【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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EX『臆病者の帝王~ゴブリン・エース』

ーー"理不尽"。

 

ユウシャと呼ばれるそいつの姿は、小鬼の帝王の目にそう映った。

 

絶望の化身とは違う。救済の化身とも違う。ならば"カミ"か? 否。近いがそうでもない。

ただ、理不尽。

誰も勝てないと一目で分かる苛烈なまでの"無敵"。

剣で斬りつけても弓で射っても効果が無い。まるで巨大な渓谷を米粒で埋めようとしているかのような感覚。

そんなヤツが他のバケモノ共も連れ立って自分達をブチ殺しに来るのだから、もうどうしようもない。

 

龍も殺された。魔王も殺された。神も殺された。小鬼など話にならない。

あっという間に周りのゴブリンたちは塵となり、魔核(タマゴ)へ還される。

そしてーー"彼"も成す術無く、灰塵と化した。

 

 

次に"彼"が目を覚ました時、そこは異様な場所だった。

奇怪な衣装を身に纏った人間どもが死体のウジ虫の如く犇めき合い、それでいて規則的に歩いている。

 

男、女、子供、老人ーーよりどりみどりだ。しかも、誰一人として武装していない。

なんだここは。どうなっている。

しかし"彼"の仲間たちは、そんな疑問を持つ事も無く人々へ襲い掛かっていく。

 

『ゲギッ! グギャギャ! ヨワイ! ヨワイ! ミンナ! コイツラ、ヨワイ!』

 

『ヨワイ!』『ヨワイ!』『クエル!』『ヨワイ!』『クエル!』『ヨワイ!』『ヨワイ!』『ヨワイ!』『ヨワイ!』『ヨワイ!』

 

『……ドウナッテイル』

 

成す術無く仲間たちに蹂躙される人々の群れを眺めながら、"彼"はそう呟いた。

そして、ふと自分の体を見て顔をしかめる。

一度殺されたせいか、ただの"小鬼"へと戻ってしまっている。

共食いの末、何度も進化を繰り返して手に入れた強靭な肉体は見る影も無かった。

 

『オイ、オマエ』

 

『ナンダ! オレ、ハヤクコロシーー』

 

ーー"彼"は、横に立っていた小鬼の胸を手刀で貫いた。

驚きの表情のまま灰になり、そこに埋もれた赤い球体を拾って噛み砕く。

 

『キタエナオシ、カ……』

 

『ゲギャァッ!?』

 

人間の母子を殺そうとしていたゴブリンの頭蓋を握り潰しながら、彼はクツクツと(わら)う。

ーー悪くない。

こちらの世界でも、俺は帝王と成り強者に牙を突き立て続けよう。

 

自らへ恐怖と驚きの目を向ける母子に背を向け、彼は歩き出した。

 

 

『ヤ、ヤメテ、クレ……』

 

今日十個目となる魔核を噛み砕いた時、"彼"は自らの肉体が急速に変化するのを感じた。

中型(ホブ)ゴブリンーーと呼ばれる形態まで進化した彼は、『少しは動きやすくなったか』と口の端を歪めた。

 

さて次の獲物はーー彼が周囲を見渡すと、とある方向から凄まじく濃密な魔力の香りが漂ってきている事に気が付く。

 

『……ナンダ?』

 

その方向へ目を向けると、そこにあったのは大きな木造の平屋。

この世界では"道場"と呼ばれるその建物の中からーー恐ろしく濃密な、死の匂いが放たれている。

 

ーー少しは骨のある奴が居そうだ。

彼は口を歪めながら建物の前に歩いていき、戸口を蹴破るーー

 

『……ニンゲン?』

 

地面に横たわる、無数の同胞(ゴブリン)の死体。

その中心には、こちらに背を向けて座禅を組む一人の男の姿があった。白い道着は返り血に染まって赤い。

 

魔核を取り込んだ人間かーーとも思ったが、そいつの体からは全くもって魔力の匂いがしない。正真正銘、只の人間だった。

 

