【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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二十五話『たとえ、そこに君が居なくても』

「ぁ、あ……?」

 

ビッ、ピッ、ピッ、という誰かの命を刻む電子音。

急速に浮上する意識が(まぶた)をこじ開け、俺の視界に光を差し込ませる。

真っ白な天井が目に入り、ここが病院である事と自分がベッドに寝かされている事を理解した。

 

「目を覚ましましたか。熾天狩り」

 

「……?」

 

ふと横から聞こえてきた声、疑問に思いながらそちらを見れば、そこにはスーツ姿の小柄な女性がビジネスバックを膝に乗せて座りながら俺を見つめていた。

 

「誰、ですか……それに、どうして俺は病院なんかに……」

 

「記憶が混濁しているようですね……いいですか? ここは負傷した駆逐官用の病棟です」

 

「駆逐官……」

 

「はい。あなたは数日前、異界生命体との戦闘後に恐慌状態に陥りそこに居合わせた"第二位"に襲い掛かりました。彼はそんなあなたをやむなく気絶させ……この状況に至ります」

 

異界生命体との、戦闘……?

ぼんやりした頭に少しずつ記憶が戻ってくる。

……そうだ、俺は大賢者と戦って、なんとか倒して。それでーー

 

ーースティルシアは、どうなった?

 

「っ、あ、あの! 俺の近くに倒れてたスティ……えっと、重症の、中学生ぐらいの白髪の女の子! っどうなりましたか!?」

 

「……? いえ、そんな情報は報告書にありませんでしたが」

 

「そんなわけーーいっ、づ……!?」

 

俺はベッドから立ち上がろうとしてーー右目に、激痛が走った。

思わず目を押さえながら座り込む。触ってみると、俺の右目の辺りにはどうやらガーゼみたいな物が付けられているらしかった。

 

「なんだ、これ……!?」

 

「"第二位"があなたを鎮圧する際、右目を潰してしまったそうで……ですが、あなたのような強力な駆逐官の戦力が減衰するのは人類の多大な損失です。それを危惧した上の指示で"移植"されました」

 

いしょく……? どういう、事だ。

俺はスーツの女性から渡された手鏡を受け取り、目のガーゼに手を掛ける。

そしてガーゼを剥がすと、そこにあったのはーー

 

「っーー!?」

 

「"精霊王の義眼"……彼は、そう呼んでいました。膨大な量の未知エネルギーを含有した特級の駆逐兵装です。所有権は当然あの異界生命を倒したあなたにあります。」

 

ーースティルシアの、目だ。

鏡に写る俺は右目だけ赤くなっており、驚愕の表情を浮かべている。

 

頭が、真っ白になる。

……恐らく大賢者の死体から回収され、その能力に目を着けた奴らが俺に移植したのだろう。

 

「……あぁ」

 

「あなたに無断で手術を決行してしまい申し訳ありません……ですが、視力に問題は無い筈です。特別手当ても降りるのでどうかーー」

 

「いや、そういうのじゃ、なくて……いや、なんでもないです」

 

「……そうですか。では、これから検査をして異常がなければ今日にでも退院できますので。……それと」

 

スーツの女性は立ち上がり、真っ直ぐ俺を見据えて口を開く。

 

「何故かは知りませんが、私たちの召集に応じて下さりありがとうございました。……貴方が戦ったお陰で救われた命が多くあります。"次元梟"の現場にいた親子が、あなたのお陰で逃げられたそうですよ」

 

「……そっすか」

 

「えぇ、それだけは伝えたくて。ではまた」

 

頭を抱えて項垂(うなだ)れる俺にぺこりと頭を下げ、スーツの女性は病室から出ていった。

それを確認してから、俺は小さく呟く。

 

「スティル、シア……」

 

完全に思い出した。

スティルシアは大賢者との戦闘で致命傷を負いーー恐らくは、あの槍使い……"第二位"とやらにとどめを刺されて命を落とした。

それを自覚した途端、胸が潰れるような喪失感が襲い掛かってくる。

 

「ごめん……っ!」

 

