【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
『
「っ……!」
ーー烈火。
少しずつ、爛れ古龍の鱗が融解していく。目の前の"日輪の天使"は先程の黒い天使達さえ遥かに凌駕する火力で、俺を焼却しようとしていた。
……元から多量の魔力を持った人間を天使化させた場合、より強力な個体が生まれるのか?
ならば、下手に応援を呼ぶのは危険だ。中途半端な実力者ではむしろ向こうの戦力になってしまう。……いや、まずはこの状況を何とかしなくては。
「頼む、スティルシア……!」
【い、イ"ぃ、よォ"ォ"ォ"?】
ーー俺の呼び声に応じるようにして、右目が熱を帯びていく。
全身からゴッソリ魔力が吸い上げられていく感覚。脳の神経回路が焼き焦げるみたいに熱い。
……"精霊王の義眼"。それの特殊能力は、大きく分けて二つ存在する。
一つは『記憶の読み取り』。大賢者がやっていたのと同じだ。相手の記憶を読み取って先の行動を予測するそれは、一対一の戦闘に於いては事実上の未来視に等しい。恐ろしく強力な能力。
そして、もう一つはーー
「
『……』
ーー突如として展開した半透明の防壁が、日輪のレーザーを遮断した。
もう一つの能力は……
理論上、今の俺は"精霊王の義眼"を起動しさえすれば大賢者の光魔法だって再現出来る。魔力が続けばの話ではあるが。
「ふーっ……"ゴア・インフェルノ"!」
『ーーっ』
かつて空を覆うワイバーンの群れを一撃で焼き払った灼炎、それが天使へと襲い掛かる。レーザーで対抗しようとしたがーー無駄だ。火炎放射機の炎をガスバーナーで炙る様なもの。規模も熱量も段違い過ぎる。
消し炭になった天使を確認してから、俺は鱗の内側からスマートフォンを取り出した。
そして、とある番号へと電話を掛ける。二回目のコール音の後、声が聞こえてきた。
『おぉ、どうした坊主』
「っ……エリミネーターさん! すぐ俺の学校まで来てください! ヤバイんです!」
『なんだ、授業参観にでも来てほしいのか? そういうのは前もって連絡をだな……』
「そんなのじゃなくて! 本当に非常事態なんです! 人が、モンスターに……!」
俺の必死さに事態の深刻さを理解したのか、エリミネーターさんは『……分かった。すぐに向かう』と言ってくれた。よし……これで手が増える。あの人が居ればそうそう負ける事は無い。
駆逐官用の端末の方でも【Aランク以上の駆逐官】に限定した救難信号を発信しながら、俺は思考する。
精霊王の義眼は燃費が極めて悪い。大賢者クラスの規格外の魔力量が無ければ安定した運用は難しいだろう。
俺の役目はエリミネーターさんや他のランカーが駆け付けるまでの時間稼ぎだ、死力を尽くしてほんの少しでも被害を減らす。
術式破綻ーー
「エンジェ」
「だーれだっ」
「らいとおっ!?」
背後から何者かに手で目隠しされ、俺は術式破綻の発動に失敗する。
一体誰だ。手を振り払って振り返る。
「やあ、コスプレかい? なぎさ」
「……っ」
そこに立っていたのは、腰の後ろに手を組んでニコニコしているクシナダだった。
「……」
「前から思ってたけどかっこいいよね、そのドラゴンの格好さ……今度いっしょに写真とか撮ってよね」
「……この学園の生徒か? 妙な事を言ってないで早く避難しろ」
「うわっ、声も変えられるんだ! すごいなぁ!!! でもボクは君の素の声の方が好きだよ」
心底楽しそうに笑いながら、クシナダが近寄ってくる。……俺の正体に、気付いているのか?
