【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……朝、か」
街に行った次の日。
レースのカーテンから差し込む朝日で、俺は目を覚ました
無意識に開いていた
「よっ……と?」
ベッドに手を突いて立ち上がろうとしてーー手にひんやりした、柔らかいすべすべの物体が触れるのを感じる。
不思議に思いながらそちらを見ると、そこには俺の布団に入り込んで規則的な寝息を立てるスティルシアの姿があった。
……また俺のベッドに入ってきたのか。最近は良くある事だ。
何故こんな事をするのかと問い詰めたら、バツの悪そうな顔で『君に出来るだけ長く私を見ていて欲しいから』なんて意味不明な事を
「人懐っこい犬かっての……おーい、起きろ」
「ん、ゆぅ……?」
ぺちぺちと頬を叩いて目を覚まさせる。
長い睫毛を携えた瞼がゆっくりと開き、深紅の瞳が露出した。
「■■■■……?」
「なに寝ぼけてんだ」
日中の天真爛漫さとは裏腹に、起きたばかりのスティルシアは毎朝ガラス玉みたいに冷たく無感情な目で俺を見てくる。まるで我を忘れたように。
相当寝起きが悪いのだろうか。
「……■ーー■■■ーー■」
「ほら、俺だってば」
困惑した様子で辺りを見回してから、スティルシアはやっと俺の目を見た。
深紅の瞳に俺の像が反射し瞳孔がきゅっと小さくなる。
初めて出合った時に、記憶を読んできたのと同じような仕草。
「■■、■■……ぁあ、ぁ、君か」
「俺以外に誰が居るんだよ……ったく、このくだり毎朝やるのか? 朝飯作るから、早くベッド出ろよ」
「あはは……ごめん、ね」
歯切れの悪い語調でにへらと笑うスティルシアを視界の端で捉えたまま、俺はキッチンへと歩いていく。
後ろからぺたぺたと、フローリングの床を裸足が踏みしめる音が着いてくるのが聞こえた。
「……術式装填、"カーネリアン"」
包丁を握り、刃に深紅の葉脈を走らせて消毒する。前から練習していた炎属性の術式装填、"カーネリアン"だ。
蛇口を捻りそれに水を当てると、熱した鉄を急激に冷やした時特有の『ジュウゥゥゥ!』という音が発せられる。
「よし」
昨日みっちり練習したお陰で、前まで使えなかった"カーネリアン"は安定して発動させられるようになった。流石に水の"アイオライト"よりは出力が劣るけど。
「……"ブレーナイト"」
"カーネリアン"を解除してから、俺は小さくそう呟いた。
赤色に代わって今度は緑色の管が走りはじめるーー昨日教わった、風属性の術式装填だ。
俺を中心にしてキッチンをそよ風が吹き
それが少しずつ勢いを増していき、ちょっとした暴風と呼べるぐらいにまでなった時ーー俺は数メートル先にあるキッチンペーパーを見据えて、虚空を横に
スパンッ、と。
包丁に掠ってさえいないキッチンペーパーが風の刃によって切断された。
そして吹き抜ける風の方向を指先で操作して、キッチンペーパーの切れ端を俺の手元まで運ぶ。
風に乗ってふわりとやってくる紙をキャッチし、俺は満足気に頷いた。
風魔術を利用した飛ぶ斬撃ーー自然現象で言う、かまいたちを意図的に引き起こす技だ。
本来は室内で気軽に使うようなモンじゃないけど、こういうのは言語とかと同じで日常に組み込んだ方が上達が速い。
だからこうして普通に料理をする時もあえて術式装填を使うようにしてる。目指すはハリー・ポッターの世界だ。
「曲芸師みたいな事するねぇ……魔力操作の精密さだけなら、もう私よりも上なんじゃないかな」
「そんなんで良いのか? 精霊王さま」
「その名前出すのやめてくれないかな……っ!? なんか、聞き覚えも無いのに胸がゾワゾワするんだ……」
俺が冗談めかして言うと、スティルシアはげんなりした顔でそう返してきた。
……なんか本気で嫌そうだから、このネタでいじるのはやめとくか。
「あ、そうだ。朝は何食べたい?」
「君が美味しいと思うものが食べてみたいな……きっとそれは今日も、私の覚えてる食べ物の中で一番おいしいものだから」
「なんだよそれ……」
■
【昨日、前回と前々回の"黒いオーロラ"爆心地である成層圏から、異常な量のエネルギーが観測されました。怪物たちによる被害は未だ各地で続いていますが、専門家からは第三波が来るのではないかとの推測もーー】
「……きっと、もうすぐ上位モンスターがやってくるよ。既に少し時空が揺らいでる」
ソファに座ってテレビを見ながら、スティルシアは静かにそう言った。
……いよいよ、か。覚悟はしていたが、いざ来るとなると恐ろしいな。
あのスティルシアをして『全ては狩れない』と言わしめる
「お前の世界では、上位モンスターにはどうやって対抗してたんだ?」
「うーん……少なくとも、ちょっと前までは災害と同じような超越者として扱われてたよ。意思を持ったハリケーンや津波と同じ、誰も戦おうなんて考えなかった……けど」
綺麗な顔立ちを歪めて、スティルシアは言葉を続ける。
「……百年ぐらい前に、私の世界に"勇者"が現れたんだ。それから先の事は良く覚えてない」
「勇者……?」
「本当はもっともっと複雑な名称があるんだけどね……この世界の言葉に当てはめるなら間違いなく、"人類を救う勇者"だよ」
スティルシアはパッと手を広げて、
「正義の化身みたいな男でね。恐ろしく強くて、おぞましく正しい。奴と奴の仲間は、僅か七日で地表から上位も含めてモンスターを一掃した」
忌々しそうな顔で、スティルシアは氷像を握り潰した。
煌めく氷の破片がぱらぱらと床に落ちて霧散する。
「……"モンスター"は、私の世界では星に組み込まれた普遍的なシステムの一つだった。ただ人類に不都合というだけで……それを他の世界に流しなんてしたら、不具合が起こるに決まってる」
確かに……地球で最も人間を殺している生き物は『蚊』だが、それを絶滅させてしまえば川が濁ってそこに住む生物も死滅すると聞いた事がある。
一見有害な存在でも、全体的に見れば重大な自浄作用であったりするのだ。
「だから
湯飲みに入ったお茶をすすり、目を細めながらスティルシアが言った。
……それで、世界から追放なんてされたのか。
エリミネーターは手に負えない罪人と言っていたが、全ての者がそういうわけではないらしい。
「魔王ねぇ……どこの世界に、寝そべってポテチ食べながらツイッター荒らしてる魔王がいるんだよ」
「ついったーで遊ぶと履歴が残るから良いんだよね……それと言葉を返すようだけど、同居してる美少女に手を出さずに夜な夜な熟女モノのAVでお楽しみの君もかなりアレだと思うよ」
「自分で自分を美少女とか言って恥ずかしくないのお前」
「うぅ、恥ずかしいよぉ……」
「俺はお前が怖いよ」
それから、スティルシアはクッションに顔をうずめて『二度寝しよっかなぁ……』と欠伸混じりに呟いた。
くふぁぁぁ……と猫みたいに体を伸ばし、目を閉じてーー
「……ぁ」
「どうした?」
「来る……」
ーー弾かれたみたいに、ソファから勢い良く立ち上がった。
……『来る』? 何が?