……不可解だ。

ゴブリンはモンスターとしては弱い。しかし魔核を取り込んでいない人間なら指先だけで捻り殺せるだけの力はある筈だ。

だが地面に転がる死骸の数は十や二十では効かない。今の自分と同じ中型(ホブ)の物もちらほら見える。

 

興味深かった。一体どんなカラクリがあるのか。

人間は弱いが小賢しい。きっと、何か罠がーー

 

「……次が来たか」

 

『っ……!』

 

男が、何かを呟きながらのそりと立ち上がり"彼"の方を向いた。

身長は優に二メートルを越え、袖から覗く太い前腕には幾本もの血管が浮き出ている。

 

「コォォォ……」

 

男は腰を下げ、深く息を吐いた。

脱力の効いた左手を前に、拳の握られた右手を後ろに。

片方は柳のように揺らめいて間合いを不確かにし、もう片方からは大砲に詰められた砲弾のごとき威圧感を覚える。

 

ーー踏み込めない。

頭では間合いを詰めようとしているが、体に刻まれた本能がその先にある『死』を予期してしまっている。

 

「……さっきまでの奴らとは毛色が違うな」

 

近付いてこない"彼"に目を細め、男は構えを変えた。

右腕を折り曲げながら上げ、それを左手で押さえる。まるでデコピンのフォームを両腕で再現したような状態。

小刻みに震えるそれからは恐ろしいまでのパワーを感じる。

 

「シィッ!」

 

『……ッッッ!?』

 

ーー男が踏み込み、"彼"の頭へと腕を振り下ろした。

腕に蓄えた規格外のエネルギー、そこへ更に駆け足のスピードと全体重を乗せて。

切り裂かれた空気が風圧の暴威となって彼を襲う。まるで小規模な爆発を伴うような、"ただの人間の体術"。天駆ける流星を幻視するような鉄槌だった。

 

『ガ』

 

ーーそう、"だった"。過去形。

彼は気付けば道場の床板に脳漿をブチ撒けながら倒れており、男に冷たい目で見下ろされている。

 

が、男の鉄槌も無事ではなかった。人外の頭蓋をカチ割った代償は重く、太い五指はグチャグチャにひしゃげて曲がっている。

 

「……硬いな」

 

男は血の滴る右拳を左手で組み替え、折り曲がった指で拳を形作った。

うっ血した関節が嫌な音を立てるが、それを意にも介さずに構える。

 

ーーコロサレル!ニゲロ!コロサレル!ニゲロ!

死を目前にした本能が警笛を鳴らすが、それに反して"彼"は歪に(わら)っていた。

 

全く予想さえしていなかった強者。それとの邂逅に、"彼"はぐちゃぐちゃの脳味噌を狂喜で満たしていた。

この男は、矮小種たる人間の極致。ならば、同じく種として弱者である自分も更なる高みへ行けると確信した。

 

「……その傷で立つか。やはり動物(けもの)ではないな。いやむしろ、真っ当な生命でさえないのか……。まあ、そんな事はどうでも良いわな」

 

"彼"は、(こぼ)れた脳味噌を適当に頭へ押し込んで立ち上がった。

凄まじい激痛と吐き気の最中。赤く染まった視界の先に居る男を睨み付ける。

ーーその構えを、見よう見まねで模倣しながら。

 

「ほう……比武を望むか。それに、畜生にしては堂に入っている。俺の(せがれ)よりもスジが良いかもしれん」

 

深く息を吐き、男はニィと壮絶に笑う。"彼"もそれに合わせて口を歪めた。

その時初めてーー互いは互いが同類であることを悟った。

 

 

「か、ふ……っ」

 

勝負を分けたのは、やはり決定的な身体性能の差だった。

前半は男の技術が圧倒していたが、戦闘が続くにつれて乾いたスポンジの如く技を吸収していく"彼"に、徐々に追い詰められていった。

そして今ーー男は腹部を"彼"の手刀に貫かれ、口から粘着質の血液を吐き出して倒れた。

 

『……』

 

「やる、な……緑の、武人よ……」

 

男を見下ろしながら"彼"は真っ赤に染まった自分の拳を見詰めた。感じていたのは、奇妙な充足感。

今、空っぽに見える彼の両拳には確かに『最強の武器』が握られていた。

ーー剣も魔法も比較にすらならない、規格外の"牙"が。

 