俺は訝しげにクシナダの顔を見つめーーその背後に迫ってきている、黒い天使を視界に捉えた。
『■■■■■!』
「っ……おい、後ろ!」
「んー?」
クシナダが緩慢な動作で振り向く。黒い天使はその顔面に炎の剣を突き立てようとしてーー突如として倒壊した天井の瓦礫に押し潰された。
そして上の階層に居たであろう二体の天使が落下してきて、重力による同士討ちの形で互いの胸に剣を突き刺し合って死んだ。
偶然に偶然が重なり、クシナダを襲おうとした天使が三体とも死亡する。
「馬鹿な奴らだ。ボクの世界の中でボクに勝てるわけがないだろうに。ねぇ、なぎさ?」
「……」
「黙んないでよ。ボクが一人で喋ってるイタイ奴みたいじゃんか……。さぁ、どうする? たくさん人が死んでるよ。君はこの状況をどう打破する? ボクに見せてくれ、ミナト ナギサ」
こちらに向き直りながら、クシナダは不敵に微笑む。……明らかにおかしい。以前見せた異常な身体能力、俺とエリミネーターの正体を見抜いた事……そして今起こった、あり得ないレベルの"偶然"。
確信した……クシナダは少なくともただの人間ではない。それだけは分かる。なら。
「え」
ーー俺が取った行動は逃走だった。呆気に取られた様子のクシナダにくるりと背を向けて全力疾走する。"術式破綻"をフル起動しながら。
クシナダの事は確かに気になる……気になるが、今は天使の殲滅に注力しなければ。
あいつに構ってる間に何人も人が死んでしまう。別の階まで移動し、俺はため息を吐いた。
天使たちは先程よりも更に数を増やしており、もはや普通の人間の方が数が少ない有り様。俺はそいつらに向けて"魔法"を放とうとしてーー
「っ……!?」
ーー頭上から、凄まじい爆発音が聞こえた。……ここは最上階。これより上は屋上しか無い。そこで何かが起こっているのだろうか。
胸騒ぎがする……上位モンスターが襲来した時のような、あるいは大賢者と相対した時のような。まるで久々に再開した友人同士が抱き締め合おうと両腕を広げるみたいに、"特大の絶望"が大手を振って歩み寄ってくる感覚。
俺は自分の勘に従って屋上へと走る。
長い階段を抜け、生徒の立ち入りを防止する扉を蹴り壊し。そして、外へ出てーーそこにあった光景を見て、唖然とした。
イワシみたく規則性を持った動きで空をはためく優に万を越えるであろう天使たちの群れ。その全員が『日輪個体』だ。……そして。
「はぁ、はァ……」
「実に素晴らしい……君は戦士として完成されている。きっと強い天使に成れますよ。共にこの星の"未来"を守りましょう」
「ほざけ、狂人が! 貴様は自分が何をしているのか分かっているのか!? 人為的にモンスターを生み出すだと……!? 勇者様が、あの人がどんな思いでっ……!」
ーーボロボロのエリミネーターが、誰かと相対している。
エリミネーターを追い詰めたであろうソイツは、どことなく法衣を思わせる形状の白コートを身に纏った、穏やかそうな顔つきをした黒髪の男。
顔のパーツにとことん印象が無い、ただ"寛大そう、優しそう"としか感想を抱けない……こいつ、格好からして"神の存在証明"か?
背後には、白コートが五人ほど膝を着いて頭を下げている。
「エリミネーターさん、大丈夫ですか!?」
俺が駆け寄ると、エリミネーターは一瞬ギョッとした後に男へと向き直った。そして口を開く。
「……まずいぞ坊主、まずいことになった。奴はオレより遥かに強い」
エリミネーターより、強い……? そんな怪物、第二位や大賢者以外に存在したのか……!?
「おお、あなたは……これはこれは。私の方でも噂はかねがねお聞きしていますよ」
俺の混乱をよそに、男は丁寧かつ穏和な口調で語り掛けて来る。
「何者だ……!?」
睨み付けながらドスの効いた声で俺が聞くと、男は『あぁ、失礼しました』と頭を下げてきた。
そして、懐から小瓶を取り出しながら口を開く。その中には墨汁みたく真っ黒な液体がちゃぷちゃぷ揺れている。
「申し遅れました。私は宗教法人"神の存在証明"指導者、クリシュタ・マナス。本日は皆さまにとある事業をご提案しに参上しました」
「黙れ、破綻者が!」
激昂するエリミネーターが大剣を手に男ーークリシュタ・マナスへと襲い掛かる。クリシュタはそれを一瞥した後、エリミネーターを指さす動作をした。
神の存在証明、指導者……!? つまりこいつがこの惨劇を起こした親玉という事か。
「"大人しくして下さい"」
「……っ!」
ーー大剣を振りかぶった体勢のまま、エリミネーターはまるで空間ごと固定されたみたいに空中で硬直した。
