「パナマ船員」様誤字報告ありがとうございます!
初誤字報告めでたいなぁ?
【居酒屋 鳳翔】と書かれた暖簾をくぐり、引き戸を開ける。冷房で冷やされた空気を浴びて汗で蒸れた体が一気に冷えていく。
「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
「あー、連れが先に来ているはずなんですが……」
冷気をこれ以上逃さないように後ろ手で引き戸を閉めれば、紺鼠色の髪をポニーテールにして割烹着を着たお姉さんが迎えてくれる。居酒屋の女将しては随分若く見えるが、不思議と様になっている。
店内を見渡せば、お店は外から見た通りそんなに大きくはなかった。カウンター席が6席に四人掛けのテーブル席が3つ程、奥に襖で仕切られた座敷席が2つ見える。予備の椅子を出しても30人も入れば手狭に感じてしまうだろう。今は席が8割程埋まっていて、それなりに賑やかだった。
「おい、山田こっちだ」
独特の渋い低音で呼ばれて、視線を飛ばせばカウンタ―席で既に始めている知った顔がいた。
「久しぶりだな、チャン」
チャン・ジーファン中尉。冴えない風貌・無駄にいい声・そして同期の中で最も参謀職に高い適正を持つ切れ者。彼の国籍は台湾で、日本・韓国・台湾の士官候補生が集められる国連統合軍士官学校極東支部一期を次席で卒業した。高い【提督】適正があった為、そのまま提督養成学校に入学して新しい時代の戦術研究に励むエリートの卵で、山田の今日の相談相手だった。
「さて、改めて久しぶり山田。一年ぶりぐらいか、君の活躍は風の噂に聞いているぞ。一年半も経たずに大尉とは出世レースの先頭集団に躍り出たな」
「まさに、その事を相談に来たんだよ。…ちょっと待て、なんでお前がそれを知っている?」
ビールと適当なつまみを見繕ってもらい、席についた山田は違和感を覚えずにはいられなかった。自分の多少過激な仕事内容が漏れて噂として広まるのはともかく、大尉昇進の辞令を受けたのは3日程前だ。
「ん?君が私に奢ってまで相談に来る理由はそんなところだろうと思ったんだが違ったかい?」
「……」
チャンの分析能力の高さ・勘の鋭さは士官学校時代に何度も目にしたが、久しぶりに見るとそのキレは鋭さを増している気がする。
「まぁ、その通りだよ。…ところでお前こんな店良く知っていたな」
「え?……あぁいい店だろ?飯も旨いし酒も種類が豊富で、何より女将さんが美人だ。」
「ふーん、酒は質より量っていうのがお前のイメージだったんだが、天下の【提督】候補生ともなると変わるものなのかねぇ」
「教官に教えてもらったんだよ。普段は中々来れないけど、一期生の出世頭が奢ってくれるんなら何も問題ないだろ?」
「【提督】になったら佐官スタートのくせによく言うよ。…俺としてはもう少し静かに飲める店が良かったんだがな」
「それに関しては問題ないよ、ここには軍の関係者しか基本的にはいないから」
「基地の敷地内にあるんだからそりゃそうだろうが、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだなぁ…」
山田が暗に他の人に聞かれたくないと伝えても、店を変える気はないらしい。同期はもとより先輩や教官すら振り回した彼のマイペースぶりも健在だった。
説得を諦めて、女将に手渡されたビールジョッキを持ち上げる。チャンも合わせるようにジョッキを手に持つ。
「久しぶりの再会に」
「友人の活躍に」
「「乾杯」」
ジョッキをぶつける。長い夜が始まった。
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山田とチャンがカウンター席で旧交を温めていた頃、彼らの死角になるテーブル席でその身に宿るスペックを悪用して二人の会話を盗み聞く不埒な艦娘がいた。
当然、夕張である。特徴的な髪色をウィッグで誤魔化し、伊達メガネといつもの改造セーラーではなく大人しめの私服を着て変装をしていた。
「それで、彼があなたの【提督】なのですか?」
「……」
「夕張?」
「……」
「もしもし?」
「うわっ!ごめん何て?」
