【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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十四話『飽和せし者』

「はぇー……ハイカラで良いねぇこの機械。私の世界のギルドにもこれがあれば良かったのに」

 

「『世界中の技術者によって共同開発された、現代科学の結晶』……だってさ」

 

政府の奴らが帰った後。

俺は例のモンスター図鑑の使い心地を確かめていた。

 

かなり多機能で、モンスターの位置情報や弱点情報などとは別に、駆逐官の希望に応じて武器を開発・支給する『武装発注システム』

更には駆逐官のモチベーションアップを目的とした『ランキングシステム』なんてのも搭載されている。

ランキングで一定以上に食い込むとボーナスも出るらしい。

 

ランキングか……俺も載ってたりするのかな。

ちょっと緊張しながらページを開き、下の方へスクロールする。

 

……あ、【総合】の全国七位に『熾天狩り(セラフィス・ハント)』ってのが居る。これが多分俺だろう。ついさっき更新されたらしい。

熾天狩りってなんかカッコいいな。支店借りじゃなくて良かった。

 

どうやら単純な討伐数ではなくて、モンスターごとに決まっている討伐ポイント的なのがあるらしい。そりゃそうか。スライム十体倒すよりゴブリン一体倒す方が遥かに難しいもんな。

 

ちなみに世界ランクの方に切り替えてみると400位ぐらいだった。

世界にはバケモノみたいなのがゴロゴロいるんだな……

 

「むぅ……どうして君がこんなド底辺なのさ。私がナンバーワンにしてあげるよ!」

 

「不人気ホストにハマった女みたいな事言うな。……というか下に四ケタ以上いるから底辺でもないぞ」

 

「ふっ、知ってるかい……? どの世界も、頂点以外は全て路傍の石ころと変わんないんだぜ……」

 

「うるさいぞニートエルフ」

 

「あうっ」

 

ウィンクしながらドヤ顔で言ったスティルシアの頭を、丸めたチラシで軽く叩いた。

 

「うぅ……ねぇ気軽に叩かないでよ! 私に一撃食らわせるのがどれだけ重たい事か知らないでしょ!? そのために幾つの国家が更地になってると思ってるのさ!」

 

「いやおっかねぇなお前」

 

こいつ前の世界でどんだけ大暴れしてたんだよ……そんなんだから異世界になんて飛ばされたんじゃないのか?

ほぼ流刑みたいなもんじゃねぇか。

 

「なんでそうなったんだよ」

 

「……分かんないよ。覚えてないんだ。思い出せないんだ」

 

「どういう事だよ……」

 

犬の尻尾みたいに、耳をしなっと垂れさせてスティルシアは言った。

……本人が触れて欲しくなさそうだし、そこはまぁ良いか。

 

一通り見終わったモンスター図鑑を机に置き、俺は立ち上がった。

今日はこれから何の予定も無い。街に行ってエリミネーターにスマホを返して貰おう。

 

あれが無いと不便だし……なにより、祖母との写真がいっぱい入ってる。

 

「俺これから街に行くけど……」

 

「私も行くよ!!!」

 

「食い気味に来るよなお前。じゃあ例の……『魔法防壁』? っての張っといてくれ」

 

『わかったよ!』と元気良く返事して走っていくスティルシアを尻目に、俺はタンスの上から例のナイフを手に取った。あのチート性能のヤツ。

 

こんな世界だ。外に行く時は必ず万全を期した方が良い。

ナイフの刃に手拭いを巻き、それを鞘代わりにして腰に装備しようとする。

 

「いてっ……」

 

と、指先に走る鋭い痛み。

顔をしかめながら確認すると、ナイフの尖端部分の手拭いがめくれて、血の付着した銀刃が露出していた。

 

指を切ったのか……幸先が悪いな。一応絆創膏でも張っていくか。

そう思いながら、指先を確認しーー

 

「……へっ?」

 

ーーそこにあったのは、予想外の光景。

血が出過ぎだとか、逆に全く出ていないとか、そういう問題じゃない。

 

傷口から顔を出していたのは、血液ではなく()()()()()()()()()()()()()

それが、雨後の筍みたいに指からメキメキと成長している。

 

「はっ……はぁぁぁぁっ!?」

 

「どうしたの!? また私が喧嘩売ったツイッターのフェミニストから殺害予告が来たの!?」

 

「ちげぇよ馬鹿! あとふざけんな!」

 

『じゃあなにさ……』と呟きながら、スティルシアが俺の指を覗き込んでくる。

そして、発生する結晶体を見て絶句した。

大きな目を見開き、唇を何度か開閉させる。

 

「……"飽和"、してる」

 

「ほうわ……?」

 

ほうわ……飽和か。確かエリミネーターもそんな事を言ってた気がする。

どういう事だ?

