【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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第一部『魂の在処』編
一話『非日常は田んぼに落ちてる』


晩夏。

稲穂が揺れる田舎道、かんかん照りな青空の下。俺はワイシャツの胸元をパタパタ仰ぎながら自転車を押していた。

 

気温は優に30度を越えているだろう。シャツがべったり背中に張り付いて気持ち悪い。

 

地球温暖化が嘘か本当かなど散々議論されているが、少なくとも俺は夏が来る度に実感する。ファッキンホットだ。軽井沢にでも逃げたい。財布に300円しか入ってないけど。

 

「あー……クソ。なんだってんだよ……」

 

額から落ちて目に入った汗を袖で拭う。

陽炎(かげろう)に歪む景色の向こう側に、忌まわしい坂道がまだまだ続いて──

 

「……へっ?」

 

──思わず自分の目を疑う。脇の水田に、誰かが落ちているのだ。

 

腰まで泥に埋まっていて身長は分かりにくいが、そこまで高くはない。真っ白な長髪を後ろに束ねている。

近所の婆さんが滑り落ちでもしたのか……?

 

「大丈夫ですかー?」

 

遠くから声を掛けてみるが、反応が無い。こちらに向きさえしない。ただ呆然と明後日の方角を見て突っ立っている。

 

良く見れば服装はワンピースっぽい。農作業中というわけではないだろう。

……熱中症とかで動けなくなってしまってるのかもしれない。

 

制服を汚したくはないが、このままじゃ命が危ない可能性もある。助けなければ。

 

俺はスニーカーを脱いでからズボンをたくし上げて、水田へ踏み込んだ。

 

「あのっ!? 聞こえてたら返事してください!」

 

ひんやりした水田をじゃばじゃば歩いて近付き、そう叫ぶ。

そこでやっと彼女は俺の声に気が付いたようで、こちらへ振り向いた。

 

──そこで、絶句する。白髪ゆえに勝手に老婆だと思っていたがその顔は予想外に若々しく、中学生程度の女の子に見える。

 

外国人、あるいはアルビノというヤツなのだろうか。

目鼻立ちが恐ろしく整っていて、まるで人形のようだ。

 

「・・・ーー■、■■■?」

 

「……は、あ、えと、こんにちは。い、いや……な、ナイスミートゥー……?」

 

やはり外国人なのか、少女は無表情のまま、聞き覚えの無い奇妙な言語で語りかけてきた。

 

俺がアタフタしていると、何かを考え込むように細い指を顎に当てる。そして近寄ってきて大きな赤い瞳で俺の目を覗き込んできた。

 

向こうの瞳孔が細まり、何度か瞬きをする。

そうして見つめ合うこと数秒、彼女はパチンと指を鳴らした。

 

「あ、あ、あー……ボクは……いや違うな、セッシャ……あぁ、(めす)の一人称はワタシなのか」

 

「は……?」

 

「君の母語はこれで合っているかな。景色を見た限り高度な農耕民族のようだが……あれ、私の言葉通じてるかい?」

 

先程とは打って変わって、少女の口から紡がれたのは流暢な日本語だった。

泥を掻き分け、少女は俺の方へ詰め寄ってくる。

 

「え、ちょっ……」

 

「通じてるようだな。体の造形も近い……似たような進化を辿ったのだろうか。ちょっと失礼……ふむ。性器も私の世界の猿人族と大差無いな……」

 

「ひあぁっ!? 股さわるな! おい!? なんなんだお前! 痴漢だぞ! 女の子だからって何でも許されると思うなよ!」

 

俺の体をべたべた触ろうとしてくる少女の魔の手から逃れるため、俺は後ろに大きく飛び退いた。

が、そのせいで足がもつれて頭から思い切り水田へダイブしてしまう。

 

全身が泥に濡れてひんやりする。口に入った泥を吐き出しながら少女を睨んだ。

 

当の本人は不思議そうな顔で『大丈夫かい?』と言いながら俺へ手を差し伸べている。

俺はその手を乱暴に払い除けて立ち上がった。

 

「助けは必要無さそうだな。次からは気を付けたまえ」

 

「いや完全にお前のせい……」

 

「私が何なのかーーという質問には答えよう。私はスティルシア。こことは別の世界から来た者だ」

 

俺の抗議を遮りながら、スティルシアを名乗る少女は鈴を転がしたような美声で無感情にそう告げた。

 

……俺はやべぇ奴と関わってしまったかもしれない。こういうの『電波』とかって言うのだったか。

 

とにかく逃げよう。これ以上こいつと関わったらロクな事にならない気がする。

『空から降ってくる女の子』とかと同じぐらい面倒を呼び込みそうだ。

 

「す、スティルシア、ちゃん? 俺ちょっと用事あるから帰るね!」

「そうか。気を付けて帰るといい」

 

意外と素直なスティルシアに内心安堵しながら、俺は水田から上がりスニーカーを履き直して歩きだした。

 

はぁ……酷い目にあった。帰ったら洗濯機に制服ぶちこんで……いやここまで汚れたら前洗いしなきゃ駄目か。めんどくさいな……

 

ぺたぺた

 