盗み聞きに集中しすぎて話しかけられていることに気が付かなかった夕張は、対面の席で心底呆れたと目で語っている重巡洋艦「高雄」の艦娘に謝る。
「…彼があなたの提督か聞いただけですわ」
「そうよ!かっこいいでしょ!」
「…そうですわね」
自分の投げやりな返事を聞いて、「やっぱり高雄もそう思うわよね!」と一人テンションを永遠に上げ続ける夕張を見て高雄はこれは中々疲れますわと内心ため息をつく。
半年程前に横須賀の提督養成学校の教官として、夕張を追いかけるように横須賀に赴任した高雄は元同僚の夕張に連絡を取ろうとしたが仕事が忙しいと再会を断られ続けていた。そんな夕張から会いたいと連絡を受けたのが2週間程前。漸く会ってみれば、技官として横須賀に赴任してからのダイジェスト・自分の【提督】を見つけたという報告・その山田中尉とやらが【提督】になってくれないという相談を早口で捲し立てられ高雄は圧倒された。
なんとか話を頭の中で整理して落ち着いた高雄は、まず最初に心配をかけないのようにと仲間に相談をしなかったバカに割と本気の説教をした。暫くして夕張に十分反省の色が見えたと判断した高雄は【提督】になる意思が無い人の意見を変えさせるという問題について頭を捻る。
「…ちょっと難しいのでは?」
「えーーーーー」
高雄はきめ細やかな気遣い・穏やかな性格・落ち着いた見た目・上品な言葉遣い等、艦装を外せば良家の令嬢と言っても違和感がない艦娘で仲間から相談を受ける事もままあったが、今回の相談事はお手上げだった。彼女は癖のある性格が多い艦娘の中でトップクラスの常識人?というか良識派だった。よって無理矢理策に嵌めて山田を提督にするような案は最初から頭の中から排除していた。夕張もそれを望まないから自分に相談してきたという事を理解していたからというのもあってそうしたのだが、そうなると打てる手は殆ど無かった。
「とりあえず、何か思いついたら連絡しますわ」
「ホントにお願いね、もう高雄だけが頼りなの」
半泣きで縋り付いてくる夕張からなんとか逃れた高雄は、その後律義に夕張から相談内容について考え続けた。並行して山田中尉について少し調べてみれば、驚く程簡単に情報は集まった。
曰く士官学校を三位で卒業した英才・学会で論文が話題になる程の組織工学のスペシャリスト・配属一年目で部署の実権を握り、職場の環境を劇的に改善・内海中将の懐刀で【艦隊派】への刺客として裏帳簿をすっぱ抜き自身の上司の上司を更迭等。輝かしいものから黒いものまで色とりどりな山田の情報を手にした高雄は頭を抱えた。彼の経歴は明らかに後方事務の卓越した軍官僚のそれであり、【提督】適正が多少ある程度では世界トップレベルで提督適正保持者を持つ日本で、彼を【提督】にする理由にはならなかった。それに内海中将の懐刀という噂が本当であれば、それは【艦娘派】の上層部は後方勤務本部の改革を彼に期待しているのであって【提督】として前線に出る事は望んでいないという事だろう。つまり彼を【提督】にすることは自分達の擁護者に弓引く事になりかない。
詰みであった。
「夕張…今回は縁がなかったということで…」
「えーーーーー」
「他にも良い【提督】はいますわ…」
この時点で高雄は半ば諦めモードだった。所謂相手が悪かったというやつである。高雄の思考は如何に夕張を傷つけない様に山田の事を忘れさせるかにシフトしていた。苦肉の策として高雄が出した「夕張個人の魅力で山田中尉の意思を翻意させる」作戦も、電話での惚気混じりの報告を聞く限り望み薄だ。それでも全く諦める様子が無い夕張が、焦れて自作の危ない催眠薬を山田中尉に飲ませようとする等の暴挙を食い止めながら、高雄は早く夕張が諦めて山田を忘れる事を願っていた。
事態が動いたのは3日前だった。毎日の定期連絡となった夕張からの電話を取った高雄は衝撃の報告を受ける。
「私、士官学校の教官と山田中尉の秘書官を兼任する事になったわ!」
「は?」
