【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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二十一話『灰園の大賢者』

ーーピクリ、と。失ったはずの指先が震える感覚。

力の入らない体に少しずつ五感が帰ってくるのが分かった。

 

背中の触覚で自分がアスファルトに横たえている事を察し。

皮膚の痛覚で自分の体に刻まれた重症を知り。

舌の味覚で(おびただ)しい量の流血を味わい。

耳の聴覚で周囲にモンスターが居ない事を分析し。

 

「ぁ"、あ」

 

そして最後にーー重たい瞼を持ち上げて、瓦礫の山に縁取られた灰色の空を見た。

 

「はっは、は。、なん"、で、生き、げほっ、げほっ!」

 

異常に渇いた喉から、しわがれた声が出る。

……なんで、生きてんだ俺。

胴体吹っ飛ばされて、四肢をちぎり取られて、それでも死んでない。

思わず笑いが込み上げてくる。どうやら俺は、俺が知らない内に奴らに負けず劣らずの化け物になっていたらしい。

 

「ふ、ぅ」

 

崩れかけたビルの外壁に寄りかかり、よろけながら立ち上がる。

割れたガラスの破片に映る俺の姿は、全身が深紅の結晶に包まれた怪物のようになっていた。

 

……流れた血が皮膚で凝固して、結晶化してる。

武器を失ったがこれなら戦えそうだ。

むしろ、"飽和"した血液の能力を最大限に活かすならこの状態が一番かもしれない。

 

「じゅつしき、そうてん」

 

ーー水魔術(アイオライト)

試しにそう呟きながら右腕に力を込めると、真っ赤な腕に青い葉脈が走った。

 

……術式装填に金属を使うのは、金属の魔力伝導性が高いからだと前に聞いた。

なら多量の魔力が溶けた俺の血液であれば発動できるのでは、と思って試したが……成功だ。

 

「……行かなきゃ」

 

先ほどまでスティルシアの戦闘音が聞こえていた方面からは、もう何も聞こえない。

俺がどれだけ眠っていたかにもよるがーー既に、手遅れになってしまっている可能性もある。

霞んで見えにくい目を擦りながら、俺は走り出した。

 

 

「……ほぼ、更地じゃねぇか」

 

先程まで轟音の聞こえていた方向に走って数分。辿り着いた場所の景色は凄惨なものだった。

 

右を見ればマンションよりも巨大な氷岩が(そび)えているが、左を見れば青い炎が一面を覆っている。そしてそれをかき混ぜるみたいに暴風が吹き荒れる。

まるで自然現象同士が意思を持って戦っているかのような光景。

先日まで無事だったビルやマンションも綺麗に無くなっている。

 

そして極めつけにーー辺り一面に雪の如く降り積もる、サラサラとした灰色の粉末。

……なんだこれ。そう思って手で(すく)って見ると、下から錆び付いた銅色の棒が顔を出した。

 

「鉄骨、か……?」

 

灰の砂場を手探りで掘り返すと、中から幾つも見慣れた物体が出てきた。

ボロボロのスーツ、崩れかけの液晶パソコン、ベコベコのロッカー……まるで、オフィスにある物みたいだ。

 

不思議に重いながらも立ち上がり、歩き出そうとしてーー踏み出した足が、パキリと何かを踏み潰した。

そして反射的に足元を見て、そこに落ちていたモノに絶句する。

 

ーー人骨(どくろ)

 

俺が踏んでしまった事で割れてしまったであろう後頭部を灰から露出させたそれは、間違いなく人間の頭蓋骨だった。

急いで掘り返すと、その周囲から無数の人骨が出てくる。

ほとんど破損は無い。まるで生きたまま一瞬で肉だけを削ぎ落とされたみたいに。

 

体勢も様々だ。デスクに座ってパソコンを打っていたような格好の人骨や、何かを運んでいるみたいに両腕を前に出した状態の人骨。

 

俺の頬を汗が伝う。

……この、辺り一面の灰。その中に埋もれた奇怪な物体や人骨たち。まるでSF映画などで見る世紀末の地球みたいだ。異様なまでに風化している。

いやそもそも、これは灰なのか? 粉末上になってはいるが……

まさかーー

 

「……あれ、は?」

 

その時、俺は(かす)んだ視界の端で気になるものを捉えた。

……人だ。二人いる。赤みがかった茶髪の男と白髪の少女。男は地に膝を着く少女の顎を持ち上げて、ニタニタしながら腰を曲げてその顔を覗き込んでいる。

 

俺は嫌な胸騒ぎを覚えた。

過剰な再生の副作用かピントの合ってくれない目をクシクシ擦り、再度そちらを見てーー

 

「スティル、シア……!?」

 

ーー二人組の片割れは、間違いなくスティルシアだった。

良く見ればもう片方の男はテレビに写っていたアイツだ。

 

焦燥に突き動かされるようにして走る。

近づくにつれて、スティルシアが血まみれな事と、男から放たれる規格外の魔力に気がついた。

 

スティルシアの仲間じゃなかったのか……!?