口をパクパクさせて何かを訴えようとしているが、言葉にはなっていない。
「……さて、龍人。私が今回この学園へ足を運んだのは、あなたと話をするのが目的なのです。そこの騎士は思わぬ収穫でしたが……まず我々には、大きく二つの目標があります。」
「ふざけんな……! 何人死んだと思ってる!」
「いえいえ、死んでなどいないのですよ。龍人。彼らは生まれ変わったのです。異界生命からの殺戮を甘んじるしか無かった弱者から、抵抗出来る力を持った天使へと」
大きく両腕を広げ、空を抱き締めようとするみたいな動作をしながらクリシュタは呟く。
「龍人、あなたが我々神の存在証明を『無益な殺戮に興じる狂人の集まり』とでも思っているのなら、それは大きな間違いです。私や彼らは、この世界を守るため必死に戦っている」
自分の胸を握りしめ、クリシュタがそう続けた。
……つまり、人間たちを『天使』へと変えて対異世界用の戦力を確保しよう、という話か。
理屈は分からなくはない。しかし、それではあまりに本末転倒だ。人々を守るために戦っているのに、それをあんな思考力の薄い怪物に変えてしまっては意味が無い。
「人をモンスターに変えなんかしたら、その人の人生はどうなる? 残された人は? 戦いしか出来ないのっぺらぼうの怪物になった近しい人を見てどう思う?」
「問題ありませんよ」
「問題が無いわけねぇだろ。お前みたいな狂人と違って、普通の人間は家族や友人が怪物になったら苦しいんだ」
「いいえ……私だって、親しい人が怪物になったらとてもとても悲しいです。しかし問題ない、問題ないのですよ」
人差し指を立て、まるで自社の新商品をプレゼンするビジネスマンのような口調でクリシュタはそう言った。
「先ほど我々には二つの目的があると言いましたね。一つは地球人口の35%を"天使化"させる事。そしてもう一つはーー」
「術式破綻、エンジェライト……!」
奴の妄言を無視し、俺は"術式破綻"を使用しながら一瞬で間合いを詰める。一瞬の内に自分の目の前に現れた俺を見て、クリシュタの口が嬉しそうにうっすら弧を描いた。
その不気味な表情を睨み付けながら俺はゼロ距離で魔法を発動させる。
「起動、"精霊王の義眼"……! ゴア・ライトニング!」
「ーー我々のもう一つの目的は、この世界自体の
ーークリシュタへと放たれた『雷魔法』は、そのコートの表面を僅かに焼き焦がすだけに留まった。
当の本人は光と熱の奔流の最中、涼しい顔をして佇んでいる。魔法が効いてないのか……!?
「この三次元方式の世界……『点と線と高さ』で構成された世界に、『時間』をプラスする。過去も未来も現在も全て地続きにさせてしまおうという
「わけ分かんねぇ事言ってんじゃねぇ! 死ね!」
「歩く、あるいは息をするかの如く簡単にもう死んでしまった人々に会いに行ける。そんな世界が実現したら素晴らしいとは思いませんか? そしてその楽園を守護するのがこの天使たちです。もう誰も死なない、誰も居なくならない。有史の始まりから現在に至るまで存在した全ての人類と語り合える。そんな世界です」
『"落ち着いて下さい、龍人"』クリシュタがそう言うと同時、俺の放っていた雷魔法の発動が勝手に止まってしまった。体から力が抜け落ちて立っていられなくなる。
俺はへなへなと地面に膝を着く。何を、された……? 急に体に力が入らなくなった。
「君には私の
ドス黒い液体に満たされた注射器を片手に、クリシュタが歩み寄ってくる。
立ち上がろうとするが腰から下が鉛になったみたいに重く、動いてくれない。
「やめろ……」
「ありがとう、龍人」
「ぐっ……!?」
ーー俺の首筋に、注射針が突き立てられた。
そして次の瞬間に感じる圧倒的な『異物感』。何か得体の知れないモノが俺の中に侵入しようとしている、そう直感した。
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歌が、聞こえる。
笑うような泣き叫ぶような怒り狂うようなあざけるような愛を叫ぶような、ヒトの抱きうる全ての感情がごちゃ混ぜになった歌声。
言語化出来ない程の凄まじい情報量が俺の脳神経を焼き焦がし、少しずつ自我を奪っていく。
歌声に混じるようにして、激しく怒り狂った龍の咆哮も聞こえる。
「次はーー騎士ーーありがーー」
何やら天使の翼のようなモノが無数にうごめく視界。その端で今度はエリミネーターの首に注射器を刺すクリシュタの姿が見えた。
「エリミネーター、さん……」
意識を保つのは最早限界だった。
満足そうに屋上から去っていくクリシュタの姿を最後に、俺の意識は途切れた。