その後、詳しい話を夕張から聞いた高雄は夕張の本気度を見誤っていた事を思い知ることになる。彼女は統合作戦本部ビルの最奥の執務室にいる内海中将に山田中尉を自身の提督にしてもらうよう直訴したのだ。それを聞いた高雄の脳裏には娘さんを僕に下さいと彼女の親の家に行って土下座する男の姿が浮かんだ。やっている事は裏工作に近い事なのだが余りにも行動が男らしすぎた。
実際夕張は土下座まで考えていたそうだが、山田と夕張を他の部署に異動させる事はすんなりと通ったそうだ。その場に同席していた【艦娘派】の佐官曰く、元々色々とやらかした彼はほとぼりが冷めるまでどこかに異動させることが決まっていたらしい。夕張も装備開発研究部での待遇に対する謝罪も込めて希望の部署に異動するように手を回してもらえることになった。
だが、肝心の夕張を山田中尉の秘書官にする事、ひいては夕張を山田中尉の指揮下に置くことに関しては交渉は難航した。彼女達の予想通り【艦娘派】上層部は山田が提督として前線に出て戦死することを恐れたからだ。【艦娘派】は前線に出て実際に深海棲艦と殴り合う将校については綺羅星の如き品揃えを誇っていたが、後方で数字と格闘する軍官僚についてはお寒い限りだった。彼らにとって山田は救世主になる予定の男だった(面倒な書類仕事の押し付け先・ややこしい民間団体との渉外係・足りなくなった物資のゆすり先とも言う)。
そこで夕張は賭けに出た。
「あの、そもそも山田中尉は【艦娘派】ではありませんよね?」
「……」
執務室の空気が凍った。
山田中尉が、目の前の内海中将の懐刀だという噂は軍内では半ば事実として認識されている。だが、夕張はその事を疑っていた。山田中尉との一年弱の付き合いで彼に派閥闘争や過剰な出世競争を鼻で笑うような部分があることを夕張は感じていたからだ。だからこその、山田と「艦娘派」の間に繋がりは無いと踏んでのカマかけであった。
そして夕張の発言への反応を見て、夕張は賭けに勝ったことを確信した。やはり山田と【艦娘派】には何の関係も無かったのだ。夕張の表情が緩んだのを見た彼らは言い訳のような反論を始める。
「…確かに彼は自身の旗色を表明したことは無いが、その行動は我々に近い考えを持っているという事を表してはいないかね?それに彼は【艦隊派】から今回の騒動で相当に恨みを買っている。彼はまだ若い、これからの長い軍生活を考えれば我々の派閥に入る事は自明の理ではないか?」
「そうでしょうか?今回の騒動で【艦隊派】の皆様は中尉の怖さをその身で味わいました。ならば今頃、中尉を自分達の派閥に取り込もうと色々頑張っているんじゃないですかね?それでなくても今の中尉の立場は苦しいものです。今の中尉の思想は【艦娘派】寄りですが、ちょっとしたことがきっかけで転んでもおかしくないとは思いませんか?あ、それと彼は10年程で軍を退役するらしいですよ?」
舌戦の趨勢は既に見えていた。内海中将というか【艦娘派】はあまりにも希望的観測で動いており、夕張はその事を淡々と指摘するだけで彼らは蒼褪めた。自分達のエースになると思っていた駒が敵に渡る可能性が濃厚だと言われれば誰でもそうなる。そしてやっと夕張の提案を聴く姿勢を見せる。夕張は潮目が変わった事を敏感に感じ、ここが勝負所と一度大きく息を吸ってからプレゼンを始めた。
「…例えそうだとして、彼の【提督】にする事と何の関係があるのかね?」
「山田中尉が【艦隊派】からアプローチを受けるのは彼が旗色を表明しないからです。そこで私を彼の秘書官に任官にすれば、彼が【艦娘派】であると【艦隊派】に勘違いさせることが期待できます。そして勘違いで稼いだ時間で彼を本当に【提督】に仕立てるのです。【提督】である以上【艦娘派】である事はほとんど不可分ですから、めでたく中尉は【艦娘派】に属することになるでしょう」
「おぉ!」というどよめきが部屋の中の高級士官達から飛び出す。夕張は自身の腹案の反応の良さに安堵するが、同時に素直すぎる彼らが心配になった。自信満々に言っているが、実際に彼を【提督】にする方法は何も思いついてない。完全にブラフである。彼らが毎度【艦隊派】にいい様に踊らされている理由が分かった気がする。
「それだと彼の秘書官にあてる艦娘が君である必要は無いのではないかね?司令部直属のまだ【提督】の指揮下に入っていない艦娘を秘書官として配属すればいい」