『……これだ』

 

虚空に突き出した彼の正拳は、螺旋回転を伴いながら空気を切り裂いた。

ーー自分が長い間ずっと探し求めていたのは、これだ。剣や槍も一通りやったが違和感があった。まるで、生き別れていた半身と巡り会えたかのような感覚。

 

「ふ、ふふ……俺の(けん)が気に入ったか……。持ってけ泥棒」

 

傷を回復するため床の魔核をむさぼっていた"彼"に、男が何かを語りかけてきた。

言葉は分からない、しかしその表情から何かを悟って耳を傾ける。

 

「だが、誤るなよ……それは、弱者をなぶるための拳ではない……強者を穿つための拳だ……お前がそうなれば、もう先には進めなくなる」

 

『感謝するぞ。貴様の"牙"は確かに受け取った』

 

先程までより一回り大きくなった"彼"の足が男の頭を踏み潰した。

 

『俺は誰にも負けない』

 

"彼"はーー"ゴブリン・エース"は、勢い余って踏み抜いた床板から足を引き抜く。

 

『魔王も龍王も機械王も精霊王もーー無論勇者も、俺がいつか必ず殺す』

 

クツクツと嗤いながら、ゴブリンエースは拳を握り締めた。

ーー言葉を介さずとも、拳を通じて男の思想を理解していた。

そうともこれは強者を穿ち喰らう牙。弱者に振るえば確実に鈍る。

 

「父、さん……?」

 

その時、道場の玄関の方から声が聞こえた。

そこに立っていたのは学生服を着た細身の青年。僅かだがこの男と顔立ちが似ているーーゴブリンエースは、体積を増した脳みそで両者の血縁関係を察した。

 

「お前……っ!?」

 

ゴブリンエースは一瞬で青年の背後に回り込み、軽く首を殴って気道を潰す。結果訪れるのは意識の強制的なシャットダウン。

どさりと倒れ込んだ青年を尻目に、ゴブリンエースは道場を後にした。

 

 

 

『精霊王……なぜここに……!?』

 

ゴブリンエースは唖然としていた。

濃密な魔力の匂いを追い掛けて街から出た彼は、人間の少年を連れ立って歩く白髪の少女を見つけたのだ。

 

彼はその正体を知っているーー勇者を除いた世界の頂点"五王"。その少女は、中でも最強と名高い"精霊王"と瓜二つだった。

……顔をだらしなく弛緩させてにまにましている姿は、前の世界で見た時の氷じみた冷たい印象とはかけ離れているが。匂いは間違いなかった。ーー彼の、越えるべき壁の一つ。

 

『クッ、クククククク……!』

 

ーー貴様を殺す。声高にそう叫びながらゴブリンエースは精霊王と少年の前に立ち塞がった。

彼を見た途端、精霊王の瞳から急速に温もりが失われていくのを感じてゾクリと背筋が冷えた。

 

『……ねぇ』

 

精霊王が、元の世界の言葉でゴブリンエースに話し掛けてきた。

なまじ耳の長い彼だから聞き取れているが、とても小さい声。ゆえに横の少年は彼女の変化に気づいていない

 

『この子に触ったら消すから』

 

ーーゴブリンエースは、自分の足が震えている事に気が付いた。

蛇に睨まれた蛙ーーなどという次元ではない。例えるならば、断頭台に首を乗せられた死刑囚のような気持ち。

彼女の中では既に自分を殺すことが確定していて、その認識を自分の方も共有してしまっている。

 

……だが。

 

『俺は、負けん……!』

 

『あっそ、消えて死ね(ドミネーション)

 

ーー恐怖心を振り切って間合いを詰めた彼の眼前に、漆黒の球体が顕現した。

咄嗟に身をよじるが、横腹を消し飛ばされる。

激痛のせいで一度は振り切ったはずの恐怖心が一気に絡み付いてきた。

 

