【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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第二部『神の存在証明』編
一話『始動する物語』


「ひっ……、はぁ、はぁっ……!」

 

幼い少年が荒い息で暗い路地裏を走っている。

既に息は荒く足はもつれ、纏った衣服は所々が何か鋭利な刃物によって引き裂かれ、その下の皮膚にまで醜い裂傷が見える。

横目で後ろを確認すると、自分を追ってきている"死神"は未だ健在なのが確認できた。

 

「誰か……! 誰か、居ませんか!?」

 

少年の声が月夜に響くが、それを聞き届ける人間はおらず。また聞き届けたとして、この事態を打開できる人物などそう居る筈も無く。

数分後、少年は行き止まりになった路地を見て自分が逃げていたのではなく誘い込まれていた事を理解した。

 

「ぁ、あぁ……」

 

『шшшшш』

 

振り返った先の暗闇から、漆黒のフードを被った骸骨がぬらりと這い出てくる。

伽藍堂(がらんどう)な眼窪の中に灯る青い炎が瞳のように少年の姿を捉え、僅かに揺らめく。

 

ーー圧倒的強者。

この骸骨に対して少年が感じたのは、極めて原始的な被食者の恐怖であった。

比較的平和だった今日までの人生、彼は今初めて『足がすくんで動けない』という経験をしている。

 

「や、やめて」

 

骸骨が手に持った大鎌を振り上げた。

鈍い煌めきを放つ銀の刃が、少年の首を刈り取るべく振り下ろされーー

 

「アイオライト」

 

『шшшш!?』

 

ーー死神が、突如として路地裏に迸った凄まじい水の激流によって胴体を貫かれた。

レーザービームという表現さえ生温いその勢いに、死神は腐りかけの脳組織を『困惑』と『恐怖』に満たされる。

数秒間の逡巡の末、彼が取った行動はーー逃亡だった。

 

「……爛れ古龍」

 

『шшшшш……!?』

 

しかしーー死神の前方の地面から無数の黒い龍腕が這い出てきて、植物のツタのように死神に絡み付いて締め上げた。

ミシミシと軋む自分の骨に、死神はこの腕の持ち主が怪物(モンスター)として自分より遥かに格上なのだと理解する。

 

だがもう遅い。

龍腕の一本が死神の頭蓋骨を掴み、握り潰すべく力を込める。

為す術なくメキャメキャ砕けていく自らの頭部を鮮明に認識しながら、死神は絶命し灰と化した。

 

「……ランクA+指定、徘徊死神(グリムリーパー)を討伐しました。頭部カメラ映像の確認をお願いします」

 

コツ、コツ、コツ。

アスファルトを踏み締める音と、男の声が少年の方に近付いてくる。

少年は一瞬だけ身構えたが、それが耳に通信機を押し当てた青年だと気が付き力が抜けた。

 

『いつもお疲れさまです、(なぎさ)。討伐報酬は口座に振り込んでおきますね。魔核の方は換金しますか?』

 

「いや、結構です」

 

地面に転がったビー玉らしき赤い物体を拾い上げながら、青年は通信機の電源を切った。

それからため息を吐いて夜空を見上げーー何かに気が付いたかのように、少年の方を見る。

 

「……大丈夫か?」

 

「えっ」

 

「襲われてたんだろ、さっきの骨に。立てるか?」

 

尻餅を付いた少年に手を差しのべながら、青年は優しげに微笑んだ。

青みがかった黒と赤、左右で色の違うオッドアイが、唖然とした少年の顔を映している。

 

「あ、あの、あなたは?」

 

「ん……あぁ、えぇと、俺は駆逐官で……口に出して言うのは恥ずかしいんだけど、"熾天狩り"とか"龍人"って呼ばれてるよ」

 

「え……!?」

 

ーーその名を、少年は知っていた。

怪物たちに対抗するため、未知エネルギーに強い親和性を持つ人々が成る"駆逐官"。

その、ある種英雄的(ヒロイック)とも言える職業性から彼らのファンは多い。

 

"龍人"。この駆逐官はその頂点と言っても過言ではなかった。

 

常に漆黒の鱗に全身を包み、名前はおろか性別さえ不明。

しかし、その圧倒的な戦績から『不敗の駆逐官』とさえ謳われる英雄が、素顔で自分の目の前に居るという事実に少年は先程までの恐怖も忘れて飛び上がりそうになった。

 

「あっ、あの、良かったらーー!」

 

握手を。と言い掛けて、少年は唖然とする。居ないのだ。

ほんの一瞬。コンマ一秒にさえ満たない瞬きの間に青年はその場から消えていた。

 