状況が良くわからない、分からないがーーこいつがこの惨状を作り上げ、スティルシアを傷付けたのは確実だ。

ランクSの『爛れ古龍』を一蹴してた時点でそれだけの力があることは分かる。

 

「術式装填……! 」

 

「んん……? 周辺の時間軸を500エギスほどズラしたはずだが、まだ生き残りが居たのか」

 

走りながら、両腕にこびりついた血結晶に魔力を通す。水魔術(アイオライト)風魔術(ブレーナイト)

俺の足音に気づいて振り向いた男は、困惑したような、変な生き物を見るような目で俺を見た。

 

「"渦潮(ウズシオ)"!」

 

両腕から発生した巨大な水刃の竜巻が、地面の灰を大量に巻き上げながら男へと向かう。複合魔術……今の俺が捻り出せる最高火力。

ーーが、こいつは俺などより遥かに格上。ロクに通用しないであろう事はハナから分かっている。

あくまで目的は目眩ましだ。

 

「んー……?」

 

超遠距離から"爛れ古龍"を葬ったあの光柱。あれを撃たれたら俺は確実に死ぬ。

右腕を刃に変形させ、巻き上がった灰に隠れるように身を低くして疾走する。

 

「なんだよコレ……魔術式は稚拙だし出力もゴミだ。先生が傾倒する世界だからと少しは期待したが、所詮は下等世界か」

 

"ウズシオ"は奴の、虫を払いのけるような動作によって掻き消された。が、直後に男は顔をしかめる。

消滅させた竜巻の向こう側から、片腕を刃に変形させた俺が走ってきていたからだろう。

 

「らァアァ"アァ"ァ"ァア"アァァッッッ!!!」

 

「あっそ。■■■■■(ドミネーション)

 

刃が男へ突き刺さる直前でーー俺の腕は、男を守るようにして現れた黒球によって呑み込まれた。

 

「っう!?」

 

咄嗟に引き抜くが、肩が根本から消滅している。……スティルシアと同じ魔法だ。

俺は激痛に表情を歪めながらバックステップで距離を取る。傷口からメキャメキャと結晶が生えてきて腕を再生した。

男はそれを見て僅かに目を細める。

 

「ふーっ、ふーっ……!」

 

「おぉ、まあまあ治りが速いねぇ……少し興が乗ってきた。魔力の残りは二割程度だが……まぁいい、遊んでやるよ劣等民族」

 

男がそう言うと同時、その背後に三つの魔方陣が浮かび上がった。

ーー来るか。

"ミラージュカットアッパー"と違い、攻撃の動作が分かりやすい分対処はしやすいだろう。

意識を集中し、荒れた呼吸を整える。

 

「さぁ消し飛べ」

 

「ーーー」

 

魔方陣から打ち出されたのは燃え盛る炎球と眩い雷、そしてバスケットボール大の石塊。

パンッ、と空気の弾ける音と共に飛来してくるそれぞれが、人体の急所である頭、胸、腹部を正確に狙っていた。

恐ろしく速く鋭い攻撃ーーだが。

 

「……おっ?」

 

迫る炎を水魔術(アイオライト)で相殺し、雷を土魔術(オーロベルディ)で作成した土壁で防ぐ。

土壁を貫通してきた石の弾丸は、軌道に拳を合わせて打ち砕く。拳も無事ではすまなかったが、即座に再生した。

 

「今のに反応するか。どうやら、君への評価を改めなければならないらしい」

 

ーー見える。

イフリート、次元梟、カットアッパー。格上との連戦に次ぐ連戦によって、俺の神経は極限まで研ぎ澄まされていた。

意識しなくても五体が想像した通りに動く、状況に応じた魔術を的確かつ迅速に手足の如く扱える。

 

幾度と無く(くぐ)り抜けた死線の数々から得た膨大な経験則から導き出される"最善動作"と、その動作を実現出来る身体スペック。

今までに培った全ての技術と能力が、俺の命をこの場に繋ぎ止めていた。

 

「……スティルシア」

 

男の背後で倒れたスティルシアは、意識を失っているのかピクリとも動かない。浅く胸が上下しているから生きているのは分かる。

 

……スティルシアを担いでこいつから逃げるのが理想だがーーどう考えても無理だ。ここまでの広範囲を灰に変える攻撃を持つ相手に生半可な逃走など無意味。

 

「飽和した血液に頼ったブチカマシしか出来ないのかと思ったが……君の真価はその応用力と戦闘センスだな。うん、伸び代も悪くない。磨けば"剣聖"にさえ迫るだろう」

 