それでも派閥の首領である内海は冷静だった。冷静に話の穴を突き、保険と監視の意味を込めて山田の首に鈴を着けようと企てる。
「自薦をする理由ですが、私は兵装実験軽巡で、現在技官として後方にいます。司令部直属の精鋭を後方で腐らせるには勿体ないですし、風当たりも強くなりましょう。その点指揮下にある艦娘が私なら後方にいても説明がつきます。そうすれば山田中尉を最低限の期間前線に出せば、その後は今までと変わらずに軍官僚として腕を振るうことも可能になるのは無いでしょうか?」
「……」
内海は大きく溜息を吐いて……静かに頷いた。
夕張は一世一代の賭けに勝った。こうして山田は自身のあずかり知らぬ所でその運命が決まったのだった。
話を聞き終えた高雄はもう笑うしかなかった。軍のトップ陣を前にブラフとカマかけを用いた交渉を行い、自分の意見を認めさせる。普段の呑気で軽いノリからは連想出来ないタフネゴシエーターぶりである。そして内心で外堀を着々と埋められていく山田に合掌する。
「士官学校じゃ高雄も一緒だし、フォロー期待してるからね!」
そして抜け目なく、協力の継続を要請してきた夕張に高雄が出来たのは「お手柔らかに」と力なく答える事だけだった。
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「高雄も早いとこ【提督】が見つかると良いわねぇ~」
盗み聞きに飽きたのか、それなりに飲んで顔を赤くした夕張がだらしなく机に体を預けながら高雄に絡み始める。あまりよろしくない飲み方だが、知り合いの軽空母連中との飲み会でこれより遥かに酷い酔っ払い共の扱いに慣れた高雄は酒とつまみの皿を夕張から避難させながらも答える。
「【提督】なら私にもいるわよ?」
「へー、高雄も【提督】いるんだぁ」
「そうよ」
「そっか、高雄にも【提督】が…」
「えぇ」
「……」
「……」
「マジ?」
「マジですわ」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「誰かさんが自分の提督の事で頭が一杯で、私の事を聞かれる事が無かったから」
高雄がチクリと刺せば、立ち上がりかけた夕張は萎んだ風船のように席に戻った。
夕張は半年前に横須賀で高雄と再会して以来の自分の高雄への態度を思い返し、急激に酔いが冷めていくのを感じていた。
「その…本当にごめんなさい高雄」
「自分の【提督】を見つけた艦娘は皆そうなるから気にしてないわ」
「うぅ、大変ご迷惑お掛けしました」
実際そんなに怒っている訳ではないのだが、居心地悪そうに縮こまる夕張を見た高雄は妥協案を出す。
「なら、今日の分は夕張が持ってね」
「そんなことで良いの?」
「あら、私結構飲むの知っているでしょう?」
「だ、大丈夫!任せて!」
夕張は胸を叩いて、甲斐性をアピールする。それを見た高雄はそれじゃあ遠慮無くと、海上輸送が途切れがちになり高級品となったワインのボトルを注文する。高雄の割と容赦ない注文に顔を引き攣らせながら、夕張は来月の給金まで間宮を諦める。それでも自分がやった事を考えれば寛大な恩赦だ。
「それで高雄の【提督】ってどんな人なの?」
落ち着いた和風居酒屋に似合わぬ、そして滅多に注文されないワインを上機嫌で味わいながら飲み干していく高雄に夕張は気を取り直して尋問を始める。
「彼よ」
「彼?」
「今カウンターで、あなたの【提督】の相談に乗っている彼よ」
「…もしかしてチャン中尉?」
「えぇ」
「マジ?」
「マジですわ」
「…世間って狭いね」
「本当ね」
二人は顔を見合わせて小さく笑う。
「もう【ロック】はもらったの?】
「これよ」
高雄はシャツの胸元からゆっくりとネックレスを取り出す。その仕草が同性の夕張から見ても色っぽかったが、今大切なのはチェーンの先のドックタグと呼ばれるステンレスで出来た認識票と、小さなピンク色の錠前の方だった。