 

ーー"大賢者"事件から三ヶ月の月日が流れた。

 

世界は変わった。

人類の生存圏は大きく狭まり、人口は往来の三分の一にまで減らされた。

地球という生態系ピラミッド……かつてその頂点であった人間は、別の世界(ピラミッド)からの侵略者によってその地位を脅かされている。

……しかし

 

「意外と、目に見える範囲だと変わらないよぁ……」

 

「うむ、アニマイトが一時営業停止した時には(われ)もここまでかと思ったが、先週から復活してくれたしな!」

 

とある土曜日の夕方。俺とバンダイは二人で街を歩いていた。

アニメや漫画のグッズがはみ出たビニール袋をほくほく顔で抱えるバンダイを横目で見ながら、俺は目を細める。

 

……世界は変わった。しかし、人類はそれに適応しつつある。

今もこの街は以前と変わらず人で賑わっていて、物も資源も十分すぎる程に溢れている。

 

ある学者が、『人間の最も凄まじい能力は適応力だ』と言っていたのを思い出す。人は生存可能な環境ならば一ヶ月程で絶対に適応してしまうらしい。

三ヶ月もあれば、局所的にかつての日常を取り戻すのには充分過ぎた。

……無論、その裏には駆逐官・軍隊VSモンスターの血を血で洗う殺し合いがあるのだけれども。

 

「おぉ、駆逐官のランキングが更新されているぞ! 推しの魔砲少女ハーフアイラちゃんは……32位か。トップ10の入れ替わりは無いな」

 

横のバンダイが、スマホを見ながらそう言った。

そこには俺も見慣れた駆逐官の写真付きでランキングが表示されている。

 

"駆逐官"制度の主な資金源は二つ。税金と寄付だ。割合はおよそ六:四らしい。

寄付は、未知生命体対策本部ホームページから駆逐官個人に対して行える。寄付者は金額に応じてグッズが貰えるらしい。

俺もプロマイド作成のために写真を撮られた事がある。

 

アイドルじゃないんだぞと言いたくなるが、資金源の半分が寄付である以上多少の偶像性は必要だ。

 

バンダイのスマホを横から覗き込み、四位に表示された"龍人"の名を見ながら俺は溜め息を吐いた。

 

「貴様も、あれだけ強いんだから駆逐官になってみたらどうだ?」

 

「え、あ、あー……? いや、俺はいいかな。どうせ通用しないと思うし……」

 

「まあ確かにな! 流石にプロの世界には厳しいかもしれん……吾らみたいなペーペーに戦いなんて無理だ! ははは!」

 

「ははは……」

 

ピカピカしたビームを放ちながらカメラ目線をする金髪美少女の写真を見ながら、バンダイが言った。

……こういうタイプの攻撃を見ると大賢者の光魔法を思い出して鳥肌が立つ。火力は比較にすらならないんだろうけど。

 

「じゃあ、吾は門限があるからもう帰るぞ……貴様はどうする?」

 

「ん? ああ、俺も帰ーー」

 

帰ろうかな、と言いかけてポケットの端末が振動するのに気が付いた。

……駆逐官用の機器の方だ。近くにモンスターでも出たのだろうか。

 

「……いや、俺はもう少し残っていくよ」

 

「そうか、夜は怖いからカツアゲとかされないようになー?」

 

駅に向かっていくバンダイに手を振りながら、俺は端末を取り出して電源ボタンに触れる。

一秒未満の静脈認証を終え、画面に出てきたのは予想外にもモンスターの出現情報ではなかった。

 

【このメールは、"暫時第二東京"を拠点に活動されている、ランキング上位30名の駆逐官の皆様を対象に送付しています】

【私たち未知生命体対策本部の根幹を成す皆様の円滑な連携の促進のため、一週間後の午前二時三十分より"上位陣の顔合わせ"を行う運びとなりました】

【出席は基本的に自由ですが、皆様の活動の一助になると思われますので、ぜひご検討をーー】

 

「……顔合わせ?」

 

『未知生命体対策本部』からこういったメッセージが届くのは初めてだった。いつもは単なる討伐要請だけだ。

……思えば、他の駆逐官とは殆ど関わった事が無かった。

 

休んだのが俺だけだったら調子に乗ってると思われるかもしれないし……行った方が良いか?