俺が思考を巡らせていると、パチパチと拍手しながら男が歩み寄ってくる。

警戒して身構えると男は『待て待て、話を聞きたまえ』と右手で俺を制した。

 

「僕は、この惑星の王になろうと思っている」

 

「……は?」

 

予想外の発言に、思わずポカンとする。

 

「王が僕で、(きさき)は先生……となれば、後は優秀な近衛兵が必要だろう」

 

ニタニタと笑い、爪を噛んで指先を唾でべちょべちょにしながら、それがあたかも正論であるかのように男は言った。

 

「何を、言って……」

 

「はぁ? 分かんないのかい? これだから劣等民族は……ッチ、まあいいや。部下は馬鹿な方が可愛いものだ」

 

『君にも分かりやすく言おう!』と言って、男は空へ腕を掲げた。

それから手を握りしめ、天を掴むようなジェスチャーをする。ギラギラ輝く瞳が、曇り空を映して銀色に染まった。

 

「ーーこの星の生き物みぃんな殺すけど、君と……あと僕の気に入る奴が居たら生かしといてやるよ」

 

上手く言葉が噛み砕けない、言語は分かるのに内容が支離滅裂過ぎて意味不明だ。

いつの間にか目の前まで来ていた男は、俺に手を差し出してくる。

 

「僕は"大賢者"! 魔導を極めし者にして、元勇者一党(パーティ)の主砲! さぁ……共にこの星を制そうじゃないか!」

 

握手を求めているのか、男……いや"大賢者"はずいっと手を近付けた。

……俺は、その手を取る。

 

「……素晴らしいです。貴方様にお声を掛けて頂けるなんて俺も光栄です」

 

「おぉ! (わきま)えてるじゃないか!」

 

地に膝を突き、可能な限り奴の(ふところ)に近付く。

そして、もう片方の手も大賢者の体に触れさせーー

 

「ーーアイオライト」

 

「ヌ"ぐっ、がぁァ"あァぁ"ッッ"ッ!?!?」

 

触れた素肌に無理やり青い葉脈を通し、腕の半ばまで侵食した所で発動させる。

大賢者の前腕がボコリと膨張し、皮膚を食い破るようにして大量の水が流れ出た。

 

「ひっ、ひいっ!? う、わぁぁぁぁぁっっっ!? うでっ、ぼくのうでがぁっ!? 痛い" いだぁい! いだいよぉぉぉぉぉっっ! ひぐむ"ぅぅ"ぅ"ぅ"っ……!」

 

「ざまあ、みやがれ……」

 

弾け飛んだ腕から噴水のように吹き出る鮮血を見て泣きわめく大賢者に、少しだけ溜飲が下がる。

 

「ひぃっ、はふぃっ!? ぁハッ、はぁ、はぁっ! 殺すッ、殺すゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

「やってみろよ……!」

 

大賢者は残った腕で背中の巨杖を引き抜き、俺へその先端を向ける。

そして、それが光ったと思った瞬間ーー

 

「ぁ」

 

ーー『少しでも上に跳べ』と本能が告げた。それに従い全力で跳躍。

それからコンマ一秒後、俺の足元を光の螺旋が通り過ぎる。

灰の海を割り、見渡す限りの地平まで届き、あまりの熱量に周囲が陽炎に歪む。

 

俺を追尾するようにして空中に向かってきた光線に横腹を消し飛ばされる。内蔵が炭化してサラサラと崩れ落ちた。傷口が焦げて血も流れない。

光速で天空まで到達した光線は雲を割り、その先にあった夜空へと突き抜けていく。

 

「はぁっ、へハぁッ! クソがぁっ! 外した!」

 

「っ……! カーネリーー」

 

「遅いんだよバカがァっ! ■■■■(身体強化)!」

 

腹の傷のせいでモタつきながら、大賢者に攻撃をしようとする。

しかし、異常に素早い動作で背後に回り込まれた。

超至近距離で向けられた杖に、脳裏を明確な『死』が(よぎ)る。

まずーー

 

「バがぁっ!?」

 

ーーが、それは大賢者の体を横殴りするようにして飛来した蒼い炎の球体によって遮られた。

 

「……やっと、見付けた」

 

同時に聞こえた恐ろしく冷たい声。

蒼火球が飛んできた方向を見て、俺は言葉を失う。

 

「……感謝するぞ"大賢者"。よくぞノコノコとこちらの世界に来てくれた」

 

そこに立っていたのは、ボロボロの騎士。

煤けた大剣を肩に乗せて、甲冑から覗く鋭い目を赤く光らせーー

 

「これでやっと、貴様を殺せる」

 

ーー憤怒に燃えるエリミネーターが、そこには立っていた。

 

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