彼の体は非常に優秀で、彼の脳が拒んでいた逃走を勝手に実行していた。

脱兎の如く走って走ってーー傷が再生し、息が切れ始めた頃になってやっと、ゴブリンエースはもう精霊王の視線を感じない事に気が付いた。

 

『……逃げたのか、俺は』

 

この拳に掴んだはずの牙は、自らの臆病さゆえに突き立てる事さえ出来なかった。

 

「また、逃げたのか、俺は……!」

 

思い出す敗北(ユウシャ)の記憶。

成すすべ無く背を向けーー極光と共に葬り去られた恐怖の記憶。

 

結局彼はどこまでもゴブリンなのだ。

生き汚く、本能に忠実で、強者に媚びへつらうゴブリン種。

彼は英雄に成れない。決定的な所で、いつも自分の身が一番可愛いのだ。

ーーあの武人から自分が逃げなかったのは、ヤツが人間だったから。心のどこかで、自分は死なないと分かっていたから。

 

本能とは生命を縛る最大の枷だ。

飢えがあるから人は苦しむ。恐怖があるから人は殺し合う。痛みがあるから人は憎み合う。

ーーだから命が惜しくて逃げ惑う。

 

『俺、は……』

 

結局あの日から変われていない。

ゴブリン・エースは、大きな体躯を小さく丸めてその場に踞った。

 

 

 

 

『空が、黒い……』

 

"上位モンスター"と呼ばれる怪物たちが地球に襲来したその日、ゴブリンエースは廃ビルの上から空を見上げていた。

あれから彼は二度の敗北を味わった。一度は大剣の騎士に、もう一度は眼帯の槍使いに。

 

前者はともかく後者から逃げられたのは奇跡としか言いようが無かった。

ヤツは怪物だ。どれだけ距離を離しても気付けば目の前に回り込まれている。別のモンスターの横槍が無ければ確実に狩られていた。

 

『俺は、弱いのか……?』

 

"牙"は確かに磨かれている。しかし誰にも届かない。

……これからあの空の先から現れるであろう怪物どもにも、きっと。それもこれも自分の臆病さゆえだ。

 

帝王だったかつての自分は輝いていた。

単身で獣を殺し、徒党を組めば龍をも殺し、仲間はみな彼を最強だと褒め称えた。

最弱の小鬼たる彼の相手はいつだって強者だった。それを打ち負かす事に彼は自らの存在意義を感じていたのだ。

 

だが仲間の居なくなった今はどうだ。強者から逃げ惑っているのではないか。

ゴブリンは、自分を除いて殆どこの街から排斥された。

 

『俺は、帝王だぞ……』

 

父から継いだ名は■■。"帝王"や"覇者"を意味するこの言葉の響きが彼は好きだった。

 

「キャァァァァ!!!」「腕がっ、木になって……!」「オイそこの仮面着けたガキ! いったい何をーーがっ!?」

 

空の異変にざわついていた街に、次は何重もの悲鳴が響き渡る。

ビルから様子を伺えば、恐ろしい魔力を放つ仮面の少年が人や街を破壊して回っていた。

ーー近付けば自分も殺されるであろう、絶対的な強者。

 

『……帝王は、負けてはならんのだ』

 

ゴブリンエースは立ち上がり、"既成事象改竄者"ーーミラージュ・カットアッパーを怒りの形相で睨み付けた。

 

『いたずらに弱者を虐げる、ヤツのような愚かな強者に……!!!』

 

ーービルの側面を蹴り、ゴブリンエースはミサイルのごとき勢いでカットアッパーとの間合いを詰める。

面食らったようにその場から飛び退く仮面の少年に向けて"牙"を構えながら、曇天に吠えた。

 

『……なんだ、小鬼かよ。ビビって損した』

 

『黙れクソが!』

 

『それはこっちのセリフだ。見ての通りボクは今遊んでたんだけど?』

 

『ッ……!』

 

ーーゴブリンエースは、自分の足が僅かに後退するのを感じた。

……また本能が怯えてしまっている。

 

『ん、まぁ良いや。"無粋な小鬼はその五体を爆散させたのだった"』

 

カットアッパーは、自分の周囲に浮かんだ本に何かを書き込んだ。

するとゴブリンエースの四肢がギチギチと嫌な音を立て始め、数秒と経たずして根本からもげ飛んだ。

 

『っ……!?』

 

ーー何を、された?