それに典型的な日本人気質である俺としては、集団から孤立するのは胃が痛くなる。……でも

 

「怖い人ばっかりだったらどうしよう……」

 

ランキング上位には、素顔を公開していない人も多い。俺もその一人なんだけども。

だから、行ってみたら全身タトゥーまみれのヤクザみたいな人ばかりでした……みたいな事もあり得る。駆逐官だって荒事を生業にしてるわけだし。

 

オンラインゲームのオフ会に誘われたみたいな気分だ。正直行きたくない。

 

「……エリミネーターさんでも連れて行こうかな」

 

知り合いが一人でも居れば大分気が楽になるだろうから、誘ってみても良いかもしれない。あの人身長デカいから威圧感あるし。

そんな事を考えながら、俺は端末の電源を切った。

 

 

 

 

「……でっかいビルだな」

 

あれから一週間後、俺は黒塗りの摩天楼……地図に記された目的地の前に立っていた。モンスターの対策本部だ。

エリミネーターさんも誘ってみたが、『その日は日雇いで冷蔵庫搬入のバイトが入ってるから無理だ!』と断られた。何でも日給が一万円も貰えるらしい。

 

なので仕方なく一人で来たのだが、なんか悪の組織の総本部みたいで入りにくい。

外壁はかなり頑丈な素材で出来ているようで、コンクリなどではなく何か特殊な金属みたいだった。

 

「えぇと……会場は八階か」

 

端末片手に自動ドアと大理石の玄関を抜け、エレベーターのボタンを押す。駆逐官の手帳は窓口でチェックされた。

数秒後、ピンポーンという音と共に重厚な扉が開くと中には既に先客が居た。

俺は軽く会釈をしてからエレベーターに入る。

 

「よぉ」

 

「……え、あ、ど、どうも」

 

横から声を掛けられたような気がしてそちらを向くと、"先客"がこちらを見て挨拶をするように手を上げていた。

身長は俺より少し高く、およそ180センチ程。堀りの深い顔立ちと長めの金髪から、外国人だということが分かる。

 

……初対面、だよな。文化の違いってやつか?

とりあえず挨拶を返してみる。

 

「なぁ……スーパーとかコンビニに、"菓子パン"ってあるじゃねぇかよ」

 

「え」

 

真剣な顔で、外国人が俺に話し掛けてきた。

俺が困惑していると、顔をずいっと近付けてきて『あるよな?』と言う。それに気圧されてコクコク頷くと、満足げな顔になって遠ざかる。

 

な、なんだコイツ……。と言うか階数のボタンがアイツの後ろにある。一向に上昇しねぇ。

何階でも良いから早く押してくれないかな。

 

「あれってよ……明らかにパン屋のパンの方が美味いのに、なんであんなに売れてるんだろうな?」

 

「……?」

 

「これは由々しき事態だと思うぜ、オレは。良いモンを作っても評価されねぇっていうのは全体の質の低下に繋がるし、技術を持った人間のモチベーションも下がっちまうだろ?

それが不安すぎて、もう十分もエレベーターで一回から最上階まで上下してを繰り返してるぜ、オレ」

 

もっともらしい理論を、もっともらしくない状況と相手にぶつけてくる金髪男に俺は顔をしかめた。

 

……あぁ、これ明らかにヤバい奴だ。正気そうに見えるが完全にキマってる。主に怪しい葉っぱ的なアレが。

それとも、何か心の病気なのかも知れない。

 

「……普通に、家がパン屋から遠い人とかが買うんじゃないですか?」

 

「……なに?」

 

金髪の男は、雷に打たれたような表情でよろよろ後ずさる。……あ、よろけて壁に手を付いた拍子に『8F』のボタンが押された。

ラッキーだ。一刻も早くこの場から離れてしまいたい。エレベーター上昇時特有の奇妙な重圧を感じながらそう思った。

 

「なるほど……なるほどな。なかなか見所のあるヤツだぜ……おいお前、名前は?」

 

「言いたくないです」

 

エレベーターの扉が開いたので、逃げるようにスタスタ出ようとしてーー手を捕まれた。

思わず振り向くと、そこにはニヤリと白い歯を見せて笑う金髪の姿があった。

 

「おい、流石に冷たいんじゃあねぇか……? ()()()()()()()()()よ」

 

「は……?」

 

金髪の男はごそごそポケットをまさぐり、手帳みたいな物を取り出して俺へ見せ付けてきた。

 

「オレの名は駆逐官ランキング日本12位、ジェレマイア・リウィンドだ……お前は良い奴だ。他の奴らなんて俺の質問に答えてさえくれなかったからな。だから、これからはお前に付き纏う事にしてみるぜ」

 

金髪の男ーージェレマイアは、無駄に端正な顔をニカっと笑顔にしてそう言うのだった。




第二部開幕なので実質初投稿です。
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