それはそうと、明日はお気に入りラノベの新刊が発売する日だ。朝からバスで本屋に買いに行こう。

そう思うと嫌な事も全部吹き飛ぶ気がする。今からワクワクしてきた。

 

「楽しみだなぁ」

 

「あぁ、全くだよ」

 

「いやちょっと待て」

 

俺が物凄い速さで振り向くと、そこにはニコニコ顔で佇むヤバい電波少女(スティルシア)の姿があった。

 

良く見ると裸足で、泥に濡れたレースのスカートから細い足が伸びている。

なんで着いてきてるんだコイツ。

 

「着いてくるなよ!」

 

「それは無理な相談だ……例えばもし君が突然たった一人で未開のジャングルに放り込まれ、そこで優しそうな人に出くわしたら何がなんでも着いていくだろう? それと同じだ。私は今、凄く困っている」

 

「自分の家に帰れよ!」

 

「家が無いから君に着いていってるんだろうっ! お腹空いたし人肌が恋しいんだ!」

 

「堂々と浮浪児宣言すんじゃねぇよ!」

 

くわっ! という効果音が付きそうな程の迫力でスティルシアは言った。

その鬼気迫る雰囲気に圧され、俺はとりあえず話を聞いてみる事にする。

 

「はぁ……家出でもしたのか? きっと親御さんが心配してるぞ」

 

「私は、とある事情により自分の住んでいた世界から弾き出されたんだよ。家出と言うよりかは『追い出された』に近いな」

 

「はいはいそういう設定ね……そんな陳腐(ちんぷ)な設定じゃ売れないよー」

 

「その意見は一体どこ目線なんだ……あっ、そうだ。これを見たまえ!」

 

スティルシアは、自分の髪をかき揚げて耳を露出させた。

それがどうした──と返そうとして、言葉を失う。

 

長いのだ。耳が。妙に尖っていて、ピコピコ上下している。

呆気に取られる俺を見て、得意気な顔だった。

 

「……なんだそれ」

 

「私はエルフだ。先程ちょっぴり君の記憶を覗かせて貰ったが、知識としては知っているのだろう?」

 

「えー、いや、は? マジ……? ちょ、触って良い?」

 

「あうっ」

 

スティルシアの耳を掴み、むにむにしてみる。

……本物だ。温かくてすべすべで、ほんの僅かに脈動を感じる。

 

それでも信じられなくてスティルシアを見返すと、顔を紅潮させながらびくついていた。

俺は咄嗟に耳から手を放す。

 

「あっあっ、あっ……」

 

「ごめんごめん!?」

 

「耳は敏感なんだよ! 全く、礼儀がなってない……これだから最近の若者は……」

 

スティルシアは自分の体を抱き締め、ブツブツ言いながらこちらを睨んでくる。なんだか性犯罪者にでもなった気分だ。

 

……それはそれとして、こいつの言う事に少しだけ真実味が沸いてきた。

少なくとも家に帰れないのは本当っぽいし、どうしよう──

 

「……え」

 

──自宅の方向を見ようとした俺の目線の先に、『半透明なゲル状のナニか』が佇んでいた。パッと見水溜まりのように見えるが、ぐにゃぐにゃ蠢いている。

 

そいつはナメクジの如くアスファルトを這いずりながら、俺へと近づいてきた。

 

な、なんなんだアレ……? かなり気色悪いぞ。生き物……なのか?

 

「■■■■■■■!」

「わぁぁぁぁっ!?」

 

半径二メートル程まで近寄ってきたゲル状の何かは、津波のように肥大し俺の体を呑み込もうとしてきた。

一気に顔から血の気が引く。

ば、化け物──

 

「ていっ」

 

「あっ」

 

てってってっ、と俺の前に走ってきたスティルシアが、どこから持ってきたか分からない木の棒でゲル状の化け物をぶっ叩いた。

 

すると化物は、アルミホイルを丸めた時みたいな歪な断末魔を残して消える。後には赤いビー玉のような物体だけが残った。

 

「えっ……え?」

 

「どやぁ……」

 

「いや『どやぁ』じゃなくて! なんだあれ!?」

 

「うん……? 君、その年でスライムも見たこと無いのかい?」

 

スライム。

某国民的RPGでの最弱モンスターとして名高い──でも原典のTRPGの方では結構強いポジションな──アレ。

 

俺は『あんな怪物この星に存在しない』とスティルシアに説明した。

 

「……ふむ」

 

顎に手を当て、考える素振りをするスティルシア。

それから、少しふらふらしながら目を細め──ぱたんと、倒れた。

 

「おい!?」

 

「お腹空いた……」

 

地に伏せった状態のまま俺へ両手を差し出し、上目使いで『おんぶ』と要求してくる。

俺は溜め息を吐きながらその手を取り、背中におぶった。

柔らかく、軽い。女の子の感触だった。

 

「……あのさ、おんぶするのは良いんだけど」

 

「どうしたんだい?」

 

「頭に当たって痛いからその木の棒捨ててくれない?」

 

「やだ」

 

 

 

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file1【溶解性粘液生命体(ブルー・スライム)】脅威グレード:E-

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