ーーあんなに近くに居たのに、守れなかった。

あの怪我じゃ死は(まぬが)れなかったとしても、あいつの最後を少しでも安らかなものにする事は出来た筈だった

 

「……携帯?」

 

俺が頭を抱えていると、ベッドの横から『プルルルル』という何かのアラームが聞こえてきた。

そちらを向くと、テーブルの上にあるモンスター図鑑が震えている。

俺は気だるげにそれを手に取り、開いた。

 

【SSランク"白夜"の討伐により、貴方の駆逐官ランキングは日本総合七位から日本総合四位へと上がりました】

【その功績に伴い、ランクBからAへの格上げが認められました】

【貴方の銀行口座に"白夜"の討伐、"次元梟"の討伐協力の報酬として日本円800,000,000の振込が行われました。ご確認下さい】

 

「……」

 

無機質な声と共に液晶に並ぶ桁外れの報酬が俺の目に入るが、全く喜べない。

俺は端末を乱暴にベッドへ投げ捨てながら、目を閉じた。

 

 

 

それから医者に『健康体』と診断を受けた俺は退院が許可され、一人で街を歩いていた。

 

俺が眠っている間に世界はかなり変わっていた。

まず日本は、北海道と対馬が上位モンスターの襲来に耐え切れず壊滅。連絡も取れず内部の状況は分からないらしい。

 

沖縄は駐在していた米軍の奮戦によりなんとかモンスターを退けたらしいがーー未だに厳しい状況は続いている。

 

それから……東京が、機能停止した。人口が多い分モンスターも大量に襲来したのだろう。当時そこにいた人間の七割が死んだらしい。今はモンスターの巣窟と化している。

 

今は擬似的ではあるが、異様なまでに被害が少ないこの街が日本の首都的な役割を果たしている。未知生命体対策本部……つまり駆逐官の大元もこの街に置かれた。

そのお陰で猛スピードで復興が進み、今は多少以前の面影を取り戻している。

 

……そして。

 

「アメリカが、"閉塞"……?」

 

アメリカ大陸は、とあるモンスターによって作られた防壁に囲まれ完全に外部からは様子が確認できないらしい。

 

世界は大混乱。主だった輸出国が滅べば資源の問題も起こるーーかと思われたが、資源的な事は皮肉にも人口の大幅な減少により殆ど問題にならなかった。

 

なにはともあれ、あんな事があったが人類はしぶとく生き残っている。地球の生態系の頂点は伊達ではない。

 

「おいっ! モンスターが出たぞ、駆逐官を呼べ! 最低C以上だ! 速く!」

 

「……?」

 

俺がベンチに座ってネットニュースを見ていると、切羽詰まった人々の悲鳴が聞こえた。

顔を上げてそちらへ視線を移すと、車道の中心で巨大なサソリが暴れ回っている。

 

「今も街にモンスターは沸くんだな……っと」

 

俺はほんの少し指先を犬歯で噛んで血を出した。

青い葉脈を通したそれを、手首のスナップで遠くのサソリの体表に飛沫させる、

 

ーー遠隔起動、"アイオライト"

 

「うぉあぁぁっ!? なんだ!?」「急に水が出てきて破裂したぞ!」「誰がやった!?」「とにかく、助かった……!」

 

「ふぅ……」

 

俺は、十数メートル先で爆散したサソリを見て溜め息を吐く。

魔核の回収は……まあ良いか。どうせCランク程度だ。

 

巨大サソリの死骸を中心にして騒ぐ人々を尻目に、俺は再びスマホに目を落とそうとしてーー

 

ーー視界の端、走って路地裏に消えていく白髪の少女を見た気がした。

 

「っ!?」

 

反射的に立ち上がり、目を見開く。

ーースティルシア? いや、そんな筈は無い。あいつは……死んだ筈だ。死んでしまったんだ。

そう自分に言い聞かせても、高鳴る心臓がうるさい。

 

「……見間違いだったら、引き返せば良い」

 

俺はダッシュで白髪の少女が消えていった路地裏へと入っていく。

白髪の少女は、十数メートル先を走っていた。そこまで速くない。俺の足なら一瞬で追い付ける。

 

ーーあの後ろ姿、間違いなくスティルシアだ。

言葉に表せない感動が胸を満たしていき、それを原動力にして白髪の少女への距離を詰める。

 

「っ、おい! スティルシア!?」

 

背後からスティルシアの肩を掴み、振り向かせる。

ーー尖った耳、大きな赤い瞳、整った目鼻立ち。

間違いない、間違いない、間違いない!

