艦これ英雄伝説   作:こーま

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コロナが収まりそうで収まらないので初投稿です。

小生は感想がガソリンです


プロローグ 1-3

 ランチタイムから少しずれた時間帯、彼は混雑を避けるためにこの時間に昼食を取る事を知っていた。なのに、意気揚々と士官食堂にやってきても探し人はどこにもいなかった。艦娘が士官食堂にいるのが珍しいのか色んな視線を感じるがそんな場合ではない。必死に頭を巡らせれば、一つの可能性が浮かび上がる。

 

「まさか……」

 

 士官食堂を勢いよく飛び出し、同じ階にある一般食堂へ向かう。

 

 ガラガラの広い一般食堂を見渡せば彼は直ぐに見つかった、普通にテーブルで書類の束を読みながら一人で呑気にラーメンを食べている。

 

 安堵に表情が緩みそうになるが、尉官である彼が一般食堂で食べている理由を考えて再び怒りが込み上げてくる。

 

 食券機で速やかにそばを注文し、トレーに載せて彼への下に向かう。話しかける前に落ち着くように深呼吸。そしてにこやかに微笑みながら挨拶する。

 

「こんにちわ中尉、お隣よろしいですか?」

 

 

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「そろそろ飯にするか」

 

 山田は途中まで読んだ書類の写しを持って、上司に断りを入れて部屋を出た。

 

 山田が士官学校を卒業して一年三カ月。配属された統合作戦本部の装備開発研究部での仕事にも随分慣れた。前線に出なくていいならどこでもいいという極めて消極的な理由で選んだ部署だったが、デスクワークが苦にならない彼は、事務作業が中心の地味な仕事にやりがいすら感じ始めていた。想像より酷い職場だったが、問題点を見つけては上司に決裁書を出して、働きやすい環境に変えていく仕事は楽しかった。多少不幸な行き違いとそれに伴うごたごたはあったが、それもある程度落ち着いた今、山田はこの職場に概ね満足していた。

 

 ……新人が上層部に意見を送り、即座に改善されることが日本の官僚組織であり得るだろうか?これに深い訳があった。そもそも彼の事務処理のレベルは配属された時点で部署で最も高かった。それを配属された上司と先輩はどんな風に見ていたかを少し語ろう。

 

 士官学校卒業者は卒業時の席次順にで配属先を選ぶことが出来る。すると成績優秀者は出世の機会が多い前線での勤務か、将来を見据えた統合作戦本部での参謀部などに行きたがり、後方勤務に配属される士官学校卒業者は比較的落ち零れが多くなる。それでも倍率何十倍の選抜を抜け、四年間篩いにかけられ続けた彼らは落ち零れでも優秀なのだが、事務一筋でやって来た現場の叩き上げの事務員達からは舐められていた。配属された士官学校卒業者も行きたい部署に行くまでの腰かけ程度にしか思っていない為、両者の関係は衝突こそしないものの悪かった。

 

 そんな装備開発部に我らが山田少尉がやってきた。彼は初日から先輩達のプライドを一瞬でぶっ壊した。数日仕事を教えただけの新人が自分達より早く正確に仕事をこなしていくのである。熟練の事務員の手際と言っても良かったし、地に足の着いた現実的な改善案を次々に提案してきた。何だこの新人!?と人事部に問い合わせれば、彼は国連統合士官学校全体を3656人中71位・極東支部(日本)では204人中3位の成績で卒業、更に在学中に書いた組織行動論の論文が学会で話題になった英才だった。しかも低度の「提督」適正まであった。花形の統合作戦本部の参謀部作戦科で軍の頭脳になるような人材で、どう考えてもぶっちゃけ窓際な部署にいていい新人ではなかった。

 

 山田の直属の上司と先輩方はこれを聞いて深く考えるのをやめ、彼を触らぬ神として扱うことを決定する。その判断が極めて正しかった事を彼らは半年もしないうちに知ることになった。

 

 話を戻して、山田はランチタイムから少しずらしたおかげで空き始めた食堂でラーメンを啜っていた。軍人になって良かったと彼が思う事の一つは飯の心配をしないで済む事だ。

 