【提督】の指揮下に入る事で艦娘が受ける恩恵は多々あるが、その中で最も強力な恩恵が【ロック】だろう。【提督】は自分の指揮下にある艦娘には繋がりが生まる、そして生まれた繋がりを繋ぎ止めるのがこのちゃちな錠前の装備だ。効果は「どんな攻撃を喰らっても、一定以上の耐久値があれば一撃で轟沈しなくなる」という破格のものだ。ハードウェア専門の夕張には原理はよくわからないが、この錠前には限界以上の損傷を負った艦娘を【提督】との結びつきを利用して轟沈を防ぐプログラミングが施されているらしい。胡散臭い事限りないが、数多のコンバット・プルーフを経て、その実用性を認められた【ロック】は重要装備となっており、特に一撃で轟沈する可能性の高い駆逐艦娘は【ロック】持ちではないと海上護衛以外の任務を認められない程のものとなっている。(尤も、そんな余裕が生まれたのは最近らしいが)そんな訳あって、この小さな錠前のアクセサリーは【提督】との絆の証として、艦娘のあこがれなのだ。
事実、夕張は食い入るように高雄の【ロック】を見つめている。
「いいなぁ…」
「ふふ、夕張も山田中尉の指揮下に入れると良いわね」
「もちろん!」
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久しぶりの再会を果たした山田とチャンは互いの近況報告を経て、士官学校時代の共通の友人の話題を肴に酒を飲んでいた。ある程度腹が落ち着き、多少酔いが回ったところで山田は本題に入ろうとしていた。あまり酔っぱらって出来る話では無い、山田もそれなりに強い方ではあったがチャンはザルだった。現にチャンは顔色一つ変えずに始めた時と変わらない一定のペースで杯を開けている。
「そろそろ、今日呼んだ理由を話していいか?」
「全然切り出さないから、私と飲むための理由作りかと思ったよ」
「男に奢る趣味は無い」
そりゃ残念、と言ってチャンは山田に差し出されたおしぼりで子供のように汚した口元を拭う。チャンは参謀としては一流だが、人間としては大分残念な人だった。
「…今回の辞令で大尉に昇進の上、士官学校に事務局の事務次長として配属だそうだ。」
「うん、改めておめでとう。と言っても君は出世で泣いて喜ぶタイプじゃないか」
「タダで貰えるものは貰う主義だ。それに事務次長って事は部署の実質トップだ。下っ端だった今の部署より大分息がしやすいだろうさ」
「…今回の人事に納得していないのかい?」
「あれだけの事をしたんだ、どっかの辺境の警備府に飛ばされると思っていた。その理由がほとぼりが冷めるまでの処置か、二度と帰らない懲罰人事なのかは分からないが次の異動時期が来れば横須賀にはいないと思っていた」
「言っちゃぁ何だけど、君が意外と事態の重大さを理解して反省している事に驚いてる」
「まぁ、同僚にも随分迷惑をかけてしまったし…それに…」
「それに?」
山田はさり気なく辺りを見回してから、声を潜めて話す。
「こいつはオフレコで頼むんだが、俺が更迭した上官のお仲間から勧誘されたんだ。我々の仲間になれば世界の半分をくれてやろうみたいな事を言われてな、流石に意識せざるを得ないだろ。」
「…その魔王様の顔か名前は分かるかい?」
「いや、ありゃただの連絡員だ。捕まえても蜥蜴の尻尾切りで終わりだな」
「そうかい…」
チャンはうんざりした顔で故郷の酒である高梁酒に近い味がする日本では珍しいトウモロコシの焼酎を一気に飲み干す。話はそう簡単ではないからわざわざ奢ってまで相談しているのだ。
「同期が高く評価されて嬉しいよ、私もあやかりたいもんだ」
「譲れるものなら直ぐにでも譲るぜ、こんな立場」
「遠慮しとこう」
話が横道にそれた、山田は咳払いをして話を戻す。
「とにかく、俺はどっかの田舎の警備府で悠々自適のスローライフを送る予定だったんだ」
「隠遁生活をするには若過ぎないかい?」
「辞令には逆らえないのが軍人の辛いところだな」
「…そうだね」
チャンはジト目でこちらを見てくるが、山田は無視する
「それなのに蓋を開けてみれば、この中途半端な時期に大尉に昇進・郊外とはいえ横須賀に残留・挙句の果てに艦娘で先任の夕張大尉が秘書官に付くだとさ。臭すぎるね、厄介事の匂いがプンプンする。」
山田はやけくそ気味に冷酒を煽る。今は酒の力が必要だった。