俺は崩壊しそうになる涙腺を抑えながら、地面に膝をついた。

 

「生きて、たんだな……!?」

 

「……」

 

スティルシアは、そんな俺を見てにこっと笑った。

それは、俺の記憶の中にあるそれと全く同じもので。

優しげな()()()、俺を写しーー

 

「ーーぁ、は、ぇ……?」

 

「〓〓〓〓〓!!!」

 

ーーずぶり、と俺の腹部に何かが突き刺さる感覚。

困惑しながら腹へ目を落とすと、スティルシアの手がドス黒い触手に変形して俺を貫いていた。

 

「……あぁ、そういう、事かよ」

 

無貌の影(ドッペルゲンガー)。以前、俺の祖母に化けて家の前に居たモンスターだ。スティルシアは『対象の最も大切な人に化ける怪物』と言っていた。

 

熱を帯びていた心が、急速に冷え切っていくのを感じる。

 

「〓〓〓〓〓〓〓……?」

 

当のドッペルゲンガーは、血が結晶化して俺の腹に突き刺した触手が抜けない事を不思議に思っている様子だった。

 

邪悪な感情に歪められたスティルシアの顔を見て、自分の中で何かが音を立てて切れるのが分かる。

 

「……おい」

 

「〓〓〓〓〓〓!?」

 

触手に腹を貫かれたまま、俺はドッペルゲンガーの頭を片手で掴んで持ち上げた。

 

「どうやって、死にたい」

 

「〓〓〓〓〓〓〓〓!!!」

 

俺の言葉を理解する筈もなく、ドッペルゲンガーはがむしゃらに暴れて俺の拘束を解こうとする。

……何やってるんだ俺は。こんな奴、さっさと殺した方が良いに決まってる。スティルシアの顔だから戸惑っているのか?

 

「……あほらし」

 

俺は足元に落ちていたネジに"炎魔術(カーネリアン)"を遠し、ドッペルゲンガーへ向ける。

恐怖に歪んだ顔のドッペルゲンガーに、それを打ち出すーー

 

 

 

「ーー■■■(ドミネーション)

 

 

 

「……へっ」

 

ーー突如として後方から飛んできた漆黒の球体によって、ドッペルゲンガーの頭部が消し飛んだ。

 

「やれやれ……災難だね、君も私も。そいつはドッペルゲンガーといって、対象のーーってあれ、このドッペルゲンガーの姿……もしかして君は私を知っているのかい?」

 

ーーその、右目に白いガーゼを着けた少女は、いつの日かのように玲瓏(れいろう)な声で俺にそう言った。

 

「スティル、シア……? 本物……!?」

 

「あぁ、やはり知っているのか。だけどすまないね。何故か右目が無いせいで、言語の読み取りだけで精一杯なんだ……いつもなら記憶を読んで君が誰か思い出す所なんだがーーわふっ!?」

 

「良かった、良かった! 良かった……!」

 

スティルシアを抱き締め、何度も心の底から『良かった』を繰り返す。

スティルシアは俺の腕の中で居心地が悪そうに身じろぎしていたが、逃れられないと悟ったのか不本意そうに収まった。

 

「いや、あの。私は君の名前すら知らないんだけど。そもそも今は変な奴に追われていて……とにかくっ、あんまり抱きしめないで欲しいな! 胸も贅肉もあんまり無くて抱き心地良くないと思うんだけどっ」

 

「ぁ、ああ、そうか、そうだよな。ごめん……」

 

「ったく……こんな奴を抱き締めて何が楽しいんだか……」

 