俺は、その疑問をスティルシアにぶつけようとしてーー
「……なんだ、あれ」
ひらめくカーテンの隙間から見えた空には、
そこには、先程までの青々とした夏空の姿は無く。
『緊急警報、緊急警報』
けたましいサイレンと共に、テレビとスマホがほぼ同時に鳴り響いた。
咄嗟にテレビの画面に振り向く。
「……は、ぁ?」
ーーそして、そこに映っていた情報を見て。
俺の口から、勝手に呆けた声が漏れた。
『み、未知生命体の攻撃により……っ! イギリス領、ブリテン島が、消滅、しましたっ……!? ほ、他にも、幾つもの国家が苛烈な攻撃をーー』
ーーなんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
現実を受け入れられない。頭がぐわんぐわんする。
無数の疑問符に埋め尽くされた脳味噌が、オーバーヒートしそうになる。
「っ……
「ーー!?」
いつになく焦った様子のスティルシアが、家の天井ーーいや、その遥か先……恐らくは"天"に向けて右手を突き出しながらそうさけんだ。
「▲◆▲◆▲◆▲◆▲!!!!」
「ぐっ、ぅ……!」
外からガラスの割れるような音が聞こえると共に、形容しがたいナニカの咆哮が聞こえてきた。
窓から顔を出してその発生源を探る。
そしてーーソレは、すぐに見つけられた。
サイズは、空を覆う程。縦にも横にも軽く一キロはあるだろう。
さっきの黒い波紋に代わって太陽を隠していたのは、"巨大なピエロの生首"だった。
白い皮膚に施された左右で表情の違うメイクはそうとしか表現できない。
真っ赤な唇から露出する鋭い牙で、自分の落下を阻止する半透明の壁を食い破ろうとしている。
「
透明な防壁とピエロを挟み込むようにして、生首の頭上に巨大な黄色の魔方陣が発生した。
そこから発せられた直視不能なまでに
「◆▲◆▲◆▲◆▲!!??」
反撃されるのは予想外だったのか、ピエロは驚愕に表情を歪めながらこちらを見てくる。
そしてーー自分へ掌を向けるスティルシアを見つけると、今度は心底怯えた様子になって遠くの空へプカプカと逃げていった。
ーーまるで隕石だ。規模がおかしいだろ。
「ふーっ……ふーっ……!」
「やっ……べぇ、な」
ぜぇはぁと肩で息をしながら、スティルシアは無言でパチンと指を鳴らした。
すると家の周囲に、先程のバリアが何重にも展開される。
そして、けほけほ咳き込みながら床に膝を着いた。
「っ、大丈夫か!?」
「……だいじょぶ、だよ。ちょっぴり、疲れただけだから」
急いでコップに水を汲み、スティルシアの唇に押し当てる。
コクコクと震える細い首筋を確認しながら、少し安心してー一机の上から聞こえる、恐ろしくうるさいサイレンに耳をつんざかれた
「……モンスター図鑑が鳴ってる」
音の元凶は、政府から支給された例の端末だった。
嫌な予感がしながらも、恐る恐る手に取って。
そして案の定、後悔した。
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【脅威ランクS+『ドリーマー』】
【脅威ランクS『モードレッド』】…………
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『指定された位置情報の近くに居る駆逐官は、急いで向かってください』
そんな無機質な機械音声と共に、プツリと信号は止んだ。
しかし、それからすぐにまた別の番号から通信が来る。今度は通話だ。
「……はい」
「っ……"熾天狩り"!? 無事だったんですね!? 良かった、すぐに来てください! あなたの力が必要なんです!」
「……ごめんなさい」
「ああっ!? ちょっ……! 一部の上位ランカー以外誰も来てくれないんです、このままではーー」
プツン。
端末の通話を切り、コトリと机に置いた。
数秒と経たずに再度着信が来るが、顔をしかめながら無視する。
……こんなの無理だ。あんな化け物の巣窟に行くなんて殆ど自殺行為だろう。
『この星の人類はもう駄目かもね』
スティルシアの言葉に、やっと合点がいった気がした。