バラバラになって地面に落ちていく自らの四肢を見ながら、ゴブリンエースは目を見開いた。

 

切断された、という事だけは分かる。だが方法が不明だ。

透明な刃? 極細のワイヤー? それとも念力(サイコキネシス)

彼の戦ったモンスターや駆逐官の中にも似たような事をしてくる者は居たが、そのどれとも今のは異質だった。

 

『俺に、何を、した……』

 

『うへぇ、傷の断面から血管が伸びてきてて気持ち悪いや……ん。いいよ、冥土の土産に教えてあげよう……ボクの能力はね、"現実の改変"だ』

 

ーー現実の改変? わけが分からない。

 

『世界はボクの認識するままに塗り変わるという事さ。夜空の星に手を伸ばせば掴み取れるし、石ころがお菓子だと思えば飴玉になる。無論、君に死ねと思えばすぐに死ぬ』

 

『心から本気でそう信じなきゃ、大規模な現実改変は行えないけどね?』鼻歌混じりにそう言いながら、カットアッパーは目の前の本に何かを書き込んだ。

するとゴブリンエースの傷が一瞬にして治癒し、立ち上がれるようになる。

 

『……何のつもりだ』

 

『ボクは無敵だ。誰も勝てない。でもそれじゃ退屈で死んでしまうだろう……? だから、あえて自分に制約(ルール)を課しているんだ』

 

指先でクルクルと石ころをもてあそび、一瞬だけ覆い隠した。

すると石ころは小さな正四面体……サイコロのような物体に変化する。

 

『だからゲームをしよう。君が勝ったら何でも願いを叶え、ボクが勝ったら君をなぶり殺す。普通に戦っても勝てっこ無いんだ。悪くない条件だろ? それっ』

 

『……』

 

カットアッパーの投げたサイコロが、ゴブリンエースの足元まで転がってきた。

 

『あ……君が小鬼だから釘を刺しておくけど、何でもって言ったってエッチなのは駄目だよ? ボクは女の子にも成れるけど、それで小鬼を孕むなんてゴメンだし。だからそういうのはーー』

 

『……あぁ、たった今分かった気がする。なぜ、臆病者の俺がこうして自分より遥かに強いお前と向き合えているのか』

 

地面に転がったサイコロを踏み潰しながら、ゴブリンエースはそう言った。

そしてーー警笛を鳴らす本能を打ち払い、一歩を踏み出す。

 

『ーーお前はちっとも怖くない』

 

『……ふーん、んじゃもう良いや。"死ね"』

 

『っ……俺は"死なん"ッ!!!』

 

ゴブリンエースの首が、ギチリと軋む。

……しかし、それで終わりだった。首が飛ぶわけでもネジ切れるわけでも無く、ほとんど無傷。

 

『……チッ、気付きやがったか……? いや、マグレだ。そうに違いない』

 

『なぜだ……なぜ、俺は傷を負っていない……?』

 

自分の首筋を触りながら、ゴブリンエースは脳細胞をフル稼働させる。しかし、彼のけして明晰とは言えない頭脳では答えは出なかった。

 

ーーとにかく、自分は死んでいない。ならば己の牙をぶちかますだけだ。

 

『ヴォオ"ォ"オォォォォ"ッッッ!!!』

 

『チィィィィッ!! "しかし、不可視の壁が小鬼の進撃を防いだ"ッッッ!!!』

 

叫びが空気を震わせ、半ば四つ足になった極限の前傾姿勢でゴブリンエースが走る。

繰り出すのは、あの日に見た"流星"。

ーー精霊王に敗北した日以来、ずっと使用していなかった。

彼を恐怖の向こう側に連れていってくれる"勇気の流星"。

 

『この、攻撃……存在が重たい……っ!?』

 

風になびくシャボン玉の膜のように、拳を受け止めた壁が揺らいだ。

 

『ブチ抜けロォォォォッッッ!!!』

 