ブツブツ文句を言いながら、スティルシアは俺から離れて壁に寄りかかってしまった。

 

……こいつには、無いんだ。俺と過ごした記憶が。そもそもなぜ生きているんだ。

"第二位"に胸を貫かれてーーいや、そうじゃなくても死んでしまっていた筈だ。

それとも奴が何かしたのだろうか。

 

「……あの。一つ聞きたいんだけどさ……ここは、どこだい? 私は昨日までもっと平坦で殺風景な場所に住んでいたんだけれど」

 

「どこって……街だろ」

 

「ま、街っ!? ここがかい!? 神の帝国とかじゃなくて!?」

 

「神の帝国にモンスターが居たら信徒は泣くだろ」

 

どことなく頓珍漢(とんちんかん)なこいつとのやり取りが、堪らなく懐かしく、楽しい。

にやにやしている俺を変な生き物を見るような目で見てくるスティルシアに、更ににやにやしてしまう。

そんな俺に諦めたような溜め息を吐いて、スティルシアは口を開く。

 

「とにかく……君の名前を教えてくれないかな。うぅんめんどくさいなぁ、普段なら目を見るだけで一発なのに……」

 

「いや大丈夫だよ。……思えば、お前に直接名乗った事は無かったし」

 

俺はスティルシアの前に立ち、深呼吸した。

 

「……はじめましてだな、スティルシア」

 

「なにさ急に改まって。……いや、君とは初対面か。なんか変な気持ちだ」

 

妙にこそばゆい気持ちになりながら、口を開く。

 

「ーー俺の名前は(みなと) (なぎさ)! お前と……その、仲が良かった人間だ!」

 

「ふーん……見た感じ学生っぽいし、なんか弱そうだねナギサ」

 

「ちなみにお金持ちだ」

 

「ナギサさんと呼ばせて頂くね!」

 

「手の平クルックルじゃねぇかお前」

 

何気ない会話をしながら、俺は目尻に溜まった涙を拭き取って笑う。

ーー本当に、良かった。

 

「……おい、熾天狩り。そいつを寄越せ」

 

その時、どこからか男の声が聞こえた。

その方向を見ると、そこには民家の屋根の上に腰かける漆黒の巨槍を担いだ眼帯を男の姿があった。

 

「……第二位」

 

「あっ! ねぇ、あいつだよ! 私の事追いかけて来てるの!」

 

「そいつが収用施設から脱走したからだ。……ったく、比較的気性が大人しそうだからモンスターや他の異界生命体の情報源として生け捕りにしたというのに……」

 

横目でスティルシアを見ると、『め、目を覚ました途端、白衣の集団に囲まれてたらそりゃ逃げるでしょ!』とそっぽを向かれた。

 

「……こいつを、殺さないのか?」

 

「当たり前だ。その異界生命体を無力化したのは俺……つまり俺の所有物だ。なぜせっかく直した物を壊す必要がある? 暴れない限り危害は加えない」

 

「……そうか」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

俺はそっとスティルシアの背中を押して"第二位"の方に差し出した。

……こいつと戦闘になるのは望ましくない。俺では勝てないし、スティルシアが危なくないなら素直に引き渡した方がいい。

 

「……そいつに何かあったら、俺が暴れ回ってもう一度この街を壊滅させてやる。お前の仲間にそう伝えておけ」

 

「おぉ怖い怖い。……ほら、行くぞ」

 

俺の脅しに、第二位は肩をすくめながらスティルシアに手錠を掛けた。

 

「うぅ……」

 

「それと、熾天狩り。お前は妙にこいつに肩入れしているようだが、強引に連れ出そうなどとは考えるなよ。Bランク以上の駆逐官には収容された異界生命体との面談が許可されている。顔を会わせたかったら正当な手続きを踏め」

 

「……」

 

"第二位"の言葉に無言で頷きながら、連れていかれるスティルシアを見詰める。

……生きているなら、また会える。今はそれで十分過ぎた。

 

 

たとえ、向こうが俺の事を覚えていなかったとしても。

青い秋空を見上げて、俺は目を細めた。

 

 

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