 

「飽和、ってなんだよ」

 

「うぅん……分かりやすく説明するとね? ソシャゲで言う『限界突破』だよ」

 

「ピンとこねぇなおい……」

 

仮にもエルフが物の例えにソシャゲを持ってこないで欲しい。イメージが崩れる。

それに……限界突破? まるで意味が分からない。

 

「例えば、10グラムしか塩が溶けない水に100グラムの塩を入れたらどうなる?」

 

「そりゃ残りの90グラムは溶けずにそのまま結晶化して……あ」

 

「そう。それが"飽和"。血中で極限まで濃縮された魔力が、空気に触れる事で魔核状態に戻る現象だよ」

 

要するに……魔核を取り込み過ぎて、俺の血液が魔核と同じような性質になってるって事か。

あれ、それって危ないんじゃ。俺の体を突き破ってモンスターが発生したりしないよな……?

 

「……それ、大丈夫なのか? 血からモンスターが生まれたり」

 

「問題ないよ。魔核というのは()わば『可能性の卵』だからね。単なるモンスター発生装置ってワケじゃない。君の血に染まった時点で支配権は君にあるよ」

 

「へー……?」

 

「そして……その可能性に、ある程度の『指向性』を持たせる事も可能だ」

 

そう呟きながら、スティルシアはその小さな掌で俺の手首を掴んだ。

特に害が無いなら構わないけど……魔核が、可能性の卵?

しかもそれに指向性を持たせるってどういう事だ。

 

「目をつむって……そうだね、『鋭く尖った槍の穂先』を思い描いてごらん」

 

言われるがままに目を閉じ、(まぶた)の裏で鋭い槍の穂先のイメージをしてみる。

鈍い鉄色で、易々と命を抉り取る鋼の鋭端(えいたん)ーー

 

「……っ、初めてでこれか。やっぱり凄いよ君は……生まれたのが私の世界なら、武人として名を馳せていたかもしれない」

 

「いや、どういう……っ!?」

 

スティルシアの言葉を不思議に思いながら目を開けて……思わず、驚きに喉からひゅっと悲鳴みたいな音が出た。

 

「血が、槍に変わった……?」

 

「魔核がモンスターの形を取るのと同じ原理だ。魔力の主である君が(カタチ)を与えてやれば、それは如何なる物にも変貌する。……初めからここまでの精度で出来るのは、ちょっと予想外だったけど」

 

俺の指先から生じていたのは先程までの血晶(けっしょう)ではなくーー脳裏に描いていたモノと同じ形状の、赤みがかった鋼の槍。

細部は少し歪んだりしているが、殆ど想像した通りだ。

 

……イメージしただけで、ゼロから武器を作ったりできるのか。

作れる物の強度にもよるが……これはかなり使えそうだ。

袖に武器を仕込むみたいな感じで、不意討ちとかにも有用そう。

 

「私の世界では、魔力が飽和した人間を"飽成(ほうせい)"と呼んでいたよ。まさか、君がこんなに速くそうなるなんて思わなかったけどね」

 

「飽和したら、もう魔核を取り込まない方が良いのか?」

 

「いいや、飽成者が更に魔核を取り込むと、肉体の頑強さに加えて血液で再現できる物質のサイズと強度が上がるんだ……強くなりたいなら、今まで以上に積極的に取り込んだ方が良い」

 

なるほど……魔核が血に溶ける上限を越える。そういう意味での"限界突破"か。

 

「強い飽成者は、全力の私と二分ぐらいならタメ張れるぐらい強力だったよ。気化させた血液を広範囲に散布させて巨大な要塞を具現化してきたりしてね……魔法を使えない中じゃあれが最強だったんじゃないかな」