『クソが……! おい、黙って戦えないのか単細胞!』

 

ゴブリンエースの咆哮と同時、カットアッパーが後ろに飛び退いて防壁が破壊された。

宙に舞う煌めく残滓を走り抜け、第二撃を浴びせようとしーー自分の右腕が、無いことに気が付く。

 

『ーーっ』

 

『はぁ、はぁ……。おいお前。特別……特別に、見逃がしてやる。いいか? 今から一言も喋らずに、両手を頭に乗せてどこかに行け』

 

『ガアァァアァァアッッッ!!!』

 

『チィッ!』

 

切断された腕をグリグリ肩口に接着しつつ、ゴブリンエースは再び"流星"を放つ。

ーーもう恐れない。もう群れない。もう折れない。

帝王は常に1人だ。再び全てをねじ伏せ、屍の丘で勝利に酔って見せよう。

 

『……もう一匹、来やがったか。しかも少し厄介そうな……』

 

カットアッパーがゴブリンエースの後方を睨みながら顔をしかめた。それと同時に彼の体が吹き飛ばされる。

アスファルトの地面を弾みながら転がり、ゴブリンエースが立ち上がると横にはギョッとした顔の青年が立っていた。

 

ーーいつの日か、精霊王の隣に立っていたニンゲン。

その眼光は以前とは比較にならない程に鋭く、発せられる魔力の匂いは恐ろしく濃密。

まるで平和ボケしていたイエネコが歴戦の獅子にでも化けたような有り様だ。あまりの変わりように、すぐには気が付けなかった。

 

こいつとならば、あるいは。

ゴブリンエースがアイサインを送ると、向こうはこちらの意思を察したように頷いてから銀色の何かを投げてくる。

それは、緑色の葉脈の走った小さな鎖。握ると籠められた魔力が反応して僅かに風が渦巻く。

 

()()()()と、同じ技か……?』

 

いつの日か敗北を喫した大剣騎士(エリミネーター)。そいつがこれと似たような技を使ってきたのを覚えている。

回避した先の床や壁から炎が吹き出てきて苦心したーーなどと思い出しながら、拳を構えた。

これにも、それに準じた力が込められているのだろう。

 

『ガァ"アァ"ァァ"ァァッッッ!!!』

 

『……』

 

鎖を握り締め拳を放つ……が、再び透明な壁に弾き飛ばされる。ーーしかし。その瞬間に鎖から爆発的な暴風が発生した。

螺旋回転を伴い恐ろしい殺傷性を内包したソレに唖然とするが、その発生源が己の手の内にある鎖だと分かり更に顔を歪める。

それと同様にカットアッパーの方も驚愕しているようだった。

 

『……風よ、死せよ』

 

だがーーそれさえ、カットアッパーの指先一つで霧散する。ニンゲンが顔をしかめた。

……分からない。さっき自分があの壁をブチ抜けた時と何が違う?

普段使わない部分の脳ミソをフル回転させながら、ゴブリンエースは思考する。

 

『ーー死せよ、異界の強者』

 

「が、あ……ッッ!?」

 

『……?』

 

考える彼の横から、"パチュン"という何かが弾けるような音が聞こえた。

不思議に思いながらそちらを向くとーーそこには、無惨にも爆散し内蔵と肉片を撒き散らすニンゲンの姿があった。

「ぁ、……ぐ、ぁ」

 

『ッ……オイ! 何をされた! クソ、まだ死ぬな! ニンゲンなんだからヤツの弱点を考えて俺に教えてから死ね! 』

 

「ぅ……っ」

 

『待て、オイ! せめてさっきのグルグルをもう一度これに籠めてから……ッ! ……おぉい!?』

 

死にゆくニンゲンを揺さぶるが、どんどん肉体が崩壊していって手の施しようが無い。

ゴブリンエースは舌打ちしながらボロボロになった鎖を投げ捨て、カットアッパーを睨み付けた。

 

『……さて、問題は君の方だ。君がそこの人間と違ってバカで直情的であるばかりに、ボクは君に脅威を感じているんだ。曲がりなりにもボクの現実改編を二回も打ち破った奴なんて、"五王"とかの例外を除けば君が初めてだからね。』

