 

「……アナベラ?」

「……え? あ、えっと」

「ふふっ。貴女も本当は緊張しているのかしら。もしそうなら嬉しいわね」

 

 別にそういうことじゃなかったんだけど、勘違いされたみたいだ。これは良かったのかな。正直なところ何が正解かなんて分からないし、気にしても仕方ないのかな。

 

「さて、と。アナベラ、服を脱がせてあげましょうか?」

 

 浴室までやって来た時、彼女は服を脱ぎながらそう言った。どこか嬉しそうで、期待に満ちた目。私の本能が警鐘を鳴らしている。それを許せば何かを失ってしまう、と。なんだか久しぶりに感じた危機に、私は思わず首を振っていた。

 

「……ううん、いい。自分で脱げる、から」

「そう……。なら先に待ってるわよ。ああ、アナベラ。急がなくていいからね?」

 

 吸血鬼はそう言い終えると、脱ぎ終えた服をカゴに放り捨てる。そして布を一枚取ると中へと入って行った。何百年も生きてるとあんなに手馴れるんだ。なんて思いながらも、待たせるのは悪いからと、タオルを手に取り急いで彼女の後に続く。

 

「アナベラ、こっちよ。来なさい」

「……うん」

 

 この館のお風呂は、貴族の館と呼ぶに相応しいほど広い。よく見る居酒屋や宿屋にあるような銭湯よりも大きい。どうなってるのか、よく分からない設備もある。恐らくは吸血鬼達の技術力によるものなんだろうけど、その用途は詳しく知らない。魔術やら妖術を使っている何か、としか私は知らないし、あまり興味もない。

 

「このお湯を使って泡を落とすのよ。って、いつも使ってるから知ってるかしら?」

「……うん、大丈夫」

 

 ここに来てからは、ほぼ毎日のように入ってるから。というか「吸血鬼だから」と入らされている気もするけど。常に清潔な身体を保っておくべき、というのは分かる。だから断ることは無いんだけど。

 

「そう。でも今日は特別。洗ってあげるからもう少し近付きなさい」

「……え? い、いえ。いい、です」

「遠慮しないでよ。貴女はもう、私の妹の1人なんだから」

「…………」

 

 その言葉に何も言えなくなってしまった。断るのも失礼になるし、正直なところ変なことをしなければ拒む理由もない。

 

 ──でも実際のところ、私は嬉しかったのかな。その言葉を言ってくれる人が、まだいることに。

 

「くすぐったかったら言ってね」

 

 吸血鬼は泡を手につけ、私の身体に丁寧に泡をつけていく。右腕から左腕。胸やお腹も。優しく撫で回される。ただいやらしいとかそういうのじゃなくて。本当に、姉が妹を洗ってくれるかのように。そして……抱きしめるような形で私の背中まで手が届く。

 

「……っ」

「あら、大丈夫?」

 

 抱きしめられて撫でられて、身体を震わせる。それに気付いてか、吸血鬼は手を止めて尋ねてきた。

 

「……大丈夫」

 

 大丈夫じゃないと知られるのがなんとなく怖かった私は、視線を下げてそう言った。そんなことをすれば嘘だと教えてるようなものなのに。思わず、そう言ってしまった。

 

「そう、じゃあ下も洗っていくわね。足を伸ばして」

「……うん」

「……さあ、洗い流すわよ」

 

 言われた通りに足を伸ばす。さっきと同じように、彼女は丁寧に洗ってくれた。そのまま泡をつけ終えると、お湯を溜めた桶をかけてくれる。流水のせいか若干痺れはするものの、痛みを伴うほどではない。

 

吸血鬼(私達)は流水を受けると動けなくなるって言うけど、貴女は平気みたいね。

「……うん、平気」

「そう。さて、私も洗ってちょうだい。せっかくだし、ね?」

 

 私は頷き、吸血鬼がしてくれたように洗い始める。吸血鬼は嬉しそうにしているものの、特に何かすることもなく、されるがまま洗われていた。

 

「うん、上手ねアナベラ。さて、洗い流して。その後、湯船に一緒に入りましょうね」

「……はい」

 

 近くに置かれた桶を手に取り、それを吸血鬼にかけていく。僅かに身体を震わせているのは、私と同じように流水が痺れるからだろうか。

 

「ぅんっ……。さあ、一緒に入りましょうか」

「……うん」

 

 洗い終えると、彼女は笑顔で手を差し伸べてくる。私はその手を掴み、2人して湯船に向かった。

 

「ふう……落ち着くわねえ」

「…………」

 

 湯船にゆっくり浸かっていくと、身体が沈むにつれて全身の気だるさや疲れが取れていく。全身を満たす温もりが身体を癒していく。隣に吸血鬼がいるのもお構い無しに、私は全身の力を抜いて休んでいた。

 

「あらアナベラ。そんなに気持ちいいの?」

「……別に、そんなんじゃ……」

 

 吸血鬼に言われてなんだか恥ずかしくなる。吸血鬼から目を逸らしつつ、壁にもたれるようにして体制を整える。それにしても、なんだか彼女の視線がくすぐったい。

 

「ふふっ。隠さなくていいのに。……ああ、そうだわ。アナベラ、しばらくの間ね、私……この館を空けることになるわ」

「……え? ど、どうして?」

 

 思いがけない言葉。思わず彼女に振り返り、声をかけていた。どうしてだろう。心がぽっかり空いたような、そんな気持ちになってしまう。

 

「ごめんなさいね。数日だけ空けることになるけど、必ず戻ってくるわ」

「……うん」

 

 顔を俯かせると同時に見えた水面に映った私の顔は、どことなく悲しそうに見える。どうしてこんな顔になってるのか、私にも分からない。私は、そんなに心配なのかな。それとも誰も守ってくれる人が居なくなるのが、怖いとかなのかな。……よく、分からない。

 

「紅魔館は自由に出歩いてもいいけれど、外には出ないでね。外周は美鈴に守らせるけど、それより外はどうしようもないの」

「……分かった」

「もう、そんな悲しそうな顔しないで。たった数日よ? またすぐ会えるわ」

「……そんな顔、してない」

「ふふっ。そっか、ごめんね」

 

 そう言って抱きしめてくれた彼女の身体は、お湯のせいか温かく、そしていつも通り柔らかい。彼女の香りが、私の吸血鬼の本能を刺激してくる。それを我慢するために、私はそっと抱きしめ返した。

 

「ほんと、貴女も可愛い妹ね。……そろそろ上がりましょうか」

「……うん」

 

 吸血鬼に引き連れられるように、私は湯船から上がった。

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