 深海棲艦が表れてシーレーンが遮断された日本は石油や各種資源が枯渇し、政府は蒼褪める事になったのだが、より深刻だったのは食料不足だった。何せ家庭の台所に本当の意味で直接影響が出るのだ。農林水産省は死にもの狂いで食料の安定供給に奔走した。休耕地・耕作放棄地の復活や一次産業従事者に対する破格の補助金、政府による食料の強制買い上げと配給制etc。政府は民主主義の限界に挑戦し強行したこれらの政策は、それでも尚カロリーベースで安定した100%の食糧自給率達成は難しかった。

 

 結局、ある若き天才生物学者が唱えた夢のような「大規模食料生産プラント」の研究が、湯水のように注がれた金と人員、そしてなけなしの資源を投入して完成、運用できたことと、艦娘による大陸との海上交易路の復活によって食料の配給はなんとか安定した。プラントに深海棲艦由来の技術・資材の流用が噂されているが誰も気にしない。飢餓列島にこそならなかったものの、食べる物が保存食・古米・芋しかない食生活は日本国民にとってそれほどトラウマだった。

   

 山田も幼少期随分ひもじい思いをしたものだった。軍は殉職の可能性こそ常にあるが、軍服は支給され、家賃要らずの寮生活が送れ、食堂で食べる分にはタダ飯が腹一杯食える素晴らしい職場であった。

 

 そんな衣食住が保証され人間関係にも恵まれやりがいのある職場だったが、唯一彼が辟易とすることがあった。

 

「こんにちわ提督、お隣よろしいですか?」

 

 それが彼女、軽巡洋艦「夕張」の艦娘がやたらと粘着してくることだった。

 

 夕張は見た目は女子学生が改造制服を着てるようにしか見えないが、技術士官として大尉相当官だったりする。つまり夕張大尉相当官の申し出を山田中尉は断れない。それに彼女の口調は嫌に丁寧だが言葉の端々から怒気を感じる。

 

「失礼しますね」

 

 彼女は山田が許可する前に横の椅子に座る。せめてもの反抗に、腰を浮かせ彼女から少し席を離して再び書類に目を通しながらラーメンを食べる。

 

 横の席からぶちっと何かが切れる音を山田は聞いた気がした。

 

「ねぇ、提督」

 

 不自然な程優しい声で呼ばれている気がするが、山田は敢えて勇気のシカトを選択する。自分は彼女の提督になった記憶は無い、つまり彼女は私以外の人に声をかけている可能性だってあるのだと心の中で言い訳しながら。

 

「こっちを見なさい、山田俊二中尉」

 

 ……観念して彼女へと顔を向ける。

 

 そこにはニコニコと笑った夕張大尉が山田を真っすぐ見ていた。目は全く笑っていなかったが。

 

「提督、なんで今日のお昼は一般食堂で食べてるんですか?」

 

 夕張はまず小手調べにジャブから繰り出す。

 

「たまたま一般食堂で食べたくなっ…」

 

「私を撒く為ですよね?」

 

「……」

 

 様子見と見せかけての食い気味な火の玉ストレートに反応出来ず、大尉の自意識過剰ですよと茶化す事に失敗した山田は言葉に詰まってしまう。

 

「そんなに提督は夕張に会いたくないんですか?」

 

 夕張は両手を胸元で祈るように組んで、目を潤ませて上目遣いで山田を見つめる。日本人には珍しい涅色の髪を丁寧にセットした、軍人というより霞ヶ関にいそうな風貌の中尉に艦娘が食堂でアプローチ?しているのは相当に目立っていて山田は周囲の利用客からの視線が痛かったが、彼女は全く気にしてなさそうだった。

 

 夕張は艦娘である。前世は兵装実験軽巡という前線に出る事より、兵器の実験と後継の新鋭巡洋艦の為のデータ取りを主目的に建造された船だった。結局艦艇不足で前線に出ることを余儀なくされて、米軍の潜水艦に沈められたが。

 