 

「マジで大怪獣バトルだよな、お前の世界……」

 

試しに、指から発生した槍が気化するイメージをしてみる。すると槍は、赤いミスト状に霧散(むさん)して空気に溶けた。指の傷は塞がっている。

 

「……よし、行くか」

 

ナイフとモンスター図鑑……あと、念のために【Bランク駆逐官『熾天狩り』】の手帳をリュックに入れて背負った。

 

「うん、行こっか……あ、私『世界樹のえだ』持ってくるね」

 

「前まで『ひのきのぼう』だったろそれ」

 

「細かい事はいいんだよ!」

 

 

「あ、街が見えてきたよ……って武器を持った人がたくさん居るね」

 

「フード被っとけよ」

 

舗装された道を何時間か歩き、やっと街が見えてきた。

転移魔法を使えないのかと聞いてみたが『あの街の座標は忘れちゃった』らしい。

こいつの脳にはもう少し頑張って欲しいと思った。

 

街の入り口には、スティルシアの言うとおり武装した人間が多く立っている。

 

恐らく"駆逐官"だろう。

血走った目で地面に散らばる魔核を集める者もいれば、五人ぐらいで一体のリザードマンと交戦してる奴らも居る。

 

金のためにみんな必死だ。いや絶対に俺が言えた事じゃないけど。

 

「おい、そのベルトのナイフ……お前、"駆逐官"だな? ここは俺たちの狩り場だ。別の場所に行け」

 

「はいっ……?」

 

駆逐官たちの横を抜けて通ろうとすると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

振り向くと、三人の男が俺を睨んでいる。

カラフルな髪にタンクトップ……明らかにヤンキーと言うか、チンピラっぽい。クソ怖い。

 

「いやあの、通りたいだけなんで……」

 

「そう言う奴に限って狩り場を荒らして行くんだ……お前みたいな学生と違って俺たちは生活がかかってんだよ。おら、どっか行け」

 

めんどくさいなこいつら……ネトゲでレベル上げの場所を争う奴らみたいだ。

 

スティルシアはそいつらを見て『どこの世界でも落伍者の考える事は同じなんだねぇ……』と遠い目で呟いている。

いや、真面目にどうするかーー

 

「■■■■■■!」

 

「お、おいっ! すまんそっちに行った!」

 

「ひっ、わぁぁぁぁっ!?」

 

ーーその時、三人組の背後に迫るリザードマン。さっきの個体だ。ところどころ鱗が傷付き手負いに見える。

俺は咄嗟に、道の脇に落ちていた鉄骨の破片を手に取った。

 

「……術式装填・アイオライト」

 

「■■■……!?」

 

鉄骨に青い葉脈が走る。俺はその切っ先をリザードマンに向けた。

そして、今にも三人を食い殺しそうなそいつ目掛けて水のレーザービームを発射する。

 

高水圧によって胴と首を切り離されたリザードマンは、喫驚(きっきょう)に目を見開いたまま灰に変わった。

 

魔力の伝導に耐えられなかったのか、鉄骨はすぐにボロボロと崩れ落ちる。

質の悪い金属ではあまり威力が出ないのかもしれない。

 

「ぇ、あ……」

 

「大丈夫ですか」

 

「あ、あの、すいません、あなたの、ランクって……?」

 

恐る恐る、といった様子で聞いてきた男に、俺は少しドヤ顔で駆逐官手帳を見せつけた。

【Bランク】という表記を見た瞬間に男の顔が青ざめるのが分かる。

なんか水戸黄門みたいで気分が良いな。

 

「っべー、まじっべー……! C以上とか初めて見た……!」

 

「あの、通っても良いですか……?」

 

「ど、どうぞどうぞ! ごめんなさい!」

 

三人組はビビりながら道を開けてくれた。

なんだこの強キャラムーブ。楽し過ぎるだろ。権力に溺れそうだぜ。

これからは、面倒な事が起こる度にこれをチラつかせても良いかも知れない。

 

「なんか、やり口がなろう系主人公みたいだね」

 

「うるさいぞ」

 

「あぅっ……」


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