「アンタッチャブルな所に手を突っ込んだとはいえ、内部調査で不正の証拠を掴む事は昇進に足る立派な手柄だろう?そこを上が評価しただけでは?」
「憲兵でも内部監査部でも無い新人少尉が、職場の上司達が行っていた組織ぐるみの不正を告発。常識的に考えて、風聞が悪すぎるだろ。メディアにこの話が流れれば、一般市民はブチ切れるを通り越して呆れ返るぞ。軍法会議じゃなくて更迭で済ませたあたり、軍内で揉み消したいんだろ。昇進はその為の口止め料だろうな。」
「……」
チャンは山田の辞令のあまりに夢の無い、ダーティな話に閉口しっぱなしだった。さっきから酒の味が不味い。というか絶対に知らない方がいい情報を現在進行形で伝えられている気がする。
「まぁドブよりも真っ黒な辞令なわけだが、士官学校への任官と夕張大尉が秘書官になる事に関してはさっぱり分からなくてな。それがお前を呼んだんだ理由な訳だ」
「なるほどねぇ、あまり自信は無いけど奢って貰った分は考えてみよう。何個か質問するがいいかい?」
「あぁ」
「まず最初の質問なんだが、君はその夕張大尉とは知り合いなのかい?」
「装備開発研究部の俺は事務で、彼女は工廠って具合に職場は違ったんだが偶々知り合った。色々あって【提督】になって欲しいって付き纏われるようになった」
「……」
山田の答えを聞いたチャンは、「あっ」と何かを察したような顔をする。そして暫く考え込んだ後に顔を上げる。
「なるほど、そういう事か」
「…おい、何か分かったのか?分かったなら教えてくれ」
「取り合えず、夕張大尉と士官学校への異動は君の悪いようにはならないと思う」
「その心は?」
「うーん、君にその理由を教えると上手くいかなくなる気がするんだよね」
「…俺は知らない方がいいって事か?」
「端的に言うとそうなるね」
「わかった」
チャンが問題ないと言うなら問題ないのだろう。士官学校で初めて会ってたときから初対面とは思えないほど気が合った。信頼出来る男だと知っている。
「少しぐらい疑ってもいいと思うけどね」
「必要の無い事はしない」
「はいはい」
チャンは山田の信頼が偶に重かったが、生まれた国が違う自分への無条件の信頼が嬉しかった。
「よし、憂いは晴れた。今夜は朝まで飲むぞ」
長くストレスになっていた心配事が問題ないと太鼓判を押された事で、久々の開放感を山田は感じていた。
「いや、私は明日も学校が朝からあるんだが」
「士官学校では随分負け越したからな、今日こそお前に勝ってみせる」
「聞いてないし…。負け越すどころか、飲み比べで私に勝てた事なんてなかっただろうに…」
「女将、瓶ビールを一ダースくれ」
「正気か山田!?この店はそういう店じゃないぞ!」
チャンの必死の制止も空しく、山田の頭の悪い注文は無事女将に届き、結果カウンターテーブルに瓶ビールがずらりと並ぶ。その異様な光景に周りの客は盛り上がり、二人を囃し立て、指を指して笑う。
「どうなっても知らないよ、私は…」
横須賀の夏の夜は賑やかに更けていった。
一週間投稿は無理でした。本当にすいません(二度目)艦娘と艦娘の会話部分が難しすぎて時間がかかりました、そのせいでおっさん同士の方が雑になった気がします。
チャン中尉は皆さん大好きなパン屋の二代目の転生体です。年齢を調べたら、キャゼルヌと近かったので本作では同期になりました。本編での絡みは皆無ですが、性格的に結構気は合ったのではないでしょうか。
割とキャラがぶっ壊れていますが、私の筆力では彼らの再現度が残念な事になったので、ほぼオリキャラとしてこういう形になりました。まぁ、本作だと彼ら20代前半なんでまだあんまり擦れてない感じの先輩達を上手い事表現したいんですが中々難しいですね。
飲み屋で盛り上がるヤン艦隊の司令部とか見たいですね。平時のヤン艦隊の面々の描写とか大好きでもっと見たいけど、どこにもないから自分で書かねば(自給自足)
夕張の行動力は好きな男と同じ大学に行くために偏差値を20上げて、同じ大学・同じゼミ・同じサークルに入った実在の女友達をモデルにしています。いやぁ、女って怖いなぁ。とづまりスト4。