 その特徴は艦娘として生まれ変わっても引き継がれてしまった。つまり高火力?・紙装甲・高燃費による低速という非常にピーキーな能力な艦娘だった。結局、夕張は数度の出撃を経て艦隊行動が難しいと判断した上層部と、本人の希望が重なり、統合作戦本部の装備開発研究部に配属されることになった。

 

 戦傷も無く仲間を置いて後方に送られること自体は申し訳なく思ったが、自分のせいで仲間の足を引っ張っていたことを自覚していた夕張は、寧ろ趣味の機械いじりを仕事に出来る事に喜び、仲間達が心配するほど落ち込んではいなかった。

 

 だが、送られた先の環境は彼女が想像していた場所よりずっと酷いところだった。

 

 当時装備開発によって何が製造させられるかは妖精さんの気分次第、胸先三寸で決まると考えられていた。つまり、艦載機が欲しいと思って資材を「工廠妖精さん」に渡しても何が出てくるのかは運次第で、魚雷発射装置や単装砲が出てくる可能性だって普通にあったし、全くのゴミが出来ることもあった。そこで、こちら側の希望の開発を狙って成功させる為の研究や、現代兵器を妖精さん達の開発レパートリーに追加できないかを試すのが装備開発研究部だった。

 

 現在、極東方面軍は二つの派閥が存在している。艦娘を主力とした新しい軍編成での深海棲艦撃退を目指す「艦娘派」と戦争初期に壊滅した自衛隊艦隊を復活させて深海棲艦撃退を目指す「艦隊派」だ。

 

 現在、前線に出て戦場を駆ける「艦娘」を指揮する「提督」は当然「艦娘派」がほとんどだ。そして、旧自衛隊高級士官の「艦娘派」は、開戦初期の激戦で生き残った数少ない人々の内、「艦娘」に思うところがなくもないが、ギリギリのところで保たれている戦線を支える為なら、オカルト染みた存在にでも縋ってやると開き直れた人々だった。彼らは軍務経験が比較的短い「提督」達を支え、数に限りあるが強力な通常兵器と主力の艦娘戦力の効果的な連携に欠かせない存在だった。実際に戦場に出る軍人達は「艦娘派」でまとまっていると言っていい。前線の過酷な現実は身内でのいざこざを許さなかった。

 

 一方、戦場の後方では全く違う光景が見えた。後方で軍を裏から支える旧自衛隊軍官僚は前線組のように開戦初期の激戦で損耗することはほぼ無かった。よって開戦から数年が経過した今でも後方勤務本部の中枢は戦前とあまり変わらない体制・人員で動いていた。後方勤務には「提督」適正が必要になることが少ないことも手伝って、「艦隊派」が大きな割合を占めていた。開戦以来急激に拡張された正面戦力と同等に肥大化した後方勤務本部は艦娘を活用した戦力計画を嫌った。艦娘は通常兵器と比較して各鎮守府での独立性の高い展開・開発・整備が可能だったから、巨大な組織である後方勤務本部の縮小化が余儀なくされることは明らかだったからだ。

 

 だから、彼らは「工廠妖精さん」の装備開発の不安定さを「艦娘」戦力の大きな欠点として槍玉にあげる事が大好きだった。同時に「工廠妖精さん」の装備開発を研究する装備開発研究部が何かの間違いで成果を上げて、装備開発を安定させることを非常に恐れていた。結果、「装備開発研究部」に回される予算・物資・人員はお寒いものになった。そうあれかしと旧自衛隊軍官僚の上層部が全力で暗躍した結果だった。

 

 さて、そんな事情を知らずに装備開発研究部に配属された夕張はとんでもないところに来てしまったと早々に気が付いたが、過酷な前線に残る仲間達にこれ以上心配をかけるような相談は出来なかった。だから、夕張は配給される数少ない資材と人員をこれ以上減らされないように、なんとか「艦隊派」に付け込む隙を与えないことで精一杯だった。

 

 そんな夕張のストレスフルな日々の終わりは意外と早くやってきた。春の風物詩として上司と共に挨拶周りにやって来た新米少尉は一年と少しの間に大小様々な事件を起こして、一躍時の人になった。最終的に彼はどんな手段を使ったのか階級が3つ上の部署の責任者を更迭させ、「艦隊派」の有形無形の妨害を粉砕して職場の環境を劇的に改善させたのだ。