 

『誰がバカだ! 俺は6までの数字なら足し算が出来るんだぞ!』

 

『……マジで"死ね"』

 

『"死ぬかバーカ"!』

 

『ああもうっ……!』

 

苛立ちに頭をかきむしりながら、カットアッパーが地団駄を踏む。

ーーよく分からないが、自分にはヤツの攻撃が効かないようだ。俺が帝王だからか。そうか。

そんな端から見ればクソみたいな理由で納得をしながら、ゴブリンエースは"流星"を構える。

 

『もうっ……"一言も喋るな"!』

 

『"嫌だ"!』

 

『死ねよマジでぇっ!?』

 

『"絶対に嫌だ"! "お前が死ね"!』

 

『うわぁぁぁっ!?!?』

 

流星を構えたまま、間合いを摘めるーーしかし今度は見えない壁に阻まれず、楽々とカットアッパーの前まで移動できた。

見てみると、カットアッパーは胸の辺りを押さえて苦しそうにしている。

 

『なんか分かんないが"死ね"!』

 

『……ぅっ! "ボクをここから遠くへ逃がせ"ぇっ!』

 

ゴブリンエースの叫びと同時、カットアッパーが大量に吐血した。彼はまだ拳を打ち込んでいないのに。

しかしーー次の瞬間、カットアッパーの姿がその場から掻き消えた。

 

『どこに……っ!?』

 

鼻をスンスンとひくつかけ、カットアッパーの居場所を探る。……およそ500メートルほど先、北の方角にその姿があった。

よろつきながら、ゴブリンエースから遠ざかろうとしている。

 

『"逃げるなァァァッ"!!!』

 

『ひぃっ!?』

 

何かに縛られたように動かなくなったカットアッパーが、情けない声を挙げた。

それに加虐心を少しだけ満たされながら、ゴブリンエースは顔を歪める。

 

『ま、待ってよ、ねぇっ……! あ、謝るよ。あの人間も、回復させてあげる、から、』

 

『死ねェェェっ!!!』

 

『ぅあぐァっ!?』

 

ゴブリンエースの放った"流星"が、カットアッパーの左半身を丸ごと抉り飛ばした。

その勢いで前につんのめり、そこからバク転して脳天に(かかと)落としを叩き込んだ。

一瞬にして体と頭を半壊させられたカットアッパーは、ぐちゃぐちゃになった顔面を恐怖に歪めている。

 

『こんな、バカに……こんな、力技で……っ!』

『……乗り越えた。俺は、乗り越えた! 帝王は常に独り……! デカイ顔して俺の庭を荒らした強者を、乗り越えたんだ!!』

 

勝利の咆哮を上げながら、ゴブリンエースは足元のボロ雑巾を嗤った。自分に逆らうからこうなるのだ。

……今度こそ、もう誰にも屈しない。刹那を生きゆく流星の如く、闇を切り裂きながら盛大に散って見せよう。

 

『……あれは』

 

ーーその時、ゴブリンエースの目に()()()()()()()が移った。

曇り空に風穴を開けて星の外へ突き抜けて行く光は、段々と収束していき最後は煌めく残滓を残して消え去る。

 

……あそこに、"恐ろしいナニカ"が居る。恐らく自分より遥かに強い存在が。

 

『クッ、ククククク……』

 

ーー恐れは、無い。むしろ勇気が湧いてくる。かつて無く晴れやかな気分だ。

 

彼は……ゴブリン・エースは。自らの"牙"を握り締めながら光の方角に歩み出した。




待 た せ た な
予想の二倍ぐらいのボリュームになったぞポッター。二部はもう少し待ってくれ。実は二話ぐらいまではもう出来ているんだが、一気読みして貰いたいからもう少しストックしたいのだ。

ちなみに、気付いた人も多いと思いますがカットアッパーの能力は『自分が見た文字や聞いた言葉を現実に反映する』能力です。
ゴブリンエースがいちいちデカイ声でくっちゃべりながら戦ったせいで彼は敗北しました。かわいそう(小並感)
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