 

 実は装備開発研究部は統合作戦本部直下の組織だが、その性格から後方勤務本部の影響下にある複雑な立ち位置の部署だったので山田の活躍(笑)は本人の想像以上に軍全体から注目された。山田の行動は結果的に「艦隊派」を弱体化させ、「艦娘派」に大きく利する事になったため、彼は「艦娘派」の頭領たる内海中将の懐刀で「艦隊派」をぶっ殺すべく後方に送られた刺客という噂がまことしやかに軍内に広がっている。「艦隊派」は遂に「艦娘派」が我らの聖域に手を出してきたと戦々恐々としていたし、「艦娘派」はひたすら困惑していた。

 

 実際のところ、職場の環境が非効率すぎたので改善案を上に出したら、向こうが予想外の激烈な反応をしたから仕方なく正当防衛と最低限の反撃をしたら、相手が驚くほど隙だらけだったので結果的にオーバーキルしてしまったというのが真実だったりする。当然、山田と「艦娘派」には何の繋がりもない。

 

 ともあれ、夕張が散々苦労した数々の問題をあっさりと目の前で解決した山田中尉に彼女が興味を持つのは自然な流れだった。前線に出るつもりが無い山田は終始塩対応で彼女に答えたが、「提督」適正を持っているとばれて以来そのアプローチはますます前のめりになっていった。

 

 

------

 

 

「……そもそも小官は提督ではありませんので。それと夕張大尉の方が階級が上なんですから砕けた口調で結構ですよ」

 

「山田中尉は私の「提督」になる人ですから大丈夫です!」

 

 大丈夫な要素が全く見つからないんだがと山田は思う。わざわざ一般食堂を利用したささやかな抵抗も全く意味が無かったらしい。

 

「夕張大尉、何度も話したように私は今の仕事に満足してますし、「提督」にそこまで興味を感じないんです。それにはっきり言いますが私は前線で命を懸けて戦場に立つことが怖いのです。」

  

 連日の勧誘スパムで若干やけくそになった山田のかなりぶっちゃけた発言に流石の夕張も驚いたように見えた。徴兵された一般兵ならともかく士官が発言するとなると結構際どい発言だったからだ。山田としてはここまで言えば彼女も失望して自分の前から消えるだろうという暗い計算があったし、本心からの言葉でもあった。だが、女の情というものは常に男の計算の上をいく。

 

 山田のカミングアウトを受けた夕張は暫く考えこんだ後に、顔を上げる。

 

「…つまり、前線に出なければ提督になっていただけるんですね?」

 

「え」

 

「わかりました!男に二言はありませんからね!」

 

 夕張はそう言うといつの間にか食べ終えたそばの容器とトレーを持って、食堂の出口へ消えていった。

 

 残された山田はいつもより早めに解放された事を喜びつつ、彼女の不気味な捨て台詞に嫌な予感が止まらなかった。

 

 そして後日、その予感が正しかったことが判明することになる。

 

 

 

【山田俊二中尉

 

 大尉に昇進の上 

 

 国連統合軍士官学校極東支部勤務を命ずる(国連軍統合士官学校事務局次長)】

 

   

 

 

 




投稿遅くなって大変申し訳ございません

キャゼルヌが軍内の派閥抗争・組織体制と戦う半沢直樹みたいなやつを一万五千程書いたんですが艦これ・銀英伝要素が全く無かったので全てカットしました。

なんだか不自然に展開が早いですがこのままいくと、ヤン艦隊が結成されるのがコロナウイルスのワクチンが完成される頃になりそうなので勘弁してください。

また俺なんかやっちゃいました?を軍の組織でやっちゃう山田少尉マジ半端ないッス

今回は世界観解説回です。近未来ですが、艦娘・深海棲艦由来のテクノロジーでそこらへんの技術レベルはSFチックになっています。

というか、そうでもしないと何年も日本が戦争出来る理由が作れませんでした。

資源輸入国の辛いところっすね。米帝様がおかしいだけともいいますが



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